TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
TSの歴史──それは古代ローマまで遡る。
女性から男性、男性から女性に転身する性転換を題材とした物語は、時に教訓として、時に神罰として、偉大なる神々の御業を讃える神話に数えられたという。
やがてそれらは
男と女、二つの心を持つ少年──ヒトは彼らを「TSオリ主」と呼んだ。
『呼ぶのか?』
……ごめん、やっぱり呼ばないかも。
TSオリ主というのはあくまで二次創作物のオリジナル主人公、縮めてオリ主であることが前提だからね。
「 TS」も「オリ主」も界隈ではメジャージャンルだが、その二つが組み合わさった「TSオリ主」という造語は、改めて説明を求められるとややこしいものである。
まあ、僕はTSオリ主だけどね。
そうだ……僕はオリ主だ……誰が何と言おうとTSオリ主なんだ……!
『何故、必死になる』
わからない。
わからないんだけど、何となく。
最近、自分自身の
『?』
しかし、僕もこのセカンドライフ……正解にはサードライフだが、TSオリ主たる「T.P.エイト・オリーシュア」となってから結構長くなる。
これほどの時を経た今なら、僕も立派な長編オリ主を名乗っても良いのではなかろうか。
『わからない』
なので、良い機会である。
ここらで完璧なチートオリ主として、今一度TSの何たるかを語らせていただこうではないか。
『わくわく』
合いの手ありがとうカロン姉さん。
そう──TSには言葉では語りきれない魅力が詰め込まれている。
しかし、同時に複雑怪奇なジャンルでもある。便宜上「性転換要素」とカテゴライズされてはいるが、その過程一つ取っても「身体が異性に変化する変身」 や「異性の他人と同じ姿に変わる変身」 、「男女間での入れ替わり」 に「異性への憑依」 、「皮を着て異性と化す皮モノ」に 「異性への脳移植」等々カテゴリが細分化されすぎていて、それぞれに業の深いもとい狂信者もとい熱心な愛好家を抱えているので……下手なことを言うと命に関わるのがこのジャンルなのである。
政治宗教野球TSとはよく言ったものだね。前世の友人が。
『こわい』
それほど混沌としたTSF界隈だが、僕の場合は割とポピュラー寄りな「異性への転生」に分類される。
僕の過程はダァトの頃まで遡ると男の子だった前世の方がイレギュラーになるから少しややこしいが、生まれ変わる度に女→男→女と辿ってきた変遷は、概ね模範的TSオリ主と言って良いだろう。
……ただ、そういった転生による性別変化って、どこまでが「TS」と呼べるラインなのか意外と曖昧なのではないかと最近思っている。
前世が男の子だけど、今世では女の子──前世の価値観で言ったらそれはTSで間違いないのだが、大天使の価値観で言ったら「魂の輪廻転生」は何も特別なことではないからね。
天使は死ねばその命を世界樹サフィラに還し、幾ばくもの時をかけて新たに生まれ直す「転生」の生態をデフォルトで持っている種族である。
転生を拒み一度も生まれ変わっていないケテルは別だが、コクマーもビナーもケセドもホドもマルクト様ちゃんも今に至るまで何度か生まれ変わっているウン代目の大天使様であり、その姿も毎回同じというわけではなかったのだ。
……だよね? 姉さん。
『ネツァクが女性体だった代もあれば、ティファレトが男性体だった代もある』
そう、彼らが転生した際には性格も肉体も別物となり、新しい命となる。
先代の記録はサフィラを通して次の代に引き継がれるようにはなっているのだが、新たな天使がどのような人格を形成することになるのかは当代自身の意思によるのだという。そのあたりは僕とダァトと同じだね。
──ああ、そう言えば、最近ラファエルさんが転生したらしい。
ビナー様が教えてくれたけど、元気な女の子なのだそうだ。
前世の記憶は憶えていないが、記録としては引き継いでいるようで……彼女の計らいで再会を果たした翼のことは、初対面から懐いているらしい。性格は完全に別人だから翼の方は戸惑っていたようだが、その時の彼は彼女が新しく生まれ直せたことに安堵し、また一つ憑き物が落ちたように笑っていたようだ。僕もその場面に同担したかったな……!
……とにかく天使はそのような生態なので、「転生」という概念についてはごく当たり前の常識として認識しているということだ。
この前お邪魔したケテルの城には、歴代の大天使の姿が描かれた肖像画が飾られていてね。そこに描かれていた大多数が、今とは似ても似つかない姿をしていたものだ。
それこそ初代のネツァク様なんて今で言うマルクト様みたいな小柄で勝ち気そうな美少女だったし、初代コクマーに至ってはいかにも「あらあらうふふ」という言葉が似合いそうな清楚なお姉様だったものだ。
だけどああ見えて、実はゴリッゴリの武闘派だったりするんだよね。僕は詳しいんだ。
『……そうだな。最初のコクマーは今代よりも苛烈で、容赦が無かった』
やっぱり!
