TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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決着はラスボスの根負け

 暁月炎とケテル。

 限界を超えた者同士の死闘は、壮絶だった。

 

 本来の聖なる光の力に加えて深淵の闇の力を纏ったアビスフォームのケテルは、大天使さえも触れてはならない領域に至った。言わば「禁忌の姿」と呼べるだろう。

 

 しかし、セイバーズは退かなかった。

 

 彼が纏う深淵の闇に対してインフィニティーバーストの力は拮抗し、光と闇を併せ持つ天使との戦いはダァトの試練で一度経験していたことも炎にとってプラスに働いていた。

 そして、何より──暁月炎は一人ではなく、どんな時でも彼を支えてくれる仲間がいたことが、最大の武器となった。

 

『エン!』

 

 時にビナーの矢が、ケテルの注意を引きつけ。

 

「炎っ!」

 

 時に風岡翼の弾丸が、ケテルの動きを牽制し。

 

「お兄ちゃん!」

 

 時にメアの盾が、ケテルの攻撃から彼を救った。

 

 何度傷ついても立ち上がり、互いが互いの力で懸命に庇い合う。

 ここにいる誰もが皆、今の自分にできることを限界以上に全うしていたと言えるだろう。

 

 そんな仲間たちの想いに、無限の焔は応えた。

 

 

「俺たちは乗り越えていく! どんな未来も……!」

『……!』

 

 

 炎の両腕から溢れ出した虹色の焔が、天を突くような巨大な剣の姿を形成していく。

 

 この死闘の決め手となったのは暁月炎の得意技である焔の剣──それを桁違いの質量と出力で肥大化させた、今の彼に撃てる最強の技だった。

 インフィニティーバーストによって満ち溢れる焔の力を爆発的に上昇させ、一閃に全てを込めて叩き込む一撃。しかし発動に大きな隙が生じるその技を、仲間たち全員が助け合うことで完成させたのである。

 そう、仲間たち全員が。

 

「俺も混ぜろよ!」

「長太!?」

 

 ここにいる者たち全ての妨害を踏み越えて、炎が放とうとする必殺技を阻止しようと飛び込んできたケテルの行く手を、突如として上から降り注いできた氷の刃が阻んでいく。

 それはシェリダーの追跡を終え、遅れてこの場に合流してきた力動長太の攻撃だった。

 その攻撃自体はアビスフォームのケテルにとって大したダメージを与える威力ではなかったが……炎の最後の一撃を命中させる足止めとしては、これ以上無い最高のタイミングだった。

 

 

 ──いけぇーっ!! 

 

 

 皆の叫びが一つとなったその瞬間、遂に完成した焔の剣が振り下ろされる。

 想いを集め、未来を切り拓くその技の名は──

 

 

「インフィニティー・セイバァァァーッ!!」

『……ッ』

 

 

 無限の力を宿した救世主の剣が、サフィラス十大天使の王を捉える。

 迫り来る虹色の獄炎を前に、回避は不可能と判断したケテルが、自身の前に最大出力のバリアーを展開しその一撃を耐え凌ごうとする。

 大天使さえ滅ぼし得るこれほどの攻撃、内なる力の全てが込められているのは目に見えて明らかである。己の限界さえも超えた力の発動は、とてもではないが後先考えて放たれたものではなかった。

 これを放った後の暁月炎には、間違いなく戦う力は残らない筈だ。

 消耗した彼らを纏めて処理するのは、ケテルにとって造作もなかった。

 

 つまりそれは、この一撃を耐え抜きさえすればその時点でこの勝負が決するということだ。

 自分が力尽きるのが先か、彼らが力尽きるのが先か……どのような形で終わるにせよ、それはこの死闘に終止符を打つ一撃だった。

 

『こんなものが……!』

 

 回避が間に合わなかった以上、大きなダメージを受けるのは免れないだろう。

 しかし彼には、その後も戦い続ける余力を残す程度にはその攻撃を凌ぎ切る自信はあった。

 

 しかし。

 

 

 ──ケテル。

 

 

『──っ』

 

 

 まばたきにも満たない一瞬。

 解き放たれた焔の中に、ケテルは何かを見た。

 とても懐かしい……何かを。

 

