TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
複数転生者の取り扱いは非常に難しい
僕の名前は
例によって女神様っぽい人からチート能力を貰い、アニメの世界に放り込まれた転生者である。
女神様っぽい人が言うには、彼女が趣味で執筆している二次創作SSがスランプで思うように捗らないので、何か新しい着想を得る為に僕を物語の世界に放り込んだんだそうだ。神様がケチな二次創作作家だったとは死後最大の驚きである。
もちろん、「物語の世界」とは言ってもそこは神様が管理しているれっきとした現実世界らしく、全体が紙のように平面になっているわけではない。現地人として暮らしてみれば生の感覚は同じで、案外前世の世界も神様が戯れに作った物語なのかもしれない。その場合、僕は物語の背景で雑に死んでいくモブキャラだったのだろうが。
まあそんなこんなで僕が転生したこの世界は、前世の世界では全26話放送していたアニメの世界だった。
そこは超能力的な異能が日常化している世界で、異能犯罪を取り締まる特殊部隊に所属する主人公たちが、悪の組織や異世界からやってきた怪物と戦う由緒正しいヒーロー物語である。
少年漫画が原作な為か友情、努力、勝利の構成を徹底した作風であり、当時の子供たちの記憶にもほどほどに留められたものだ。大人に成長した後で再放送を見た時、「ああそう言えばこんなアニメやっていたな」と、そう認識される程度には人気があった作品である。
おそらくは僕がそのアニメ「フェアリーセイバーズ」の一ファンだったからこそ、女神様っぽい人は僕を転生させたのだろう。そんな僕に彼女が求めた役割と言うと、さしずめ「原作知識持ちのチートオリ主」という二次創作の黄金パターンだろうか。
それ以上の思惑まではわからないが、そんな世界に放り込まれた僕には「他人の異能を盗み、ノートに収めて使役できる」というスタイリッシュな異能、チート能力を与えられていた。
一昔前のアニメ「フェアリーセイバーズ」のオリ主になるべく放り込まれた僕だが、それ以降、神様っぽい人からの指示は何も無い。行動を制限するよりも、オリ主には好き勝手自由に行動してもらった方が新しい着想を得られるのだそうだ。
原作に介入してストレートに暴れるのも良し、介入しないで一人孤独なスローライフを送るのも良し。チート能力を持つ主人公が怠惰な日常を送るだけのSSも、それはそれでアリだと彼女は言っていた。ありがたいことに、女神様っぽい人は放任主義だったのだ。
……で、そうなると僕は僕の意志で行動しなければならないわけで──とても嬉しかった。
だってよ……オリ主なんだぜ? チート能力持ちオリジナル主人公、略してチートオリ主。それはもはや、中高生が思い描いた夢の権化みたいなものだ。
所詮は一度死んだこの命、女神様っぽい人からしてみれば都合の良い道化だとしても、せっかくオリ主になったのだから楽しまなきゃ損だ。やれやれ僕はエンジョイした。
エンジョイのあまり、僕は町のいかにも頭悪そうなチンピラやマフィア、汚職警官などを相手にチート能力をひけらかし、彼らの異能を盗みに盗みまくった。
その結果多彩な異能を操る万能チートウーマンへと進化した僕は、その足で意気揚々と原作主人公の住む町へと向かい、チートオリ主による原作介入を実行しようとした。
あっ、言い忘れたけど僕の性別は女である。女神様っぽい人に用意されたこの身体はショートカットが似合うボーイッシュな美少女で、いわゆる「TSオリ主」というジャンルだった。彼女も実に良い趣味している。
閑話休題。話を戻すが、そういうわけで僕は原作介入には乗り気だった。
「フェアリーセイバーズ」は子供の頃好きだったアニメだし、これでも前世は役者志望だったのだ。何ならこの人生全部を捧げて、神様っぽい人が喜びそうなオリ主ムーブを演じてみるのも、それはそれで楽しそうだと思っていた。
フィクションみたいなこの状況に頭が適応する為か、かつて患った厨二病が再発したのだろう。まあそんなしょうもない感情で僕は、ごっこ遊びを超えたレベルで完全にオリ主になりきっていた。
そんな僕っ子美少女チートTSオリ主なエイトちゃんは、ポジション的には原作主人公に対してバリバリ味方するつもりだった。原作主人公のことは好きだし、敵対ルートを辿るアンチ系SSはあまり好きではないのだ。