今とのギャップで言うなら、後はゲブラーとホドもだね。今代ではお爺さんキャラのゲブラーだが、初代では魔女っ子ロリである。ホドも騎士要素は変わらないが、初代は可憐な騎士姫といった風貌の超絶美少女だった。
ビナーの姿も、初代は僕とあまり似てなかったみたいだね。だけどミステリアスな雰囲気を持つクール系黒髪美少女というところは同じで、あれはあれでキャラ被りを恐れそうなお姿だった。
ケセドとイェソドはあまり変わっていなくて、マルクトは今よりかなり大人びていた。
で、ティファレトは背景に薔薇の花がびっしりと描かれたエレガントな男性でちょっと笑った。あれ絶対本人が命令してそう描かせただろ……そんなバラエティー豊かな初代サフィラス十大天使の肖像画だった。
全体的に、今より身長は小さそうだったね。あと女性比率が妙に高い。
『初代はまだ、ダァトの影響が強かったのだろう』
なるほど。ダァトからしてみれば直近の子供みたいなものだからね……そうなるのも必然か。
ダァトの身長が今のサフィラス十大天使より小さめなことが少し引っかかっていたが、彼女が例外的に小さかったのではなく、時代に合わせて今の子たちが大きくなっていたというのが正しい見方なのだろう。
「今の人間だって、昔より背が高くなったって聞くもんね」
『そうなのか』
栄養状態の違いとかその辺の方が大きいかもしれないが、ともかく天使もまた人間のように移り変わってきたというわけである。
しかし大天使の力の源になったダァトが女性だったからか、初代は女性の方が多かったのは興味深い。6男3女1ケセドの今に対して、初代は6女3男1ケセドである。
『? 初代のケセドは女性体だったが……』
なん……だと……? 初代のケセドは見た目は今と変わらないまま、性別だけれっきとした女の子だと。
……ふむ、そういうのもあるか。
中性的な少年と中性的な少女、どちらもその需要は計り知れない。
『ん、自慢に聴こえる』
バレたか。
TS転生者であるエイトちゃんは男の子と女の子、両方の性質を併せ持つのだ♦︎
……だけどケセドまで女の子だったら、初代の男女比率は7対3ということになるね。
ケテルもさぞ肩身が狭かったと思われる。あの子、昔はアレで結構気にするタイプだったし。
もしかしてそういう天使の性別や容姿って、世界樹の意思が決めてたりしたの?
『私の意思は関与していないが……転生後の天使の姿は、先代が望んでいた形に近づく傾向はある』
なるほど。今のムキムキなネツァク様やコクマーの姿も、先代や先先代がたがより強く、逞しくなりたいと所望した果てに行き着いた形でもあるということか。
その点で言うと、代替わりを続けても初代から姿が変わっていない面々が味わい深く見えるね。特にケセドとイェソドは、昔から安定してたんだなっていうか。
『かつてから獣の姿を写すことが多かったケセドは、自らの外見への頓着が薄かった。合理性を尊ぶイェソドも同様に、姿を変える必要が無いと考えていたのだろう』
ケセド……初代から鳥さん形態が基本だったんだ。今も昔も可愛い天使体を持っているのに、もったいないというか、らしいというか。
イェソドは流石基礎を司る大天使だね。変える必要の無い物は変えないと、昔から安定した考えを持っていたようだ。
だけど、マルクトもそうなのかな? 確かに初代から姿を変える必要の無いマジ天使としか言いようの無い完璧美少女だったけど。成長後の彼女をそのまま写したような初代マルクトの肖像画は、何というか女子高生になったメアちゃんを見た時並みの破壊力があったものだ。
『王国のサフィラス……マルクトは特別な役割を担っている。
あっ、そうなんだ。
確かに「王」に対する「王国」のサフィラスと来たら何かあるのかなとは思っていたけど、やっぱり特別な大天使だったんだねあの子。
昔からアイドル枠だったわけではなかったようで何よりである。
『王国のサフィラスはフェアリーワールドという王国最後の防波堤であり、最初のマルクトに与えられた役目は「王の裁定者」でもあった。王が判断を誤った時、その剣で王を裁くための……』
思ってたより、クソ重い役目だった。
えっ、あの王様大好きガールそんな使命持ってたの……?
