TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
ラファエルは優秀な天使だった。
正義感が強く、常に真実を見極めようとする理性を持ち、必要とあらば民の為に力を振るうことができる模範的な天使だったと言う。
ただ、そんな彼女はサフィラス十大天使並に我が強く、頑固なところがあった。
彼女は元々栄光の大天使ホドの筆頭天使を務めていた身だが、聖龍アイン・ソフが人間の肩を持っていると知るなり自らその任を退き、単身人間の世界へと乗り込んでいった。
そんな彼女は身分を隠しながら未熟な人間を導くべく行動に移った──とのことだ。
人間で言えば、お勤め先の一流企業の幹部を退職し、海外で起業するようなものだろう。中々ロックなお方だったようだ。
『ラファエルは私の友人でね……何度かこの島に来たこともあるよ。人間世界に渡ったのも、幼少期に面倒を見てあげた私の影響も少なからずあったらしい。ただ、あの子がツバサの面倒を見るようになったのは、100%彼女の善意だった。どうにも心に深い闇を抱えながら、自らの意思で闇から抜け出そうともがく彼のことを気に入っていたようで……』
翼も言っていたが、迷える子羊を導きたがるのは天使の性なのだろう。
なので、ラファエルさんは断じてショタコンではないのだ。いや、真夜中で出会った見知らぬ九歳児と密会を約束するなんて、現代社会では事案だけどさ……彼女の名誉の為に弁護しておく。
「なるほど……もしかしたらラファエルは、ツバサこそが人類初のフェアリーバースト到達者になると見込んだのかもしれないね」
フェアリーバーストの発動には、ただ単純に身体を鍛えて修練を重ねていけばいいわけではない。
異能とは心の在り様によって左右されるものだ。故に、自分自身の心を客観的に理解しなければ、本来の力を引き出すことはできないのである。
『……その心は?』
「心の闇だよ」
『心の闇?』
僕の発言に、ビナーが興味を示す。うん、いい反応である。
つまりそれはどういうことかと言うと……フェアリーバーストを発動できるレベルまで能力を育てていく為には、自分の心の良いところだけではなく悪いところ、即ち「心の闇」と向き合わなければならないということだ。
暁月炎は父の仇に対する復讐心と向き合い、乗り越えることで覚醒した。
力動長太は自分自身の弱さと向き合い、受け入れることで覚醒した。
到達者である二人の例を挙げて、僕は「フェアリーバースト」とは自分自身の心の闇に対するアプローチがトリガーになっていると考えていた。
尤も、それが公式設定なのかどうかまではわからない。あくまでも、作中描写から判断した僕の考察である。
SSの素晴らしいところは、一ファンの見解をさも公式設定のようにさり気なく盛り込めるところだ。ブラックサレナに相転移エンジンが搭載されているのはみんなも知っているよね?
そう言うわけで、僕はこの世界でも「公式では明言されていない公然の二次設定」が反映されている可能性は高いと考えていた。
『……なるほど。私たちより負の感情が一層激しい人間だからこそ、至れる領域ということか』
「不完全であるが故の強さを持っているのが人間さ。感情とは侮れないものだよ、ビナー。それは、キミたちだって同じことさ。感情的な年頃の子供ほど成長が早い……マルクトのようにね」
大天使の中でぶっちぎりの最年少であるマルクトが既に他のサフィラスと遜色ない実力を持っているのも、彼女が他よりも特に人間臭い性格だからというのもあるのだろう。
無論、本人の努力が一番だとは思うが、感情の強弱は異能の原点である聖獣の聖術にも影響していた。
まあ、これも僕の考察だけどね。公式設定かはわからない。
『ふむ、興味深い話だね……だとしたら、私たちの中で負の感情が一際強いケテルが誰よりも圧倒的な力を持っているわけだ』
「彼の場合は単純に経験値の差じゃないかな? ボクから見れば心の闇というよりも、善意の暴走に思える」
『善意……? アレが……?』
な、何だよ……信じられない物を見るようなその反応は。そこまで驚かなくても。
うーん、実際どうなんだろうね?
