TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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 失敗すると妙なヘイトを買うから難しい。


ツンデレは用法・容量を正しく守ってお使いください

 マルクト様つえー。

 

 二人のフェアリーバーストと互角以上に渡り合うオリーブ色の髪の美少女の強さに、僕は内心驚いていた。

 今の二人の力はネツァクと戦った時よりもさらに洗練されており、その戦闘能力はまた一段と高まっている。正直、今の二人なら二対一にさえ持ち込めればマルクトにも問題無く勝てると思っていた。

 しかしどうだ? 自ら不利な条件を突きつけたマルクトは、数の差などまるで問題にせず歴戦の二人を見事に翻弄している。

 

 原作アニメ「フェアリーセイバーズ」において、マルクトが登場したのは第22話。世界樹へ向かおうとするセイバーズをコクマーと共に妨害しようと攻撃を仕掛けてきたのが初のお目見えだった。

 彼女は主人公の炎と我らがヒロイン灯ちゃんに勝負を挑み、灯ちゃんの中にいるケセドに人間の価値を問い掛けた。思えばアレも、彼女なりにお兄ちゃんを引き止めようとしただけだったのかもしれない。

 

 しかし、説得はご存じの通り失敗に終わる。

 

 彼女に何を言われようと人間の可能性を信じたケセドは、灯ちゃんと共に聖獣と融合したフェアリー戦士にしか使えない「慈悲の戒律」という新奥義を発動し、パワーアップした灯ちゃんと炎のケーキ入刀的な一撃がマルクトを打ち破るのだった。

 退場の際、落ちながらケセドに言った「バーカ! 死んじゃえ! 大っ嫌い!」という台詞には当時視ていた僕は語彙力に笑ってしまったものだが、今にして思うと大好きなお兄ちゃんに拒絶されてぐちゃぐちゃになった頭では、そんな言葉しか出てこなかったのだろうと哀れみを感じてしまう。

 「かわいそうはかわいい」とは言うが、彼女とは文字通り裸の付き合いをした仲だ。せっかくオリ主として原作介入しているのだから、彼女のこともどうにか原作よりも救われてほしいと思っていた。

 

 なので僕はこの決闘の結末がどうなろうと、僕の中にいるケセド君をどう扱うかは決めている。

 

 でも今は、三人ともいい感じに戦っているので動かない。

 炎と長太からしてもサフィラス十大天使との戦いには得るものが多い。特に実戦の中でどんどん新しい技術を取得して強くなっていくチート染みたバトルセンスを持つ彼らは、これまで原作以上に強敵と戦い続けてきたことで異世界入りする前までとは比べものにならない強さになっていた。

 これにはエイトちゃんも後方師匠面である。

 

「みんな、すごい……!」

「よく見ておきなよ、メア。特にマルクトの力の使い方は、キミのいいお手本になる」

「うん」

 

 メアちゃんの前でも教官的なムーブは欠かさない。いやよく考えると僕、彼女に迷惑ばっかり掛けている気がするけど僕だってオリ主なのだ。ダブルオリ主物である以上、どちらかが割を食うことになるのは必要経費である。後でちゃんとフォローするので許してほしい。

 ケセドの力を盗ったことで彼女も弱体化しているが、四枚の羽が残っている以上天使の力を完全に失ったようには見えない。僕の分析では、今まで僕が異能を盗んできた異能使いのように、彼女が持っていた天使の力もしばらくしたら復活するのではないかと思っていた。

 ……いや、そうなるとケセドが二人いることにならないか? うーん、どうなんだろう。要検証である。今朝は彼女にサーチを使って触診のようなことをさせてもらったが、今後も途中経過を調べさせてもらった方がいいのかもしれない。

 流石にもう、これ以上変なものは入っていないと思うが……しかし幼女の中に色んなのが入っているとか冒涜感凄いな。PSYエンス最低である。

 

『どうしました? 私には傷一つ付いていませんよ? ケセドやあの者が導く貴方たちの実力は、その程度ではない筈です!』

「くっ……!」

「つ、つええ……! ネツァクのおっさんよりやりにくいぜ……!」

 

 三人の戦いをはえーって感じで真剣に見つめているメアちゃんの横顔を眺めていたら、炎と長太が仲良く地面に叩き落とされていた。彼らの頭上には後光が差しているキラキラのマルクト様がいた。

