TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
カバラちゃんピッカピカで助かった。昨夜初めて知ったけどこの子、暗いところにいると頭のルビーがいい感じに光ってくれるのだ。おかげで街灯の無い村の中でも安全に移動することができたし、木の上でもハープの調律ができて大助かりだった。アビスを倒す時に武器に使ったので、壊れていないか心配だったのである。楽器は大切にね。
それにしても、夜のご神木の上に一人座って村を見下ろしている僕……超カッコ良くね?
とても大きな木なので枝もぶっとく、美少女が一人座るくらいならビクともしないだろう。膝を立てながら幹に寄りかかるといい感じに姿勢が安定し、座り心地が良かった。
いやあ流石は異世界、そこらの木の大きさからしてスケールが違うよね。
それに、鬱陶しい羽虫とかあまりいないのも助かる。おかげでカバラちゃんの後光を独り占めすることができた。
そんな上機嫌の僕に、一人話しかけに来たコボルド族のちびっ子の相手をしたのが、昨夜のことである。
こんな夜中に子供が出歩いて大丈夫なのかと思ったが、寧ろオオカミ的に考えて彼らも夜行性なのかなと思い直し、問い掛けてみた。そしたら、コボルド族は基本的に夜行性だけど、この村のコボルド族だけは例外的に天使と同じ生活スタイルになっているのだとちびっ子は言った。
それが天使様への信心深さが理由だって言うのだから、僕はビビる。これは……僕が天使でもなんでもないただの美少女怪盗であることがバレるわけにはいかないと、ガチ焦りである。
いや、そうでなくても罪悪感が物凄かった。
だってさ……ちびっ子の僕を見る目が、夜中でもわかるぐらいキラキラしていたんだもん。あの目を裏切るわけにはいかねぇからよ……僕は明言を避けつつ、いい感じの大物ムーブで誤魔化し続けることにしたわけである。
途中、間が持たなかったので急な話題転換でちびっ子に将来の夢を聞いてみたり、そこから真面目な人生相談になったりした。
彼の天使トークを聞いていると、やっぱりサフィラス十大天使は偉大な存在なんだなぁということがよくわかった。ケセドがいた原作アニメの炎たちが、すぐに村人たちから受け入れられたわけである。
途中、ちびっ子が何となく不穏なことを喋りそうな雰囲気だったのでハープを見せびらかしながら演奏会を開くことでそれをシャットアウトした。
ふふふ、ちびっ子の興味は珍しい物で引くに限る。
演奏を聴きつけて終わる頃には彼以外にも何人か集まってきちゃったのは流石に予想外だったけど、盛り上がったので良しとする。
演奏終了後には畏怖や崇拝とは違う素直な賞賛を、彼らから頂戴した。エイトちゃんは承認欲求旺盛なので、褒められると嬉しいのである。
そんな一夜を過ごした後、僕たちは村長さんが手配してくれた宿を借りて一夜を明かした。
もちろん部屋は別々である。僕はTSオリ主だがヒロインではないので、ラキスケをされる側ではないのだ。
僕も炎も朝は早く、炎の力もそこそこ回復したようなので早速出発することにした。
目的地はこの島アドナイの聖都「ツァバオト」だ。言いにくいなこの名前……僕も舌を噛まないように注意しないと──と、昨日のちびっ子のことを思い出してふふっと笑った。そんな僕に向かって、目の下にクマを付けた炎が怪訝そうな目を向けてくる。
「何を笑っているんだ?」
「いや……いい村だった、と思ってね」
「……そうだな。あんたのおかげか知らないが、人間の俺にも随分良くしてくれた」
「何のことかな? それは、キミ自身の人徳のおかげだよ」
「……どうだろうな……」
んもう! 主人公のくせに謙虚だな君は!