 ふとした幻聴のように凜とした声が脳裏に響き、静かに下ろしたまぶたの裏には遠い昔の記憶が走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 

 

 世界樹サフィラによって、世界を導く大天使の王となるべく生まれ落ちた──あの頃の記憶だ。

 

 

 そこには自らが持つ王の力を思うように制御できず、それこそ今の人間たちのように自分自身の力に翻弄されている未熟な少年がいた。

 

 少年はその力で、触れるもの全てを傷つけた。

 

 誰もが少年を恐れ、近づくこともできなかった。

 故に少年は……ずっと、孤独だった。

 

 

 ケテル──キミは一人じゃない。

 

 

 そんな少年のことをただ一人恐れることなく、『ボクと同じだね』と自身の黒い羽を見せながら、姉のように接してくれた女性がいた。

 自らを孤独にする王の力を、少年は好きではなかった。しかし、彼女だけはそんな彼の心を理解し、包み込むように肯定してくれたのだ。

 

 漆黒の羽を持つ彼女もまた、他の聖獣たちとは明確に性質が異なる存在だったから。

 

 故に二人は、お互いに周りと違う者同士意気投合し、奇妙な仲間意識を抱いていた。

 かつてはまだ今ほど大きくなかった世界樹の下で巡り合った少年と女性は、そこでお互いのことを語り合ったり、高め合ったりしたものだ。

 

 彼女だけが、少年の孤独を埋めてくれた。いつも穏やかで優しく、時に厳しい。

 そんな彼女と家族のように同じ時間を過ごしていく内に……いつしか少年は、王の力を自在に扱えるようになっていた。

 

 僕も、彼女のように立派な天使になりたいと──その一心で修練を積んだことで、少年の力は大天使の王として真の覚醒を果たしたのである。

 

 

 そう……インフィニティーバーストという新たな力を身につけた、目の前の人間のように。

 

 

 かつての少年──ケテルもまた、ダァトに導かれた存在だった。

 

 

『……ダァト……』

 

 

 生まれ変わっても(・・・・・・・・)彼女は、あの頃と何も変わっていなかった。

 ケテルは彼女を深淵の世界まで迎えに行く為だけにこのような「アビスフォーム」という禁忌の力を手に入れたというのに、当の彼女は誰の助けも必要とせず、自らの力でこの世界に帰ってきた。

 

 そんな彼女は天使ではなく、人間たちを導くことを選んだ。

 その事実がどれほどの空虚感を与えたか、彼女にはわからないだろう。

 

 どこまであの女(カロン)が関わっていたのかは知らないが、彼女の目は新世代を生きる者たちに向いていた。

 

 そんな彼女が手塩にかけて導いた新世代の存在──セイバーズという人間の力でこの身が焼かれるのなら……ある意味ではケテルにとって、納得のいく最期だったのかもしれない。

 不思議と心は落ち着いており、その時になって彼は初めて彼女の気持ちがわかったような気がした。

 

 

 ──立派な天使になるんだぞ。

 

 

『……ふっ……』

 

 尚も響く幻聴に身を委ねたケテルは、心地良いまどろみの中で薄く笑む。

 

 ケテルは、暁月炎の剣を受け入れた。

 自らバリアーを解除し、救世主の一撃にその身を捧げたのである。

 

 もしくは疲れ切ったこの心が、目の前の現実を前にポッキリと折れてしまったのかもしれない。

 もはや自分でも自分の感情がわからなくなってしまったかつての少年だが、それでも最後の最後でこの命が彼女の導いた未来の礎になれるのなら……古き時代の王として断罪されるのも、悪くない気分だった。

 

 彼女と交わした最後の約束を思い出したことで、ケテルは自らの敗北を認めることができたのである。

 

 

『やっと……務めを果たせたな』

 

 

 幾億もの時を無益に重ね、生き恥を曝し続けたこの命がようやく終わりを迎えることができた。

 自分を超えた者の手によって、討ち滅ぼされることで。

 その事実を受け入れた途端に湧き上がってきたほんの小さな達成感に、ケテルは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、彼は生き残った。

