TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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困ったらハープを鳴らしておけばいいと思っている

 サフィラス十大天使は、聖龍アイン・ソフが表舞台に出られなくなって久しい今、このフェアリーワールドを管理している守護者である。

 十枚の翼を持つ王ケテルによって束ねられる彼らは、全員が各々の正義のもとに活動している。

 彼らは雲海の底からやって来た深淵よりの破壊者、アビスに対抗できる最高の戦力でもあり、島の聖獣(フェアリー)たちはそんな彼らを慕い、崇め、尽くすことを喜びとしていた。

 

 それは大天使ネツァクの庇護下にあるこの村も同じである。

 

 王ケテルが決定を下した人間世界への報復には消極的であるものの、雲海の近くにあるこの村から幾度となくアビスの襲撃を退けてくれたのは他でもない聖都の天使たちであり、村人たちは代々彼らを信奉し、感謝を捧げていた。

 

 村長の息子である、コテツもその一人である。

 

 物心ついた頃からアビスを薙ぎ倒す天使たちの姿を見ていた彼は、「将来僕はあの方たちに仕える戦士になるんだ!」と強く決心し、九歳の今に至るまで日々鍛錬に精を上げていた。

 しかし、それは成人したら真っ先にこの村を出て行くということでもあり、村長を継いでほしい父からは反対されている目標だった。

 

 彼らコボルド族は聖獣(フェアリー)の中でも特別強いわけではない。コテツの目標である天使仕えの戦士の大半を占めるのは、身体能力に長けたオーガ族や天使同様飛行能力を持つ竜人族の若者たちである。コボルド族には俊敏性が高く鼻も利くという長所はあるものの、他種族と比べると寿命が短く老いやすい為、長寿種の多い組織で成り上がるのは困難だったのだ。

 

 だが、それでもとコテツは思う。

 

 かつて抱いたその夢は、今日になってさらに大きくなった。

 それは村を襲った最大の危機に、心からお仕えしたいと思った本物の大天使を見たからである。

 

 十枚の黒い翼を持つ大天使様。

 

 何らかの事情で正体を隠しているのだろう。普段の姿はまるで人間だが……コテツたちコボルド族は騙されなかった。

 他種族よりも嗅覚に優れた彼らには、わかるのだ。T.P.エイト・オリーシュアと名乗った翠色の目の少女から嗅ぎ取れる匂いは、ほんの僅かだが以前見たサフィラス十大天使のそれと似ていた。

 とても優しくて、安心を感じる匂いである。他の聖獣(フェアリー)には一切懐かない筈の森の幻獣カーバンクルを手懐けていることもまた、彼女が普通の聖獣(フェアリー)では及びつかない存在であることを示していた。

 

 その変幻自在な聖術でアビスの群れを一掃した姿を思い出す。彼が見たどの天使よりも強く、島の王であるネツァク様にも匹敵する強さだった。

 その次は聖術を振るい、村人たちが運んできた木材を次々と家に変えていった姿を思い出す。ハニエル様の出した特殊金属さえ素材に変えてみせた彼女の力は、絵本で見た創世記の伝説の一節のようだった。

 最後は宴会の時、村人たちの歓待を照れ臭そうに受け、村の料理を食べてくれた姿を思い出す。お酒でほんのり赤くなったその顔は、眺めていると何故だか胸が高鳴るような不思議な気持ちになった。初めて天使に仕えたいと思った時にすら感じたことの無いその気持ちに、ああ僕が仕えたい主様はこの天使様なのだろうと何となく理解した。

 そして料理を褒めた後、お皿を届けに来た僕をあああああああああああ!!

 

「きゅう……」

 

 優しく微笑み掛けながら頭の毛をワシャワシャと撫でてくれた柔らかい感触を思い出し、思考がオーバーフローを起こしたコテツが両目を回しながら変な声を漏らす。しばらく、頭は洗いたくない。

 この時幸いだったのは、そんな彼の百面相を目にする者が周りにいなかったことだろう。

 

 時刻は夜中。空に決して欠けることの無い銀色の月が浮かぶ夕食後の夜に、喧騒から一人抜け出したコテツは茹だった頭を冷やす為、外に出て散歩していた。

 

 アビスの襲撃を受け致命的な被害を受けた筈の町は、既に七割がた元の姿を取り戻している。これも全てお忍びの大天使、T.P.エイト・オリーシュアのおかげだ。

 

 ……だけどあの方の正体って、誰なんだろう?