……いや、主人公だからこそ謙虚なのか。思えば原作アニメの暁月炎も、この時代流行ったナーバス系主人公の一人だった気がする。
SSでもそう言うタイプの主人公は読者も自己投影しやすいので人気が出やすいが、行き過ぎると卑屈で鬱陶しく感じるから注意が必要だ。
「そうやって一歩引いて自分を見れる冷静さと、必要な時には躊躇わず力を振るえる勇敢さはキミの美点だよ。だからこそキミは、もっと自分に自信を持った方がいいと思うな」
元気づけるようにバンバンと背中を叩きながら、炎にもっとイキれイキれと言ってやる。
こう言った原作主人公へのちょっとしたメンタルケアも、デキるオリ主の役目なのだ。そうしていると彼は、馴れ馴れしいなコイツ……と言わんばかりに目を細めて僕を見てきた。怖い。
ごめん、ちょっと機嫌が良かったからさ……ウザがらみしてごめんねー。
「この村を守ったのはキミさ。ボクはただ、その行為に感謝したい」
「……そうか」
そうだよ。
ええい、灯ちゃんのようにはいかないな! いや、いっても困るんだけどね? ボクはヒロインではなくオリ主なのだから。
炎は色々と思うところがありそうな顔で、復旧した村と見送りに来てくれた村人たちの姿を眺める。
原作アニメほど手厚い見送りではなかったものの、何人かはちゃんと炎にも感謝の言葉を浴びせていた。こういう感じに他の場所も救済していけたら、原作レベルまでどうにか人間のイメージを回復できないだろうか……厳しいかな、人望のあるティファレトが敵に回っているのはかなり痛い。
原作でも非戦派の民を味方に引き入れるに当たって、彼女の影響力は非常に大きなものだった。そんな彼女の怒りを鎮めて対話を行う為には、やっぱりケセドを復活させるぐらいしないと厳しいだろう。その為には、さっさとメアと合流する必要がある──か。
『お気をつけください、エイト様』
『楽器のお姉さん、またねー!』
『大天使様の旅路に、敬礼ッ!』
おう、サンキューな! 大天使様じゃなくて申し訳ないけど!
村長さんがきっちり箝口令を出してくれたようなので、外に広まる危険は無いと思いたい。僕も多分、この村には二度と来ないだろうからこれ以上ボロを出すことも無いだろう。
もっと腕を上げてまた演奏会をしたい気持ちはあるし、本音を言えばもっと滞在したいぐらいだったが、名残惜しんでいる時間は無い。チートオリ主は多忙──世界が僕を求めているのだよ。
『エイト様、必ず夢を叶えます!』
『うん、頑張れ少年。意識を強く持ってよく学び、よく遊ぶといい。キミが踏み記す旅の記憶は、キミの目指す明日へと繋がっているのだから』
『っ……はいっ!』
元気があってよろしい。
僕も頑張る子は好きなので、クッソ当たり前なことを偉そうにアドバイスしてみた。人生には惜しみない努力も大事だが、それだけで生きていくのは難しい。時には寄り道もしないと、潰れちゃうからね。転生前のオリ主がブラック企業勤めで、よく過労死するように……ああ、僕は全然そんなことないからね? 僕は悲しい過去を持たないオリ主なのだ。
名残惜しさを断ち切った僕は踵を返し、大きめの
少し遅れて炎も乗り込み、朝焼けに染まった青い空に僕たちは上昇した。
「キミたちに、サフィラの祝福があらんことを」
『っ!』
原作でケセドやティファレトが言っていたイカした別れの挨拶を告げた後、僕たちはコボルド族の村を飛び立っていった。
向かう先はこの島の聖都ツァバオトだ。うん、やっぱ呼びにくい。
同じ島の中ではあるが、ツァバオトへの道のりは遠い。
アニメではサラッと移動していたが、その距離は日本列島の端から端を合わせたよりも遠いぐらいである。流石にそれほどの距離となると僕の千里眼でも一回で見通すことができず、ナビは原作知識だけが頼りだった。
その原作知識であるが、ご安心ください。ちゃんと覚えています。
村を北に向かってずーっと先に向かったところにあると、作中においてケセドが言っていたのだ。不在のくせに存在感すげぇや。ある程度の距離まで近づいたら、千里眼とサーチを駆使して見つけられるだろう。
因みにツァバオトからさらに北の方へ進むと、雲海を挟んでケセドの島へと上陸するらしい。
肝心なところは手探り運転になるが、このスピードで行けば昼ちょっと過ぎには辿り着くだろう。
原作では尺も押しているので移動描写はあっさりと流していたが、僕たちも到着までの間は思い思いに寛ぐことにしよう。
今回作った闇の不死鳥は背中が大きく八畳分ぐらいの広さがあり、風圧は全体に張り巡らせた透明バリアーで完全にカットしている。多少の揺れはあるものの、もはや鳥形飛行機同然であり、快適なフライトを楽しむことができた。
