TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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オリ主age回は実際大事

 ネツァクという大天使は、気難しい者が多いサフィラス十大天使の中で最もわかりやすい男である。

 「勝利」の名を冠する彼は一貫した実力主義者であり、何らかの分野でその実力や将来性を示せばいかなる種族であろうと受け入れてきた。アドナイの首都「ツァバオト」が武の都として栄えてきたのも、そんな彼が管理者として君臨しているからである。

 故に、暁月炎を引き合わせた際に彼がどのような対応をするか、ハニエルには大凡察しがついていた。捕虜の力動長太共々、拳を突き合わせて確かめるのだろうと──ツァバオトの民にはお馴染みの肉体言語である。

 

 結果は概ねその通りになった。

 

 彼は炎と長太に決闘を挑み、彼らはそれを引き受けた。本来予定していた闘技大会が散発するアビスの発生により延期していなければ、彼らにその大会への出場を要請していたところかもしれない。

 

 筆頭天使たるハニエルは、この町で最もネツァクを理解していると言っていい忠臣である。

 

 しかしそんなハニエルにも、時折彼のことでわからなくなることがあった。

 今しがた決闘の約束を取り付けたことはいい。その対価として示したものが、流石に思い切りが良すぎではないかと感じたのだ。

 

「よろしかったのですか? あのような約束を……」

 

 客人たちを退出させた後、しばらくしてハニエルが訊ねた。

 もちろん、主君であるネツァクが負けるなどとは思っていない。だが、今しがた顔を合わせたばかりでまだ拳で語ってもいない彼らに対して、早々に対応が甘すぎるのではないかと思ったのだ。

 彼らに借りがあるハニエルとしては、毅然とした対応をしてほしかったわけではない。

 しかし見た目に反して判断が甘い時があるこの主君には、億劫ながら進言させてもらうことがしばしばあった。

 そんなハニエルの問い掛けに、ネツァクが苦笑する。

 

『君の気持ちはわかる! しかし、わざわざ姉上(・・)が手を貸すような人間たちだ。協力してやってもいいと思っているのは本当さ!』

 

 姉上──その言葉に、ハニエルがハッとする。

 サフィラス十大天使は数字が低い者から順にアイン・ソフによって生み出された存在だ。1の天使ケテルが長兄に当たり、10の天使マルクトが末妹となるように。その中で7の天使ネツァクは、7番目に生まれた五男に当たる。

 尤も、大天使内の序列は十枚の翼を持つケテルが最上位であること以外、基本的には横並びである。故に同胞ではあるものの、大天使たちの間で家族的な意識を持っている者は少なかった。そう言った意識が強いのは、それこそネツァク以外には次男の「コクマー」と亡き三男の「ケセド」ぐらいである。

 実力主義に従った結果でもあるが、ネツァクは大天使の中では上の兄姉に対して弟目線での敬意を払っている。

 サフィラス十大天使としての使命に関しては拳という名の己の正義で行動するネツァクだが、兄姉から頼まれごとがあれば個人的な善意で手を貸したりすることがあった。流石に人間たちの扱いに関しては、コクマーに少し物申していたが。

 

 そんな彼が、「姉」と呼称する存在は二人いる。

 

 一人は、次女のティファレト。

 そしてもう一人は、長女の──

 

 

『……どういうことでしょうか?』

 

 ──サフィラス十大天使、「理解」の天使ビナー。

 

 ネツァクの筆頭天使であるハニエルさえも、未だ目通りを許されたことのない3番目のサフィラスである。

 彼女こそが、ネツァクが「姉上」と慕っている大天使の名前だった。

 それがあの人間たちに手を貸していると語るネツァクに対して、ハニエルが問い掛ける。自分が見た限り、彼らには一切その様子が見えなかったからだ。

 そもそも、サフィラス十大天使の協力が得られたのならもっと効率的に動けた筈である。

 

