TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
姉さんはマルクト並に口は悪いが世話焼きのツンデレさんであり、虚弱体質の弟を疎むことなくいつも気に掛けてくれた優しい人だった。
世間一般的な姉というものがどういうものかは知らないが、立派なお姉ちゃんだったのは間違いない。近所での評判もすこぶる良かったし、僕にとって姉さんはいつだって自慢のお姉ちゃんだった。
それを本人にちゃんと伝えることができたのは今際の際ぐらいなものだったけど、姉さんこそが僕の理想とするカッコ良さをナチュラルに持ち合わせている人物だったのだ。
転生してチートオリ主になった僕だが、こうして顔を合わせてみると安心感が違うよね。この世界に遺した中で一番会いたかった人の顔を見て、僕は安堵の息を吐いた。
しかし、姉さんから見た今の僕は、弟の墓の前にいた見も知らぬ謎の美少女である。
前世の僕が結んでいた交友関係は大体姉さんにも知られている為、彼女視点ではどこで接点を持ったのかもわからない怪しい人物だろう。
そんな不審者との対面に姉さんはとても驚いている様子だったが、墓石の前に供えられている豪華な花束を見た後、彼女はふっと微笑みを浮かべた。
どうやらいい感じに勘違いされたようだ。
「……そう、弟とは入院中に知り合ったんですか」
謎の美少女T.P.エイト・オリーシュアちゃんの正体は、そういうことになった。
今の僕の設定は、前世の僕が入院中に知り合った友人Aである。
ここで馬鹿正直に「僕は貴方の弟の生まれ変わりですよ」などと言ったら間違いなく正気を疑われるし、姉さんにそんな目で見て貰いたくもなかったので、僕はそれらしいストーリーをでっち上げることにした。
この設定なら、僕の交友関係を大体把握していた姉さんが知らなくても納得できるだろう。自分のアドリブ力が怖いなー。
「ありがとうございます。アイツも、貴方みたいな美人さんに花を供えてもらって喜んでいると思いますよ」
「あはは……」
……ごめん、その花束僕が供えた奴じゃないんだ。多分あの夫婦。
訂正したら「じゃあお前は何しに来たの?」と怪しまれるので、あえて姉さんの勘違いを正さないでおいた。僕は高原から直行でここに来た為、お供えの品は持ってきていなかったのである。お菓子とかも全部ビナー様にあげちゃったし。
僕の語ったバックストーリーに納得し、姉さんの警戒心が露骨に緩むのを感じた。
姉さんは気が強いけど、結構人見知りなところがあるからね。初対面で彼女とスムーズに話をする為には、前世の僕のことを共通の話題にするぐらいのことをしないと駄目なのだ。
そんな彼女が今の旦那さんと仲を深めることが出来たのも、何を隠そう僕の仲介が一役買っていた。キューピットエイトちゃんである。……あっ、前世だからエイトちゃんじゃねぇや。
……まあ、僕の方はそれどころじゃないレベルで、姉さんから色々貰ってたんだけどね。
それを生前に伝えきれなかったことが、僕の数少ない心残りだった。
──と言うわけで、唸れ僕の演技力!
今のワタシは前世の僕君と同じ病院に入院し、その心を通わせた薄幸の美少女である。
子供の頃、ワタシは自分の身体の弱さに悩まされ、不貞腐れていた。自暴自棄になりそうになっていたところを同じ病院で出会った前世の僕に励まされ、立ち直った過去がある。
最近病気を克服したワタシは僕に感謝の言葉を伝える為、僕の墓参りにやってきた──うん、これはしんみり系のボーイミーツガール系SSみたいで、ナイスな設定じゃないか?
惜しむらくはヒーローとヒロインを演じる役者が僕自身だということだ。何という自作自演。
オリ主であるエイトちゃんとしては、ヒロインムーブなんてものは絶対にやりたくない十項目の一つだったが、この場合はヒーローも僕が兼任しているのでギリギリ許そう!
