TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
事件的なイベントの発生である。
ウエスタン風の町ヘットを中心に、半径5㎞ぐらいの区域がくっきり円を描くように霧のドームに覆われていた。
それは、明らかに自然発生したものではなかった。
「ふむ、相当な硬さだね。これはバリアーか……それとも牢獄かな?」
オアシスの地から異変に気づいた僕と炎はすぐさまその場所へ急行するものの、闇の霧は僕たちの来訪を拒んだ。
気体に見えた真っ黒の霧は、踏み入ることを許さぬ障壁になっていたのである。
軽く手の甲でノックをしてみると、コンコンッと小気味の良い音が返ってきた。中々に強力なバリアーである。
千里眼やサーチを使ってみる。中の様子は真っ黒で何も見えない。むむ?
テレポーテーションを使ってみる。飛ぶ先の場所がどうなっているのかわからないので、発動すらできない。むむ……
殴る、蹴る。殴る、蹴る。オラァ! ……駄目だ。硬すぎて一発や二発ではどうにもならない。むぅ……
「怒っているのか……」
「怒ってないよ? 試してみただけさ」
キレてないっすよ? 僕をキレさせたら大したもんですよ。
僕はただ、たかがよくわからん霧に能力を二つも無効化されたのが軽くイラッと来ただけさ。だから炎、そんな引きつった目で僕を見ないでくれ。
うーん……しかしこの硬さ、尋常じゃないぞ。
この中から強烈なアビスの気配を感じるし、この霧自体にもアビスの力を感じる。アディシェスに続いて、今回も来たのかもしれない。
「深淵のクリファの仕業かな……これも」
「何だと……?」
チートオリ主である僕の能力を二つも弾く防壁なんて、クリファぐらいじゃなきゃあり得ないっしょ。
大天使の力にしては、どう見ても見た目が禍々しすぎるしね。これを見たカバラちゃんが、体毛を逆立てるほど不機嫌になっているのもその証拠だ。
深淵のクリファかどうかはわからないが、それと同じくらい強大なアビスが関わっているのは間違いなさそうである。
「町の人たちはどうなっているんだ……」
「心配だね。だけど焦ってはいけないよ、エン。中にはツバサもいるし、他のみんなだっている」
「ああ、だがこれでは……」
「わかってる。ボクたちで、これをどうにかしよう」
霧の中からはアビスの気配以外にも翼や長太、メアちゃんやザフキエルさんの気配も感じる。あの子たちがいるのなら、すぐにどうこうなる心配は無いだろう。
しかし、だからと言ってボクたちがここで手をこまねいているわけにはいかない。
だってオリ主の見せ場が無くなるじゃん。
もちろん、炎の見せ場もだ。
翼にスポットライトが当たっている現状、彼もここいらでガツンと活躍しておかないと「主人公(笑)」などと散々な謂れを受けることになってしまう。
いつの世も、読者の目は主人公に厳しいのである。弱いオタクが増えた昨今、主人公のちょっとしたクソムーブが即炎上案件に繋がってしまうから大変だ。
あと、僕自身が炎のこと好きなので、ジャンジャン活躍してほしいと思っている。だからね……
──ついてこれるか?
「当然だ」
ならば良し!
