TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
「フッザコカァ!」
PCと向き合いながら、独特なイントネーションで吐き捨てる。
その発言を翻訳すると「ふん……雑魚か」になる。至ってシンプルな煽りだった。
煽りの対象は今しがた眺めていたスマホの画面である。彼はPCとスマホ、両方を同時に操作していたのだ。
一方でPCの画面では、そんな彼の一挙一動に呼応するように文字列が流れていた。
【うるせぇ】【他人のレスで稼ぐ視聴回数は嬉しいか?】【今のデッキーの声?】【殿下の声真似無駄に上手いな】
「殿下の物真似は僕の十八番です」
100人以上に上る視聴者たちが思い思いにコメントを書き込んでいるのである。
それは数日前、動画投稿サイトに流行りの「Vチューバー」としてデビューしたサブカル系動画投稿主による生配信の光景だった。
しかし配信画面に映し出されているのは彼の姿ではない。
彼が自らのアバターとして用意した3Dモデル、「バーチャルデキルオ」の姿だった。
その真っ白でふっくらした身体、饅頭のような頭に点と線だけで描いたようなゆるキャラめいた顔は360°ほとんどが某アスキーアートを3D化したデザインだった。
一般受けするVチューバーというものはそのほとんどが可愛らしい美少女の姿をしたアバターであるが、彼の場合は人間ですらないクリーチャーという数少ない例外である。控えめに言っても癒され目的で視聴する者はいないイロモノであった。
尤も、「バーチャルデキルオ」の中の人こと貧乳オタクは、一般受けや収益化については全く考えていない。寧ろ告知無しの配信で今こうして100人以上の視聴者が視に来てくれたことに内心驚愕しているほどであり、照れ隠しに「皆さんヒマなんですねぇ……」と呟いたぐらいだった。
【ヒマ……?】【暇つぶしに来ました】【某スレで話題になっていたので】【初見】【同じく初見】【マジでできる夫じゃんすげー】【まだ生きていたのかAA文化】【←普通に現役だぞ】【やらない夫の方が好き】
「ふむ、そうですか。ああ、初見の方はようこそ僕のデッキーチャンネルへ。アスキーアートがバ美肉した超絶イケメン紳士ことバーチャルデキルオが歓迎します」
【美肉……?】【やらない夫の方がイケメン】【白豚じゃねーか】【立ち方で草】【淡々と話しながら真顔でジョジョ立ちするのやめろ】
彼の配信枠では基本的にオタク趣味関係の雑談が行われており、特に今熱いのが現在放送中の「フェアリーセイバーズ∞」についての考察や玩具レビューなどである。
元々動画投稿主として人気な動画を何作も出していた為か、企業からのバックアップの無い個人勢のルーキー配信者としては好調なスタートを飾っていた。
──と言うのも彼のアバターであるバーチャルデキルオの姿が無駄に完成度が高くヌルヌル動くところだろう。淡々とした敬語口調で話しながら、今もこうして背中から通した左手で右脇腹を押さえながら、右手で左の側頭部を抱えてクロスステップを踏むという謎のポーズを取っていた。某アスキーアートの動きを正確に再現した精巧な動きである。
そんな彼の元ネタのアスキーアートに対する奇妙なリスペクトと個人製作とは思えないモデリングの完成度の高さが一部の者たちにウケたのか、それに気を良くした彼は浮かれそうな気持ちを堪えて配信を続けた。
「はい、前置きでずらっと某掲示板のまとめ映像を流しましたが、今回の配信はコレです。スレでも話題に挙がっていたフル稼働フィギュア「T.P.エイト・オリーシュア」ちゃんのレビューになりまーす」
【ちっ】【チッ……】【おー】【俺が買えなかったやつ】【今転売の値段が7万とかいってる奴じゃん】【かわいい】【キャーエイトサマー】【いーなー】【俺の嫁がなぜここに……!?】【美しい……ハッ……?】【これが2万5000は安いと思う】【なんやその動き】【やらない夫の方がキビキビしている】【一般販売とか都市伝説やろ】【転売品乙】
バーチャルデキルオが頭の上で指先をピコピコ動かしながらコミカルな歩行で画面の端に寄った瞬間、リアルの机の上に置かれた一体のフィギュアが映し出された。
掲示板でも話題に挙がっていた精巧なフィギュアの姿に視聴者たちが沸き立つ。
呟きの投稿では一時トレンドにも上がっていたほどであり、発売から程なくして在庫切れが多発した話題の品であった。
「いやーつい最近買えましたよー! 僕がエイトちゃんに惚れ込んだのは予約の受注が締め切られた後で完全に出遅れたんですけど、なんと出張帰りに寄った模型屋に一つだけ置いてあったんです! あっこれ証拠の札。転売品じゃないですよ?」
【あのレスお前だったのか】【かわいい】【マジやんけ】【誰か返品したとか】【この挑発的な表情がたまらぬのだ】【いい太もも】【だから隣のウッディは何なんだよ】【かわかっこいい】【スカートのめくれ具合も調整できるのか……】
「ウッティです! 彼はサイズの比較用です。ガンプラで言えば、大体1/100と1/144の中間ぐらいの大きさですかね? この通り、カバラちゃんも乗りますよ!」
【乗せるな】【ウッディ欲しい】【相変わらず味のある顔してんな】【最近の稼働フィギュアは関節に溝無いんだな】【かわいい】【普通にガンプラと比較しろよわかりにくい】【下から見せて♡】
「見せません! 当チャンネルは健全なので。代わりにウッティフィギュアをローアングルでどうぞ。あと一人かわいいしか言っていない人がいますね……僕もそう思います」
