TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
夢というものは不思議なことに、どれほど印象深くとも起床後にはほとんど忘れてしまうものだ。
それは多分、起床後には身支度やら何やらで何かと忙しかったりするので、他のことに神経を傾けている間にどんな夢を見ていたのか忘れてしまうからなのだろう。
身支度ではないが……僕もこの朝、早速忙しい目に遭った。
──目が覚めたら、目の前にビナー様の寝顔がありました。
朝一番に受けた衝撃である。僕の居場所は寝る前と変わっていないので、どうやら彼女の方から僕のベッドに潜り込んできたらしい。
あまりにも積極的な姿勢に僕は、ビナー様ってそっち系の人なのかな……って一瞬だけ疑念を抱いたものだが、縋るような寝顔で僕の浴衣をぎゅっと掴んでいる姿はレの字の人と言うよりも、大好きなお母さんに甘える娘みたいな雰囲気を感じた。
そんな彼女を相手にしている僕自身、ベッドの中で密着し合ったこの状況でイケナイ気持ちよりも至って健全な、微笑ましい気持ちを感じていた。
既に意識が覚醒した僕はうんうんうなされている彼女の身をおいでおいでと抱き寄せると、夢の中で見たダァトのようにその髪を撫でてやった。
──そう、僕は今朝見た夢をはっきり覚えていたのである。起きている時に直近で起こった出来事と同じぐらい、鮮明に。
あれは何だったんだろう?
夢にしては荒唐無稽感が無さすぎたし、具体性がありすぎた。
ビナー様以上に僕とそっくりなダァトに、羽の生えたカロン様。そして、まだあどけないショタっ子のケテル。色々とツッコミどころはあるけど、ただの夢として切り捨ててしまうには違和感がありすぎる光景だった。
そもそもオリ主が見る夢なんて、普通の夢ではないと相場が決まっているのだ。
オリ主にとって夢とはこう、いい感じの過去回想であると同時に、今後発生するイベントのフラグを担っていることが多い。
たとえば悲しい過去を持つオリ主が昔の出来事を悪夢で見て「くっ、また同じ夢を見ちまった……」と訳ありな事情を仄めかすシリアス感を演出したり、意味深な伏線を張っていくものだ。
それを踏まえると僕が今朝見た不思議な夢も、僕自身に対する何らかの伏線が隠されているのかもしれない。女神様っぽいカロン様め、憎い演出をする。
しかし、流石は僕だ。僕ほどのチートオリ主ともなると、今朝見た夢の一つさえ重要なシーンになるということだ。
詳細の確認は……まあ、直接カロン様に聞けばいいかな。
世界樹「サフィラ」の意思である彼女なら、これから行くことになる現地で再び接触することができるだろう。そこで今度こそ問い詰めて伏線回収よ。
しかし仮にあの夢がこの世界の……彼女が見せた過去の歴史だったとしたら、流石の僕も腹を割って話さなければなるまい。主に、ダァトと僕の関係についてとか。今度は忘れないからね。
その時どんな答えが返ってくるのか、正直ちょっと怖かったりもするが……僕がやることは変わらない。
そうとも……とにかくオリ主したい。
エイトちゃんはブレないのだ。
『ゃ……ん……っ、ダァト……いかないで……っ』
カロン様の意思を考察しながら僕の胸に押し付けてきたビナー様の頭をよしよししていると、彼女は一層強く僕の浴衣を握った。あっ、ちょ、ちょっとそんなに引っ張るとおっぱいこぼれ……るほど無くて良かった。貧乳の勝利である。
布団の中にはお見せできない光景が広がっていたが、彼女の寝言があまりに迫真だったので、その手を払うこともできなかった。ううむ……
それにしても寝言までテレパシーで発信してくるなんて、どんな夢を見ているんだろうね?
