TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
いざ、異世界へ。
出発の準備を終えた炎たちは、セイバーズ本部の屋上に集まっていた。
明け方の空に見えるのは、渦巻く異世界フェアリーワールドへのゲートである。天使コクマーが通ってきた直径50メートルほどのそれはこれまでに発見されたゲートとは規格外の大きさであり、今も空に残り続けている。
しかし、とは言っても時間経過により徐々に縮まっているのは間違い無く、その収縮スピードは昨夜から今に掛けて上昇を始め、今日を逃しては完全に閉じてしまう可能性があった。
「いよいよだな」
「ああ……」
普段はテンションの高い力動長太も、この時ばかりは緊張を隠せない。風岡翼も同様だが、そんな彼は時折何かを警戒するように周囲へ視線を張り巡らせていた。
セイバーズの者たちで、異世界行きを志願した人員は多い。
しかし、ゲートを潜ることができるのは五人までだと、案内人であるメアが説明したのである。
通常、人間はゲートを通れない。ゲートからフェアリーワールドへつながる通路となる超空間は、地上のあらゆる物理法則を凌駕する為、仮に生身で突入した場合には窒息しその四肢は粉々に引きちぎれるだろう。もちろん研究は進められているが、今はまだ人類が初めて宇宙へ飛び出す以前の時代と同じ手探りの段階だった。
しかし、今のメアには聖獣ケセドの力が宿っている。
メアがその力を解放することで光のバリアを展開し、彼女の周りにいる者たちだけは超空間からその身を守ることができるのだ。これは聖獣たち独自の力であり、彼らがゲートの向こうからこの世界にやって来られる理由だった。
しかし、メアのバリアで守ることができる人数は限りがあり、確実に守り切ることができるのは五人までだ。それが突入メンバー、すなわち親善大使護衛隊の人数が志願者の中から厳選された理由だった。
そうして決まったメンバーがメア、暁月炎、力動長太、風岡翼、そして司令官の光井明宏である。
それぞれ見送りに来た大勢の者たちと出発の挨拶を交わし、ある者は握手を、ある者は拳を突き合わせ、またある者は抱擁を交わしていた。
「気をつけてね、メアちゃん。貴方の居場所はここよ。だから、必ず帰ってきて……」
「……うん。行ってきます、お姉ちゃん」
去るメア、残る光井灯もまた慈しみながら抱擁を交わす。
その光景に涙する者たちは少なくない。しかしそれが今生の別れではないことを、皆は信じていた。
「灯……」
「パパも絶対帰ってきて。私を……一人にするんじゃないわよ?」
「約束する。まだ俺も、こんなところで死ぬ気は無い。必ずメアを守り、皆で帰ってくることを誓う」
一人、地球に置いてくることになる娘を想い、親子もまた抱擁を交わす。
信頼と心配、様々な感情が混み合っていてもなお、作戦の成功は疑っていない。
今までもずっと、救世主たちは乗り越えてきたからだ。
たとえ、どんな困難が襲い掛かろうとも。
「……灯」
「炎……」
光井灯は、ヒーローを知っていた。セイバーズというヒーローたちのことを。
そしてセイバーズの男たちもまた、守るべき者たちを知っていた。守るべき者があったからこそ、今まで自分たちが戦って来れたのだということを。
見送る者と見送られる者。
光井灯と暁月炎。
この時までどこか他人行儀で、胸中複雑な想いを抱き続けてきた者たちが、最後に向かい合った。
「…………」
「……あ」
数拍の間を置いて、先に動いたのは炎だった。
炎は何も言わずに灯の身体を抱き締めると、そんな彼の行動にしばらく驚いていた灯もまた抱き返す。
幼い頃からずっと傍にいて、お互いがお互いのことを誰よりも理解していた。
超常社会における例外の無能力者であり、社会的弱者だった灯の生きる場所を、戦うことで守り続けてくれた暁月炎。
