TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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 今回は本筋です


チートオリ主理解編
深夜の空に9歳の少年を連れ回す事案


 あれは嵐の日のことだ。

 

 一年前、事故で空から落下し、重傷を負った。

 それ以来、鳥人族の少年ロスは空を飛べなくなった。

 治癒術師には「生きているだけでも儲け物だよ」と言われた。事故当時の状況はそれほど酷く、まさに九死に一生を得た命だった。

 身体的な後遺症が残らなかったのも、奇跡と言っていいだろう。実際、その後は日常生活を送る分には何の問題もなく過ごすことができたのだ。

 

 ──しかし、精神的な傷痕は今も残り続けている。

 

 怖いのだ。

 九歳になり、身体もすっかり元気になった今、ロスは空を飛んでいると無性にあの時の恐怖が蘇ってしまう。

 パニックになってしまったロスは水の中で泳ぎ方を忘れたように羽の使い方が無茶苦茶になり、目指す方向とは明後日の方向に飛んでしまい、最終的には地面に降りてしまうのだった。

 それは、心理的な外傷──事故時のトラウマが原因だった。

 

 だが、このままで良いわけがない。

 

 鳥人族は空で生きる種族だ。昨今五歳児でも大空を自在に飛び回っているのに、九歳にもなって飛べない鳥人族など一族の恥である。

 特に自分は健康体であり、身体は何ともない筈なのだ。それなのにいつも申し訳なさそうな目で見てくる両親の目が、ロスには苦痛だった。

 

『大丈夫、大丈夫……』

 

 町から少し離れた灯台の上。

 雲海を見下ろせるその施設の屋上に立つと、ロスは深呼吸をしながら自分自身に言い聞かせるように反芻した。

 リハビリは十分であり、治癒術師からも太鼓判を押されている。飛ぶこと自体はできるのだ。ただ一定の高度を超えると急に怖くなり、羽ばたけなくなるだけで。

 大丈夫、僕はできる。元々同世代の中では飛ぶのが得意な方だったのだ。ロスは目を閉じて怪我をする前の自分を思い出し、意を決して目を開く。

 

 そして一歩前に足を踏み出し、灯台の屋上から飛び降りるように空へ飛び出した。

 

 風は丁度いい強さで吹いている。

 暗闇ではあるが、絶好の飛行日和だった。

 そんなエルの空で、ロスがもがくように翼を羽ばたかせる。すると、その小さな身体が風に乗って滑空し、ロスは鳥人族としての本能に高揚を覚えた。

 

 イケる……これなら!

 

 翼は問題無く動く。手応えを感じたロスは高度を上げてさらに上昇していき、飛び降りた灯台よりも高く舞い上がった──その時だった。

 

『──ッ』

 

 不意に、景色が変わった。

 それは、落雷が轟く大雨の中。

 乱れ狂い、制御を失った自分自身の翼。

 迫る地面。

 

 事故当時の記憶が一秒一秒スローモーションとなって、ロスの脳内へと呼び起こされたのである。

 それは彼が空に怯えるようになった記憶の、鮮明なフラッシュバックだった。

 

『あああ……あああああっっ!』

 

 フラッシュバックに思考を塗り潰されたロスは錯乱し、絶叫する。

 駄目だ……何度試してもこうなる。

 鳥人族にとって当たり前の空が、ロスにはあまりにも遠く、恐ろしかった。

 そんな彼は溺れたように翼をばたつかせながら、地上に向けて高度を下げていく。彼の中の防衛本能がこれ以上の飛行に危険を察知し、震える脚で灯台の屋上へと舞い戻ったのである。

 

 ロス自身はどうやって戻ってきたのかわからないほどに、頭の中が真っ白だった。

 

 

『がっ……はぁーっ……はぁ……はぁ……!』

 