彼の場合は長生きしすぎて「俺がやらなきゃ誰がやる!」的な行き過ぎた正義感の暴走で強くなったようにも見える。
まあ、力を育てるにはきっかけが心の闇だろうと心の光であろうと極端な話、どちらでもいいのだと思う。善意も悪意も方向性が違うだけで、感情の強さとしては似たようなものだしね。
肝心なのは自分自身の心と向き合うことであり、心とは異能や聖術を支えている力なのだと僕は言いたかったのだ。
そう語ると、ビナーはふむふむと頷きながら関心深そうに聞いていた。
とてもいいリアクションをしてくれるので、僕も話しやすい。この考察が間違っていたら非常にカッコ悪いが、僕的には自信があるし証明できる人は聖龍ぐらいしかいないので大丈夫だろう。
まあ、それはそれとして。
「それより、ツバサの記憶のことなんだけど」
『……っ』
個人的に親交があったらしいビナー様の話により、ラファエルがどういう天使だったのかは大体わかった。だが、彼女に訊ねたかった本題はもちろん翼のことである。
ラファエルは別れ際に、自分と過ごした時間を彼の記憶から封印したのだと言う。天使という者は変に思い切りが良すぎると言うか……残された彼には残酷なことをしたものである。
彼女がどのような意図で彼の記憶を封印したのかはわからないが、よりによって時間が経った今になって解かれてしまったのが彼を拗らせてしまったと見るね僕は。
今の彼は、彼女と死に別れたのが昨日のことのように感じている筈だ。
本来ならば時間がじっくりと彼の心を癒し、頭の中で整理して受け止める筈だった感情が一気に襲い掛かってきたのである。まともでいられる筈がない。
……で、ここで気になるのは「何故封印が解けてしまったか」だ。
この僕ですら気づけなかったほどの封印に気づき、尚且つそれを解くことができる人物と言えば彼女を措いて他にいないわけで。
──そこのところどうなんですかね? ビナー容疑者。
そんな意図を込めて意地悪げに僕がじーっと見つめると、ビナーは再び挙動不審になる。まさにギクリッという音が聴こえてくるようだった。
その反応は僕のことを「ダァト」というサフィラス十大天使の姉だと思っているからであろうが……ビクビクしているビナー様の姿はとても良かった。
マルクト様ちゃんとはまた違う魅力である。厨二感をそそるカッコいいお姉さんが子供みたいにビクビクしている姿は、ギャップ萌えをいい感じに誘うのだと僕は理解した。
なんだよ君、時々微笑ましくなるクールビューティーとか、僕と差別化できているじゃないか!
ふふん、僕は完璧なチートオリ主だからね。そういうよわよわなところは一切……一切じゃないけど、内面はともかく態度には表さないのだッ!
ダァトのおかげで最強の敵、キャラ被りとの戦いを避けられそうで何よりである。
そんな彼女は僕に叱られまいと、伏し目がちに俯きながら言った。
『……彼の封印を解いたのは、察しの通り私だ』
おっ、認めた。えらいえらい。
正直な子は好きだ。僕は嘘吐きだけどね。
よく話してくれましたという意図を込めて優しげな眼差しを送ってあけると、ビナーは僕が本当に怒っていないことを理解してパァッと雰囲気が明るくなった。
つくづくベールに隠れているのが惜しい。おのれケテル! こんなに可愛い妹に顔を隠させた挙句、羽を捥ぐとかどういう了見か!? 彼と会ったらきっちり説教しなければならない。SEKKYOUではなく説教だ。プンプンエイトちゃんである。
まあ、その時の行動はその時に考えよう。今はともかく翼の問題だ。
『知っての通りフェアリーバーストの覚醒には、己の心と向き合うことが必要になる。ツバサがフェアリーバーストに目覚める為には、彼に施されていた封印を解く必要があったんだ』
「彼の成長に、ラファエルの封印は邪魔だったと?」
『うん、カバラの叡智はそう判断したらしい』
「キュ?」
なんでそこでカバラちゃんが出てくるの……?と不思議に思いながら、僕の肩で大人しくしていた小動物に目を向けると可愛らしく小首を傾げた。
あっ、そう言えばなんか言っていたな。カバラちゃんの名前の由来を勘違いしたビナーが、「カバラの叡智」がうんたらかんたらと。
「なるほど……そういうことか」
カバラちゃんの頭を撫でながら、僕はいつものように知ったかぶりで相槌を打つ。
この時、間違っても「カバラの叡智って何?」と返してはいけない。僕は物知りなチートオリ主だからだ。
今回も説明上手なビナー様がいい感じに補足してくれることを信じて、僕は余計な横槍を入れず言葉の続きを待った。
『カバラの叡智は、触れた者に望んだ知識を与えてくれる。世界樹の根は、封じられた記憶の解放が彼の覚醒に必要だと判断したのだろう』
「世界樹の根……ということは、サフィラの判断なのか」
『そういうことになるね。ツバサを覚醒させる為に何が必要なのか知る為に、私は彼を世界樹の根のもとに──「カバラの遺跡」へと連れて行った。その結果、カバラの叡智は彼の封印を解き放ったんだよ』
むう……固有名詞が色々出てきたせいで、ところどころわかりにくいな。
だが、大体ニュアンスはわかったぜ。
話をまとめると、この島には「カバラの遺跡」という場所があり、そこへ行くと「世界樹の根」というものを拝むことができる。で、それを何とかするとカバラの叡智とやらを授かることができるということか。
あいわかった。僕ほどファンタジーSSやフェアリーセイバーズの世界観に精通している人間ならば、この世界にはそのように便利な物があるという話は何となく察することができた。
「有効な使い方をするね」
『使える物は何でも使う主義でね。私が貴方のことを──ダァトのことを知ったのも、カバラの叡智が教えてくれたからだった』
へぇ、そうなんだ。
……うん?
