TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
TSおねショタ(おね側に恋愛感情無し)はどういう判断になるのかこれがまた難しい
アニメ「フェアリーセイバーズ」には、一作だけ劇場版作品があった。
「日本アニメ祭り」という企画である。フェアリーセイバーズが放送されていた当時、日本では恒例行事として夏休みなどの長期休みシーズンに合わせて、各種子供向け映画が数本纏めて公開されていたのだ。
「劇場版フェアリーセイバーズ 〜覚醒のフェアリーバースト!! 闇を打ち破れ〜」もまた、その企画により他のアニメ映画との同時上映で公開された映画であり、尺は20分程度と短いが劇場版作品に相応しい美麗クオリティーで炎たちの活躍を拝むことができた。
作品の内容はこうだ。
少女「アリス」は母親を失ったトラウマにより、自らの異能である「闇の呪縛」を暴走させてしまう。
闇はやがて町を覆い尽くすほど肥大化し、自身の家をダンジョンのような暗黒の居城に変えてしまったのだ。命からがら逃げ出した彼女の兄「カケル」はアリスを助ける為に、無能力者でありながら単身城に乗り込んでいく。
そこに出動するのはお馴染みセイバーズの機動部隊。炎たちはカケル少年と協力し、暴走するアリスと対峙することになる。そして激闘の中で炎は第一クールのボスを倒したかつての覚醒フォーム「フェアリーバースト」を発動し、なんやかんやでアリスの闇を祓うのだった!
その「なんやかんや」の部分が具体的に何だったのかは覚えていない。僕はこの映画に対して、記憶が非常に曖昧なのだ。
それは決して、映画の内容がつまらなかったわけではない。もっとこう何と言うか、メディア展開の面で色々と不遇作だったのである。
この作品はアニメ「フェアリーセイバーズ」唯一の劇場作品ではあるものの、日本アニメ祭りの中では脇役であり、メインである超人気アニメの陰に隠れることが多かった。
再評価しようにも後で見直す為の円盤化や配信もされることなく、放映終了後には当時のVHS以外にこの作品を視聴する手段がなかったのだ。
決して駄作だったわけではないが、強いて言えば間が悪かったのだろう。特別インパクトのある内容でもなかったので、この作品の知名度はあまり高くなかった。
作中の時系列も例によってパラレル時空であり、炎たちが第一クール時の年齢なのに既に灯ちゃんwithケセドが合流していたりと辻褄が合わず、特に本筋に絡む展開でも無い為無理に視聴しなくても困らない作品だったのも大きいだろう。
僕も放送当時はちゃんと見ていた筈なのに、大人になるに連れて記憶が薄れていったのである。
アリスの家が真っ黒な城になっているのを見た時は、流石に「なんか見た覚えあるぞこれ……なんだっけ?」と喉元まで出掛かっていたんだけどね……。
夢の続きである。
カケル君に連れられて彼らの自宅に向かった時、既にそれは起こっていた。
彼らの自宅が暗黒の闇に覆われ、平凡だった筈の民家の姿は禍々しい城へと変わり果てていたのである。シンデレラ城を彷彿とさせる立派な城だったものだから、夢の国にでも迷い込んだのかと思ったぐらいだ。ハハッ。
「これがキミの家かい? 随分立派なおうちだね」
「違います! これは……アリスの異能……?」
渇いた笑いを浮かべながら僕が冗談を口にすると、カケル君が青い顔で走り出す。
なるほど、これがアリスちゃんの異能ね……奇遇なものである。まさに僕が求めていた「闇属性」そのものではないか。
「父さん!」
「カケル!?」
こんなヘビーな話でなければ、ガチャの目玉を引き当てた時のように喜んでいたんだけどね。子供の手前、今は自重しよう。オリ主は傲慢だが空気を読めるのだよ。
駆け出したカケル君が向かった先には、城の前で項垂れているおじさんの姿があった。すっかりやつれているその顔を見て、僕は彼の心中を察する。
「父さんこれは……どういうことなの?」