 呼吸を激しく乱した彼は、着地した途端両膝を突いて崩れ落ちる。

 苦しさと悔しさに打ちのめされ、ロスはその拳を自分自身に向けるように地に打ちつけた。

 心の中はひたすらに情けなくて、泣き出したくなるほど苛立ちに染まっていた。

 飛べるのに、飛べない。目指す空はどこまでも遠かった。

 

 ふと前からそんな自分の姿を心配そうに見つめている眼差しに気づいたのは、それから数拍の間を置いた時のことだった。

 

 

 

「大丈夫? 治療しようか?」

 

 

 その時──月の輝く灯台の上で、ロスは天使と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪の女性、「T.P.エイト・オリーシュア」と名乗った彼女が人間に擬態した天使であることは、このエルの島民たちにとって周知の事実だった。

 

 その背中に王様(ケテル)に並ぶ十枚の翼を広げ、空から深淵のクリファ、アディシェスが撒き散らした毒を悉く浄化してくれたのである。そんな御業ができるのは聖龍かサフィラス十大天使しか有り得ず、その時の彼女が見せた慈愛の心や美しい姿はこの島の主だったケセドに通ずるものがあった。

 

 それ故にロスは、彼女のことを人間だと思っていなかった。

 

 大天使の一人を相手にするのと同じ気持ちで畏まっていた彼に気を遣ったのか、エイトという女性はこちらの緊張を解くようにロスの背中を擦ってくれた。

 そんな彼女は生地の薄い民族衣装のような華やかな衣装を身に纏っていることから、ロスの心をドキリと跳ねさせたものだが……密着した彼女から発せられる心地よいアロマのような香りが、次第にロスの神経を落ち着かせていった。

 

 ロスは彼女に促されるままに、自分のこと──自分が鳥人族なのに空を自由に飛べないこと、その原因であるかつての事故のことを話した。

 その間彼女は項垂れるロスの顔からじっと目を離さず、親身な態度で一言一句相槌を打ちながら聞いてくれたのが、ロスの心を少しだけ楽にしてくれた。

 

「そっか……大変だったんだね……」

「……うん」

 

 気づけば二人横並びになりながら夜空に浮かぶ満月を眺め、灯台の上で三角座りをしていた。

 ロスが語り終えると、エイトは悲しそうに目尻を下げながら労るように彼の肩を叩いた。

 その指先から伝わってくる柔らかな感触が、彼女の優しい心を表しているように感じた。

 

 大天使様に、何を言っているんだ僕は……そう思い、ロスは余計に自分が情けなくなる。

 

『ダメだな、僕……空が怖いなんて……鳥人族失格だ……』

 

 心から、そう吐き捨てた。

 何度舞い上がろうとしても、ロスはこの大空に羽ばたくことができない。

 彼女のように優雅に飛ぶことなど夢のまた夢で──残酷な現実に打ちのめされたロスを襲ったのは、鳥人族としてのアイデンティティを喪失したことによる激しい自己嫌悪だった。

 そんな彼に対して、エイトは夜空の月を見つめながら言い放った。

 

 

「明けない夜はないよ」

 

 

 月に照らし出された横顔から、囁くような声で彼女が続ける。

 

 

「この世界の月はとても明るくて、美しい。だけど時が過ぎればやがて沈み、暖かな日が昇る。何事も同じだよ」

 

 

 懐かしむような顔で、T.P.エイト・オリーシュアが穏やかに微笑む。

 再びロスの視線と交錯し、彼女は諭すように言った。

 

「今は苦しくても、諦めなければ救いの時は必ず訪れる。そのチャンスを生かせるかどうかはキミ次第だけど……キミはこうして自分の将来に思い悩んで、苦しみに打ち勝つ為に努力できる子だろう?」

 

 ポンッと、ロスの肩に手を掛ける。

 それは彼が心のどこかで、ずっと欲しがっていた言葉だった。

 

 

「エラいぞ、少年」

『──ッ、あ……』

 

