TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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 たとえ、黒歴史が襲ってきたとしても……


厨二の心を忘れちゃいけない

 やっべ、完全に素が出ちゃったわ。

 

 いや、普段のエイトちゃんも素の僕とそこまで違うわけじゃないんだけどね? 言い回しを気をつけているだけで。

 しかしうっかり前世のあれこれを引き摺ってポロポロっと弱みをお漏らししてしまったのは、これが初めての失態だった。僕としたことが、ちょっと冷静ではなかったね。

 

 でも……そんな僕の本心からの訴えだからこそ、翼の心に響いたのだと思いたい。

 

 今にも死にたそうにしていた彼に向かって僕が語った言葉は、どれも本心だ。あれではラファエルさんも翼も可哀想だと思ったのも。

 死んだ人に引き摺られて目の前が見えなくなっている人を見てとても悲しかったのは事実だし、ラファエルさんだってそれを望んでいないと思う。

 何を隠そう、僕も姉さんたちを置いて真っ先に死んだ人間だからね! 経験者は語るという奴である。

 

 ……ま、これっぽっちも偉くないけどね。そんなの。

 

 今苦しんでいるのは、遺された側である。

 かつての僕が自分の死期を悟った時は、案外穏やかな気持ちだったことを思い出す。その心情はきっと、ラファエルも同じだろう。

 

 もちろん、後悔が無いわけが無い。

 だが、それでも……幸せな人生だったと受け入れたから。

 

 満足して死ぬことができた僕たちは十分救われていた。

 だから、遺された者が気に病む必要は本当に無いのだ。僕たちが彼らに望むのは、前を見て明るく楽しく生きていくことだけだ。

 

 もちろん、ふとした時に僕のことを思い出してもらえたなら、それはそれでとても嬉しいけどね。

 そういう意味ではあの世界で見た姉さんたちのその後は、僕にとって理想的な姿と言えた。

 

 

 ──そう、思っていたんだけどな……

 

 

 ビナー様主導のもと、数時間で復興を進めたヘットの町。

 その景色を少しでも高いところから見下ろす為に、僕は適当な民家の屋根の上に跳び乗ると、両足を投げ出しながらそこに座っていた。

 そんな僕は、おもむろにハープを取り出す。

 時刻は大体夜中の七時ぐらいだ。この時間になると流石に辺りは暗く、闇夜の空に月が浮かんでいた。エルの夜ほどではないが、中々肌寒い。

 今宵は三日月か……この世界では満月よりも珍しいかもしれない。この世界に来てから初めて見た月の形だった。

 

 

「……よし」

 

 ポロロン、ポロロンと調律を済ませると、僕は今回演奏する曲を決める。

 そうだな……ここはやはり、風岡翼のテーマにしようか。

 その曲は旧作「フェアリーセイバーズ」において翼の登場シーンでよく流れていた渋い感じのメロディーであり、「フェアリーセイバーズ∞」ではラファエルが初登場時にハーモニカを使ってアレンジ版を流していたものである。

 まさに、この状況にピッタリの選曲だろう。

 

 僕はその曲をしんみりとした感情で弾くと、三日月の空の下でしばらく演奏を行った。

 

 今ここにいるのは僕だけだ。カバラちゃんは無事だったメアちゃんのところにいるし、マーシフルケセド君もそこにいる。今頃は、ビナー様たちと一緒にささやかな晩餐会を楽しんでいる最中だろう。

 何を隠そう、僕はその会食をこっそり抜け出してきたのである。そういう気分だったのでね。

 そんなわけで僕は一人、静かな町の中で孤独の演奏を楽しんでいた。

 

 その時である。

 

 演奏に熱中していた為すぐには気づかなかったが、気づけば僕の後ろに人の気配があった。

 おうおう、やっぱり気になってやって来たか。

 彼の来訪を想定していた僕は特に動じることもなく、翼のテーマを最後まで弾き終わった後でハープを横に置くと、屋根の傾斜の上にだらりと背中を預けながら仰向けの姿勢で来訪者を出迎えた。

 

 

「よっす」

 

「おう」

 

 

 軽い感じで挨拶すると、彼も同じように返す。

 そんな彼はウエスタン映画に出てくるガンマンみたいなコスチュームに身を包むロン毛の色男、風岡翼である。

 彼は少しだらしない姿勢の僕に対して何とも言い難い表情で見下ろしたかと思えば、僕の隣に静かに腰を下ろした。おう、座れ座れ。いい眺めだよここ。あと、この傾斜が寝そべるのに快適すぎてイイ。

 

 

