TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
星空を見上げながら、時間の許す限りメアはエイトと語り合った。
自分の話も。グレイスフィアの話も。
灰色の堕天使が言っていた通り、エイトの行動はグレイスフィアのターゲットを子供たちから逸らす為のものだった。
原初の闇であるアビス・ゼロから生み出された彼はフェアリーワールド侵攻の足掛かりとして、人間が持つ闇の力を自身に取り込むことでさらなる力を得ようとしているのだと彼女は語る。
数日前にその事実を知ったエイトとカロンは、素質のある新世代の異能使いが危ないと判断し、彼らから一時的に力を預かることで被害を抑えようとしていたのだ。
「どうして……私たちに相談してくれなかったんですか?」
しかし精神が落ち着いたところで、メアは当然の疑問を彼女に投げかけた。
エイトは数拍の沈黙と苦笑を置いた後、ようやく観念したように答えてくれた。
「これは旧時代の問題だから、キミたちを巻き込みたくなかった……というのが、ダァトとしての気持ちなのかな。姉さんも、それには同意していた」
確かに元々、彼女とセイバーズは仲間同士ではなかった。
T.P.エイト・オリーシュアという天使が何故か自分たちとの間に一線を引いていることには、メアも気づいていたのだ。もちろん、他の仲間たちも。
内なる善性を多くの人々に周知された今も、彼女は異能怪盗として闇の世界で生きようとしている。
そんな彼女の在り方は、表面上は取り繕っていても常に誰かと壁を作っている自分と、どこか似ているようにメアは共感を抱いていた。
……そうだ。自分と彼女の間には、何か共通点があると思っていたのだ。
だからこそ、メアは彼女のような素敵な人になりたいと願い、憧れを抱き続けていた。
しかし、そんなメアが……メアだからこそ、今は言いたかった。
「ズルいです……エイトさんは」
他人が引いた一線を簡単に踏み越えてくるくせに、自分は誰かの介入を許さない。
そんな献身的すぎる彼女のことを、メアは誰よりも憧れ──少しだけ、嫉妬していた。
似ているものは、同じになれない。
堕天使に言われたその言葉は、人間でも聖獣でもないメアの心に楔のように突き刺さっている。
エイトは天使だ。はっきりと聖獣側の存在である。しかし彼女はダァトとエイトがあたかも別人であるかのように振る舞い、時に聖獣側の存在として、時に人間側の存在として……都合良く切り替えているように見えた。
なのに、彼女はたくさんの人たちに受け入れられている。
自分も含めて、聖獣人間アビス関わらず全員から好かれている。そんなエイトを前に、メアはかつて上手く言語化できなかった思いをこれでもかとばかりに吐露した。
どれだけ気丈に振る舞おうとも、心の奥底にはずっと闇を溜め込んでいたのだ。そんな彼女を前に、エイトは頭を下げた。
「……そうだね、キミの言う通りだ。キミたちを頼らなくてごめんね」
初めて口にしたメアの本心を受けて、エイトは何の言い訳もせずに申し訳なさそうな顔をする。
そんな彼女の姿を見て──メアは襟元に着けた蝶々のブローチを撫でながら、息を吐いて首を振った。
「……ううん。私の方こそ、八つ当たりしてごめんなさい。エイトさんは何も悪くないのに……」
もちろん、彼女に何の落ち度も無いことはわかっているのだ。
五年前も、T.P.エイト・オリーシュアはまるで未来でも見えているかのように常に最善手を打ってきたものである。今回自分たちに何の相談もしてくれなかったのも全て、最善の未来を見通した上での考えなのだとメアは察していた。
……本当に、この人はズルいと思う。
常に正しい道を選び、当たり前のようにそれを実行する。
そんな彼女の生き方に、メアはどうしようもなく心を焼かれていた。
思えばどう在っても自分には辿り着けないことがわかってしまうからこそ、メアは常に追い込まれているような、そんな気持ちになっていたのかもしれない。
そう自己分析するメアの背中を、彼女が撫でた。
「悪いさ」
「えっ……?」
大変だったね、と寄り添うように。
頑張ってね、と労わるように。
猫背に卑屈になりかけていた背中を優しい手つきで摩りながら、エイトはメアの眼差しに真摯に向き合い、告げた。