いや、駄目でも無理矢理連れていくんだけどね。ともあれ、一度拒絶されただけでいつまでもへこたれている彼でなくて何よりである。
さて、それじゃあいっちょやってみっかね。
「来たれ、我が半身」
……と言いながら、毎度お馴染み怪盗ノートを召喚する。チートオリ主的な意味では本当に半身なので、この呼び方は実際正しいのだ。
久しぶりの実力行使である。心なしか僕のノートもいつもより嬉しそうに輝いている気がする……なんてね。
右手に怪盗ノートを携えた僕は、更に「闇の呪縛」、「念動力」、ケセドパワーを重ねがけして発動する。あっ、そう言えばケセド君の端末
そうするといつも通り、僕の背中に黒と白の十枚の羽が展開した。
その際、羽とかさばるのでマントだけはアイテムボックスの中へこっそり回収しておくのは忘れない。
羽を出す必要性であるが……この方がより力を発揮できるのである。
もちろんカッコいいからというのが一番の理由だが、もはや羽の生えた姿はエイトちゃんのファイターモードと言って良かった。
そうだね……ここは女神様っぽい人にあやかって──
「怪盗T.P.エイト・オリーシュア様の、「カロンフォーム」ってとこかな」
シルクハットを目深に締め直し、芝居がかった口調で言い放つ。
そう、今からこの姿の名前は「カロンフォーム」だ。いいでしょこのネーミング! スタイリッシュだし、カロン様への忠義も示せて一石二鳥である。彼女の喜んでいる姿が見えるよこれは。
「カロンフォーム……前の島で見た時も思ったが、メアよりも派手だな」
「知らなかったのかい? 大胆不敵な怪盗は、派手なことが好きなんだよ」
「そうか……大仰そうな名前を付けたのもそういうことか?」
「それもある。ま、名前を付けた方がより力が洗練されるのは確かだからね。キミたちだって、必殺技にはカッコいい名前を付けているだろう?」
「確かに」
うむ、ロマンのわかる男の子で助かる。
そう、異能の性質的にも名前を付けておいた方が発動の際に必要なイメージを固めやすいので、実用的にもやっておいて損は無いのだ。
──さあ、それはさておきこの闇の霧である。
ヘットというウエスタン風の町を閉じ込め、翼を始めとするセイバーズの仲間たちを封じ込めたこの霧の牢獄。壊さなければ先には進めないと来た。
厄介な障害である。しかし、ここにオリ主がいたのが運の尽きだ。
十枚の羽でふわりと浮かび上がり、僕は左手を前にかざして「力」を使った。
「浄化!」
何か、見るからに不浄な感じだし、今回も「浄化」の異能でいけるだろうという判断である。
この異能はメアちゃんから盗んだケセドパワーとは特に相性が良いようで、神秘的なまばゆい光がパァーっと広がって闇を中和していった。
ふはは、闇の霧など、オリ主の力で振り払ってやろう。姪っ子から力を貰った今の僕は、誰にも止められんぞー!
……あっ、ごめんちょっと無理だわこれ。
僕の浄化は確かに目の前の霧を吹き飛ばした。
しかし霧の再生力はこちらの予想を大きく上回り、ちょっと力を抜くと欠損した部位を他の部分が補うように塞いできた。
間違いなく効果はあるのだが、全てを消し去るには少なく見積もっても一時間以上は掛かりそうだった。
これは……アディシェスの毒並のしつこさである。マジで深淵のクリファかもしれないね。
となると、中の戦力だけでは少々心許ないかもしれない。この中にアディシェス級の敵がいたとしたら、長太と翼、ザフキエルさんだけでどこまでやれるか……メアちゃんもいるが、あの子にはまだ僕が盗んだ力が戻ってきていないし、戦力として当てにはできないだろう。マーシフルケセド君は言わずもがな。
──と、言うわけで。
「エン!」
「?」
来たぜ、これは……僕が「一生に一度は言ってみたかったセリフシリーズ」第2位のセリフを叫ぶチャンスが!
僕はフェアリーバースト状態になって霧に攻撃を仕掛けようとしている炎に呼び掛けると、高らかに言い放った。
「霧はボクが払う。だけど、全てを払うには時間が掛かりすぎる。だから……キミは先に行け! ここは任せて先に行け!」
「……!?」
ここは任せて先に行け──男の子なら、一度は言ってみたいよねこのセリフ。僕はTSオリ主だけど。
創作では幾度となく使い古されてきたセリフだが、それ故に風情があって実にイイ。テンプレートを愛する僕にピッタリのセリフだ。
そんな言葉を受けては、主人公たる暁月炎が燃えぬ筈もない。
僕が彼を快く送り出すようにドヤ顔で頷いてあげると、彼はその瞳に熱い責任感を宿し、頷きを返した。
そして僕は、再び「浄化」の異能を使う。
今度はフルパワーだ。彼が通る道を全力で切り開く!
