TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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を回収するのが続編映画の醍醐味ですね。


本編でやり残したこと

 

 放つ閃光でグレイスフィアの端末を次々と蹴散らしていくと、ケテルはリインの元まで一直線に飛来してきた。

 しかしその剣幕は救世主の如く颯爽と、メアのことを助けに来た様子ではない。

 

「……君にしては早かったね。だけど君の娘のおかげで、既に決着はついた」

『だが、貴様はまだそこにいる。アディシェス……貴様は危険な存在だ。ここで始末する』

 

 サフィラス十大天使の王が直々に討ち取りに来るほど、深淵のクリファという存在がフェアリーワールドの歴史に刻んできた罪はあまりにも重すぎた。

 滅ぼす理由にはそれだけで十分だと語るケテルの言葉に、他ならぬリイン自身が同調するように頷いた。

 

「僕も、もうこの世界を傷つけたくない。だからその宿命は受け入れるけど……その代わり、虚無の世界にいるグレイスフィアのことは見逃してあげてほしい」

『不可能な相談だ』

「わかってる。それでも……」

「それでも、殺すのはやめて」

「メア……?」

 

 ケテルはフェアリーワールドの王として、リインとグレイスフィアの存在を脅威と断定する。

 しかし、そこにメアが待ったを掛ける。

 邪悪の樹の上から漆黒の眼光で見下ろすケテルの視線からリインの姿を遮るように前に出ると、彼女は怯え一つ無い決意の眼差しで彼と相対した。

 

 しかしその懇願は、無慈悲に切り捨てられた。

 

 

『退け』

「……っ!」

 

 

 ケテルが右手をかざした瞬間、前に出たメアの身体が見えざる力によって放り投げられる。

 念動力によってこともなげに、彼女の妨害を振り払ったのである。

 樹の上を転がるように吹き飛ばされていくメアの姿を見て、今度はリインが声を上げた。

 

 

「やめろ! 断罪する相手は、僕だけで十分だろう!?」

 

 

 しかし自らが吐き出したその言葉に、リインはハッと息を呑んで気づく。

 

「……そうか……君たちもこんな気持ちだったんだね、カロン、ダァト……僕は、こんな思いをさせていたのか……」

 

 グレイスフィアと関わりのある者は、今となってはもはや自分たち旧時代の存在だけだと語っていた二人の大天使の言葉を思い出したのだ。

 その時の彼女らが抱いていた気持ちを、リインは自らの身になって初めて理解した。

 

 関係無い者たちを遠ざけ、傷つけさせまいとする行動。

 穏便な解決の為に、自らの身を差し出そうとする献身の心。

 どれも深淵のクリファにも、アビスにも無い概念だった。

 

『……さらばだ、旧時代の災いよ』

 

 愕然とするリインの姿を見て何を思ったのだろうか。ケテルはどこからともなく十字架の杖「王の十字杖(クロス・セプター)」を取り出すと、その先端部に光のエネルギーを集束させる。

 彼は迷いなくそれを振り下ろし、裁きの光弾を解き放った。

 

 その時だった。

 

 

「駄目!」

「ッ、メア!?」

 

 

 気づいた時には、身体が動いていた。

 

 彼なりの慈悲のつもりだったのだろうか、一撃で跡形も無くリインの命を奪うべく放たれた巨大な光弾の射線の中に、メアは身を挺して割り込んでいった。

 咄嗟のあまりホドフォームにもならず、非戦闘形態である黒髪の姿のまま彼女はリインの盾になったのである。

 

「メアー!!」

 

 手を伸ばしながら、リインが悲鳴のような声を上げて呼び掛ける。

 まばたきする時間もない一瞬の光芒の中、メアはそんな彼に振り向いて微笑みを返した。私は大丈夫だから、そんな顔をしないでと。

 

 

「そう……私はもう、大丈夫」

 

 

