TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
……僕としたことが、カッコ悪いところを見せてしまったな。
しかも、目撃者多数のこの状況である。
穴があったら入りたい。ベッドの上でゴロゴロしたい気分だった僕は、涙が枯れたところで二人と一緒にケセドから離れると、泣きはらした両目と紅潮した顔をシルクハットで隠しながら、気を落ち着ける為にスゥっと深呼吸する。
そんな僕に対して二人のセイバーズは紳士であり、何も言わずにそっぽを向いてくれた。
でも、なんで君たちまで僕を見て恥ずかしそうにするのかね?
アレか、共感性羞恥心って奴か。わかるよ……僕もアニメとかで主人公が大衆の面前で急に大声を出した時とか、ついつい画面から目を離してしまうんだよね。自分には関係ない筈なのに不思議だよね人間。
──さて、蘇ったケセドである。
原作よりも酷い目に遭った彼は、流石に人間に対する悪印象は免れないかなぁと思っていた。
その為、彼が今後僕たちにどのようなスタンスでいてくれるのかとても不安だったが──彼は真面目な顔でマルクトに言った。
『マルクト、僕は彼らと共に行く。アイン・ソフに会って、ケテルと話をつけなければならない』
『……っ、どうしても……しなければいけないの?』
『うん、どうしても必要なんだ』
一点の曇りも無い目でそう言い切った彼の姿は、まさしくぐうの音も出ない聖獣だった。
そんな彼の言葉をマルクトは予想していたのか、声を荒らげて反発することはなかったものの、ショックを隠せない様子だった。
その傍らではケセドがついてきてくれることにメアちゃんと炎、長太が少し戸惑っていた。
「ケセド……いいの?」
「あんたがついてきてくれるのは、この先助かるけどよ……」
「いいのか? あんたはそれで」
『? 何のことです?』
「……カイツールのことがあったとは言え、俺たち人間が碌でもないことをあんたにしたのは事実だ。あんたは、それを……」
思うところがあって当然の話である。和平の交渉に行こうとした相手が、自分の身体を好き勝手弄くったのである。僕だったらイキりも忘れてキレちゃうね……
正直、サフィラス十大天使の中で一番人間を憎む資格があるのはこの子なんじゃないかと思っている。
炎がそんな僕たちの労りの気持ちを代弁して訊ねてくれると、ケセドは苦笑して答えた。
『でも、僕を救ってくれた君たちもまた人間だろう? 君たちの世界にいるのが悪人ばかりではないことは、メアと君たちに教えてもらったよ。だから、僕の気持ちに変わりはない』
「すまないな……」
『完璧な存在なんて無いよ、エン。僕たちだって間違えることはあるし、悪いところだってたくさんある。今回のことは流石にびっくりしたけど……これだけで、人間そのものを見限るなんてことはしないさ。僕たちは導く者だからね』
すげぇ……まさしく大天使様である。
さっきまで鈍感なハーレム主人公の如く引っ付く二人の美少女に困らされていたとは思えないほど、清々しく言い放つ彼の背中は後光が差しているように見えた。
尤も、その発言に隣のマルクトはとても不安そうにしているが。
そんな彼女を見て困ったように笑いながら、ケセドが語った。
『それに……人間は強い。ケテルの計画が実行されれば、僕たち聖獣だって無事では済まないだろう。たくさんの生命が傷つく……そんなことは、僕もアイン・ソフも望んでいないよ』
ポンポンとマルクトの肩を翼の先で叩きながら、ケセドは嘘偽りの無い気持ちを明かす。カッコいいぜお兄ちゃん。
『もちろん、マルクトやみんなに人殺しをさせたくないって気持ちも大きい。お互いの世界の為にも、ケテルの計画は絶対に止めなくちゃいけないんだ』
……ええ子や。
流石は僕の推しである。
解釈一致の生ケセド君にホロリとしながら、僕は労りのハグをする。
うーん、毛布のようなこの感触が堪らない! 寄りかかって眠りたいぐらいですよ僕は。
『エ、エイト様?』
「ケセド、キミは優しい子だね……ありがとう」
存在してくれてありがとう。不在じゃなくてありがとう。
これよ……この安心感よ!