 

 一人夜道を歩きながら、冷静になってコテツは考えた。

 サフィラス十大天使はその名の通り、全部で十人いる。彼らは基本的にそれぞれの管轄の島から離れないが、例外的な事情のみ他所の島に上がることがあった。

 この島の大天使であるネツァクでないことだけは間違いない。彼は男の子の誰もが憧れる筋肉モリモリマッチョマンの紳士だし、細かな手を好まない豪快な性格の為、姿を変えるような真似はしないだろう。仮に彼の擬態だとしたら一生物のトラウマである。尤も、コテツも村のコボルドたちも彼の匂いは知っており、擬態していたとしても間違えることは無かった。

 

 コボルド族の美的センスにも反応する美女天使と言えば、美の大天使ティファレトが思い浮かぶ。

 彼女は十大天使の中でも温和な性格であることで有名であり、聖獣(フェアリー)たちに対して分け隔てなく接する姿はエイトと共通する部分が多い。

 しかし彼女は先日ケテルの計画に賛同を示したのが記憶に新しく、人間を嫌悪する今の彼女が人間の姿に化けて人間に同行するとは思えなかった。

 

 同じく女性天使である10の天使「マルクト」も同じである。彼女は王ケテルに対する際立った忠誠心を持つことで民からも有名であり、人間の味方をすることはまずあり得ない筈だった。

 

 そうなると必然的に他の7人の内の誰かになるが、村長である父は3の大天使、「ビナー」様ではないかと疑っていた。

 

 サフィラス十大天使の長女である彼女は、他の大天使と比べて極端に露出が少なく、彼女の管轄である第3の島「エロヒム」の中でも滅多に姿を現さず、単独行動を好む秘密主義者であることで有名だ。

 擬態に長け千の姿を持つと言われており、彼女の素顔は聖龍を除き限られた天使しか知らないらしい。その上神出鬼没で行動範囲がとにかく広いと聞いた。

 「理解」の名の通り聖獣観察が趣味であり、相手のことを理解する為に姿を変えて会話をしたり、時には試練を課したりすると言う。サフィラス十大天使の中でも特に掴みどころの無い性格をしていると絵本には描かれていた。

 そんな彼女ならば、他の大天使たちが敵視する人間の側にいてもおかしくはない。人間の本質を理解する為に取った行動がそれだったのだろうと、ハニエルが帰った後父が大人たちと話していたことを思い出した。

 

 強くて優しくてカッコいい。そして美人で謎めいた大天使……そんな存在と出会ってコテツは、自身の夢を想う気持ちを諦められなかった。きっとこの胸の高鳴りは、そんな熱い思いから来ているのだろう。

 誰に反対されたって諦めるものかと、絶対に天使様にお仕えするんだという強い思いが少年の心を燃やしていた。

 

 

 そんな時、彼は復旧された村の中で、不自然に光る一点を見つけた。

 

 

 それは、アビスに喰われなかった村一番の大木にあった。高さ20メートルを超す大きな木だ。村で最大のパワースポットと言えるその場所はコテツのお気に入りの場所だったが、そこには既に先客がいた。

 地上から三メートルぐらいの高さの枝の上、そこに光の正体、カーバンクルがいたのである。

 そしてそこにいたのはカーバンクルだけではない。かの幻獣を肩に乗せながら、それを光源にして楽器を見つめ、手入れしている天使様……T.P.エイト・オリーシュアが座っていたのだ。

 

「あっ……」

 

 空に浮かぶ月と肩に乗る幻獣の光。

 神々しい二つの光を浴びた彼女の姿を見て、綺麗だ……と、改めて思った。

 木の上に膝を立てて座るなど、本来なら行儀が悪い筈の姿勢が、まるで完成された絵画のように美しく見えた。それは光に当てられた黒い髪と白い肌が、月の夜そのものをイメージするような儚さを表しているからだろうか。

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 

 そんな彼女の御姿は、擬態で作られたものではあり得ないと……コテツは無意識的に理解してしまった。

 

 

「ここは良い場所だね」

『っ! は、はい!』

 

 しばらく茫然と彼女の姿を眺めていたコテツは、当の女性に呼びかけられて我に返る。

 頭を撫でられた時は色々限界で逃げてしまったが、二度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 コテツは恐る恐るながら彼女の端麗な顔に目を合わせ、気をつけの姿勢で返事をした。

 彼女はそんな彼を見て、微笑ましいものを見るようにふふっと笑う。コテツの顔は真っ赤だった。

 

「好きなのかい? キミもこの場所が」

『はい! えっと……僕のお気に入りの場所なんです!』

 

 この村で最も高い丘に立つ大樹は、村で最も永く生きたシンボルである。大樹は村で生きたコボルドたちの暮らしを遠い先祖の頃から見守ってくれていた。

 そんな歴史ある大樹が今回も無事だったことに、コテツは胸を撫で下ろす。

 そして守ってくれた大天使様に、改めて礼を言った。

 

「……キミたちは律儀だね。ボクはただ、ボクがやりたいと思ったことをしただけなのに」

 

 既に村人たちから何度となく感謝の言葉を贈られてきた彼女は、コテツの礼を聞いて苦笑を浮かべた。

 そうは言われても、コテツだって義務感で言っているわけではないのだ。

 

『僕も、お礼を言いたいから言ったんです! 本当にありがとうございましゅっ』

 

 ……噛んだ。聖獣(フェアリー)のテレパシーは口に出す言語を相手の脳内で翻訳変換しながら送り込む仕組みになっている為、噛む時は噛むのである。

 そんなコテツの失態に、彼女は口元に手を当てながら微笑みを漏らす。穴があったら入りたいほど恥ずかしかったが、それで彼女の笑顔を見られたのならヨシと、おこがましくも開き直ることで彼は致命傷を免れた。

 

「もう遅い時間だけど、大丈夫なのかい? ……ああ、キミたちの場合は、寧ろこの時間からが本番か」

『? いつもはもう寝る時間ですよ? 他の村のコボルド族は夜に活動してるみたいですけど、僕たちの村では天使様にあわせて、ひいひいおじいちゃんの頃から今の暮らしになったみたいです』

「へー、そうなんだ。100年ぐらい前からね……キミたちは、とても信心深いんだね」

『えへへ』

 

 信心深いと、天使様から褒められた!