「勝手に人様の屋根に登っちゃいけないんだぞー?」

「あんたが言うのか……」

「ボクは怪盗だからね。アウトローなオリーシュア様は、法で定められたルールも恐れないのさ」

「そうかい」

 

 

 アウトロー気質はチートオリ主の特権である。

 もちろん、この住居の住人が嫌がっているなら退くけどさ……高いところが好きなのだから仕方ない。

 その点、この町はエルと違って高所が少ないのが残念である。もちろんこれはこれで風情があっていいと思っているし、ウエスタン映画は好きなので、町の雰囲気自体は結構好きだったりする。

 

 おっ、流れ星みっけ。この世界にも普通にあるんだね。日本の都会よりも空が綺麗なので、とてもよく見える。

 

 そう考えると、夜はこうして屋根の上でのんびり寝転がるのもアリだな。

 新しい楽しみを発見してちょっと嬉しい。もちろん、屋根の上は「浄化」の異能を使って綺麗にするのは忘れない。割と汚れが酷いからね、どこの家も。

 その点僕の「浄化」を使った後ならこのように後頭部を付けても髪にホコリ一つ付かないから快適である。ひんやりしていて結構気持ちがいい。

 そんな風にだらだらとリラックスした姿を意図的に見せつけると、翼が小さく溜め息を吐いた。

 

 よしよし、緊張が解れたようだね。ちょっと露骨かもしれないが、こうして他人がリラックスしている姿を見ると、人間というのは不思議なことに影響を受けるのである。それは彼に対する、僕なりの気遣いでもあった。

 

 そんな彼は僕から視線を移して同じように夜空を見上げると、煌めく星々を漠然と眺めながら言った。

 

 

「俺は、恐れてばかりだ……」

 

 

 法も恐れないと言った僕に対して、自嘲の響きを含んでいるようだった。

 独白するように、翼は続ける。

 

「……他でもない自分自身が、何よりも怖かったんだろうな。だから恐れて、恐れて、恐れ続けて……逃げようのない相手から、無駄な逃避をずっと続けていたんだ」

 

 それは、ラファエルのことを吹っ切ろうとする自分が怖かったってことかな。

 遺されたが故の悩みか……アリスちゃんと似たことを言う。

 幸せだった過去を大切にしているからこそ、前を向いて生きるのが後ろめたくなる。

 

 ……何だかな。彼を見ていると、さっさと死んでしまった前世の僕の罪を思い知らされるようで耳が痛い。

 これが転生者の背負った業という奴なのだろうかと、否が応でもシリアスな気分になる。

 

 でも……だからこそと言ったらいいのか。僕は彼と反対の立場──遺していった者の一人として、持論を語ることにした。

 

 

「それって、いけないことかな?」

「え?」

 

 

 あくまでも、僕の考えだ。

 もちろんそれを彼に押し付ける気は無いし、今回に限ってはSEKKYOUですらない単なる一個人の意見だった。

 だからこそ僕は、リラックスした姿勢のまま気楽に語った。

 

「ボクはね……辛いことや、怖いことから逃げるのは悪いことじゃないと思うんだ。誰もがそれに打ち勝てるほど強くはないし、逃げたって構わない。それを責める資格は、誰にも無いんだよ」

「……あんたは責めたじゃねーか」

 

 確かに。

 

 いや、でもあれはそういう意味で言ったんじゃないし!

 逃げるのはいいけど死んで逃げるのだけはやめてほしかっただけだし!

 言葉って難しいね……改めてそう思うエイトちゃんでした。

 

 

「ボクは未来から逃げるなと言っただけで、辛くて悲しい過去から逃げるなとは言っていないよ。誤解させたなら、ごめんね」

「……いや、いい。あんたに謝ってもらうほど、性根は腐っちゃいねぇさ」

 

 

 生きていることで味わうことになる多くの苦しみから死に逃げしたと言えなくもない前世を持つ僕としては、「お前が言うな案件」になりそうで難しいところだ。

 

 でも、どうせ最後に人は死ぬのだから、それまでの人生なるべく楽しいことをして生きたいじゃん?