今代だと最年少の大天使だけど、そんなあの子が長男の裁定者だったんだね。
……その設定、今機能してるのかな? まことに失礼な問いかけですが。
『……ケテルも初代の彼女が死した時、共に転生を受け入れていれば、今も機能していたと思う』
……あー……ケテルが転生しないでずっと王様をしているせいで、時を経るごとに王と裁定者のパワーバランスが崩れてしまった感じか。
そう言われると何かこう、しっとりしたものを感じて気になるねケテルと初代マルクト様の関係は。
王の裁定者ってことは、初代のマルクト様は今よりも厳しい性格をしていたりしたのかな? 今の姿からも想像できなくはないが。
『……厳しくはあったが、基本的には気安く穏やかだった。少し、エイトに似ていたかもしれない』
ほえー。何というか……知られざる裏設定というか、そういうものの一端を垣間見た気分である。
そりゃあ転生の度に人格もリセットされるなら、世代ごとにそれぞれのドラマがある筈だよね。そういうの、お姉さん大好きである。あと、凄く二次創作向きな題材だと思う。
いいよね……初代とか古代スタートの転生物SS。原作開始より遥か昔の世代から始まる分、完結させるのは本当に険しい道のりだけど、原作の舞台設定をとことん掘り下げて想像で補完した話とか大好きである。
詳細を誰も知らないからこそ、自由に話を作ることができる。二次創作の舞台として、「古代編」というのはブルーオーシャンと言っていいだろう。
ただ、そういうのは後々続編やら外伝やら公式の供給が来る可能性も高いので、今書いている二次作家のみんなは要注意だ!
初動が早い分、公式から背中を刺される可能性は常に付き纏うジャンルだけど……しょうがないよね。結局のところ創作とは、作者が一番熱い時に書くのが捗るものなのである。
……何の話していたんだっけ僕?
『てぃーえす、の話ではなかったか』
ああそうだTSの話だ。
初代サフィラス十大天使とケテルの関係性とか、想像してみたら無限に掘り下げられそうだったからつい熱くなってしまった。
これだからオタクくんは困るねー。
──そう、難題なのはTSの定義である。
今しがた高説した通り、TSオリ主である僕に限らずサフィラス十大天使の皆さんはケテル以外全員前世の存在を認識しているわけだ。
基礎を司るが故に変化を選ばなかったイェソドと、公正な王の裁定者であるが故に変化してはならなかったマルクトを除き、彼らはその性別さえ代によって違っている。
──ならば、それはTSなのではないか?
ここに来て、新たに浮上した「サフィラス十大天使TS集団説」。マイフレンドとか絶対提唱してる奴だコレ。
「転生」という生態を持つ彼らは、永い永いフェアリーワールドの歴史の中で彼だったこともあれば、彼女だったこともある。
ならば今の大天使たちは皆僕と同じTSキャラなのか? ……と言うと、「正直どうなんだろう?」と悩むのが僕の判定だった。
どう見ても完璧な淑女である今のティファレトも、初代はナルシストっぽいエレガントな男だった。
ならば彼女も僕と同じTS美少女に該当するのかと言われても、当の本人からしてみれば「なんのこっちゃ」となるだけだろう。
ティファレト自身の自認は完全に女性であり、僕たちもそう認識しているのだから。
今でも世界樹サフィラを通して男の大天使だった頃の記録を確認することはできるが、だからと言って今の彼女の認識が男性のそれになることは無い。男性要素など影も形もない今の彼女を指してTS扱いするのは憚れるところであり──このあたりは「アインハルトさんはTSキャラに該当するのか?」という難題に通ずるものがあった。
初代は女性で今は男性のコクマーやネツァクたちも同上である。今の彼らの中に女性的な意識は一切介在しておらず、大天使として同一存在であってもその心には転生前とは完全に別個の人格を宿している。
そこから鑑みるに……僕のようなTS転生者をTSキャラたらしめているのは、「性別が変わった」という事実よりも「変わった性別をどう感じているか」という意識的な部分の方が重要なのかもしれない。
性別が前世から変わろうが誰もその事実を知らなかったり、他ならぬ自分自身が「前世の自分と今の自分は別人」と否定して何も思うところが無ければそれは本来の
『よくわからない』
……うん、僕も自分で言っててちょっとわからなくなった。
だが、それこそがTSというジャンルの奥深さよ。厳しいルールだぜ。
しかし本人の自認がどうであれ、神の視点で背景を理解した上で物語を読んでいる者たちの中には「いや、やっぱりそれもTSなのでは?」と指摘する者も少なからずいる筈だろう。その意見に配慮して、念の為TSタグを付けておく作者も多分多い筈だ。
僕だって、自分と違う意見を否定する気はない。前世とは性格も人格も違くたって、そのギャップを知っている第三者からしてみればTSと変わりなく見えるだろうからね。
