TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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 いいよね……


命の危機にヒロインの重要さを改めて実感する主人公

 

 

 その時、暁月炎は奇妙な体験をしていた。

 

 

 あの時、メアを救出する際に出会った女性──カロンと名乗った白い美女は、ケテルに弾き飛ばされた炎に向かってこう言った。「まだ、足りない」と。

 炎はこの旅の中でフェアリーバーストの力を使いこなせるようになり、今ではサフィラス十大天使とも渡り合えるほど強くなったが、それでも「王」ケテルに挑むには実力不足だと言ったのだ。

 

 炎自身、その事実は痛いほど理解していた。

 

 彼と対面したあの時、その身体で理解してしまったのだ。彼の鋭い眼光から浴びた殺気を受けた瞬間、炎は彼が内に秘めている底知れない力の一端に触れた。

 意識を失ったエイトをケセドの背に乗せようとしたあの時になって初めてそれを感じることができたのは、それまではあちらが自分たちを敵として認識していなかったからに過ぎない。

 彼自身がその口で言っていた通り、それまでの彼はただメアの力を回収しに来ただけで、炎たちセイバーズのことはどうでも良かったのだろう。それは、絶対者故の無関心だった。

 彼は王であり、絶対者だ。あの時、彼がその気になっていたのなら全員あの場でやられていた筈である。

 そうならなかったのはきっと、これもT.P.エイト・オリーシュア──ダァトという大天使がついてくれたからなのだと今ならわかる。

 

 その事実を知って暁月炎が抱いたのは、悔しさだった。

 

 そうだ……彼女にまたしても、助けられてしまったのだ。

 自分も、メアも。

 彼女の正体がフェアリーワールドの大天使であると知ったからこそ、今の炎には感謝以上に申し訳ない気持ちが大きかった。

 

 

『やはり度し難い存在だな、お前たち人間は。散々導いてもらいながら、まだダァトに頼る気か?』

 

 

 そんな自分たちを見て心底失望したように語ったケテルの言葉が脳裏に過ぎる。

 彼にとって「ダァト」という天使が特別な存在であったことは、あの時突き刺さってきた彼の殺気からおおよそ察することができた。

 そう言った他者の機微には聡い方だったのだ。ケテルのことは気に入らなかったが、その言葉に関しては炎自身も自覚している事実であった。

 

 俺たちはこの僅かな時間で、随分とあの女性に甘えてしまったな……と。

 

 彼女には、初めて踏み入れた勝手も知らぬこのフェアリーワールドを案内してもらった。

 アビスに聖獣、人間の世界では知る由も無かったこの世界の事情を教えてもらった。

 仲間や町がピンチの時、彼女は嫌な顔一つせず助けてくれた。

 ケセドを救い、サフィラス十大天使との橋渡しをしてくれた。

 長太や翼、メアが苦しんでいた時も彼らの心にそっと寄り添い、誤った道へ進まないように導いてくれた。

 

 そう……この旅はもはや、彼女抜きでは成り立たないものだったのだ。

 

 その事実を今、炎は改めて思い知らされていた。

 

 

 ──今この瞬間、自分の力ではどう足掻いても勝ち目の無い……圧倒的な力に叩きのめされたことで。

 

 

 

そのていどか……ダァトのちからをもっているにしては、あまりにもよわい

 

 

 解読できない言語がノイズを伴いながら、荒廃しきった大地に重く響き渡る。

 目の前にそびえ立つ怪物の全長は、もはや100メートルや200メートルなどという規模にすら収まらない。

 地上からでは全貌さえ把握できないほど、ソレは果てしなく巨大な怪物であった。

 ……いや、そもそも把握してはならない存在なのかもしれない。炎の頭脳に備わった防衛本能が、ソレの名状しがたき全貌の認識を拒絶していた。

 

 悪魔か、それとも神か……暁月炎の前にいる化け物は何か、存在そのものの次元が明らかに違っているように思える。

 

 こうして剣を取って戦おうとすることすら、おこがましいほどに。

 

 

「ぐっ……化け物か……!」

 

 傷だらけの身体で立ち上がりながら、口に溜まった血液を砂利と共に吐き出す。

 接敵から数分と経たずご覧の有様であったが、彼の目はまだ諦めてはいなかった。

 山や海どころか大空の全てを相手にしているような途方も無い相手との戦いであったが、彼の手にはまだ蒼炎で作った剣が握られており、瞳の闘志は死んでいない。

 この蒼炎の剣は彼自身の異能で生み出しているものである故に、物理的に折れることはない。

 だから、戦える。その心が折れない限り、暁月炎はいつまでも戦うことができた。

 

 ──相手が化け物であろうと、戦い抜く責任があるのだ……救世主(セイバー)には!

