TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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オリ主は豆腐メンタル

     【第1の島(エヘイエー)

 

第3の島(エロヒム)】     【第2の島(ヨッド)

 

     【世界樹(サフィラ)

 

第5の島(ギボール)】     【第4の島(エル)

     【第6の島(エロハ)

第8の島(ヒムツァ)】     【第7の島(アドナイ)

 

     【第9の島(シャダイ)

 

     【第10の島(メレク)】 

 

 

 

 

 雑ですまないが、この世界の大体の位置関係である。

 最北端にケテルの島「エヘイエー」があり、真ん中ぐらいのところにティファレトの島「エロハ」と世界樹「サフィラ」がある。

 

 そして僕たちの次なる目的地である第3の島「エロヒム」は、このアドナイを出て北西へずっと進んだ方向にあった。

 

 地球で言えば、日本からイギリスぐらいの距離になるかもしれない。まあ遠いですわ。全力で飛んで都合良く誰にも妨害されないとしても、丸一日ぐらい掛かるのは覚悟しておいた方がいい。

 普通ならそんな長時間の異能の発動は身体が持たないのだが、盗んだ異能を発動するのはノートの力だからか、僕はチートオリ主らしく燃費の良さにも定評があった。疲れることには疲れるのは確かなので無駄遣いはしたくないが。

 

 ──が、ここから素直に北西へ進んだ場合、道中には現在敵対中のサフィラス十大天使ティファレトの島「エロハ」がある。

 彼女の敵意的に考えて、島の空域には厳戒態勢が敷かれていることだろう。

 

 どうするかねー、これは。

 最大スピードを発揮すれば、一気に強行突破することもできなくもない。僕の闇の不死鳥は、ジェット機に近いスピードを出せるのだ。RTA的にはこれが最短である。

 

 

「キミたちはどう思う?」

 

 明朝、睡眠をしっかり取った僕たち三人は早速エロヒムへ向かうべくルートの設定を行っていた。

 

「それしかねぇだろ。どっちにしたってずっと逃げ回るわけにはいかねぇんだ」

「他にルートは無いのか?」

 

 もちろん、無いわけじゃない。

 寧ろ安全性と僕の今後の予定を考えると、そっちよりも都合の良いルートがあった。

 

「他のルートだと、ここから北にあるケセドの島「エル」から、世界樹を隠れ蓑にエロヒムへ向かう方法があるね。こちらは多少時間が掛かるかもしれないけど、エロハの空域には入らずに済む」

「いいじゃねぇか! そっちにしようぜ」

「ケセドの島、か……」

 

 どちらを選んでも危険なことには変わりないが、ティファレトの本拠地を横断するよりかはまだ安全だと思っている。

 しかし、懸念事項はある。それは今炎が難しい顔で呟いたように、そこが人間に味方しようとして人間に裏切られたサフィラス4番目の大天使、「慈悲」のケセドの島であることだ。

 

 正直、人間に対する島民心情の悪さはこのアドナイの比ではないだろう。

 原作アニメでは温厚な聖獣たちだったが、主への忠誠心は非常に高かったし。

 

 ……正直、すっげえ行きたくない。

 

 やだよ、アニメで人柄を知っている心優しい聖獣たちから罵詈雑言浴びせられるの。

 知らない連中から嫌な目で見られるのすら辛かったのだ。それが見知った連中からのものになると、僕は今から憂鬱だった。そういうことに関しては豆腐メンタルなのである。

 

 そう考えると、そんな憂鬱をもkawaiiで相殺してくれたマルクト様ちゃんの尊さは流石である。

 ティファレトに攻撃された時はくっそ怖かったけど、この違いは一体何なんだろうね? やっぱり元々敵ポジションだから、気持ちの準備的なものが違ったのだろうかと分析してみる。

 