『どういうことも何も、そのままの意味だ! ほら、あのアカツキ君の傍にいたあの子……彼女から、僅かだが姉上の気配を感じた。秘密主義の姉上は、お喋りな私のことが嫌いだからね。視線を向けてみたら、露骨に目を逸らされたよ!』

 

 HAHAHA!と豪快に笑いながら、しかしその目は少し悲しそうに頭を掻く主君。彼はこれで自分の顔が怖いことを気にしているからお労しい。臣下としては彼のような甘い主君には厳つい顔で丁度良いと思っているぐらいだが、そのフォローが逆効果になることを過去の経験から知っている為、ハニエルは何も言わなかった。

 ……島民の誰もが慕っているがネツァクはこういう性格である。嫌われているということは流石にないと思うが、他の大天使たちとの相性はお世辞にも良いとは言えない。

 特に秘密主義で有名なビナーが伝説通りの天使なら、彼に「余計なことをするな」と釘を刺していそうだなとハニエルには想像ついた。

 

 ……しかし、アカツキ・エンの傍にビナー様がいたとは。

 

 ネツァクがそう言った瞬間、ハニエルはどこか腑に落ちるような感覚だった。

 彼の隣にいた翠色の目の少女、ただの人間にしては、どことなく雰囲気が超然としていた。

 T.P.エイト・オリーシュアと、そう名乗っていた彼女は。

 

『ビナー姉上はよく会合をサボり、趣味の聖獣観察に没頭しているが……アビスの発生が頻発しているこの期に及んでまで、私情を優先する天使ではない! 彼女自身が人間を認めたか、或いはアイン・ソフの密命を受けての行動だろう! ならば私が邪魔するのはあり得ないな!』

『聖龍様直々の命ですか……!』

 

 サフィラス十大天使は基本的に横並びの関係だが、生みの親である聖龍アイン・ソフとの間にだけは明確な上下関係がある。そのアイン・ソフからの密命でビナーが彼らに協力しているとなると、事はアドナイのみならずフェアリーワールド全てを揺るがしかねない事実だった。

 

 何故ならばこの世界の神たる聖龍は、大天使の王たるケテルの計画に賛同できないということなのだから。

 

『しかしそれなら、条件を付けず初めから全面協力すべきでは……?』

『そこは彼ら次第だよ、ハニエル! 私が拳でしか答えを出せない男なのは知っているだろう?』

『はい』

『はっきり言うね……改める気は無いけど!』

 

 そうでなくても大天使全体への命令ではなく、あくまでもビナー個人に下された密命なのだとしたら……そこには何か必ず理由がある筈だ。

 聖龍アイン・ソフは意味の無い命令は下さない。かの神が他の大天使に伝えず理解の天使ビナーだけを動かした目的を推察した時、思い浮かぶ可能性は一つだった。

 

『我々もまた試されているのだろう! 我らの神アイン・ソフにッ!』

 

 神の意思が人間に味方していると気づいた時、サフィラス十大天使がどう動くのか。或いは、気づかないふりをしてケテルに同調するのか。神はフェアリーワールドの民のみならず、ネツァクたちにさえ試練を与えようと言うのだ。

 

 聖獣と人間。事態はもはやその二つだけでは測れないところまで来ているのかと、ハニエルの心に震撼が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サフィラス十大天使の一柱、ネツァクとの決闘を控えた今、暁月炎と力動長太は城下の定食屋で腹ごしらえを行っていた。

 腹が減っては戦はできぬ。炎はまだ昼食を摂っておらず、長太もまた二日間の軟禁生活で食事にも気分が乗らなかった。つまるところ二人とも空腹であり、彼らはハニエルに紹介された店で少し遅めのランチタイムと洒落込んでいた。

 

「お、うめぇなこれ! ちっとばかし肉が固いがコイツはいい!」

 

 闘技場の闘士たち御用達の店ということもあり、メニューはスタミナのつく肉料理が充実していた。何の肉なのかはわからないが、もしかしたらこの世界にも聖獣以外にも牛や豚と言った動物がいるのかもしれない。

