TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
ダァト。ダァトねぇ……そこはかとなくどこかで聞いたような気がするのは、サフィラス十大天使のモチーフが他作品でもよく使われている「なんとかの樹」っていう神話だからだろうか?
僕はそういったアニメ作品の元ネタとなる神話の類いには詳しくないのだが、いつだったか昔、中学時代のマイフレンドがサフィラス十大天使について元ネタのうんちくを語っていたものだ。
まあ、アイツのうんちくってどれもウンチみたいにくっそどうでもいい話ばかりだったから聞き流していたけど、こんなことになるならちゃんと聞いておけば良かったな。
……もう会えない奴のことを気にしても仕方がないか。
僕は今を生きるオリ主なのだよ。
そういうわけで、僕は一時間ぐらいまったりとビナーとの世間話を楽しんだ後、自分が今すべきことをやるべく座布団から立ち上がったのだった。
「さてと……」
『行くのかい?』
「そろそろ、エンたちがツバサのところに着く頃だろうしね。楽しいおやつタイムをありがとね、ビナー」
『こちらこそ、貴重な時間に感謝しよう』
ビナーとの世間話で聞いたが、このエロヒムは「理解の島」と呼ばれているだけあって、フェアリーワールドの歴史とか成り立ちについてどこよりも詳しい情報が集まっているらしい。
古代の遺跡とかそういうロマンをそそられる施設も多いようで、件の「ダァト」についての記録も僅かながら残っているとのことだ。
そこらで僕が「ダァト」ではないことを証明する決定的な証拠でも掴めればいいんだけどね……まあ、RPGで言うところのサブクエストのような心構えで探すとしよう。
今はそれより、物語的に一番重要なメインクエストと呼ぶべき事柄、セイバーズ最後の仲間「風岡翼」との合流が大事である。
いやあ、久しぶりだなぁ。
実際はそれほど日にちは経っていないのだが、彼とは一か月ぐらい会っていないような気がする。それだけこの数日間が色々と濃すぎたわけだが、流石は原作でも高密度を誇っていた異世界編と言うべきか。
彼と合流する場所も流れも原作とは大分変わってしまったが、五人の中で一番最後に合流するという点だけは原作通りと言えた。
「カバラちゃんはこれからどうする?」
「キュッ」
『君たちといたいそうだ。私としても、今後も君たちの動向を知りたいので連れていってくれるとありがたい』
「そっか。ふふっ……おいで、カバラちゃん」
「キュー!」
僕が手招きすると、カバラちゃんは嬉しそうな鳴き声を上げて僕の胸へと飛び込んできた。
よーしよしよし。僕たちはもちろん一緒だよ?
実は僕、カバラちゃんのことを獣化した人ではないかと心配していたのだ。人外物のSS的に考えてね。
しかし、晴れてれっきとした小動物であることを知った今、僕はこの子のことを遠慮なく可愛がることができた。いや、今までも遠慮なく可愛がっていたけどね? 99.9%の安心が100%に変わるだけでも心情的には大分違うのである。
『カバラちゃん、か……世界樹の根から運命を占うフェアリーワールドのデータベース、「カバラの叡智」から取るとは粋だね。いい名前を与えられたね、カバラちゃん』
「キュー」
ん? カバラの叡智? なんやそれ。
カバラちゃんの名前の由来はカーバンクルにゴジラを足せばもっと良くなると思ったからなんだけど……そういう固有名詞は、既存の何かにあったのかね。偶然の一致である。
まあ、そんなことはどうでもいいか。要するに僕がカバラちゃんと名付けた名前は、大天使ビナー様も絶賛するナイスネームだったということだ。流石は僕。
「ビナーは来ないのかい?」
『私はこれでも忙しくてね。ツバサのことは君たちに任せるよ』
「うむ、任された」
「風岡翼を救ってほしい」と言った彼女の意味深な発言の意図は気になるが、まあアイツなら問題あるまい。セイバーズきっての万能キャラである風岡翼なら、寧ろ画面外で色々な問題を解決しているのではないかという期待すらあった。
和風の絨毯から離れ、僕はブーツを履き直す。このブーツは走りやすく怪盗活動でも逃走中に脱げることがないような構造をしている為、やや履きにくいのはご愛嬌である。
んしょっと……よし、OK。では行こうかね。
「サフィラの祝福があらんことを、ビナー」
『……うん。気を付けて、ダァト』
だからダァトじゃない……筈なんだけどなぁ。
こうもしっとりした感情を僕に向けてくるビナーの銀白色の瞳を見ていると、迂闊に否定するのも怖い感じがした。
そういうわけだから……おめえの出番だぞ、翼!
