TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
ペンネーム「
……とは言うものの、大々的に漫画家として活動していたのは今から二十年以上も前のことである。
今現在は連載を抱えているわけではなく、過去の代表作である「フェアリーセイバーズ」で得た収入や株投資諸々の成果で人より裕福な暮らしをしている、専ら「趣味人」と言える人間だった。
過去に一発を当てた漫画家としても成功者の部類に入る彼だが、投資家としての稼ぎも副業と呼ぶには馬鹿にならない稼ぎを得ている。
まるで未来を見通しているかのような先見性は一個人が手にする額としては破格の利益をもたらしており、そちらの方面でも彼の名前はそれなりに有名だった。
一部の漫画ファンの間ではアニメ「フェアリーセイバーズ
週刊連載のような一線を退いて久しい「過去の漫画家」である彼が、今この時代に大きな影響力を持って「フェアリーセイバーズ∞」を監修することができたのも、投資家としての活動を始めとする彼の漫画家以外の顔で築き上げてきたコネクションが影響していることは否定できなかったからだ。
故に企画時点では過去の実績があるとは言え、しばらくの間漫画を描いていなかった漫画家が新作アニメの監修を行うことに難色を示す者は内外に少なくなかったものである。
しかしそれらの懸念は──蓋を開けて見れば、悉く杞憂に終わることとなった。
彼の指揮のもとで制作された新作アニメ「フェアリーセイバーズ∞」は数字で見ればリブート前以上の大ヒットを叩き出すことになり、制作サイドの全員が満足する上々の結果となった。
テレビアニメの好評により現在は劇場版の制作も進行しており、何なら現行アニメの影響で知る人ぞ知る一昔前の名作漫画扱いだったかつての原作漫画「フェアリーセイバーズ」も若者たちの間で売れるようになり、彼の漫画家としての実績にさらなる箔がつくこととなった。
その際、原作漫画を初めて読んだ子供たちは口を揃えて「えっ!? 原作ってエイトとメアいないの!?」と驚くものだと、知人たちから聞かされた話には思わず苦笑を禁じ得なかったものである。
「フェアリーセイバーズ」の真実を知るこの世界唯一の存在である彼としては、かつて自身が描いた代表作については言葉にし難い複雑な感情が渦巻いていた。
そこには「自分の観測した一つの世界」を漫画として描き切れたことに対する満足感と、「彼女らのいる世界」を描くことはできなかったという不完全燃焼な感情の二つが混在している。
ただでさえ二度目の人生で手にしたこの「人間」としての肉体は、前世から引き継いだ「深淵の王」の魂を受け入れるにはあまりにも脆弱な器であり……当時の彼は週刊連載の激務に耐え抜くことができなかったのだ。
そう言った意味でも「∞」の物語は、彼が長年抱えていた後悔に対するリベンジの機会でもあったのかもしれない。
苦しみながらも楽しく生きているこの生の中で、一人の漫画家としてもそれなりの経験を重ねてきた今だからこそ、「∞」の物語はかつてより納得の行く作品になった──と思う。
しかし周囲の者たちから贈られる賞賛に対して、彼は自分自身の腕を褒め称えることはない。
何故ならば良い作品になったのは、彼にとっては当たり前のことだからだ。何せ、「原作」が良いのだから。
自分はただ「彼女」らの紡ぐ異界の英雄譚を書き起こしているに過ぎず、功績は全てあちらの世界の者たちにあることを誰よりも理解していた。
故に彼は、賞賛を喜びながらも自分自身を誇ることはなかった。
ただ愚直に筆を取り、その「力」で視た出来事を書き綴るだけだ。
