TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】   作:GT(EW版)

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ラスボスに悲しき過去……

『残り幾許もない命だ。聖龍アイン・ソフは……やがてサフィラと一体化し、この世を去る』

 

 大天使の王が、衝撃的な事実を淡々と告げる。

 これほどの事態が起こってなお眠り続けている神に対して、よもやと不審に思う感情はあった。

 ある程度予想していた上で、誰もがその可能性を考えないようにしていた。

 このフェアリーワールドを訪れた当初の目的である、聖龍アイン・ソフとの謁見──その計画が、初めから頓挫していたのだと認めたくなかったから。

 

 それも、聖龍の寿命が理由だと言うのなら人間どころか大天使たちにさえどうすることもできなかった。

 

 ケテルは語る。

 アイン・ソフはこれまで大半の時間を眠りに費やすことで辛うじて生き永らえていたが、その肉体の維持に限界が訪れているのだと。

 まさに今、深淵のクリファたちが続々と目覚め始めているのも、理由の一つには神の死期が迫っていることで世界全体が不安定になっているということがあった。

 そしてアイン・ソフがその生涯を終え、世界樹のもとへ生命を還した時、フェアリーワールドにはかつての大戦と同じか、それ以上の危機が訪れることになると──予言めいた言葉で、ケテルが語った。

 

『なら、尚のこと。今は人間の世界と敵対するべきじゃない』

 

 現在のアイン・ソフの状態を知った上で、ビナーが彼の方針に対し異議を唱える。

 神がいなくなり、再びこの世界にアビスの時代が訪れようとしている今だからこそ、フェアリーワールドと人間世界は互いに協力し合う必要があるのだ。

 事情を知れば知るほど、やはり二つの世界が争っている場合に思えなかった。

 

『母なるダァトもそれを望んでいる。だから、ケテルも……』

『…………』

「っ」

 

 ダァト──ビナーが敬愛するその名を口にした瞬間、ケテルから発せられる空気が明らかに変わったのを感じた。

 冷徹な彼が大きな反応を示すほどに、その言葉がよほど癪に障ったのだろう。

 

『ビナー、余の前でダァトを語るなと……かつて余はそう教えた筈だ』

『うん、よーく覚えているよ。キツくお灸を据えられたからね……その代償が、この羽だもの』

 

 かつて目の前の王によって消し炭にさせられた片翼をひらひらと見せびらかすように広げながら、ビナーがせせら笑う。

 当のダァト──T.P.エイト・オリーシュアにそっくりな顔で彼女が見つめると、彼女は挑発的な態度で続けた。

 

『なんなら、今度はこっちの羽も捥いでみるかい? 貴方が望むのなら、私は構わないよ。それに、羽を全部失えば私もダァトとお揃いだ。私は理解の大天使だからね。これでも私は、ダァトの気持ちも貴方の気持ちも理解しているつもりだよ?』

『……ならば、その名はお前に相応しくないな。お前は、何も理解していない』

『さて、どっちかな? 貴方の方こそ長生きしすぎて曇っているんじゃないかい? ……いい加減、楽になりなよ』

 

 ケテルに対して不敵に笑うその顔は、理解の大天使の名に相応しい威厳を発している。いっそ妖艶ささえ感じる表情は、このような状況でありながら翼が一瞬目を奪われそうになったほどだ。

 

 ……探偵としての直感が、そんな彼女が抱えているケテルへの感情を察したのもその時である。

 

「ビナー様、あんた……」

『ツバサ。君が何を察しているのかは知らないけど、私は今王様に逆らいに来たんだ。その気持ちに偽りはない』

「……頼もしいことで」

 

 凛とした眼でケテルの姿を見据える彼女の顔に、翼は追及を止めて再び前を向く。

 そんな彼女の視線を受けて、ケテルが初めて振り向きその目を聖龍から移した。

 

『このフェアリーワールドは、亡霊(ダァト)の為に存在しているのではない。余は聖龍に代わる神として、人間という存在がこの世界にとって危険な存在だと判断したまでだ』

「あんたは、人間のことを恐れているのか?」

『かつて聖龍アイン・ソフは、お前たちと共存する未来に希望を抱き、人間世界にダァトの力を振り撒いた。しかし、多くの人間はその力を有用に扱うことができず……ある者は力に溺れ、ある者は過ぎた力に振り回されるばかりだった。真の意味でダァトの力を受け入れることができた人間など、お前たちセイバーズを含めてさえどこにもいない』

 

 その言葉は恐れというよりも、失望の色が濃いと感じるものだった。

 怒りや悲しみさえも感じていないかのように、感情の無い虚無的な響きが胸に刺さる。

 

『聖龍とダァトの判断は間違いだった……という意味では、聖龍を止められなかった余にも非はあったのだろう。人間に力など、与えるべきではなかった』

「っ、言ってくれるじゃねぇか」

 

 アビスの脅威を乗り越える為にも今は人間と協力するべきだと語るビナーに対して、彼は徹底的に拒絶を返す。

 彼自身も異能社会になって以降の人間世界の様子をよく見てきたかのような口ぶりであり、その実情を誰よりも理解している翼にとっては耳の痛い話だった。

 