「大切な姪をずっと放ったらかしにしていたんだ。これが終わったら……ボクの時間を、キミにあげるよ」
「……! ……エイトさん……」
幼子のように、甲斐甲斐しく構ってほしかったわけではない。
しかしその言葉は、メアの中で欠けていた何かがようやく収まったような、そんな充足感を与えてくれた。
驚きに目を見開くと、しかし彼女は何故かプイッと拗ねたように目を逸らしてくる。
「さっきの」
「?」
「さっきの呼び方じゃないとヤダ」
それは、メアの心をリラックスさせる為の冗談だったのかもしれない。
しかしそれならばそれで、自分もまた翼のように気安く冗談を話せる関係になれたのだと──胸の奥がぽかぽかと温かくなった気がした。
「……ふふっ」
……それと、もう一つ。
そっぽを向いたエイトの顔が、歳上ながらどこか子供っぽく、可愛らしく見えたのが可笑しくて笑みが溢れた。
本当にこの人はズルいなぁと、改めてそう思う。
しかし、それでいいのだろう。
何故ならこの人は原初の大天使ダァトであると同時に、異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアでもある。彼女自身は常に自然体でありながら、誰にでもその相手に応じた顔を使い分ける──本人が語っている通りの、悪いお姉さんなのだから。
「私は贅沢ですね……エイトお姉ちゃん」
夜空から月を隠した異次元のゲートの向こうから、蠢くような強い気配を感じた。
メアにはわかる。それは夕方に交戦した灰色の異形──グレイスフィアの端末の気配である。
しかしその数は今度は、三体程度では済まない。今感じられるだけの数でも、百体を遥かに上回る数の気配をメアは知覚した。
感じた瞬間、思わずベンチから立ち上がり、メアは額から冷たい汗を垂らす。
「エイトお姉ちゃん、これ……」
「うん、グレイスフィアの尖兵たちだ。今度はキミたちを降伏させる為に、数を揃えてやって来るようだね」
「みんなに知らせないと……!」
「大丈夫、そっちは姉さんが上手いことやってくれたから」
「あ……」
即座に明宏たちに連絡しようと飛び出そうとするメアの背中に、エイトが呼びかけ制止する。
そうだ。セイバーズの本部には彼女と同じく以前からグレイスフィアの存在に気づき、対処に当たっていたカロンがいる。翼の気配もそちらにあり、既に概ねの状況はあちらも把握している筈だと納得し、立ち止まって振り返った。
そこにはそろそろ仕事の時間だとばかりに悠然と立ち上がり、頭にシルクハットを被り直した異能怪盗の姿があった。
彼女の眼差しはメアの瞳を、真っ直ぐに見据えている。
「キミは、キミのやるべきことをやればいい」
「私の……やるべきこと……」
迷いに震えるメアの瞳に対して、彼女の眼差しに揺らぎは無い。
そんな二人が向かい合ったこの状況に、メアは既視感を抱いた。
そしてエイトが放った問い掛けに、その正体を思い出した。
「キミはこの世界で何を見た?」
「──!」
それはかつて、この世界で初めて行った彼女との問答である。
自分の持っている天使の力を初めて自覚し、その力で炎たちを助けに行こうとしたあの時も──メアはエイトから意味深に訊ねられた。
「キミはこの世界で、何を為したい?」
その時と全く同じ文言で、彼女は光井メアに問い質した。
あれから五年経ち、感情表現さえ乏しく心身幼かったメアも、今では周りの人々に恵まれ人間のように成長することができた。
それに伴って物事に対する考え方も、感じ方も、あの頃とは大きく変わっている。最たる例が、今しがた彼女から受け取ったブローチに対して抱いた感情だろう。アクセサリーにも、オシャレにも、かつてはまるで興味が無かったものである。
この世界で色んな人々を見てきたから、メアは様々な影響を受けた。
嬉しかったことも悲しかったことも含めて、あらゆる経験が彼女を祝福し、光井メアという居場所を作ってくれたのだ。
だから……と、深呼吸するように息を呑み、メアは口を開く。
「……私は貴方や、みんなのおかげで変われました」
この混沌とした世界の中で、少女は何を見て何を為すのか──その答えは既に少女自身の心の中にあった。
自分が何者であろうとも、その気持ちだけはいつだって本物だ。
メアは胸を張り、決意のこもった力強い眼差しで見つめ返す。
