TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
風岡翼は赤ん坊の頃、血の繋がった両親に捨てられた。
生まれてから無償の愛を受けることなく生きてきた彼は、物心ついた頃には孤児院で暮らしていたものだ。
院長や孤児院の人たちには世話になったと思っている。何も持っていなかった翼を庇護し、生きる術を教えてくれたのは他でもない彼らだからだ。兄弟分との関係もそう悪くはなく、幼いながらに賢かった翼は、どのように振る舞えば周りの人間に気に入ってもらえるのか何となく理解していた。
赤ん坊の頃の記憶は覚えていないが、もしかしたら「二度と捨てられたくない」という無意識な恐怖心がそうさせたのかもしれない。
──だが、いつまでもそんなのは嫌だ。
幼心に翼は自分の将来を不安視し、一生このまま目に見えない何かに怯え続けるのは嫌だと思ったのだ。
或いは、そんな日常で溜め込んでいたストレスを、一時でもいいから思う存分発散したかったのかもしれない。
その為の方法が上手く思いつかなかった彼は、ある夜、衝動的に孤児院を抜け出したのである。
それは、満月の夜のことだった。
自由になりたい、何者にも怯えたくない。
孤児院での生活が嫌だったわけではない。ただその一心だった彼は、自分で自分の気持ちを整理できないまま、風のように暗闇を走り抜けていった。
拙い異能を使って風を感じている時だけは、自分が自分でいられる気がしたのだ。
3kmぐらい一気に走り抜けて、とうとう息が限界になった翼はその場に広がる河川敷の傾斜をゴロゴロと転がっていき、大の字に身を投げ出して芝生に背中を預けた。
呼吸はぜぇぜぇと掠れており、横っ腹も足も痛い。体育の時間でも、ここまでがむしゃらに走ったことはなかった。
しかし、何故だかとても気分が良かった。
今の自分は自由で、何も恐れていないと……そう思えたのである。
鈴虫の鳴き声が響く。
目下に見える川の流れも穏やかで、夜空に輝く満月と星々は掴みたくなるほど美しかった。
時刻は夜中の10時。幼い彼は、いつもならもう寝ている時間だ。
そんな時間にこうして一人空を眺めていると、なんだか自分が少しだけ特別な存在になれたような気がした。
淡く輝く満月さえ自分を応援してくれていると──子供らしい感傷に浸っていた。
ふと横から、音楽が聴こえたのはその時である。
それは自分と同じように河川敷の傾斜に身を委ねている者が鳴らす、ハーモニカの音だった。
「何故こんな時間にハーモニカ?」と普段の彼なら不気味に感じていたところだろうが、この時の翼少年は夜中に孤児院を抜け出した興奮から、寧ろ非日常感が増したと雰囲気に喜ぶ感情があった。
その演奏の曲調が、彼の好みだったのも大きいだろう。
それ故に彼は好奇心に負けて仰向けの身体をゴロンと横に倒すと、その音楽の発生源に対して目を向けた。
──ハーモニカを吹いていたのは、輝くような緑色の髪を下ろした一人の女性だった。
その容姿は翼が見たことがないほど美しくて、浮世離れした雰囲気のある妙齢の美女である。
心なしかしんみりとしたメロディーの演奏は、初めて聞いた曲なのに不思議と胸に馴染む気がした。
彼女が演奏を終えた瞬間、思わず身を乗り出して拍手を送ってしまったほどである。その瞬間、女性は初めて翼の存在に気づいたようで、彼女はハッと目を見開くときょとんとした顔で翼と目を合わせた。
最初は、翼が彼女に話しかけた。「今の演奏、すごかったね」と。
彼女は苦笑を浮かべながら返した。「ありがと。だけどこんな時間にどうしたの? お父さんとお母さんは?」と。
こんな時間にハーモニカを吹いている人に言われるのはどこか釈然としなかったが、子供の自分を真剣に心配している彼女の表情にバツが悪くなり、思わず目を背けた。
今の自分が悪いことをしていることは、はっきりと自覚していたからだ。この町の治安は良い方だが、それでも真夜中の出歩きは危ないと大人から言い聞かされている。
だけど……そうしたかったのだ。
翼は俯きながら言った。自分には両親がいないこと。今は孤児院を抜け出してきたということを。当てもなく走り続けた先に気づけばここにいたのだと、美女に対して懺悔するように語ったのである。