たかが一言二言話すだけで凝りすぎじゃね?と思う者もいるだろう。しかし姉さんは鋭いので、このぐらい説得力のある設定を詰めておかないとすぐにボロに気づくのだ。
そうやってワタシがあたかも前世の僕のことを恩人のように、入院中の出来事をあることないこと語っていると、姉さんは僕を見て可笑しそうに笑った。何だよー。
「くすっ……アイツも、スミに置けないですね……少し、安心したです。社交的なフリして、あの子ったら自分のことはあまり話さなかったから……病院にもちゃんと、話せる人がいたんですね」
「え……あ……」
うーん、そうかなぁ……? 僕は自分のこと大好きだから、良いことをした時とか遠慮なく自慢してた気がするけど。
……まあ、全く気を遣わなかったかと言うともちろんそうではないが。
この際だから、洗いざらい吐いちゃおうかね。
あの夫婦の子が小学生になるぐらい時が過ぎている今、姉さんにとっては今更な話かもしれないが……僕としては僕のいなくなったこの世界で、彼女に伝えておきたいことがあった。
「あの人は、貴方に感謝していましたよ」
「えっ……?」
前世の僕の代弁者として、エイトちゃんは語る。
「中学の時、入学早々体調を崩して、一週間ぐらい遅れてようやく登校できるようになったあの人に友人ができたのは、お姉さんがみんなに僕を紹介してくれたからだって……あの人は、言っていました」
「……アイツが、ですか……」
そう、彼女にとっては昔のことだが、僕にとってはつい最近のことのように感じている。
虚弱体質の僕が長くない人生を楽しく過ごすことができたのは、気の合うマイフレンドたちとの学校生活がすこぶる充実していたからだ。
そして彼らとその関係を構築するきっかけになったのが、既にクラス一の美少女として人気者だった姉さんのおかげだった。
思春期真っ盛りの男の子にとって、一際輝く姉さんの存在は恰好の話題だったからね。
おかげで僕は姉さんを潤滑油として、するするとクラスメイトたちとの仲を深めることができた。
それは、ほとんど登校することができなかった小学校の時も同じだった。姉さんがいなければ、流石の僕も孤立は免れず、あそこまで楽しく学校に通えていたかわからない。
だから僕は、姉さんにはずっと感謝しているんだ。もちろん、今でもね。
「……それは、こっちのセリフですよ」
前世では当たり前すぎて伝えそびれた気持ちを伝えると、姉さんが苦笑を返した。
「弟が登校できるようになるまで私、女子の間ではあまり馴染めていなかったんです。ほら、私ってクラスで一番可愛かったですから。二番目に美人だった偉そうな人のグループからは、それはもう蛇蝎の如く嫌われていたんですよ」
「え……そうだったんですか?」
「弟には秘密にしてましたけどね」
マジかい……衝撃の新事実である。
自分で一番可愛かったとか言っちゃうところはまさに僕の姉さんだが、女子の間では嫌われていたとか初耳だ。だって、僕が登校した時から人気者だったじゃんアナタ。
僕の前ではみんな仲良しだったのに……本当だったら、女の子って怖いと思う。
「だけどあの子の体調が落ち着いて登校できるようになったら、初顔合わせの日からクラスの女子は一斉に手のひら返しです。アイツ、私に似て可愛い顔してましたからねー。見た目だけはそれはもう深窓の王子様って感じでしたから、お近づきになりたい二番目の人を筆頭に、あっさりと和解しにきたんです。みんな、弟に嫌われたくなかったんですねぇ」
「へ、へぇ~……」
なにそれ怖い。戸締りしとこ。
しかし姉さんは初対面の人、それも故人のことで嘘を吐くような人ではない。それは事実なのだろう。
えっと、中一の時のクラスでナンバーツーの美人さんと言うと……ああ、あのおでこの広い子か。姉さんの大親友に、そんな過去があったとはね。
あっ、でもあの子も結構強かだったからなー。言われてみれば、そんな二面性があることも納得できた。
しかし意外である。あの子僕のこと好きだったんだね。
「ぼ……あの人も、意外にモテていたんですね……」
「王子様として見られていたのは、最初のうちだけでしたけどね。素の性格がガキっぽいところが知られると、「男としてはちょっと違う」って言われて、進級する頃には専らクラスのマスコット扱いでしたね」
「マ、マスコット……?」
「二番目の人もそんな感じで、最初は恋する乙女だったのが中学を卒業する頃には飼育員みたいになっていたです。定期的にチョコや卵焼きをプレゼントして餌付けしたり……まるでペンギンでしたね」
「ペンギンの、飼育員……?」
ひどい! あの子は昼休みの時、僕に美味しい食べ物を譲ってくれる優しい人だったのに、そんな言い方無いだろー!
