TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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 弱いオタクなので短い方が助かる奴です


ヒロインの離脱イベント

 ──あっ、あの辺りの空間が怪しいね。

 

「そうか! 喰らえ!」

 

 異能「サーチ」を使い、この白い世界の中で微妙に歪んでいる空間を見つけた僕は、ここ掘れワンワン的に指差して教えてあげると、炎はノータイムで焔の剣を振りかぶり叩きつけていった。

 うーん、判断が早い! 僕の言うことを少しも怪しまず信じてくれたのには驚いたが、それだけ僕も順調に信頼関係を築くことができたということであり、何と言うか感慨深かった。僕はミステリアスキャラだけど、推しに信頼されるのは嬉しいのである。

 振り返ってみれば僕はこの世界に来てから、彼らにとって都合の良いことしかしていないからね。

 誰だよ「ボクってそんなに都合の良い女に見えるかな?」とか意味深に問い掛けていた奴……僕だよ。

 むー……クール系ミステリアスオリ主であるエイトちゃんとしては、今更だが少しばかり距離を縮めすぎたかな? でも今は仕方ない。

 これが平時ならもっと回りくどい言い方でヒントを出す程度に留めていただろうけど、今は何よりメアちゃんの命が懸かっているからね。救出は最短ルートで行かせてもらう。

 

 

「メアッ!!」

 

 そして怪しい空間を物理的に破壊した炎は、脇目も振らずその穴の中に飛び込んでいった。

 流石は僕が認めたヒーローである。考えるより先に身体が動くという奴だ。そんな恐れ知らずな彼の行動は、常に冷静沈着でクールな僕にはできないスピーディーさだった。

 

 そして飛び込んだ結果は、ビンゴである。

 

 彼が飛び込んだ穴の先には、探し求めていた銀髪オッドアイの妹キャラ──メアちゃんの姿があった。あっケセドも一緒だね。あと、カロン様もいる。

 

 

 カロン様もいる。

 

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 !?!?!???

 

 

 

 

 

 なんでいるの!?

 

 抱き合う炎とメアちゃんの様子を後方訳知り顔で眺めている彼女の姿を見て、思わず問い掛けてしまった。久しぶりにビュティさんみたいな心境である。

 

 いや、だって予想できるわけないじゃない……この世界の観測者である彼女自身が、こんな重要そうな場面で介入してくるなんてさ。

 確かにSSにおいて、作者自身が登場する作品は何度か読んだことがある。それこそオリ主の名前が作者のペンネームそのものだったりすることぐらい珍しくも何ともない。寧ろ、自己投影を一切誤魔化さない男らしい姿勢には清々しいとすら思っていた。

 因みに作者自身が作中に登場するのは商業作品にもあり、特にギャグ漫画では某嵐を呼ぶ五歳児の映画とか、昔は恒例行事のように原作者が作中に登場してはひろしにぶん殴られていたものである。あのシーンほんとすき。僕が一番好きなのはオトナ帝国だけど、一番笑ったのは暗黒タマタマである。以後の作品ももちろん面白いんだけど、初期の作品はどれも方向性の違う名作だから大人になっても楽しめるんだよね。夏休みには我が家でマイフレンドたちと上映会を開いたものだ。いやー懐かしい。

 

 ……ただ、そういうメタ的な作者降臨シーンは当然ながら、作者自身にネームバリューがあってこそ面白くなるお話である。基本的には「なんで作者さんが!?」と視聴者が腹を抱えながらツッコむことで初めて成立するギャグだからね。

 

 なので素人が書いたネット小説に作者自身を登場させても、大抵は作者の身内か本人ぐらいにしか上手く伝わらないのが難しいところである。

 そういう意味では悲しいことに、作者降臨ネタは無駄に作中世界観を台無しにするイタいネタとして扱われていたりするのだが……ま、まあこの世界はれっきとした現実だし、カロン様は女神様っぽい人ではあるが「世界樹の意思」といういかにも重要そうな役目を背負ったこの世界の現地人でもある。

 故に、彼女がひょっこり原作キャラたちの前に姿を晒してもそれ自体が世界観をぶち壊すネタにはなり得なかった。

 ……いや、バックボーン的には登場しない方が違和感を覚えるぐらい壮大な設定をお持ちになっているのだ。なんでいるの?とは思ったが、いること自体が世界観的におかしいというわけではなかった。びっくりしたけど。そりゃあびっくりしたけど!