 メアは胸元のブローチを両手で包み込むように握りながら、穏やかな声で呟く。

 それは彼のことを心配させまいとした気丈なやせ我慢ではなく、心からの言葉だった。水のように澄んだ心が、小舟のように静かに凪いでいる。

 無論、それが自らの死を悟ってあるがままを受け入れたのではない。寧ろ、その逆だ。

 

 今、彼女はかつて無いほど激しい怒りを感じている。

 

 この時見せた穏やかな顔は、大嵐が吹き荒れる前の静けさに過ぎなかったのだ。

 

 

 ──そして、時は来た。

 

 

 溢れ出る感情の渦が物理的な力を持って彼女の身体から奔流し、彼女の身を襲ったケテルの光弾を掻き消してなお有り余るエネルギーを持って夜空に広がっていく。

 

 響き渡ったその輝きに、地上の誰もが目を奪われたことだろう。

 神々しい光の顕現を前にして、ケテルは僅かに目を見開き、そしてリインが唖然とした表情で呟いた。

 

「インフィニティーバースト……?」

 

 赤、青、白、黄、緑……いくつもの色が混じり合ったオーロラの如き極光が、メアの身体から広がって明保野市の空を覆っていく。

 二つの円を描くようにして彼女の背中から広がっていく「∞」を象るような光輪は、暁月炎の辿り着いたフェアリーバーストの極地「インフィニティーバースト」と似ている。

 

 しかし彼女が放つオーロラの輝きはそこからさらなる変化を見せ、∞の字を描いた極光は天使の八枚羽ではなく、前と後ろで二枚ずつ折り重なった極彩色の四枚羽へと姿を変えていった。

 

 

 それはまるで、彼女の胸元で今も無数の色に変わり続けているブローチのような──蝶々の羽のようだった。

 

 

「あ……」

 

 

 彼女の背中で羽ばたくのは、もう天使の羽ではない。

 しかしその姿は世界の何よりも美しいと、リインはこの時彼女の姿に目を奪われた。

 その脳裏に初めて芽生えたのは、地上の人間たち何ら変わりの無い、衝動的な胸の高鳴りであった。

 

 そんな彼の目の前で、オーロラの輝きを纏った光井メアが、極彩色の羽を広げながら彼に告げる。

 

 

 メアは、貴方を守るよ──と。

 

 

 その言葉にリインが打ち震えるような感情を抱いた次の瞬間、彼女の羽ばたきから発生した暴風が、ケテルの身体を吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──サフィラス十大天使の王ケテルの降臨によってグレイスフィアとの戦いに一段落ついたと思われた直後、上空で始まった光井メアとケテルの激闘に地上の一同が呆然とした様子で見上げていた。

 

 

 特に翼やアリスのようなメアのことをよく知る者たちは「何やってんだあの子……」と制止に向かおうとする──が、そんな彼らの行動をT.P.エイト・オリーシュアが遮った。

 

 

「ごめんね、今はあの子の好きにさせてあげてほしい。ようやくできた……親子喧嘩なんだから」

 

 

 どこか嬉しそうな顔でそう語る彼女は彼らにそう言った後、光井メアの人生において特に教育面で大きな影響を与えた光井家の二人、光井明宏と暁月灯と視線を合わせて頷き合う。

 

 明宏の方は彼女を止めなければならない司令官の立場上複雑そうな顔をしていたが、父親としては止めたくない気持ちの方が強かったのだろう。エイトの言葉に溜め息を吐きながらも彼は、生まれて初めて怒りの感情を見せた娘の姿にどこか安心したような目を向けていた。

 

 そして彼女の姉としてその成長を見守り続けていた同志──灯はと言うと、メアのことを止めるどころか拳を振り上げながら全力で応援していた。

 