不器用で、かつては戦うこと以外に自分の気持ちを表現することができなかった男だ。
そんな炎の帰る場所を……一度は憎しみに取り憑かれ、全てを捨てようとまで思った彼の心を守り続けてくれたのは、いつだって光井灯だった。
そんな彼女だからこそ、彼は誰よりも愛していたのだ。
「帰ってきたら、伝えたい言葉がある」
「……うん」
「俺はこれからも、お前の居場所を守る。だから……」
「……行ってきなさい、炎。たぶん、私も同じ気持ちだから……あんまり、待たせんじゃないわよ?」
「ああ、わかってる」
お互いに微笑みを浮かべ合いながら、その手を離し別れを済ませる。
さよならではない。再び出会う為の別れだ。
一同はそんな二人を温かい眼差しで見つめながら、落ち着くべきところに落ち着いた関係に苦笑を浮かべる。
「やれやれだな」
「けっ、カッコつけやがって……」
一方明宏はと言うと紅潮した娘の表情を見て感じるものはあったのだろうが、彼女の気持ちを汲み、炎の人となりをよく知るどころか息子のようにさえ思っていた彼としては、特に何か言うことはなかった。
ただ、絶対に作戦を成功させ、生還してやるという思いが一層強くなったことは語るまでもないだろう。
コホンと咳払いし、セイバーズ司令の顔へと切り替わる。
「では行くぞ。メア君、頼む」
「ぐすっ……うんっ」
二人のことをそれぞれ姉と兄のように思っていたメアは、彼らの進展に涙ぐみながらも頷くと、その
自らの胸に手を当てて、黄金の光を解き放つ。
「ケセド……力を貸して」
その瞬間、メアの頭上に甲高い鳴き声と共に光の巨鳥が姿を現した。全長10メートルに及ぶ大きさである。
巨鳥は一同の前で翼を広げながら腹這いに鎮座すると、メアの指示に従って五人の騎乗を待ち構える。
メアは体内に備わった天使ケセドの力を解放し、エネルギー体で構成された光の巨鳥を生み出したのである。
そしてそれこそが、地上から空のゲートへ向かう為の乗り物「
「似ているな、やっぱり」
「……ああ」
複数人乗れる分大きさはこちらの方が圧倒的に大きいが、先日炎たちが騎乗した「
──そうして二人の脳裏にシルクハットの少女の姿が浮かんだ、その時である。
今五人の
「!?」
「この音楽は……」
突如として聴こえたその音色は、ハープの演奏によるものだった。
曲は戦場に向かう戦士たちを鼓舞するようなアップテンポの曲であり、暢気な長太やオペレーターの娘たちなどは知り合いの誰かが応援に来てくれたのかと思ったほどだ。
しかしセイバーズの大人組と炎、そして風岡翼は音楽が聴こえたその瞬間から既にその可能性を頭から捨てており、既に戦場の中にいるのと同じ警戒を音源に向けている。
「……来たか」
静まりかえった一同の前に、演奏者は姿を現す。
白いリボンをあしらった黒いシルクハットに、燕尾服のような装束にロイヤルブルーのマントを着飾った少女。上品なロングスカートから一歩ずつ足音を重ねながら、黒髪の少女はエメラルドグリーンの瞳を覗かせて言った。
「やはり、キミたちはその未来を選んだのか……」
ハープを弾く指を止めて沈黙が場を支配すると、少女が悲しそうに目尻を下げる。
この場所に救世主たちの激励の為集まった者たちの中には、警察の者も多い。そんな彼らは動揺しながらも職務を全うし、いつでも取り押さえられるように身構えるが、セイバーズ司令官の明宏が右手で制した。
「キミたち五人がフェアリーワールドへ行く……その未来は、本当の希望にはなり得ない」
メアの出した光の精霊鳥の姿を一瞥した後、その足を止めて優雅に一礼する。
喝采の拍手に足る見事な演奏であったが、一同の心にあったのは演奏に対する興味よりも彼女がこの場に訪れたこと自体への困惑だった。
「T.P.エイト・オリーシュア……何故ここに?」
「ふふ……」