【見せるな】【そしてこの表情である】【ウッディの顔怖すぎて草】【←よく間違えられるけどウッティな】【エイトちゃんはかわいい。当然だよなぁ】
配信開始から時間が経つに連れて、視聴者の数はさらに伸びていく。
しかし彼としては単に先日偶然購入することができたレアな商品を自慢したかったのがこの配信の主旨であり、視聴者の数にはさほど興味は無く数字の変動に目を向けていなかった。
期待していた反応を大勢の者たちが返してくれたことに、バーチャルデキルオは愉悦にワインを傾けるような仕草でほくそ笑む。
同時に中の人はフィギュアを見つめながら、購入した日のことを思い出し感慨に浸った。
「どうもどうも、強運すぎて申し訳ない。いやあ、運命を感じますねー! 出張の後、友人の墓参りの帰りに出会うとは……これは天国の友人が、僕にプレゼントしてくれたのかなって思っています」
【お、おう……】【急に重くなるな】【やめろ】
「あっ、なんだか微妙な空気に……ごめん」
聞きようによっては不謹慎に聞こえる発言がポロッと漏れて、コメント欄の回転速度が落ちる。
それは配信者の声がリアルタイムで共有されるが故の失策だった。
露骨な空気の変化に冷や汗を垂らしていると、最初に踏み込んできた一つのコメントに返信する。
【その友人も、FS好きだったん?】
「ああ、うん。実はその友人、旧作「フェアリーセイバーズ」の話題で仲良くなった関係でして……15年ぐらい前かなぁ。あの時はマルクト様の絶対領域について熱く語ったものですよ」
【マルクト様の絶対領域はエロいからな……】【何の話題で盛り上がってんねん】【デッキーマルクト推しなん?】【草】【マルクト様ちゃんじゃ仕方ない】【デッキーの動画の最後は毎回マルクト様のえっちな絵で飾るのが恒例】【あれ全部手書きなん?】
「もちろん僕の手書きですよ? 僕は多才なので!」
【ドヤ顔がムカつく】【これはドヤが夫】【やらない夫の方がドヤってる】【←お前やらない夫だろ常識的に考えて】【サムネに使えばいいのにって毎回思う】【実際多芸で羨ましい】【サムネも作れる上に薄い本も描ける男だぞ】【このモデルも自作】【デッキーすげー!】
「それほどでもありますよ、僕はデキる男ですからね。ええ、ええ、マルクト様のことは漫画を読んだ時からの推しです。だけど僕はえっちなサムネで釣るよりも、内容で勝負したいなって……」
【えらい】【えろい】【妙にストイックなところ正直好きだよ】
「ありがとうございます」
微妙な空気を修正できたことに安堵し、バーチャルデキルオはフィギュアのレビューに戻る。
特に企業からの案件でもなく作品の一ファンとしての配信に過ぎない為、彼は製作側に忖度することなく歯に衣着せぬ批評でエイトちゃんフィギュアの長所、短所を容赦無く挙げて紹介していった。
彼自身がクリエイティブなオタクであり凝り性でもある故か、それらの批評は概ね的確であり、実のあるものだった。
特に20年来のフェアリーセイバーズファンである彼の雑学は「∞」から入った新規ファンにとって新鮮なものだったようで、旧作放送当時に販売された古いグッズとの比較やフィギュアの進化の歴史を語る際には熱が入り、さらには精巧な立体化により初めて発覚した「T.P.エイト・オリーシュア」の新情報から鑑みてのキャラクター考察など、批評中のコメント欄は心なしか急にIQが高くなったように感じたほどだ。
「つまりこのフィギュアで明らかになったエイトちゃんのおパンツが水色なのは、彼女がフェアリーワールドにおいて母なる海に当たる存在だということを意味しているんですよ!」
【な、なんだってー!?】【やはりエイトはママだった……?】【納得】
……感じたが、気のせいである。
無駄に教養の高そうな考察から糞みたいな結論を出すのが、彼の得意とするトークスタイルである。
それはそれとして割と一考する価値自体はある内容だったりするので、動画勢からは根強い人気があり、ネタ半分、真面目な考察半分の心持ちで視聴者は楽しんでいた。
【この考察をエイトちゃん本人に聞かせてあげたい(ゲス顔)】【だからそのパンツを見せてよ】【諦めろ、ここは健全なチャンネルだ】【どう見ても不健全】【エイトおねえちゃんをそんなめでみるな】【苦笑した後でやんわり否定されそう】【いいや、俺は意外に顔を真っ赤にして逃げ出すと見るね!】【なにそれ見たい】【フェアリーセイバーズの男たちは紳士だということがよくわかる考察】【セクハラまがいなこと言ってた奴はいたな、サーチ盗まれてボコられたメガネの人とか】【思えばエイトちゃんが普通に怒った貴重なシーンだったな】【←ショタを誘拐されたらそらキレるわ】
今回の配信は表題を「バーチャルデキルオはT.P.エイト・オリーシュアのフィギュアをレビューするようです」と設定している為、集まった視聴者たちは全員がアニメ「フェアリーセイバーズ∞」を視聴済みである。
やたらとエイトちゃんのフィギュアを下から映せと叫んでいる紳士も何人かいるが、キャラクターの話題になるとコメントの伸びが加速度的に上がることからも彼女の人気の程は窺えた。
一応、棲み分けはできているということだろう。コメントを書いている者たちの多くは、二十歳を超えた大きなお友達のようで、バーチャルデキルオの語るコアなオタク知識にも悠々とついてくるエリート視聴者たちばかりであった。
それは「フェアリーセイバーズ」というコンテンツ自体が、彼らの世代に馴染み深いという証だろう。
……アイツも生きていたら、俺の話に共感してくれたのかな?