初対面からフランクに話しかけて友達ポジションを狙うのも、お互いに高め合うライバルポジションを狙うのも良いだろう。いずれにせよ僕は味方ポジションに座り込み、チート能力を使ってこう、いい感じに目立ってやろうと考えていた。
……が、しかし、原作の主な舞台である「
その時、原作主人公「
その身には彼が所属する特殊部隊「セイバーズ」の戦隊的コスチュームを纏っており、対峙している怪物の姿にもまた、前世の記憶に見覚えがあった。
あれはそう、第二クール最初の話に登場した異世界の聖獣「エレメント・ワイバーン」だ。案外しっかり覚えていた原作知識を引き出すことで時系列を整理すると、僕は一人苦虫を噛み潰した。
──完全に出遅れとるがな!と。
出来ることならば、原作主人公の炎とは第一話が始まる前に接触しておきたかったのだ。
状況を見るに、物語は既に第二クールが始まっている。想定内ではあるが、最良からは掛け離れた時系列である。
原作主人公の暁月炎はその名前とは正反対で、物語開始時点では口数が少なく物静かな高校生である。
本来は熱いハートの持ち主だったのだが、幼少期に実の父親を悪の組織に殺されており、トラウマでその心を凍らせてしまっていたのだ。そんな彼は復讐の為、悪の組織を追って異能専門特殊部隊「セイバーズ」へと入隊し、やがては父の仇である悪の組織のボスと対峙していく。
王道的なシナリオだが、ここで大事なのはその過程である。初期の頃は誰にも心を開かなかった炎が、献身的な幼馴染ヒロインやチームの戦友たちとの絆を経てトラウマを克服し、覚醒した異能の力で悪の組織のボスをぶん殴るシーンは爽快の一言だった。第一クールのラストシーンであるその場面は、僕の最推しである。
しかし、その場面は既に過ぎ去っていたようで、物語は第二クールが始まっている様子だった。
フェアリーセイバーズの一ファンとして、炎の覚醒シーンに関われなかったショックは大きい。が、もっと痛かったのは、原作主人公の成長イベントに絡めなかったことだった。
それは原作主人公、暁月炎の成長イベントはほとんど第一クールに詰まっていたからだ。
何せこの男、トラウマを乗り越えた第二クールではもはや抜群の安定感を誇るセイバーズのリーダーであり、名前に恥じない熱いハートでチームを引っ張っていた。
初期の頃は台詞も少なくたまに喋ったと思ったら迷言や奇行が目立ち、もはや主人公……?という扱いのネタキャラだったのだが、第二クールではヒーローとして立派なナイスガイに成長していたものだ。それでいて時折天然ぶりを発揮するから、うちの姉者をお腐れ様にした元凶でもある。
しかし、そうなってくるとオリ主として付け入る隙が無いわけで……
これは僕調べの持論だが、原作主人公が不安定なほどオリ主にとっては都合の良い原作だと思っている。原作主人公には人格、能力面で付け入る隙があった方が、オリ主に役割が持てるのだ。
例えば優柔不断なハーレム主人公であればオリ主がビシッと一発締めて関係に変化を与えることができる。決断の末、余ったヒロインをゲットするのもいいだろう。
例えば戦力的に未熟な主人公であれば、オリ主が師匠ポジションになって鍛えることができる。美味しい場面に出てきて横から活躍を掻っ攫うのもいいだろう。
いずれも、原作主人公の足りないところを補う模範的オリ主になる方法である。第一クールの暁月炎にはその隙があったのだが、成長した第二クールの彼はその辺りすっかり盤石になっている。
彼の想い人に関しても、自分が塞ぎ込んでいた頃にも甲斐甲斐しく寄り添ってくれた幼馴染ヒロイン一択である。最終回にはラスボスに囚われた彼女を助け出すと男らしく告白し、希望の未来へ無事レディー・ゴーしていた。これではTSを生かしてヒロインポジを狙うのも不可能である。
戦闘能力に関しても、彼はこの頃には既に日本で三本の指に入る異能使いであり、最終回では異世界の神様と殴り合い勝利するほどにまで成長していた。
というわけで、今更師匠ポジションに就こうにも無理があるというわけだ。
さてどうしたものか。日常の象徴か或いは相棒枠を狙っていたのだが、開始早々出鼻をくじかれてしまったエイトちゃんである。
それでも、それだけならまあ想定の範囲ではあったのだ。第二クールからでもいい感じに彼と接触するプランは幾らでもあったわけだが……それら全てを無に帰す最大の問題は、今彼の横に居る見覚えのない少女の存在にあった。
それは、どう見ても原作に登場していないキャラクターだった。
知らない人が原作主人公と一緒に戦っている……
「誰!? 誰なの!?」
突如現れた、存在しない筈のヒロイン!