だから結局のところTSの根幹を為しているのは──はっきりしていないとしか言いようにないのだ。
ただ、性転換という事実に対する「ギャップ」が重要なのだということよくわかっているつもりだ。
予期せぬ性転換の当事者が、自分の体に戸惑いや興味を示す姿に魅力を感じる者もいれば、「長い間活躍を見届けるなら男のケツより可愛い女の子の方がいい」とゲームのアバター程度の感覚で楽しみたい人だっている。
そうとも、TSとは自由なのだ。
各々のTS観は、そのどれもが正しく尊いものなのだということを、これからも忘れずに生きていたい。
作者であれば「本当は女の子が書きたいんだお……だけど男の作者には女の子の心理なんてさっぱりわからないお……だからTSでやるお!」と切実な理由でTS物を書くことだってあるだろう。
読む方からしても、男の読者なら男目線で進む分、純粋な女主人公より取っ付きやすかったりするからね。僕は女主人公物の作品も大好きだけど、振り返ってみると最初に読み始めたきっかけはTS物だったかもしれない。
要するに、TSに貴賎は無いということだ。
インテリは主人公のTSに意味を求めたがるが、意味の無いTSもまたTSであり、あえて言うならば意味が無いことにこそ意味があるのだと僕は思っている。
『哲学か』
そうだ……TSは哲学。TSは人生である。
だが、それはそれとして。
過去を振り返ってみると、チートオリ主としては獅子奮迅の活躍をしてきた僕も、TS転生者としてはそれらしいイベントをこなしてこなかったなって反省するのですよ。
『そうなのか』
そうなのです。
うん、そもそも「TS転生者らしいイベントって何だよ!?」という話ではあるのだけど……男の子から女の子に変わったことへの戸惑いとかギャップとか、そういう「お約束」的な展開が本当に楽しいんだよねTS転生物って。
僕個人としては、TS美少女はただカッコいいことをすればそれだけで天下無双の輝きを放つものだと思っているので、生理的なアレコレとか肉欲的な話とかに寄りすぎるのは少し苦手だけど……そういうのを好む人たちがいるという事実は、僕も前世は男の子だったのでわかっているつもりだ。
これも、前世のマイフレンドたちが熱弁していたからね……みんないい奴だったけど、その時だけはちょっとだけ縁を切りたくなったものだが。
『ちょっと、か……』
うん、ちょっとで済むのは僕の寛大さだね!
『そうだな』
……冗談のつもりだったんだけど、迷いなく肯定されると感情の行き場が難しいエイトちゃんである。
ま、それはそうとTS美少女に転生したばかりの頃の自分の行動を振り返ってみると、僕には性別が変わったことによる戸惑いとか葛藤とかはほとんど無かったなって。
『ダァトだからか?』
うん、それもあったのかもねー。
今まで慣れ親しんだ身体が突然女の子になったことで受けるべきギャップが薄かったのは、元々の魂がダァトだったからという巧妙な伏線だった説も確かにある。
これについては服装についてもだね。TS物としてはやはり、「初めて着たスカートのスースーする感覚に落ち着かない」というシチュエーションも欠かせないイベントだったのだが、僕はこちらについても特に抵抗感は無かった。
尤もそれはダァトどうこう以前に、ロングスカートぐらいなら前世の頃から何度か着たことがあったから、というのが大きいと思っているが。
『前の生でも着ていたのか?』
うん。
ああ、もちろん女装趣味があったとかそういうのじゃないよ?
僕には双子の姉さんがいて、それも二次性徴期前の小さい頃は本当にそっくりな姿をしていたからね。小さい頃は姉さんと瓜二つな容姿を利用し合って、お互いの服を交換して「なりすましごっこ」をしたことがあるのだ。姉さんも昔は結構イタズラ好きだったから。
姉さんは日頃からロングスカートを好んで着ていたので、僕もなりすましごっこの時にはそれを着たことがある。そんな経験で、スカートに関しては元から普通の男の子より馴染みがあったのだ。
なので、僕がエイトになってから初めて着たスカートの感想はTS美少女らしい戸惑いや葛藤よりも、そういった昔の思い出を振り返る懐かしい感情の方が大きかった記憶である。
『……そうか』
だからか、女の子物の服については寧ろ「着れる種類が増えたー!」と最初からポジティブに受け止めていたぐらいである。
美少女を着せ替えるのは楽しいからね……それが自分自身なら誰に迷惑を掛けることも無いし。
そんな僕だが、ファッションセンスにはこれでもそこそこ自信があり、何なら前世ではそのあたり意外とズボラな姉さんを手ずからコーディネートしていたほどだ。
──なので今日日衣装のアレコレに対してTS的なギャップをほとんど感じたことがなかったのがこの僕、T.P.エイト・オリーシュアである。
そう、なかったのだ。今、過去形になってしまった。
うん……ここまで長々と語った上で何を言いたいかと言うと──今僕は、鏡で見た自分自身の姿に対して猛烈にドギマギしているということだ……!
