TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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とある世界線のお話 アニメ終盤特有の詰め込み展開

 サフィラス十大天使の王、ケテルの登場を機にアニメ「フェアリーセイバーズ∞」は佳境に入った。

 物語は主人公である暁月炎視点の話とメア視点、そして地球の話に分かれて並行して進行していき、より群像劇的な作風に描かれることとなる。

 メア視点では雲海に消えたシェリダーを追う組と、世界樹サフィラへと向かう組に分かれていた。

 放っておけば単独でもフェアリーワールドを滅ぼしうる力を持っているのが厄災の化身とも言える深淵のクリファである。

 「そのような怪物を討伐するのが大天使の使命です」と語るマルクトの瞳には既にセイバーズに対する敵意は無く、コクマーたちに続いてシェリダーの追跡へと向かった。

 

 ──そんな彼女に続いたのが、意外にも人間世界の住人である力動長太だった。

 

「待てよマルクト。深淵のクリファを倒すには、フェアリーバーストを使える人間が要るんだろ? なら、俺も行く。ビナー様がくれた果物で、身体も回復できたしな」

 

 サフィラス十大天使の攻撃すら受け付けないシェリダーのバリアーを相手に、唯一有効打を与えることができたのが彼ら人間たちの攻撃である。

 かつて聖龍が示したように、人間の異能使いの力は、アビスの上位存在とも言える深淵のクリファにも通用したのだ。その事実も踏まえた上で、シェリダーの追跡には誰か一人でもセイバーズからついていくべきだと判断したのである。

 イメージに反して理のある言葉を吐く彼を、マルクトが怪訝そうな目で見つめる、

 

『……サフィラに行くんじゃなかったの?』

「そりゃあ俺だって、できるなら世界樹に行って姉ちゃん……エイトを助けに行きてぇけどよ……この世界が危ねえってんなら、あの化け物を放っておくこともできねぇよ」

 

 「それに……多分、あの人がここにいたら、そっちを優先しろって言うだろうし……」と、照れくさそうに頭を掻きながら長太が続ける。そんな彼の発言には、彼の同僚である風岡翼までも意外そうな顔をしていた。

 感心したように。

 何かを言いたげに。

 

「何だよその顔は?」

「いや……お前も色々考えてたんだなって」

「うっせぇ」

 

 今すぐ自分も世界樹に向かいたい気持ちはもちろんあるが、何より当のエイト本人がこの状況に対してどう感じるのかを考えた結果、彼はシェリダーを追跡するべきだと判断したのである。

 そして裏を返せばそれは、彼自身が仲間たちに向けている信頼の気持ちの表れでもあった。

 

「……ってわけだからよ、そっちは頼んだぜ翼。どうせ炎の野郎も戻ってくると思うけど……そっちは任せた」

 

 エイトが攫われ、リーダーの暁月炎が行方不明の今、客観的に考えるとセイバーズは絶望的な状況にある。

 この世界に来訪した当初の目的である聖龍アイン・ソフへの謁見を行うメンバーはメアと翼の二人になる。ケセドとビナー様、カバラちゃんというこの世界の現地民も加わってはいるが、重大な使命を背負ったセイバーズの純粋なメンバーは今や風岡翼ただ一人となってしまったわけだ。

 そんな今の状況が翼には可笑しく感じ、らしくなく神妙な顔をしている長太に向かって苦笑を浮かべて問い掛けた。

 

「いいのか? つい最近までこの世界で適当に野垂れ死のうとしていた俺に……そんな大役を任せて」

 

 暗に「自分はそんな大役に相応しくない」と語る彼の言葉の裏を理解しているのだろうか、長太はそんな彼の皮肉げな言葉にあっけらかんとした態度で答える。

 

「バーカ、俺だってこんなことは、お前ぐらいにしか任せられねぇよ」

「……そうかい」

 

 当たり前のように言い放たれたその言葉は、翼の心に仲間の信頼の重さを自覚させるには十分なものだった。

 これが「もう絶対に変な行動を起こすなよ」と釘を刺す意味があったのだとしたらとんだ策士である。

 尤も、「単純馬鹿」という言葉が服を着て歩いている力動長太という人物を理解しているからこそ、翼も余計な勘ぐりをすることなく額面通りに受け取ることができた言葉だった。

 

 ……だからこそ、嬉しく思う。

 

「わかったよ、メアちゃんとエイトのことは俺に任せとけ。……まあ、二人とも俺なんかいなくても大丈夫だと思うけどな。お前も、そっちが片付いたらさっさと世界樹に来いよ」

