TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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とある世界線のお話 タグ:ヒロインはエイト

 「ヒロイン」という言葉は、受け取り方によっては様々な意味で捉えられる言葉だ。

 

 基本的には「HERO(ヒーロー)」の女性形として用いるのが正しい用法になるが、漫画やドラマのようなフィクション創作では作中に登場する「女性の主要人物」を差してそう呼ぶのが馴染み深いだろう。

 単純に女主人公物の作品であればその主人公のことをヒロインと呼ぶこともあるし、男主人公物であれば主人公の相棒が女性の場合、そのキャラクターのことをヒロインと呼ぶものである。

 

 しかし、アニメオタク界隈の中で遣われる用法として最も多いのは、やはり「主人公の恋愛対象」に当たる人物のことをそう位置づける場合であろう。

 二次創作小説サイトでも「ヒロインは○○」というタグが書かれた作品では九割方そういう意味合いで用いられていることからも、それは明らかだ。

 そう言った物語において「ヒロイン」は主人公の次に重要な存在として扱われており、必然的に登場回数や主人公とのイベントシーンが多くなる。そうして彼女らは、物語のキーパーソンとして大々的に「メインヒロイン」として扱われるわけである。

 

 もちろん、ヒロインは一人だけではない。

 

 商業作品全般においても、メインヒロイン以外に主人公との絡みや出番が多い女性キャラの存在は何ら珍しいものではなく、そう言ったキャラは「サブヒロイン」という呼ばれ、作品によっては作者の予想をも上回る人気を博し、最終的にはメインヒロインの座を元のヒロインから奪うこともあった。

 特に一人の男主人公を複数のヒロインが取り合う「ハーレム系ラブコメ」などではどの娘が真のメインヒロインに相応しいのか作品内外で意見をぶつけ合う、いわゆる「ヒロイン論争」と揶揄される事例が発生することもあった。

 

 そんな奥深い歴史が示している通り、物語にとってメインヒロインとは特別な存在なのである。

 

 彼女らは恋愛要素の有無に拘わらず、誰も彼もがストーリーの核心に触れる要素を担っており、まさしく主人公に対して強い影響力を持つ存在と言える。

 

 そして、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」において、メインヒロインが誰に当たるかという話になると……つい最近までは、ファンの間でも非常に意見が分かれていた。

 

 「主人公の暁月炎にとって最も重要な女性キャラは?」という質問に対して最も的確なのは、やはり光井灯になる。

 何せ彼女の存在は、物語開始時点から終盤に至るまで常に一貫して彼の心のウエイトを占めていたのだ。炎が誰にも心を開こうとしなかった前半こそ擦れ違うこともあったが、今となってはお互いがお互いのことをかけがえのない大切な存在(パートナー)として認識しており、物語の中で成長していく中で自身の恋愛感情もきっちり自覚していた。

 そういう意味では暁月炎のヒロインが光井灯であることを、否定する者は誰もいなかった。

 

 しかし、「フェアリーセイバーズ∞にとって最も重要な女性キャラは?」という質問になると、話は変わってくる。

 

 それはこの物語における至上命題とも言うべき作品のテーマの根幹を成すほどに重要な存在が、彼女の他に存在しているからだ。

 

 T.P.エイト・オリーシュア──またの名を、ダァト。

 

 その正体は、サフィラス十大天使が誕生するよりも前の時代のフェアリーワールドを守護していた原初の大天使である。

 そして聖龍アイン・ソフによって人間世界にもたらされた異能の力は、大元は彼女の力だったのだと言う。言わば、全ての異能使いの始祖と呼ぶべき存在だった。

 登場時点から謎めいた言動が多く、ガチもネタも含めて膨大な量の考察がされていたキャラであったが……そんな彼女の遂に明かされた衝撃の事実には、ネット上で多くの視聴者たちが賑わったものだ。

 

 作中では暁月炎も問い掛けていたが、彼女が異能怪盗として暗躍していた行動も厳密には異能を盗んでいたわけではなく、元々自分が持っていた力を回収していただけだったのだ。

 全ての異能使いの力の起源である彼女は、言ってみれば炎たちにとって女神や母親とも呼ぶことができる存在だった。

 

 ──しかし彼女の様子から察するに、彼女はそのことでずっと、罪悪感を抱いていたように思える。

 

