六等分の生き方   作:スターフルーツくん

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今回は普通の回です


第9話「雪、時に弟」

 

「おはよー、六華!」

「おはよう四葉お姉ちゃん!」

 

 いつもよりも上機嫌な四葉が六華に抱きつく。それに対して久々に自宅に帰宅した六華も四葉に挨拶をする。

 

「どうしたの?今日はやけにテンション高いけど。」

「もうすぐ、って言うか明日から林間学校なの。四葉、中間試験の前からずっと楽しみにしてたんだから。」

 

 二乃が朝食を食べながら六華に話す。四葉は普段も明るく笑顔で振る舞うが、林間学校が翌日に始まるということもあり、普段以上に気分が高揚していた。

 

「へぇ〜、そうなんだ!俺も行きたいなぁ…。」

「わかったわかった。今度私達と一緒に行こ?お父さんに頼んでおくから。」

 

 五人のことを羨ましがる六華に一花が声をかける。現在六華は学校には通っておらず、遠出は家族旅行以外の用で行ったことがなかった。故に学友と青春を謳歌するという行為そのものが六華には輝いて見えるのだ。

 

「それにー、フータロー君も乗り気だったし。」

「一花、私に視線を向けないで…。」

 

 一花が三玖をにやけた表情で見つめた。そんな彼女の視線に対して三玖は何も抵抗できず、顔を赤らめる。

 

「でも、いつもより嬉しそうだね。中学の頃の修学旅行とか家族旅行とかよりも舞い上がってる気がするんだけど……。」

「あぁ、上杉君も林間学校に参加するんですよ。てっきり彼はこういう行事には参加しないと思っていましたから、余計に嬉しいのでしょう。」

「へぇ…。」

 

 四葉は嬉しくなる事こそしょっちゅうあったが、それ以上の感情の昂りを六華は見た事がなかった。四葉のそれを引き出した風太郎の事と四葉本人の事を考え、六華は思い詰めていた。

 

「六華?どうかした?」

「え?あぁ、ううん。何でもないよ。」

「……そっか。」

 

 一花に悟られまいと六華はすぐに笑顔になり、誤魔化す。一花は六華が何かを隠している事に薄々勘づいていたが、その実態が掴めず仕方なく引いた。

 

「明日は朝早いからもう寝よ。じゃないとバスに乗り遅れるわよ。」

 

 二乃は五人にそう言い、自分の部屋へと戻っていった。残る五人も翌日の林間学校に備え、いつもより早めに就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の午前六時半、五つ子達は学校側から指定された集合場所に共に集まっていたが、集合の予定時刻を過ぎても風太郎が来ていなかった。

 気になった五月は風太郎の行動を振り返ってみる。彼は中間試験の時こそ遅刻したものの、それ以外で遅刻した事は一度もない。そんな彼が今日に限って集合時刻を過ぎても現れないことに五月は妙な違和感を抱いた。

 

「ねぇ、上杉さん来てないのおかしくない?私先生に聞いてくる!」

「あら、行っちゃったか。」

 

 風太郎を心配する四葉は教員に彼の事を尋ねに行き、一花はそんな彼女の背中を見つめる。風太郎の事について五人は何の連絡も貰っておらず、四葉は担当の先生であれば何かを知っているのではないかと推測した。

 

「四葉ったら、別にあんな奴のために待ってあげる必要ないじゃない。」

「とか何とか言っといて、本当は一人ぼっちになるのが嫌なんでしょ?」

「べっ、別にそんなんじゃないわよ!人の心を見透かしたみたいな態度やめて!」

 

 一人だけ仲間外れにされる状況の恐れたのか、二乃は四葉を引き止める事はしなかった。その事を察した三玖は二乃に聞こえるようにわざと口に出した。

 

「やはり何かあったんだと思います。急いで彼の方へと向かいましょう!」

「でも……。」

 

 風太郎の元へと向かおうとする五月を二乃が止める。今から迎えに行けば確実に自分達は林間学校に行けなくなってしまう。車でもあれば話は別なのに、と五月はもどかしさを感じる。

 すると、一花の携帯から着信がかかってきた。ディスプレイには非通知設定の文字が表示されており、一花は恐る恐る応答のボタンを押す。

 