来るべき劇場版の公開に向けた一仕事──アトリエの中で独り没頭していた彼の背後に、この世界には存在し得ない神聖な気配の来訪を感じたのはその時だった。
「この頃来訪する頻度が多いな。世界樹の意思というのは、そうも暇なものなのか?」
振り返らなくてもわかる。
人間では有り得ないこの強烈な存在感と眩いばかりの聖性は、件の物語が実話として存在する世界の「神」のものである。
聖龍アイン・ソフ。かの神は寿命を終え、その生命を世界樹に還した後も霊体となって時を見守っていた。
そんな彼はこうしてフラッとバチカルのもとに現れると、あちらの世界であったことや近況について世間話に講じることがある。
神と言えど、死んだ後は傍に居てくれる者が居らず寂しいのだろうか。彼の知る限り聖龍アイン・ソフは完璧な神であったが、どこか人間臭いところがあったなと思い返した。
「悪いが今私は手が離せない。茶は出せないぞ」
劇場版に向けて進行しているイラストの製作がひと段落したところで、後ろから興味津々な眼差しを向けながらもこちらの邪魔をしないようにジーッと待機している気配を知覚した千葉流火は、そろそろ構ってやるかと苦笑して振り向く。
そして彼は──そこに立っていた思いがけない人物の姿に目を見開き、驚きのあまり硬直した。
「うん、大丈夫。そこまで長居することもないだろうから」
そこにいたのは神に限りなく近い聖性を帯びた気配を持ち、しかし聖龍アイン・ソフではない黒髪の少女だった。
頭から外したシルクハットをその胸に抱えながら、少女は慈愛の籠った眼差しで微笑みをたたえている。
そんな彼女は、彼の魂に誰よりも深く刻まれた大天使のものと全く同じ姿をしていた。
「T.P.エイト・オリーシュア……か」
こうして見ると本当に──よく似ている。
そのエメラルドグリーンの瞳と初めて向き合ってみて、彼の心に浮かび上がった感情は彼自身が意外に感じるほど落ち着いていた。
それは彼女がいつの日かこうして自分の前に現れることを、あらかじめ予測していたからかもしれない。
しかし冷静な思考とは裏腹に、開こうとしたその口からは上手く言葉が出てこなかった。
そしてそれは彼女の方も似た心情だったようで、照れたように帽子のつばで口元を隠しながら、遠慮がちな態度で返した。
「あー……はい、エイトです。お邪魔してます……?」
何故に、疑問系であるか。
……察するに、彼女の方も意図しない来訪だったのだろう。千葉流火の姿を見て何か言葉を選ぶようにしばし考え込み、少女は続けて言った。
「うーん……急に会うと上手く言葉が出ないや。はじめまして……で、いいのかな? ボクはダァトの生まれ変わりの生まれ変わり、T.P.エイト・オリーシュアです」
……知っている。そう返したかったが改まって自己紹介をしてくれた彼女には何か、胸の奥から熱く込み上がってくるものがある。
そうだ。彼はT.P.エイト・オリーシュアとなった彼女とは、今この時こそが間違いなく初対面であった。
「……聖龍の差金か……まったく……」
彼女をこうして自分と引き合わせた存在に一柱だけ心当たりがあった彼は、脳裏にその龍の姿を浮かべながら筆を置いて相対する。
椅子から立ち上がり、深々と一礼した彼の態度は、明らかに目上の人物を相手にしているようだった。普段は正真正銘の目上に対してさえそこまでしたことがない彼であったが、この時ばかりは目の前の少女の存在の大きさが故、無意識に取っていた行動だった。
「バチカルの生まれ変わり、千葉流火だ。こんな形で出迎えてしまい、申し訳ない」
「い、いいよ! 急に来たボクが悪いんだから……っ」
そんな彼の真摯な……真摯すぎる対応に恐縮するように、少女──T.P.エイト・オリーシュアは両手をぱたぱたと振りながら頭を上げるよう促してきた。