 

 

 その身を断罪する筈だった焔の剣がケテルの命を燃やし尽くすよりも先に、暁月炎がインフィニティーバーストの力を解き、力の解放を自ら停止したのである。

 それはケテルの予想よりも早く、暁月炎が力を使い果たしたからではない。

 彼が意図して己の力を威力を落とし、ケテルにとどめを刺さなかったのだ。

 

 

『ケテル!』

 

 ……とは言うものの、防御姿勢を取らずバリアーも解除して一撃を受け入れたケテルの身体は、無傷では済まなかった。

 

 アビスフォームが解けたその姿に力は入らず、糸が切れたように視界の明度が落ちていく。

 ぼんやりと女の声が聴こえたが、反応を返すことができない。ふっと目の前が暗くなり、そのすぐ後で誰かに支えられているような振動を感じて目を開ける。

 身体の横には、理解の大天使ビナーの姿があった。

 

『……ビナー、か……』

 

 背中と肘にそれぞれの手を回しながら、墜落するケテルの身体を彼女が支えてくれたのである。

 

『……良かった。死ななくて……』

 

 サフィラスの長女がぼそりと呟いたその声に、ケテルが怪訝に眉を顰める。

 理解の大天使ビナー。彼女はダァトが世界樹に遺していった力の影響を最も強く受け継いだ天使であり──それ故にケテルは、心の底から彼女に対して強い苦手意識を抱いていた。

 ダァトとあまりにも酷似したその顔から視線を逸らすように目を背けると、しかし彼女の手を振りほどく力も残っていなかったケテルは、今にもブラックアウトしそうな意識を張りながら目の前の人間に問い掛けた。

 

 

『……何故、殺さない?』

 

 

 インフィニティー・セイバー──あのまま本気の一撃を最後まで叩き込んでいれば、今頃は確実に自分の息の根を止めていた筈だ。

 その発動を文字通り不完全燃焼で終わらせた彼に対して、ケテルにはその意図が理解できなかった。

 

 暁月炎というこの人間は、妹のように想っていたメアの命を奪おうとした自分を憎んでいた筈だ。

 

 自分が情けを掛けられたことに対しては、今更恥を感じる心は持ち合わせていない。

 既にこの心は虚無だ。ある意味では自分は、深淵のクリファ以上にかつてのアビスに近づいているのかもしれないと、胸の奥で自らの在り方を自嘲してすらいた。

 しかし幾億年、何一つ思い通りにならない現実を直視し続けてきた王は、己の死さえも思い通りにならないのかと……落胆する感情があった。

 

 

 そんな彼に、人間が返す。

 

 

「俺はあんたが憎いんじゃない。気に入らないだけだ」

 

 

 彼がケテルに対して剣を向けた理由は、憎しみではなかった。

 彼にははじめから、ケテルを殺す気は無かったのである。

 

 人間の感情というものは全く以て……難儀なものだと改めて思う。

 

 

「あんただって、俺たちを本気で殺そうとはしていなかっただろう?」

『戯言を……』

「あんたがその気だったら、俺が来る前にみんなやられていた筈だ」

『…………』

 

 確かに始めから殺す気で戦っていたのなら、インフィニティーバーストに至った暁月炎以外の者を全滅させることは容易かったかもしれない。

 だがそれは慈悲の精神ではない。彼らのことなど生きようが死のうがどうでも良かっただけだ。

 

 ……いや、今更そんなことを言ったところで言い訳にもなるまい。

 

 ケテルは炎の言葉に肯定も否定も返さず、ただ裁きを待つ罪人のように口を噤んだ。

 「それに……」と言葉を続け、人間が語る。

 

 

「俺たちの目的は、あんたたちとの和解だ。あんたを殺して、大勢の恨みを買うわけにはいかない」

 

 

 そう告げた彼の言葉にホッと安堵の息を吐いたのは、予想外にもケテルの身体を支えている黒髪の大天使、ビナーだった。

 

 そんな彼女の態度に気づいたケテルは僅かに目を見開き、困惑を抱く。

 