 

 僕はそれだけを伝えたかったのだ。

 悲しい過去に立ち向かって乗り越えることだって、結局はその後の人生を楽しく生きる為に必要だからである。

 彼の場合は、過去から逃げても幸せになりそうにないと思った。だから未来から逃げないでほしかった──それだけだった。

 

 ふふん、僕はチートオリ主だからね。破滅のルートを歩もうとしている推しの姿を見ていると、お節介とわかっていてもスルーすることができないのだよ。

 

 そんな僕に対して、翼は改まって言い放った。

 

 

「すまなかった……あんたにも、無駄な苦労を掛けちまったな」

「苦労って、ボクは別に。そういうこともあるでしょ? 男の子だもん」

 

 いいってことよ、でも一応礼は受け取っておくぜ。

 なあに、僕にとってはどうということもない。君が突然キャラ変した時はやべーぞこれは……と思ったものだが、理由を知ってみればそこまで複雑な話ではないし、無理のあるキャラ改変でもなかった。

 それはどんな人間でも陥るものであり──要はアレだ、思春期の男の子がよく悩む奴。

 

 ──そう、自分探しの旅をしている真っ最中なのだ。今の彼は。

 

「なんだそりゃ……かっこ悪っ」

「恥じることはないさ。失っていた多感な時期の記憶が、今になって戻ってきたのだから無理も無いよ」

「……ビナー様から聞いたのか。はは……確かに今の俺は、思春期のガキそのものだな。不安定で、不器用で、面倒くさい。そういうのはとっくに卒業したと思っていたが……今になって帰ってきたってわけか」

 

 うんうん、そういうのは本人が自覚するまで時間が掛かってしまうのが厄介ではあるが、それ自体は深刻な話ではないと僕は思う。

 ゆっくりと時間を掛けていけば、それも自分だと受け止めて、乗り越えていける筈だ。僕もそうだったし。

 

 

「思春期は、いつ訪れたっていい。その分だけ新しい自分が見つかる……可能性が広がるのだから」

「可能性、か……」

 

 

 思えば僕が厨二病に対して一切敬遠していないのは、その辺りなのかもしれない。

 僕としては過剰にそういうものを嫌悪している方こそ、人生の中で楽しめるものが少なくなってもったいないと思っている。まあ、僕の場合は「そういうところがガキっぽすぎるです!」と姉さんから苦言を呈されたものだけど……その考え方は死んでも治らないどころか、さらに悪化しているのが今の僕である。えっへん。

 ……言うて僕たちの中で中学二年生の頃、一番酷かったのは姉さんなんだけどね。その過去を一切弄らなかった僕たちは偉かったと思う。

 

 

「……あんたが弾いていた曲」

「ん?」

「天使の間じゃ有名だったりするのか?」

 

 ああ、アレは君のテーマだよ──って言うわけには、流石にいかないか。

 うーむ、やはり訊いてきたか。

 そりゃあ、ラファエルがよく弾いてた曲だもんね。興味が湧くのは当然の話だ。

 寧ろあの曲を弾いたのは、彼の興味を引く為という理由でもあったのである。

 

 

 ほら、キミとこうして二人きりで話したかったから。

 

 

「お、おう……そうか」

 

 ……なんだい挙動不審に。そんな変なこと言ったかね?

 

 もしかして美少女から話し合いに誘われて照れているとか! ……ないか。ないな彼に限って。

 それこそ思春期の童貞男子じゃあるまいし、彼はまだ二十歳とは言え女の子の扱いに慣れたチャラ男さんだ。挙動不審に見えたその反応は、おそらく気のせいだろう。

 

 えっと、何のことだっけ? ああ、さっき弾いていた曲の意味だったね。

 

「頑張る少年に贈る祝福の曲だよ。平静を装っているけど心の中はいつも寂しがっていて、それでも前に進もうと頑張っている……そんな気持ちを表現した曲さ」

「……そうかい」

 

 ごめん、適当ぶっこきました。100%僕の想像である。

 実際に翼のテーマを作曲した人が、どのような意図で譜面を作ったのかはわからない。

 僕が感情を込めて弾いてみた会心のイメージなので、そこまで的外れではないと思いたいが。

 実際に歌ってみたり、弾いてみるとイメージが変わる曲ってあるよね。しんみり系だと思っていた曲が、実は節々に力強い曲調が隠されていることに気づいたり……そんなフィーリングだ。

 

 そう伝えると翼は、今度はその曲を僕が弾いていたことに対して意味を求めてきた。

 

 

「あんたも寂しいのか?」

「……えっ」

 

 

 僕は思わず、虚を突かれた顔でポカンと口を開いた。

 マジかい……僕が寂しがっているとかどこ情報よ。今一番寂しいのは君の方だろう?