それはきっと、彼女の中にいる大天使の魂とはまた別の「少年」としての反応なのだろう。
「えっと、その……」
そんな彼女は頭を掻きながら戸惑うように視線を彷徨わせると、両手に抱えた自らのシルクハットに目を落とした瞬間、ハッと何かを思いついたように息を呑み、それを差し出して告げた。
「サ……サイン、貰っていいですか……!?」
エメラルドグリーンと黄金のオッドアイをキラキラさせながら、まるで憧れの人を目の前にした少年のように紅潮した顔はまるで、彼女自身が普段接している子供たちのようであった。
そんな熱い眼差しを正面から受け止めた彼は──ただ一人の漫画家として光栄に思う感情の裏で、「この子のファンに知られたら殺されるな……」という自身の思考に苦笑しながら差し出されたシルクハットを受け取った。
「……ああ、私で良ければ、幾らでも」
そうしてシルクハットのつばに書き込んだサインは、彼の漫画家人生において生涯最も気合いの入った一筆であることは、語るまでもないだろう。
──僕の名前は転生者。ご覧の通り、T.P.エイト・オリーシュアだ。
……ハッ!? しまった興奮しすぎて思わず逆になってしまった。
二十年来憧れ続けていた漫画家から、直筆のサインを貰って有頂天のエイトちゃんである。いやね、思わぬサプライズに流石の僕も感情が追いつかなかったんだよ。急に魔王様が来たから……いや、急に来たのは僕の方か。
しかし世界樹サフィラの芯の前で祈ってみたら、突然彼の後ろに転移するとはね。こんなこと、前にもあったな。
あれは……そう、前にビナー様のところのカバラの叡智に触れた時のことだ。
世界樹の根に触れた時、その者が最も欲する情報を与えてくれる──言わばフェアリーワールド版グーグル先生。あの時は僕が死んだ後のみんなのことを知りたいと思っていたから、前世の世界に一時的に転移させてくれたんだったね。
そして先程僕が祈りを捧げたのは、世界樹の芯柱だ。
根っこだけでもそのような超常現象を引き起こせたのだから、世界樹の本体ならさもありなん。世界樹サフィラは僕の内なる望みを確かに聞き届け、あの時と同じようにこちらの世界に転移してくれたというわけだ。
……いや、それでも「フェアリーセイバーズ」の原作者様のところへ送り出されるとは思わなかったけども。
もしかしたらまだ会ったことも無い聖龍さんがお節介を焼いてくれたのかもしれないが、僕と彼がお互い心の準備ができていない時にやるのは如何なものかと思いますよ、ええ。
僕はやれやれと頭の中で首を振る。やれやれ系オリ主である。
だがまあ……会ってしまったのだからしょうがないよね!
オリ主たる者、切り替えが大事である。予想外な出来事に逐一狼狽えていてはフラストレーションが溜まるばかりだ。
物語の主役にはある程度周りに翻弄される苦難も必要だが、そればかりだと展開的に窮屈で面白くないからね。エイトちゃんはどちらかと言うと周りを振り回すタイプのオリ主なのである。
──と言うわけで、たとえ相手が僕の好きだったアニメ「フェアリーセイバーズ」の、その原作者様だろうと僕はいつもの調子で押し通すことにする。
それはそれとしてサインは頂戴したが、僕は至っていつも通りのミステリアスなクール系TS美少女だ。
よし、このシルクハットは観賞用に大切に保管しておこう……
そんな僕は彼に案内されるがままリビングルームへと通されると、ソファーに座るように促されてはお茶まで用意してもらった次第である。何というかそれは見た目に反して凄く丁寧な対応だった。
紳士である。見た目はちょっと怖いハードボイルドな感じのおじ様だけど、僕の急な訪問に対して嫌な顔一つしない紳士なお人である!
