TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
世界樹「サフィラ」。
フェアリーワールドの中心部に聳え立つ規格外の大樹は、木そのものが一つの島のように独自の生態系を築いている世界最大の聖域である。
天界に巡るあらゆるエネルギーはこの世界樹によってもたらされてきたものであり、死んだ天使の魂が帰還し、新たな存在として生まれ変わる場所もまた、この世界樹である。
故に、フェアリーワールドがフェアリーワールドとして存在できるのもまた、この世界樹サフィラがあればこそだった。
そんな凡そ人が踏み入れてはならない領域に、風岡翼たちの姿がある。
10ある島と変わらぬ大きさの大樹を見て、迷うことなく目的地の入り口までたどり着くことができたのはひとえにサフィラス十大天使であるビナー、ケセド、ホドが同行しているおかげだろう。
彼らを味方側に引き込むことができた時点で、ここまで遠回りしてきた旅路は無駄ではなかったと翼は思う。
『さて、この辺りだったかな?』
『うん、合っている筈』
そんな感慨に一人浸っていると、雲海から約1000mほどの高さに位置する世界樹の幹のほんの一部分を前に、ここまで先導していたビナーが立ち止まる。
一同を乗せたケセドが頷く前で、彼女はおもむろにピタリとその手のひらを幹に当てた。
『理解の大天使が帰る。道を開けよ』
そう唱えた瞬間、地響きと共に世界樹が揺れ動く。
それは、これほどの巨大さとあってはほんのミクロ程度の変化に過ぎなかったが、幹の側面が扉のように、ひとりでに開放されたのである。
それは世界樹が自分の意志で、一同を内部へ案内しようとしているようだった。
「なるほど……入り口を開けるには、大天使様の承認が必要ってわけか」
『そんなところだね。私もここにはあまり訪れたことはないけど……どうやらサフィラは、私たちのことを迎え入れてくれるらしい』
「行こう。この先にケテルがいる」
『うん。エイト様の力も感じる。二人はやっぱり、同じ場所……聖龍のところにいるみたい』
ケセド本体の力は、未だエイトの中にある。その力をここにいるケセド自身が探ることで彼女の居場所が判明したのは、この広大な世界樹のどこかから彼女の存在を探し出すに当たって最高の手掛かりと言えた。
一同は神妙な顔で頷くと、今しがた開いた入り口からサフィラの内部へと入り込んでいった。
そうして侵入した世界樹サフィラの中は、広々とした空洞のようになっていた。
いや、まるでもう一つの世界と呼んでも差し支えないだろう。大樹の中とは思えないほど開放的な空間が彼らを出迎え、視界に広がる想像以上に神秘的で、広大な景色に翼とメアが目を見開く。
「まさに、世界樹の迷宮だな……」と翼が呟くと、ビナーが苦笑を浮かべて返す。
『そうだね。ここは世界樹サフィラの成長に伴って自然に発生した、言わば迷宮のような場所だ。昔はこの場所を踏破することを聖龍の試練として、腕に覚えのある
そんな雑談に興じながらも、一同を先導し迷宮内を降下していくビナーの片翼は羽ばたきを止めない。
世界樹の迷宮攻略と言えば頂上に向かって進んでいくのが個人的なイメージとしてあるが、今回の目的は世界樹の頂上ではなく、最下層だ。
世界樹の最下層にして深淵の世界に最も近いと呼ばれている最深部──そこに、アイン・ソフの眠る「サフィラの祠」があるのだと大天使たちは語る。
アイン・ソフがあえてそのような場所で眠っているのは、深淵の世界の支配者であるアビスたちを牽制する為だと言われている。
その事実を示すように、下層に降れば降るほどかの神と思わしき神聖な気配が漂ってくるように感じた。
『む? この気配は……』
『これは……』
『……厄介なことが、起こっているのかもしれないね』
「えっ?」
『最短ルートで行くよ。急ごう』
そんな神聖な気配を感じた瞬間、ビナーたちが何故か怪訝そうな反応を見せた。
何事か訊ねるメアに対して意味深に返しながら降下スピードを速めていくビナーの姿は、やはりどこかT.P.エイト・オリーシュアと似ている。
思わせぶりな態度で重要そうな話を言わないのも、そっくりだ。
『似ていると思ってくれるのは光栄だね、ツバサ。私たちサフィラス十大天使は元々、世界樹に委ねられたダァトの力から分岐した存在なんだ。だから時々、私のようにダァトにそっくりな美貌を持つ天使が生まれたりする』
「そうだったんだ……」
「ほー」
二人の容姿が瓜二つなことには、やはりそれなりの理由があったようだ。
状況が状況でなければもう少し深掘りしたい、何とも好奇心がそそられる話だった。