そう、セイバーズ随一の万能キャラ、風岡翼の本職は探偵だ。
しかも、頭に名がつくほどの探偵である。アニメ「フェアリーセイバーズ」でも彼がメインの回はいつも「なんか作風違くね?」と子供心に思ったほどだ。
翼のメイン回では冒頭で異能による怪事件が発生し、探偵として先行した彼が黒幕を突き止め、機動部隊である炎と長太が出動し三人で解決する流れが基本となる。
どれも一話完結で終わる都合上、Aパートの間でテンポ良く謎解きをしていく彼の姿は非常に頼もしかったものだ。
まさしく、このようなミステリーを調べさせるのにはうってつけな人材である。
よし、彼をいい感じに誘導して、サフィラス十大天使0番目の大天使とかいう「ダァト」について調べさせよう!
名探偵の彼ならば、すぐにダァトの全貌について調べがつく筈だ。
そして僕は自分の正体がダァトとは無関係な美少女TS異能怪盗パーフェクトオリ主エイトちゃんであることを再確認し、安心して否定することができるのである。
その場合、ビナー様には旧友との再会をぬか喜びに終わらせてしまうことになるが……そこは僕の管轄外である。オリ主はオリ主であり、いかにチート能力を持っていようと他人にはなれないのである。
そうと決まれば、尚更合流を急がないとね。
僕は「千里眼」と「サーチ」を調合することで発動したハイパーセンサー的な異能によって、この聖都「ベート」を中心に円を描くように隅々を探索していく。
ケセドパワーを手に入れたことによって、「テレポーテーション」共にその有効範囲は以前とは段違いである。
もちろん、今から炎たちに追いつくのも楽勝だった。
えーっと、炎たちは……ああ、いたいた。
炎たちはザフキエルさんに連れられて、ここから1000kmぐらい先の町に降り立っていた。こうして見ると、「
彼らが降り立った町は、どこかの渓谷の下にある小さな村のような場所だった。このベートとは異なり、人工物も少なく末期的な荒廃感がある。
自然も茶色だらけで緑が極端に少ない。何と言うか、ウエスタン映画のテキサスみたいな雰囲気だった。
ここに翼がいるのか……どちらかと言うと、田舎よりも都会が似合う彼からすると、イメージと違う居場所である。
「……行くか」
ともかく、実際に行ってみなければ始まらない。出発進行だ。
僕はカバラちゃんを肩に乗せながら「テレポーテーション」を発動した。
ベートから1000kmほど離れた場所にある閑散とした町「ヘット」は、かつて理解の大天使ビナーと峻厳の大天使ゲブラーが協力して深淵のクリファ「シェリダー」と壮絶な戦いを繰り広げたとされる古戦場の地である。
遥か古に起こったその戦いの爪痕は現代に至っても未だ刻まれ続けており、中心部には今もなお草木一本生えないことから、当時の戦いの凄惨さを物語っていた。
そしてヘットのすぐ側に広がっている大地の裂け目は「ルキフゲスの檻」と呼ばれており、まばゆい光の檻によって閉じ込められたその中には、深淵のクリファ「シェリダー」が当時の姿のまま眠りについていた。
偉大なる大天使が邪悪を打ち破った聖地にして、邪悪が眠る封印の地。そんな「ルキフゲスの檻」を監視するのが、古来から続くヘットの民の使命だった。
それ故にこの町は、古来から封印の力を受け継ぐ特別な血を持つ者でなければ住まうことが許されない聖域であった。
「そんな場所に、俺たちを連れてきて良かったのか?」
閑散としたヘットの町に降り立つと、ビナーの筆頭天使ザフキエルの口からこの町の説明を受けた炎たちが、聖地に人間を連れてきたビナーの判断に首を傾げた。
カバラちゃんの目を通して監視していた自分たちのことをそれほどまでに信用してくれるのはありがたいが、余所者に対して寛大に過ぎるのではないかと思ったのである。
そんな炎の問い掛けに、ザフキエルは苦笑を浮かべながら答えた。