「いっけえええ!」
クールなオリ主である僕は普段あまり叫ばないが、ここぞという時には熱い一面を見せるのもいいだろう。
そういうあざといキャラは、今でもなんだかんだで大人気なのである。原作主人公の彼がそうであるように……あれ? もしかして僕、炎とキャラ被った……?
いや、ないか。僕は美少女なので色男である彼とは最初から被りようが無いのである。
「ありがとう! 行かせてもらうっ!」
おうよ、早く行っちゃえ行っちゃえ。
僕のアイコンタクトを受け取った炎は、開けた道を一気に突き進んでいった。紅蓮の翼の羽ばたきにより散っていった火の粉だけがその場に残り、僕は彼の勇ましい背中を慈愛の眼差しで見送ってあげた。
「ツバサや町の人たちのこと、頼んだよ……」
あっ、だけど僕の見せ場はちゃんと残しておいてよね!
できれば彼らが苦戦しているところに颯爽と駆けつけ、遅れてやって来たヒーローエイトちゃん的な活躍をしてみたい。
僕を差し置いて彼を先に行かせたのは、「一度言ってみたかったシリーズ」第2位を言ってみたかったというのもあるが、そういったオリ主的な打算も含まれていたのだ。ランキングは気分によって変動制。因みに今の第1位は「地球ごと消えて無くなれぇー!!」である。前世では文化祭の演劇で言えたので大変満足である。今生では流石に言うことは無いだろうが、思いっきり叫んでみたら滅茶苦茶気持ちいいだろうなぁと思っている。
いや、地球さんのことは大好きだけどね?
──さて、気を取り直してここからは真面目な話だ。僕はいつも真面目だけど。
実はこの霧、サーチした時にわかったが、これ自体にも嫌な感じの毒が含まれている。
アディシェスの腐蝕毒ほど即効性は高くないが、毒を喰らっていることに気づかせず、じわじわと嬲っていくタイプの性質の悪い毒である。
もちろん、そんなもので作られた霧の中に長時間閉じ込められてしまえば、中の人たちの命は無いだろう。
直ちに問題は無いが、数時間もすれば症状に表れる筈だ。
そしてこの手の毒の厄介なところは、気づくのがどうしても遅れてしまうことだ。「サーチ」の異能を持つ僕は一発で気づいたが、症状が出る頃には手遅れになってしまう危険がある。
強固な牢獄と潜伏系の毒を併せ持ったこの闇の霧──放置すれば町の聖獣さんたちは全滅だし、セイバーズの皆さんも危ない。
ん、なんでそのことを炎に伝えておかなかったのかって?
必要無いからだよ。だってこんな霧、僕が取っ払うし。
完璧なチートオリ主というのはね……原作キャラが気持ち良く戦える状況を作ってあげるのも、求められる大事な役目なのである。
実力では勝っているのに、汚い罠で劣勢に陥るというもどかしい展開……覆したいじゃない? オリ主ならさ。
アニメ「フェアリーセイバーズ∞」ではどうなっているのかは知らないが、このような回りくどい霧を作ったような敵だ。よほど性格が悪いに違いない。そんな性格の悪い悪役を真っ向からねじ伏せてスッキリ討伐するのが、チートオリ主物SSの楽しみなのだよ!
「みんなに毒が回る前に、こんなものは片付けないとね」
ちくしょう! こんなものを作るから、全部取っ払わないと僕が介入できないじゃないか!
ああもう、毒を浄化できる人が他にいればなー! 贅沢言わないけど、僕と同じぐらいの浄化能力を持つ人が一人ぐらい他にいれば、一時間以内に全ての毒を浄化できるのになぁー!