しかし、今の翼の視線が向かっていたのは当のダァト──エイトの居場所である。申し訳ないが、彼女の蘊蓄は今どうしても聞き出さなければならない話ではなかった。
『……つれないなぁ』
冗談めかしながらそう呟くビナーの前で、障害物となっていた世界樹のツタや幹が自分からその場を空けて彼女の進行を受け入れていく。
本来であれば先に進もうとする者への試練として、相応に手間を掛けさせられてきたのであろう。そんな世界樹の迷宮であったが関係者であるサフィラス十大天使が味方についているだけで、タイムアタックもかくやと言わんばかりの効率で順調に突き進むことができた。
だが、これはゲームでも試練でもない。ダンジョン攻略の楽しみなど捨て置くべきだと言うのが、この場にいる全員の認識だった。
そうして味気なく、彼らは敵一人いない静かな迷宮を突破してみせた。
その間、ケテルの配下さえも邪魔に来なかったことは、常に周囲を警戒していた翼が拍子抜けするほど呆気ない展開だった。
「部下の一人も配置されていないのは、どういう魂胆だ?」
『さあてね。ここは神聖な場所だから、あえて誰も配置しなかったのかもよ? もしくは……私たちの邪魔なんて、特にする必要も無いと思ったか』
『どちらもありそうなのが、我らが王の性格だな』
『一人で頑張り過ぎちゃう人だからね……』
いずれにせよ、広すぎる迷宮以外に彼らの道を阻むものがなかったのは有り難い限りである。
そんな彼らは突き当たりまで降下していくと──遂に、世界樹の最下層へとたどり着いた。
「ここが……世界樹の最下層」
「神様の眠る場所、か……」
最下層は東京の一つぐらいならゆうに収まるであろう、入り組んでいた迷宮区よりも開けている広々とした空間だった。
大樹の中で最も下に位置する為、もちろん空は見えず周囲は幹の壁に覆われているが、水晶のように煌めく無数の鉱石が360°から天然の光源として照らしている為、イルミネーションのような明るさが内部を照らしていた。
その光景を見て、翼は「カバラの遺跡に似ているな……」と呟く。その声に反応してメアの肩に乗っていたカバラちゃんの耳がピクリと動くが、君のことではない。
エロヒムの地下に収められていた世界樹の根──それを取り巻いていた施設と、この空間が酷似していたのである。
あちらでは世界樹の根が立っていた中心部には、こちらでは世界樹の芯に当たる部位だろうか? 細く長い一本の柱が、見果てぬ先まで向かってそびえ立っている。
スケールそのものの差は桁違いではあるが、言うならばカバラの遺跡はこの場所をミニチュア化したような構造だったのかもしれない。それほどにこの場所の景色はよく似ていた。
『うん、そうだね。元々カバラの遺跡は、ここを参考に造られたものなんだ』
「……勝手に心を読まないでくださいよ」
『失礼』
地球では味わえない、相次ぐ神秘的な光景はことごとく翼の知的好奇心をくすぐってくる。しかしそれは、役目を終えた後の余生にでも浸ればいいとすぐに思考を切り替える。
翼は気を引き締め直し、降下ではなく前に進み出したビナーに続き、道を急いだ。
そうしてたどり着いたのは、無数の光る鉱石によってライトアップされた祭壇──ケテルとエイトの居場所であるサフィラの祠だった。
「──っ」
──いる。
この世界樹の中心部。
高層ビル並の大きさを持つ、ピラミッドのようなその祭壇が視界に入った瞬間から、一同は張り付くような空気を感じた。
翼たちは羽を畳んで祭壇の上に降り立つと、そこに一人待ち構えていた──否、歯牙にも掛けていない様子である後ろ姿を、油断無く見据える。
「ケテル……」
その男の名前を、息を呑んだ声でメアが呟く。
青年の姿をした十枚羽を持つ白銀の大天使は、その声を耳にしてようやく翼たちの存在に気付いたように、片目だけをチラリと向ると再び正面に視線を戻した。
その背中は実の娘に対してさえ、何の興味も示していないことがわかる。
「……っ」
そんな「王」の姿を見てメアは表情を曇らせ、翼は自身の心に苛立ちが募っていくのを感じた。
アイツは……
『一言ぐらい返してあげたらどう? かわいい娘が自分から来てくれたんだからさ』
翼が言おうとした言葉をそのまま、ビナーが皮肉げにケテルへと呼びかける。
それは彼の心を読んだわけではなく、彼女自身も王に対して苛立ちを感じているからだというのはすぐにわかった。
何故ならビナーははっきりと、エイトに似たその顔に怒りの色を浮かべていたからだ。普段は飄々としていて掴みどころのない性格をしている彼女が、露骨に心情を表している。そんな彼女の姿を見て、翼の心は逆に落ち着いていった。
……自分より怒っている者を見ると冷静になってしまう、そんな現象である。