「いいぞー! やっちゃえーメアー!」

「おっ流石アカリン話がわかるね」

「当然でしょエっちゃん! ……いや王様も今回は別に悪いことしてないんだけど、タイミングが悪すぎって言うか……私があの子の立場でも怒るよ!」

「うん、それは本当にそう」

「エっちゃんこそ止めに行くかと思ったよ。無駄な戦いはやめなさいって感じに」

「無駄な戦いなんかじゃないさ。ぶつかり合うことで初めて伝わる感情があるってことは、ボクもキミの旦那さんたちから教わったことだ」

「えっ!? そうだったの!?」

「そうだよー」

 

 その場で合流したエイトと灯が、二人の戦いを見守りながら口々に語り合う。

 お互いに「メアの姉」という立場を持っている二人は、空で繰り広げられる「親子喧嘩」に対して共通の認識を抱えている様子だった。

 

 そんな二人の──特にあだ名で気安く呼び合っている様子を見て、冷や汗を掻きながらカケルとアリスの闇雲兄妹が呟いた。

 

「……仲良いんすね、二人とも」

「いつの間に仲良くなってたんですか……」

 

 あまり接点が無いと思っていた二人の予想外な会話に一同が驚く中で、二人が見上げたオーロラの浮かぶ空では二つの光が幾度目になるかもわからない衝突を繰り広げていた。

 

 

 二人の戦いは──ほとんど、互角であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──メアはこの時、生まれて初めて激怒という感情を理解した。

 

 

 思えば滑稽な話である。これまでグレイスフィアの堕天使に対して散々感情の尊さを説いていたその口で、自分自身はこの感情に対して薄っぺらな理解しか抱いていなかったというのは。

 怒ることは、悪いことだと思っていた。だけど、今は……

 

「わかり合えたのに……わかりかけていたのに!」

 

 極彩色の蝶の羽を羽ばたかせながら、メアは髪の色をケセドフォームの青に変え、残像を残すほどの速さで接近すると右手に携えた細剣を力一杯目の前の敵に叩き付けていく。

 ケテルはそれに対して日常の作業を淡々とこなすような無情さで、白光を纏わせた十字杖で彼女の猛攻を受け止めていた。

 歴戦の王である彼はその身に内包する圧倒的な天使の力だけではなく、誰よりも積み重ねてきた膨大な戦闘経験から培った戦闘技術を備えている。故に、その防御姿勢一つとっても隙は見当たらなかった。

 

 ──故に、メアは力任せの攻撃を繰り返す。

 

 細剣では彼の防御を崩せないと判断すればホドフォームに切り替えて大盾を展開し、その盾を鈍器として扱って殴りつけたのである。

 彼女本来のスマートな戦闘スタイルはもちろん、蝶々のように煌びやかで透明感のある美しい姿とは似ても似つかない戦い方をしていた。

 

 故に、効果的である。

 

 叩き付けた重い衝撃によって高度を下げることになった彼に対して、メアは息つく暇も与えず追撃を掛けていく。

 ケテルが体勢を立て直すのは早く、反撃とばかりに光の砲撃を放ってきたが、メアはそれをオーロラの光を纏ったホドシールドで防ぎきってみせた。

 

 メアの羽ばたきによって発生した虹色の鱗粉が、ホドシールドが生み出すバリアの強度を高めたのである。

 

 変わったのは姿だけではなく、今のメアは通常の状態よりも明らかに出力も能力も強化されていた。

 

『……それが、お前の辿り着いた光か』

 

 そんなメアの姿を見て感慨深そうに呟いたケテルの言葉が──より強く、メアの神経を逆撫でする。

 

 

「貴方のところにいたら、何億年掛けても辿り着けなかった力だよ!」

『…………』

 

 

 王に捧げる生け贄として造られた夢幻光、それが本来のメアだ。

 しかし何の因果か、そんな彼女はかつてのケテルが予想だにしていなかった力を手に入れて反旗を翻した。

 

 その理由は自分自身の為ではなく、自分と似たような存在を守る為だというのだからこれも皮肉な話である。

 