些か品が無いが、そんな和気藹々としたコメント欄を見てふと感傷に浸る。
そして、目の前のフィギュアの顔を見て思わず苦笑を浮かべた。
いつも自信満々で、飄々としていて、儚そうに見えるけど強くて、意外にガキっぽい。そんなT.P.エイト・オリーシュアの浮かべる挑発的な笑顔が、どこかかつての友人と重なったのだ。
もちろん、彼は男で姿も似ていないが、立ち振る舞いや雰囲気には似ているところがある──ような気がした。それはこのフィギュアを買った日が丁度彼の墓参りの帰りだったことで気づいた、何とも言えない発見である。
「青、か……」
ボソリと呟く。
そう言えばアイツも、青い色が好きだったなと。
昼休みの時には屋外のベンチに寝転がって空を見上げたり、虚弱な身体でよせばいいものを、何度も高い木の上に登ろうとしては姉に怒られていた。
思えばT.P.エイト・オリーシュアも、そんな過去があることを鳥人族の少年に語っていた気がする。
「エイト 僕 似ている」……アイツなら天国でそう検索していそうだなと想像して笑う。
華奢だが強く気高く美しいT.P.エイト・オリーシュアの姿は、女の子ではあるがいかにも彼が憧れそうなキャラクターである。
……いや、流石にこれを言ったら「美少女フィギュアのパンツを見て僕を思い出すなよ」と怒られそうだが、それはそれとして共通点を見つけてしまったのは事実である。
そうなると考察厨である彼としては、思い浮かべずにはいられないわけで。
──T.P.エイト・オリーシュアは俺の友人の生まれ変わりだった……!? エイトテンプレートオリ主A説、ここに完結──!
……いや、駄目だろそれは常識的に考えて。そんな動画は不謹慎すぎて炎上待ったなしである。
動画内では弾けている彼だが、社会人として一般的な良識はあるのでその話題は企画にも上がらず脳内で却下される。
だが、死んだ人も何らかの形で、いつかどこかで幸せに生まれ変わるとしたら──そう考えると少しだけ心が救われる気がしたのは、事実である。
転生物のライトノベルがこれほど流行っているのもきっと、そんな人々の来世への願いが関わっているのかもしれない。……そう思うのは感傷的すぎるか。
宗教に嵌まったわけではない。だが、バーチャルデキルオは──かつて受験が失敗し落ち込んでいた自分に「できる男【DEKIRUO】」というあだ名を付けて、温かく励ましてくれた亡き友人のことを想い、静かに黙祷する。
そんな彼はこの時──カウボーイの姿をした世界的に有名なフィギュア、ウッティ・ブライトにいやらしい顔をさせてエイトちゃんフィギュアのスカートの下に横たわらせながら、儚く切なげな笑みを溢した。
【覗くな覗かせるな】【無言でウッティに変なことさせるな】【絶対やると思った】【正直期待してた】【ウッティ&美少女フィギュアは鉄板よ】【生配信でデ○ズニーとピ○サーに喧嘩を売る男】【これはひどい】【ウッティそこ変われ】
「実は僕、一般アニメのセクハラシーンは好きじゃないんですよね。だけどそれはそれとして、そろそろエイトちゃんのヒロピンを見てみたい。デッキーチャンネルでしたー!」
ゲラゲラと下品に笑いながら、バーチャルデキルオはバンバンと机のオブジェを叩いてこの動画にオチを付けたのだった。
ウッティ・ブライト
個性的な表情と自由自在な挙動が可能な幻のフィギュア。発音のしやすさから度々ウッディと間違われるが世界的に有名な某人気キャラクター、ウッディ・プライドとは何の関係も無いのであしからず。