思えばセイバーズに入って、一番不安定だった頃の暁月炎と出会ってからずっと、そんな役回りばかりだったなと振り返る。
炎がキレて長太が加熱して、翼がフォローに回る。PSYエンスとの決着がつくまで、三人は大体そんな関係だった。
しかしこの場には炎も長太もいない。
ならばこそ、翼が立つべき立場は一つだった。
「ビナー様の言う通りだな王様よ。あんたが何を考えているのかは知らないが、そっちの事情で仲間を苦しめるのはやめてくれねぇか」
「ツバサ……?」
すなわち、便乗である。
風岡翼もまた、サフィラス十大天使の王ケテルには言いたいことがたくさんあった。
もちろん自分たちの目的が喧嘩を売りに来たのではなく、その反対で和平交渉に来たのだということは理解している。
だが理解はしても、その上で下手に出られるほど今の翼は大人ではない。
冷静に、落ち着きながら、静かに彼はキレていた。そういうことである。
そんな彼の言葉に対してケテルはしばしの沈黙を返した後、淡々と告げた。
『……今苦しんでいるのは、ソレではない』
「なに? ……!?」
「あっ」
何を言いたいのかと眉をひそめるが、翼はケテルの視線の先に目を向けると、程なくしてその存在に気づく。隣から、メアが驚愕に目を見開いたのも同じ時だった。
そしてビナーは何かを堪えるように目を閉じて、静かに息を吐く。
「聖龍……アイン・ソフ」
畏敬と悲しみ、様々な感情が綯い交ぜになった声で、メアがその名を呟く。
ケテルがじっと見つめている方向──そこにあったのは、この祭壇から手前の位置に佇んでいる一本の柱だった。
それは世界樹サフィラの中枢──大樹の芯となる部位である。
その柱にもたれかかりながら、身体の大部分が埋め込まれた状態で同化している、巨大な黄金龍の姿があった。
その龍の名こそ、アイン・ソフ。
彼らセイバーズが追い求めてきたフェアリーワールドの神にして、サフィラス十大天使が崇める偉大なる聖龍であった。
凝視するまで一同が気づくのが遅れたのは、その姿があまりにも巨大すぎた上に、信じがたい光景だったからだ。
世界樹の芯と一体化しかかっている神の姿を見て、状況を理解したホドがメアの中から問い掛ける。
『……我らの神は、長くないのか?』
その問いに、ケテルは沈黙で答える。
彼の態度は語るまでもなく、肯定を意味していた。
……そう、聖龍アイン・ソフはもうほとんど死にかけている。
嫌な予感はずっとしていたんだけどね。ほら、フェアリーワールドはこんな状態なのに、神様ったらずっと音沙汰無しだったから。
だから想像はしていた事実ではあったのだ。多分、サフィラス十大天使たちも。
しかし、いざ目の前に突きつけられると翼やメアはもちろん、ビナー様たちが受けた衝撃は大きかったのだろう。地球の様子を映したビジョンとはもう一つ、二元中継で映し出していた世界樹の中の様子を一瞥しながら、僕は彼らに同情した。
お労しや、ビナー様たち。そして……ケテル。
『……幾億の時も先延ばしにされていたが、いずれ訪れる日が来たということだ。神であるアイン・ソフとて、永遠ではないのだから』
……そうだね。
僕にも色々と物申したいことはあるが、神様と一番付き合いの長かった彼女にそう言われてしまうとどうしようもない。
あーあ……一度話してみたかったなぁ……聖龍様。合掌。
「……姉さん以外で聖龍の死期を知っていたのは、ケテルだけだったんだろう?」
『そうだ。故に、ケテルは選択した。自らが、聖龍に代わる神となることを……』
神という最上位のポストが空席になってしまったら、誰が後任を務めるかという話である。
まあ順当に考えれば、サフィラス十大天使の王であるケテルがその座に就くのが道理だろう。実際、大戦以来実質的に神様の仕事を全うしていたのは彼だったわけだしね。
しかし、それを容認できない者がいた。
おそらくはフェアリーワールドでただ一人、彼の神様就任を喜ばない者が。
それこそが、彼女である。
そうだろう? カロン様。
『……ケテルはこれ以上、頑張らなくていい。そう思ったのだ。故に私は、汝を調律者として利用した。ダァトの魂を受け継いだ人の子を』
……と、言うわけだ。
このくだりもあっちの世界ではアニメになっているのか知らないが、真相が明らかになった後もカロン様アンチ系SSは流行ってほしくないなと思う。
もちろん、僕もね。これ、僕の正体の考察とか酷いことになってそう……いいぞ、どんどんやれ。オリ主は常に混沌属性、カオスエイトちゃんである。混沌って言葉、強そうでカッコいいよね。
苦笑を浮かべながら僕は、脳内に探偵が犯人を問い詰める時のBGMを脳内に流しながら語り掛けた。
そんな僕の言葉に、カロン様は……女神様になろうとしている女神様っぽい人は語った──。