『ビナー様は、寧ろ貴方がたが人間だからこの地に招いたのでしょう。ここには深淵のクリファが眠っており……その為か、この島では最もアビスの発生が多い地です』
「そいつらを、俺たちに退治してほしいと?」
『ええ、あの方は合理的なお方ですので』
人間を招くことは、彼らにとっても益があるのだと言う。
何故ならば深淵のクリファを含む全てのアビスにとって、人間の異能使いは大天使以上の天敵だからである。
「この前、ホドが言っていた。アビスは何度倒しても生まれ変わり続ける存在で、その輪廻を唯一断ち切れるのが人間の異能だと」
『ええ。故に、アビスの脅威を完全に取り除く為には人間と聖獣が協力し合うことが必要だと、ビナー様はお考えになられています』
『アイン・ソフもね。でもそうか……ビナーも僕と同じ考えだったんだ』
天使がアビスを倒しても、それは一時凌ぎにしかならない。
アビスは死してなお生まれ変わり、そして生まれ変わる度に以前より力を増していく。
そうしてアビスが誰の手にも負えない力を身につけてしまったその時が、フェアリーワールドの最期だと炎たちは聞かされていた。
なればこそ、今は聖獣と人間で争っている場合ではないのだ。
『尤も、多くの人間はまだ異能の力を完全に引き出せていません。アビスを討てるようになるにはまだ未成熟であり、実現するのは数世代先だと思っていましたが……貴方と貴方、そしてカザオカ・ツバサは既に完成された異能使いのようですね』
「フェアリーバースト……」
アビスとの戦いで鍵を握るのが、極まった異能使いによるフェアリーバーストへの覚醒だ。
炎はPSYエンスのボスとの戦いで、長太はネツァクとの戦いでその力に目覚めた。
そして三人目──ザフキエルが語った言葉に、二人は反応した。
「翼も使えるのか? この力を」
『ええ、ビナー様の試練を受けたことで、彼もまた貴方がたのように力に目覚めました』
「おお! くそう、一人だけ使えないアイツを煽りたかったんだけどなぁ」
「チョータ、酷い……」
「じょ、冗談だよメア!」
流石は風岡翼か、頼りになる男である。仲間たちから孤立しても、彼にとっては慣れたものだったのかもしれない。
協調性が無いわけではないが、元々彼はセイバーズの中でも単独行動が多く、それがことごとくプラスの方向に状況を転じさせるトリックスター的な存在でもあった。
そんな彼は他のメンバーさえも欺きながら敵のアジトに忍び込み、PSYエンス壊滅にも一役買ったものだ。
尤も、付き合いが浅いうちにはそんな彼のことは酷く胡散臭い人間に見える為、三人が今のように仲間意識を抱くようになるまでは時間が掛かったものである。
或いは炎にとって、仲間たちの中で最も味方で良かったと感じている人物が風岡翼という男だった。
そんな彼がフェアリーバーストに目覚めたのなら、もはや鬼に金棒である。
仲間のパワーアップを頼もしく思う炎たちに向かって、ザフキエルはある方角に目を向けながら告げた。
『カザオカ・ツバサはその力を得たことで、ビナー様に忠誠を誓う同志となり、アビスを討つ剣となることを選びました。あちらのように……』
「……!?」
「あれは……!」
──突如として、町に突風が吹き抜ける。
その風に髪を靡かせながら振り向いたザフキエルの視線の先には、遠くからでもわかる大災害の風景が広がっていた。
「竜巻……?」
殺風景な景色が広がる荒野の先──積乱雲の下では、地上から天空に掛けて細長く延びていき、高速で渦を巻きながら上昇していく気流が発生していた。
──それは、直径100mに及ぶ巨大な竜巻だった。
まさしく竜のような猛烈な暴風を撒き散らしていくと、その竜巻は地上から液体状の黒い物体を巻き込んでは霧散させていく。
自然現象だとしても驚愕すべきことであるが、さらに恐ろしいのはその竜巻は明らかに意思を持っており、周囲の聖獣たちには誰一人として被害を出すことなく、的確に「敵」だけを襲って葬っていることだった。
その事実に一同が気づくと、即座にこの現象の正体を看破する。