 何故、この子は安心を感じているのだ? と。

 先ほどぼそりと呟いた言葉と言い……ビナーはまるで、こちらのことを心配しているかのような態度である。

 

 ……少なくとも彼女にとって自分は、碌な王ではなかった筈だ。

 自分事ながら客観的にそう認識していたケテルにとって、彼女の態度は不審に映った。

 

 ──この子は天使でありながら人間側に付き、先ほどまで自分に対して矢を向けてきただろうにと。

 

 その疑問に答えたのは、ふらついた足取りでその場から立ち上がった風岡翼だった。

 

「……ったく、鈍いなあんたは。ビナー様が反抗したのは、あんたが憎かったからじゃねぇ。単にあんたと、わかり合いたかっただけだ」

『……!? まっ! ちょっ、ちょっと待ってよツバサ!』

「やなこった。貴方も言いたいことはちゃんと本人に言ってやれよ。何でもかんでも煙に巻こうとするから拗れるんだ」

『そ、そんなこと言っても……いまさら……っ』

 

 何を……言っている……?

 

 話の要領を得ず困惑するケテルの態度と、彼の肘をちょこんと掴みながら何故かそわそわし始めたビナーの様子を、風岡翼が呆れた顔で見つめていた。

 そんな彼の言葉にはケテルだけではなく、炎やメアまでも首を傾げていたが……しばしの間を空けて力動長太がポンと手を叩き、納得の表情を浮かべるなり大声を上げて驚きを表した。

 

 

「もしかしてビナー様って、ケテルのこと好きだったのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が凍る。

 

 時間が止まる。

 

 「えっ」と声を漏らしたのはメアで、『ほう……』と感心深そうな声を放ったのは彼女の中にいるホドである。

 「確かに最初に会った時、そう言っていたな……」と炎は彼女の過去の発言を思い出し、その視線の対象となったビナー本人は気まずそうに俯き、仄かに赤らんだ顔でくどくどと呟いた。

 

 

『……それはまあ、好きだけど……私の感情は、そういうのとは違うし……』

 

 

 肯定しているのか否定しているのかもわからない、はっきりしない言葉だった。

 そんな彼女の様子に赤面や困惑、三者三様の反応を返す一同の中で──ケテルはただ一人、まぶたの裏に懐かしい記憶を呼び起こしていた。

 

 

 ──愛、か。

 

 

 それはかつて、「彼女」がアビスに与えようとした感情だ。

 ケテルにとってはとうに忘れてしまった感情である。

 ある時は火の粉のように慎ましく、ある時は炎のように激しく燃え上がる不完全な感情。

 行き過ぎれば容易く憎しみにも転じていくその感情は、時代によっては世界を破滅の危機に陥れることもあった。

 災いにも、奇跡につながる感情──愛。際限の無いその感情は、時に爆発的な力を生む。それをケテルは他ならぬ、自分自身の経験から理解していた。

 

 

「ま、まあそういう風に、あんたは大切に想われている存在なんだ。俺たちだって、そんなあんたを殺すのは気が引ける」

「それはそれとして、メアにひでぇことしたことは許さねーけどな」

 

 大切に想う者がいる相手を殺すのは、後ろめたいということか。

 世界を守る為に僅かな人数でここまでやって来たにしては……何とも甘い考えだと思った。

 

『……それが、お前たちの正義か』

 

 お互いの感情を尊重しているからこそ、彼らは自分に対して憎しみを抱かなかったということだろうか。

 或いは憎しみを向けるほどの価値を、自分に感じなかったからか……と、ケテルは自嘲気味に思う。

 

 だが……

 

 

『王様ーっ!』

 

 

 ケテルが忠告の言葉を言いかけたその瞬間、頭上からオリーブ色の髪の天使が慌てた様子で飛来してきた。

 「王国」の名を持つ10番目の大天使マルクトだ。

 その手に聖剣を携えた彼女は、人間たちとケテルの間に割って入るように急降下すると、王を背中に庇うような位置取りに立ちながら剣を構え、彼らと相対した。

 

『王!』

『ご無事か!?』

 