なーんてね。
ふふふ……こういう皮肉屋っぽい悪態も、中々オリ主らしいだろう?
これもまた、自分にしかできない仕事という意味では何ともオンリーワンでやり甲斐のあるムーブではある。
地味だが。
やることは単純な作業であり、空の上からひたすら光を撒き散らして浄化するだけなので、今ひとつ面白みが無いが。
それでも、僕がやらないと炎たちが詰んでしまうのでやるしかないのである。
まったくもう、メアちゃんの身体にアディシェスが潜んでいたことと言い、「フェアリーセイバーズ∞」の脚本の人は、ちょっと性格が悪いのではないかと思う。
この世界には僕がいるからいいけどさ、原作ではどうしたんだろうねこの霧? こんなもの、なんとかできる人いるの?
『手を貸すよ、ダァト』
……いたわ。サンキュービナー様!
「これは心強い……カバラちゃんが呼んでくれたのかい?」
「キュッ!」
そう言えば、カバラちゃんの目を通して僕たちの様子を見ていたんだったこのお方。
やっぱ味方にすると頼りになるぜ……サフィラス十大天使!
あっ、だけど良かったのかな? 僕は今の彼女の顔を見て、何か心境の変化でもあったのかと疑問を浮かべた。
「いいのかい? この青空の下で、その素顔を晒してしまって」
『……いいんだ。どう頑張っても、本物にはなれない。気づいたから……私は、私だって」
「そっか」
今ビナー様はその頭のティアラからベールを下ろしていない。
僕とそっくりなご尊顔を青空の下、堂々と晒していた。
話を聞くに彼女は誰かに擬態してばっかりで、滅多に素顔を明かしたことがないようだが……それをやめたということだろうか?
彼女が顔を隠すようになったのはケテルからの言いつけだと聞いたが、あえて無視するということか。なんという──いい判断だ!
「良かった! ボクはキミの素顔が好きだから、とても嬉しいよ」
『そ、そうかい? ……へへっ』
かわいい。
そりゃ僕と同じ顔なのだから当然だが、青空補正も相まって笑ったビナー様の顔はとても麗しかった。
アニメでも大人気なんだろうなぁこの人。その活躍を二次元で見られなかったのは、とても残念だ。
──だがそれ以上に、僕はリアルで君たちと触れ合えるこの世界が楽しい!
僕とビナー様の力が合わさった聖なる浄化のシャワーが、ヘットの周辺区域を覆う闇の霧を照らしていく。
コクマーと同格の力を持つサフィラスという前評判に違わず、彼女の力は凄まじいものだった。
僕だけでは一時間以上掛かると思っていた全ての霧の浄化も──彼女の協力により、僅か三十分程度で終息することとなった。
あまりにも早すぎて、途中から「あっこれあまり美味しくない展開で炎たちと合流しちゃう奴やん」と思ったほどである。まあ、人の命が掛かっているので浄化の手は休めなかったけどね。
しかしこのムーブ、ヘットの住人たちからはどう見えていたかな? 箇条書きしてみよう。
突如として町を覆う闇の霧!
空は見えず、目に見えぬ毒とアビスによって町の人々は為す術も無く襲われていく!
外からの救援は見込めず、頼りにできるのは筆頭天使と人間の戦士たちのみ!
──そんな時、まばゆい光と共に闇を振り払い、空から舞い降りる二人の美少女! ふたりはオリシュア!
勝ったな! 炎たちのところへいい感じに駆けつけるタイミングは逃したかもしれないが、これはこれで最高にカッコいいオリ主ムーブである。
おっ、早速町から僕たちのことを仰ぎ見る住人たちの姿を発見! さあさあ笑顔で褒め称えよ! そこのけそこのけビナー様とオリ主のお通りだー!
……いや、なんでそんな、大の大人までわんわん泣いてるのよみんな……怖いよ……