原作で炎たちを導いてくれた彼こそが、慈悲の大天使ケセドである。
いやあ嬉しいなー。原作とは姿が変わっちゃったけど、本物のケセドだぜ。
それに、推しに「様」呼びされるこの背徳感は、今の僕にむず痒さと同時に妙な快感を味わわせてくれた。別にいいんだけどね呼び捨てで。そう言っているのだが彼が改めないのだ。
よーしよしよしと撫で回してやると、ケセド君は照れくさそうに身を捩らせた。何だよー。
『……王様は認めませんよ』
『マルクト、さっき言った通りだ。天使だって間違える。ケテルだってそうなんだ』
『…………』
ケセドの思想はケテルの為に生まれ、ケテルの為に生きてきたマルクトにとっては面白くないだろう。
しかし、大好きなお兄ちゃんの言葉とあっては当たり散らすこともしない。
それは彼とまた話せたことで、精神的に安定したのが大きいのかもしれない。
一番の被害者が寛大すぎるが故に、彼女は人間に対する恨みつらみをどう晴らすべきか迷っているのだろう。PSYエンスのボスとか生け贄に差し出してあげるから、どうにかそれで手打ちにしてくれないかな……と思ってしまうが、そこは今後の交渉で詰めていけばいいだろう。
炎たちがこの世界で行うのは、あくまで交渉の舞台を整えることである。サフィラス十大天使の王様はテコでも動かないだろうから、その為にはどうしても聖龍の仲介が必要だった。
『王様が道を誤った時、間違いを正すこともまた僕たちの使命なんだよ。その為に必要な力を、僕たちは持っているのだから』
『今の貴方、雑魚じゃないですか』
『うっ……それを言われると辛いな、はは』
『……わかりました。それがケセドの気持ちなら、もう何も言わない。そこの人間たちに負けた以上、ここは引き下がります。引き下がってあげますよ! 貴方の妹ですから! ……だけど、王様やコクマーはこの程度じゃないからっ』
マルクト個人としては一番彼女を突き動かしていたケセドがこうして帰ってきたことで、表情は複雑ながらも炎たちに対する敵意だけは収めてくれたようだ。
僕も、彼女とは戦いたくないからね……できれば次に会うのは、全部解決してこの世界が平和になってからにしたいものだ。
そんなマルクトは、深く溜め息を吐いた後、ケセドと目を合わせて言った。
『……気をつけてね、お兄ちゃん』
『うん、ありがとうマルクト』
FOO! まったく、ツンデレは最高だぜ!
あんなに執着していたのに、素っ気ないとは言うことなかれ。二人は人間とは比べ物にならない年数を共に過ごしてきた兄妹であり、固く結ばれたその絆は一時的に敵味方に分かれた程度では本来揺らぐものではないのだろう。
思えば原作「フェアリーセイバーズ」で拗れてしまったのも、お互いのコミュニケーション不足が原因ですれ違ってしまっただけなのかもしれない。
ケセドもマルクトも言いたいことを言えた分、別れ際の表情はスッキリした笑顔だった。
『では行きましょう、皆さん。エロヒムまで僕が案内します』
「ああ、助かる」
僕の手から直々に闇エネルギーを注入し、ケセドの器たる「
その背中に僕たちが続々と乗り込んでいくと、島の皆さんが手を振りながら見送ってくれた。
あっ、昨日の飛行少年もいる。やっほー。
僕が手を振りながら彼らの見送りに感謝を告げると、彼らの代表として筆頭天使さんがビシリと敬礼してくれた。渋いねぇ。
『ケセド様、救世主がたもお気をつけて!』
「おう、世話になったな!」
『島のことを、頼んだよ。僕は必ず帰る……たとえこの生命が、生まれ変わろうとも』
だから重いんだよこの大天使は!
これは末妹が心配するわけだ。彼が不穏なことを口走った瞬間、頑張ってスッキリ別れようとしたマルクトがまた怖い顔になったし。
『心配するなよ、マルクト』
『……?』
仕方がない。危なっかしいお兄ちゃんを持つ末妹に向かって、このチートオリ主様が宣誓してあげよう。
彼女個人に向かって、プライベートテレパシーで言い放つ。
『ケセドは必ず無事に帰す。このボク、T.P.エイト・オリーシュアの誇りに懸けてね』
『……お願い……お兄ちゃんを、頼みます』
おう、任された。
ケセドがこの先どんな死亡フラグを建てようと、それを有り余る力で捩じ伏せるのがチートオリ主のチートオリ主たる所以である。
だから僕が関わった者は、何人たりとも曇らせはしないさ!
