TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
エイトが退場した。
それは、サフィラス十大天使の王ケテルに身柄を攫われるという──一部の視聴者の間では予想されていた展開の一つだった。
問題の回の内容である。
バースト状態に陥り、光の龍となって暴走するメアの力の向こうに飛び込んだ炎は、先んじて突入していたエイトと合流し彼女の精神に呼びかけた。
妹である彼女の存在をただひたすらに肯定し、戻ってきてほしいという思いを伝えた。
そしてエイトの導きを受けて突き進んだ炎は、そこにいたメアとケセド……そして「世界樹サフィラの意思」を名乗る女神然とした謎の美女、カロンと対峙することになる。
──あっ、この人、ケテルの回想にいた人だ! これまでの「フェアリーセイバーズ∞」を視てきた視聴者たちは、彼女の姿を一目見て気づいたことだろう。
最終章に入って冒頭には、必ずと言っていいほどの頻度でケテルの過去回想が挟まっていたのだ。
カロンは既知の間柄であるような態度でエイトと目配せすると、彼女に命じる。「知識の書を開け」と。
エイトは悟った顔でその言葉に応じると、能力を発動するなりメアの身体を優しく抱き締めた。
そして──エイトのノートから解き放たれたおびただしい闇によって、白い世界は瞬く間に禍々しき暗黒に埋め尽くされていった。
「なんだ……何が起こっている!?」
『これは……エイト様の力が暴走している……?』
突如として解き放たれた闇の力の奔流を前に、炎たちは狼狽える。
おびただしい闇を放出し続ける一冊のノートは、所有者であるエイトの手を離れて独りでに宙に浮かび上がり、引き寄せられるように白銀の女性──カロンの手に収まっていった。
カロンがその表紙──歪な木が描かれたノートの表紙を指先で撫でながら静かに語る。
『これは暴走ではない。完成した「知識の書」から、余剰分の力が溢れ出ただけだ』
「何……? 何を言っている……?」
『知識の書……?』
知識の書──それは、異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアが相手の異能を盗む際、または自らの手で行使する際に用いていた一冊のノートのことだろう。
カロンが開きっぱなしになっていたページをパタンと閉じると、闇の放出は収まる。
それと同時に渦中の視界が晴れると、炎とケセドはそこに倒れている二人の少女のもとに慌てて駆け寄った。
「メア! エイト……っ」
『心配は無用。二人とも、眠っているだけだ』
二人とも意識は無い。カロンはそんな二人の状態を淡々と述べるが、その無表情さ故に炎は初対面から既に不信感が芽生えていた。
彼からしてみれば、彼女のことは今初めて出会った見も知らぬ存在である。
今しがたケセドから暴走状態に陥っていたメアの心を守ってくれたのだとは聞いたが、それでも平然とした顔で闇のノートを手中に収めた彼女の姿はセイバーズとしての勘が、何か嫌な予感を訴えていた。
『……僕が、二人を乗せていきます』
「……ああ、頼む」
腑に落ちない状況であったが、炎とケセドは今自分たちが行うべきことを最優先し、二人の介抱に動いた。
ケセドは今しがた広がった闇の一部を自身に吸収することで、小鳥サイズだった自らの身体をみるみるうちにダチョウ並の巨体へと変化させていく。
炎はそんなケセドの背中にメアの身体を乗せてあげると、次にエイトを乗せようとその身を抱き抱えようとした──その時である。
『ダァトに触れるな』
「──!?」
一閃。
光の弾丸が炎の目の前を横切る。
反射的にエイトから距離を取ることでその攻撃を避けた炎は、目を見開いて闖入者の姿を見据えた。
十枚の羽を持つ白い大天使──ケテルであった。