 

 

「おおおおおおおっっ!!」

 

 蒼炎の羽を広げた炎は荒れ果てた大地を踏みしめると、これで何度目になるかもわからない跳躍でソレに挑み掛かっていく。

 たとえその度に、何度打ちのめされることになろうと。

 

 

 

 それは、あの時──彼が謎の女性カロンによってこの不可思議な世界に転移させられてから繰り広げられていた、一方的な蹂躙である。

 

 

 

 

 あの時、炎の実力不足を指摘するなり彼女は言った。『汝はまだ、真の解放者に至っていない』と。

 その言葉の意味を問い詰めようとした次の瞬間、炎の姿は先ほどまでとは全く別の場所にあった。

 強制的に、転移させられたのである。どことも知れない、あの場から遠く離れた未知の場所へ。

 

 そして……送り飛ばされた先では、一目見ただけで異様とわかる景色が広がっていた。

 

 ──まず、太陽の光が無い。

 

 空全体が闇に覆われており、炎自身の放つ焔を光源にすることでどうにか視界を確保できるほどである。

 そしてその僅かな光によって確認することができた地上の様子は酷く荒れ果てていて、自分以外の生き物どころか、建物や植物の姿すらどこにも無かった。

 

 

 ……いや、一本だけ向こうに大きな木がある。

 

 

 具体的な場所はここからでは遠すぎてよく見えないが、焔の光で照らす彼方には、世界樹サフィラのように空に向かって伸びている一本の大樹の姿があった。しかしその姿からは、かの世界樹から感じた生命力のようなものが全く感じられない。まるで霞のようだ。

 だからこうして空高く飛び上がるまで、炎はその存在に気づかなかったのである。

 そんな炎は、重苦しい空気が包む空で怪訝に眉を顰めた。

 

 

 ──何なんだ……この世界は……!?

 

 

 謎の女性カロンによって有無も言わさずこの場所に転移させられた炎だが、そんな彼の身に襲い掛かったさらなる不幸は、悪態をつく暇さえも与えられなかったことだ。

 現状を把握する為、自身の手から放つ焔の光で周辺の地を照らしていた時、それは起こった。

 

 空を覆い尽くすおびただしい闇の中から巨大な何かが姿を現すと、炎に対して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 そして時は、今に至る。

 暁月炎は既に、絶体絶命の窮地にあった。

 

「強いなんてもんじゃない……お前も、クリファなのか……!?」

 

 漆黒の姿から放たれる禍々しい力の脈動から、炎は目の前の名状しがたい化け物をアビス──それも、「深淵のクリファ」であると推測する。

 しかしソレは今までに対峙してきたクリファとは、根本的に強さの次元が違っていた。

 

 ……根も葉もない表現で例えるならそう──ゲームや漫画など多くのファンタジー作品でラスボスを務める「魔王」のようなものか。

 

 大いなる闇そのものと言える姿をしたソレには、これまでのアビスには有効だったフェアリーバーストの力がまるで通用しない。

 炎がいかなる攻撃を繰り出そうと、圧倒的な規模の敵を前にしては海に角砂糖一つ溶かすようなものだった。

 

 すなわち、勝ち目は無い。

 

 

 ……正直言って炎は今、この状況を図りかねている。

 そもそもあのカロンとかいう女性が何者なのかもよくわからないし、突然自分たちの前に現れた彼女が敵なのか味方なのかも不明である。

 

 しかし彼女が自分をこの場へ転移させる瞬間、意味深に呟いた言葉が炎の耳には残っていた。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュアと名乗った人の子は、自らの可能性を示し、真の調律者となった。次は汝の番だ、アカツキ・エン……私は、汝の覚醒を願う』

 

 

 ……あの言葉は、自分も自らの可能性を示し、さらなる力を身につけろという解釈でいいのだろうか?