「こちらのルートだと一気にエロヒムまで行くのは流石に疲れるから、一旦降りて休憩することになるけど……町には行かない方がいいだろうね」

「……ケセドがいない今、他の大天使が管理している可能性はあると思うか?」

「ふむ……そうだね。その可能性は低くないと思う。「エル」の向こう側にはコクマーの島「ヨッド」がある。この島にマルクトとティファレトが来たように、もしかしたらコクマーが来ているかもしれない」

「あの野郎か! 丁度いい、リベンジしようぜ炎っ! 今の俺たちなら勝てる!」

「長太、エイトも言ったが俺たちの目的は戦いじゃない。どうしようもない時以外、無用な戦いは避けるべきだ」

「むう……」

 

 地球で散々やられた相手に再戦したい気持ちはわかるが、炎の言う通りである。エイトちゃんもそうだそうだと言っています。

 実際、原作アニメより長太が明らかに強くなっている以上、二人掛かりで挑んでも良い勝負はできるかもしれない。それでも勝てるとは思えないが、勝敗がどうなるにせよ今のセイバーズの大目標とは外れていた。

 

 SSでも、当初の目標からズレた行動をするのはエターの原因になる。あっちもこっちも描写して話の進行が遅くなるからだ。かと言ってシンプルにまとめすぎるのはそれはそれで味気ない作品になってしまうのが難しいところであるが……女神様っぽい人の腕が未知数なので、オリ主であるボクはできるだけ寄り道せずにシンプルに行きたいものだ。

 シンプルに完璧なチートオリ主になりたい。それがエイトちゃんの大目標なのである。

 

 故に、敵対しているサフィラス十大天使は基本的に関わるだけ損な相手である。

 仮にコクマーと接触した場合も、僕は全力で逃走するつもりだ。あいつクッソ強いし。

 

 

 ──だが、得るものがあることもまた確かだった。

 

 

 コクマーと会えれば、原作のように彼の島で仲間が囚われていないか確認することができる。

 なので僕はケセドの島「エル」に着いたら一旦、休憩の名目で島に降りようと考えている。

 それから二人の目を盗んで連続テレポーテーションで一人コクマーの島「ヨッド」へと潜入し、彼の町で情報を探ろうという算段だ。

 これならエロヒムに向かいつつ、二人の情報も得ることができる──完璧な作戦だ。

 一石二鳥のルートであり、僕としてはこちらの方が都合が良かった。

 

 昨夜寝る直前に考えたプランだけど……うん、案外イケるのではないか。

 

「エイトはどっちにしたい?」

「どちらでも構わないけど、ボクとしてはこちらの方が助かるかな。今はまだ、ティファレトの島の上を通りたくない」

「わかった。じゃあそっちにしよう。長太もいいな?」

「おう!」

 

 ほんと、ティファレトが敵じゃなかったらなー……彼女が管理している島とか絶対綺麗で観光しがいがあるだろうに、口惜しい。

 まあいい。全てが終わったら一人でこの世界を回ってみるのもいいかもしれない。擬態すればそうはバレないだろうし、翔太君様々である。

 

 ──というわけで、ルート決定。ここから北上して、向かうはケセドの島「エル」だ!

 

 僕は再び大きめの「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」を召喚する。

 風圧対策のバリアーを張ると、三人で八畳分ほどのスペースに乗り込み、一気に上昇させた。

 

 さらばアドナイ。世界が平和(ハッピーエンド)になったらまた行こう──そう思いながら僕は、自然と闘争の大地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大天使ネツァクが統治する勝利の聖都ツァバオトは、勝利こそを至上とする実力主義社会である。

 

 ──と言っても、敗北した弱者が理不尽に虐げられたりだとかそういうわけではない。

 

 弱者は弱者なりに生きる道を見つけ、時に別の分野で勝者を助け、時に助けられる。全ての民が強者では世の中回っていかないように、管理者ネツァクは弱者を守ることができる島を目指していた。