 コボルド族の村で食べた料理は薄めの味付けだったが、この店の料理は寧ろ味付けが濃く、激しい運動をする若者たちにとっては有り難い味わいになっていた。

 久しぶりに腹一杯食べたと舌鼓を打ち、長太がここにいない少女について残念そうに呟いた。

 

「オリーシュアも来れば良かったのになぁ」

「アイツは他に用事があるそうだ。俺たちと違ってネツァクとは戦わないからと」

「ふーん」

 

 ネツァクとの決闘を約束し城を後にすると、彼らにはすぐ自由行動のお墨付きが貰えた。

 そしてこれから昼飯を摂ろうという時間になって、T.P.エイト・オリーシュアがテレポーテーションにより一人何処かへと飛び去ったのである。

 「決闘が始まる頃には戻る」と言っていたが、秘密主義な彼女の本質故に集団行動向きではないのだろう。

 しかし不思議と、今の炎にはそんな彼女に対する不信感は薄かった。この単独行動にも、何か理由があるのだと思っていたからだ。

 

「言っておくが、最初は俺一人でやるからな! こっちに来てからろくに暴れてねぇんだ。奴がどんだけ強いか試してみてぇしよ」

「……ヤバくなったら割り込むからな」

「ならねぇよ!」

 

 ……それに、今は決闘の方が大事だ。

 

 ネツァクに勝てば彼の全面的な協力が得られる。最終目標であるサフィラス十大天使との和平交渉や聖龍アイン・ソフとの対話──辿り着く為には、立場のある男が味方になってくれるのは非常に心強い。はぐれた仲間たちの情報も得られるかもしれないし、受けない理由は無かった。

 炎も今のうちに精をつける為に肉料理にパクつく。そんな彼の向かい側の席に座る長太が、一段落したところで戦いや食事とは別の興味を彼に向けてきた。

 

「で、どうよあの怪盗嬢ちゃんは。お前ら二日間二人きりで旅してたんだろ? こっちはむさ苦しい連中に監視されっぱなしだったってのに、羨ましいぜまったく!」

 

 冗談めかして……というわけではない。これは、本当に羨ましがっている奴だ。

 彼とも一年以上の付き合いだ。考えていることはよくわかった。

 その上で、炎は言い返した。

 

「ああ、アイツには助けられた」

「お?」

 

 本心からの、素直な感謝の気持ちである。

 いつもなら彼女はそんなんじゃないと否定していたところかもしれないが、この世界に来てから炎は寧ろ申し訳なさを感じているぐらいだった。

 

「色々と謎が多い奴だが、いい奴なんだろう。話してみるとそれがわかった……」

「…………」

 

 二日間、共に行動してみてわかったことがある。

 彼女はこちらの問い掛けに対して嘘は言っていないし、どれも真摯に向き合っている。聞かれたくないことは煙に巻いてくるが、誰にだって知られたくない事情はあるものだし、それ自体は責めるほどのことではないだろう。

 それに、彼女はコボルド族の村を守ってくれた。

 夜中には村長の息子の悩みを聞いてあげたり、彼の為に演奏会を開いてあげたり──終わった後で子供たちに囲まれて困ったように笑っていた彼女の顔は、いつもよりずっと穏やかで……優しいお姉さんにしか見えなかったのだ。

 それに……よく自分を気遣っている。

 彼女はそれを、一切特別なことだとは思っていない。しかし闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)の上で睡眠を取った時、彼女が布団代わりに掛けてくれた温かなマントの感触が、焦燥感に駆られていた炎の心を癒してくれたのだ。

 意識が完全に落ちる前に炎が聞いた声が、今も耳に残っている。

 

 

『おやすみ、エン。良い眠りを』

 

 

 宥めすかしながら優しく寝かせてくれた彼女の声は、まるで小さな頃に亡くなった──母親のようだった。

 

 

「……何故殴る?」

 

 そう思った次の瞬間、額に痛みが走った。

 向かいの席の長太から拳が飛んできたのである。

 もちろん椅子の上から転げ落ちない程度には手加減されていたが、こちらを睨む彼の顔にはビキビキと青筋が浮かんでいる。何故に?