「そう……坊やも、迷子なの」
「迷子じゃねーです。道は覚えているし、孤児院にはいつでも帰れるし……」
「そうじゃなくて、自分の生き方に迷ってるんでしょ? だから闇雲に走りたくなった──違う?」
「あ……うん……」
ほんの少し身の上話をしただけで、彼女は翼の心情を的確に当ててきた。それは、初めてのことだった。
翼は物心ついた頃から何も無かった。
両親からの愛情という普通の子供が当たり前に貰っている筈の物を、一切与えられていなかった。父と母は赤ん坊の自分を院長に預けて蒸発したと聞いており、その事実はどこまでも彼の心を虚ろにしていた。
それは「自分なんて誰にも愛されるわけがない」という、一種の諦念だったのかもしれない。
今はまだ、こうやって走り出したように反骨心が残っているが、それさえもいつまで続くかわからない。もう少し大きくなったら、それさえも無くなって、ただ機械的に生きていく自分を想像するのが怖かったのだ。
孤児院の仲間たちと一緒に遊んでいる時ですら、ふと我に返る時がある。
そして考えるのだ。「俺はなんで捨てられたんだろう?」と。
捨てられて、生きる価値も無い自分がなんで生きているんだろう?と。
……そしてそんなことを考えていても、心の中は全く悲しいと感じていない自分が嫌だった。
だから翼は今まで一度も涙を流したことはなかったし、自分を捨てて蒸発した両親に憤りを感じることもなかった。彼らに対して大した関心を抱いているわけではないのに、ふと自分自身の在り方に疑問が浮かんでしまう。解決策の見えない鬱屈した思いを抱えてばかりの毎日だった。
先ほど何も考えずに走った時、心から気持ちいいと思った。
しかしこの熱が冷めた時、またいつもの自分に戻ってしまうのだろうと思ってしまう自分がとても気持ち悪く感じていた。
生き方に迷っている──そうだ、確かにその通りである。
彼女に言われて初めて気づき、翼は「俺って迷子だったんだ……」と呟きながらポンと手を叩いた。
「迷った時は好きなことをするといいわ。私のように楽器を演奏したりね。あっ、でもそういうのはこの場所みたいに、周りに家が無い場所でお願いね? この前、近所迷惑だーって怖いおじさんに怒られたの」
「……好きなこと……?」
そんな迷子の自分に具体的な解決策を提示すと、女性は自らの失敗談を語って苦笑する。
彼女の好きなことは今実演したハーモニカの演奏なのだろうが、翼は楽器には関心が無い。音楽の成績は悪くなかったが、趣味にしたいと思うほどではなかった。
「何だっていいわ。あるでしょ? えっと、ここまで走っていた時は気持ちいいと思ったなら、走ることとか好きだったりしないの?」
「走ることは別に……でも、風を感じるのは好きだ」
「風?」
「うん、俺の異能、風を使うんだ」
「風の異能!?」
改まって考えてみると、唯一趣味と呼べるようなものはそれぐらいのものである。
翼は自分自身のことは好きではなかったが、自分の異能だけは好きだった。
風の異能を使っている時だけは、素直に楽しいと感じた。そう告げると、女性は嬉しそうな顔で翼の手を掴む。
唐突な反応にドキリと胸が跳ねるが、そんな翼に彼女は言った。
「わあ……私と一緒! いいじゃない風の異能っ!」
「えっ?」
「私も聖術……じゃなかった、異能は風を使うのが得意なの。えいっ」
彼女は前方に手をかざすと、その瞬間、今まで何も無かった場所に小さなつむじ風が発生した。
その光景に翼が呆気に取られていると、女性は自らの手で発生させたつむじ風を右へ左へ意のままに動かしてみせた。
まるでそれは、自然現象すら意のままに操る神の御業である。
思わず「すげぇ……」と感動の声を漏らすと、能力のアピールを終えた女性はつむじ風を消してニコリと微笑みかけた。
「ね?」
成人した大人の女性なのに、どこか子供のようなイタズラっぽい笑顔だった。
そんな彼女の顔に向かって視線が吸い込まれていくように見とれた翼は、ほんのりと頬を赤く染める。
自分と似た異能を持ちながら、自分よりも遙かに高い練度を誇る力を見て興奮しているのだろうか? 自身の今までに無い感情に戸惑う翼に向かって、彼女は提案した。