僕と違って、彼女は眠りが浅いのかもしれない。大天使様だもんねー、ストレスも激しそうである。彼女はこの寝室にはあまり来たことがないと言っていたが、もしかしたら普段はこうしてベッドで眠ることも少ないのかもしれない。お労しや……
「大丈夫、大丈夫だよ、ビナー」
ビナー様はうなされながら不安そうな声で呟いていたので、僕は彼女の背中を擦りながら抱きしめてあげた。
ベッドの中で抱き合う女の子……これは百合の花が咲き乱れていますわ。
というのは冗談だが、今の僕がこうして冷静なのはおそらく、転生当初よりも女性としての自分に馴染んでいるからなのだろう。そう考えると感慨深い。
えっ? 割と最初から馴染んでいたって? ……否定はできないね、うん。
もちろん、前世から女の子の身体に興味が無かったとか、そういうわけではない。友人たちほど開けっぴろげにはしていなかったけど、性欲はあったと思うんだよねー。
だけどそういうのが激しい思春期の頃は何かと家族に過保護にされていたから、現実の女性に対して興奮する機会自体が少なかったのである。なので必然的に二次オタになったわけだ。
そういう意味ではこの状況に置かれたのが前世の僕ならば、間違いなく頭がフットーしていただろう。それほどまでに男心をくすぐる色気が、今の彼女にはあった。
ま、今の僕はT.P.エイト・オリーシュアであって、それ以上でも以下でもないんだろうけどね。
「ボクはここにいるよ」
『ん……』
君の望む「ダァト」ではないけど、君が望んでいる以上は僕にこのベッドを離れる意思はない。
紳士かつ淑女な精神を持つ高潔なTSオリ主は、いかなる古典的なトラブルであろうとクールに対処するぜ。
寝ぼけてベッドに潜り込んできた美少女を、優しく抱擁してあげる精神が大切なのだよ。巷の鈍感系主人公たちには是非とも今の僕の姿を見習ってほしい。イキリエイトちゃんである。
……あれ? 今思ったけどこの状況、めっちゃオリ主じゃね?
おやおや、僕としたことが……ベタすぎてスルーするところだったぜ。絶好のオリ主チャンスを。
朝起きたら目の前に美少女の寝顔があるという、王道的添い寝イベント──これを生かさずして何がチートオリ主か。
今日の僕凄いな。朝から絶好調である。これは今日もいい一日になりそうですわ。
『……あ』
あっ、ビナー様起きた。
『あ……えっ、あの……ひゃっ』
寝ぼけながらもぞもぞと動き出したビナー様は、布団の中で結構はだけてしまった僕の胸に頭を擦り付けてからしばらくして目を開くと、そこで彼女を見つめる僕の目と視線が交錯した。おはよー。
『え……? ああああああっ』
パチパチと目を瞬かせた後でようやく自身の状況を理解したのか、彼女は銀白色の目を大きく見開いてカァァァっと顔を赤くした。いいぞ、教科書みたいな反応だ!
さあ来い! 僕にビンタをするのだ! 僕が今、チートオリ主による完璧なラッキースケベイベントを見せてやろう!
まず彼女が「キャーエイトサンノエッチー」的なビンタをかましたら、僕はやれやれと首を振るだろ?
そしたら僕はオリ主的クールな正論を返し、勝手にベッドに潜り込んできた彼女のことを華麗にSEKKYOUすることができるという算段である。
そう、それは古来から続く由緒正しき主人公イベントである。
だから遠慮せずに来い! カモーン!
『わわわ……あわわわわわわ……っ』
……あれ? ちょっと君、動揺する時間長くない?
ビナー様、僕が想像していた十倍ぐらい赤くなってぷるぷるしていた。何だこのかわいい生き物。あ、あのー……僕そっくりな顔でそんな顔されると、エイトちゃんとしては非常に変な気持ちになるのですが……
だ、だがまだ諦めないぞ! そのまま熱くなった頭でつい動転してしまい僕の頬を打つのだビナー! 打て! 打つんだー!
『!?!!?!???!???』
駄目だこの子……どんどんバグり方が酷くなっておられる。
よ、よし、だったらここは、軽く煽って意識を引き戻してあげよう。
単純な親切心と華麗なオリ主ムーブをキメる為の前フリとして、僕はイタズラっぽい笑みを浮かべて彼女に耳打ちしてやった。
「見かけに依らず……ビナーは甘えん坊さんだね」
『きゅう……』
あっ、ビナー様動かなくなった……あれー?