「はい、もしもし。え、ドライバーの方ですか?下の駐車場で待ってるって……。あっ、ちょっと!……みんな。車、用意できてるらしいから急ごう!」

 

 二乃達は一瞬驚く様子を見せたがすぐに決断し、車が停まっている駐車場へと向かった。

 駐車場には五人の見慣れた黒の高級車があり、一花に電話をかけたドライバーの男が運転席で待機していた。

 男は帽子を目深に被っていたため、よく見えなかったがサングラスとイヤリングを付けており、父専属のドライバー、江端でない事は明らかだった。しかしそんな事を追及している暇などなく、五人は急いで車に乗り込む。

 

「上杉君の家までお願いします!」

「はいよ。」

 

 ドライバーの男は五月の方を向こうともせずに答える。男の声音は低いもののどこか温かな雰囲気を感じさせるものであり、焦りに満ちていた車内の空間を落ち着かせた。

 

「じゃ、飛ばすよ。」

 

 男は慣れた手つきでサイドブレーキを下ろすと、レンジをドライブに切り替え、アクセルペダルを踏んだ。一向の行き先は風太郎の家、今の彼女達にもはや言葉は不要であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らいは、生きてるか!?」

 

 らいはが高熱を出して倒れたという報告を受けて仕事から戻ってきた勇也は勢いよく扉を開けて入室する。朝の日がらいはを看病する風太郎の姿をよく照らし、勇也にはそれがどこか風太郎の切なさを物語っているようにも感じた。

 

「親父、まだ寝てるんだ。静かにしろ。」

「看病してくれてたのか。って、もう林間学校のバス出てんじゃないのか!?」

「そうだっけ?どうでも良すぎて忘れてたぜ。しかし、これで三日間思う存分勉強ができるな。」

 

 カバンを背負って風太郎は出かけようとし、勇也はそんな風太郎の後ろ姿を見る。彼から放たれる雰囲気の中にはやはりどこか心残りの念があり、同時に見た者が思わず「これでいいのか?」と尋ねたくなるほどの名状し難い瞳をしていた。

 そんな時、勇也は心残りの象徴と言っても過言ではない物を机上で発見した。迷う間も無く勇也は風太郎が外出する前にそれを手に取り、彼を呼んだ。

 

「風太郎、忘れ物だぞ。」

 

 勇也は風太郎に林間学校のしおりを差し出した。それは全てのページが縦に皺くちゃになっており、いくつかのページに付箋が貼られていた。

 その付箋は風太郎が林間学校を楽しみにしていた証拠と言うべき代物であり、勇也もそれをひしひしと感じ取っていた。

 

「早く帰れなくて悪かったな。一生に一度のイベントだ。今から行っても遅くないんじゃないか?」

 

 勇也は林間学校のしおりで風太郎の頭をポン、と叩くと彼の本心を悟り、ゆっくりでありながらも重みのある口調で彼の意思を尊重させようとする。

 そんな勇也の言葉を聞き、風太郎は顔を上げられずにいた。行きたい気持ちはなくはない。しかしもう既に手遅れだ。バスも発車し、途中参加する手立てすらない。諦めるしか道はない。

 風太郎がそう思っていると、らいはが突然目覚め、珍しく大きな声を上げた。

 

「あー!!お腹空いた!」

 

 らいはの第一声、そして彼女の現在の体調に風太郎と勇也は困惑し、かける言葉をしばらく失っていた。しばらくして風太郎がようやく言葉を絞り出したが、どこか軽く、自信の無いものだった。

 

「え…らいは…?熱は…?」

「治った!」

 

 らいははボディビルダーさながらのポーズをとり、自身は平気だという事をアピールする。それでもまだどこか無理をしているように思えて仕方がない風太郎はらいはを置いて行くのを躊躇う。

 

「何でお兄ちゃんいるの?林間学校でしょ?ほら、早く行った。」

「お前!俺の気遣いを返せ!!」

「ありがとっ。私はもう大丈夫だから林間学校行ってきて。」

「だからバスが…。」

 

 らいはの容体が回復し、抜き差しならない状況から解放された風太郎だが時は既に遅く、バスの発車時刻はとうに過ぎていた。そんな時、自宅のインターホンが鳴り、風太郎は扉を開く。そこには屈託の無い笑顔で六華が立っていた。

 