「……アリスだ。アリスの異能が暴走し、家を覆ったんだ。お父さんはあの闇に弾き出されて……カケル、ここは危ない。すぐにセイバーズが来るから、お前は逃げるんだ」
「イヤだ!」
「カケル……」
にしても、本当に凄い異能だなコレ……カケルパパの話によると、この城全部がアリスちゃんの仕業らしい。闇そのものを自在に操作するのはもちろんとして、闇に取り込んだ物質さえ思い通りの形に変えているのか。
それにしても、異能の暴走ね……異能は持ち主の意識によってその強さの形を変えるが、それはもちろん負の感情にも左右される。
例えば今回のように、異能使いが念じた「誰も近づけたくない」、「誰とも話したくない」などという意識が魂の限界を超えれば、異能の力は持ち主の思惑さえも超えて肥大化することになる。それは優れた資質を持つ異能使いにしか発動しないものだが……これを「バースト状態」と呼ぶ。
「アリスちゃんが、バースト状態になっているのか……」
バースト状態になった異能使いは有り余る力を抑えることができず、最悪の場合、自らの命が燃え尽きるまで力を発散してしまう。全国的にも稀な症状だが、こうなってしまうと非常に危険な状態である。
自身の許容量をも超えた力を完璧に制御できる異能使いは、世界中を探しても覚醒した炎たちぐらいなものであり──作中後半で彼らが至った「フェアリーバースト」こそが、聖龍アイン・ソフの狙いだったりするのだが……まあその辺りの話は、また追々。安易なネタバレはオリ主的にNGだ。
アリスちゃんがその「バースト状態」に陥った原因は、ここにいる全員が察している。
カケル君がパパの目を見て叫んだ。
「この闇は、アリスが作ったんだろ!? アイツがオレたちを近づけたくないから! 誰にも話しかけられたくないと思ったから!」
「……っ」
つらいなぁ……原作アニメにも、自分自身の異能を暴走させた人々を救う為に炎たちが身を削って戦う回があったものだ。
今アリスちゃんの身に起こっていることは放っておけば彼女自身はもちろん町中にも被害をもたらすものであり、カケルパパの言う通りどう考えてもセイバーズ案件である。
到底、一般人である彼らに対処できることではない。速やかに避難して、邪魔をしないようにセイバーズの到着を待つべきだろう。
しかしカケル君は今この場で、自分だけが逃げることを良しとしなかった。
「オレはもう逃げない! 逃げちゃいけないんだ……! だってアリスは大切な家族で……オレの妹なんだからっ!」
「お前……」
青臭くて、男らしい啖呵だ。
彼の覚悟の程を叩きつけられて、カケルパパの目が震えている。
…………
──やべ、見入ってしまった!
一人だけ部外者であることに疎外感を感じたので、とりあえずハープを鳴らして存在感をアピールしておく。お姉さんを仲間外れにするなよー。
「!」
カケル君とパパ上殿が振り向き、いつの間にか後ろにいた僕の存在に気づく。ちゃお。
僕はそんな彼らを一旦落ち着ける為、穏やかな言葉遣いで呼びかけてあげた。
「大変なことになっているね。だけど、ここから先は怪盗の仕事だ……お姉さんに任せてよ」
「エイトさんっ」
「君は……!」
こういう時、ウィスパーボイスの地声が役に立つ。
父と息子の間でヒートアップしそうだった場の空気は、僕の一言で落ち着きを取り戻す。うん、ある意味これが一番のチート能力な気がする。
空気を読めなくてすまない、チートオリ主すぎてすまない。仕方がなかったという奴だ。
しかし、闇に覆われたアリス城に向かって歩みを進めた僕の背中を呼び止めたのは、きっと将来ナイスガイになるであろうカケル少年の顔だった。
「オレも行きますっ!」
「!? 待ちなさい、カケル!」
彼の言葉にテンションが上がった僕は、満足げに笑みながら振り向く。
しかし、勇気を出して一歩踏み出した彼だが……流石に恐怖を隠せないのか、顔色が悪く見える。
このまま連れて行くと、なんだか良くない予感がするな。
うーん……そうだ!