「おおおー……思った通り! エっちゃん、こういう服もすごく似合うね!」
「そ、そう……?」
そんな僕の新たなコスチューム……仮に「サマー⭐︎スタイル」と名付けておこうか。
光井灯というTSでもオリ主でもない純粋な現地美少女によって新たなコーディネートを施された今の僕の姿は、ファッションセンスには割と自信のあった僕をしてゴクリと唸らされたものだった。
「う、うん……なんだか、思っていたよりかわいい衣装だね……」
『ああ、似合っている』
ええい……! 僕はキュートではなくクールのキャラだというのに、何だこの新生エイトちゃんは!
鏡に映る新しい僕の姿は客観的に見て可愛いとしか言いようが無く、思わず気圧されてしまうほどだった。
あ、コレ、TS美少女の伝家の宝刀、「これがボク……?」シチュエーションだ。なんてこったい……あのイベントは女の子の服を着たことがない今まで自分の容姿に無頓着だったTS美少女がこなすからこそグッとくるというのに、普段から普通に意識が高い僕がやるのはその、違うじゃん……!
そう思いながら鏡の中の僕は、普段のロングスカートよりも何倍も涼しくなった太ももを擦り合わせながらもじもじしていた。
「……エっちゃん、凄くかわいい」
「真顔でしみじみ言わないでよアカリン……」
あれからのこと。
灯ちゃんとのトークは予想以上に盛り上がり、気づけば「エっちゃん」「アカリン」と気安く呼び合う仲になっていた。気づいたらこちらの懐に入っていた彼女の恐るべきコミュ力には、カロン姉さんもぷるぷる震えていたほどだ。うん、ここまでになれとは言わないけど、姉さんも見習っていこうね。
『……努力する』
で、そんなカロン姉さんとも灯ちゃんはメアちゃんの話で二人盛り上がっていたものだ。
それはもう、凄く盛り上がった。何たって二人はあの子の生みの親と育ての親みたいなものだからね。
姉さんとメアちゃんの関係は素直に親子と名乗るには色々と複雑だけど、彼女がメアちゃんに対して深い愛情を抱いているのは僕の方からも保証する事実である。
はじめは色々と言いたいことがありそうな様子だった灯ちゃんも、話していく内に姉さんの抱えている複雑な心情をすぐに汲み取り、寄り添うような態度で相談に乗ってくれたものだ。
『……今更、あの子の母を名乗る資格があるのかと考えていた。あなたの方が、その座に相応しいと』
「私は自分のこと、今はあの子のお姉さんとして誇りに思っているけど……お母さんにはなれませんでした。ずっと一緒にいたからわかります。あの子が求めているそれができるのは多分、あなたしかいないんです」
『私、しか……?』
「はい!」
……カロン姉さんがメアちゃんに対して胸の内に抱えている感情はとても大きすぎて、僕には上手く寄り添ってあげられないジャンルでもあった。
僕の方からも励ましの言葉は何度かかけたけど、僕の意見はどこまで行っても子供目線だからね。いかんせん僕は立派な大人になったことのない人間だから、微妙な距離感の子供を持つ姉さんの悩みにちゃんとした答えを出すことは難しかった。こちとら伊達に末っ子をやっていないのである。
だが、そんな子供な僕と違って、そう遠くないうちに「お母さん」になるであろう灯ちゃんは、カロン姉さんから見ればまさに答えを持っている側の人間だったのだろう。
だからか、カロン姉さんも彼女には相当敬意を払ってたね……姉さんの貴重な「あなた」呼びはとても新鮮で、素晴らしい破壊力があったことを報告しておく。
「カロン様は、あの子のこと大切に想っているんでしょう?」
『ああ』
「だったら、まずはそのことをちゃんと言葉にして伝えてあげてください。メアちゃんは戸惑うかもしれないけど、あの子は人の優しさも怖さも真っ直ぐ受け止める子だから」
『……頑張る』
「はい、頑張ってください。私もあの子に言っておきますから」
二人の問題はじっくりと時間をかけて解決していくものなのかもしれないけど、カロン姉さんの時間感覚は生粋の大天使だからね……ぼやぼやしていたらメアちゃんがとっくに成人してしまいそうなのがあり得る話で困る。
……僕と同じで限りなく天使に近いあの子は、この先も人間と同じように歳を取るのかはちょっとわからないシリアスな問題になるが。
そのあたりの問題は、僕もそれとなくフォローすることにしよう。かわいい姪の話だからね。
──と、姉妹で色々と相談に乗ってもらったのもあって、僕たちは灯ちゃんと一気に仲良くなったわけである。
そんな中、僕が乗ってもらった相談というのが「日本の夏、暑すぎ問題」についての話だった。