『……! あれは、異能だ! 人がアレを起こしているんだ……!』
「すげぇ……アビスの群れを全部纏めて吹き飛ばしてやがる……!」
「あれが、フェアリーバーストに目覚めた翼の力……?」
竜巻は自然現象ではなく、異能の力だった。
よく見れば竜巻の中心部に誰かがいるのが見える。
呆気にとられながらその光景を眺めていると、やがて全てのアビスが一掃されたことで突風は収まった。
『終わったようですね。行きましょう』
「あ、ああ」
これが、今の風岡翼の力だというのか……味方である筈のその力が、本能的に恐ろしいと感じる光景だった。
気を取り直した一同はケセドの背に乗り込むと、ザフキエルが飛び向かったその場へと飛翔していった。
ヘットの町から見えたその荒野は、遠くから見る以上に何も無い場所だった。
もはや砂漠と言ってもいいかもしれない。大地には先ほどの竜巻で抉れた痕が広範囲に渡って刻まれており、その現象を起こした者の力の凄まじさを表していた。
思った通り、そこには一人の青年がポツンと佇んでいた。
彼の他にもアビスと戦っていた聖獣の戦士はいたのだが、そんな彼らさえもあの暴風の前には迂闊に近づくことができなかったのである。
「翼!」
ケセドの背から降りながら、炎がその場に佇む青年の名を呼び掛ける。
衣装はセイバーズのバトルスーツの上に、何故か西部劇のガンマンのようなポンチョとブーツを着こなしているが間違いない。
そこにいたのは間違いなく、整った顔立ちの長髪の青年、風岡翼だった。
「ん……」
そんな彼は炎の声に気づくと、それまでどこか遠くを眺めているようだった視線を一同に向けて言った。
「……ああ、お前らか。ビナーの言う通り、無事だったんだな」
「ああ、エイトも一緒だ」
「聞いているよ……お前ら、俺を迎えに来たのか?」
「おう。これで全員集合だな!」
たった数日ぶりの筈が、随分と久しぶりな気がする。
この数日間、お互いに濃密な時間を過ごしたものだが、ともかくティファレトやビナーの言う通り、五体満足の仲間の姿を見て炎たちは安堵した。
だが同時に、炎は今の彼から何か不思議なものを感じていた。
それに……引っ掛かるのだ。ビナーが言っていた、「救ってほしい」という言葉が。
「そんじゃあ行こうぜ! フェアリーバーストに目覚めた俺たち三人で、聖龍さんのところによ!」
何はともあれ、セイバーズはこれで全員集合である。
エイトと合流次第、すぐにでも聖龍の眠る世界樹へと向かうことができる。
丁度、この島は世界樹サフィラと近い位置にある。旅の終わりはすぐそこだと、皆は喜んだ。
しかし──
「お前らはそうしろ。俺はここに残る」
「え……」
翼は陽気に言い放った長太の言葉を、冷たく振り払うように言った。
嫌な、予感がする……炎は彼の目をじっと見据える。
そして、思わず息を呑んだ。
今の風岡翼は何かが──今までの彼とは決定的に違う感じがしたのだ。
「アビスが湧いてるからか? なら俺たちで全員ぶっ倒して……」
「どうでもいいんだ」
「は?」
彼の目は──炎たちを見ていない。
どこまでも虚無で、光を失っているようだった。
──まるで家族を失い、希望の全てを失った子供のように。
「もう、どうでもいいんだよ……人間の世界なんて」
深い絶望に染まったその顔を見て、炎たちは初めてビナーの言葉を理解した。
一体、何があったと言うのか……? いつも飄々として肝心な時にはずっと頼りになる男だった彼の変わり果てた姿に、炎たちは言葉を失った。
【次回予告】
炎「翼、何があった? 旧作の頃のお前は、もっと輝いていたぞ!」
翼「堕ちたのさ、闇より深い地獄にな……炎、お前はいいよな? 仲間に囲まれて、さぞ楽しい日々を送っているんだろう。俺は違う……今の俺には闇すら眩しすぎる」
炎「次回 フェアリーセイバーズ∞【翼救出! さまよえる理解の島】」
翼「忘れちまったぜ……救世主なんて言葉……」