あっ、このソファー思ったより柔らかくてお尻が沈む……スカート乱れないように注意しないと。ふふ、僕も紳士だからね。あれ? TS美少女的には淑女として振る舞うのが正解なのだろうか……ううむ、前世を通してもあまりこの手の渋めなおじ様とは話したことないから今一つ最適解がわからない。似たタイプだとケテルやホドがいるけど彼らは天使だし、今の僕からしてみると弟みたいな存在なのでまた別の話なのである。
「こんな物しか出せなくて申し訳ないが……楽にしてくれると助かる」
「うん、ありがとう。楽にさせてもらうね」
お言葉に甘えてソファーの背もたれに身を預けると、その感触に思わず笑みが溢れる。流石はアニメ化が大成功した漫画の売れっ子原作者だ。良いソファーを仕入れておられる。
彼の仕事場なのか自宅なのかはわからないが、オシャレなインテリアが並んだ広々とした清潔感のある部屋を見るに、中々にエレガントな暮らしをしているようだ。漫画家って色んな大御所が自虐していたぐらいえげつない生活をしている印象があったけど、彼の場合はそのタイプに当てはまらなかったようだ。
もちろん大天使の城とかとは比べられないけど、こう……変な意味じゃなくて「上級国民!」って雰囲気の部屋だった。うーん、最近鈍っているから語彙力落ちてるな。グレイスフィアと対峙するまでには仕上げていかないと。
そんなことを考えながら彼が淹れてくれた紅茶に口を付けていると、彼が点けたテレビの画面に思わず目が向いた。
それは何かのゲームのCMなのだろう。なんだか馬みたいな耳をつけた美少女たちが芝生の上を走り回っている様子が大々的に放送されていた。なんだこれ。
「おー……今って、明るい時間からこういう系のゲームのCMやってるんだ……」
ちょっとしたジェネレーションギャップである。
別にその少女たちの着ている衣装が特別露出度が高いわけではなかったが、前世の僕が生きていた時代ではそういう系のいわゆる美少女ゲームやアニメの宣伝は、良い子の寝静まった夜に行われていた印象だったから少し意表を突かれた。
はえー……と、その後も流れていく透き通るような世界観のゲームのCMに関心深く注視していると、奥の棚から菓子折りを持ってきた千葉流火さんがそれをテーブルに置きながら語った。
「今時珍しい話ではない。かつては女児や一部の男性に向けたコンテンツだったものが、年々少しずつ幅広い層に浸透していったのだ」
「そうなんだ……ボクが小さい頃なんて、ああいうゲームをやろうものなら「あーアイツ女が主役のゲームなんてやってるぜー!」って揶揄われたもんだけどなぁ」
「まあ、時代だな。今となってはポケモンのアニメすら、熱血的な少年ではなく内気な少女が主人公を務めているぐらいだ。……製作側の者としては、昔よりやりやすくはなったな」
「ふーん、十年以上経てば流行も色々変わるもんだねー……えっ? サトシ引退したの!? アニポケって永遠に続くものだと思ってた……」
「ピジョットも帰ってきたぞ」
「マジで!?」
なんだそれは……一体どうなっているんだ現代のアニメ事情……!
気になる……正直言って物凄く気になるが、今は置いておこう。
しかしサトシ引退してたのかぁ……いや物語である以上最後はそうなるのが当たり前なんだろうけど、僕が生きていた頃には信じられなかったからこそ何と言うか、色々と心に来るものがあった。
そうだよね、YARANAIO夫妻のところのお子さんだってあのぐらい大きくなっているのだから、それだけの年月が過ぎた筈である。
いやあボクも歳を取ったもんですなと紅茶を啜りながら老人ぶってみるが、僕がそれでは姉さんやケテルなんかはどうなるんだと思い直し、魂の年齢に対する自虐はほどほどに留めておく。
しかしそれはそれとして容赦無く過ぎ去っていく時間に対しては僕にも色々と思うことがあり、感慨に浸っていた。
「どんな物語にも、いつかは終わりが来るってことか……」
「…………」
そんな僕の何気ない呟きに対して、神妙な表情を返したのが千葉流火さん──深淵の王バチカルの生まれ変わりである。
僕をこのソファーに座らせた癖に、自分は未だに立ったまま給仕に徹しようとしている彼は、憂いを帯びた表情で問い掛けてきた。
「……私の物語も、その時が来たということか?」
「ん?」
その言葉は一瞬、何のことを言っているのかわからなかったものだ。
思わずコテンと首を傾げた僕に、彼は見る者によっては冷淡な印象さえ受ける眼差しを向けて続けた。
「いつかはこんな日が訪れると思っていた。望んでもいた。貴方が私の書き綴った無粋な物語を批評し、その手で審判を下すことを」
「えっ……え?」
そう言って彼は、僕の座るソファーの前で片膝を突いて頭を垂れた。
さながらそれは王様に仕える騎士のように──って言うか待て。待って! 僕は君の王様じゃないよ!? 寧ろ王様は君の方だろ深淵の王的に考えて!