「私は、私に居場所を作ってくれたこの町を守る。そして……あの子たちのことも、助けたい。あの子の優しさを信じたい」
人間と聖獣の関係に致命的な亀裂が走り、コクマーが人間世界を強襲しに来たあの時、メアはそれでもと炎や灯たちから貰った優しい心を信じ、セイバーズを助けようと動いた。
今回も、それと同じだ。
──ただあの時と違うのは、彼女が助けたいと思った相手にはこの町の人々だけではなく、この世界を襲おうとする灰色の存在も含まれていたことである。
その言葉にはエイトも意外だったのか、一瞬だけ目を丸くした後、これは一本取られたねと感心した様子で微笑み、頷きを返した。
再び天のゲートから灰色の異形たちが降りてきたのは、それから数分後のことである。
それはアディシェスの生まれ変わりが率いる、グレイスフィアの端末の軍勢だった。
──かくして、決戦の刻は訪れた。
セイバーズの本部では合流した翼が「俺のせいで開戦させてすまない」と謝罪する一幕があったが、司令の明宏は「持ち帰る必要も無い話だった。仕方がない」と彼の判断を肯定したものである。
故郷であるフェアリーワールドへの帰還という、グレイスフィアが掲げる目的自体はともかくとしても、その為に再び聖獣たちと事を構える選択肢などあろう筈もない。
メアが堕天使と話していた同時刻に、同じ話をカロンから聞いていた彼らは既に判断を決めていた。答えは否であると。
故に彼らは付近の支部から戦力を集結させ、ゲートから再び訪れるグレイスフィアの襲撃に備えていたのだ。
暁月炎と力動長太の両エースを欠いた状態であるが、それでも彼らは等しく戦士だったのだ。戦える聖獣たちも有志として協力に駆け付けてくれており、この世界の多くの者たちがグレイスフィアの侵攻を阻止しようとしていた。
そして時刻が深夜の0時を回った時、明保野市の空に灰色の軍勢はカロンが予言した通り、姿を現す。
町の空一面に膨れ上がったかつてない規模のゲートから現れたのは、無数の異形たちの姿だった。
羽は黒いがアビスのような禍々しさは無く、ダイヤモンドのように透き通った灰色の姿には芸術品のような美しさすら感じた。
初めて見た時には不気味に映った姿も、正体を知った後になると見方が変わる。確かに天の使いという意味で言えば、彼らもまさしく「天使」と呼ぶべき存在だろう。
そんな彼らは邪悪の樹を守るように散開すると、地上の人々に向かって襲い掛かってくる。
カロンの言葉で事前の準備を整えていたセイバーズは、濁流のように押し寄せる敵の軍勢に対して懸命に抗った。
……援護に駆けつけてくれたT.P.エイト・オリーシュアの助力が無ければ、この町は数分と持たずに制圧されていたところであろう。
彼女が敵を引き寄せてくれるおかげで地上の一般人への被害こそ軽微だったが、戦力差はそれほどまでに圧倒的だったのだ。
せめて炎と長太が残っていれば……というところではあるが、二人は邪悪の樹を焼却する為に奮闘中だ。故に彼らの救援は見込めず、現有戦力で戦うしかなかった。
「っ……この子たちも……」
メアもまた、覚悟を決めて敵の軍勢に挑んでいた。
しかし剣を構える度にグレイスフィアの端末たちから聞こえてくる「カエリタイ」、「コキョウ、ドコ?」という悲嘆の声に戦意を鈍らせてしまい、本領を発揮できずにいた。
世界のどこにも居場所が無く、生みの親であるアビス・ゼロにすら見捨てられてしまったグレイスフィアに対して──メアは同情を捨てられなかったのだ。
そんな彼女の感情を見抜いたように、稲妻で敵を蹴散らしながらエイトが言った。
「行け、メア! ここはおねーさんに任せなさい」
「エイトさん……ありがとうございます……!」
メアのやるべきこと──それは決して、彼らを殲滅することではない。
全てわかっているようにそう告げたエイトに、メアは敵わないな……と思いながらも、その好意にようやく、素直に甘えることができた。
八枚の羽を広げて高々く舞い上がったメアは彼女が切り開いてくれた道を直進しながら、邪悪の樹の上から感じる少年の気配に向かって飛翔していった──。
夜空に広がる異次元のゲートからすぐ近く──高さ1000mを超える邪悪の樹の頂上に、灰色の堕天使は一人佇んで戦場を見下ろしていた。その様子が自分の到着を律儀に待ち構えていたのだということを、メアは理解していた。