 本人の口から明言こそされていないが、意味深な雰囲気を纏ってなお包み隠すことができないのが彼女のお人好しさだ。

 その性格から胸中を察してみると、彼女が人間世界で起こした活動の一つ一つに何か、深い意味が隠されていたことに気づいた。

 彼女は無垢な子供たちの前では度々自分のことを「悪いお姉さん」と自嘲していたが……今にして振り返ってみると、それは「人間世界の摂理と戒律を乱してしまったことに対する罪悪感」から来る態度だったのだと思う。

 

 だからこそ、その罪が自身の被害者の一人である暁月炎に赦された時──彼女は作中で、とびきりの笑顔を見せてくれたのだ。

 

 

 ……そんな一視聴者としての見解を、画面の中でバーチャルデキルオが熱弁する。

 

 

「他にも語りたいところはまだまだありますが……あのシーンすき」

 

 

【わかる】【ワイトもそう思います】【拙者も】【麻呂も】【おいどんも】【いいよね……】【ここでパーフェクトコミュニケーションを達成する炎君はホンマ主人公やでぇ】【エイトちゃんは顔が良すぎる】

 

 大手動画投稿サイトにて、ゲリラ配信を行う白い生物(なまもの)がニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべながら視聴者のコメントと雑談を交わす。

 このチャンネルの主であるバーチャルデキルオことデッキーは元々配信頻度の多い動画配信者ではあったが、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」が佳境になった近頃はさらにその頻度が増していた。

 こう言ったゲリラ配信で送られる内容は、基本的には視聴間もないアニメについての感想や考察を雑に撒き散らしながら、同志であるフォロワーたちとああだこうだと好き勝手に語り合うというものである。

 それが一般的な人々にとってどれほどの需要があるかはさておき、なんだかんだで毎回それなりの同接数を確保しているのがバーチャルデキルオというVチューバーであった。

 

 そんな彼がイチオシのアニメキャラ、「T.P.エイト・オリーシュア」についてしみじみと語る。

 

「エイトは人の心の闇を赦し、炎は世界を変えてしまったエイトの罪を赦した。お互いにお互いのことを肯定し合う関係になっているのを見ると、フェアリーセイバーズ∞のテーマには「赦し合うこと」も含まれているんじゃないかなぁと思っています」 

 

【ふむ】【なるほど】【真面目な考察をしている時だけは鋭い男】【一理ある】【一期は絶対にゆるせない奴をぶん殴る話だったから結構ありそうだな】【さっきまで気持ち悪いキャラ語りしていたくせに急に的を射た考察をするの強キャラ感ある】【デッキーのくせに……】

 

「僕はいつでも真面目ですよ。バーチャルデキルオですからね」

 

 人は生きている限り、誰しもその心に闇を抱えている。

 如何にしてその闇と向き合っていくのかというのが、旧作を含めたフェアリーセイバーズシリーズのテーマであったが──その答えの一つを示しているのが、この「T.P.エイト・オリーシュア」というキャラクターなのではないかと思う。

 

 彼女は誰の心の闇も拒絶しない。

 

 アリスちゃんの時も長太の時も、翼の時も……そして炎が初めて打ち明けた心の闇さえも、侮蔑したり拒絶するようなことはしなかった。

 

 ただその一方で、彼女は心の闇に押し潰されて自分で自分を苦しめる人間のことを、とても悲しんでいた。それではキミの心は救われないと──何の躊躇いも無く、身体を張って助けに行くほどに。

 

「……実は僕、あまりにも完璧な天使すぎるエイトちゃんを見て、エイトちゃん自身の心はどうなんだろう? と心配していたんですが……炎君が上手くやってくれましたね。ああいう子は「自分は大丈夫だから」と何でも抱え込みがちになるので、もしかしたらバーストしてラスボスになるのではないかと闇墜ちフラグを幻視していましたよ」

 

【ああ……】【俺もちょっとありそうだと思った】【闇墜ちしたエイト様は絶対美しい】【デッキーのくせにいいところ見とるやんけ】【なんだかんだで∞のラスボスもケテルが本命かね】【カイツールは次回か次の次ぐらいで決着つきそう】

 

 どんな相手の闇も……アビスさえも躊躇いなく受け入れようとするのがエイトという大天使である。そんなエイト自身のことであるが、彼女は常に自分と他人の間に一線を引いている為、その内面についてはこれまでずっと謎めいていた。

 それがようやく明かされたのが、昨日の放送回である。

 

 彼女はその心の闇──炎たち人間に対して、ずっと罪悪感を抱いていたことを明かしたのだ。

 