 

 うむ、今日も眩しい絶対領域である──じゃなかった、今は真面目な話をしているのだ。

 

 マジで強いわねマルクト様。思えば原作の彼女は、ケセドへの執着心と王命の板挟みで精神的に不安定だった印象がある。要は、結構隙だらけだったのだ。

 その隙が、今の彼女には一片も見当たらない。昨夜の温泉パワーで吹っ切れたのか、「ケセドを連れて帰る」という確固たる目的の為に雑念を排した彼女は、まさしく「王国」の名に恥じない大天使様だった。うん、カッコいい。かわいくてカッコいいとか最強かなこの子。

 

 ネツァクの時は闘技場の武舞台という限られたスペースであることも相まって、炎たちの攻撃に対して真っ正面から応戦していた彼と違ってマルクトは小柄な体格を巧妙に生かし、聖剣で受け流せない攻撃はことごとくすばしっこい動きで回避している。今まで戦ってきた相手の中では珍しいタイプであり、豪快な戦い方を好む長太からしてみれば戦いにくそうな相手だった。

 

 しかし、彼はああ見えて狡猾な戦い方が結構上手い。

 彼自身の好みではないのだろうが、アディシェスを相手に上手いこと牽制してくれたように、相手の動きを封じることに関しては寧ろ「氷結」の異能の得意分野だった。

 それに気づかせる為、僕も少しだけオリ主的なちょっかいを掛けてみる。

 

 

『チョータ、フェアリーバーストで出力が上がったからと言って、キミ自身の強みを忘れちゃいけないよ。エンも、相手に余計な気を遣う必要は無い。マルクトはやる気だよ、本気で応えてあげて』

「……!? 姉ちゃんか? おう、わかった!」

「聖獣と同じように、テレパシーも使えるのか……ああ、わかっている」

 

 

 ……あれ? 炎にはテレパシーで話したこと無かったっけ? ああ、そう言えば無かったかも。大体聖獣さんたちとの密談でしか使っていないもんね。

 長太にはバースト状態になっていた時に使ったことがあるので、彼の方が反応が早かった。

 いやね、戦闘時とか忙しい時でも確実に伝えられるから便利なのよ。他の誰かには聞かれたくない内緒話をする時とかも役に立つので、パーティプレイにも有用だ。

 

 そう、これぞ傍観系オリ主の存在感アピール──戦闘中のアドバイスである。ぶっちゃけ二人なら僕が何も言わなくてもじきに修正するのだろうが、彼らの戦いを応援しているだけだと今回僕の役割が薄すぎると思ったので、そのテコ入れだった。

 

『ふん……何か内緒話をしているようですが、無駄なことです。貴方たちでは勝てません!』

「そうかな? やってみなきゃわかんねぇぞ!」

 

 僕が男オリ主だったら間違いなく口説きに行っていたであろう美少女大天使は、勇ましさを浮かべたその瞳で二人の姿を見下ろしながら、太陽の光で煌めく聖剣「マルクト」を天空に掲げる。

 そんな彼女に啖呵を切り、氷の翼を生やした長太が飛び向かい、氷柱のビットを四方から射出した。

 

「炎! わかってるな!」

「ああ! 足止めは任せる!」

 

 お、動きが変わったな。二人の役割分担がくっきり分かれた。

 思い切ったことをしたものである。長太が一人でマルクトの動きを抑え込み、隙を見て炎の必殺技に託す戦法に切り替えたようだ。

 その証拠に長太だけがマルクトに挑み掛かり、その間に炎は目を閉じて精神統一を行い、全身に向かって蒼炎のエネルギーを集約させていた。

 

 この二人が組むと強いのはこういうところである。

 

 長太が氷に閉じ込めた相手を、炎の馬鹿火力で押し潰す。そのような思い切った戦い方は、原作でも格上の敵に対して決定打になっていたものだ。

 しかもこの世界では長太の応用技の多彩さがえげつないことになっており、二人だけで不足している役割を完全に補完していた。ここにオールラウンダーの風岡翼が戻ってくれば、これはケテルともガチれるのではないか。勝てるかどうかは知らんけど。

 

 

 ……あれ? 僕の役割薄くない?