「テレポートは使わないのか?」
移動をする為にここまで頑張った僕に対して、炎が尤もな意見を浴びせてくる。
確かにテレポーテーションで二人一緒にジャンプできたら楽だったんだけどね。この異能も、そこまで万能ではないのだ。
「ボクのテレポーテーションには、質量制限があるんだ。一緒に連れて行けるのはカバラちゃんで精一杯かな」
体重にしたら、僕を含めて大体100kgぐらいが上限になる。子供一人分ぐらいなら連れて行けるが、炎の体重を60kgとするとギリギリアウトだった。それは「重力操作」の異能で重量を弄くったり、「擬態」の異能で形状を変化させても無効にならないのは既に実験済みである。
おまけにカバラちゃんの質量も合わせたら完全にダメ押しだ。仮に僕たちが真っ裸になって限界まで質量を落としても、テレポーテーションを使うことはできないだろう。いやそんなことは絶対にしないししたくないけどね。
それに……テレポーテーションの発動条件として、「ジャンプ先の場所を正確に把握しておかなければならない」というものがある。要するに、一度も行ったことの無い場所には飛べないのだ。僕の場合は千里眼を使って飛びたい場所を事前に確認することでこの条件をクリアしていたが、この異能を持っていた下着ドロボー犯は同じ場所にしか飛べない為、待ち伏せして引っ捕らえることができたのである。エイトちゃんは頭もいいのだ!
僕は何でも知っている事情通のオリ主なので、ジャンプ先の場所を正確に把握していないことは教えなかった。訳知り顔のくせにツァバオトの場所がわからないなんて、噂されたら恥ずかしいし……
「そうか……」
今すぐ長太を助けに行きたい炎としては、もどかしくて仕方がないと言いたげな顔だ。
そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけどね。ハニエルさんも悪いようにはしないと言っていたし。
まあ、確かに僕一人ならテレポーテーションをひたすら繰り返して移動することで空を飛ぶよりもずっと早く辿り着くことができるが、それではSS的に面白くないのでそんなことはしない。
一匹狼なオリ主物SSも好きだけど、せっかく原作主人公と二人きりで同行する展開になったのだから、今は無理に別れたくないのが正直な話だった。
それと……今の炎の顔を見て、彼を一人にするのは危険だと感じたのもまた、単独行動をしたくない理由の一つだった。
今にも死にそうな顔してるんだもんこの子。
「ヒト一人にできることには限りがあるんだよ、エン。昨夜はあまり眠れなかったようだし、到着までの間眠っているといい。酷く、顔色が悪いよ?」
「……そんなに悪いか?」
「うん、悪い」
そんなに悪いよ今の君は。
一夜を越したことで異能の力はある程度回復したようだが、肌のハリは悪く目も充血している。単純に寝不足な顔だった。
気絶の分を差し引けば、環境どころか世界自体が変わって初めの一夜である。仲間たちのことを思えば、彼の気持ちもわからなくはなかった。僕はぐっすり眠れたが。カバラちゃんを抱き枕にしたらとても気持ち良かったです。
何、気にせず寝ちゃいなYO! 寝心地はまあまあだけど、闇の呪縛製のベッドも作っておいたよ! モフモフの抱き枕は貸せないけどね。
流石に膝枕はもうしない。あれは脚が辛すぎるからね。
因みに僕は今、同じ要領で作った闇の呪縛製のソファーに座りながら、カバラちゃんのブラッシングを行っていた。右手に持っているのは、コボルド族の愛用品だと言う土産物の特製ブラシである。
僕の膝の上でぐでーっと背筋を伸ばしながら横たわってるカバラちゃんは、僕のブラシにされるがまま気持ち良さそうに目を細めていた。流石に野生の本能が拒否するのか、お腹の方のブラッシングは嫌がったが、それ以外は快く受けてくれた。伝説上の生き物がただの人懐っこい猫である。かわいい。
不躾ながら寝転んだ際にチラッと股の間が見えたが、アレは付いていなかった。と言うことは、この子はオスではなくメスだったようだ。
今から人化して美少女になるのは勘弁な!と切実に願いながら、僕は小さなレディーに対し丁重に奉仕していた。
「……好きなのか、動物」
おうよ。
ケモナーではないが、常識的な範囲で大好きだ。
ただし、人外転生物のSSでハーレムの為に安易な人化をするのは絶対に許さない。ああいうのは物語上の必要性がある上で、丁寧に段階を踏み、最終盤に満を持してやるからイイのだ。そういう展開なら全力で許すけど、人外主人公という触れ込みで始まって早々に人になるのは許されざるよ! ケモナーではないが。ケモナーではないが!