『ケテルの考えを理解する為に、私は創世期のフェアリーワールドで起こった出来事を知りたいと思った。世界樹の根はそんな私の意思を汲んでくれたのか、私に原初の大天使ダァトのことを教えてくれた』
ほうほう。
あーなるほど、わかったぞ「カバラの叡智」とやらの概要が。
アレだ……グーグル先生的な奴だ。
そう言えばデータベースがどうのこうの言っていたし間違いないね。
彼女の話によるとグーグル先生的なシステムが古代のファンタジー的な遺跡にあって、それを使うことで日常では手に入らない情報を得ることができるというわけである。
と、言うことは……なんだ。彼女は「ダァト」本人には会ったことがないらしい。
ああ、良かった。僕がボロを出しても気づかれる危険が無くなったぞ。
『貴方は世界樹が教えてくれた通りの人だった……だから、会えて本当に嬉しい』
ビナー様は実際に「ダァト」に会ったわけではなく、カバラの叡智先生の検索によって古代の世界を守っていた原初の大天使ダァトの伝説に行き着き、憧れた感じだったのかもしれないね。
それならば彼女の前で「ダァト」を演じても、バレる心配は無さそうである。尤もなりすましとかどう考えても後で登場する本物にぶちのめされるフラグだし、そもそも彼女ほどの人物を相手に長続きするものではないか。
「……キミの期待に応えられるかは、わからないよ」
『それでも、だよ』
後々僕がダァトではないことがバレても怒らせないように、一応の予防線は張っておく。詐欺師みたいな手口だが、僕の方からは一切明言しないのがポイントである。
しかし、ビナーは食い下がる。何だよお前、お姉ちゃん好きすぎだろ。
『人間だって、母親に会えたら嬉しいだろう?』
「……母親、ね」
Oh……お姉ちゃんじゃなくてお母さんだったのか、ダァトとやらは。
……マジで? サフィラス十大天使って世界樹から生まれてくるもんでしょ。そのシステムを作った聖龍アイン・ソフは父と呼んで差し支えないけど、母親って何さ。
いや、オリ主的にバブみを感じられるのは悪くないけどね? 人気なオリ主ってオカン気質のキャラ多いし。
ただ……大人版エイトちゃんみたいな容姿をしている彼女にそう思われるのは、何と言うか……駄目な気がする。精神衛生上よろしくない。
イヤだよ、そんな頭の悪い薄い本みたいな関係。僕が変な目で見られるじゃないか!
「まあ、思うのは自由だけど……それはそうと、カバラの遺跡まで案内してくれないかな? ボクもツバサの過去を知りたいんだ」
『──!』
「ボクはこの島の地理に疎くて……ダメかな?」
『任せてよっ!』
ともかくフェアリーワールド版グーグル先生と言うべき「カバラの叡智」とやらには興味がある。
彼女から母親扱いされる背徳感にもじもじとしながら頼むと、彼女はびっくりするほど快く引き受けてくれた。
その様子はまるで、久しぶりにお母さんに構って貰えた思春期前の長女みたいな反応である。くっそ可愛いなオイ。誰だよキャラ被りなんて言ったの。僕だ!
……どうしようかね。
この先、どうやって穏便に僕がダァトではないことを明かそう? 今から不安になった。
そうだ。
彼女は先ほど「カバラの叡智はその者が望んだ知識を与えてくれる」と言った。
それが事実なら、僕がカバラの叡智を利用することで翼の過去を調べるついでに、僕のこの身体がいわくつきでないかどうか教えてもらえないだろうか? そこさえはっきりすれば、僕もいい感じのカバーストーリーをでっち上げて彼女を納得させることができる。
その際、「実はダァトのクローンだったんだよ!」という設定にしてもいいし「実はさっきまで自分のことをダァトだと思っていたけどカバラの叡智が教えてくれました! 本当はそう信じ込まされただけの改造人間でした!」という設定にしてもいい。僕が記憶している限りでは、いずれの設定も今までの行動と矛盾していないからだ。
ふふふ……こういう時ほど僕の意味深ミステリアスムーブが役に立つというものよ。ただ単にその方がカッコいいからやっていただけだが、オリ主的伏線回収もしてみせるとは流石のエイトちゃんである。これは神SSですわ。
『じゃあ、今から跳ぶから掴まって。カバラの遺跡なんて、私の転移術でひとっ飛びさ!』
「ふふっ……ありがとう。じゃあ頼むね、ビナー」
『転移は私の得意技なんだ。貴方ほどじゃないけど……見てて!』
「うん、見てる見てる」
……あかん、僕の手をウキウキしながら掴む彼女の姿が大好きなお母さんと一緒に出掛ける園児みたいで頬が緩むわ。
一応彼女も表面上は取り繕っているし、顔もベールで隠されているのだが、忙しなくピコピコと動く羽の動きがなんだか幼く見えるのだ。
そうして僕の手を繋いだ彼女は、僕のテレポーテーションと同じ力を発動する。
視界が玉座の間から一瞬にして切り替わり、僕たちの目の前に神秘的な景色が広がっていった。
「ここが……カバラの遺跡か……」
──そこは辺り一面に無数の水晶石が煌めいている、美しい鍾乳洞のような場所だった。
わかりにくい固有名詞は直球で説明していくスタイルです。