「おう」

 

 斜に構えた卑屈な言葉を遣うのは、自分には過ぎた信頼を照れくさく感じているからか。

 そんな感情を自覚しながらも、翼は長太の彼の判断を尊重することにした。

 彼の方もまた力動長太という男のことを信頼している事実は、語るまでもないだろう。

 

「気をつけて、チョータ。マルクトも」

『誰に向かって言っているのですか? 私は王様最後の剣たる「王国」のマルクトです。余計な心配は要りません。貴方は私たちのことより、自分のことを心配しなさい』

「……うん」

『ビナーとホドも、その子のことをしっかり見張っておいてくださいね。今のケセドは頼りないので』

『ひどい……』

『あいわかった。このホド、しかと見ておこう』

『メアのことが心配なら、そう言えばいいのに……』

 

 それぞれの思いが交錯するフェアリーワールドの中で──かくして、彼らは行動に移った。

 

 長太とマルクトはシェリダーを追い、翼とメア、ビナーとケセド、カバラちゃんがそれぞれの思いを胸に世界樹「サフィラ」へと飛翔していく。

 皮肉にもシェリダーの復活によりセイバーズに対するコクマーたち強硬派の警備が緩くなっていた為か、メアたちが少数精鋭で乗り込むこと自体はすんなりと実行することができた。

 

 しかし、世界樹サフィラはその大樹そのものが島と化していると言っても良いほどに巨大な存在である。

 

 聖龍アイン・ソフのもとへたどり着くには、多大な困難が押し寄せるのであろうと予感させた。

 

 

 

 

 

 そして、同じ頃──人間世界である地球では不穏な影が蠢いていた。

 

 サフィラス十大天使が一人、「美」の大天使ティファレトが監視に向かった時空の裂け目……そこに封印されていた深淵のクリファ「カイツール」の本体が動き始めたのである。

 それは、シェリダーの復活と全く同じタイミングで発生した事象だった。

 ケセドの一件をはじめ、物語の開始前から暗躍を続けていたカイツールもまた、シェリダーと同じように復活を果たしたのだ。

 封印から解き放たれた怪物はその圧倒的な力でティファレトを退けると、次元の狭間を渡ってゲートをこじ開け、人間世界である地球へと降臨を果たしたのである。

 

 セイバーズの主力である炎たちのいない日本に。

 

 人間の世界もまた、未曾有の危機に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──そして当のセイバーズ機動部隊のリーダー、暁月炎に与えられた試練は、大詰めに入ろうとしていた。

 

 

 フェアリーバースト。

 聖龍アイン・ソフによって人類にもたらされた異能の力──その潜在能力を極限まで引き出した者のみが到達できる異能使いの境地に、暁月炎は至った筈だった。

 しかし、そんな彼の力を以ってしても、完全なる覚醒には至っていなかった。

 その事実を突きつけたのは、かの聖龍がもたらした異能の力の起源である、原初の大天使ダァトである。これまで「T.P.エイト・オリーシュア」と名乗っていた彼女は、真実をその身で示すように、フェアリーバーストの「その先」に到達した力を披露してみせた。

 

 彼女自身は聖獣(フェアリー)に分類される生粋の大天使でありながら、人間の異能使いの極地であるフェアリーバーストを発動してみせたのである。炎たちよりも、遥かに高い精度で。

 

 ……もしかしたら「フェアリーバースト」という現象自体、そもそもは人間の異能使いが異能の起源であるダァトに近づく為の回帰現象でしかなかったのかもしれない。

 作中人物である暁月炎はもとより、その姿を目にした視聴者たちからさえもそう考察される説得力が、真なる力を発動したエイトの姿にはあった。

 

 燃えるように熱い輝きを放ち続ける光輪を頭上に浮かべながら、十二枚の白黒の羽を羽ばたかせて少女は舞う。

 

 高き蒼穹を思いのまま無垢に飛び回り、時に優雅に、時に荒々しく。光と闇を自在に操る少女は、その途方も無い力を自由自在に使いこなしていた。

 そんな彼女が両手に携えているのは、闇で作った剣と光で作った剣だ。二つとも、フェアリーバーストの発動前とは異なる形状をしている。

 闇と光──相反する性質を併せ持つ二振りの剣を小刻みに振り回しながら、炎に対して接近戦を仕掛けつつスピードとパワーで翻弄していく。

 