どうしてそんな話に移行したかというと、特に誘導したわけではないが「アイスおいしいね→暑いね最近→夏衣装考えてるんだけどアドバイスキボンヌ」という流れだったかな。
……キボンヌって、今は言わない死語みたいだね。
クレメンス? なんでそこで通算354勝4672奪三振のレジェンドメジャーリーガーの名前が出てくるの? お姉さん今のネット用語わからないや。
僕自身としては普段の怪盗衣装が改心のデザインだったため、それと相互互換になる新しい夏服衣装というのがピンと来ないところがあった。せっかく新しいのを考えたのに一目見せた瞬間「もどして」と言われるようではあまりに悲しいからね……だからこそ、ちゃんと吟味する必要があった。
そこで、灯ちゃんである。
実はこの子、アニメ「フェアリーセイバーズ」でも随一のファッションリーダーなのだ。
基本的には視聴者が記号的に覚えやすいようにと毎回同じ衣装を着ているキャラも珍しくなかった当時のアニメ界隈の中で、異世界編までは毎回違う衣装を身に纏っていた彼女の存在は前世から強く印象に残っていたものだ。
雑誌のピンナップでも、彼女が共演している時は炎の衣装もビシッと決まっていて──逆に共演していない時はびっくりするほど野暮ったくなるため、「フォーマルな場での炎の衣装選びは全部彼女がやっていたのではないか?」というのが当時のファンの間で語り草になっていた。
いいよね……あの時代のピンナップ。
後ろで何故か巨大化している炎、神妙な顔で目を背けている翼、全てを諦めた表情の長太……理由はまるでわからなかったけど「フェアリーセイバーズ」のピンナップはツッコミどころ満載のシュールな絵面が多く、どれもじわじわきて面白かった記憶である。
……ともかくそういった原作知識からファッションセンスに定評のある灯ちゃんに夏衣装のことを相談し、こちらの予算の都合に合わせていい感じの服を選んでもらったわけだ。場所は僕が時々変装しながら店員のバイトをしたりしている服屋さんである。
そうして試着室の中で完成したのが今着ている蒼白の衣装、エイトちゃん・サマー⭐︎スタイルである。
試着室からそろりそろりと出てきた僕を、灯ちゃんはその名前の通りキラキラした目で見つめてきたものだ。うおっまぶし。
しかしこのコーディネート……ごめんアカリン、キミのセンス舐めてました。
彼女がたった数分の内にせっせとカゴに入れて持ってきた衣装を順々に身につけながら僕は、最初はその早すぎる商品選択に対して不安を覚えていたものだ。だって、女の子の買い物って長いって言うじゃない? 実際僕の姉さんの買い物はいつも長かったし、それを思うと彼女の服選びは「馬鹿な早すぎる……!」と感じたぐらいだ。
しかし実際に着てみると、生意気言ってすみませんでした……と心の中で平伏した僕である。アレだね。本当にセンスの良い人はこういうのまったく迷わないんだねって。僕もまだまだでした。
彼女がたった数分の内に選んだ衣装は、「帽子だけはこのままで、服は涼しいのがいい」というこちらの面倒くさい要望を満たした上で、T.P.エイト・オリーシュアというミステリアスな美少女怪盗のイメージを崩すことなく素材の魅力を最大限引き出してみせたのだ。
予算は綺麗さっぱり尽きてしまったが仕方がない。美少女の服は高いのである。
だけど……ね? 僕は目の前に立つ自称「普通の女の子」に戦慄を覚えていた。
「……すごいね、キミ……」
「いや、私なんて全然! 凄いのは何着ても似合うエっちゃんだよ」
『いや、アカリは凄いと思う』
「もー! カロン様までー」
誇れ、君は凄まじきヒロインである。
スカートを今までより短くする、というところまでは僕も考えていたのだが、基調の色を黒から「蒼」に変えてくるとはね。
僕が一番好きな色が実はこの色だということは言っていなかったのに、「何となく気に入っているのかなって」というだけの理由で、そこまで当ててくるとは驚きである。
ロイヤルブルーのマントはメッシュ生地のカーディガンに変わり、黒いロングスカートは属性が真逆の白いミニスカートに変わった。このスカート、膝上20cmぐらいの短い奴で、実を言うと身に着けてからずっとソワソワしている。
……おかしいな、さっき女物の服にはそこまで抵抗が無い(キリッ)とか言っていた筈なのに、凄く股下が心許ないや。
だが、だからといって鏡に見た新しい装いは極端に露出が増えているというわけではなかった。
それこそ、ダァトが着ていた衣装と比べればカチカチの防御力だね。夏の装いとしては実に丁度良い塩梅で風も心地良い。