「異能を使うのが好きなら、私が貴方の異能を見てあげよっか?」
「っ、いいの!?」
「内緒だけど……貴方のような迷える子羊を導くのが、お姉さんの仕事なの。あっ、ちゃんと院長さんに許可を取らないと駄目だからね? 流石に今みたいな時間に出歩くのは駄目だけど……夕方ぐらいならいつもこの辺りにいるから、見かけたら言ってほしいわ」
「うん! お願いしますっ!」
迷い無く、翼は彼女の提案を受けた。
自分と同じタイプの異能使いに異能の使い方を教えてもらえる機会など滅多に無い。
そしてこの時翼は、一目で彼女が並大抵の実力者ではないことを見抜いていた。
同じ風を操る者として、先ほどのつむじ風を発生させるのにどれほど繊細な力のコントロールが必要なのかわかっていたからだ。そんな彼だからこそ、彼女のことを自分の師匠になってくれるかもしれない存在だと見抜いたのである。
帯を締めるように立ち上がって畏まる翼に対して、女性はふふっと微笑みながら名乗った。
「私はラファエル。見ての通り怪しいお姉さんだけど……よろしくね」
──それが、風岡翼が不思議な女性「ラファエル」と出会った瞬間である。
彼女との師弟関係は、それから小学校を卒業するまでの三年間続いた。
「……ラファエル姉さんは、すげぇ実力者だった……それに……赤の他人に過ぎない俺に、いつだって親身に接してくれた優しい人だった」
遠い目で昔のことを懐かしみながら、翼が語る。
ラファエルは彼に色んなことを教えてくれたらしい。
孤児院でも生きる術を身につける為の教育は受けていたが、彼女が開いてくれた異能の特別レッスンは学校で習うよりも遙かにわかりやすく、そして明らかに進んでいた。
異能使いの極致、その時代ではまだ誰も知らない「フェアリーバースト」の存在を教えてくれたのも彼女だったのだと言う。
うん、どう見ても聖獣ですわその人。しかもケセド君と同じで慈しみの心に満ち溢れた天使さんである。
幼い頃に天使と出会い、師事していたとは……まるでオリ主みたいな過去だ。すげえ。
今明かされた翼の過去に、僕は驚愕する。
登場時点で既に抜群の安定感を誇っていた風岡翼の実力には、そのような過去に裏打ちされたものだったのかと納得した。
それも、師匠キャラが謎めいた美人のお姉さんとか最高かよ……よくまともな性癖の青年に成長したものだと、別の意味でも僕は感心していた。
……ん、お前が言うなって? なんでさ。
「あの時は知らなかったが、姉さんは聖獣……天使だったんだろうな。普段はあんたのように羽を隠していたが……俺が危険なことをしていると、四枚の羽を広げて大急ぎで駆けつけてくれた……あの時は異能の応用だと誤魔化されたが……姉さんは誰よりも早く駆けつけて、俺のことを助けて……時には叱ってくれた……世間一般で言う、母親みたいな人だった」
「そう……」
なるほどね、人に擬態した天使か。
僕の場合はその逆で、天使に擬態した人みたいなことになっているけどね今。まあ、これはこれで美味しいと思ってはいるが。
サフィラス十大天使以外にも天使は一定数存在しており、僕の知らない天使が原作開始前の時点からゲートを潜り、人間世界に潜入していたとしても何ら不思議では無い。
しかし気になるのは、そんな濃厚な過去があったのに、何故翼は最近になって思い出したのかという話である。
いくら彼がその後波乱万丈な日々を過ごしたとしても、子供の頃に三年間も師事していた美人なお姉さんなんて一生忘れない筈である。一日や二日程度の関係ならまだしも。
特に名探偵として活躍している彼の記憶力を以ってすれば尚のことだ。
と言うことは、考えられる可能性としては──
「その記憶は、今まで誰かに消されていたのかい?」
「……ああ。ラファエルに……姉さんに封じられていたんだ。あの時……私のことなんて思い出すだけでも辛いだろうからって、別れ際にな……あの人の、最後の気遣いだった……」
「最後の……ね」
ふむ、なるほど。
ここまでの話をまとめると、翼には「ラファエル」って言う異能の師匠がいて、その人は天使で、翼は母親のように慕っていて……何かが起こって死に別れた。それで、別れ際に彼の将来を案じた彼女によって今まで記憶を封じられていたというわけだな!