「好きだよ。うん、大好きだ」
カバラちゃんの耳の付け根辺りの部分を揉みしだきながら、僕は穏やかな心情で言い切る。
ここか? ここがええんか? むふふふ、前世では飼えなかったが猫のツボはきっちり勉強してきたのだよ! カーバンクルにも適用できて良かった。
……おっと、モフりすぎて思わずだらしない顔をしそうになった。危ない危ない。
僕はクールでカッコいいオリ主なので、原作キャラの前で簡単に破顔してはやらない。クールなエイトちゃんはいつだって大物らしくキメるのだ。
「動物だけじゃない。ボクは、キミたちの生きるこの世界の全てが好きなんだ。善も悪も関係無く……たまらなく、全てが愛おしい」
これは本音である。
この世界は前世からファンだった「フェアリーセイバーズ」の世界なのだ。僕にとってはこの世界に見える全てのものが新鮮でキラキラしていて、愛おしいと感じている。
主人公チームである炎たちのことは言うまでもなく大好きだし、何なら同情の余地なき悪党であるPSYエンスのボスだって結構好きだ。もちろん、気持ち良くぶちのめせる悪役としてのLIKEだが。
メアのことは保留である。同じオリ主としてシンパシーは感じているしもちろん嫌いではないが、好きと言えるほど彼女のこと知らないからね。
「エン、だからキミには……」
君にはもっと頑張ってもらいたい。
原作主人公らしく、もっともっと頑張って、僕を完璧なチートオリ主に導いてほしい。
まあ、導かれなくても僕は勝手に突っ走るけどね。
そんなことを考えていると、彼の呼吸音が急激に小さくなっていることに気づいた。
不思議に思った僕は膝上のカバラちゃんから彼の側へと視線を移すと、そこには僕の作った闇のベッドの上で、俯き加減に座り込みながら寝息を立てているツンツン頭の姿があった。
「ふふ……」
横になって眠ればいいのにと、思わず笑みが溢れる。
しかし、僕の目の前で彼が眠ってくれたことが、少し嬉しかったのだ。
寝顔を晒せるほど信用してくれた──とは思わないが、少なくとも眠っている間に異能を盗まれる心配はしていないのだろう。気絶していた時ですら険しい顔をしていた彼が、初めて見せてくれた安らぎの顔に、僕は心底安堵した。
「……おやすみ、エン。良い眠りを」
しかし、あの姿勢ではよく眠れないだろうし腰も悪くする。
気遣いのできる僕は一旦ブラッシングをやめてカバラちゃんに退いてもらうと、ソファーから立って彼の元へ近寄る。
その上半身をそっとベッドの上に横たえてやると、僕はマントを脱いで布団代わりに掛けてやった。
ふっ……今の僕、歳下の女の子を優しく寝かせるオリ主みたいでカッコいいな。
惜しむらくは彼がヒロインではなく主人公、しかも野郎であることだが僕のカッコ良さを示すことができたので良しとする。カッコ良さは全てにおいて優先する。それがチートオリ主のポリシーである。
「さて……また、一人になっちゃったな……」
……話し相手が寝落ちして、ツァバオトに着くまでの間手持ち無沙汰なエイトちゃんである。
今もフェアリーワールドの空を猛スピードで飛んでいる
オリ主と原作主人公の二人旅も心躍るけど、彼は会話が弾むタイプではないのでこういう時辛い。
いつもならハープを鳴らして間を持たせるんだけど、せっかく眠ってくれた炎の横で物音は立てたくない。自分が招いた状況に苦笑すると、僕は存在感をアピールするように足元でぐるぐると回っていたカバラちゃんを抱っこしてあげると、二人で外の景色を楽しむことにした。
「そうだね……キミがいて良かった」
カバラちゃんがついてきてくれて良かったとしみじみ思いながら、彼女を胸に抱きしめる。
温かくて心地の良い、とてもいい匂いがした。
電柱をへし折りながら灯ちゃんが見ています