うーん……どうやら頭の中がパンクして突っ伏してしまったようだ。本当にきゅう……とか言う人初めて見たわ。カバラちゃんの鳴き声みたいな声が出たね。
そんなことを思っているといつの間にか僕のベッドの横に座っていた本物のカバラちゃんと顔を見合わせて、二人で笑い合う。
まあ、これはこれでオリ主らしい朝のイベントなのではないかと思う。
しかし、ビンタではなくそっちのパターンだったかぁ……ビナー様は暴力系ヒロインじゃないから仕方ないか。寧ろその手のイベントは、ツンデレなマルクト様ちゃんの方が似合いそうである。
ちょっとだけ残念に感じていると、しばらくして復帰したビナー様が、布団の中で猫みたいに丸くなりながら言い訳を述べた。
『……違う、違うんだ……私はそういうんじゃなくて……!』
「わかってる、わかってるよビナー」
大丈夫。君がレの字ではないのは寝顔を見てわかっている。
なので心配は無用だ。仮にそうでも、そんなことで君を気持ち悪がったりしないからね。これは本当だ。
『ぜ、絶対誤解されてる……いい歳こいて、何やってんだよ私……っ』
フッ……かわいい。
うん、かわいい。
大事なことなので二回言いました。
何なら三回目を言ってもいいが、それ以上は無粋である。朝から幸せな気分になったわ。
「誰にだって、そういう一面はあるものさ。恥ずかしがらなくたっていい」
『……ほ、本当かい?』
「うん、本当さ。ボクも……いや、何でもない」
僕にも大きくなってからもそういう時期はあった──と言いかけて、彼女より遙かに年下の僕が言っても何のフォローにもならないなと思い直してやめておく。
ビナー様はちょっと距離感がバグってそうだけど、彼女の場合は僕のことを母親的な存在「ダァト」だと思い込んでいるからね。
ようやく会えたお母さんなら、ちょっと魔が差してしまうことぐらいあるだろう。僕が本物かどうかはさておき。
何はともあれいい朝だ。
僕は彼女よりも早起きしたことで、三文よりも遙かに上質な得をした。
はい。
それからところ変わってヘットの町。
それぞれいつもの衣装に着替えた僕たちは、城の中で朝食を摂った後で再び「テレポーテーション」でこの町に戻り、ザフキエルさんたちやセイバーズ一行と合流することにした。
その際、僕たちの方が早起きで時間もあったので、彼らの支度が整うまでほの暗いヘットの町を歩いていた。
朝のことをまだ気にしているのか僕への目線がぎこちなかったビナー様は、『わ、わたしは町長に挨拶するから後でねっ』と言い渡すなり単独行動を開始し、一人手持ち無沙汰になった僕はカバラちゃんとのんびり散歩に出掛けたわけである。
昨日の今日ではアビスが残していった爪痕は目立つものの、町の聖獣さんたちはその事実に悲嘆しておらず、驚くほどポジティブな様子だった。
僕とすれ違ったおじいちゃん聖獣なんかは助けてくれた感謝の気持ちとばかりに美味しい飴ちゃんをくれたし、町の中で瓦礫の掃除を行っていたガタイのいい兄ちゃんたちなんかは僕に気づくと、軽い感じで「エイト様うぇーい」と笑顔で手を振ってくれたものである。
僕もいい朝を迎えてとても気分が良かったので、「いえーい」と手を振り返してあげたらとても喜んでくれた。そうそう、こういうのでいいんだよ。苦しい時ほど明るい気持ちでいこう。
──で、そんな早朝のヘットの町並みを飴ちゃんを舐めながら歩いていると、閑散とした広場で一人、木刀を振り回している少年の姿を見つけた。
人間で言うと九歳ぐらいかな? 女の子みたいに肌が綺麗な、エルフ族の子供だった。
「熱心にやってるね……朝から精が出る」
『えっ』
某日午前5時30分頃、ヘット1丁目2番付近で、声かけ事案が発生。
女は16~19歳位、身長160センチ位、黒色上衣、黒色スカート、黒色帽子。
遊んでいた男子少年に対して、「肌が白くて綺麗だね。この世に悪はいない」と声を掛けたもので、女は徒歩で西方へ立ち去り──こんな感じの事案、前世の世界にあったな。
冗談はさておき木刀ですよ木刀! ジャパニーズ・カタナである。
この世界にもあったんだね。もしかしたらこの島では、他の日本文化と一緒にビナー様経由で広まったのかもしれない。昔、修学旅行先で僕たちが買ったのと似ている奴だ。
木刀、ペナント、ドラゴンっぽいキーホルダーと言えばその場のテンションで買ってしまう三大謎土産だからね。異論は認める。いやー懐かしい。
「自主鍛錬かい?」
『は、はい……』
はえーまだ幼いのに、こんな時間から立派なものである。
流石はアビスの襲撃に耐え抜いたプロ市民と言ったところか……幼い子供でも自主的に鍛錬に励むとは、そりゃあタフなわけである。