 だが、そんな経緯はもはや関係ない。

 今のメアの心にあったのは、自らの創造主に対する複雑な感情ではなく、人間の誰もが抱いたことのあるシンプルな感情だった。

 

 リインと和解することができた。

 自分のやり方で、彼らとの戦いを止めることができた。

 全て上手くいくと思ったところで、全てを台無しにしようとする父に、彼女は単純に腹が立っていたのだ。彼女を新たな境地に導いたのは、ただそれだけだった。

 

 ……いや、他に必要な条件を既に揃えていた彼女だからこそ、たったそれだけのことが最後の一押しになったのであろう。

 

 その感情のまま、メアは自らの思いを力と共にぶつけていく。

 

 

「貴方はどこまでも正しい……どこまでも正しい、最悪の偽悪者だ!」

『…………』

 

 

 これから新しく生まれようとするリインの生を否定する彼が、メアには赦せない。

 だからこそ彼女は、セイバーズのメアではなくただのメアとしてサフィラス十大天使の王に反抗した。

 

 リインを滅ぼすべきか、守るべきか。

 今後の聖獣たちとの関係において大きな分岐点となるであろうその戦いは、大部分が私情によるものだったのだ。

 エイトの言う通り、確かにそれは壮大な「親子喧嘩」という表現が最も当てはまるだろう。

 

 

 それでも戦いの規模は凄まじいものであり、メアは怒りの赴くままケテルに対して夜明けまで激闘を繰り広げた。

 

 

 戦闘経験も単純な力もケテルの方が上回っていたが、その感情に任せ、押し切ったのはメアの方だった。

 

 

「どんな人だって、罪を抱えている!」

『……!』

「メアも、貴方も……っ!」

 

 

 百を超えるつばぜり合いの中で、呼吸を荒げながら訴えたメアの言葉に、ケテルが僅かに表情を変える。

 それは数時間に及ぶこの戦いの中で常に無表情を貫いていた彼にも、彼女の声が届いていた事実を表わしていた。

 

 

「だから、赦しが必要なんだ……!」

『……!』

 

 

 白色に変わったメアの髪からリボンの先端が鞭のように伸びていく。

 「サフィラテール」──この戦いの中で初めて使ったその攻撃が、つばぜり合いに集中していたケテルの意識の外から強襲を仕掛けたのである。

 ポニーテールの結び目から二方向に割かれ、鋭利に尖ったリボンの先がケテルの身を挟み打ちに襲っていく。

 ケテルは瞬時に発動した念動力で押さえ込もうとするが、それこそが彼の見せた唯一の隙となった。

 

 

「私の、邪魔をするなああああっ!!」

『……っ、ぐッ……』

 

 

 極彩色の羽が放つ輝きが最高潮に達した時、メアは自らの身を弾丸のように見立てて上から下へと急降下し、ケテルへと突進していく。

 

 決め手となったのは、破れかぶれに繰り出したような渾身の体当たりだった。

 

 白色のリボン、サフィラテールに気を取られていたケテルはその攻撃を避けることができず、衝突しながら両手で組み付いてきた彼女の拘束を解くことができないまま、共に地上へと墜落していった。

 

 

 ──と言うよりも、攻撃が決まった時点で拘束を解く気も無かったのかもしれない。

 

 

 隕石が落下したような衝撃を地上に与えながら二人が墜落したのは、市街から離れた山の麓の湖だった。

 

 身体半分が浮かぶ浅瀬にケテルの身を叩き着けると、大量の水しぶきに白い髪を濡らしながらメアは彼を睨む。

 

 組み付いたままの体勢で、馬乗りになった彼女は真っ向から王と向き合い、胸ぐらを掴んでまくし立てるように告げた。

 

 

「どうだ……メアの勝ちだっ!」

 

 

