花火大会の翌日、風太郎は中野家を訪れた。しかし、今回は勉強が目的ではない。六華に会うためにやってきたのだ。
「どうしたんですか?お姉ちゃん達は今日神成先生の合同勉強会に参加してて今いないんですけど…。」
「いや、今日はお前に用事があって来た。おそらく俺は姉妹の中を引き裂く異分子として二乃に嫌われているんだ。そこでだ、俺と似たような状況のお前がどうやって二乃に受け入れられたか知りたいんだ。」
風太郎の頼みを聞いた六華はしばらく考え込み、ようやく六華自身の納得できる答えを見出した。これが彼にとっての最適解であるのは言うまでもなく、それは風太郎自身も予測していた。
「二乃お姉ちゃんかぁ…。うーん…。あっ、誠意を持って接する事が一番大事ですよ!」
六華の意見を風太郎は理解するが、それでも漠然としていたために確実な解決策には至らなかった。その事に風太郎は頭を悩ませる。
「誠意を持って接する…か……。みんなそう言うんだ。それって具体的にどうすれば…。」
「具体的にも何もないですよ。人間一人と関わるのに理屈なんて不必要です。大事なのは相手に寄り添う事なんですから。」
六華の言葉に納得した風太郎はそうか、と呟くと六華達の家を後にしようとした。そんな風太郎を六華が呼び止める。
「あれ?いいんですか?お茶飲まなくて。」
「問題のあいつらもいないんじゃ俺のやる事は何もない。お前もしっかり勉強しておけよ。じゃあな。」
風太郎は六華にそう言い放つと、扉を開けて今度こそ彼らの家を立ち去った。
「はいはいはーい。じゃあ俺のもう一人の生徒が来るまで少し待っててくれよー。」
一花、二乃、三玖、四葉、五月の五人は神成に呼ばれ、他の生徒との合同勉強会に参加していた。六華達が住んでいる部屋のあるビルからさほど離れていないような一軒家に連れて来られた五人は風太郎が普段行うような授業とは違う、異様な雰囲気に怪訝な表情をする。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「何がですか?」
「だって二乃と三玖が『狂ってる』なんて言うんだよ?どんな人か想像もつかないのにこんなのに参加して大丈夫なのかな?」
一花が四葉に耳打ちで話す。先日の一件で二乃、三玖の二人は神成の事を良く思っていないようであった。その場にいなかった一花、四葉、五月は二人から聞く他に神成の素性を知る方法がなかった。
「だとしても…。どんな人かは私が見てからじゃないとわからないよ。」
「何よ、あたしの言う事が信じられないって言うの!?」
四葉の発言に二乃が憤慨する。そんな二乃を諌めたのは三玖であった。
「二人の言いたいこと、どっちもわかる。でもそれは今日初めてわかる事だと思う。一花も、四葉も、五月も。」
三玖が場を落ち着かせると、突然神成が手を叩いて五人に呼びかけた。
「はいはい。そろそろ俺の持ってる生徒が来る頃だから、静かに。」
神成がそう言うと、六人のいる部屋の扉が開いた。そこに現れたのは容姿端麗で黒髪を長く伸ばした少女であった。一花達は彼女を見て露骨に嫌な表情をした。その人物は彼女達もよく知る人物であったからだ。
「紹介しよう。俺が受け持っている生徒の真辺 麗だ。」
全てを知っていて敢えて呼び出したのか、神成は清々しい微笑みを浮かべていた。
一方、自身の姉五人を心配した六華は念写で五人の姉の様子を見ていた。その内の一人の二乃は一人の女性と口論していた。それは他のどの姉でもなく、中野家には関係のない女性であった。何をしているのだ、と六華は呆れるが、それと同時に妙な違和感を感じた。二乃と口論している女性を六華は見たことがあるような気がすると思ったためである。
「この人…。ちょっと聞いてこようかな。勝手に割り込んだら迷惑かもしれないけれど、もしかしたらこの人なら俺の過去について知ってるかもしれない。」
六華は急いで家を出る支度を始め、そのまま神成達のいるビルへと向かった。
「あっ、超能力で行ったらさすがにまずいよなぁ…。仕方ない。歩きで行こう。」
「真辺 麗。君達なら知ってるから遠慮なんていらないだろう?」
真辺 麗。黒薔薇女子高校の生徒であり、一花達のクラスメイトであった人物である。名門である黒薔薇女子高校の中でも特に成績優秀で、学年一位を死守しているほどの学力を誇る彼女に神成を除いた五人から麗に対して敵意が向けられる。
「何でアンタがここにいるのよ…!」
「…。」
二乃は麗に声をかけるが、麗は無視して正座で座る。麗のこの一連の行動に二乃は不快な表情をした。
「神成先生、早く授業をお願いします。時間は有限ですから。」
「二乃に返事しなくていいのか?」
「この落ちこぼれ姉妹に関わってるだけ時間の無駄です。」
麗の言葉に憤慨した二乃は麗に掴みかかろうとし、そんな二乃を一花と四葉が制止する。
「麗、その発言今すぐ訂正して。」
二乃同様、麗の発言を不快に感じた三玖は目を三角にして麗を睨む。二乃と三玖、どちらも自分を貶された事より他の姉妹を侮辱された事に腹を立てていた。
「三玖さん、だったかしら?私に物言いできるという事は、よほど優れた学業の成績をお持ちなんでしょうね。まさか、『持ってない』とは仰りませんわよね?」
麗の言葉に何も言い返せず、三玖は顔を顰める。すると、部屋のインターホンが鳴った。神成は気になり、誰がインターホンを鳴らしたか確認するためドアを開けた。するとそこには六華がいた。
「君は…。」