むぅ……死人に口なしというのが残念なところだ。否定したいけど、否定するわけにもいかない。
まあ、姉さんにとっていい思い出ならそれでいいや。僕の残念な思い出を語る彼女の顔は、見ていてとても楽しそうだったし。
それはもう、当事者である僕さえも思わず笑顔になってしまうほどに。
「……そんな感じに、最初は下心見え見えでしたけど、私がクラスに溶け込むきっかけになりました。それ以来、なんだかんだ接しているうちにみんな悪い人じゃないと気づいて……二番目の人は、今では掛け替えのない一番の大親友になりました。やー懐かしいですねぇ」
「そうだったんだ……」
姉さんと二番目の人は、僕から見てもずっと仲良しさんだった。
もしかして百合の人なのかと思うほど彼女は姉さんによく絡んでいて、姉さんが今の旦那さんと付き合い始めた頃は「うちの子はあげません!」的な言葉を告げて悉くインターセプトしてきたぐらいである。
その剣幕は常に必死であり、両親の説得よりも彼女を説得することの方が難しかったものだ。
その際、僕とYARANAIOともう一人の友人が一肌脱ぎ、彼がいかにいい男なのか懇切丁寧にプレゼンしてやったのがいい思い出である。
姉さんの旦那さん、すなわち僕のお義兄さんはおデブな見た目で損していたが、清潔なデブであり優しくて温和なデブである。
あと、とにかく一途で行動力のある真っ直ぐな男だった。姉さんは彼のそんなところに惹かれていたし、僕もそんな彼だからこそ生涯の友として、義兄として認めた。そんな青春である。
「今の私があるのはあの子のおかげで……何度も救われていたんです。なのにアイツは、自分だけが救われたみたいに言い残して……今でもムカついているです」
「手厳しいですね。けど、自業自得かな……」
そうか、姉さんは僕に救われていたのか。迷惑ばかり掛けていたから、ちゃんと謝りたいと思っていたのだが……そうか……
謝罪の必要が無くなったことに、僕は安心を感じる。
そりゃね……絶対無いとは思うけどさ。誰だって、自分が死んで大好きな人が喜んでいたらいっぱい悲しいでしょ? たまにそういう糞鬱SSを読んだりすることもあったけど、そういうのはフィクションだけに留めておきたいよね。
オリ主が死ぬことを惜しまれるのは、かのメアリー・スーでもそうだったように、なんかこう、いい感じに自己肯定感を満たしてくれるのである。
僕もこの瞬間、めっちゃ救われていた。やっぱカッコいいな、僕の姉さんは。世界一だ。
そうして姉さんと僕は、前世の僕のお墓の前でしばらく思い出話に花を咲かせた。
僕は自分で作ったワタシの設定を遵守する為にどんな話も初めて聞いたように装ったが、姉さんの話にはその必要が無いぐらい新情報が混じっており、双子の姉弟と言えどお互いプライベートでは知らない一面があったんだなと今更になって思い知らされたものである。
こんなことならもっと姉さんと、踏み込んだことを話しておけば良かったなと思ったが……まあ、過ぎたことである。
姉さんの弟はあくまでも墓の下で、今の僕はT.P.エイト・オリーシュアという転生者だ。
僕の人生はあの時、大好きなみんなに看取られて終わった。綺麗に完結した物語なのだ。……だから、それでいい。それでいいのである。
何だろうね……やっぱり「死」を体験したことで、この辺りの感覚が変わっているのかもしれない。