 

「うるせぇ! 本当に羨ましい野郎だなてめーはよォ! 灯ちゃんというものがありながら! クッソ! なんなんだこの扱いの差はッ!?」

「灯は関係無いだろう」

 

 何故、関係の無い幼馴染の名前が出てくるのかわからない。

 自分がT.P.エイト・オリーシュアに恋愛感情を抱いているならいざ知らず、彼女のことをある程度信用できると思った根拠を懇切丁寧に、体験したエピソードを交えて話しただけで殴られるのは流石に理不尽ではないか……炎は額を押さえながらそう思った。

 

 だが、二日間軟禁状態だった彼のことを思うと、確かにこの世界に落ちてからの待遇には格差を感じざるを得ない。そういう意味では彼の嫉妬も真っ当に感じたので、炎はあえて何も殴り返さなかった。

 

 そんな炎の顔を見て呆れたように溜め息を吐きながら、長太が口を開く。

 

「……ったく。ま、悪い奴じゃねぇってのは確かだろうよ。警察に追われていた時ですら、異能に苦しめられていたガキをことごとく助けてきたような奴だ。それに、一人でワイバーンを薙ぎ倒してたあの強さだ。いざとなったら俺たちになんざついていかなくても、一人で何でもできるんじゃねぇか?」

「そうだな。この町にも、アイツの能力で来た。俺はアイツに連れて行ってもらっただけだ……」

 

 そう、問題はそこなのだ。

 彼女の力は異能を盗むだけにしてはあまりにも強力すぎる。翼の情報では、盗んだ異能の全てを元の持ち主より使いこなしているそうだ。

 コピー系のレア異能使いとは過去に何度か戦ったことがあるが、炎の知る彼らは元の持ち主の力を上回るようなことはなく、悪く言えば器用貧乏な性能だった。その点彼女の力は、もはや神に愛されていると言っていいほどに万能が過ぎる。

 

 ……考察を並べてみると、やはり彼女はこの世界側の存在であることに間違いなさそうだ。

 一人で何でもできるのに、あえてこちらを観察するように同行していることも、余計にそう感じさせた。

 

「アイツの正体ははぐらかされたが、多分天使なんだろうな。それもかなりの大物……ネツァクがアイツだけには決闘を申し込まなかったところを見るに、あの男は何か知っているかもしれない」

「んーそうかぁ? 俺にはちょっと悪ぶっただけの可愛い姉ちゃんにしか見えねぇけどな。俺たちとは何か違う目的はあるんだろうが」

「悪ぶった……だけ?」

 

 長太の推察に虚を突かれたように、炎が目を見開く。

 その発想は無かったと、時々鋭いことを言う目の前の脳筋に感心した。

 

「……時々、俺はお前のことが羨ましくなる」

「あん?」

「そうか……そうだな。そんな単純な奴ならいいんだが……どの道、ここまで来たら一蓮托生か」

 

 ミステリアスが服を着て歩いているような彼女が、アレの本質がただ悪ぶっているだけの善人だとしたら……今までの行動全てが見栄っ張りが生んだ結果ということになり、なんだか急に微笑ましくなる。

 

 ──が、そんなことはあり得ない仮定だ。

 少なくとも炎が見たT.P.エイト・オリーシュアという少女は、そのようなかわいい奴ではない。

 

 

 ただ、本人が言っているほどの悪いお姉さんだとは思えないこともまた、炎の頭を悩ませている。

 一人で考え込んでいると沼に嵌まってしまう気がする。早く翼とメアと合流したいという思いが、さらに強くなっていく炎だった。

 

 







ビナー「えっ……」

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