確かに僕はオリ主だけど、ジャンルは物語の要所要所でミステリアスな活躍を見せるタイプのチートオリ主であり、内政チートで下々の者たちや権力者を相手にバリバリやり合うタイプの君主系チートオリ主ではないのだ。だから急に激渋なイケおじにそんな態度をされても困るのである。
何なのだこれは……どうすれば良いのだと困惑していると、そんな僕に彼は言った。
「私は大罪人です。前世の罪は無論……今世でも貴方がたの紡いだ物語を覗き見し、己がエゴの為にこの世界に振り撒いたのだから。それらは全て、貴方の手で断罪されるべき悪行です」
──僕の中でようやく合点が入ったのは、その言葉を聞いてからのことであった。
「あー……うん、そう言うことか。要するに貴方は、勝手に向こうの世界のことを描いて、この世界の人たちに広めたことを申し訳なく思ってるわけだ」
「申し開きの言葉もございません。何なりと、沙汰を」
前世の罪、と言うのはまあ深淵の王バチカルだった頃の罪のことだろう。それはわかる。
だけど一人の人間として生まれ直し、立派な漫画家になって僕を含めた多くの子供たちを笑顔にさせてきた彼の罪──と言うと、その理屈にはどこか引っ掛かるものがあった。
「別に僕はいいと思うけどなぁ……大河ドラマだって、本人がいないことをいいことにあることないこと描いて物語にしてるわけだし」
かつての僕たちからしてみれば、彼の描いてきた「フェアリーセイバーズ」という物語は至って普通のフィクション創作である。多くの漫画やアニメと一緒で、現実の世界では起こり得ない空想の物語だ。
しかしその真相は、彼が持つ深淵の王の力でこの世界ではない異世界を「視て」描いた、限りなく現実に近い英雄譚だったのである。
この世界の人々にはその真相を知る術が無いが、今ここに居る僕は違う。何なら、最近この世界でアニメ化されていた「フェアリーセイバーズ∞」の登場人物としては当事者ですらあった。……誰? 今お前は当事者どころがヒロインやろがって言ったの。
……だけど、そうか。
確かに見ようによっては特定の人物に密着したドキュメンタリー映画を本人に無許可で作っていたようなものだからね。彼はそのことについて、ずっと罪悪感を抱えていたということか。
まったくもう──そういう生真面目なところは、変わらないんだから。
仕方ない子である。……おっと、思わず思考がダァトに寄ってしまった。
しかし今の僕の気持ちも「彼女」と同じである。その事実に苦笑を浮かべた後、僕はこれもまたとない機会だと、彼の漫画家として歩んできた壮大な転生ライフに対し、嘘偽り無い気持ちを伝えておくことにした。
「炎たちは炎たちだし、ボクはボクで、フェアリーセイバーズはフェアリーセイバーズだ。貴方のしてきたことに嫌な顔する人も……いるかもしれないけど、ダァトもボクも「それはそれ、これはこれ」だと思ってる」
もちろん、「僕」もだ。
貴方の描いた原作漫画から始まった「フェアリーセイバーズ」の物語は、僕たちに愛と勇気を教えてくれた。
──そうだろう? ダァト。
「だから貴方も……
「……っ、ダァト……私は、貴方を……!」
「いいんだよ、ボクは何も責めない。もちろん「この子」も。それでもキミ自身が自分を赦せないと言うなら──」
恐る恐る上げたその顔を見て、ボクはこれがキミに対する答えだと返すように微笑みを浮かべた。
彼から見て今のボクは、上手く笑えているだろうか? ボクは天真爛漫な「この子」と違って屈託の無い笑みを自然に浮かべることはできなかったから、子供たちにも深淵のクリファたちにも慕われていなかったけれど──今だけは、どうかちゃんと伝わっていてほしい。
ダァトはキミを、キミたちのことをとっくに赦していたんだよってね。