 彼女とエイトの関係が気になるところであるが、察するにこれは「試練」と言ったところか……昔、武術の鍛錬を行うべく光井明宏に師事した時、炎は自分の中で実力が頭打ちしてきた時にはその度に闘技場に放り込まれ、常にワンランク上の相手とマッチアップさせられた憶えがある。

 

 そんなスパルタ式の明宏の稽古と、言葉も無くカロンから修羅場に放り込まれたこの状況──どこか似ているように感じ、炎は彼女の意図を自分なりに噛み砕いて察していた。

 

 もちろん、それは彼女が味方側の存在であることが前提の話になるが……それが一番重要なところだろう。

 彼女は見るからに得体の知れない存在であるが、ケテルからメアのことを助けてくれたことは事実であり、エイトとも何か、深い関係があるようだった。

 

 女神然としたその容貌から判断するに、もしかしたらこの世界の神様的な存在なのだろうかと推測しても、そこまで飛躍した考察ではないだろう。

 

 いずれにせよ、詳しいことは後でエイトか、彼女自身に聞けばわかることではある。

 ……しかしそれまでに何より、自分が生きていられるかどうかの方が絶望的に思えるほど、炎が相対したソレは強大であった。

 依然、深淵のクリファの放つ独特な言語は全くわからないし、そもそも対話で引き下がってくれるような相手でもない。

 炎には言葉はわからなくても、あちらの殺意が凄まじく高いことだけは職業柄よく理解できていた。

 

きえろ。いまわしきヒカリよ

「っ! しまっ──」

 

 全貌すらわからない大いなる闇がコウモリの群れのような挙動を見せて蠢いた瞬間──空が落ちた。

 

 空一面を覆っていた闇そのものが、圧倒的な暴力となって炎の身に襲い掛かってきたのである。

 それは攻撃と言うよりも寧ろ、この世界の摂理や戒律、現象と呼んだ方がいいのかもしれない。

 炎の姿は抵抗も虚しく、瞬く間に闇に飲み込まれていった。

 

「ぐああああああああっ!!」

 

 全身を埋め尽くした闇が、拷問の如き激痛を与えてくる。

 言わばそれは、巨大な拳によって握りつぶされているような感覚だった。或いはこの闇全てが、ソレにとっては腕のようなものなのかもしれない。

 その命を着実に死へと至らしめていく闇の重圧の中で、辛うじて持ち堪えながら炎は打開の手段を模索する。

 

「覚醒、か……ああ……それで灯やメア、みんなのことが守れるなら、限界なんて何度でも超えてやる……!」

 

 全身からオーラのように解放した蒼炎のバリアーで抵抗しながら、炎はどこかで聞き耳を立てているかもわからないカロンに対して言い放つ。

 これが覚醒とやらの為の試練だと言うのなら、こんな化け物のところへ送り飛ばしてくれた彼女に恨み言を言うつもりはない。これまでの炎自身とて、強くなる為には幾度となく無茶を繰り返してきたのだ。

 

 いつだって苦難を乗り越える為には限界を超えてこの命を酷使してきたし、その度に暁月炎は強くなり、愛する者に泣かれた。

 

 そう……改めて思う。

 強くなれた喜びよりも、アイツに泣かれたことの悲しみの方が大きかったなと、思い出して苦笑した。

 

 今まさに、「魔王」の闇を前にこの身が飲み込まれようとしている時でさえ、彼が感じていたのは愛する者──光井灯の悲しむ姿だった。

 

 死の恐怖や走馬灯以前に、頭の中に思い浮かんでくるのはいつも彼女のことばかりである。

 

 

 ──結局のところ俺は、こういう奴なんだな……

 

 

 死の危機に瀕した時になって初めて、暁月炎は本当の意味で自分の気持ちに素直になれる男だったのかもしれない。

 しかし、それでも今の彼には──背負う物が大きくなりすぎた今の彼には、ここで諦めて今際の際に彼女の名を呟くことはできなかった。

 

 諦めるな、まだ戦え。メアを連れて彼女と再会する時まで死ぬな! もっと踏ん張ってみせろ俺!と、彼は自分で自分を鼓舞し、その度に焔の力を徐々に強めていったのである。

 

 己の限界を超える為の方法として、死の寸前まで自らを追い込むことほど効率的なものはない。

 世界を救おうと言うのだ。メアだって、頑張っているのだ。妹が覚悟を見せた姿を見て、お兄ちゃんである自分が逃げ出すわけにはいかない。

 