 

 嬉しさと照れ臭さで顔が赤くなる。

 褒めてもらった。大天使様に。

 

『へへっ』

 

 まだ何も成したわけではない。しかし自然と笑みが漏れてしまった。

 結果は何も出せておらず、ロスは飛べない能無しのままだ。

 しかし、彼女ほどの人物に努力を肯定してもらえたのは、申し訳なさ以上に込み上がってくるものがあったのである。

 

 赤くなった顔を伏せたロスの横でエイトが立ち上がり、「ん、んー……っ」と艶めかしい声を漏らしながら背伸びをしてチャーミングに仰け反る。

 動きにくそうな格好だが、ストレッチのつもりなのだろうか。彼女が着ている衣装の袖の余りが、風に吹かれてパタパタと揺れ動いていた。

 僅かにめくれた膝下に目が入ってしまったロスは、慌てて視線を逸らしながら立ち上がった。

 

「うーん、そうだね。キミは何も、空が嫌いになったわけじゃないんだろう?」

『は、はい……ただ高くなると、急に心臓がバクバクしてダメなんです……』

「ふむふむ……よし。じゃあさ、まずは空を楽しむところから始めようか」

『え?』

 

 そう言いながら人差し指をピンと立てて、エイトがイタズラっぽく笑う。

 それは何か、先程までの儚い表情と違って悪友めいた雰囲気があった。

 

 

『わぁ……!』

 

 ──そして今、ロスは空高くから島を見下ろしていた。

 

 灯台よりも、ずっと高い。

 飛んでいるのだ彼は。

 しかし、彼自身の翼ではない。彼の両脇から両手で抱き抱えながら、T.P.エイト・オリーシュアが十枚の翼を広げてロスを空中旅行に連れていってくれたのである。

 

「どうかな? ボクのエスコートは」

『最高ですっ! こんなに高いところ、初めて……!』

「ふふ、いいものだろう? 夜空のフライトって言うのも」

『うん!』

 

 背中から伝わってくる感触と赤子のように抱きしめられた体勢に最初は恥ずかしがっていたロスだが、その際に浮かべたエイトの不思議そうな顔に邪な気持ちは霧散し、彼はこのフライトを受け入れることになった。

 そしてロスは、彼女の提案を受けて本当に良かったと思った。

 大空から見下ろす島の景色は美しくて、懐かしくて──自分が空が大好きなのだと身に染みて理解することができたのだ。

 その瞳をキラキラと輝かせて下界を見渡すロスの顔に、エイトが嬉しそうに笑った。

 

「かなりの高さだけど、今は空が怖いと感じるかい?」

『ううん、大丈夫です。何でだろう……? 天使様がついているからなのかな……全然怖くないです! 寧ろ……』

「寧ろ?」

『な、なんでもないですっ』

 

 きょとんと首を傾げる彼女から視線を外し、ロスの顔が再び赤くなる。

 僕は今何を言いかけた? なんで言葉を止めた?

 ロス自身が彼女に対する挙動不審な自分が理解できず、不思議に思いながら島の景色へと視線を戻した。

 ダメだダメだダメだダメだダメだ。天使様は僕の為にここまでしてくれているんだ。変なことは考えちゃいけない。

 かーさんより慎ましいけど柔らかい感触とか、耳元に掛かる吐息の甘さとかそういうのは!