この白い世界──を塗りつぶした闇の世界に、遂に彼自身が姿を現したのである。
『サフィラの領域に自らの力で入り込むとは……ケテルは強くなった』
『……死に損ないが作った領域などに、いつまでも跳ね返される余ではない』
自ら乗り込んできたケテルは、最初にカロンの姿を睨むと次にメアと、エイトの姿へと目を向けた。
警戒心を露わに、炎が前に出てその視線を遮る。
「メアを攫うつもりか……!」
『その必要は無くなった。そこにいるカロンと……ダァトによってな』
「何?」
当初の予定通り「夢幻光」であるメアのことを喰らいに来たのかと警戒する炎の言葉を、ケテルは不服そうな態度で否定する。
──そして次の瞬間、眠り姫の身体がふわりと浮かび上がった。
「っ……待て!」
炎は即座に彼の目論見を察して手を伸ばすが、その手が届くよりも先に彼女──T.P.エイト・オリーシュアの身体は無抵抗にケテルの腕の中へと落ちていった。
それはエイトも盗んだ異能の一つとして何度か披露したことのある聖術、「念動力」による力か。
ノートを手中に収めたカロンのように、ケテルはエイトの身体をその腕に収めたのである。
『ダァトに感謝するのだな。ダァトによって力を抜き取られた今のメアは、異能の力も持たぬ無能力者も同じ……余が剥奪する価値は既に、完全に無くなった。夢幻光計画は失敗だ』
「ダァト……ビナーも何度か言っていたが……それが、エイトの本名か」
エイトが「夢幻光」として与えられたメアの力を盗んでしまった今、彼女から剥奪する物は何も無い。
ダァト──エイトは初めからそれが目的で能力を行使したのだろう。
彼女はメアを守る為、ケテルに喰われないようにする為の手段として、彼女から力そのものを盗み取るという怪盗らしいやり方で救済してみせたのである。
──だがそれは、生け贄の価値がメアから彼女に移ったことを意味していた。
彼女の健気さに感謝しなければならないのは、全く以てその通りだった。
「言われるまでもない。今回だけじゃない。この旅で俺は……俺たちは何度もエイトに助けられてきた。感謝しても、し尽くせないと思っている」
『エン……』
このフェアリーワールドでの旅をしみじみと振り返って、炎はそう呟く。
もとは正体も目的もわからない得体の知れない存在として強引に乗り込んできた彼女だが、そんな彼女が仲間として共に行動することに、気づけば何の疑問も抱かなくなっていた。
そこにいるのが、当たり前のように感じ始めていたのだ。謎めいた存在でありながら、まるで近所の親切なお姉さんのような気安さがあったのである。
振り返ってみればそう長い時間ではなかったが、同じ時間を過ごしていく内に炎たちは全員、彼女の人となりには気づいていた。
T.P.エイト・オリーシュアという少女は何かと回りくどい言い回しをしたり、質問すれば答えをはぐらかしたり、いたいけな子供たちの心を振り回したりする困った人物だが……本質はとても優しい女の子で、いつも誰かのことを救いたがってウズウズしているお人好しであることに。
そんな彼女──T.P.エイト・オリーシュアのことを見てきた彼だからこそ、もはや彼女の目的が何であろうと既に不安は無くなっていた。
彼女が何者であろうと──正体が何であろうと信じてみたいと思えるほどには、彼らセイバーズはこの「ちょっと悪ぶっただけのかわいい姉ちゃん」を信頼していたのである。
その気持ちに改めて気づいたからこそ、炎は横から割り込むように彼女の身柄を抱き抱えたケテルのことが気に入らなかった。
「だから、ちゃんと礼をしたい。彼女と話をさせてくれないか?」
彼女の正体がビナーや彼の言う「ダァト」という大天使なのだとしたら、初めからサフィラス十大天使の仲間だったのだろう。