「上杉先生、迎えに来ました!お姉ちゃん達が待ってますよ!」

「六華…!?何で…!」

「話は後です。さぁしっかり掴まっててください。らいはちゃん!お父さん!風太郎先生をお借りしまーす!」

 

 らいはは笑顔で「はーい」と言い、六華に手を振る。一方の勇也も腕を組んでいながらも笑顔で彼を見送った。扉が閉じた瞬間、六華は風太郎をおぶさった状態で高速移動で近くの駐車場まで行き、到着すると彼を下ろした。

 

「六華、お前一体…?」

「あっちです。」

 

 六華が案内した方向には車の前で五つ子達が風太郎を待っていた。通常であれば俄には信じ難い光景に風太郎は嬉しさと驚きを表情に出さないようにどうにか押し殺した。そうでなければ家庭教師としての威厳が崩れかねないようにも思えたからだ。

 

「フータロー!」

 

 三玖は風太郎の姿を目視し、安堵の笑みを浮かべる。

 

「おそよー。」

 

 一花が眉を八の字にし、目を閉じた状態の笑みを作って風太郎を出迎えながら挨拶する。

 

「こっちこっち!」

 

 四葉は笑顔のまま手を振って風太郎を迎え入れる。

 

「ったく、何してんのよ。」

 

 二乃は腕を組んだまま仏頂面で風太郎を待っていた。

 

「肝試しの実行委員ですが、暗い場所に一人で待機するなんてこと私にはできません。オバケ怖いですからあなたがやってください。」

 

 五月は風太郎に本来の役目を諭すように伝え、車に乗り込む。

 

「仕方ない、行くとするか。」

 

 風太郎は仕方ない様子を見せながらも嬉しさは隠せず、少しだが六人には悟られないように笑っていた。運転手の男はそれを見抜いていたのか、運転席越しに彼の姿を見て肩をすくめた。

 

「みんな、時間無いからさっさと乗って。」

 

 各々が会話をしている中で男はそう言い、全員に乗車するよう催促する。全員が乗った事を確認した男はレバーを操作し、ドライブのレンジに動かすとアクセルペダルを踏み込み、学校とは別に出発した。

 しばらく時間が経過し、暇を持て余した七人はゲームをすることにした。しかし、その直前に六人は異変に気づいた。何かがおかしい。その疑問の正体に真っ先に辿り着いたのは二乃であった。

 

「……。ちょっと待って!六華!何でアンタがいるのよ!!」

「え?ダメだった?」

 

 学校とは別行動とは言え、これはあくまで林間学校。それに高校にすら通学していない六華が同伴している事がおかしい話であり、教員からその事で詰問されても何ら不思議ではなかった。

 

「いんじゃね?乗りかかった舟だ、六華ちゃんも連れてこ。」

「ちゃんって、俺男なんですけど……。」

 

 江端とは対照的な運転手の緊張を感じさせない喋り方に一同は困惑するも、今更六華に降りろと言えず、仕方なく六華を同行させる事にした。しかし、六華に関する問題を解決してもなお五月の疑念は晴れなかった。

 

「いや待ってください。貴方江端さんじゃないですよね?そもそも貴方は誰なんですか?」

 

 運転手の男はしばらく黙り込み、視線を宙に向ける。おそらく言葉を整理しているのだろうと七人は察するが、それと同時に自己紹介をするだけで何をそこまで時間をかける必要があるのか、とも思っていた。数分経った後、男はようやく口を開いた。

 

「何でもかんでもすぐに答えを求めようとする。人間の良くない癖だよ。」

 

 運転手は左手の人差し指を上方に向け、そう答えた。あまりにも判然としない回答に五月は苦虫を噛み潰したような顔つきで彼を睨むが、そんな事をしたところで彼が真面目に答えてくれるわけはないと考え、諦めてため息をつく。

 

「何かやってたら?まだ時間かかるよ。」

 

 男は最後にそう言い、それ以降は口を開かなかった。七人は最初こそ怪訝な目つきで運転手を怪しんでいたが、数分経つとそんな事も忘れて暇つぶしをし始めた。

 

「五つ子ゲーム!」

「イェーイ!」

 

 五つ子ゲーム。それは五つ子が考えた独自のゲームであり、親指を一花、人差し指を二乃、中指を三玖、薬指を四葉、小指を五月に見立てて隠した手から伸びている指を当てるというルールである。