 思いがけない問い掛けに、僕は屋根の傾斜の上に仰向けに寝そべりながら聞き返した。

 

 

「何故、そう思う?」

 

 

 名探偵である彼が今の僕から何を感じたのか気になったので、あえて否定せず訊ねてみた。

 すると、彼にしてはしどろもどろな、曖昧な態度で語った。

 

 

「……そんな気がしたんだ。あの時、あんたも大切な誰かを亡くしたような……そんな顔をしていた。姉さんって呟いたのも、もしかしてあんたは……」

 

 

 ああ、そういうことね。

 

 

「はい、そこまで。それ以上はだーめ」

「っ」

 

 

 ナーバスになっていても、流石は風岡翼か。全く、探偵という生き物は鋭いったらありゃしない。油断も隙もないぜー。

 僕は目にも留まらぬ早業で起き上がると、言いかけた彼の口元にぴとっと人差し指を押しつけた。

 

 

「……お預けか」

「そういうこと」

 

 

 残念ながら、その先はNGということで。

 死んだのは僕の方なんだけど、この調子で姉さんのことをまたポロッと漏らしたら真実にたどり着きそうで怖いよこの男。

 そうなると、エイトちゃんのミステリアス感が無くなってしまうので論外である。

 完璧なチートオリ主を目指す僕としては、自分で決めた自らのアイデンティティーを失うわけにはいかないのだよ。

 だから駄目ですー。僕は答えません。

 

 

「教えないよ。うん……ボクの口からは言えない」

 

 

 一方的に情報を遮断すると、翼は露骨に残念そうな顔を浮かべる。

 おいおい、何て顔をしているのかね君は。

 怪盗に答えてもらう探偵とか駄目だろ、お約束的に考えて!

 

 僕は僕の美学に従って、ここらで彼に発破を掛けておくことにした。

 

 

「ボクは怪盗だからね。大切な謎は、謎のままにしておきたい年頃なのさ」

「……ああ、そうだったな」

「その謎を暴くのが、キミだろう? ボクはキミと、そんな関係でいたい」

「……はっ、そうかい」

 

 

 なにわろてんねん。

 人がせっかくいい感じにキメたと言うのに、何だその「そう言えばお前怪盗設定だったな……」とか言いたげな、微笑ましいものを見るような顔は!

 

 全くもって心外である。

 実際、全てが終わったら異能怪盗として「あばよとっつぁん」とばかりに彼から逃げ回る生活を送るのも悪くないとは思っている。

 SSで言えば完結後の日常編って奴になるけどね、そういうのは。

 物語は長く楽しみたい派である僕としては、できればそういうのも楽しみたいわけでして……

 

 

「だから……キミも、早く元気になってくれたら嬉しい。大怪盗には名探偵がいないとね。ボクも張り合いがないんだ」

 

 

 翼の顔はまだ少し暗いが、何はともあれ今日でセイバーズは全員揃ったというわけだ。

 僕の知らない「フェアリーセイバーズ∞」ではどうなっているのか知らないが、時系列的に明日から僕たちを待っているのは旧作で言うところの第22話以降──すなわち、世界樹「サフィラ」での最終決戦である。

 

 どうしよっかなぁ……せっかくだし、今この場で「コレが終わったらうんたらかんたら」的な、いい感じの死亡フラグとか立ててみようかな?

 もちろん僕に死ぬ気は全く無いが、その手のベタなフラグは死んでも死ななくても美味しいので基本立て得なのである。SS的に考えて。

 

 よし、ここはオリ主らしくバッチリキメようか!

 

 

「……今回の件が片付いたら、俺に楽器を教えてくれないか?」

 

 

 お前が言うんかーい!

 

 思わずズコーッと屋根を転がりそうになったが、口に出さなくて良かった。

 僕は全く同じ言葉を僕が言おうとした矢先の、あまりのタイミングの悪さにふっと噴き出してしまった。

 

 

「おい、なんで笑う?」

「あははっ、いや……意外だったから。キミがそんなことを言うの」

「……そうか?」

 

 

 そりゃあ笑うしかないでしょうよ。

 だけど……笑い事じゃないよな。

 今日までずっと死にたがっていた奴が生きようと決めた途端、死亡フラグを立てるとか──これもう作劇的には役満じゃねぇか。

 

 ま、彼は死なないけどね。原作「フェアリーセイバーズ∞」がどんな展開なのかは知らないけど。

 

 なんたってここには女神様っぽいカロン様に遣わされ、死亡フラグを叩き折ることを宿命付けられたオリ主がいるのだから。

 

 そう言うわけで僕は、あえて彼がおっ立てたフラグにノってあげることにした。

 

 

「とっておきの新曲を作って、待っているよ」

「……! 生きる理由が増えたな……」

 

 

 死亡フラグには死亡フラグをぶつけるんだよ!作戦である。

 お返しにより露骨なフラグを立てることで、彼の不穏なフラグを中和したのだ。

 咄嗟に切り返すこのアドリブ……我ながら惚れ惚れするぜ、僕。

 翼もそれをモチベーションにしてくれたようで何よりである。僕も俄然、明日からも頑張ろうという気持ちになったのだった──。

 






 次回はとある世界線のお話です

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