彼の様子を見かねた僕はおもむろに帽子を取り外すと、このシルクハットを彼の頭にとんと被せてやった。
「わっ、と……エ、エイトさん?」
「これを被るとね、キミはヒーローに変身できるんだ」
「……っ」
ウインクを決めながら、安心させるように言う。
もちろんただの気休めである。僕のシルクハットにそんな機能は無い。
だが、帽子の中にはまだ少し、僕の体温が残っている筈だ。人のぬくもりというものは、いつだってリラックス効果を与えるものだからね。ヒーローにはなれなくても、被っていた方が安心できる筈だと僕は思った。
「行こうか、勇者カケル。アリス姫を攫いに」
「……! はいっ!」
共に来ることを快く承諾してあげると、カケル君の顔がパァーッと明るくなる。ショタコンのお姉様方を一斉に虜にしそうな笑顔だな……うん、やはりこのぐらいの年頃の子に辛気臭い顔は似合わない。そう思った僕はお返しに笑みを返すと、彼は慌てたようにプイッと目を逸らした。おやおや……姫を救いに行く勇者を、子供扱いするのは失礼だったか。
本来なら、無能力者が「バースト状態」の異能使いに近づくなど自殺行為もいいところである。
良識のある大人ならば断固として止めなくてはならないのだろうが、生憎僕は善良な大人ではなく悪いお姉さんだった。
だから、悪いねカケルパパ。このエイトちゃんは一人用なのだ。一緒に城内に入っても確実に守ってあげられるのはカケル君だけなので、一緒に連れていくことはできない。
「カケルお前……」
「アリスのこと、連れてくる!」
「…………っ」
彼は父親としての感情の整理が追いつかず、咄嗟に止めることができなかったのだろう。走り去っていく息子の姿を、カケルパパは追うことができなかった。
哀愁漂うその姿には良心が痛まなくもないが、君の息子のことは怪盗らしく、少しばかり預かっておくとしよう。アディオス!
城の中は真っ黒だった。
真っ暗ではない。真っ黒なのである。
中にある物全てがおどろおどろしく、軽くホラーが入った内装になっている。闇雲さん家自体が元々そういう趣味なのかと聞いてみたが、カケル君が当たり前のようにこれを否定した。
ここは彼らの家であって、家ではないってことか。
うわぁ、半端ないなこの異能……アリスちゃんが操る闇の中自体が、固有の結界のようになっているのか。
恐るべきは彼女の資質と、心の闇の深さか。
持ち主の意識の影響が諸に出る異能において、この闇の城は彼女の心の闇そのものを表していると言えた。
不謹慎ではあるが、俄然手に入れておきたい能力である。
これほどの力……メアの光と対を為すに相応しい異能だ。
その桁外れな規模を見て、アリスちゃんは僕たちと同じオリ主なのだろうかと疑ったぐらいである。
カケル君が話す彼女の人物像を聞くにその可能性は低そうだが、よくもまあこれほどの逸材がいたものだと感心する。
「アハハハハッ!」
あっ、野生の黒ウサギが飛び出してきた。何だこいつ、不気味な笑い声なんて上げやがって。
「アリスの闇人形です! アリスは放出した闇の形を自由に変えて、それを動かすことができるんです!」
解説サンクス。君を連れてきた甲斐があったというものだよワトソン君……あっそれ探偵の台詞か。
今しがたカケル君が説明してくれた異能の概要を、僕は怪盗ノートの白紙に向かってツラツラと書き連ねていく。
危険地帯であるこの場所にカケル君を連れてきたのは、半分は善意だが、もう半分はこの為である。
怪盗ノートの仕様上、アリスちゃんの異能を盗む為にはまず彼女の異能の概要をノートに記入しなければならない。その点、彼女の能力について誰よりも詳しいカケル君は、情報収集にはうってつけの相手だったのだ。
「き、気をつけて!」
「大丈夫」
闇の城内を徘徊していた黒ウサギが侵入者である僕たちに気づくと、歯茎を剥き出しにして襲い掛かってくる。
その姿は禍々しくグロテスクであり、ウサギの癖にちっとも可愛くない。二足歩行で全長も200cmぐらいあるし、どう見ても化け物である。
この城を覆う闇で肉体を構成された化け物は、その腕を刃状に変化させながら血の気盛んに飛び掛かってきたが、僕は落ち着いて対処に当たった。
エイトちゃんのサイコキネシス! 黒ウサギは倒れた!