 

「私はだーれだ?」

「二乃。」

「三玖かな。」

「四葉!」

「二乃です。」

「三玖お姉ちゃん!」

 

 出題者となった二乃が指を出し、各々が回答する。そんな中、風太郎だけは答えが分からず沈黙したままである。

 しかし数秒後、二乃の手を触って確かめ出した。当然本人からは拒否反応を示され、仕方なく手を遠ざける。

 

「くっ…。二乃だ!」

「残念、三玖でした。」

「何故裏返ってる。」

 

 二乃は笑いながら風太郎に対して中指を立て、彼は自身に対する嫌悪感の表れを感じ取る。

 

「はいはーい!じゃあ今度は俺が!私はだーれだ?」

 

 今度は六華が出題者となり、自身の右手を左手で隠した。このゲームにおいて出題者としての六華の実力は高く、正解を導く事は非常に困難である。

 

「誰だろう…。一花?」

「これは、三玖かな?いや、二連続でそれはないから二乃?」

「四葉!」

「一花です。」

「三玖よ。」

 

 先程と同様、三玖、一花、四葉、五月が順に答え、最後は二乃が最終的な回答を口にする。風太郎はあまりの難易度の高さに答えることができず時間切れとなった。

 

「正解は一花お姉ちゃんでした、上杉先生。」

「何故下を向いている。」

 

 六華は親指を下に向け、風太郎は困惑しつつもしっかりとお笑い芸人さながらのツッコミを入れる。二回連続で不正解だった事が悔しいのか、風太郎はそれを糧にして気分を盛り上げる。

 

「くそー!!次俺な!」

「やけにハイテンションですね。」

「お前達の家を除けば外泊なんて小学生以来だ。もう誰も俺を止められないぜ!」

 

 テンションの高い風太郎とは対照的に彼と運転手を除く六人はテンションが低い。その理由は運転手の口から説明された。

 

「つってもさ、もう一時間以上足止め食らってるんだわ。見てよ外。」

 

 男は車の外を指差し、七人に外の様子を見せる。外は林間学校というイベントには不相応なほどの吹雪であり、中野家の車はそれによる渋滞に巻き込まれ、動けずにいた。

 言わずもがな外の気温は十分な寒さではあるが、車内の暖房がそれをかき消していた。外が雪で覆われているためか、彼らのいる場所は幻想的な銀世界に包まれ、そこには何の濁りも無い。ただ純白の景色とそれによって抜き差しならない状況に置かれた多数の車が彼らの視界に映った。

 

「どうしましょうか……。」

「したら、近くの旅館かホテルで待機してりゃよくね?このままいつ動けるかもわからない状態でいるよりも寝床を確保しとくのが最適解だと思うんだけど。」

「それはご最もですね。では、お願いします。」

「あいよ。」

 

 五月の要望を聞き、運転手の男は目的地を本来の場所から近くの宿泊施設へと切り替える。男が車のナビで辺りを確認してみると、奇跡的に近くに旅館があった。

 

「よし、じゃあここへ行きますか。Go!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後、一同は紆余曲折を経てようやく旅館へと到着した。七人は降車し、ドアを勢いよく閉める。気温が低くなる事を想定していた七人は上着を着用しており、吹雪の中でも我慢する事ができた。

 

「ありがとうございました!」

 

 四葉が運転手に礼を言うと同時に頭を下げる。彼女の健気さに心を打たれたのか、風太郎達も続けて頭を下げる。

 

「別に良いよ。また会ったら、その時はよろしくね。」

 

 運転手の男は再びレバーを操作し、吹雪の中へと消えていった。感謝の意を込めて風太郎達は旅館に入る前に彼を見送った。車が黒色ということもあり、最初は白い景色の中に紛れ込んだ異物として目立っていたため、その存在を認識できたがしばらくするとその姿は肉眼では確認する事ができなくなった。

 

「にしても、不思議な人だったね。」

 

 旅館に入り、部屋へと向かう廊下を歩いている最中に一花が語る。一花の言葉に五月と風太郎は頷き、同意を示す。彼の醸し出す不審な雰囲気は闇に近く、中野家の事情をそこまで知らない風太郎にも不信感を抱かせた。

 