「まだだ……まだ俺は生きている……生きている限り、戦える……!」

? これは……そういうことか……

 

 闘志を燃やし、血走った目を見開きながら炎はフェアリーバーストの力を解放していく。

 今この身を握りつぶそうとする大いなる闇に対して、彼はありったけを超えたありったけをぶつけることで押し返そうとしたのだ。

 

 それは自爆同然の技であったが、それ以外にこの状況を打開する手段が見つからなかった。愛する者の為ならば、自らの命さえも薪にしよう。戦士として彼には、いつでもその覚悟があった。

 

 ──その先に得られる力があるのなら、と。

 

 

 そうして彼の身体から蒼炎が溢れ、闇を巻き込みながら弾けて消えた。

 華々しくも呆気ない、救世主の最期だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 ハッと目を開けた瞬間、炎の意識が闇の中から復帰する。

 背中からは衣服に向かって脂汗が滲んでおり、手の甲に目を向ければ毛穴が開いている。それはまるで、悪夢から目が覚めた時のような虚脱感だった。

 

「な……何だったんだ……今のは……?」

 

 震える両手を目の前で閉じたり開いたりしながら、炎は自分が生きていることを確認して安堵の息を吐く。溢れ出た声は、今しがた体験してきた奇妙な出来事についての困惑だった。

 そんな慌ただしい動騒が自らの心でざわめき起こっていく中で、再び現状を把握するべく炎は立ち上がって周囲を見回す。

 

 そこでは彼が先ほどまでいた場所とは違い、青空から降り注ぐまばゆい太陽の光が辺りを照らしていた。

 

 深淵のクリファと思わしき闇の姿も無く、草木も生い茂り澄み切った泉の周りに花畑が生い茂っているその場所は、まるで先ほどの世界にあった要素をそっくり反転させたかのように、彩り豊かで美しい、暖かくて穏やかな景色だった。

 

 ──そんな景色を呆然と見つめる炎の耳に、穏やかな琴の音が響いたのはその時である。

 

 この音は……ハープの音? まさか……!

 

 聞き覚えのある楽器の音色に炎が黒髪の少女の存在を捜し回ると、そこには緑豊かな芝生に腰を下ろしながらハープを演奏している──白い女性の姿があった。

 

 T.P.エイト・オリーシュア……ではない。

 

 そこにいたのは炎にとってこの不可思議な現象を引き起こした張本人である謎の女性、カロンであった。

 

 

『……あの子のようには弾けぬか』

 

 彼女の中ではしっくり来なかったのか、演奏の手を止めるとカロンはどこか憂いを帯びたような顔でハープを地に下ろすと、炎のもとに視線を寄越す。

 

 

『アカツキ・エン……試練は失敗したな』

「……っ」

 

 

 黄金の瞳はどの宝石よりも美しく、どこまでも深い色をしている気がした。

 まるで心の中まで見透かされているような視線に炎は気圧され、最初に問い詰めようとした言葉を詰まらせてしまう。

 しかし持ち前の精神力で即座に立ち直ると、彼は今度こそ一歩踏み寄って問い掛けた。

 

 

「あんたは……何者だ? さっき、俺に何をしたんだ? 一体、何だったんだあの世界は……あの化け物は何だ!?」

 

 

 率直に言うと、わけがわからなかった。

 突然闇に覆われた謎の世界に放り込まれたかと思えば、そこで見たことの無い化け物と戦い──いや、あれは戦いにすらなっていなかった。

 一方的に蹂躙され、自爆覚悟で力を解放した次の瞬間にはこの花畑にいた。

 目まぐるしく変化する奇っ怪な状況には頭がどうにかなりそうであり、とにもかくにも情報が不足していた。

 

 まず、彼女が何者なのか……その真意を知る為に、炎は抱えてきた疑問を一度に浴びせる。

 カロンはそんな彼の態度をあらかじめ予測していたかのように、その瞳でじっと見つめながら順を追って言い返す。

 

 

『私はカロン……世界樹サフィラの意思であり、ダァトの同志だった者だ』

「…………」

『私は汝に試練を課した。それは汝が力を正しく扱い、神域に至る為の試練だ。破滅の未来に送り込み、あの世界の魔王と対峙すればあわよくばと思ったが……汝は敗北した。消滅の間際に私が引き戻した。無事で嬉しい』