 その喜びに思わず笑みが零れると、そんなコテツの反応に彼女は一瞬不思議そうな顔をした後──何かに気づいたように、また苦笑を浮かべた。

 

 

「意識の変化は、世界を変える」

『……え?』

 

 

 細い指で手元の琴の線を調整しながら、彼女が語り出す。

 

「本来は真夜中こそ真価を発揮する種族だったキミたちも、今では天使と同じ夜に眠り朝に起きる生活が当たり前になっている。ボクはそれを、とても凄い進化だと思うんだ」

『そう……ですか?』

「うん。できない筈だと思っていたことが、ただ一つ、天使に近づきたいと思っただけでできるようになったんだよ? たった一つの意識の変化が、キミたちに新しい可能性をもたらしたんだ。もしかしたらそう遠くない未来には、キミたちも天使になっているかもしれない」

 

 いや、そんなことはあり得ないでしょ……とコテツは思ったが、口に出すことはできなかった。

 琴の手入れを行いながらそう言う彼女が、今は戻れない遠い故郷を見るような横顔をしていたからだ。

 数拍の沈黙を置いた後、彼女は琴の糸をピンと張り直しながら問い掛けてきた。

 

「ねぇ、キミの将来の夢って何かな?」

 

 唐突な話題転換に、コテツはたじろぐ。

 だが天使お仕えの戦士になることを夢に見ている少年は、すぐにそう答えた。

 

「そっか……キミは天使が好きなんだね」

 

 感心した様子で、彼女がそう言った。

 大天使様の前でこの夢を語るのは、怖いもの知らずのコテツにとっても激しく緊張するものだった。

 伏し目がちに、コテツは「コボルド族の僕でもなれますか?」と訊ねる。

 その質問に彼女は「ん……」と息を漏らした後、手元の琴からコテツの目をじっと見つめた。

 やはり彼女の瞳は、吸い込まれるような綺麗な色だ。その視線を、懇願とせめての男の意地を込めて見つめ返す。

 そうしているとしばらくして、彼女の唇が動いた。

 

「ボクはキミの夢に対して、無責任なことを言える立場じゃないからね。ただ一つアドバイスさせてもらうとしたら、「思い込み」もそう捨てたものではないってことかな?」

『思い込み?』

「諦めない。ボクは勝つんだって意識を強く持ち続けることさ。難しいことだと知っていても、その夢は他の誰かに否定されるものではない。強い意識は世界を変える……キミたちのご先祖様が天使に近づくために、コボルド族の生態をひっくり返したように」

『あ……』

「もちろん、一人じゃできないこともある。縋るものがある間は、近くの誰かに助けを求めるのも大事だよ?」

 

 そう語った彼女の話は、コテツの胸にストンと落ちた。

 諦めるつもりなど初めから無かったが、もしかしたら今までずっと不安に思っていたのだろう。この村は子供が少なく、夢を応援してくれる大人が身の回りにいなかったことが、思っていた以上に苦しかったのかもしれない。

 

 しかし、彼女は否定しなかった。

 

 他でもない、自分が仕えたいと思った目の前の大天使様は、この夢を肯定してくれたのだ。

 たったそれだけのことが鬱屈した心の靄を打ち払い、生きる活力を高めてくれたような気がした。

 

『あのっ……!』

「よっと」

『わっ!?』

 

 「僕は貴方に仕えたいです!」と……そう言いかけた言葉を、思わず止めてしまう。

 彼女は木の上からおもむろに立ち上がったかと思うと、マントとスカートを翻しながら一気にコテツの目の前まで飛び降りてきた。その時鼻孔をくすぐった彼女の匂いに、つい意識が逸れてしまったのだ。

 そんなコテツを前に、彼女はその手に持った楽器を掲げて言い放った。

 

「良かったら、少しだけ聴いていかないかい? 悪いお姉さんの為に、夜更かしに付き合ってくれないかな。ボクの酔いが醒めるまでの間……ね?」

 

 茶目っ気を出してそう提案した彼女の言葉に、コテツの尻尾がピクリと動く。

 宴会場で彼女の持っている楽器を初めて見た時から、どんな曲を鳴らすのだろうと気になっていたのである。

 

 ぶんぶんと尻尾を振りながら勢い良く頷くと、お忍びの大天使様による一晩限りの演奏会が開かれた──。

 




 高い木があったらついつい登ってしまう。
 罪悪感を感じた時はついつい音楽に頼ってしまうのがエイトです。
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