「三玖、アンタ助手席に座ってたでしょ?あの人どんな顔だったの?」

「サングラスをかけててイヤリングを付けてて、あとは帽子を被ってた。それ以外はよくわからない。」

 

 二乃の質問に対する三玖の回答に六華は妙な違和感を覚える。どこかで聞いたことのある特徴、その怪しげな雰囲気。どこかで欠けていた記憶のピースが六華の脳内にピッタリとはまり、ある一つの事を思い出した。

 

「あっ!!!あの人だ!!」

 

 六華は六人の誰よりも先に彼に関する情報を一つ入手した。以前、六華が超能力者を懲らしめようと向かうと超能力者の男は既に倒されていた。

 彼はサングラスとイヤリングを付けたチャラい男と戦って敗れたと語っていた。先程の運転手の容姿を見れば目撃情報と合致する。さらに同じような目撃情報を報告していたのは彼だけではなく、他の五人の超能力者も同じく運転手の男に負け、警察に逮捕された。

 六華は運転手の正体に気がつき、男を探そうとしたが時は既に遅く、仕方なく追跡を諦めた。

 

「六華、どうかしましたか?」

「あっ、いや。何でも無いよ。」

 

 五月に尋ねられた六華は姉達には心配をかけさせるわけにはいかないと判断し、どうにか誤魔化した。五月はそんな六華の様子に違和感を持ったが、何もないと判断したのか、「そう、ですか。」と呟いた後に再び前方へと視線を移した。

 

「おおっ!中々良い部屋だな!」

 

 部屋へと到着した風太郎は扉を開け、一番乗りで入室する。部屋は畳がぎっしりと敷かれており、和をテイストにした作りが緊張感に満ちていた彼らの心をほぐした。しかしそれでも問題は二つほど生じていた。

 

「でも五人部屋ですよ。」

「ねぇ、本当にこの旅館に泊まるの?こいつと同じ部屋なんて絶対に嫌!」

「団体のお客さんが急に入ったとかで一部屋しか空いてなかったんだもん仕方ないよ。」

 

 一つは案内された部屋が五人部屋だという事。旅館の中では比較的広い部屋ではあるものの、七人で就寝するには狭く、スペースを詰めて寝るのがやっとの広さである。

 もう一つは四葉が言った通り、空いている部屋がこの部屋しかないという事である。団体の客がほとんどの部屋で宿泊していたため、二組に分けて寝ることすらもままならない状態だった。

 

「あ、でも旅館の前にもう一部屋あったでしょ。」

「あ、明日死んでるよ…!!」

 

 二乃の言う旅館の前にある部屋とは犬小屋のことであり、言わずもがな今案内された部屋のような設備は整えられていない。外の状態を鑑みると、放っておけば確実に凍死する。二乃はそれを知った上で風太郎をそこに入れようとする腹積りであった。

 

「旅館なんて小学校の修学旅行以来だ。確かにあの時の部屋の方が広かったな。」

 

 風太郎がそう言いながらリュックのジッパーを開けると、中に見慣れないものが入っていた。一つはミサンガ、もう一つは手紙であった。手紙に書かれている内容を見れば、らいはが書いたものであるという事は一目瞭然であった。

 手紙には風太郎の安全を願ってお守りを作ったこと、礼としてのお土産を期待している旨が書かれていた。それを見た風太郎は気分が盛り上がり、口角を上げて笑みを作った。

 

「何ですかそれ?もしかしてらいはちゃんから…。」

「良い旅館だ!文句言ってないで楽しもうぜ!」

「うわっ!」

 

 風太郎はいきなり大声を上げ、彼に近づいていた六華はこれを予想していなかったのか、驚き、畳に手をついた。

 

「女子集合!」

 

 すると二乃が急にテンションを上げた風太郎を見て怪訝に思ったのか、五つ子達を集合させた。二乃の号令に全員集合し、風太郎に聞こえない程度の声量で話す。

 

「不本意だけどご覧の有り様よ。各自気をつけなさいよ。」

「気をつけるって何を…?」

「それは…。ほら…。一晩同じ部屋で過ごすわけだから…。あいつも男だってことよ…。六華は大丈夫だけど…。」

 

 二乃の言わんとしている事を理解した四人は顔を赤らめる。

 

「……。そんな事あり得ません。」

「やろうぜ。」

 