 かつて聖龍によってもたらされた異能の力は、確かに彼ら人類を一つ上のステージに押し上げるだけの可能性をもたらした。しかし、彼の望み通りの成長を人類全体ができるかと言えば……それは現実的な話ではないだろうと感じている。

 誰も彼もが完璧な人間になれるわけではないのだ。それが数百年後、数千年後になろうとも……おそらく人間世界全体がこの問題を解決することはできないのだろう。

 

 しかし。

 

 

「みんな……同じだよ、ケテル」

 

 

 反論しようとした翼の前で、一歩前に出てそう言ったのは、メアだった。

 たどたどしくもケテル──実の父親に対して語るその後ろ姿が、翼の目にはふと一瞬だけT.P.エイト・オリーシュアの雰囲気と重なって見えた。

 それぞれの視線を集めた中で、彼女はすぅっと息を吐き、自らの思いを語る。

 

「メアは……人間が好き。ケセドやホド、聖獣たちみんなのことも、とても大好き」

『メア……』

 

 心も感情も無く、ただ死ぬ為に生まれてきたメアは聖獣でも人間でもないのかもしれない。

 しかし、そんなメアも確かに存在を得た。人の世界の中で心を持つようになり、大好きなみんなと同じように泣いたり、笑ったりすることができるようになった。

 それは、メアという存在が生きているということなのだと。

 夢でも幻でもなく、ここにいるということ。

 だから自分はもう、悪人の為に使われる道具でも、ケテルに捧げる為の贄でもないのだと──メアは万感の思いで言い切った。

 

 そして──

 

 

「だから……みんな一緒に、仲良くできる筈。だって、人間の世界も、この世界も……メアから見たら、とても似ているから。どっちの世界にも、優しい人たちがたくさんいる」

『……それが、お前の見つけた答えか』

「うん……メアは二つの世界が、どっちも好き。だから貴方を説得する。どんな手を、使ってでも」

『……愚かな娘だ。奴に似て』

 

 

 八枚の羽を広げて内包する栄光の大天使ホドの力を解放しながら、その手に光の槍を召喚したメアが戦闘態勢に入る。

 難しい言い回しになってしまったが、おそらく彼女が伝えたかったのはそういうことなのだろう。人間の世界も聖獣の世界も、どちらも好きだから傷つけたくない。

 だから、人間の世界を傷つけようとするケテルの企みを止めるのだと──メアの気持ちはそういうことだった。

 

「眩しいねぇ……」

『だけど、嫌いじゃないな私は』

「……そうだな」

 

 小さな背中に覚悟を決めすぎだと苦笑しながら、翼は疾風のフェアリーバーストを発動しその手に銃を構える。

 

 この子をこのような性格にしてしまったのは、間違いなく暁月炎の影響だろう。

 今度会ったら少し、彼に釘を刺しておいた方が良いのかもしれない。既に遅いかもしれないが、翼には彼女が将来必要とあらば力尽くのパワープレイも辞さない強引な女性になることを少し心配していた。

 

 ……だから、戻ってこい炎。

 

 

「──そういうことだ。あんたが俺たちを信用できないのも無理はねぇが、俺たちにもあんたには言いたいことが山ほどある。……いや、今は二つ先に言わせてもらうか」

 

 

 彼女にここまで言わせたのだ。

 翼としてはどのような結果になろうとも、自分がここに来た目的を最後までやり遂げる気持ちだった。

 数の面ではこちらの方が有利だが、ケテルを相手に勝算があるかと言うと、はっきり言ってかなり厳しい。

 同じサフィラス十大天使が味方についてなお、エロヒムで見た王の力は強さのレベルが違うように感じたからだ。

 

 だが……今ここにいる俺たちでやるしかない。

 彼が人間に対して失望しているのなら、今ここで刻みつけてやるまでだ。聖龍とダァト──T.P.エイト・オリーシュアが信じた可能性という奴を。

 

 

「一つ、メアに謝れ」

 

 

 己を鼓舞する意味も含めて、あえて強気な態度で言い放つ。

 

 

「そしてもう一つ……エイトを返してもらおうか」

 

 

 聖龍アイン・ソフの事情を知ったことで状況はより混沌としてきたが、結局のところ翼たちの望みはシンプルである。

 現時点でのフェアリーワールドの最高指導者であるケテルを説得し、その考えを改めさせる。

 しかし、その為に自分たちがするべき行動は自分たちが下の立場だからと伏して拝むことではないことを翼は察していた。

 だからこそ翼は、無礼は承知の上で正面から要求を突きつけた。

 しかしその言葉は、当然のように拒絶される。

 

『できぬ申し出だ。メアの存在意義は余に命を捧げることであり、お前たちがエイトと呼ぶ天使は元々こちら側の存在だ』

「それでも」

 

 わかっていても、後に引くことはできない。

 欲しいものを手に入れる為には、今は前に進むしかないのだと己を鼓舞して、強く言い放つ。

 