 異能を盗む際、自らの異能で苦しんでいる者たちばかり狙っていたのもまた、罪滅ぼしの気持ちの表れだったのだろう。

 秘密が明かされてなお引っ掛かる考察要素は幾つか残ってはいるが……これまでの彼女の行動における点と点が、はっきりとつながった重要な回だった。

 

 そして深淵のクリファ「カイツール」本体の人間世界進出と真のフェアリーバースト、特殊EDの後のCパートでは炎の帰還と物語が一気に加速した感のある内容だった。

 クライマックスに近づくと気になってくるのは、コメント欄でも触れられているラスボスとの対峙であろう。これまで作中最大の謎だったT.P.エイト・オリーシュアの正体が判明した今、目下最大の謎は「誰が物語の最後を締めくくる敵になるのか?」という話題だった。

 

「ラスボスですか……そうですね。番組欄によると∞の放送も残り僅かまで近づいていますが、今のところ最後の敵が誰になるのか読めないですね。それも見どころでしょうか」

 

【群像劇的な作風のアニメだとそういうのがあるよな】【ここまで無印と変えてきたんならラスボスも変えてきそう】【カロンとか露骨に怪しい】【旧作視てないけど聖龍がラスボスなんじゃないの? ここまで出てこないと怪しいんだが】【エイトじゃね? 全ての決着がついた後で約束通り一戦する感じで】【ケテル戦の時も思ったけど意外と好戦的だよねエイトちゃん】【案外ポッと出の奴がラスボスになるかも……】【聖龍さんは……うん】【仲間を呼ぶショタがラスボスだから】

 

「それは赦されない」

 

 どさくさ紛れに妙なことをほざいたコメントに、バーチャルデキルオは主義思想の違いから反射的に言い返す。

 たとえフェアリーセイバーズ∞の裏テーマが「赦し合うこと」だったとしても、この世界には決して赦しておけないことはあるのだ。

 殊更おねショタに対する見解の相違に関しては、今もこれからも赦せるようになることはないのだろうと確信していた。

 

 

 しかし、だからこそ……そんな世界の中ですら、どんな闇も受け入れて赦してくれる存在は眩しく、尊いものなのだと思う。

 

 一つの悟りにも似た感傷を抱いたのが、T.P.エイト・オリーシュアと暁月炎のやりとりであった。

 

 

「まあ、一番眩しかったのはエイトちゃんの白いお肌だったんですけどね! デーキデキデキ」

 

【それな】【草】【笑い方きめえ】【ちょっと苦しくないその笑い方?】【その笑い方は流行らないし流行らせない】【もっとできる夫っぽく笑えよ】

 

「ふむ、できる夫っぽくと言うとこんな感じですかね……ゲラゲラゲラッ!」

 

【これよこれ】【すげぇ……AAで何度も見たウザい笑顔だ】【これのやらない夫バージョンがすき】【そんなことよりエイトちゃんの新衣装かわいいね】【俺は元の方が好き】【ボーイッシュな美少女が見せる腋と太ももは健康に良い】【俺は安易なミニスカドレスより怪盗衣装の方がえっちだと思う】【どっちもえっちなんだよなぁ】

 

「ええ、僕はどっちの衣装にも両方の良さがあると思いますよ。僕なんか早速いい感じのイラストを描きまくっちゃいましたよ。イメージを損なう表現が大量に含まれているので皆様にはお見せできませんが。皆様には! お見せできませんが!」

 

【は?】【見せて】【調子に乗るなよ白饅頭】【最低だな。罰としてその絵は没収です】

 

「ダメです」

 

 小粋なトークを挟むとコメント欄の動きが露骨に激しくなる辺り、彼のチャンネルのフォロワーもよく訓練されていた。様式美という奴である。

 

 そんな取り留めのない雑談をダラダラと続けていたバーチャルデキルオだが、同じ話題が一周してきた頃には配信時間が二時間を過ぎていた。

 流石に舌が疲れてきたのでここらで切り上げようと、デキルオは次回の配信予定をざっくりと語った後、憎たらしい笑顔を浮かべながらオチを付けるなりマイクを切って今回の配信を終了した。

 

 祝日とは言え、月曜日の朝からよくもまあこれだけの視聴者が集まってきてくれたものである。物好きな連中だと苦笑しながらも、こういう時間が悪くないと思っている自分がいた。

 

 まるで毎日友人たちと馬鹿騒ぎしていた──学生時代に戻ったような気分になれたから。

 