自分でも不思議なほどドライな考え方に気づき、僕はオリ主的な自嘲の笑みを浮かべる。
そうしていると、ふと向こう側から姉さんを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、花束買って来たおー」
「お線香も持ってきたのー! あと、猫ちゃんもー!」
声の主は二人──一人は聞き覚えのある男の声で、もう一人は初めて聞く女の子の声だった。
僕は霊園に入ってきた今もメタボ体型の男の姿に安心感を抱いた後、その隣で黒猫を抱えている幼女を見て思わず目を見開いた。
「猫!? なんで猫!? どうしたですかそいつ!?」
「ここの寺で保護されている猫らしいお。ヒナに懐いちゃったみたいで……」
「もふもふなのー! とってもかわいいの!」
「あっ、本当ですね……随分人懐っこい猫ちゃんですねぇ」
「ヒナの手が気持ちいいみたいだお」
双子でもアレルギーのあった僕と違って、姉さんは普通に猫を触ることができるので猫と向き合っても特に問題無い。単純に動物が苦手なタイプではあったが、大人しい動物相手なら大丈夫な人だった。
そんな姉さんは抱っこされた姿勢のまま前足の肉球でぺたぺたと幼女の顔をマッサージしている黒猫の姿を見て、思わず頬を綻ばせた。僕も一緒に綻ぶ。
だがこの時、僕の視線は可愛らしい黒猫の姿には向いていなかった。
黒猫よりも、黒猫を抱き締める女の子の顔を──姉さんの面影を宿した天使のような幼女の姿を見て、僕は海よりも深い感慨を抱いたのである。
──ああ、よかった。
「ふふっ……」
これはもう、僕はお邪魔虫でしかないな。だけどそれが嬉しくて、思わず笑った。
子猫と戯れる無邪気な子供と、その子を微笑ましげな目で見つめている父と母。
僕ではどうあってもたどり着けない、平穏で暖かな光景がそこにあった。
……尊いよね、やっぱり。
それ以上は何も言うまい。僕はクールなオリ主なのだ。
ただ僕は、そんな光景を見て穏やかに微笑み姉さんに言った。
もうお母さんになっていた、姉さんに。
「可愛らしい娘さんですね」
「ええ、目に入れても痛くないです。アイツが生きてたら、猫可愛がりしてたですねきっと」
流石は姉さん。僕という弟のことをわかっておられる。
大好きな姉さんと大好きな親友の子だ。そんなの、デロンデロンに甘やかすに決まっているじゃないか!
「ええ、もちろん!」
……ありがとう、女神様っぽい人。
この光景を見せてくれたのがオリ主を頑張っている僕に対する貴方からのご褒美なのだとしたら、僕は最後まで貴方を崇めよう。
これで僕は、もっともっとオリ主できる。
いやあ、子供って素晴らしいね。無垢な子供で僕のパワーがムクムクである。
一生見ることができないと思っていた姪っ子の姿を見て、僕は昇天する思いだった。
──その結果、本当に天に昇ってしまったのだろうか?
気づけば僕の目の前には、真っ白な世界が広がっていた。
僕がT.P.エイト・オリーシュアとして生まれ変わった時と同じ、神聖で真っ白な世界が。
そしてその世界にはポツンと一人、あの時と同じく一人の女性がいた。
『私はカロン……数多の「物語」を語り継ぐ者……』
おひさー。
とにかく薔薇乙女とは無関係だ……
気づいたら本作も60話近く。おかげさまで累計100位圏内がほんの少しだけ見えてきたので頑張ります。タカキも頑張ってたし