 

 

 あちゃー、僕としたことが……原作よりもパワーアップした彼らの強さに浮かれて、肝心のオリ主無双がやりづらくなっていたことに今さらになって気づいてしまった。迂闊である。

 物語の介入ポイントを自ら狭めてしまった事実に、僕は愕然と打ちのめされた。そんな気持ちが表に出てしまったのか、横からメアちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる。

 

 

「エイト、寂しそうな顔してる……」

「えっ、そうかい? ……ふふ、彼らの成長が嬉しいだけさ」

 

 

 寂しそう、か──チートオリ主の強さにどんどん近づいてくる彼らのことを僕はそんな顔で見ていたのか。優秀すぎるが故の悲哀である。いやあ優秀すぎるオリ主で申し訳ない。えへへ。

 

 本当に寂しい気持ちと照れ笑いしたくなる気持ちを半分ずつ抱きながら、僕はこの気持ちを誤魔化すようにメアちゃんの髪を撫で回す。彼女は慣れてきたのか、最初の頃は躊躇いがちだったものだが今では気持ち良さそうに目を細めてくれた。かわいい。

 

 

「……ボクの役割は、やはり……」

「……?」

 

 

 しかしここまで彼らが強くなると、僕の介入ポイントは大体アビス絡みになりそうだ。

 つくづく、オリ主物SSのパワーバランスとは難しいものである。オリ主の介入により主人公陣営が原作よりパワーアップすることはSSの醍醐味の一つだが、やり過ぎるとメイン敵との戦いに消化試合感が出てしまい、盛り上がるべきシナリオの後半ほど面白みが無くなってしまう。さながら前半にレベル上げし過ぎてしまったRPGである。

 世のSSではそれが原因で筆を折った作者も数多く、故にこそ、後半のお話を作りやすくする為にオリジナルの敵を追加するという試行錯誤が各所で繰り広げられてきた。

 

 そう、この世界で言うところの「深淵のクリファ」がまさしくそれである。

 

 僕的には未だに女神様っぽい人の方針には納得行っていないが、理解はしている。こうなってしまった以上、僕はもうオリボスと戦うことに対する不満は無い。

 

 

「頑張れー! みんなー!」

 

 

 そう言うわけで、天使絡みの問題は任せたぜみんな。まあ、隙があったらどんどん介入していくんだけどね。

 そんな意思を込めて手のひらでメガホンを作り、僕はテレパシーではなく肉声で声援を送ってあげる。メアちゃんもそれに倣って「がんばえー!」と声援を送り、僕たちの足元にいたカバラちゃんも興味津々と言った様子で三人の戦いを見つめていた。

 

 

「!? よっしゃあああ!!」

『っなんですか、この……!』

 

 

 あっ、長太の技が決まった。やったぜ!

 

 いいぞいいぞ。氷柱ビットが命中した翼から伝って、じわじわとマルクトの身体を凍りづけにしようと氷が広がっている。うん、味方サイドが使うにしてはえげつねえわこの技。

 マルクトはその顔に初めて焦りを浮かべながら、片手のひらを自身の身体に当てて聖術の力を解凍に回していた。

 

 しかし、それこそが僅かな隙となった。

 

「隙有りィー!!」

『っ! このっ……!』

 

 彼女の聖剣が片手持ちになった瞬間、一気に懐へと飛び込んだ長太が、その両手に巨大な氷のハンマーを生成して思い切り叩き付けていった。聖剣の刀身に向かって。

 その攻撃自体は聖剣を傷つけることは出来ず、寧ろハンマーの方が無残に抉れていった。恐るべきはアイン・ソフから授かった聖剣「マルクト」の業物っぷりである。彼女がアレを握っている限り、如何なる攻撃も彼女には通らなかった。

 

 ──だが、だからこそ彼は僅かな隙を突いて、徹底的に彼女の剣を狙ったのである。

 

『ぁぅっ……! や……野蛮人めっ!』

「上品な奴じゃねぇってことは、散々知ってるだろうがよォ!」

『きゃ……!?』

 

 砕かれたところからもう一度再生し直し、何度も何度も執拗に氷のハンマーを叩き付けていく。

 密着したその姿勢では、単純なフィジカルの差が出た。

 

 こぼれ落ちたのである。

 

 マルクトの手から、聖剣が。

 