 

「……時間の流れが戻ったら、か……」

 

 

 もしも失った時が戻ったらと──そう考えたことはあるかと問い掛けたエイトの言葉が、この胸にチクリと突き刺さっている。

 作中では意味深な態度で暁月炎にそう問い掛けていたものだが、その問い掛けは一視聴者に過ぎない彼の感情をも揺さぶっていた。

 

 こんな筈じゃなかった今を、やり直したいと──そう思ったことは一度や二度ではない。

 大人として多少は割り切れるようになった今でも、納得したことなど一度も無かった。

 

 そう……親友を失ったあの日なんかは、ずっと思っていたものだ。

 

 何もできなくて、自分が情けなくて……何も無い。大切なものを失ったことで彼の心は長い間ずっと虚無だったことを、数年が過ぎた今も鮮明に覚えていた。

 T.P.エイト・オリーシュア風に言えば、それが自分の「心の闇」なのだろう。

 

『幸せで、楽しい時間を過ごしていたりすると……ふとした拍子に考えてしまうことがあるよね。「このまま時が動かなければいいのに……変化なんて、何も無ければいいのになぁ」って』

 

 

 ──あははっ……馬鹿だなぁでっきーは……時間なんて、戻るわけないじゃないか。それに僕は、僕が生きてきた時間に後悔してないよ?

 

 

 

 

「──!?」

 

 

 感傷に浸りながら机の上に立て掛けていた一枚の写真を見つめていると、昨日のエイトの台詞と、今は亡き友人の言葉が脳裏で重なって聴こえてきた……ような気がした。

 思わず、乾いた笑みが溢れる。

 

「は……ははっ」

 

 写真から聴こえてきた少年のような声が幻聴であることを理解していた彼は、流石に感情移入しすぎだなと、自分で思っていた以上に「フェアリーセイバーズ∞」の世界観にのめり込んでいる自分に思わず苦笑した。

 

 そして同時に、何故自分がこうもT.P.エイト・オリーシュアというキャラクターに感情移入しているのか、その理由を理解する。

 それはやっぱり、どこか似ているからだろう。

 

 

 ──どうしたって時間は戻らないんだからさぁ……だから僕は、全力で生きたよ。君たちのおかげで、本当に楽しい人生だった。ありがとね、でっきー。

 

 

 若き命を散らせていった「彼」は、自分の過去を生涯否定することはなかった。

 そんな彼は自分の前で無様に泣き喚く自分たちを見て、困惑したように苦笑を浮かべていたものだ。

 

 彼は、そういう男だった。

 病弱で、虚弱体質だが……そう言う意味では心の強い男だったのだ。

 だがそれでも、そんな彼でも決して自分の死を受け入れていたわけではなかったのだと思う。

 

 彼は友人たち一人一人に礼を告げた後、泣きながら笑ったのだ。

 

 丁度前回のエイトのように、自分が泣いていることにすら気づいていない様子で。

 

 

「……カッコつけだからなぁ、お前は。そう考えるとやっぱり、エイトちゃんはお前がカッコいいと思う要素に溢れてるな。女の子だけど」

 

 

 立て掛けられた写真──高校の卒業式で撮った集合写真を久方ぶりに手に取りながら、感傷的に語り掛ける。

 アニメの主人公のように強くはない自分は、暁月炎のように力強い眼差しを返すことはできなかった。

 しかしそんな自分でも時間の流れが少しずつ心を癒やしてくれたのもあり、今ではこうして元気なアニメオタクになるほど立ち直ることができた。

 そんな今の自分だからこそ、想像してしまう。

 

 

「お前なら、どう感じたんだろうなぁ……エイトのセリフ」

 

 

 長時間の配信を終えた疲労感からベッドに飛び込んだ彼は、決して戻らない時を想いながら目を閉じて呟く。

 失った時は、決して元には戻らない。しかし、思い出はいつまでもこの心に残り続ける。

 

 

 だからせめて、僕はお前のことを最期まで忘れないでいよう──それが彼の、彼なりに出した答えの一つだった。

 

 

 ……と、言うのはそれこそカッコつけか。

 苦笑しながら、彼はしばしの仮眠に浸った。






 「できる夫の初恋は蒼の子♂だったようです」とか既にありそう
 いつものメンバーが暴走する青春ドタバタ物かと思いきや最後はヒロイン?と切ないお別れで締める業の深いスレになってそうです(´・ω・`)

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