そう感じさせるのは心許なくなった股下の守りを膝上15cm近くまで覆っているニーハイソックスと、スカートの下からそれを固定しているガーターベルトの存在だろうか。
うん……TS歴はもう5年以上になるが、流石の僕もガーターという発想は無かったよ。
コレに関してはもちろん前世から一度も着けたことが無いので、着替える時もしばらくの間どこにどう着けるのが正しいのか悪戦苦闘していたものである。
灯ちゃんの反応を見る限り、間違った着け方ではなかったようでとりあえずは安心だ。
しかし流石はTS美少女ではない純粋な美少女。攻めるところはグイグイ攻め、守るところはカッチリ守る。メリハリの効いた新しいコーディネートには感服するばかりで、僕は図らずも今回ばかりはTS美少女のお約束を踏襲してしまったものだ。
そうか──これが……戸惑い──か。
そんなラスボスのモノローグのようなことを考えながら、僕は灯ちゃんの前でくるりくるりと回りながら全身の状態を鏡でチェックする。
うん、可愛さだけでなく、細かなディティールも整ったカッコいい服だね……ちょっとスカートの裾が気になるけど。
しかし、まさかこの僕がマルクト様ちゃんとおそろっちの絶対領域を得ることになるとは……だけど僕自身としては、自分が着てみると案外着心地が良くてびっくりしている。
涼しく動きやすいが露出度自体は抑え目で……夏衣装としては実に丁度良いのだ。ニーハイとミニスカの組み合わせはオタクを喜ばせるだけでなく、実用性にも優れていることを理解した瞬間だった。
うむ、こういう両性別視点からの学びは、まさにTS美少女の特権だね!
ただ一つ……いや、二つか。この衣装には強く物申したい点があった。
「……流石に……短すぎるかも……これで跳んだり跳ねたりするのは恥ずかしいな」
「そう? それなら下に大丈夫なのを穿いておいた方が良いかもね。あっちのコーナーにあったよ」
「う、うん……そうする」
「……カワイイ……」
確かにここはマルクト様ちゃんみたいな見せパンなりアンスコなり用意しておくのが無難だね。下に着込むのは涼しさを追究する上ではなんだか本末転倒な気がしないでもないが、シリアスなシーンとかでチラチラさせたりするのは僕としてもかっこ悪いのでそういう対策はしておくべきだろう。
……いや、TS美少女でも下着なんて見られたいものではないし、そこは高度な柔軟性を維持し臨機応変に対応することにしよう。今の時代、そういう商品も色々と充実しているらしいし。
尤も隠すだけなら僕なら闇の力をこう上手いこと使って、子供向けゲームの女の子キャラクターのスカートみたいな暗黒空間にだってできるので過剰に気にしなくても大丈夫だったね。
ビジュアルとしても、このぐらいの長さがベストだというのは僕も超オタクなのでわかっている。うん……どうせ夏限定の衣装だし、慣れるまでこの長さで試してみるか。TS美少女は度胸、色々と挑戦してみるのは最近守りに入り気味な僕としても必要なことである。エイトちゃんは向上心のあるオリ主なのだよ。
とりあえず、この丈の短さについては受け入れるとしよう。そう言うと灯ちゃんの笑顔がパァァーっと明るくなった。
……あかんね、この子に笑顔で詰められると何でも受け入れそうになる。光井灯じゃなかった暁月灯……恐ろしい子!
しかしそれでも、もう一点についての不服についてはこちらの認識というか解釈の違いに関わっていることでもあり、譲れない一線であった。
「アカリン……僕としてはこう、あまり可愛すぎる衣装というのは、その……」
「まあまあ! いつもの帽子を被ってみて! あと、この日傘を持って!」
「……? あっ」
今までのイメージを一新する明るい配色について、僕は少し難色を示していた。しかし、灯ちゃんはその上を行く。
彼女は言葉を慎重に選びながら抗議した僕の頭にいつもの帽子を被せると、屈託の無い笑みを浮かべながら半ば押し付けるように一本の傘を手渡してきたのだ。
その瞬間、エイトに電流奔る。
──日傘! そういうのもあるのか。
僕は卓上に並べんだフルコース料理の上に、極上の調味料が載せられた感覚を覚えた。
なるほど……涼しげな蒼白の配色に変えたことで減少したミステリアスな神秘性を、外付けのオプションで補うということか。
僕としたことが、「夏仕様」というイメージに引き摺られて引き算ばかり考えていた。「あえて足す」という発想もまた、僕の頭には無いものだった。
言われるがままに受け取った日傘を差して肩に担ぐと、僕は見返りの角度で鏡を見つめながら「ふふっ……」といつもの意味深な笑みをたたえてみた。
何この美少女、すっごいクールじゃん!!!!