「キミの描く物語で、これからもたくさんの子供たちを笑顔にさせてあげてほしい。かつて、「この子」にしてあげたように」
「────」
罰なんか与える気は毛頭無かったけれども、それが彼自身を救う罰になるのなら、ボクにはそんな言葉しか与えてあげることはできなかった。
彼の頭にポンと手を置いて、その髪を撫でながら言った言葉にしばしの沈黙を置いた彼は──どこか照れくさそうにこの手を払い、立ち上がって呟いた。
「……厳しいんだな、ダァトは」
「知らなかった? ボクは本当は厳しいんだよー。昔から優しいのは、姉さんの担当だったからね」
「知らなかった」
「ボクも思い出したのは、つい最近のことだよ」
「そうか……ありがとう。もう大丈夫だ」
立ち上がって苦笑を浮かべた彼の眼差しには、さっきまでは無かった何か、強い活力のようなものが湧き上がっていた。
そんな姿を見てボクは、どこか自分の元から巣立っていった子供の成長を見届けたような……大きな心残りが無くなったような気分だった。
満足して大きく頷き、まぶたを閉じる。
じゃあ、そういうことで──身体を貸してくれてありがとね。今返すよ。
……はい。ダァトモード解除である。
僕はダァトでダァトは僕なのだから今となっては別に二重人格というわけではないのだが、今回ばかりは相手が相手なので特別である。
彼にはこのやり方の方が伝わりやすそうだとは思っていたが、予想以上に効果は覿面だったようだ。恐るべし、ダァト……やっぱ何億年と深淵のクリファを相手してきた大天使は違うな。後光が射すような貫禄だったよ。
まあ入れ替わっていた間、彼女が何を言っていたのかはあんまり覚えてないんだけどね。
「……本当に、溶け合っているのだな。今の貴方たちは」
「羨ましくてもあげないからね? ボクはダァトでダァトはボクだ。それと、今は向こうに置いてきてるけど姉さんも一緒だ。あとカバラちゃんも」
間に挟まりたいとは言わせないよ! 言ったらびっくりするけど。
あえて口に出さなくても、彼は僕がダァトではなくエイトに戻ったことを悟っていた。そんな彼は先ほどの裁きを待つ罪人のような諦観の眼差しではなく、どこか微笑ましいものを見るような、慈しむような目を向けてくる。
なんだよー……そんな孫を見るおじいちゃんみたいな目で見るなよー。僕にはダァトと違って、貴方の考えていることがよくわからないよ……
……だけど、そうだね。
わからないなりに、僕には貴方にどうしても言いたいことがある。
「えっと……文字通り、生まれる前からフェアリーセイバーズのファンでした。これからもお仕事、頑張ってくださいっ!」
ソファーから立ち上がった僕はビシッと車掌さんのような敬礼のポーズを取ると、一漫画ファンとして月並みのエールを贈る。
……前世の僕はアニメ派だったから、実を言うと原作漫画のフェアリーセイバーズのことは「できる男」ほど読み込んでいなかったのだが……無粋なことは何も言うまい。ファンだったのは事実だし。ファンでもない者に完璧なチートオリ主は務まらんのだよ。
「……ありがとう、坊や。いや、今はレディーか」
ガラにもなく緊張して少しだけ上ずってしまった僕の声に対して、彼は何故か天井を見上げるように視線を外してそう返した。
しかし、レディーね……何だろう? 僕はTS美少女なんだからそう言われるのは当たり前なのだが、レディー呼ばわりされるのは何かこうヘンな感じがする。何て言うかこう、心も身体もむず痒くなるような不思議な感覚である。
……まあ、そんなことはどうでもいいか。
今の僕が何より気にするべきだったのは、そう呟いた彼の口元が、とても嬉しそうに綻んでいたことだった。
……さて、前回カバラの叡智でこの世界に来た時の経験を踏まえると、そろそろあちらの世界に引き戻される頃かな?