……でなければ、いかにセイバーズやエイトの援護があったと言えどここまで何の消耗もなく辿り着くことはできなかった筈である。メアに対するグレイスフィアの端末たちの妨害は、不自然に手薄だったのだ。
八枚の羽の羽ばたきを少しずつ小さくしながら、メアはそんな彼の待つ邪悪の樹の頂上に着地する。
山の頂のような高さの上に時刻も深夜となれば、流石の彼女もハイソックスに丈の短い制服のスカートという下半身の出で立ちは冷えるものであったが、今はそれ以外に考えることが多すぎたからか不思議と寒くは感じなかった。
そんな彼女の元へ振り返り、少年が銀色の双眸を向ける。
「今夜は晴れているから、良い眺めが見えるだろう?」
能天気な問いかけに対して、メアの表情は一切綻びを見せない。
確かに明保野タワーを遥かに上回る高さから見渡す夜景は、絶景と呼ぶほかないだろう。
しかし今のこの景色には、本来の明保野市には必要の無い色があまりに多すぎた。
「その眺めを、戦いで汚しているのは誰?」
チクリと刺すような物言いになってしまったが、それもまたメアの本心である。彼女は人生の中で一度として、このような景色を望んだことはなかった。
少年は全く以てその通りだと苦笑を浮かべた後、その表情を真剣な顔つきに変えて相対した。
「答えは決まった?」
「……私の答えは、最初から決まっているよ。私は貴方たちとは行かない」
きっぱりと言い切り、信念を宿したメアの眼差しが正面から灰色の堕天使を射貫く。
続けて、彼女は宣誓した。
「私はセイバーズだから。みんながそうしたように、メアはこの世界を救ってみせる」
我ながら大それたことを言うと思いながらも、メアの心には既に、迷いは無い。
しかしあとほんの少しだけ踏み出す勇気が欲しかったメアは、オーロラに輝く胸元のブローチに手を添える。
それから深呼吸するような間を置いて、彼女は自らの気持ちを伝えた。
「貴方たちのことも、救いたいと思ってる」
「──!」
その言葉にはエイトも驚いていたが、目の前の少年が寄越した反応は彼女以上に大きなものだった。
しかし、浮かんだ感情は正反対である。
ただ嬉しそうに微笑みを浮かべていたエイトと異なり、彼の銀色の瞳が宿していたのは深い悲しみと絶望、そして怒りにも似た情動だった。
「……なら、グレイスフィアに従ってよ。彼を救うには、それしかないのだから」
「違う! 貴方はそう思い込んでいるだけだよ……私たちが戦う必要なんてない。グレイスフィアにも心があるのなら、
「それを拒んだのはカロンたちだ」
「……え?」
少年の眼差しはメア自身に対してと言うよりも、フェアリーワールドという世界そのものを見ているようであった。
彼は──彼らはその虚無的な眼差しの中に、激しい憎悪を燻らせている。
その時になって初めてメアは、彼の発する気配の中に堕天使自身のものではない大いなる存在の意思を感じた。
「……グレイスフィアなの?」
虚無の世界にポツンと孤独に佇んでいた灰色の「神」。
彼の意思がはっきりと、彼の中に刻み込まれていたのだ。
その問い掛けに返した少年の答えは、肯定だった。
「そう……今彼は、僕の目を通して君のことを見ている。彼の心が僕に、ずっと訴えているんだ……僕たちの居場所はどこにもない。戦って勝ち取るしか、帰ることはできないのだと」
おもむろに彼の足元から伸びてきた身の丈ほどの長さの木の枝を、少年は掴んで引きちぎる。
その瞬間、彼が手に取った枝は灰色の長剣へと姿を変えた。さながらメアの髪を束ねている三色のリボンと同じように、彼は邪悪の樹の枝を武器に変化させたのである。
従わない者たちに対して彼らが選んだ選択は、どこまで行っても闘争だった。
「そんなの……間違っている」
振り絞った感情を吐き出し、メアは彼らの選択を否定する。
メアもまたポニーテールの黒髪から橙色のリボンを抜き取り、それを大盾の姿に変えながらホドフォームへと変身していく。
その盾で、彼を通して伝わってくるグレイスフィアの感情を受け止めるように──彼女は構え、灰色の姿を見据えた。
「僕たちを否定するのなら、倒すしかない。残念だよ、メア」
名前も無い少年と何者でもない少女の戦いが、始まった。