 五月がその可能性を否定した途端、風太郎が五人の背後に音も立てずに現れた。彼の気配に全く気が付かなかった五人は狼狽し、彼から距離を置く。

 

「トランプ持ってきた。やろうぜ!」

「良いですね、トランプ。やりましょう!」

 

 特に何も問題は無いと判断した五月以外の四人は怪訝に思いながらも気を紛らわすために、六華は単純に遊びたいと思ったために参加した。そんな彼らを見て五月は一抹の不安を抱えていた。

 それから数時間後、普段は食べることのないような豪勢な食事が運ばれ、七人は目を見開いて驚く。卓上に綺麗に並べられた食材の数々は赤、緑、白など色とりどりであり、見ていても飽きることがない。加えてその一つ一つが丁寧に調理されており、全ての料理が光り輝いて見えるほどであった。これを四字熟語で表すなら豪華絢爛だろう、と六華は目尻を下げながら料理を見る。

 

「すげぇ!タッパーに入れて持ち帰りたい!」

「やめてください…。」

 

 風太郎の品のない発言を五月が母親のように嗜める。

 

「こんなの食べちゃっていいのかなー。明日のカレーが見劣りしそうだよ。」

 

 普段は六華の手料理を毎日食べている四葉ですらもその豪華さに尻込みしている。

 

「三玖、あんたの班のカレー楽しみにしてるわ。」

「うるさい。この前練習したから。」

 

 二乃と三玖の会話を聞き、一花は思い出したかのように「そういえばスケジュール見てなかったかも」と呟く。六華以外の全員は林間学校のしおりを持っており、中身を確認すれば把握できるが、今までの状況を鑑みればそんな事をする暇など彼女達には無かった。

 

「二日目の主なイベントは十時、オリエンテーリング。十六時、飯盒炊爨。二十時、肝試し。三日目は十時から自由参加の登山、スキー、川釣り。そして夜はキャンプファイヤーだ。」

「何でフータロー君暗記してるの…?」

 

 風太郎は林間学校のしおりを見ずにスケジュールを口頭で説明する。余程楽しみにしていたのだろうと推測した六華は料理を箸で取り、口内に放り込む。

 

「あと、キャンプファイヤーの伝説の詳細がわかったんですけど。」

「またその話か。」

「伝説?」

 

 四葉の語るキャンプファイヤーの伝説、それは結びの伝説とも呼ばれ、フィナーレの瞬間に踊っていたペアは生涯を添い遂げる縁で結ばれるというものである。その話は五人ほど知っていたが、その話をしている場にいなかった一花と六華は伝説というものが何を意味するのか知らなかった。

 

「関係ないわよ。そんな話したってしょうがないでしょ?どうせこの子達に相手なんていないでしょ?」

 

 二乃はそう言うが、風太郎と一花は事情が違っていた。二人はとある成り行きからキャンプファイヤーのダンスでペアとなり、踊る事となっていた。

 風太郎は結びの伝説を知ってはいたものの、信じてはいなかった。しかし、いざその時になった場合にどうすればいいかわからず悩んでいた。

 

「あ、そうそう。ここ、温泉があるって書いてあるよ。」

 

 話題を変えようとした一花は旅館のガイドブックのページを捲る。すると、彼女の視界に信じがたい単語が記載されており、思わず声を漏らした。

 

「えっ、混浴…?」

 

 混浴という単語が一花の口から出たことにより、全員が硬直し、あまりの衝撃の大きさに彼らのいる部屋の時間が止まる。しばらくして最初に口を開いたのは二乃だった。

 

「はぁ!?こいつと部屋のみならずお風呂も同じってこと?」

「言語道断です!」

「何で上杉先生と一緒に入る前提で話が進んでるの?」

 

 二乃と五月は混浴という言葉を聞いて反対する。しかし、それは風太郎が一緒に入っている状態を踏まえなければ成り立たない話であり、嫌なら順番に入ればいいだけの話であった。そこに関しては六華も困惑し、言及していた。

 

「二乃…。一緒に入るのが嫌だなんて心外だぜ…。俺とお前は既に経験済みだろ〜?」

「わざと誤解を招く言い方すんな!」

「ははは、いつもの仕返しだ!」

 