 

 

 やるね、カロン様……自分自身を登場させても微妙な空気になりそうでならない、絶妙なラインを突いてくるとは……! 流石は僕の信仰する女神様っぽい人である。

 

 

 尊敬の眼差しを送る僕に向かって、彼女は時間が押しているからと手短に語った。

 この世界がサフィラの領域──という、彼女が作り出した精神世界的な空間であることを。

 似ているとは思っていたが、この白い世界は僕が以前彼女と会った場所と同じ空間だったようだ。ってことは、ここはメアちゃんの心の世界というわけではなかったんだね。僕としたことが推理を外すとは。

 僕は上位存在っぽい雰囲気を纏うカロン様の介入に「それは反則だろ……」とひきつく感情と同時に、サンキューな!と感謝の気持ちを抱く。

 話によると今回は、壊れかけたメアちゃんの心を守る為の一時的な避難所としてこの不思議空間を使ったようだからね。優しい。

 

『あくまで余の邪魔立てをするか……カロン』

 

 うん。

 さっきからケテルの声が聴こえても本人がここに入ってこれないのも、彼女のおかげなのだろう。外から聴こえてくる声は呪詛ばりばりに忌々しげだった。

 ラスボスへの嫌がらせとヒロインの救出を同時に行ってみせた彼女の機転に、僕は流石カロン様、さすカロ!と心の中で褒め称えた。

 

『それほどでもない』

 

 うわっ、僕の女神様っぽい人……謙虚すぎ……? こんなん女神様やんけ一生崇めるわ。

 

 

『私も汝を愛している』

 

 

 ……素直クールっていいよね。

 

 姉さんやマルクトみたいなツンデレっ子も好きだけど、僕は対極の属性も同じぐらい推せる口である。

 まあ女神様っぽいカロン様は僕の恩人兼信仰対象であって、メインヒロインではないので彼女を褒め称えるのはこのぐらいにしておこう。

 

 

『エイト、「知識の書」を開け。今こそ汝の手に、無限(・・)光を収めるのだ』

 

 

 さて、そんな彼女から与えられた直々のオリ主オーダーである。ならば従うしかない。

 だけど「知識の書」って言うのは、僕の「怪盗ノート」のことだよね? これ、そんな名前だったんだ……と初めて知った事実にふぅんと感心するが、僕としては書と呼ぶよりノートと呼んだ方がやっぱりしっくり来るのでこの呼び名は継続させてもらおう。

 

 ──で、そんな怪盗ノートの力でメアちゃんから「夢幻光」とやらの力を盗め──と言うんだね。

 

 わざわざそれを伝える為に降臨なさったのだろうが……僕は言われる前からやるつもりだった。

 だってそれがこの事態を収めるのに、一番手っ取り早い手段だし。

 ケテルがメアちゃんのことを生贄にしようとしているのは、あくまでも彼女が「夢幻光」という特別な存在であるからなわけで、僕が盗むことで特別でなくしてしまえば彼女を狙う理由も無くなるというわけだ。

 

 

 

 ──理由も無く誰かを傷つけるような、そんな子じゃないよね? ケテル──

 

 

 

 

 

 

 ……んー? なんだっけ?

 

 ああ、彼女から「夢幻光」の素養を盗むとなると、彼女の代わりに僕が生贄の価値を持ってしまう危険があるって話だっけ。そうなるとケテルに狙われるのは僕になってしまうわけだ。

 それに関しては……まあ、何とかなるだろう。何故なら僕はオリ主だから! ケテルにだって負けないし。

 

 もちろん、あくまでも異能を盗む能力である僕の怪盗ノートで、「夢幻光」というよくわからんものを都合良く盗めるのかという懸念はある。

 しかし、そこはカロン様が直々に命じてきたぐらいだから大丈夫なのだろう。エラい人のお墨付きを貰った僕は、ここに来るまで考えていたプランを自信を持って実行することができた。

 

 だから大丈夫だよ、メア。

 

 

「エイト……!?」

「大丈夫。今度も上手くいくさ」

 

 

 残るページを全て捧げることでメアちゃんの概要を高速で書き上げると、僕は「怪盗ノート」最後の発動条件を満たす為に彼女の身体に触れた。

 僕の狙いを察した彼女はハッと目を見開くと、不安げな顔で僕の手から離れようとした。

 

 