 これで彼女の身を守る物は無くなった。

 長太が思わずと言った様子でほくそ笑むが、その反応は少しいただけなかった。

 

『このっ……無礼者っ!』

「おわっ!?」

 

 剣を弾き落とされた手のしびれに顔を赤くしながら、マルクトがそのおみ足で長太を蹴り飛ばしたのである。

 その光景は、何だか長太が痴漢さんみたいな扱いで可哀想だった。

 

 しかしこれは決闘。お互いが本気でぶつかり合っている以上、僕も無粋なことは何も言わなかった。

 

「わりぃな……俺たちの、勝ちだ!」

『──!? あっ……』

 

 蹴り飛ばされた長太が、落ちながら確信の笑みを浮かべる。

 フルパワーになった暁月炎が必殺の火球を彼女に撃ち込んだのは──その直後だった。

 

「インフィニティ・フレアッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──負けた。

 

 腸が煮えくりかえるような感情を受ける筈だったマルクトは、遠ざかっていく青空を見つめながらその事実をはっきりと認識していた。

 脳筋のネツァクが認めるわけである。こちらが見下しきっていた人間の勇者たちは、確かに強かった。

 それに、ただ強いだけではない。彼らの攻撃はひたすらに真っ直ぐで、熱い信念が込められていた。サフィラス十大天使へと手が届くほどに。

 

 悔しい……悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいっ!

 

 己の敗北を実感した時、マルクトが最初に抱いたのはそんな感情だった。

 100年も生きていない人間などに負けたのも悔しいし、自分から数人掛かりを許可しておいてこのザマだったのも悔しい。王様(ケテル)の思いに応えられなかったことも悔しくて、己の未熟さに舌を噛み切りたいとすら思った。

 

 そして何より一番悔しかったのは、こちらの気持ちを知りもしないで「ね? 人間も凄いでしょ?」としたり顔を浮かべているであろうケセド(お兄ちゃん)を引っ張り出せなかったことである。

 

 ……それを認めそうになっていた自分自身に対しても、悔しくて堪らなかった。

 

 

 ふとその時──いつだったか昔、滅多に会うことのない「理解」の大天使ビナーから言われた言葉を思い出す。

 

 

『私たちの本質は「導くこと」だよ、マルクト。恐怖に怯える誰かの背中を押してあげたり、道に迷って間違った方向に行きそうになった誰かを小突いてあげたり……後は、そうね。寒さに凍える子供の肩に、そっと毛布を掛けてあげたりするのが私たちの使命であり、本質なのだよ』

 

 

 フェアリーワールドの存在としてはコクマーの次に古株であり、サフィラス十大天使の長女であるビナーはかつてそう語っていた。

 自分たち天使はそうやって、民に対してほんの少しだけ勇気を貸し続けてあげる存在なのだと。そうすることで自分たちは喜びを感じる存在であり、創世期から続くこの世界の摂理なのだと偉そうに説いていたものだ。

 あの時はマルクトも幼かったので素直に聞き入れたものだが、長女のくせに困っている王様(ケテル)を何一つ助けようとしなかった彼女に愛想を尽かして以来、マルクトは意図して頭から切り離していた。

 

 しかし、その言葉を今にして思い出したのは、今この瞬間において思い当たる節があったからか……マルクトは敗北の悔しさと同時に、心の中では僅かながらも充実感を抱いている事実を認識していた。

 

 認めたくない……だが、認めなくてはならないのかもしれない。

 

 少なくとも、このフェアリーワールドに来たこの人間たちだけは、ケセド(お兄ちゃん)に酷いことをした連中とは違うのだろう。

 このように自分に対して、丁度良く殺せない程度のダメージしか与えてこなかったのがいい例である。

 

 散々彼らに当たり散らしていたこちらを相手に、何とも甘い者たちだと思う。

 だからこそ……導き甲斐を感じたというのだろうか、あの二人──いや、三人は。

 自らの敗北によってケセド(お兄ちゃん)と、エイト(大先輩)の正しさを証明してしまった事実に、マルクトは心の中で俯いた。

 

 

 ──申し訳ありません、王様(ケテル)……だけど、もしよろしければ一度会ってみてください。

 

 

 本当にエイト(大先輩)ダァト(お母さん)だとしたら……そして彼女があの人間たちを導いているのだとしたら……彼女はもしかしたら、貴方を救ってくれるかもしれません。……苦しめることにも、なるかもしれませんが……

