TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
おねショタ──それはカップリングの中で進化した組み合わせである。
由来はお姉さんとショタ(年端もいかない少年)の略称。
もちろん、ここでの「お姉さん」とは広義的な意味で年上の女性を指す言葉であり、少年とある程度歳の離れた組み合わせなら、たとえお姉さん側の年齢が十代の少女だろうと「おねショタ」に当て嵌まるのである。
故に、おねショタとは個人間において解釈に差があり、様々な思想や派閥があった。
たとえば同じ組み合わせでもショタ側が主導権を握っている場合は「これはおねショタではなくショタおねなのではないか?」と解釈違いを訴える者がいたり、「ショタは性知識の無い美少年でなければならない」だとか「ショタがゴブリン顔なのは許さない」、「寧ろゴブリン顔がたくさん集まってお姉さんをいじめるのがいいんやろ!」などという論争が日々絶えないジャンルである。
さながらそれはTS物好きという同好の士で集まりながら、メス堕ちを推奨する者とメス堕ちを許さぬ者が分かれているのと同じように──おねショタとは、業の深いジャンルなのだ。
その他にも「ショタ側は見た目が幼い少年であれば極端な話成人でもOK」という解釈もあれば、「ショタの正体が実は逆行して子供になったおじさんだったりするのはダメです!」と純粋な少年でなければ許さないという意見も少なくない。
もっと言えば「俺はエッチなおねショタが見たいんじゃねぇ! お姉さんとショタの仲睦まじい様子にほっこりしてぇんだよ!」と神聖なおねショタをR-18で汚す行為自体を毛嫌いしている層も居り、落としどころは見つからなかった。
間違いなく違うと言いきれるのは、おねショタと聞いて「おねしょしたショタ」という意味で解釈することぐらいだろう。この言葉を初めて聞いた時、そちらの意味で連想した者は少なくないだろうが。
有名なイラストコミュニケーションサービスサイトにおいても「おねショタ」は人気のある一大ジャンルの一つであり、同タグの付いた作品は約60000件にも上る。
年上のお姉さんとあどけない少年という組み合わせがそれほどの人気を博しているのは、男性向け創作のみならず、少女漫画などにおいてもそう言った要素を含むショタコンの女性向け作品も多いからだろう。
つまり、おねショタとは──
「おねショタとは、一般性癖だったんだよ!」
「なっ……」
「なんだってー!?」
場所は、回転寿司の人気チェーン店。
全店舗では現在放送中のアニメ「フェアリーセイバーズ∞」とのコラボキャンペーンが実施されており、いい歳した男たち三人はそれを目当てに仕事帰りに集まって近場の店に来店していた。
最初に言い出して招集を掛けたのは、この中で最もコアなフェアリーセイバーズファンであるロリコンのオタクだった。
彼らの目的はもちろん、今週から配布が始まった数量限定の原作者書き下ろしのイラストカードである。
当店では2000円以上の注文につき一枚、フェアリーセイバーズの原作者が描いた特別なイラストカードを貰うことができた。
なお、カードは全部で八種類ほどあり、どれも色つきのパックに封入されている為、引くまで何が入っているかわからないという闇の深い商法である。
閉店間際の時間にそんな戦いに挑むことになった彼らは、三人とも20年前の旧作「フェアリーセイバーズ」をリアルタイムで楽しんでいた同好の士であり、今夜はロリコンオタクの招集を快く引き受けたのだった。
そんな二人の熱量はロリコンオタクほどではないものの、それぞれ一児の父である彼らもまた、子供と一緒に「フェアリーセイバーズ∞」を楽しんで視聴しているファンの一人だった。
この中ではロリコンオタクだけが独り身ということになるわけだが、理解のある友人たる彼らはそれについて何か言うことはない。今の時代、独身のアラサー男性など珍しくも何ともないからだ。
そして彼が三次元の女性を愛せない体質──すなわち二次元に操を立てた男であることも二人は理解していた。故にその眼差しは優しかったのだが……そんなロリコンオタクが食事中に言った「おねショタもいいよね……」という発言に、二人は思わず目を見開いた。
「えっ? どうしたのお前? 「大人のお姉さんなんてなァ! ババアなんだよォ!」って気持ち悪く語っていたあの頃のお前はどこいったんだよ!?」
「偽者じゃあ! 偽者がいるおここに!」
「お前ら、酷くね?」
一斉にロリコンオタクの正気を疑う二人。
彼のロリコンぶりを知る二人の友人にとって、彼が年上のお姉さんの魅力を語り始めるなど天地がひっくり返るような感覚だったのだ。