「駄目……っ、そんなことしたらエイトが……!」

「大丈夫だよメア、後はプロに任せな。キミは王の生贄でも、フェアリーチャイルドでもなく──今度こそ、ただ一人の人間として生きるんだ」

「……っ」

「助け合う家族と一緒に、ね」

 

 

 全てのページが埋まった以上、今回は絶対に失敗が許されないので触れた手を離さないようにガッチリホールドしてやる。

 メアちゃんは小さいのでこのように、すっぽり覆い被さるように抱き締めて固定することができる。幼女を無理矢理抱き締めるとか前世の僕なら間違いなくセクハラで通報される案件だが、美少女であるエイトちゃんならば絵面的に美しいのでどうか許してほしいものだ。ふふん、尊いは正義なのだよ諸君。

 そんな僕を見て戸惑う炎。神妙な顔で頷くカロン様。そして……

 

 

『やめろ……貴方はまた……全てを背負うつもりなのか……?』

 

 

 頭に響くケテルの声は震えており、なんだか酷く慌てている様子だった。

 うむ、やはりこの行動は彼にとって面白くないらしい。流石カロン様のご指示だぜー。

 

 しかし、僕はやめない止まらない。

 

 ふはは! いい気分である。

 ねえどんな気持ち? 美味しくいただこうとした生贄が目の前で掻っ攫われてどんな気持ち?

 そうとも……まさに今がオリ主として至福のひと時──ラスボスへのNDKであった。

 何だか楽しくなってきたので、ここらで一ついい感じの名言を残してみようか。

 

 

「背負うんじゃない」

 

 

 背負うんじゃない……刻むんだ。この心に──……ぁっ……んっ!?

 

 っ……に、二度目だけど……やっぱりくっそ痛いなこれはっ!

 

 アディシェスの時と同様、盗む対象が異能とは別の力だからか、能力を発動した瞬間全身に激痛が走った。

 

 だが今回は大丈夫、悲鳴を上げるのは心の中だけだ。醜態は晒さないぜ!

 

 アディシェスの時は、全く予想していないところで襲い掛かってきた痛みだったからね。だから耐えられずのたうち回ることになったけど、今回はその経験もあってしっかり備えることができていた。

 と言っても、それは気構えとかそういう部分での心の準備の違いであったが……これが案外馬鹿にできなかったりするのだ。

 身構えている時には死神が来ないように、身構えている時の痛みは案外我慢できるのである。

 

 痛いには痛いけど、時間が経てば落ち着くのはわかっている分、闘病生活ほど苦しくないって言うか……前世の経験を力に変えることもまた転生オリ主特有の強みという奴だろう。

 

 なので今の僕はあの時と違って、痛みに負けて苦悶の声を漏らさずに済んだ。くっそ痛いけど。

 平静を装い、今も腕の中で離れようともがくメアちゃんに向かって微笑みかけてあげられる程度には、十分な余裕があった。くっそ痛いけども!

 

 

「刻むんだ。この心に……ボクがボクである証を」

『──ッ』

 

 

 あともう少しで盗めそうな感覚になると、僕は言いかけた名言を最後まで言い切り、一踏ん張りとしてキリッとした表情で締める。カッコいいぜボク! わーい!

 

 ……ちょっとだけヤケクソ気味になっているのは内緒だ。うわっ、脂汗出てきた。ヤバい意識飛びそう。

 でも、メアちゃんの為、カロン様の為、そして完璧なチートオリ主となる為に僕は耐え抜いてみせる! そんな心情が気迫として表に出てしまったのか、ケテルが息を呑んでいた。

 

 

『……もう……やめてくれ……ダァト……』

 

 

 フッ……ラスボスすら唖然とさせるとは、流石は僕である。

 これはもう大々的に「完璧なチートオリ主」と名乗って良いのではないか? カロン様はどう思う?