あの時も引き戻されたのは、生前の未練だった「姪の姿を見ること」が解消された瞬間だったからね。その例に倣うと今こうしてフェアリーセイバーズの原作者であり深淵の王バチカルの生まれ変わりでもある彼に伝えたい心情を伝えたことが、一つの区切りとして見なされるのが自然な流れだ。
おっと、そう思っていると僕の身体がじわりと光り始めた。
どうやら本当にこれで、あちらの世界への帰還となるらしい。紅茶美味しかったよ! ありがとね魔王様!
「ああ、いつでも来るといい。次は相応の準備でもてなそう」
それは有り難いお言葉である。わーい有名漫画家と友達になったー!
自慢する相手はもう居ないけれど、つくづく前世からは考えられない縁に恵まれているなと思った。このことを前世の友人たちが知ったら大層羨ましがるだろうなと誇らしく思いながら、僕は右手を振って送還を待つ。
──しかし、そんな僕たちの爽やかな別れに割って入るように、点けっぱなしにしていたテレビから爆弾のような情報がもたらされたのはその時だった。
《僕は自分の手で、未来を選ぶ!〈アサイコキュウノナカデ~サリギワノロマンティクス~》
「!?」
《必要だから愛するのではありません! 愛しているから必要なのですッ!!〈キドウセンシガンダムシードフリーダムゥ……》
「!?!?」
!!??!?!?!?!?!?!!!???
何今のCM!?
今の何!? 何の何の何!?!?
SEEDFREEDOMって言った今の!? 言ったよね今! ストフリとキラ画面に映ってたよね劇場版ガンダムSEEDって!?
うっそだろおい……僕が小学生の頃から二十年以上経ってるけど遂に劇場完結編出たのか種死ッ! って言うかまだ出てなかったのか種死ーーっ!!
こうしちゃ居られねぇ! あちらの世界に戻ってる場合じゃないぞ僕! ストップだ世界樹っ! もう少し! 明日まで……! 明日までお待ちください! 僕があの映画を観るまではこっちの世界に居させ……居させろーーっ!!
私にはあるのだよ! この世界に留まり、ガンダムSEEDFREEDOMを観に行く権利がな!! ウワァ────ッ!!?
……雪崩のように押し寄せてきた荒ぶる感情の嵐を、魔王様の前では鉄の理性で隠し通していた僕のこと、どうか覚えておいてください。
「キュ……?」
無情にも世界樹サフィラへと送還された僕の後ろ姿を見て、何を感じたのだろうか。心配そうに駆け寄ってきたカバラちゃんがぽふっと預けてくれた肉球の感触だけが、心残りに苛まれた僕の心を慰めてくれた。
姉さんとケテルは……まだお見合いしてるし。なんだよもー。
「キュー……」
「……ふふ、そんな声を出すなよ、カバラちゃん」
大丈夫だよ、カバラちゃん──僕もこれからこっちの世界で頑張っていくから。
頑張っていくけど、それはそれとしてまたあっちに行きたい理由ができてしまった。
そう思いながらカバラちゃんの身体を抱き抱えた僕は、人目も憚ることなくそのモフモフに顔を埋めるのであった。カーバンクル吸いである。
それは危うく向こうの世界への未練に引っ張られそうになったこの心を、こちらの世界に留めておく為の儀式だった。
……うむ。落ち着いた。落ち着いたが、それはそれとしてグレイスフィアの問題は、何が何でも早急に解決しよう。うん、絶対に、僕がこの手で終わらせてやる!
公開終了まで間に合うといいなぁ……と、そんなことを私欲全開で考えていたこの時の僕は我ながらオリ主らしくはなかったが、種直撃世代だったんだからどうか赦してほしい。何だよあのCM、アスランがキラぶん殴ってるしめっっちゃ面白そうじゃないか……!
あらん限りの声で叫び出したい気持ちを懸命に抑え込みながら、僕は事が終わったら里帰りすることも真剣に考え始めたのである。それまで公開が続いていたらいいなぁ……という雑念があったかどうかは、皆さんのご想像にお任せします。以上、T.P.エイト・オリーシュアでした。
◆この赤い残像は……!?