 それはまさに、圧倒的な暴力だった。

 

 しかし……どこか、優しいと感じてしまう暴力だった。

 

 もちろん、彼女の攻撃が苛烈であることに違いはない。

 エイトの攻めは常に厳しく、まばたきすら許さず終始攻勢に徹している。自分の全力を懸けて戦うと言った彼女自身の言葉にも、偽りは無いだろう。

 

 それでも包み隠すことができない優しさを感じることができたのは、炎のことを自らの技で打ちのめす度に、その瞳に悲痛な眼差しを浮かべていたからであった。

 

 ポーカーフェイスに務めているようでいて、感情が滲み出ている。そんな彼女の眼差しは、「T.P.エイト・オリーシュア」という少女の性格を表わしているように感じた。

 

 ──やっぱ……あんたは優しいよ。

 

 その姿はこのような傷つけるやり方でしか彼のことを導くことができない自分を申し訳なく思っているようにも見えて──そのような眼差しを受けた炎の感情は一つだった。

 

「まだだ……!」

「…………」

「まだ終わっていない……俺はまだ、負けていないぞ……!」

「……っ」

 

 失望されたくないと──そう思ったのだ。

 彼女に勝ってこの世界から脱出したいと思うよりも、そんな目を彼女にさせたくないと感じている自分がいた。

 故に、彼は立ち上がる。

 闇の剣に切り裂かれようと、光の剣に焼かれようと、暁月炎は怯むこと無く挑み続ける。

 何度打ちのめされようと熱く立ち上がる。どんなにズタボロにされようと、彼女と対峙する彼の闘志は揺らがなかった。

 

 そんな彼の鬼気迫る姿を見て、エイトの翠色の瞳が僅かに揺れる。

 傷つく度に立ち上がり、立ち上がる度に傷ついていく彼の姿を見て、彼女が抱いたのは哀れみか、悲しみか。

 焔の剣を構え直した炎は蒼炎の羽を広げて何度目になるかもわからない上昇を繰り返し、エイトのもとへ迫っては何度も、何度も弾き飛ばされていった。

 

「……キミは……」

 

 圧倒的な力を前にしても愚直に挑み続ける彼の姿を見て、エイトが何かを言いかけて──止める。

 彼女が言葉を放つよりも速く、再び復帰してきた炎の剣戟が襲い掛かってきたからだ。

 

 スピードが上がっている。パワーも。

 フェアリーバーストを発動した今のエイトからしてみれば微々たる変化に過ぎなくても、何か気圧されるものを感じている様子だった。

 

 そんな彼の一閃を右手に携える闇の剣で受け止めながら、間近に飛び込んできた彼の姿をエイトはじっと見つめる。

 

 炎が、言葉を紡いだ。

 

「……俺は、俺のことが嫌いだった」

 

 語り掛けると言うよりも、独白のように。

 彼は、小さな声で言葉を発する。

 

「怒りや憎しみの中で生き続けている気になって、孤独なフリをして何も見ようとしなかった……自分にとって本当に大切なものに気づくまで、何年も掛かった自分が、俺には許せない」

 

 父の復讐の為だけに戦い続けていた過去の自分。

 そんな自分が変わるきっかけとなったのが、仲間たちと過ごす時間やセイバーズでの戦いの日々だ。

 そして光井灯やメアをはじめとする多くの人々との出会いを回想しながら、炎は焔の剣を押し込んでいく。

 こともなげに受け止めていたエイトの腕が、僅かに動いた。

 

「……いや、本当はわかっていたんだ。俺はただ、失いたくないだけなんだってことが……この心に抱え続けていたのは、怒りなんかじゃない。俺は、俺の大切なものが失われることを恐れ続けていただけだった……」

 

 片腕では弾き飛ばせないと思ったのか、右手の闇の剣だけではなく左手に携えた光の剣をぶつけていくエイトだが──動かない。

 力が拮抗し始めているのだ。つばぜり合った焔の剣の圧力が、徐々に増している。

 

 エイトの目つきが変わったのはその時だった。

 哀れみの感情が滲み出ていたその瞳は、今度はきつく炎の姿を見据えていた。

 

 それはまるで……暁月炎のことを自分が導くべき迷える子羊ではなく、一人前の「戦士」として認めたかのように。

 

 増大していく焔の力を前に、彼女は小さく頷きを返す。

 そんな彼女に対して、炎は言った。

 

 