「……!?」
後ろでカケル君が息を呑んでいる様子が伝わってくる。
襲い掛かってきた一匹の黒ウサギを、異能「念動力」で爆砕したのだ。
それを受けてこの城は警戒レベルを上げたのか、どこからともなくさらなる黒ウサギが一匹、二匹、三匹とポップし、僕たちに襲い掛かってきた。
まるでその有様はRPGのモンスターハウスのようだ。
無限湧きは経験値に良い。しかもオリ主の無双チャンスにもなる。
僕は左手でカケル君を下がらせながら右手に怪盗ノートを掲げると、念動力による遠隔操作で使用するページをめくって唱えた。
「裁け、雷の槍」
気分はさながら、勇者パーティの賢者である。女賢者、いいよね……検索はするな。
ノートから放たれた雷撃は一斉に黒ウサギの姿を捉え、薙ぎ払うように片っ端から弾き飛ばしていく。
やっぱ雷属性は強ぇぜ! 闘技場のA級闘士から盗んだだけのことはある。リーさん以外の闘士から盗んだ異能はどれもSSR級とまでは行かないものの、使い勝手の良い能力が数多くあった。
「凄い……!」
ふふん、もっとだ。もっと僕を褒めてくれ……!
知っているとは思うが、僕は承認欲求がすこぶる強いTS娘である。正直食欲や性欲より強いまである。煽てられれば天にも昇るし、褒められれば褒められるほど力を発揮する現金な人間だった。
そんな僕にとって後ろから目を輝かせながら応援してくれるちびっ子の存在は、お世辞抜きにバフ要員として有り難い存在である。
──気持ちEEEEEEEEE!! まったく、原作に関係ないところで無双するのは最高だぜ!
今回はまわりに気を遣う必要が無いからと、この時の僕は枷から解き放たれたようにチート能力を解放し、無双の限りを尽くしていた。
それに加えてこの雑魚敵、程よく強い上に生き物ではないのが素晴らしい!
殺してしまっても殺生にはならないので、普段使うことができない最大火力の技を惜しみなく投入することができた。新技の実験にはもってこいの相手である。
尤も、アリスちゃんの容体が気になるので遊んでいるわけにはいかない。
僕は道を阻む闇の人形たちをバッサバッサと蹴散らしながら、この城の主であるアリスちゃんの居場所を探す。
千里眼発動──あっアレかな?
一番上の階に、何も見えないぐらい真っ黒な部屋がある。
明らかに他とは違う威圧感が放たれており、そこに囚われのアリス姫がいると見て間違いないだろう。
螺旋階段は見事な造形だが、一々歩いて上るのは面倒だな。
よし、一気に飛んでしまおう。
「失礼」
「え……ちょ!?」
思い立ったが即行動。
僕の戦いに見惚れていた隙に、カケル君を横抱きに抱えて大ジャンプする。
「わ、わああああ!?」
そして異能「念動力」を発動。僕自身をサイコキネシスで浮かせることにより、擬似的な飛行能力を得たのだ。
「はい、到着」
「は……はぁ……」
いきなり浮遊感を与えて申し訳なかったが、最短距離でアリスちゃんの部屋の前に着いたのだ。許してほしい。
これがRPGなら風情も糞もないショートカットだが、僕はアリスちゃんというお宝に興味があるのであってダンジョン攻略には興味が無いのだ。ならば律儀に、順路を歩く意味も無い。
「あの、エイトさん……」
「うん? どうかしたかい?」
「……いえ、なんでもないです……なんだろ? この感じ……」
横抱きに抱えたカケル君を下ろすと、彼は何やら僕に言いたげな顔をしていたが……何を言えばいいのかわからない様子で胸を押さえると、結局その口を閉じてしまった。
ああ、恥ずかしかったのかね? 確かに男の子がお姫様抱っこされるのは、プライド的にキツかったろう。
ならば、ここは気づかないフリをしてあげた方がいいだろう。気遣いのできるエイトちゃんは彼の顔を見てきょとんと首を傾げると、カケル君は僕の貸した帽子のつばに目線を隠しながら足早に歩き出した。
「あああ! 行きましょうっ! アリスのところへ!」
おう、気合い入ってるなぁ兄ちゃん。
その意気だ。異能の無力化は僕がしてやるから、君は存分に妹さんを説得するといい!
そう言ってあげると、カケル君は決心を決めた顔で前を見る。
「ここが……アリスの部屋……」
感じるぞ……魔王の魔力を!と言いたくなるほどのプレッシャーが、闇の扉から放たれていた。
【悲報】小学四年生の少年を暗い城の中に連れ回す事案