 その形勢は第三者が見れば、どうとでも取れる状態だった。

 確かに文字通りのマウントを取っているのはメアの方だったが、墜落のダメージを負ったのは二人とも同じであり、まだ戦える余力を残していたのも二人とも同じだった。

 しかしその余力の差で言えば、息も絶え絶えと言った様子のメアを前にして、ケテルはまだ平然としている。

 馬乗りになったメアに胸ぐらを掴まれている今も、彼の表情にはまだどこか余裕があるように見えた。

 

 そんな彼が、初めて口を開く。

 

 

『お前の言う通り……生きている限り、生命には背負わなければならない罪がある』

「……っ」

『だが、今お前が背負おうとしているのは、余さえも恐れた大罪になり得る罪だ。お前にはそれと、対峙し続ける覚悟があるのか?』

 

 

 問い掛けは、彼女の選択の核心を突くような言葉だった。

 

 グレイスフィアという何者でもない存在を受け入れることによって生じる未知の危険について、彼は誤魔化す言葉を赦さなかった。

 サフィラス十大天使の王さえも庇いきれない存在を赦すということは、世界そのものを危険に曝すかもしれないのだという現実である。

 

 そう問い掛けるケテルの言葉は冷徹であったが、その声はどこかメアのことを案じているようにも聞こえた。

 

 彼の意図を理解したメアは、彼の黒い眼差しから目を逸らさずに答える。

 

 

「ある!」

 

 

 それでも、自分が正しいと思った道を進みたいと──メアの瞳は雄弁に語っていた。

 

 

『人間でも聖獣(フェアリー)でもない、お前がか?』

「そう……私は人間でも聖獣でもない。でも、だからこそ「そういう存在」として生きていく。生きて、グレイスフィアのことも助けて、色んなことして……貴方よりずっと幸せな一生を送ってみせる! だから……」

 

 

 辛い現実を突きつけてくる彼の言葉に対して、メアは決意表明のように自らの本心を包み隠さず明かす。

 そんな彼女は彼の胸ぐらを掴んでいたその手を離すと、訴えかけるようにケテルの胸板を小さく叩いた。

 

 

「私たちの可能性を摘まないでよ、お父さん……っ」

『……父、か……』

 

 

 目を瞑り、ケテルは彼女が吐き出したその言葉を脳内で反芻する。

 

 自らのルーツを告げた時、その残酷な事実に打ちのめされていたかつての彼女のことを知る彼には、今の彼女がその呼び方で自分を呼んだことの意味をよく理解していた。

 

 

 ──さあ、どうするケテル?

 

 

 ……いつからこの場にいたのだろうか?

 

 ケテルは浅瀬にブーツの靴底を着けながらこちらの様子を心配そうに覗き込んでいるT.P.エイト・オリーシュアの姿を横目に一瞥した後──観念したように言った。

 

 

『ならば、お前が王となれ』

「……え?」

 

 

 負けるつもりは無かったが、彼女の決意にここまで追い詰められた事実を認め、ケテルは自らの敗北を受け入れる。

 

 ……五年前、自分が彼女にしたことを今更謝る気は無い。

 

 しかしその報いとして彼女に裁かれるのなら、何度も死に損なった自分の最期として相応しいと思ったのだ。

 世界の命運ごと自らの罪と向き合い続けていくと語ったメアの決意を受け入れたからこそ、彼は告げた。

 

 

「それほどの覚悟があるのなら、お前が新たな王となり、世界を導け。余の力を受け継ぎ、可能性を拓け」

 

 

 テレパシーではなく、自らの肉声を持って言葉を紡ぐ。

 これは彼女の預かり知らぬ事実であるが、ケテルはこの五年間で強くなり、成長していく彼女の姿を見続けていた。

 カーバンクルのカバラちゃんを彼女の元に放ち、彼女の成長を記録するように命じたのも他ならぬ彼だったのだ。

 

 その記録と、実際に戦った今となってケテルは理解した。彼女になら、後のことを任せることができると。

 

 