ならばケテルもメアの力を盗んだからと言って流石に仲間のことを喰おうとはしないと思いたいが、それはそれとして暁月炎はケテルのことが嫌いだった。
──ああ、嫌いだ……俺はこの男がいけ好かない。
今一度向かい合って、炎はそんな自分の子供じみた思考を理解する。
この世の全てを諦めたような悲しい瞳、虚無の眼差し──そんなものを浮かべているケテルの姿を見ていると、この世の誰よりも不幸ぶっていたかつての誰かを思い出して仕方がないのだ。
第三者から見ればそれは──どの口が言うのかと滑稽に思うほどの、激しい同族嫌悪だった。
『断る』
ケテルは炎に対して軽蔑の眼差しを送りながら、にべもなく言い捨てる。
その腕で無防備な寝顔を晒しているT.P.エイト・オリーシュアの姿を一瞥し、彼は続けた。
『やはり度し難い存在だな、お前たち人間は。散々導いてもらいながら、まだダァトに頼る気か?』
「そんなおこがましいことは考えちゃいない。俺はただ、俺たちを助けてくれた恩人に礼を言いたいだけだ」
『そんなものはコレが目を覚ました時、余の口から幾らでも伝えてやろう。お前たちはもう、関わるな』
「何故だ? あんたこそ、何故そう言える? エイトが俺たちに関わりたくないとでも言ったのか?」
『……言わぬだろうな。コレはそういう女だ』
「あんた……」
ケテルはエイトが人間の側につくことを、よほど気に入らないらしい。
徹底して突き放すような言い方をする大天使の王に、炎は食い下がった。
しかしエイトの姿を見つめている時の表情を見て、ハッと何かに気づく。それ故に炎は、熱くなっていた感情の熱を落として冷静な頭で彼に問い掛けた。
「エイトはこの世界を……人間も含めて好きだと言っていた。善も悪も、聖獣も人間も関係なく、この世界に生きる全てが愛おしいと……戦いを止めたがっていたんだ。あんたがエイトのことを大切に思っているなら、なんでその想いをわかってやれない?」
エイトをその手に攫ったのは最初、メアの力を取り込んだ彼女を喰らう為なのではないかと思った。
しかし炎は眠り姫となった彼女の姿を見つめるケテルの眼差しの変化に気づき、すぐにそうではないのだと察した。
虚無的な彼の瞳は、エイトを見ている時だけほんの僅かだが穏やかになっているような気がしたのだ。
自分が生み出した存在──娘として認識している筈のメアにはあれほど冷たくしていたのに、エイトに対しては明らかに特別な感情を抱いている。
見る者が見なければわからない表情の乏しさでありながら炎がその二面性に気づくことができたのは炎自身もかつて心に傷を負って以来、特定の人物──光井灯以外の全てに対して心を閉ざしていた経験があったからでもあった。
もしかしてケテルにとってエイト……ダァトという天使は、俺にとっての灯なのではないかと──その可能性に思い至ったのである。
『不愉快だ』
「──っ!?」
ケテルの返答は、言葉ではなく力だった。
エイトを抱き抱えたまま十枚の羽を羽ばたかせると、そこから発生した暴風が炎の身体を吹き飛ばしたのである。
そんな炎の身体を後ろから止め支えたのは、この白い世界の創造主である白銀の女性──カロンだった。
『まだ、足りない』
「なに……?」
表紙に描かれた歪な木の模様が鈍く輝いているエイトのノートを右手に携えたカロンは、吹き飛ばされた炎の身体を左手一本で受け止めたのである。
そんな彼女は、囁くように言った。
『まだ、ケテルに挑むには足りていない。アカツキ・エン……汝はまだ、真の解放者に至っていない』
「真の解放者……? 何のことだ? 何を……!?」
彼女の言葉の意味を問い詰めようと振り向いた瞬間、カロンはつんっと、炎の額をその指で小突いた。
その瞬間、触れた額から光が広がっていき、瞬く間に炎の全身を覆っていった。