 そんなツァバオトは住民の満足度が高く評判がいい。大規模な闘技大会が開催される日には少々野蛮な町になることはあるものの、概ね生きやすい島であった。

 

 だが、全ての民がそう感じているわけではない。

 

 特に精神が未熟で視野もまだ狭い子供の社会では、偏った思想や自身が弱者であることにコンプレックスを抱える者も少なくなかった。

 

 オーガ族の少年「ゴブリー」もその一人だった。

 

 大天使ネツァクの親衛隊に所属する聖戦士を父に持つ彼は、アビスや外敵と戦う父の背中を見ながら育ち、いつかは自分も父のような戦士になるのだと夢に描いていた。

 

 しかし、彼は小柄だった。

 

 オーガ族は10歳になる頃には頭角を文字通り表し、身長も大きく伸び13を過ぎる頃には大人と遜色無い姿に成長する。

 種族的に最も体格に恵まれており、平均的な戦闘力は竜人族にも匹敵するほどである。故に彼もまた、自分もすぐにそうなるものだと信じていた。

 

 だが、彼の成長は遅かった。

 

 今年で10歳になり、周りのクラスメイトたちの背がすくすくと伸びていく中で、ただ一人彼だけがほとんど成長していなかったのだ。

 両親は成長期には個人差があるだけだと言っていたが、彼にはそれが不安だった。純粋な筋力が一番の武器であるオーガ族にとって、体格の良し悪しは戦闘力に直結する。

 そんな中で一人成長期に取り残されたゴブリーは、焦りを感じていた。もしかして俺だけこのまま、一生チビのまま大人になってしまうのだろうかと。

 その焦りはストレスになり、少しずつ彼の心を蝕んでいく。

 そんなある日、彼はクラスメイトのガキ大将に地雷を踏みつけられた。

 

「お前がちっこいままなの、母ちゃんのせいじゃねぇの?」と。

 

 普段なら落ち着いて聞き流していた筈のその言葉は、薄々自分でもそう思っていたが故にこの時冷静ではいられなかった。

 

 ゴブリーの母はエルフ族だった。

 

 エルフ族の女性はオーガ族の女性よりも身体が小さく、か弱い。その分聖性──聖術を発動する為の器官に関しては上位に発達した種族であったが、彼にその性質は受け継がれなかった。

 彼はハーフエルフであったが、その身体はよく見なければ気づかないほどオーガ族に寄っている。しかし小柄な体格はエルフ族に寄っており、彼の目標からしてみれば二つの種族の悪い面を受け継いだ形になってしまっていたのだ。

 

 ゴブリーはそれを、心のどこかで認めてしまっている自分が許せなかった。

 その鬱屈した気持ちは不安定な精神に表れ、彼はガキ大将の胸ぐらを掴んで無謀な決闘を挑んだ。

 俺は二人の悪いところを受け継いだんじゃない。良いところを受け継いだんだと……それを証明する為に、彼は同級生ながら身長180cmを超えるガキ大将に挑んだのだった。

 

 

 ──その結果が、このザマである。

 

 まだ10歳であり、本格的に聖術を学んでいない子供たちの決闘で物を言うのは、単純な筋力と体格差だ。本来ならば何かしらのハンデを付けなければならなかったところを頑なに固辞し、無謀な挑戦を行い当たり前にボロ負けした。それだけである。

 

 やはり、ハーフエルフだから……

 

 エルフの母とオーガの父の性質をちゃんと受け継がなかった半端者だからなのか……と、変えようのない現実を直視し、ゴブリーの心は折れた。

 自分は父のような戦士になれない──その事実をはっきりと理解してしまったのだった。

 

 その時である。

 

 

『大丈夫?』

 

 

 唐突に、声を掛けられた。

 散々な負け方をし、観戦者すら誰もいなくなった決闘場の中一人消沈していたゴブリーの元に、一人の女性が歩み寄ってきたのである。

 いつからそこにいたのか、声を聞いて初めて存在に気づいた彼はゆっくりと顔を上げ、そして驚いた。

 