「俺は……怖いんだ。多分、きっと……昔から……臆病な奴なんだと思う。俺は、自分の世界が変わることが……俺の周りで何かが変わることが、恐ろしくて堪らない」

 

 

 それは、彼が心の奥底ではずっと自覚していながらも、初めて言葉にすることができた自分自身の感情だった。

 そんな彼の、言ってみれば男らしくない情けない言葉を受けて──エイトが返したのは、叱責ではなかった。

 

 

「それがキミの……心の闇か」

 

 

 得心が入ったように、彼女は返す。

 それを炎は、肯定した。

 

「……ああ、そうだ。だが俺は……乗り越えてみせる。乗り越えなければならないんだ。あんたの試練も乗り越えて、俺の力で全てを救って、メアやみんなと一緒に帰りたい……誰一人欠けることなく、変わることのない日常へ!」

 

 「心の闇」という表現は言い得て妙だと思う。

 人間の誰もが抱えている心の弱さ──暁月炎にとってのそれは、自分たちの日常を脅かす「変化」への恐怖心だった。

 それは炎自身、あの破滅の世界で巨大な闇に敗れて「死」を体感したことと、今こうして彼女に打ちのめされたことでようやく理解することができた感情だった。

 

 ──だが、おかげで目の前が少しだけ晴れやかになった気がする。

 自分の本心がわかったことで、自分がこうして戦い続けることの意味も見えた。

 

 自覚した断固たる想いは、彼の内なる力を引き出していく。

 しかし一層鋭くなったその剣戟も、エイトの皮膚に届くには至らなかった。

 

 力任せに押し込んだ炎の剣に対して、エイトはそんな彼をも上回る力業を以て弾き飛ばしたのである。

 強引に間合いを取ると、構えを解いたエイトが今一度炎の姿を見つめた。

 

 深く考え込むように目を閉じて、しばしの間を空けて口を開く。

 

 

「その気持ちは、ボクにもわかるよ」

 

 

 彼女が返したのは、共感の気持ちだった。

 慰めの為に放たれたような、上辺だけの言葉ではない。自分自身の過去を懐かしむような目で言い放ったその言葉は、経験に基づいた確かな実感が込められているように感じた。

 意外そうに目を見開く炎に対して、彼女が続ける。

 

「幸せで、楽しい時間を過ごしていたりすると……ふとした拍子に考えてしまうことがあるよね。「このまま時が動かなければいいのに……変化なんて、何も無ければいいのになぁ」って」

「……だが、そういうわけにはいかないのが現実だ」

「そうだね……どうしたって時間は進んでいく。無情だよね……失った時は、決して戻らないのだから。楽しかった思い出や、ましてや命は……そう……その、筈なんだ……っ」

 

 変化が起こることは、不変の事実だ。

 この世界に生きている限り、決して覆ることの無い摂理である。時間の流れは決して戻ることはなく、失った命もまた戻ることはない。

 

 本来はそういうものなのだ。

 

 しかしその摂理に当てはまらない存在に覚えがあったのか……彼女は、自分自身が言ったその言葉に歯切れを悪くした。

 

「エイト、あんた……!?」

 

 炎は突然黙り込んだエイトを見て怪訝な顔を浮かべるが、すぐに気づいた。

 虹色の光輪に照らし出された頬に滴り落ちていく──一筋の涙に。

 

 

「泣いているのか?」

「えっ……」

 

 

 言われて初めて気づいたように、ハッと目を見開いたエイトが、手の甲で目元を擦る。

 その指を湿らせた雫を見て一瞬だけ固まった彼女だが、すぐに何事も無かったように向き直ると、常と変わらない態度で言い放った。

 

「泣いてないよ? 気のせいじゃないかな」

「…………」

「うん……気のせいだよ。ボクはT.P.エイトオリーシュア……この命を持って生まれた今、過去は決して振り返らない」

 

 そう言い放つ彼女の表情は悲しげながらも穏やかで、どこか遠い故郷を懐かしんでいるよう顔のように見えた。

 

 思えばそれは、彼の前で初めて見せた──ありのままの自分の姿なのかもしれない。

 

 そんな姿を炎に見せてしまったことを恥ずかしく思ったのか、ほんのりと頬を紅潮させたエイトが炎に対して問い掛けた。

 

 

「……エン、キミは失った時が戻ったらって、そう考えたことはある?」

 

 

 それは、誰もが考えたことのあることだろう。

 もちろん、炎にも。

 時が戻れば良いかと思ったことは、両手では数えきれない。

 