 

 王に対する懺悔の言葉を胸に紡ぎながら、マルクトはまぶたを下ろした。

 その脳裏に焼き付いていたのは、誰よりも立派で、誰よりも温かくて……いつも寂しそうにしていた王様(ケテル)の姿だった。

 生命を失った時には世界樹へと還り生まれ直す自分たちと違って、寿命さえも克服した王は遙か古より生き続けてきた孤高の存在である。

 それ故に本当の理解者はどこにもいない。他の大天使たちはそんな彼の内心を誰もが労しく思っていた。此度の人間世界への総攻撃計画も、そんな彼の乱心だとケセド(お兄ちゃん)は言っていたものだ。

 

 ケテル最後の剣として彼を補佐するべく生まれたマルクトは常に王の味方であり、慈悲の大天使の言葉の方こそ乱心だと思っていた。

 しかしこれでは──大天使としてどう動くべきか、マルクトにはわからなくなってきた。

 

 導くことこそが大天使の本質なら、誰かに導いてほしがっている自分は大天使失格なのだろう。

 それが悲しくて、マルクトの頬に一筋の雫が伝う。

 それは大好きなお兄ちゃんが死んだと知らされた時、初めて流したものだった。

 

『お兄……ちゃん……』

 

 愛憎混じった感情を抱きながら、マルクトはその口から家族の名を呟く。

 そんな彼女の言葉に答えたのは──二度と聞けないと思っていた、年端の行かない少年のような声だった。

 

 

『ごめんね、マルクト……君が、僕なんかのことでそこまで思い詰めていたなんて……そうだね、僕はお兄ちゃん失格だった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──えっ。

 

 

 

 

 

 

『えっ?』

 

 

 思わず、真顔で目を開いた。

 そのまま気を失いそうだった意識が、頭が冷えるような感覚で急速に戻っていく。

 えっ、今の幻聴? お兄ちゃんの声はっきり聞こえたけど、これ幻聴なのですか?と──マルクトはあまりにも現実味のありすぎる声に意識を引き戻されたのだ。

 

 そんな彼女の背中には、何かに乗せられている感触がある。

 あえなく地面に墜落する筈だったこの身が、何者かに受け止められていたのだ。

 

 起き上がりながらその物体に視線を移し、正体を確認したマルクトは──咄嗟に聖剣「マルクト」を手に引き戻すと、なけなしの力で踏ん張りながら剣を振り上げた。

 聖剣とマルクトは一心同体だ。それ故に、彼女の意識一つで自由自在に手元へ転移させることができるのである。尤も呼び出しから転移してくるまでタイムラグがあるので、それをやったところで先ほどの戦いの結末は変わっていなかっただろうが。

 そして彼女がそのように聖剣を呼び出したのは、今自分が乗っている者の正体──かなり縮んでいるが、その姿がどことなく、先日戦った深淵のクリファと似ている気がしたからだった。

 

『アディシェス! しぶといですね、貴方は……! お兄ちゃんの真似してそんな姿を……! どれだけお兄ちゃんのことを侮辱すれば……っ』

『ま、待ってマルクト!? 僕だよ! ケセドだよっ! ダァ……エイト様に呼び出してもらったんだ!』

『……は?』

 

 マルクトを乗せた暗黒の巨鳥は、危うくマルクトの聖剣に突き刺されそうになったことに焦りながらそう弁明する。

 

 

 

 

 

『は?』

 

 

 

 

 

 混乱するマルクトは聖剣を振りかぶった体勢のまま、そう言うしかなかった。

 そんな彼女の後ろで、いつの間にいたのやらシルクハットの少女が少し疲れたような顔で呟いていた。

 

 

「まさに……闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)だね」

 

 

 そしてしばらくの硬直の後、巨鳥から感じる気配が自分の知るお兄ちゃんの物と完全に一致していることを理解したその瞬間、マルクトは剣を放り捨てて巨鳥の首元に抱きついた。

 

 

『──!! ────ッ!!』

『……ごめん、ごめんね……マルクト』

 

 

 ──その時は自分が大天使であることも忘れて、声を上げて泣いた。

 

 

 




 一段落ついたし、そろそろ書くか……♠(とある世界線)

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