「では行こう。理解の島エロヒムへ」
出発の合図はオリ主が締める。完璧なムーブだ。リーダーは炎だけど。
そうすると気持ち良さそうに青空へ舞い上がったケセドが、僕らを乗せて一気に飛翔していった。
──行ってしまった。
遠ざかっていく兄の背中に乗った人間たちの姿を、マルクトは複雑な心境で見送っていた。
言葉では快く送り出してやったが、本当なら大好きな兄と二度と離れたくはなかった。縛り付けて、部屋の中に閉じ込めてやりたいぐらいである。
しかし、彼が何を言っても止まらないことをマルクトはわかっていた。
同じサフィラス十大天使であるが故に、彼にも譲れない信念があることぐらいは。
自分がケテル最後の剣として生まれてきたように、ケセドにとっては人間たちと共に旅立ち、争いを止めることこそが使命だったのである。
難儀なものだと思う。誰かを導きたくて仕方がない、天使として生まれてきた者の性というものは。
彼らの姿が見えなくなった後もしばらくその場にポツンと佇んでいたマルクトの頭に、ふと女性の声が響いたのはその時だった。
『一緒に行かなくて良かったのかい?』
それは、懐かしい声だった。
その者の声を聞いたのは、今から100年ぐらいは前になる。
何故ならば、彼女は滅多なことではサフィラス十大天使の前に姿を見せないからだ。
……自分も大天使のくせに。
『……私はケテル最後の剣。今は戦う余力が残っていないので彼らを見逃してしまいましたが、
形容しがたいこちらの心境を見透かしたような問い掛けに、軽く苛立ちながらマルクトが答える。
その言葉に、後ろに立つ女性はやれやれと肩を竦めているようだった。
『不器用な子ねぇマルクトは。君は生真面目すぎると言うか、いじっぱりというか』
『貴方にだけは言われたくありません。放っておいてくだ──?』
今さらノコノコと出てきて、何しに来たと……そう思いながらマルクトが、振り向いて物申そうとする。
しかし、その姿を見て思わず言葉を止めた。
そこには八枚の翼を持つ黒髪の女性──サフィラス十大天使3番目の天使、「理解」を司る大天使が真の姿で佇んでいたのだ。
それは日常の大半を擬態した姿で過ごしている彼女にとっては、非常に珍しい光景だった。
尤も、真の姿とは言えその顔は頭部を覆う漆黒のヴェールに隠されており、相変わらず素顔を窺うことができない。
ウエディングドレスのような漆黒の衣装を身に纏う彼女の素顔を知る者は、サフィラス十大天使の中でも限られていた。少なくともマルクトは、未だにベールの中身を見たことがない。
その辺りも彼女のことを個人的に嫌う理由である。
『……懐かしいですね、本当の姿で来るなんて』
『そうかい? ああ、この姿で君と会うのは……大体、300年ぶりくらいかな?』
『そんなに昔じゃないです』
確かに随分と久しぶりではあるが、マルクトの記憶が正しい限り精々150年かそこらである。
マルクトは──
だからこそマルクトは、自身の島にいて彼女のいい噂を碌に聞いたことが無かった。
『いつもみたいに擬態していないなんて珍しいですね。どういう風の吹き回しですか?』
可愛らしい子犬に擬態して擦り寄ってきたことをマルクトは一生忘れない。
それに気づかず、一緒に風呂まで入ってあれこれと遊んだこともだ。幼い頃のトラウマが響くのは、大天使と言えど変わらなかった。
『さてね……大好きなお兄ちゃんに対して、ようやく素直になった誰かさんに触発されたのかもしれないね』
『……っ、ふ、ふん! 見ていたんですかいやらしい!』
『特等席でね。とてもほっこりしたよ』
いやらしいこの大天使が、島のどこかで見ているとは思っていた。
ネツァクも言っていたが、T.P.エイト・オリーシュアからは僅かに彼女の気配を感じていたのだ。
おそらくは、彼女のことをお得意の観察で「理解」しようとしていたのだろう。
そして今彼女の元から離れたことで、大凡の「理解」を終えたのだろうとマルクトは察していた。
ならば丁度いい。理解の天使には、聞きたいことがあった。
『……ダァトなの? あの方は』
T.P.エイト・オリーシュアの正体である。
ホドが語っていた原初の大天使ダァト説。
マルクト自身が彼女から感じた──何か心がポカポカするような不思議な感覚。
それを見ていた理解の天使が、彼女のことをどう見ているのか気になったのだ。
理解の天使はマルクトの問いに、曖昧な言葉で答えた。
『可能性は高いと思うよ。もちろん、確定とは言えない。彼女にはまだ隠されている謎が多いからね。私が見ている間、他の
そこまで語り、理解の天使は言葉を止めた。
はぐらかすような物言いに眉をひそめる。こう言うところもマルクトは好きではなかった。
『それとも、何ですか?』
問い質すマルクトに対して、彼女は人差し指を立てながら言った。
『それを確かめるのも天使の仕事だよ、マルクト。じゃあね、ケテルによろしく』
まるで師匠気取りである。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その前に彼女の姿はこの場から消えていた。
テレポーテーション──彼女の得意とする聖術の一つである。
神出鬼没で、気ままに現れては消えていくのが彼女という大天使だ。
マルクトはぼそりと恨み節を溢した。
『だから
やはり、長女のことは苦手だ。
理解の大天使ビナー。
その翼は他のサフィラス十大天使と同じく全部で八枚宿しているが、左側の四枚が半分ほど欠損しているのが他の大天使と異なる特徴である。
彼女が擬態ばかりして真の姿を晒さないのは、そんな自分の醜い羽を見られたくないからだというのがティファレトの推察だが……マルクトにはそうは思えなかった。
彼女の左翼は昔、愚かにも
──そんなことは、したくないけど……
マルクトは溜め息を吐き、兄の消えた空を名残惜しい思いで振り仰いだ。
朝起きたらたくさんポイントが増えてて驚きました。
おかげさまで目標達成です! ありがとうございます!