 聖獣にとって、一般的に九歳という年齢は幼いながらも異性に関心を持ち始めても不思議ではない年齢であったが、ロスは耐えた。持ち前の精神力で耐え抜いてみせた。

 しかし自身の身体を包み込むように後ろから抱きしめる彼女の温かさこそが、彼の空への恐怖を打ち消しているのは確かだった。

 寧ろ、安心を感じている……それが今のロスの、惜しみない感情である。

 

 そうして彼らは十分ほど空の旅を満喫し、再び灯台へと戻った。

 

 その時のロスは既に、折れかけた心は立ち直っていた。

 

『僕、やります』

 

 前を向いて、力強く言い切る。

 それは空を飛ぶことを諦めた少年の顔ではなく、夢に向かって覚悟を決めた「男」の顔だった。

 そんな彼の視線を受けて、エイトが満足そうに頷いた。

 

「乗りかかった船だ。あと一時間ぐらいなら付き合うよ。危なくなったら受け止めてあげるから、頑張ろう少年」

『っ、はい!』

 

 そうして、ロスの挑戦が始まった。

 空を飛ぶ気持ち良さ……先ほどエイトに連れられた時に感じたものを忘れぬうちに、ロスは自分に打ち勝とうと思ったのだ。

 そんな勇気に応じるように、エイトが彼の秘密の特訓に付き添ってくれた。

 

 それから始まった飛行訓練は、何度も失敗した。

 一定の高度へ上がった途端翼の動きが固くなり、落下していくところをエイトの見えない力──念動力に受け止められたり、時には彼女の胸に直接受け止められたりということもあった。

 特に後者は何度も繰り返してたまるかと闘争心を掻き立て、ロスをより必死の形相で空へと復帰させたものだ。これ以上受け止められたらもう自分がおかしくなる。まだ幼いながらも、ロスの心は立派な男の子になりつつあった。

 

 そして──

 

 

『やった! やったよ天使様っ!』

 

 

 挑戦すること三十回目。

 ロスは遂に成し遂げた。

 地上から1500m以上の高さを飛び回っても、フラッシュバックは起こらず動悸も無い。翼の羽ばたきは非常に滑らかで、手足のように自由自在に羽ばたかせることができた。

 そんなロスと並走して飛行していたエイトが、無邪気な彼の喜びを祝福する。

 

「頑張ったね。凄いな、キミは」

『天使様のおかげです! 本当の本当にありがとうございますっ! 天使様がいなかったら、僕は……』

「ボクはほんの少しだけお節介を焼いただけさ。キミがまた飛べたのは、空が好きだって気持ちがあったから……それにね、昔はボクもキミと同じだったんだ」

『え?』

 

 興奮するロスに対してそう返したエイトの言葉に、思わず首を傾げる。

 天使様が、僕と一緒?

 その言葉の意味するものがわからず困惑するロスに、エイトは遠い過去を懐かしむように語る。

 

「小さい頃、何度も落ちて叱られた。お前は身体が弱いんだから、無理をするなと言い聞かされたよ」

『っ……それって……!』

「ふふ……秘密だよ? だから、周りには言い触らさないでほしいな」

『は、はい!』

「よろしい」

 

 この立派な大天使様も、昔は上手く飛べなかったと言うのである。

 それはきっと今より遥かに大昔の話で、今の彼女からは想像もつかない過去だが──恥ずかしそうに笑う彼女の顔に、ロスは意外な一面を見たような気がした。

 そしてその事実を知った自分が、なんだか特別な存在になれたようで少し嬉しかった。

 

「そんなボクだけど、それでも好きだった。高いところがずっと大好きだったから……ボクはその気持ちを、諦めたくなかった」

 

 だから、キミにシンパシーを感じたのさと彼女は語る。

 未熟だった頃を懐かしむその言葉は、ロスに勇気を与えた。

 こんなに凄いお姉さんでも、そういう時期があったのだと。ならば自分も、今からでも頑張り続ければ立派になれるのではないかと。

 

 そして、その時は──改めて、お礼を言いたいと思った。

 

 簡単に会えるような天使様でないことはわかっている。

 だがそれでも、ロスは心に誓った。

 何年か先になっても、必ずこの翼で会いに行くと。

 

 ──そんな少年の、成長の一幕である。




エイト「昔はボクも(木登りをして)よく落っこちたものだよ……」

ショタ「天使様も(飛行中に)落ちたのかー……」
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