 

 

『……そうだな。汝こそ、私が求めていた真の調律者だ……ありがとう』

 

 

 へへ、ありがとね。

 貴方からそう評価してもらえて、僕も全力でエンジョイしてきた甲斐があったというものだよ。

 彼女の望みに応えることができた僕は、救われた気持ちでその役目を全うし──

 

 

『……だから、眠るといい。本当にこれまで、よくやった』

 

 

 えっ、何その不穏な言い回し怖い。

 それが僕の、この白い世界で聴いた最後の言葉だった。

 

 

 瞬間──この白い世界の全てが、「黒」に染まる。

 

 

 ノートの中から突如として溢れ出てきた膨大な量の闇が、僕の身体を覆い尽くしていく。

 落ちていく意識の中で、僕はその闇の中に誰かの姿を見た気がした。

 

 炎でもメアちゃんでもケテルでも、カロン様でもない誰かの姿を。

 

 

『……ごめんね、────』

 

 

 ……そんな顔するなよ、ボク。

 

 闇の中で佇む「ボク」は前世の僕の名前を呼びながら、悲しそうな顔で謝っているような──そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時──それまで狂乱の限りを尽くし、暴走し続けていた光の龍の動きが止まった。

 

 その様子を外側から眺めていた一同は、中で何かが起こったのだろうと察する。

 内部に突入した暁月炎が上手くやったのか、それとも何か別のイレギュラーが発生したのか……いずれの者も期待と不安が入れ混じった視線を送っていたその先で、光の龍の身体が弾け飛ぶように消滅していった。

 

 巨大な龍の姿を象っていた光の残滓が雪のように舞い散っていく光景は、まさしく神秘的で美しいものだった。

 

『ふむ、これは……』

「炎の奴、やったのか……?」

 

 光の龍が消滅したということは、アレを生み出していたメアの身に何らかの変化が起こったということだ。

 その光景を目にした一人である力動長太もまた、以前はバースト状態に陥り自らの手で暴走を解いた当事者であった。

 そんな彼は、「メアもエイトに呼びかけられた自分のように、炎の言葉を受けて復帰し、バースト状態を制御できるようになったのではないか?」と目の前で起きた光景に希望的観測を抱いていた。

 

 しかし。

 

 

『ふむ……上手くやったようじゃな。我らの王が』

「!?」

 

 いち早く状況を理解した峻厳の大天使ゲブラーが、自らの白髭を撫でながら呟く。

 その瞬間、長太は光の中から飛び出してきた人物の姿に目を見開いた。

 

 光の中から出てきたのは彼らセイバーズのリーダーではなく──十枚の羽を広げた白い大天使、ケテルだったのである。

 

 それだけではない。

 彼の両腕には、一人の少女の姿が抱き抱えられていた。

 まるで眠り姫のように目を閉じながら、意識も無く彼の腕の中でぐったりと横たわっているその姿は──

 

「姉ちゃん!」

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 力動長太がスタジアムでの一件以来、姉貴分のように慕っている少女だった。

 

「あの野郎っ!」

 

 深く考えるよりも先に、身体が動いていた。

 その衝動が怒りから生まれたものなのかは定かではないが、彼はエイトを抱き抱えて飛行するケテルに向かって真っ先に飛び掛かっていったのである。

 

 しかし、彼に振り下ろす筈の氷の斧の切っ先は、まるで見えない壁に阻まれたかのように進行が止まった。

 

 防がれたのではない。

 長太の身体自体が、思うように動かなくなったのである。

 

「……っ!?」

 

 ケテルはただ、彼と目を合わせてひと睨みしただけだ。

 たったそれだけ──ダイヤモンドのような瞳に睨まれた瞬間、長太の身体はまるで蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったのである。

 もちろん、恐怖を感じたのではない。もっと物理的に、全身の筋肉が麻痺させられたような感覚だった。

 

『おお……久しぶりに使ったな、「王の威圧」。目を合わせればいかに強靭な意思を持つ者であろうと逆らうことができぬ七つの「王権」の一つ──いつ見ても、恐ろしい力じゃのう』

 

 黙するケテルに代わって解説するゲブラーの言葉に、喉の筋肉すら思うように動かない長太は「なんだそりゃ反則じゃねぇか……!」と二重の意味で言葉を失う。

 

 ここまで戦って気づいたが、どうやらゲブラーは喋るのが好きな性格のようだ。「峻厳」という言葉のイメージ通り、説教説法を趣味とするが故の性分らしい。

 

 そんな彼が、誰も頼んでいないこの場で長々と王の話を語っていく。

 

『そう、カバラの叡智にも記されていたことだが……あの力を受けてなお王に刃を向けられる存在など、原初の大天使をおいて他におらぬ。

 何を隠そう、今は昔。それはまだ王が幼かった頃……己の強大すぎる力を制御することができなかったかつての王は、周囲の存在に対して無差別に「威圧」してしまうが故に、誰とも目を合わせることができなかったと言う。そんな幼き王と唯一まともに目と目を合わせて語り合うことができたのが、原初の大天使の中で唯一王と同格の存在であられた知識の大天使……そう、今王が抱えておられる最強にして最高の大天使こと、ダァ──』