盗んだ異能の一つである「千里眼」を使って戦闘状況を眺めていた僕だが、全く見覚えのない少女の姿を見た途端、初めて大声を発した。
危うく立っていた電波塔の上から滑り落ちそうになる。原作主人公の横に居る謎の存在に思わず取り乱した。
フェアリーセイバーズにはヒロインである幼馴染ちゃん以外にも、何人か女性キャラはいる。いるのだが、主人公と肩を並べて戦うヒロインは存在しない筈だった。
一昔前のアニメなので僕の原作知識も完全ではないが、大事な場面は覚えているつもりだ。元々女性キャラはそんなに多くないし、いるのなら絶対に覚えている筈である。
と、言うことは間違いなく、あの少女はフェアリーセイバーズのキャラではないというわけで……
「まさか……夢女子か!」
炎の夢女子、即ちオリ主である。
これはどういうことだ女神様っぽい人! 僕の他にもオリ主を送り込んでいるなんて聞いていないぞ……!
苦々しい顔で女神様っぽい人に抗議しながら、僕はその少女の姿を注視する。
容姿は銀髪碧眼。浮世離れした儚い容貌は、幻想的で美しい。あと貧乳。僕と同じぐらいの貧乳である。
オリ主は貧乳率が高い。それと銀髪率。それらを鑑みて彼女が女オリ主であることは確定的に明らかだ。
なんてことだ……! その少女の存在は、細かな問題の全てを些末ごとにしてしまうイレギュラーだった。
「オリ主が二人いる」という事実はそれほどまでに、オリ主たらんとする僕にとって致命傷になり得たのだ。
あれが女神様っぽい人の考えた現地人オリ主ならばいいが、最悪なケースは僕と同じ転生者だった場合だ。仮にそうだとしたら、既に僕の存在意義が消滅しているも同然である。
複数転生者──それはSS作家にとって、最も調理の難しい題材の一つだからだ。
人それを「地雷要素」と言う。
二次創作界隈において、複数転生者とは地雷要素の一つである。理由は調理の仕方が非常に難しいからだ。
何故調理が難しいのかと言うと、「読者を置いてきぼりにする」危険性が高いからである。
オリ主とは言わばスパイスである。原作という完成した料理の上に少し足すことで、その味付けを変え、素材とはまた違った味で読者というお客様の舌を楽しませてくれる。
複数転生者とは、そのスパイスを過剰に投与するようなものだ。もはや料理は香辛料に埋もれ、素材の味がわからなくなり、お客様の想像を超える劇物と化す。
それはそれで美味い、という発見も時にはあるのだが、大半のお客様は原作を下地にちょっとしたスパイスを加えた料理を望んで来店してきたわけで、突然予想だにしない味が出てきたら驚いて立ち去ってしまうのがほとんどである。……ごめん、ちょっと例えがわかりにくかった。
要するに、スナック感覚で作中に転生者を増やすと原作の世界観が壊れて没入感が無くなるよって話だ。もちろんこの題材でも面白く調理されているSSはたくさんあるけど、いずれにせよ取り扱いには細心の注意が必要である。
事前に入念な警告をしておくのはもちろんだが、最低限読者を納得させられるだけの伏線やバックボーンを用意しておくのは必須だろう。
複数転生者の取り扱いに失敗し、エタっていった作品の数々は過去に何度も見たし僕も書いた。そう、ここまで複数転生者を恐れるのは、僕自身のSS執筆経験も理由の一つである。
僕は恩神である女神様っぽい人が書くSSをエタらせたくはないし、糞SSにもしたくない。
しかし、彼女がどうしても複数転生者を書きたいのならば、僕はその御心に従うしかないわけで。
そうなると急ぎ、プランの修正が必要だ。まずはあの少女が転生者かどうか確かめて、それから……
あんまり気が進まないけど……最悪の場合は、僕がいい感じの踏み台転生者になるのも手だろう。その場合はオリ主のライバルにオリキャラを宛がうことになるのでひっじょーに不安だけど。
まあ、しょうがない。女神様っぽい人の為に精々演じきってやろう。
「成し遂げてみせるさ……僕はチートオリ主だからね」
何この……何……? って感じの、僕の転生ライフの始まりである。
嗚呼、複数転生者の取り扱いは非常に難しい。