そんな少年を見ていると僕もお節介心が湧いたと言うか、エルフ族の鍛錬風景というものにも興味があったので僕も広場に留まることにした。土地は広いので少年の邪魔にもならないだろう。
「さて、と……」
少年の鍛錬を見守りながら、僕自身も鍛錬しましょうかね。そう……音楽の鍛錬だ。
僕は適当な場所に腰を下ろすと、異空間から「どこでもハープ」を取り出した。本当は地べたではなく木の上とかに座りたかったのだが、あいにくにもこの辺りはそれに適した木が一本も生えていなかったのである。残念。
なので今回は地べたに座って演奏することにする。
おう、カバラちゃんもたまには地面に降りな。あまり僕に乗ってばかりいると太るよ? 丸々した君もかわいいと思うけど。
「キュー……チチッ」
そんな僕の思考を読み取ったのか、僕の肩から地に降りるなり広場を駆け回り始めたカバラちゃんの姿を微笑ましげな眼差しで見届けた後、僕は体育座りのように立てた右膝にハープをもたれ掛けた。
大人しめな感じだけど暗い感じではなく、まだ寝ている人が多いことも配慮して静かなメロディーに調律して「ポロロン」と鳴らしてみる。我ながら様になってきたものだ。
しかし、新曲を作るのは流石に背伸びだったかも……と、僕は一夜明けてその難題に頭を悩ませていた。
だけど翼との約束だからねー。半分ぐらいノリだったとは言え、予想以上に期待されている感じなので反故にするわけにはいかない。しかし彼に似合いそうな新曲となると、派手めなのよりも地に足の着いた渋めの曲調の方が似合うかもしれないね。
そう思いながら気ままにハープを弾いていると、木刀の少年が素振りの合間に僕の方をチラチラ見ていることに気づいた。
……うん、いきなり広場に乗り込んで見慣れない楽器を弾き始めたら気になるよねそりゃ。
僕としては鍛錬の邪魔をするつもりはないので、どうかお気になさらず続けてほしい。
何なら頑張る少年に対して、応援のメロディーでも贈ってあげようかなと思っていた。
そんな意図を込めてニコリと微笑む。すると少年はガチガチに緊張した様子で目を逸らした。
あれま、もしかして逆効果だったかな? 彼は人に見られると緊張するタイプでしたか……僕は見られると嬉しいタイプの子なので、お互いの価値観の齟齬が招いた悲しいすれ違いである。
これは、悪いことをしたかな……反省して演奏を止めると、振りかぶった少年の木刀がその手からすり抜けていった。危ない!
『……!?』
宙に回転しながら飛んでいった木刀が彼自身の脳天目掛けて落ちてきた瞬間、僕は慌てて「念動力」を発動する。
飛んでいった木刀を念動力で受け止め、そのままふわふわと僕の手元に誘導したのである。ふう、危ない危ない。
僕自身が飛び出して身を挺することもできたけど、それだと僕も痛いし少年を突き飛ばして怪我させてしまう危険もあったので一番安全な手段をとらせてもらった。やっぱり便利だね念動力。
我ながら冷静で的確な判断である。流石僕だ。
「ボクのせいで気が散ってしまったのなら謝るけど、しっかり握らないと危ないよ?」
『ご、ごめんなさいっ』
「うん、素直でよろしい。気をつけてね。せっかくカッコいいんだから」
『か、カッコいい、ですか……?』
「? もちろんだよ」
刀はカッコいいものだろ常識的に考えて。
なので、少年が木刀を振っていたのは何も悪くない。この世界では子供が広場で木刀を振り回すことも違法ではなさそうなので、そこには突っ込まないでおくのが大事だ。
SEKKYOUをする時はね、世界観に配慮した指摘が大切なのである。
たとえば世界の平和を守る為に九歳の少女が警察組織で働いている魔法少女ものの世界に転生したチートオリ主が、その警察組織に対して少年兵がうんたらかんたら殺す覚悟もない子供が出てくるな云々と冷静に指摘したりするのは理屈の上では正論だけど、物語的には野暮なのである。もっと言うと、ナチュラルなアンチヘイトになってしまうからね……
それを避ける為には、転生した世界では無理に転生前の常識に当てはめようとしないのがデキるオリ主のポイントである。
「……子供たちが、武器を振り回さなくていい世界、か……」
『えっ?』
うん。いっそその路線を突き詰めて、殺伐とした世界の中で平穏を望むオリ主が自ら指導者として立ち上がり、少年少女が武器を振り回さなくて済む世界をつくる為に奔走するお話であれば、それはそれでアリかもしれない。
野暮なことには変わりないが、時々そういうSSを無性に読みたくなることがあるんだよね。それもまた、二次創作の仕組みの深さだと僕は思った。
布団の中は映像化されていないのでセーフです。