「今のお前には、その資格がある。余の王冠を継承しろ──夢幻光メア」

「っ、貴方は……最初からその為に……!」

 

 

 いつか時が訪れた時、彼女のことを自分に取って代わる新たな「王」のサフィラスとして迎え入れることを、ケテルは人知れず計画していたのだ。

 新たな時代が訪れようとしている今、凝り固まった思考を持つ自分のような老害は王として相応しくないのではないかと──そう思っていたのである。

 

 

 ダァトの転生(・・)とカロンの帰還を知った、あの頃からずっと。

 

 

 その点、天使と人間の力を併せ持つ上に自分も知らない新たな境地に辿り着いた今、この子ならば自分にはできなかった新たな可能性を拓ける筈だと、ケテルは感じていた。

 

 

 だからこそ……ケテルは自分の力も、生命さえも彼女に譲り渡すことを躊躇しなかった。

 

 

 

 しかし──

 

 

 

「メアは貴方のおもちゃじゃない! 勝手に貴方の都合を押し付けないでっ!」

「……!」

 

 

 

 ──メアはその誘いに乗らなかった。そればかりか、リインの処遇について激昂した時と同じぐらい、怒りを露わにしてきた。

 

 そんな彼女の反応を予想していなかったケテルは、初めて呆気に取られたように目を見開いた。

 

 『これは、どういうことなのだ……? この子は余を恨んでいるのではないのか……?』と怪訝な表情を浮かべながら、彼は進言を求めるようにエイトの姿を一瞥すると──彼女は取り外したシルクハットで口元を塞ぎながら、腹を抱えて笑っていた。

 

 眉をしかめるケテルに対して、彼女は言う。

 

 

「なんだかケテル……今まで無関心ぶっていたくせに、娘をお嫁に出す時になって急に慌て出す頑固親父みたい……」

 

 

 彼女が溢した言葉には、ケテルには全く以て理解できないものではあったが……その言葉を聞いた瞬間、メアから放たれる怒気が何故か、急激に和らいだような気がした。

 

 そんなメアは自らの髪を結ぶ白いリボンに手を添えながら、何かを察したように嘆息し、呟いた。

 

 

「このリボン……貴方の贈り物だったんだね」

『……そうだ』

 

 

 否定する理由も無かった為、ケテルは肯定した。

 青いリボンはケセドから。

 橙のリボンはホドから。

 そして白いリボンは彼──ケテルから彼女に贈られた物だったのだ。その布地には世界樹サフィラの繊維が編み込まれている、彼女の力を引き出す為だけに造られたこの世に二つと無い一品物である。

 

 

『気に入らぬのなら……破棄すれば良い』

 

 

 ケテルとしては自らの罪滅ぼしの一つと、メアがやがて新たな王として相応しく在るように──と思って贈ったものであったが……それも当の彼女からしてみれば、こちらの都合を勝手に押し付けただけだったのだろう。

 そんな彼の言葉に対して、メアは返した。

 

 

「気に入らない物だから捨てるだなんて、そんなの嫌」

 

 

 自分やアビス・ゼロに対する当てつけのように、首を振りながらそう言った後──彼女は初めて、ケテルの前で笑顔を見せた。

 

 自らの幸福を実感したような、夜明け前の空が照らす屈託の無い笑顔だった。

 

 

 

「貴方のこと、大っ嫌いだけど……自慢の親だと思ってるよ。……ありがと、お父さん」

『……そうか……』

 

 

 

 誰よりも強く、誰よりも不器用な親子の喧嘩は、そうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 ……この直後、今回の事件における「真の敵」とも言うべき存在が姿を現し、さらなる脅威がこの世界を襲うことになるのだが──数多の色を重ね合ったリボンのように結びついた彼女らの絆がある限り、既に心配は不要だった。






 くぅ疲。これにてひと段落です
 次回はとある世界線回。それを挟んだエピローグで劇場版編は完結です
 その後はsideエイトのお話をのんびり投稿予定
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