 

『ゲブラー、余はサフィラへ戻る。ここは任せたぞ』

『仰せのままに』

 

 王の話をすればどこまでも続いていきそうだった彼の語りは、王自身の言葉によって遮られる。

 そんな爺の目は少し残念そうだったが、その構えには一切隙が無く上手く身動きの取れない長太の姿を今も油断なく見据えていた。

 

 そんな彼に一言掛けると、エイトを抱き抱えたケテルはさらに上昇していき、この世界の中心部である世界樹「サフィラ」に向けて進路を取った。

 

 

 待て、逃げるな──そう呼び掛けようともがく長太の意思を代行するように、視界の端から疾風が過ぎっていく。

 

 

「てめえ……エイトをどこへ連れて行く気だ!」

 

 

 凄まじい速度でケテルを追い掛けていくのは、セイバーズ最速の戦士である風岡翼だ。

 メアを喰らう為にやって来たサフィラス十大天使の王は、何故かエイトを攫ってこの場を飛び去ろうとしている。そんな節操なしな男を追跡する彼の形相は凄まじく、長太が今まで見たことがないほどに激昂していた。

 

 だが、それは長太とて同じ気持ちだ。

 

 

「……っ、やっちまえ! 翼ァ!!」

『む? もう復帰したのか……やるのうお主』

 

 ケテルがその場から離れて「王の威圧」から身体を動かせるようになった長太が、翼の背を押すように大声で叫ぶ。

 フェアリーバーストを発動しその身体に嵐を纏っている今の翼のスピードは、飛行能力においてもサフィラス十大天使と比べて何ら劣っていない。

 彼はその自慢の快速を飛ばすと、ケテルとの間合いを一気に詰めていった。

 

 しかし……その姿を一瞥して、ゲブラーが無情に告げた。

 

『無駄じゃよ。お主ら程度の力では、たとえわしらとやり合えても王には通じぬ』

「なっ……」

 

 エイトを返せと叫びながら追いすがる風岡翼は、鬱陶しげに振り向いたケテルの杖の一振りで呆気なく弾き飛ばされていった。まるで、小バエでもあしらうかのように。

 武術の達人である長太だからこそ、その一振りに込められたケテルの実力の片鱗を察することができた。

 風岡翼の神速を以てしても、防御や回避の動作がまるで追いつかなかったのだ。それはあまりにも衝撃的な光景だった。

 

 

『この世界のこともお主らの世界のことも、王に任せておけ。なに、長い目で見れば人間たちにも、そう悪い話ではない筈じゃ』

「……長生きしすぎると、楽観的なこと言うんだな。今日だけで、あんたらの評価がガックリ落ちたぜ。まっ、炎を助けてくれたホドや、あそこでしょぼくれているマルクトのことは許すがよぉ」

『ふむ、それは残念じゃな。わしはこれでも主らを買っておるのじゃが』

「伝わんなきゃ意味ねぇよ」

 

 ケテルの姿はもう見えない。

 だが、世界樹「サフィラ」に向かったことは明らかである。元々みんなで行く予定だった場所だ。目的地がわかっているのなら、追い掛けることはできる。

 本音を言えば今すぐにでも追い掛けたいところだが、目の前の峻厳の大天使はそれを許してはくれないようだ。

 

 ──なら、コイツを倒して追い掛ける! それから姉ちゃんを取り返してあの野郎をぶん殴る!

 

 はっきり言って長太は今、この世界に来て最高潮に腸が煮えくりかえっていた。

 数々の修羅場を乗り越えてきた成長の証か、怒りに任せた動きで愚行を犯すことはなかったが、今の彼が冷静かと言うと間違いなくNOだ。

 

『……ほう。見事なものじゃな……激しい怒りの中でも、その神経が研ぎ澄まされているのがわかる。僅かな時間ながら、よくぞそこまで育ったものよ。件の大天使が見込んだわけじゃ』

「黙れジジイ!」

 

 あの光の龍の中で何があったのかはわからない。だがそれは、今ようやく姿を現した炎とメアにでも聞けばいいだろう。

 しかし、自分が何をすればいいのかは聞かなくてもわかる。

 

 燃える闘志と凍てつく力をその手に、力動長太は死闘に臨んだ。

 

 




 次回はとある世界線回です

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