ロリコンに対しておねショタなど、何の接点も無いどころか正反対の属性である。
唐突に宗派を変えるような奇行に、友人思いの二人は何か嫌なことでもあったのかと親身に応じ、彼の為にビールをもう一杯注文してやった。
当の彼はバンッと今しがた飲み干した二杯目のグラスをテーブルに下ろすと、手元の皿の鉄火巻きを一つ口の中に放り込んで飲み込んだ後に言った。
「いやね、俺もこの30年、もったいないことしてたなって思ったわけよ」
「どうした急に?」
「チミたちは俺の性癖を知っているな?」
「ああ、ロリコンだろ知ってる」
「だから今日は娘を連れてこなかったんだお」
「おい」
そう、彼は自他共に認めるロリコンである。無垢であどけない少女とかが好きだった。
誤解無きように言うが、対象はもちろん二次元限定である。現実の幼女ももちろんかわいいとは思うが、健全な意味であって性的にどうこう感じることはない。その辺りの事実を冷静に訂正しながら、ロリコンオタクは一児の娘を持つメタボの男を小突いた。
このメタボ男──大学時代まではロリコンオタクと同レベルかそれ以上のアニメオタクだったのだが、高校時代から付き合っていたお人形さんのようなツンデレ美人な恋人と大学卒業と同時に入籍したことを期に、今後の決意表明としてそれまでのオタク趣味を一切合切改めてみせた漢だった。
それまで蒐集していたフィギュアやゲーム、薄い本の数々を纏めて泣く泣くロリコンオタクに譲り渡していったほどであり、ロリコンオタクは大人になるって悲しいことなのねと友人ながら思ったものだ。
昔からいじめられっ子気質で手の掛かるデブだった彼が、こんなにも上手くやるとは……と、披露宴では涙ながらに盛大に祝福したものである。
そんな勝ち組に囲まれながら、ロリコンオタクは自らの性癖について熱弁する。
彼の年齢を考えると地獄のような会話だった。
「俺はな、大人のお姉さんなんてババアだと思っていたんだ。そんな賞味期限の切れた連中よりも、クッソ生意気だけど性根は優しくて正義感の強いちっちゃい美少女とかの方が好きだった」
「すまん、よくわからん」
「一昔に流行ったツンデレっ子だお。アレはいいものだった……」
「今は廃れ気味だけどな。そう、この鬱屈した現代社会では、不器用ながらも強気で背中を叩いてくれるヒロインよりも、いつでも器用に優しく寄り添ってくれる包容力溢れるヒロインが求められているのだよ。そう、T.P.エイト・オリーシュアのように!」
「お、おお……」
「うんうん、わかるお。ツンデレなんて毎日いると疲れるだけだお……愛してるけど」
「のろけおつ」
ロリコンオタクは熱弁する。今の時代における、理想のヒロイン像というものを。
確かに2005年辺りの年代ではオタクの間で「ツンデレ」という概念が非常によく流行った。
普段はツンツンして素っ気ない態度を取りながらも、要所では破壊力の高いデレを見せつけてくる女性の二面性──そのギャップが、数々の中高生たちを落としてきたものだ。
この「ツンデレ」もおねショタと同様、数々の解釈があり論争が絶えないのだが、代表的なツンデレキャラを想像すると小柄で子供っぽいキャラを思い浮かべる者が多いだろう。
男性キャラにおいても、某野菜王子や某邪眼妖怪などは女性ファンが特に多く、小柄で子供っぽいツンデレキャラとは男女共に根強い人気があることが窺える。
「お前、マルクトが最推しとか言ってただろこの前」
「もちろんマルクトは好きだけど、エイトもいいよね!」
「変わってねーなおめー……」
「ふっ……あまり褒めるな」
「褒めてねーお」
フェアリーセイバーズにおけるツンデレキャラと言うと、最近「フェアリーセイバーズ∞」でも活躍したマルクトがそれに当たるだろう。
何を隠そうロリコンオタクがツンデレの概念に目覚めたのが原作漫画版のマルクトであり、彼もまたツンデレに脳を溶かされた男の一人だった。
メタボの元オタクも、今でこそ一歩引いた感じでスカしているが、かつては彼も同じ理由でツンデレ美少女を愛し、三人で一緒に某神社へ聖地巡礼したこともあるほどのツンデレオタクであった。その結果、リアルでツンデレの嫁さんを捕まえた猛者でもある。
今も友人と話す時には語尾に「だお」を付けているのも、重度のオタクだった名残である。そんな彼の学生時代のあだ名は専ら「YARUO」だった。
そんな彼の成長を腕を組みながら称えるのは、彼と同じく一児の父である常識的な男だ。
彼は学生時代から二人に比べればライトなオタクであり、当時は暴走気味の彼らを纏める立場であった。そうは言ってもむっつりスケベで彼にも残念なところは多いが、見ての通り頭のいい奴だった。