『T.P.エイト・オリーシュアと名乗った人の子は、自らの可能性を示し、真の調律者となった。次は汝の番だ、アカツキ・エン……私は、汝の覚醒を願う』
「待っ──」
『エン!?』
何一つ理解できない状況に炎が声を上げようとした瞬間、暁月炎の姿はこの場から消えた。
まるでテレポーテーションのように、一瞬にして掻き消えたのである。
それに対して驚愕するケセドの側を一瞥すると、カロンは淡々とした態度で言い放った。
『慈悲の子よ、心配は無用だ。今、アカツキ・エンに試練を与えた……私もここからいなくなる』
『あっ──』
そして弾き出すように、メアを背中に乗せたケセドの姿もこの白い世界から消えていった。
一瞬にして静かに戻ったその場に二人残ったのは、カロンとケテルの二人だけである。
そんな二人はしばし無言で見つめ合った後、ケテルの方から先に口を開いた。
『ダァトは渡さない。……もう、二度と』
『……そうか』
黒髪の少女を抱き抱えたケテルは、彼女の身体を支える腕をほんの僅かに震わせていた。
そんな彼はカロンの持つ闇のノートに目を移し、鬼も殺すような視線できつく睨み付ける。
『「知識の書」を完成させて……貴様は、再び受肉でもするつもりか?』
『そういうことに……なるのだろう。しかし、それは手段であり目的ではない』
『……今更、貴様が何を企んでいようがどうでもいい。しかしその行いがこの世界に災いをもたらすのであれば……たとえアイン・ソフや世界樹の意思であろうと、余が必ず討ち滅ぼす』
『汝はそれでいい。だが、案ずるな。私の計画はこの世界を今より貶めることはない』
『そうか』
断定的にそう言ったカロンの言葉に眉を顰めたケテルであったが、彼は踵を返し歩を進めた。
もはや彼女に対して、これ以上の問答は不要とでも判断したように。
『……二度とその顔を見せるな』
そう言い残してケテルがその場を立ち去った瞬間、白い世界は消滅していく。
外では丁度、光の龍が消滅した時のことだった。
──それからのことは、前回の展開に繋がっていく。
エイトを抱き抱えたケテルはセイバーズの追跡を軽々とあしらうと、そのまま世界樹「サフィラ」へと飛翔して離脱していく。
それは物語において転換期となる──「ヒロイン離脱イベント」であった。
年季の入ったファンたちは、同時にこれは物語の佳境に訪れた「主人公最後の強化イベント」であると察する。
テレビの前の者たちは、ある者は心にぽっかりと穴が空いたような喪失感を抱いた。
ある者は、怒濤の展開と意味深な会話、謎の新キャラの登場に頭の整理が追いつかなくなっていた。
そしてある者は自らの新しい性癖に気づいたり、何故か興奮したりしていた。
だが、それでもこの回は終わらない。
エイトが連れ去られた後も、この場に残ったサフィラス十大天使との戦いは続いていた。
メアの暴走は収まり彼女自身もケセドの背中に乗せられて救出することができたが、暁月炎はカロンによってどこかへ飛ばされ行方不明。
風岡翼はケテルによって撃ち落とされ、長太はゲブラーを相手に苦戦中。
そして彼ら側の最大戦力であるビナーはコクマーと対等に渡り合ってはいたものの、ケテルにエイトが連れ去られた光景を見て動揺した隙を突かれ、劣勢に陥ってしまった。
その時である。
──時は来た。
唐突に、戦う者たち全ての頭に声が響いた。
視聴者視点ではわかるその声は、カロンの声だった。
彼女が一同に対して意味深に告げた瞬間、エロヒム中の大地が揺れた。
そして、地底深くからそれは現れた。
光の檻の中に封印されていた深淵のクリファ──名は「シェリダー」。
全長100メートルに及ぶ名状し難い異形の魔神が、カロンの声に呼応するように、長き封印から解き放たれたのだった──。
まるで真のラスボスみたいなカロン様の糞ムーブ
まるで真の主人公みたいなケテルの謎ムーブでお送りしました