「神成先生、失礼します。あのー、俺中野 六華と言います。あなた、何処かでお会いしませんでしたか?なーんか前にも見たような感じの顔なんですけど…。」
麗は六華の顔を見るなり即座に彼から離れた。その表情は恐怖の色に染まっており、六華は彼女が怯えている理由を理解できずにいた。それは六華以外の全員も同様であった。
「あの…。」
「やめて!私は何も知らない…!」
すると、六華は超能力者の気配を感じ急いで部屋を飛び出した。
「ちょっと六華!?いきなりやってきて何よ…。そもそも、何でここに…?」
「た、多分私達の事を心配していただけだと思いますよ…。」
五月は六華の正体を怪しまれないようにどうにか取り繕った。六華が超能力者だと他の姉にバレてしまうと今後の彼の立場が危ういものとなるからであった。
「あっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ…!!!」
すると先日と同様に神成が苦しみだし、膝をついた。三玖は神成のもとへ駆け寄り、処置を行おうとする。
「あの時と同じ…!どうすれば…。」
「俺の事はいい…!」
神成の形相を見た六人はただ苦しんでいる神成をその場で見ている事しかできなかった。室内を包んでいるのはただただ何もできない悲壮感のみであった。
その頃、ブラックレジスターの格好で身を包んだ六華は心当たりのある場所へと到着した。そこには感電死したと思われる男と、その亡骸をじっと見つめている男がいた。男は六華を一瞥すると、すぐさま戦闘態勢に入った。
「貴様、ただ殺すにはもったいないな。思い切り戦おう。」
六華は近くにあったタイヤを投げ、男にぶつけようとした。男はギリギリのところで躱し、六華に電撃を浴びせた。六華も瞬時に攻撃を避け、次の一手に移った。
「こうなったら…!」
六華は超能力でコンクリートを長方形に切り取り、それをガラスに変化させた。ガラスの盾を持った六華はそのまま男との間合いを詰めていく。しかし男は蹴りを入れて六華の持っていたガラスを破壊した。
「残念だったな。これで終わりだ。」
男が六華に斬撃を喰らわせようとした瞬間、何者かが男を蹴り倒した。男を蹴ったその人物は神成であった。
「神成先生!?」
意外な訪問者を前に、六華はただ驚くことしかできなかった。次の瞬間、神成の肉体が変化し始め、より筋肉質かつより野獣に近いものとなった。その時、GP-7スーツを身に纏った氷室も現れ、事態は混乱していた。
「あれは…何だ?」
「ブルタルか…。相手として、不足はない!」
男はブルタルと呼ばれる存在に変化した神成に電撃を喰らわせるが、神成はそれをものともせずに尖った爪で男を切り裂いた。
「ぐっ…!」
「何て凶暴な…!」
さらに神成は右手の手刀で男の身体を貫き、引き抜いた。辺りには男の血が飛び散り、男は何も言えないまま息絶えた。あまりに衝撃的な光景を目の当たりにした六華と氷室はその場から一歩も動く事ができなかった。六華と氷室、両者の共通点は超能力者を殺さずに罪を償わせたという部分にあった。殺人を犯したとはいえ、その元凶もまた人であった。その人の命を奪うという行為が六華と氷室に衝撃を与えた。命が奪われた悲しみ、罪を償う事をさせる事ができなかった悔しさが二人の心の中に残った。
神成の合同勉強会を終えた五人は帰宅し、六華の手料理を堪能していた。突然神成が失踪した後、また戻って来て再開した事は問題が無かったが、五人には気がかりな事が一つあった。
「それにしても、あの女失礼じゃない?六華の顔を見て怯えるなんて!」
「六華は前に会ったことあるような気がするって言ってたけど、いつの間に…?」
料理を飲み込み、口を開いた二乃の次に三玖が喋る。ここは六華本人に対してその真意を問うべきであり、それを五人もわかっていたのだが、六華は置き手紙と料理をテーブルの上に置いて外出していた。置き手紙にはすぐ戻る、と記載されていたため帰宅する事は明白であったが、それでも五人は今すぐに答えを知りたかった。
「もしかして、麗ちゃんが六華の記憶に関わってるのかもしれないよ。」
「たしかに…!」
「それは十分あり得ますね。六華が黒薔薇に訪問した事は一度もありませんからね。」
一花の推測に四葉と五月が反応する。六華と麗が接触した時を五人は今までに目撃したことが無かったのだ。しかし、そんな一花の推測に異議を唱えたのは二乃であった。
「普通に買い物帰りにでもすれ違ったんじゃないの?」
「えー、でも人って自分がすれ違った人の顔なんて覚えてるのかな?」
「それじゃあ、ぶつかったとか?」
「ぶつかったぐらいであそこまで怯えるわけがないと思うんだけど…。いつものほほんとしてる六華がそんな印象は与えないよ。」
二乃は六華と麗の関係を単なる偶然で済ませようとしていたが、一花の反論が彼女の推測をより有力たるものにしていた。
「じゃあ、六華の過去に何かしらの形で関わってたって事になるね。」
一花の仮説を四葉が決定づける。しかし、その事を改めて麗に問い詰めると彼女は怯えて逃げ出すかもしれないと五人は予測した。そこで五人が出した結論は自力で六華の過去を調べる、というものであった。
「でもそれをどうやって調べればいいのか…。」
「私と一緒に調べましょう。私も六華の過去を知りたいんです。試験まではまだ時間があります。できる限りの事をやってみましょう。」
こうして五人は改めて六華の過去を明らかにしようと誓い合った。六華のために、そして真辺 麗のために。