そんな彼のあだ名は「YARANAIO」──甚だ遺憾である。
彼だけはツンデレキャラの魅力については今ひとつピンと来ていなかったが、それは彼自身の好みが小柄な子供っぽい女の子ではなく、物腰落ち着いた大人のお姉さんだからである。
最近の悩みは小さい頃の初恋が実り、結婚に至った愛しのマイワイフが、自分以上にコアなオタクだったという衝撃の事実を知ったことだ。それはそれとして夫婦円満な関係を築いている以上、彼はやはり勝ち組だった。
「エイトね……俺も「∞」は娘と一緒に視てるけど、最近凄いおね。昔のとはもう別物だお。いい意味で」
「ああ、凄いよな……うちの息子もこの間の回は、食い入るように見ていたし」
「意外にちびっ子たちも、エイトみたいな綺麗なお姉さんキャラ好きなんおね……ん? あれ? この間の回って、確か温泉回……」
「んん! で? ロリコンオタクともあろうものが、お前もエイトお姉ちゃんに惚れたのか?」
「お、おう、そういうことになるな」
クールで強くてカッコいい美人なお姉さん、「T.P.エイト・オリーシュア」というミステリアスなキャラクターは、幼女先輩の目にも魅力的に映っているようだった。
ロリコンオタクは一児の娘を持つメタボ男の貴重な情報に感謝するが、一方で常識的な男の息子の性癖が手遅れになっている事実を知るロリコンオタクは、親友のよしみで露骨な話題転換に付き合ってあげた。
「ぶっちゃけ俺、貧乳が好きだっただけっぽい」
そう言って、ロリコンオタクは最近になって理解した自身の本当の性癖をカミングアウトする。
それは二人の頭脳に衝撃を与え──ることもなく、二人して「そんな気はしてた」とあっさりした反応を寄越してきた。
これにはロリコンオタクも動揺する。
「えっ、うそ、お前ら気づいてたの!?」
「そりゃ気づいてたお。だっておめー」
「ロリじゃなくても、セイバーとか好きじゃんお前」
「お、おおう……なるほど、やっぱそうだったんだな俺……」
自分自身の本当の性癖というものは、案外気づかないものなのかもしれない。外から見ていた友人たちの方が自分のことを知っていたのだなと軽くショックを受けた。
店員から二杯目のビールを渡されたので、それをヤケクソ気味に飲みながら気を取り直してロリコンオタク改め貧乳オタクが語る。
時刻は閉店間際の21時50分。性癖剥き出しの話をするにはいい時間であり、いい酔い具合だった。
「いやさ……巷のお姉さんキャラって巨乳多いじゃん? 俺そういうビジュアルには何も惹かれないのよ」
「わからん。大人のお姉さんならでっかい方がいいだろ常識的に考えて。エイトお姉ちゃんはカッコいいお姉さんだと思うが」
「わかるお……あんまり大きいと下品に感じるお。俺はあのくらいが丁度良いお」
「だろ!?」
アニメのお姉さんキャラと言うものは、大人のお姉さんという要素を印象付けるために意図してスタイル良く描かれることが多い。それは世間一般の理想のお姉さんというものが、大体そのようにイメージされているからだ。
だが、貧乳オタクは最近になって気づいたことがあった。
それはたとえ小さくても、人は理想のお姉さんになれるのだということを……
「エイトお姉ちゃんはな……何かこう、頑張って大人のお姉さんを演じている感じがいいんだよ!」
思わず、二人が目を丸くする意見だった。
それは彼女の登場シーンが増えた最近の「フェアリーセイバーズ∞」において、子供と一緒に視聴していた二人にはなかった視点である。
「演じている? そんなシーンあったっけ?」
「ないお。エイトは出会った子供たちをさらっと助けたりしているけど、いつも余裕そうな顔してるお? うちの子なんて、エイトちゃんみたいなお姉ちゃん欲しいーって言っていたお」
「ふふん、それが間違っているのだよチミたち!」
演じていると言うには素敵なお姉さんムーブが堂に入り過ぎていると感じていた為、彼らは特別エイトに対してそのような印象を感じていなかった。
子供たちが憧れるヒーロー性とヒロイン性を併せ持ったキャラではあるが、それを彼女が意図的に演じているようにも見えなかったのだ。
首を傾げる二人に対して、貧乳オタクはチッチッチッと指を振りながら20枚目の皿を平らげる。ビール分の値段と合わせればとっくにノルマは達成しているのだが、嫁さんから摂生するように言われているらしく10皿程度に抑えているメタボの友人の分まで食べてやっていた。
せっかく集まったのだから、どうせなら二人とも特典を持って帰りたい筈である。自分が貰うにせよ、子供に譲り渡すにせよ。貧乳オタクは唯一の独り身ではあるが、気遣いのできる男だった。