「それでも……アイツは俺たちの前では一度もダァトと名乗らなかった。確かにダァトって天使はあんたの仲間なんだろうが……T.P.エイト・オリーシュアという女は今、俺たちの協力者なんだ。なら引き下がれるわけねぇだろうが!」

『都合の良い、勝手な言い分だな』

 

 ごもっともだ、とは自分でも思う。

 我ながら理よりも感情を優先しすぎだと感じているが、今の翼は自分で思っていた以上に自らの心をコントロールできていないらしい。

 そんな自らの感情を見つめ直し、思わず苦笑する。

 

 

 ……ああ、そうか。俺は……

 

 

 そこまで考えて、ようやく気づいた。

 自分が今、因縁深きカイツールの分体と戦っていた時と同じか、それ以上にキレていること。

 

 そして、自分の傍から彼女が──T.P.エイト・オリーシュアが離れていくことを、ラファエルが死んだあの時を思い出すほどに恐れているのだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、こんな感じで翼たちとケテルは戦いを始めてしまった。

 

 

 しかし、力の差は正直かなり厳しいものがある。今のエイトちゃんには彼らの力量差がわかってしまうのだ。

 その上ケテルには目を合わせただけで相手の動きを止めてしまう「王の威圧」という反則的な能力がある為、ただでさえ実力に差がある上にメアも翼も視覚に頼ることができないという大きなハンディまで背負っている。

 メアちゃんは中にいるホドが彼女の目の代わりになり、翼は風の揺らぎから相手の行動を読むという風使いの極地みたいな技能でそれぞれ対応してはいるが、それでケテルの能力を攻略したとは言い難い。

 

 唯一ビナー様だけはダァトの特徴を多めに受け継いでいるからなのか、威圧に対する耐性を持っているようだが……あの三人が束になってもなお、ケテルには攻撃一つ当てることができていなかった。

 

 

 うん、僕もかなりビビっている。うわっ、王様強すぎ……

 

 

「原作のケテル、邪神になる前の方が強かった説」がいよいよ現実味を帯びてきたようだ。

 あらら……万全な状態のケテルってこんなに強いんだねって、僕の中にいるダァトまで一緒になって驚くぐらい、今のケテルは強さのレベルが違う圧倒的な戦闘能力を三人に見せつけていた。

 

 

『かつて己の無力さを呪った大天使の王は、誰よりも自分自身を赦すことができなかった。今のあの子の力は全て、これまであの子が体験してきた忌まわしき過去によって培われたものなのだろう……』

 

 

 ケテルの強さの秘密を語らねばなるまい……と、僕の横で悲しそうな顔を浮かべながらカロン様が解説してくる。

 

 ……ふむ、なるほどね。

 

 わかるよ。

 ダァトを深淵の世界に一人で送り出すことしかできなかったことが、悔しくて仕方がなかったんだよね……

 

 だから彼は、誰よりも強い完璧な王様となる為に、ただ一人だけ転生することもせず長い時間を王として生き続けた。

 そして今のハイパームテキラスボスの姿があると。

 ラスボスの強さの秘密が悲しい過去……にあったりするのは実に王道的だが、それ故に有無も言わせない説得力があった。

 彼みたいに、本当に悲しいのはやめてほしいんだけどね。しかも思いっきり僕が、ダァトがその根幹に関わってしまっているのだから茶化すこともできない。

 

 うわっ、ビナー様のテレポーテーション射撃に素で反応してるよ王様……えっ、素手で矢を掴んで翼に投げ当ててくんの怖っ……やめて、メアちゃんの頭掴んで天井にガリガリしないで! 

 

 地球の炎vsカイツールが安心して見ていられるようになったのと対照的に、二元中継で映し出した彼らの戦いの様子は僕の心をヒヤヒヤとさせる危なっかしいものとなっていた。

 それはもう、思わずカロン様への追及を中断してしまうぐらいに。やりすぎだよあのラスボス……

 

 

 ──だけど、今一番悲しんでいるのは僕の中にいるもう一人のボクの心だった。

 

 

 ダァトは僕の中で、悲しそうな目で彼のことを見ている。

 メアちゃんたちが傷つけられていく戦いの様子に対してもそうだけど、何より辛そうだったのは、そうやって今大暴れしている張本人──ケテルのことを思いやっているからであった。

 でも大丈夫だよ、ダァト。

 既にこの世界はハッピーエンドが約束されている。そうとも、原作主人公とオリ主がいる限り! 

 

 

「そう……キミの……キミたちの目的は同じ筈だったんだ。人間とフェアリーワールド、両方の世界から今度こそ完全に、破滅の種を取り除く──ボクを「調律者」として生まれ変わらせたのも、その為だったんだろう? カロン様」

 

 

 もしかしたら本当は、ここまで拗れるような話ではなかったのかもしれない。

 でもそれは弊害だったのだろう。この世界にダァト(ボク)が生まれてしまったことの。

 

 個人的にはあまり好きではないんだけどね……オリ主がいることで、反ご都合主義的に原作の物語がマイナス方面に向かっていくストーリーっていうのは。

 

 

 


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