 女性はエルフ族だった。

 

 母と同じ、混じり気のない純粋なエルフである。

 肌は白く耳は尖っており、その瞳は宝石のように美しい。大人の雰囲気を放っているが体型はオーガ族の女性より遙かに慎ましく、触れればかすれてしまいそうな儚い姿だった。

 

 そんな彼女が被った帽子の下からは、チラチラと幻獣カーバンクルの視線が窺っている。彼女の後頭部で揺れ動いているのはポニーテールかと思ったが、どうやら彼の尻尾だったらしい。

 邪な者には決して懐かないとされるカーバンクルがこうも懐く相手とは、大天使様のようによほど高潔な者なのだろうか?

 特に外からは「野蛮人の聖地」などと揶揄されているこの町では、カーバンクルを飼っている者の目撃例は無く、それがこの島では珍しいエルフ族だったこともあってゴブリーはしばらく硬直してしまった。

 母も元々第4の島「エル」から移住してきたらしいが、彼女もその口なのだろうか。そんなことを思いながら、ゴブリーはこの町には似つかわしくない女性の姿を茫然と見つめた。

 

 そんな彼女は、どこからともなくその左手に一冊のノートを取り出す。

 

 ページには彼の知らない文字が書き綴られており、表紙には世界樹「サフィラ」に似た不思議な形をした木が描かれている。

 何でそんなものを取り出したのかと不思議に思っていると、彼女はおもむろに右手を伸ばし、ゴブリーの頬に指を添えてきた。

 

「──っ? !?!?!?」

 

 突如として視界に飛び込んできた間近な彼女の顔に、ゴブリーは動揺する。

 母以外の女性にここまで顔を近づけられたのは初めてのことだった。それも、彼女ほどの美人に。

 エルフ族は総じて美形が多いと言われているが、母や写真で見たことある他のエルフと比べても彼女の容姿は群を抜いて綺麗だと感じる。そんな彼女から発せられるアロマのような香りと息遣いに心拍数を上げながら、ゴブリーはさらにその身を硬直させてしまう。心なしか、そんな彼を見つめるカーバンクルの瞳が呆れているように見えた。

 しかししょうがない。オーガ族は成長が早い為、本能的になんかこう、反応してしまうのだ。

 心の中で百面相を浮かべていると、女性は「よし」と言って指を離した。

 それと同時にパタンとノートを閉じてどこかへとしまうと、ゴブリーはその時初めて自分の身に起きた変化に気づいた。

 

『……!? 身体が治ってる!?』

『ボクが治したんだ。凄く痛そうだったから……勝手なことしてゴメンね』

 

 ガキ大将に痛めつけられた身体の傷が治っている。

 流石に疲労感までは回復していないが、それでも驚嘆に値することだった。

 町の治療聖術師でもここまで早くは治せないだろう。それを彼女は指先で触れただけで、ほんの数秒で完治させたことにゴブリーは驚く。

 

 これが純粋なエルフ族の力──彼は初めて目の当たりにした母以外のエルフ族の力に驚愕し、そして顔を伏せた。

 

 それが半端者のハーフではどうあってもたどり着けない領域なのだと……見せつけられた気がしたからだ。

 

『……ありがとう、ございます……すごい、ですね……俺とは大違いだ。やっぱ、本物は違うな……』

『……本物?』

 

 感謝を告げながらもどこか皮肉みたいに呟いてしまった自分が嫌で、ゴブリーは余計に表情を曇らせる。

 違う、そうじゃないだろ俺! 助けてくれた聖獣(フェアリー)になんてこと言っているんだ! と、ゴブリーは自分自身に憤る。

 そんな彼が溢した言葉の意図を察したのか、エルフ族の女性は困ったように笑った。

 

 

『本物だから、すごいのかな?』

 

 

 鈴を転がしたような声で、女性が言う。

 