……おおう、想像したくなかったがヘビーな事情である。
目の前の墓を見つめながら言った彼の言い回しに、大凡の事情を察した僕は彼の背中を宥めすかすように擦ってやった。
よーしよし、君は頑張った。お姉さんが慰めてあげよう。君とはそんなに歳変わらんけど。
「……T.P.エイト・オリーシュア……あんた、どこか姉さんと似ているんだよな。そうやって、自然な気遣いをしてくれるところとか……自分のことは全く明かさない癖に、人の弱さに寛容で、話しやすいほど優しく聞いてくれるところとか……それも、天使の性って奴なのかね……」
「買いかぶりすぎだよ。困っている人が近くにいたら、できる範囲で助けてあげたいと思うのはキミも同じだろう? そう言う意味なら、ボクなんかよりもキミたちの方がよほど天使だよ」
「……そうかい」
そうだよ。
僕はオリ主だからね。基本的にはその時その時で一番カッコいいと思った行動を採るのがエイトちゃんである。
僕の場合はそういう俗な感情ありきなので、そんな虚ろな目で「エイトちゃんマジ天使」と言われてもその……困る。オリ主ageは嬉しいし照れるけど、今の彼に言われるのは何とも微妙な気分だった。
「だけど、俺は違う……俺は、アイツらとは違うんだ。
「だから、ヒーローごっこか」
「そうだ……俺にはアイツらのような確固たる信念も無ければ、未来をこうしたいっていうビジョンもねぇ……」
う、うーん……これはかなり自罰的になっているなぁ。
よろしくない。よろしくないぞ……自分が無価値な存在だと思い込んでいる、鬱病患者の傾向である。これが構ってちゃんの厨二病患者なら「あっそう、じゃあの」と梯子を外してやることで化けの皮を剥がすことができるだろうが、今の彼は明らかにマジだ。
「……俺はここで死ぬ。アイツらには、世話になったと伝えておいてくれ……」
「イヤだよ。キミが言いなよ」
「……はっ……それもそうだな……悪い……」
彼とラファエルの間に何があったのか、彼の口から無理に聞き出す気は無い。
一体どのような別れ方をしたのか、非常に気になるけど聞かない。
彼がここまで参るほどの悲しい過去は、本人の気が向いた時に語り出すのを待つしかないのだ。
今の彼はそこまで語りたがっている様子ではない。
そもそも僕がそこまで彼に信頼されているかと言うと、まあ無いだろうし。だってよ……探偵と怪盗だぜ? カウンセリングをする仲と言うのは違和感バリバリであり、寧ろライバルフラグの方が相応しい関係だった。
だからこそ、僕にできることは限られていた。
完璧なチートオリ主は傷心な青年への気遣いも完璧なのだよ。
「ボクはキミの過去に何があったのかは知らない。だけど……後悔しないようにね」
「……ああ」
と言うわけで、今は彼自身の心に訴えかけておくだけに留めておく。
いや、これで本当に彼がこの場所に残り、セイバーズから離脱してしまうのは駄目だけどさ。この手の問題は、僕がいい感じに慰めたところで根本的な解決にはならないからだ。
だけど僕は信じている。
非常に無責任な話だが、僕の推しである風岡翼なら、きっと──
「ツバサなら乗り越えられるよ……悲しみも……苦しみも」
「……あんたこそ、買いかぶりすぎだよ」
そうかね。それでも僕は、僕がそう思っていることだけははっきりと伝えておきたかったのだ。
屈み込んで石碑を見据えていた彼の両肩に手を添えた後、僕は今は一人にしてやった方がいいだろうと判断しクールにその場を去る。
このオアシスの景色を楽しみたい思いもあったが、彼の目から静かな風景を邪魔するのも悪い。
名残惜しいが、今は一先ずテレポーテーションで「ベート」に戻ることにした。
聞いておきたいことがあったのだ、彼女に。
さて──
「どういうことかなビナー?」
『……お早いお戻りで』
うん。数分前にいい感じに送り出してもらったばかりだが、戻らせてもらったよ玉座の間へ。テレポーテーションの正しい使い方である。
僕はビナーが言った「風岡翼を救ってほしい」という言葉の意味を、今の彼を見たことで詳しく聞いておきたいと思ったのである。おそらく、炎たちも同じ思いでザフキエルさん辺りに問い詰めているところだろう。
原作主人公とは別のアプローチで問題解決に当たっていくこのスタイル──実にオリ主である。
僕が翼と会ってきたことを告げると、ビナーは付け直していたベール越しでもわかるほどオロオロした感じで視線をあちこちに彷徨わせていた。
……いや、そんなイタズラが見つかった子供みたいな顔するなよ。別に僕、怒ってないし。
『ほ、本当かい?』
怒るわけないじゃん。
その様子からすると、察するに彼がラファエルの記憶を思い出したのは君のせいなんだろうけど……だからと言って、僕にブーイングを送る資格は無かった。
挙動不審なビナー様もそれはそれで可愛らしかったが、今はからかうことはせず真面目な顔で言う。
「ボクがキミに怒るわけないだろう」
『良かったぁ……』
──ただ、返答次第ではオリ主的にチクリと一言物申すかもしれないがそこはご容赦願いたい。
そう言うわけで、今は翼本人に踏み込むのはマズいと思った僕は、代わりに一番事情に詳しそうな大天使様を問い詰めることにしたのだった。
島の王様に向かって気軽に直談判するこのフットワーク……この恐れの無さは、かなりオリ主してない? エイトはそう思います。
フェアリーセイバーズ∞では翼視点でのラファエルとの出会いから別れまで、2、3話かけて回想しているようです。