「……?」

『アレは可能性の一つ……二つの世界を滅ぼし、自らが存在する理由さえ忘れた者だけが地上を彷徨う……いつか、アビスが辿ることとなる──哀れな末路だ』

「すまない。何を言っているのか全くわからない」

『??』

 

 

 真顔で説明するカロンに対して、炎は正直に返した。

 

 数拍の沈黙が、二人の居場所を支配する。

 

 カロンは不思議そうな顔で首を傾げると、炎はそんな彼女の反応に要領を得ず眉を顰める。言葉少なげな二人のやりとりの間には緊張感こそないが、常に独特な間があった。

 

 ──えっ? 今のは説明だったのか? もしかして彼女は今、彼女なりに丁寧に説明してくれたのか?

 

 もしそうだとしたら、失礼なことを言ってしまったと申し訳なく思う。

 ああ……彼女の今の説明は控えめに言ってとてもわかりにくかったが、頭の中で何度も反芻すればわからなくもない説明であった。頭ごなしに切り捨ててしまったのはこちらの不徳である。

 

「すまない」

『何故、謝る?』

「?」

『?』

 

 ……とは言っても、ギリギリ理解することができたのはやはり先ほどの奇妙な体験は彼女が引き起こしたものであり、察していた通りの「試練」だったということぐらいだ。

 最も肝心な彼女が何者なのかという説明に関しては……ダァト、すなわちエイトの仲間だということ以外はよくわからなかったが。

 

「……どうしたことか」

 

 色々とわからないことが多すぎる現状、見るからに事情に詳しそうな彼女には是非とも問い詰めておきたい。

 しかし炎は昔と比べれば改善したものの口が上手い方ではなく、任務で尋問を行う必要があった時も専ら翼が担当していたものだ。それに……エイトの仲間だという彼女に対して強引に詰め寄るのも、心情的に抵抗があった。

 

『汝はどうしたい?』

「どうしたいって……」

 

 どうしたものか……どうやって問い詰めようか。割と真剣に悩みながら、炎はこの状況で最適な会話パターンを頭の中で模索していた。

 そんな切迫(グダグダ)した状況の中で、救いの神がやって来たのはその時だった。

 

 

「そこから先はボクが説明するよ、姉さん」

「……!」

 

 

 涼やかな少女の声が、向かい合った炎とカロンの横合いから聞こえてくる。

 驚きながら振り向くと、そこにはいた。

 

 花畑の上で、微笑みながら佇んで。

 黒いドレスに身を包んだ、黒翼の天使の姿がそこにあった。

 

 

『ダァト……エイトか』

 

 

 その少女がこの場に現れたことで、カロンが一瞬だけ驚いた顔を浮かべてその名を呟く。

 炎もまた、驚いていた。謎の怪盗と言うよりも女性的な美しさを全面に押し出しているその服装も、天使と同じ形をしている羽の形も今までの彼女のものではなかったが、そこにいたのは見紛うことなきT.P.エイト・オリーシュアだった。

 

 あの時、ケテルに連れて行かれた筈の彼女が何故──?

 

 

「……そんなに、ジロジロ見ないでほしいな」

 

 

 ノースリーブから剥き出しになっている右腕を、遠慮がちに左手で押さえながら言い放たれたエイトの言葉に思わず目を背ける。

 

「……すまない」

 

 ──ああ、コイツは本物のエイトだ。

 

 とりあえずは彼女の無事を確認したことで、炎は胸を撫で下ろす。

 そんな彼の前でほんの少しだけカロンの方を見て目配せしたかと思うと、彼女は丈の短いスカートを押さえながら膝を抱えて座り込み、先ほどまでカロンが扱っていたハープを拾うなり慣れた手つきで弾き語った。

 

「昔々、ある世界に一本の木がありました。この星が生まれた頃から世界の真ん中に佇んでいたその木は、天界に生命を生み出す豊穣の大樹として全ての生き物たちに欠かせない存在でした。

 そんな生命の木を聖獣たちは「サフィラ」と呼び、世界樹として崇めていました──」

 

 

 そうして彼女がおもむろに語り出したのは、フェアリーワールドの成り立ちから始まり、人間世界の異能社会へと至っていく──とある神話の出来事であった。

 

 

 


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