 上からやって来たのは彼女だけではない。

 知恵の大天使コクマーと、峻厳の大天使ゲブラーも一緒である。

 彼らもマルクトと同じように勢い良く着地すると、傷ついたケテルを守るように陣形を固め、いつでも人間たちを迎え打てるように戦闘態勢に身構えていく。

 

 彼ら三人はそれぞれ緊張の面持ちだ。しかしそんな彼らの様子を見て、ケテルの頭に浮かんだのは困惑の感情だった。

 

『お前たち……何故?』

 

 何故、ここに来たと。

 彼らには何の命令もしていないし、特にマルクトは慈悲の大天使ケセドを救ってもらった恩もあり、彼らに対して既に敵意を抱けなくなっていた筈だ。

 ビナーが今も自分の身体を労るように支えていることもそうだが、大天使たちの中で誰よりも直情的な彼女が自分の意思に反してまで彼らに剣を向けている状況が、ケテルには解せなかった。

 

 そんな彼に対して、彼女は当たり前のように返す。

 

 

『王様を傷つける奴は誰だろうと許さない! 私はもう、家族を失いたくない!』

『…………』

 

 

 家族、か──マルクトの言葉を頭の中で反芻しながら、ケテルは懐かしい感傷を胸に目を閉じる。

 心なしか肘を掴んでいるビナーの手も、彼女の言葉に追従するように指の力を強めた気がした。

 

『その通りだぜ兄上! 貴方は王である前に我々の兄なんだからな!』 

 

 三人に遅れてやってきた勝利の大天使、ネツァクが豪快に笑いながらそう語る。

 ちらりと一瞥してみれば、コクマーとゲブラーからも同じ感情を向けられているのを察した。

 

 彼らも皆、マルクトと同じことを考えているのだろうか……自分のことを王である以前に、純粋に「兄」と慕っているということなのだろうか。

 

 そこまで思い至ってケテルの心に、彼らに対する申し訳なさと自分自身への失望を抱いた。

 

 

 ──やはり僕は、最後まで「王」の座に相応しくなかったようだ。

 

 

 王とは弱き者を守る存在だ。故に誰よりも正しく、強くなければならない。

 

 あの時の……彼女たち(・・)のように。

 

 しかし、結局自分はそうなれなかったのだと今、改めて理解した。

 人間に敗れ、間違いを断罪され、守るべき者たちに守られる。

 それは彼にとって、自身が王たる者の価値を完全に失ったことを意味していた。

 

 ならば自分は一体、何の為に……今まで無駄な時を重ねてきたのだと、無力感に苛まれる。

 

 その時だった。

 

 

「悲しむ必要なんてない。キミが守ってきた子供たちは、こうしてキミを守れるぐらい、強くなったんだよ」

『……っ』

「それはダァトでもカロンでも、アイン・ソフが遺したものでもない……全て、キミのおかげだ」

 

 

 その声は頭脳ではなく、耳孔を通じてケテルの身体を震わせた。

 金色の巨鳥が羽ばたく音と共に響いた、囁くような懐かしい声。

 

 いや、あの頃からずっと聴きたいと願っていた声だ。

 

 あの頃と何も変わらず、幾度と無く脳裏に響いたその声は……しかし今度は、幻聴ではない。

 

 

 ──ああ、そうか。

 

 

 気配が彼に近づいてくる。

 顔を見なくても、今の彼女たち(・・・・・・)を理解するにはそれで十分だった。

 

 

『……二人で、共に帰ったのだな。ダァト……カロン』

 

 

 脱力感に身を委ねると、切り捨てた筈の感情が蘇ってくる。

 どれほど平静を装おうとも誤魔化すことのできないその感情を自覚した時こそ──ケテルはようやく、目の前の世界と向き合える気がした。

 

 

「ありがとう、ケテル。ボクらの帰りを、待ち続けてくれて」

 

 

 無駄に生き続けてきたのはただ、その言葉を聴きたかっただけだったのかもしれない。

 王である以前に……彼女らの弟としてケテルは、自らの真意をそう悟った。

 

 そんな彼の前で黒と白の羽を併せ持つ黒髪の女性は、左眼の虹彩を黄金色に輝かせながら、労いの顔で優しく微笑んでいた。

 

 

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