『本物だから凄くて、強くて偉い……それは少し、ボクは違うと思うな』

『だけど……本物と偽物はどうしたって違うじゃないですか……俺はハーフエルフだから……いや、エルフって名乗ること自体おこがましいですよね……そんな俺には、あなたみたいな聖術も使えなければお父さんみたいに強くもなれない……半端者なんだ』

『ハーフエルフ? ああ、なるほど……そういうことか』

 

 そう、半端者である。

 どちらか片方の良いところさえ受け継ぐことができれば良かったのに、どちらも受け継がなかった紛い物。偽物のオーガであり、偽物のエルフだ。

 今回の決闘でゴブリーは、その事実をまざまざと思い知らされてしまった。

 

『その歳でよく考えているんだね……キミは見た目よりも、心の成長が早いのかもしれない』

『心の……?』

『大人の考え方に近づいているってこと。だけどまだ、悟り始めるのは早いかな? 悲嘆的すぎると言うか』

 

 成長が早いなんて初めて言われた。

 そんなものよりも彼が求めていたのは肉体的な成長だったのだが……それでもこの時少しだけ、ゴブリーは彼女の何気ない言葉に救われたような気がした。

 そんなゴブリーの姿を見てエルフ族の女性は、頭から顔を出したカーバンクルを優しく撫でつけながら言った。

 

 

『可能性は、いくらでも転がっているものさ』

 

 

 そう切り出した語りに、ゴブリーは不思議と聞き入ってしまう。

 

『本物だけが正しくて、偽物だから間違っている……ボクはそんなこと、絶対に無いと思う。ただみんな、気づいていないだけなんだ。その子にはその子の、キミにはキミにしかできないことがある可能性に』

『可能性なんて……そんなの……』

『あるさ。キミで言ったら、そうだね……その年で早くも悟り始めている聡明さや、それでも諦めず強い相手に挑んだことかな。気づいていないのかい? キミがあそこまで痛めつけられたのも、彼がキミのことをライバルだと思っていたからなんだよ』

『ライバル……? 俺が?』

『彼は多分、それを認めたがらないだろうけどね。だけどキミの可能性を信じている子は、キミが思っているよりも案外いるものなのさ』

『…………』

 

 信じてくれる可能性、か……だとしたら、余計に申し訳なくなってくる。

 自分はその期待に応えられない。これから先、ガキ大将のような純粋なオーガとの成長差はさらに激しく広がっていき、一生掛かっても追いつけなくなるだろう。

 半端者のハーフエルフが、生きる場所か──身の丈に合った目標に変えるべき時が来たのだと、ゴブリーは感じる。

 

 ただ……

 

 

『諦めたくない?』

『──! ……!!』

 

 

 そうだ、まだ夢を諦めたくない。

 まだ俺は全然、力を出し尽くしていないと。

 ゴブリーはその目に涙を浮かべながら、反骨の精神を胸に言葉も無く彼女の問いに頷いた。

 血統がなんだ……半端者がなんだ! そんなものを言い訳にする前に自分にはやることがある筈だと、少年は自らの心を鼓舞し、立ち上がった。

 

 そして女性はそんな彼の姿を見て満足げに笑むと、彼に向かって進むべき道を指し示すように告げた。

 

 

『マルクト』

 

 

『えっ……』

 

 マルクト──それはサフィラス十大天使、「王国」を冠する大天使の名前である。

 このアドナイから遙か南西第10の島「メレク」を管理するその大天使の名は、この聖都の主であるネツァクと同格の存在であり、子供でも知っている雲の上の人物だった。

 そんな彼女を指して女性が語る。

 

『知っているかい? 10の天使マルクトは背が小さく、他の大天使と比べれば体格に大きなハンデがある。腕力も一般的なオーガ族に劣るだろう。しかし、近接戦の強さはネツァクと同等だ。それがどうしてかわかる?』