 風太郎の発言から三玖は二乃の事を追及しようとしていたが、彼に好意がある事を二乃に悟られたくなかったのか、口をつぐんだ。しかし風太郎の発言からそれが冗談である事に気づき、三玖は安堵した。すると一花が急に読み間違いを訂正し、再び部屋が静寂に包まれた。

 

「あ、混浴じゃなくて温浴でした。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のあいつ絶対おかしいわ。」

「あー、気持ちぃー。」

「みんなで一緒にお風呂に入るなんて何年ぶりでしょう。」

「三玖のおっぱい大きくなったんじゃない?」

「みんな同じだから。」

 

 日が落ちて夜空に満天の星が輝いていた頃、五つ子達は旅館の中にあった温泉の湯船に浸かっていた。温泉から湧き出ている透き通った熱湯が五人の一日分の汚れと共に疲れを洗い流していく。その快楽に身を委ねながら五人は風太郎の事について話していた。

 

「上杉さん普段旅行とか行かないのかな。」

「まるで徹夜明けのテンションだったね。」

「とにかく、あのトラベラーズハイのあいつは危険よ。…問題はあの狭い部屋にギリギリお布団が六枚、誰があいつの隣で寝るか。そして残った一人はどこで寝るか。」

 

 それぞれが林間学校にうきうきしている風太郎について語っている中、二乃が現在生じている問題について論じる。

 部屋の広さを考えると、幅を詰めても布団は六枚しか敷けない。しかし部屋に泊まる人数は七人。数が合わない事は火を見るよりも明らかであり、誰か一人は別の場所で寝なければならない。

 

「押し入れで寝るとか?」

「アニメで何十回と見た光景ね。」

 

 四葉のアイデアを保留にした二乃は「他には?」と一花、三玖、五月の三人にも意見を出させるよう促す。しかし三人は一向に結論が出ず、結果的に仕方なく誰か一人が押し入れで寝るという意見で煮詰まった。

 

「次は誰があいつの隣で寝るか、よ。」

「二乃考えすぎじゃない?私達ただの友達なんだし。」

「そうだよ、上杉さんはそんな人じゃないよ!」

 

 二乃の憶測による発言に一花と四葉が抗議する。すると二乃は風太郎を信頼する四葉の方を一瞥する。

 

「じゃあ四葉が隣で良いってこと?上杉はそんな奴じゃないから心配ないんでしょ?」

「それは…。ちょっと、どうなんだろうね…。」

 

 二乃に尋ねられた四葉は急に顔を赤らめ、湯船に肩まで浸かる。彼女の感情に合わせて緑色のリボンもしおれ、二乃はため息をつく。

 

「それなら二乃はどうでしょうか?」

「は?何で私?」

「いえ、なんとなく。二乃なら殴ってでも抵抗してくれそうなので。」

 

 五月の言葉を聞き、二乃は口をつぐむ。すると一花が左手の拳で右手の手のひらを叩き、それなら、と口にした。

 

「多分、大丈夫だよ。」

 

 一花の言葉の意味がわからず、四人は首を傾げる。しかし、その言葉は部屋に帰ってきてからすぐに明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、一花は何故か風太郎の隣で寝ていた。驚いた一花は思わず身体を起こし、目を見開く。昨晩は風太郎の隣に六華が寝ており、二乃が押し入れで寝る事となった。しかし、風太郎以外の五人は寝相が悪く、綺麗に敷かれていた布団もあちこちに散らばっていた。

 

「ははは…。みんなめちゃくちゃ。」

 

 一花は笑いながらそう言うと、再度風太郎の顔に視線を移す。

 

「寝顔を見るのはこれで二度目かな。これくらい平常心でいられなきゃ友達…。パートナーじゃないよね。大丈夫、だよね…。」

 

 一花は風太郎の顔との距離を近づけ始めた。自身でもわかるほど心臓の鼓動が高鳴り、体温も高まっている。

 

「もう朝ですよ。朝食は食堂で…。」

 

 次の瞬間、五月が扉を開けて入ってきた。驚いた五月はその衝撃の大きさのあまり、風太郎に近づこうとしていた相手が誰なのかも確認せずに扉を閉めた。廊下には五月の呼吸音だけが響いていた。




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次回から戦闘シーン入れたいと思います、はい
ちなみになんですが10話と11話で遂に第1章が終わります
その際にお知らせを後書きに書いておきます
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