「もちろん、あるさ……だけど俺は、それを理由に目の前の現実から逃げる気は無い。変わっていく世界がどんなに怖くても、俺は戦う。そうやって生きていくのが俺だ。セイバーズの……暁月炎だ」

「そっか……キミは強いね。……だけどとても、悲しい男だ」

 

 これだけ圧倒的な力を見せつけた上で自分のことを強いと評するエイトの言葉は、しかし皮肉的なものではなかった。

 微かに瞳を震わせながら、敬意を表した目で彼女は炎の決意を受け取る。

 

 

 そして──彼女はその両手から、剣を放した。

 

 

「やーめたっ」

「!?」

 

 

 子供のようにそう言って、戦闘を放棄したのだ。

 その表情には既に、先ほどまでの戦意は無い。

 驚く炎に向かって呆れたように微笑みを浮かべながら、エイトは言った。

 

「ふふっ……そこまで強い信念があるのなら、ボクの試練はもう必要無い。キミはもうとっくに、覚醒の準備は整っている。後はもう、その心に従うだけさ。

 そうすれば、必ず見つけられる筈だ。キミ自身の、本当のフェアリーバーストをね」

「そんなことが……」

「できるさ」

 

 エイトには、まるで歯が立たなかった。そんな自分はまだ、何の可能性も見せていないと……そう語ろうとした炎の言葉に被せるように、彼女はきっぱりと言い放った。

 

 

「キミはもう、自分の心の闇とちゃんと向き合えている。後は恐れを乗り越えて、突っ走るだけさ。だけど最後の一押しをしてあげるべきなのは、ボクじゃない。……どうしたってやっぱり、ボクではキミの心の支えにはならないからね」

「何を言っているんだ……?」

「不安なら、思い出せばいいってことさ。そっか……キミの覚醒に必要なのは、それだけだったんだ。今のキミならわかるだろう? アカツキ・エンという人間が、今までどうやって生きてきたのか」

「……! そういうことか……」

「そういうこと」

 

 

 自分自身の心の闇を自覚した今、それを乗り越える為に必要なこと。

 エイトが与えてくれたヒントを聞いて、炎は即座に理解した。

 

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは、彼にとっての「不変」の象徴である。

 

 どれほど時が流れ、世界に変化が訪れようとも決して変わらない確かな想い。

 それこそが、今の今まで暁月炎という男に力を与えてくれた存在だった。

 

 

「俺にはみんながいる。そして、誰よりも……」

 

 

 辛い時も悲しい時も、楽しい時もいつも自分の中にいた愛する人──その少女の顔を脳裏に浮かべた瞬間、彼の纏った蒼炎にほんのりと虹色の輝きが浮かび上がっていく。

 

 ──だが、それはすぐに消え去った。

 

 変化は兆しの段階に留まったのは、今の彼の意識が暗転しようとしているからであった。

 ぼんやりと消えかかる自らの手足を見て驚く炎に、エイトが安心を促す。

 

「現実世界のキミが、目を覚まそうとしているんだ。今ここにいるボクたちはサフィラの領域に拾って貰った思念の一部……言わば、夢の中みたいなものだからね。残念だけど、キミの方は時間切れらしい」

「エイト、俺は……」

「続き、いつかやろうよ。今度はちゃんと、現実の身体でね」

「……ああ、世界の問題が片付いたらな。俺もこのままでは終われない」

「やった。約束だよ?」

 

 この世界が現実の世界とは違うということは、彼女から聞かされていた事実である。

 しかし、現実の身体が目覚めればこの世界から自動的に脱出する……ということは、時間が経てば自然にこの世界から出ることができたということなのだろうか?

 

 ……だとすれば、炎は完全に一杯食わされたことになる。

 

 その可能性に気づいた炎はムスッとした眼差しをエイトに向けるが、彼女は顔の前で人差し指を立ててイタズラっぽく笑っていた。

 その反応を見る限り、やはりその通りだったらしい。

 自分を倒さなければ脱出できないというのも……炎を本気にさせる為に打った、彼女の一芝居に過ぎなかったのだ。

 

 

 だが炎は、そうまでしてくれた彼女の計らいに感謝した。

 

 

「エイト……ありがとう」

 

 

 その言葉を最後に、暁月炎の姿はこのサフィラの領域から消えていく。

 一人残ったエイトはそんな彼の消えた跡を見送りながら、小さな声でぼそりと呟いた。

 

 