「……アカリン、完璧だ。キミに相談して良かった」
「そ、そう? なら良かった……私もエっちゃんが美人すぎるから、ついこだわっちゃった! ……カオヨスギル……チョットキアイイレスギタカモ……」
『悩みは解決したな、エイト』
「キュー!」
傘……そうだよ、日傘って手があったじゃん!
何を大切なことを失念していたんだ僕は。何なら前世も小学生の頃は一番愛用していた武器じゃないか傘って。アニメの真似して振り回して、姉さんに怒られるまでがワンセットである。
……真面目な使い方としても、前世の僕は肌も弱かったから、それこそ夏の外出時には日傘が欠かせなかったものだ。そう思うと物語終盤の原点回帰感もあってナイス演出である。
思えばオリ主たる者、代名詞となる武器はあった方が良いよね。僕には「怪盗ノート」があるとはいえ、日常回でも普段使いできる装備があると色々と便利そうに思った。
しかもそれが「日傘」というのがまた、黒髪オッドアイ美少女となった今の僕の姿にとことんマッチしているから困る。
傘の下から鏡を見つめて微笑んでいるT.P.エイト・オリーシュアの姿は、その仕草だけで神秘で謎を包み込む大量のミステリアスポイントを稼いでいた。
そうだね……この日傘もただの日傘じゃ味気ないから、模様なり装飾なり、後でこう上手い具合に改造しておこうか。
ともかく灯ちゃんのコーディネートは100点満点中300点。想定を超えるハイセンスに僕のオリ主魂が燃え上がることとなった。
メアちゃんにあげたいプレゼントの話も色々と相談に乗ってもらったり、彼女には初対面ながら色々と世話になったものだ。そのお礼に僕の方からも「困ったことがあったら何でも頼って!」と約束したが……あの様子だと、しばらくその必要は無いだろう。
──だって大好きな幼馴染と新婚ほやほやな彼女は、それはもう本当に幸せそうだったからね。
ああいう子の笑顔が曇ることが無いように、僕もこれからの世界でも心機一転オリ主していこうと改めて誓ったものである。
──で、そうしてぶち上がった戦意の赴くまま、完成した新コスチュームで初陣を飾ったのがその日の夜だった。
その時は異能怪盗としての行動ではなくただの人助けだったが、緊急事態たったのでしょうがないね。
どうにも僕の知らないこの五年間で人間世界には「異界」なるダンジョンエリアが散発的に出現する事象が発生しており、その日はそこに小学生の一団が迷い込んでしまったのだ。
そんな子供たちの異能によるものか、どこからともなく名指しで僕の助けを呼ぶ声が聴こえてきたので、灯ちゃんと別れた後改造した漆黒の日傘「ダァトシルム」の試運転を兼ねてテレポーテーションで駆けつけた次第である。
やはりドイツ語……ネーミングに困った時は、ドイツ語が大体解決してくれる……!
……しかし子供たちの声が聴こえてくるなり急いで駆けつけたので、僕としたことがあの時一緒に購入していたアンスコをうっかり穿き忘れてしまう痛恨のミスを犯してしまったものだが……まあ、大丈夫だろう。
あそこにいたのは全員子供だったし、あの時はあんまり派手に跳び回ったりしなかったしね。
せっかくの新衣装ということでいつもと戦い方も少し変えてみたりもして、彼らを襲っていたダンジョンの怪物とやらを無駄の無い達人の動きのようなイメージで立ち回ったものだ。
こう、動き出してる未来を止められない感じの動きで怪物を翻弄した後、最後は足下にブワーッとサフィラの紋章を広げながら繰り出したエイトちゃんキックで撃破である。
そう言えば、アギトも20年以上経って続編が出たんだってね前世の世界。あっちのメディア事情どうなってんだ。
そんな色々試しながら知らない敵を倒したり子供たちを救出したりした騒がしい夏の夜だったけど、とりあえずみんな無事で良かった。
助けた後、みんなしばらくの間僕を見て放心したりそわそわしていたものだけど……それほど怖い思いをしたのだろう。脱出してからも彼らが安心するまでの間、久しぶりにハープを掻き鳴らしたものだった。ハードボイルドなオリ主である僕としては、ちょっとサービスしすぎちゃったかな?
……しかしまったく、グレイスフィアの堕天使の次には「異界」なんてまた知らないダンジョン要素が生えてくるなんてね。平和になった筈の世界でも、まだまだ油断ならないなこの世界は。
だからこそオリ主が輝けるのだと言えるのが、何とも皮肉な話だけど……そんなサマー☆スタイル・エイトちゃんの、華々しい初陣だった──。