「あの子は余裕なんかじゃない。余裕のふりして裏では必死な顔で頑張っている……そんなタイプに見えるね俺は」
「ソースは?」
「お姉さんキャラのくせに貧乳なこと」
「???」
「包容力がありそうなのに、おっぱいが小さいこと」
「いや二度も言うなよ、閉め出されるぞこの店から」
T.P.エイト・オリーシュアとは、清廉そうに見えて内実混沌とした人物であるというのが貧乳オタクの分析である。
子供たちや主人公たちを相手には太陽のように温かく照らしている一方で、彼女自身は闇を受け入れることこそを喜び、自らも「闇の呪縛」という禍々しい能力を好んで使用しているように見える。
元々、旧作からフェアリーセイバーズという作品は登場人物の「矛盾」というものが裏テーマとして設定されていた作品である。
主人公の炎からして炎属性のくせに初期は熱血漢とはほど遠い性格だったり、長太にしても一見熱い男に見えて心の奥底ではそんな自分を冷めた目で見ていたという矛盾を抱えていた。そして風岡翼も同様、飄々とチャラチャラしているように見えて、虚無的な感情を抱え続けながら生きてきた悲しい男だった。
そんな主要人物たちのように、新キャラであるエイトも何かしらの矛盾を抱えているのだろうと、20年来追い続けてきたファンである貧乳オタクは見ていた。
──それこそが、「お姉さんキャラなのに貧乳」という矛盾である。
「……いや、二人揃って「何言ってんだコイツ……」みたいな顔してんなよ! 地味に傷つくんだが」
「だって、ねえ?」
「何言ってんだコイツ」
「なんだよノリ悪いなぁ。昔はノってくれたのによー」
「大人になったから俺ら」
「おめーと違ってな!」
「うぜー」
学生時代はよく、真面目な顔してこんな馬鹿な話をしていたものだ。
既婚者である今の二人は昔よりも落ち着いたせいか、かつてほどノリは良くなかったが、それでも遠慮無く和気藹々と軽口を叩き合える関係であることは変わっていない。
フーッと嘆息した後、貧乳オタクは気を取り直して語った。
「俺はね、エイトが貧乳なのには理由があると思うんだ」
「その心は?」
元より「作者の人そこまで考えていないと思うよ」というマジレスは覚悟の上である。
しかし作中の描写から何かしらの意味を考察してしまうのが、オタクというものの性だ。極まった考察厨は何気ないパンチラシーンにすら何らかの意図を見出してしまうから恐ろしい。エイトはパンチラしたことはないが。残念ながら。ええ、残念ながら。
そんな彼にとっては「T.P.エイト・オリーシュア」というキャラクターが子供たちを導く包容力のあるお姉さんキャラでありながら、前回の温泉回で明らかになったようにマルクト並みに胸が小さいこと、そして彼女自身お姉さんキャラと言うには十代後半程度の容姿に見えて、炎たちとタメぐらいであることも重要な考察ポイントだった。
「なんて言うか母親になりきれない母性……姉って感じだろ?」
同意を求めながら、貧乳オタクはそっと箸を置いた。ご馳走様である。
久しぶりの回転寿司だが、中々美味しかった。今回は特典目当ての来店だったが、たまにはこうやって友人たちを誘うのもいいだろう。
昔懐かしのアニメをきっかけに旧交を温める。それはそれでいい時間であった。
──なお、勘定の際に貰った肝心の特典のイラストカードであるが……常識的な一児の父がチアコスチュームのエイトちゃん、メタボの元オタクが同じコスチュームのメアちゃんを見事に引き当て、貧乳オタクは抜群の胸囲を誇るマッスルネツァク様カードを引き当て無事終了した。
こう言った限定特典では、作中でまずしないような弾けたキャラのイラストが描かれるから困る。貧乳オタクとしては是非とも貧乳美少女を引き当てたかったので、一枚のカードに浮かび上がるキラキラしたネツァク様のスマイルには項垂れるものがあった。いや、ネツァク様も好きなんだけどね?
そんな彼を見かねたのか、やれやれと息を吐いたメタボの元オタクが「俺はあんまり食べてねーからやるお」とチアリーディングメアちゃんのカードを押し付けるように手渡してきたことに対して、貧乳オタクはあまりの男気に号泣した。
そして最近息子の性癖に悩む一児の父は、「これを持っていると色々ヤバい気がする。そろそろ息子のムスコがヤバい」とお互いの利害の一致により、ネツァク様カードとのトレードが無事成立し、目的通り二人の貧乳を手に入れた貧乳オタクは、彼らとの友情に深く感謝したのだった。
因みにコラボ第二弾は浴衣衣装のマルクトのカードが出るらしい。あこぎな商売をすると愚痴を溢すが、財布の紐はやはり緩んでいたと言う。