『……武器、ですか……?』

『うん、それも大きいね。聖剣「マルクト」を持った時の彼女は、他の大天使たちとの体格差を埋めてなお有り余る。ただ、それだけじゃないんだ。彼女の強さの秘密は』

『それは……何ですか?』

 

 まるで大天使と友達みたいな口ぶりで語っているが、何故だかそれが不敬には思えなかった。

 寧ろその逆で、彼女の言葉の一つ一つがマルクトという大天使に対して惜しみない敬意を払っているように思える。

 武器の扱いと、他には何なのか……何か大事なことを話すに違いないと感じたゴブリーは、その先に続く言葉を待つ。

 

 そしてエルフ族の女性は──自らの唇に人差し指を当てて、その口を閉じた。

 

 

『ボクの口からは言わない。それは、キミが気づかないといけないことだからね』

『えー……』

『調べてみるといいよ、大天使マルクトのこと。キミが強さを求めるなら、あの子の在り方はとても参考になると思うから』

 

 

 茶目っ気を出しながら告げられた寸止め宣言に、ゴブリーがガクリと項垂れる。

 そんな彼の姿にクスクスと微笑みながら、彼女は施設に掲示された時計を一瞥した後、エメラルドのような目で見つめて言った。

 

『さて……そろそろ時間だからボクは行くけど、キミにはまだまだたくさんの時間がある。色んな可能性を探すといい。どうしようもないと思った時は、諦めて別の道を探したっていい。だけど、キミ自身の心には負けないで。その時は本当に、キミの負けになってしまうから』

『……俺の、心に……?』

 

 それは、自分の才能を見限るなということなのだろうか。

 全てを悟り、負けを認めるのは早いということなのだろうか。

 

 まだ……諦めなくても、いいということなのだろうか。

 

 ゴブリーの目に光が戻り、彼はその目で頷く女性の姿を見据えた。

 根本的な問題は、何も解決していない。

 だがそれでも、ゴブリーはこれまでと違う自分になれそうな気がした。

 体格は駄目、聖術も駄目。しかしそれでも、俺にはまだ見つかっていない武器がある。幼いながらも聡明なゴブリーの思考が見出した可能性は、今しがた彼女が語った話の中にあるように思えた。

 

 ──導いてくれたのだ、この女性は。

 

 ゴブリーは深々と頭を下げて、その場からがむしゃらに駆け出していった。

 向かう先はこの聖都一番の図書館だ。

 マルクトが残した伝説から彼女の戦い方やその技能を、一から調べ尽くし頭脳に叩き込もうと考えたのである。

 

 彼は自分が「勝利」する為の鍵を、自らの頭脳に求めたのである。

 

 

「……そう。勝利の為の道筋は、力だけではないんだ。キミ自身の可能性を探して走ろう、少年」

 

 

 彼女が最後に呟いたその言葉は、ゴブリーの行動原理の礎を築いたのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数十年後、彼はハーフエルフ最強の剣聖として語り告がれることになる。

 

 後に「小鬼王」と称されることになる彼は、「エルフ並の体格」と「オーガ並の聖性」という両種の劣等部分を受け継いだハーフエルフであったが──彼にはそれを補ってあまりある卓越した剣技と、彼自身が鍛え上げた神秘の武具、そしてマルクトに倣った負けん気の強さによって数々の英雄的勝利をもたらしたのである。

 

 そんな彼は「マルクト様ファンクラブ」の第100代会長を勤め上げ、エルフ族とオーガ族の長寿性を受け継いだことで長年メレクでマルクトの親衛隊長として活躍することになるのだが──その詳細は、語るまでもないだろう。

 

 ただ大人になった彼の心には、あの時自分を導いてくれたエルフのお姉さんへの感謝がいつまでも絶えなかったらしい。そんな余談である。




 なお、大人になった後でどんなに探し回ってもエルフのお姉さんは見つからなかった模様。一体何者なんだ……?

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