異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア。相手の異能を盗み、自在に自らの力として使役する異能使いである。
一ヶ月にも満たない僅かな期間ながら、数十人にも上るレア異能者たちから異能を盗んできた指名手配犯だ。
異能を盗むということ以外に目的は不明。怪盗以前の経歴や住居さえ情報が無く、神出鬼没で大胆不敵な犯行を行うカリスマ的異能犯罪者と呼ばれている。警察の捜査網を嘲笑うように掻い潜り、強力な転移対策さえも歯牙に掛けない底知れぬ実力者である。
そんな彼女は推定十代の少女の顔立ちに似つかない妖艶な微笑みを浮かべると、セイバーズ司令官光井明宏の目を見て言い放った。
「ミツイ・アキヒロ、キミを止めに来た」
「……何だと?」
明宏が眉をひそめ、怪訝な目でエイトを見下ろした。
並の闘士よりも鍛え上げられた肉体は180センチをゆうに越す大柄な体格であり、160センチに満たない華奢な少女と相対するとお互いが身に纏う雰囲気は対照的である。
しかし月光のような儚さを纏っている筈の少女は、彼の静かな熱気に触れても何ら動じることもなく、はっきりと言い切った。
「彼ら四人がフェアリーワールドへ行くことは、ボクが歓迎しよう。だけどキミは……キミがあの世界に渡った場合、どうしたって死んでしまうんだ。サフィラス十大天使の王、ケテルに裁かれてね」
「……!」
何の躊躇いも無く、預言者のように語られたその言葉に、一同の目に動揺が走る。娘の灯などは、不安にその瞳が揺れていた。
明宏は目を閉じてすうっと息を吐くと、腹式呼吸で気を鎮めて言い返した。
「彼らに比べて、私が力不足であることはわかっている。だがセイバーズ司令として、彼らだけを行かせるわけにはいかん」
セイバーズのエースたちをたった一体で翻弄したコクマーの強さから鑑みて、たった五人で彼ら聖獣たちの本拠地に乗り込むことがどれほど危険かなどは痛いほどわかっている。もしものことがあった時、最初に犠牲になるのが五人の中で最も劣る自分であることも。
しかし、それをわかっているからこそ己が行くことを決めたのが、光井明宏という男だった。昨夜、
「それが……」
「大人としての責任と、キミは言うのだろう?」
「……っ」
言い放とうとした言葉の先を、怪盗が盗み取る。
彼女は淡々と、彼の心情に対して否定を並べた。
「力は及ばずとも、キミにはその並外れた頭脳がある。或いはこの世界であれば、その能力で彼らを導くことができたのかもしれない。しかしそんなキミでも……この世界の人間である以上、フェアリーワールドは初めてだ。天使たちに管理された未開の領域で、果たしてキミはその力を発揮できるだろうか?」
正論ではあった。
聖獣たちの世界フェアリーワールドは全く未知の世界であり、相手のホームである以上如何なる頭脳を以てしても後手に回ってしまう可能性が高い。その場合は、最も頼りになるのは炎たちのような自衛力である。
セイバーズ司令官として培ってきた経験や知識というアドバンテージが全く生かせないと……そう断言する彼女の言葉に、明宏は自信を持って否定を返すことができなかった。
だが、他に誰が行くと言うのか?
誰がこの勇敢なる若者たちの盾となり、対話への道を切り拓くのだと言うのかと、明宏は揺るがぬ思いで彼女に反論した。
「……何が言いたい? この期に及んで、何を」
怪盗少女は彼の悲壮な決意を察したように、悲しげな目をして答える。
「お願いしにきたんだ」
「お願い、だと?」
そして怪盗少女、T.P.エイト・オリーシュアは自らがこの場に参上した理由を明かした。
「ボクを……貴方の代わりに連れて行ってくれないか?」
風岡翼が警戒していた通りになったと、明宏は見極めるように少女の姿を見据えた。
セルフBGMの習得は音楽室での練習の成果です