「……こっちの台詞だよ。ボクの方こそありがとね、エン」

 

 

 

 

 

 

 

 ──その言葉を最後に、いい感じのエンディングテーマが流れて締めに入ったのがその回だった。

 

 エンディングの映像に使われたのは炎たちの幼少時代の姿を描いた一枚絵が曲に合わせて切り替わっていく、いわゆる「特殊ED」と呼ばれる演出であった。

 

 そして、エンディング明けのCパートである。

 

 

 現実の世界では小さく呻き声を漏らしながら、エイトが告げた通り暁月炎の身体が目を覚ます。

 

 最初に背中から感じたのは思いのほか柔らかいシーツの感触だった。

 そこが清潔なベッドの上であることに気づいた炎は驚きに目を見開くと、今自分が置かれている状況を把握するべく急いでその場から飛び起きた。

 

 

 ──そして、彼は目にする。

 

 

 体感的には久しぶりに感じるが、見慣れた天井。

 嗅ぎ慣れた部屋の匂い。

 窓から見える──見覚えのあり過ぎる景色を。

 

 そんな光景を受けて彼は「馬鹿な……そんな筈は……!」と信じがたい状況に狼狽えながら、勢い良くドアを開けて部屋を飛び出していく。

 そして、視界に飛び込んできたさらなる光景に彼は言葉を失った。

 

「あっ……」

 

 そこには彼と同じように、炎の姿を見て驚きに目を見開いている人物が──彼の心にいつも寄り添ってくれた、一人の少女の姿があったのだ。

 

 

「灯……? お前、なのか?」

「炎……! 良かった……目が覚めたのねっ」

 

 

 そう──彼が目覚めた場所は、勝手知ったるセイバーズ本部の医務室。

 

 彼は今、フェアリーワールドではなく、地球にいたのだ。

 

 

 ……この場に自分を送ってきたのは、あのカロンという原初の大天使の仕業か、それともダァト……T.P.エイト・オリーシュアの計らいか。

 

 彼女らの思惑は定かではない。

 しかし、今この場でようやく愛する者と再会した彼が取ることができた行動は、一つだった。

 

「きゃっ!? え、炎……?」

 

 感情表現が不器用な彼は、ただその気持ちを行動に移した。

 彼女の華奢な身体を、その腕で強く抱き締める。彼女と自分が今、ここにいることを確かめたかったのである。

 

 幼い頃に父親を亡くして以来、炎は彼女の前で泣いたことは無い。

 ただこの時だけは、その腕は怯える子供のように震えていた。

 

 そんな彼の感情表現に最初は驚き、呆気に取られていた灯だが……すぐにその胸中を察した彼女は何も言わずに穏やかに微笑むと、その腕を彼の背中に回してポンポンと抱き締め返していった。

 

 

「灯……会いたかった……っ」

「私もよ、炎……おかえりなさい」

 

 

 この思いがけない事態に、言いたいこと、訊きたいことは山ほどある。

 しかし今は……今だけは、お互いの無事を確かめたことを二人は喜び合った。

 

 

 

 ──その抱擁を引きにCパートは終了し、物語は次回へと続く。

 

 そんな展開の余韻を残すように、次回予告は暗転した背景にサブタイトルの字幕を映すだけのシンプルなものとなった。

 

 

 【第48話 インフィニティーバースト】と──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の前で視ていた視聴者の一人、最近Vチューバーデビューを果たした一人の貧乳オタクはしばらくの間言葉を失い、再起動した思考から振り絞った一言を小さく口漏らす。

 

 

「……えらいこっちゃ」

 

 

 今回は作画的にも内容的にも情報密度が濃く、次回の配信で語りたいことも含めて色々渋滞しすぎて語彙が追いつかないところではあったが、とりあえず一つだけ、はっきりと言えることがある。

 そんな言葉を胸に抱えた彼はおもむろにその場から立ち上がると、両手にグッと拳を握り締めてエビ反りに天井を仰ぎながら渾身の叫びを上げた。

 

 

 エイトチャンカワイイヤッター! ──と。

 

 

 色々言いたいことはあるけど、とにかく最初に来た感情はそれだった。

 そんな彼は視聴後に昂ぶったリビドーのまま筆を走らせると、良い子には決してお見せすることができない自己最高のファンアートを完成させることになる……という、すこぶるどうでもいい余談である。

 

 

 





 次回もとある世界線回の予定です
 拙者、特殊EDからの余韻を残した簡素な次回予告大好き侍

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