TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
『真実を知った今の汝は、どうなっている……?』
「うーん……溶け合っているようで、二つの感情も抱えているみたいな? なんて言うか不思議な状態だね。少しだけ違和感はあるけど、これはこれで結構気持ちいいんだ」
『そうか……』
だから二重人格の悲哀的な心配は無いよ、と伝えておくと、カロン姉さんは複雑そうな顔を浮かべていた。
実際、心配されるような状態ではないのだ。今の僕は欠けていたパーツが埋まって完全体になったようなものなので、今までよりも僕の中ではしっくり来る感覚があった。
フェアリーバーストを発動したことで、天使化が進んでいるのかもしれないね。しかし今までの僕が無くなったわけではないので、僕は僕だと自信を持って言える。
寧ろ、僕としてはカロン姉さんの方が心配だった。未来視によって幾つも破滅の未来を見てきたことは、いかに大天使とは言え大いに精神を摩耗させてきた筈だ。その気持ちを共有できたのも、ダァトと聖龍、ケテルぐらいなものだったろうしお辛い境遇である。
彼女の未来視が非常に高い精度を持っていることは、ダァトがよく覚えている。昔のアビス・ゼロ及び深淵のクリファたちとの大戦でも、彼女の能力にはかなり助けられたみたいだしね。
……こうしてみると今の僕って、アニメで言えば原作者しか知り得ない裏設定を知り尽くしているような知識量だよね。原作知識までチートで手に入れるとかすげぇぜ僕! さす僕である。
『私が見たのは分岐した数多の未来……汝の調律により破滅の回避は順調に進んでいるが、今が正念場だ』
……順調、ね。
確かに大きな範囲で物を見ればその通りなのだろうが、僕的にはあまり納得いかない感じである。
善良なみんながこうしてケテルにやられていくのが、果たして本当に未来の為に必要なことなのかなぁって。
未来知識を持っている転生オリ主がハッピーエンドの為に目の前の被害や犠牲をスルーしていく展開とか、理解はできるんだけどなんか釈然としないものがあるのだ。人命が関わっている状況になると、流石にね。そういうのは僕もあんまり楽しくないので、どちらかと言うとやっぱり苦手だ。
『心配は無用だ。じきに、救世主を送り込む』
サフィラの様子から人間世界の様子に目を移し、カロン姉さんがそう語ると事態は動いた。
救世主──我らが主人公暁月炎の活躍によって、人間世界サイドの決着がついたのだ。
インフィニティーバーストの力を存分に振るった炎がカイツールを討ち滅ぼし、ダァトの姿を半端に模したその姿がドロドロと崩れ去っていく。……なんかやだなアレ。
その際、身の毛のよだつような怨嗟の叫びを上げたかと思えばケタケタと笑い始めたカイツールは、まるで消えゆく瞬間に何か面白いものを見つけたかのようにねっとりと告げた。
『ワレがホロビようと、ヤミはフメツだ。ジゲンのカナタよりヌシがカエるトキ……セカイはアるべきスガタをトりモドす……!』
「!?」
意味深にアビス・ゼロの存在を仄めかしながら、カイツールはいかにもラスボス登場前の前座みたいな捨て台詞を残していく。うむ、悪役の鑑である。
もちろんアビスの言語なのでそれを聞いていた炎やティファレトたちにはまるで伝わっていなかったが、ただならぬ様子から一同は不穏さを感じ取ったようだ。
そして、次の瞬間──カイツールは消滅間際に最後の足掻きとして大爆発を起こしていく。
そんな彼が消滅した後には……空間に刻みつけられたサーキットのような巨大な穴が、空に広がっていた。
「あれは……ゲート……!?」
そう、人間の世界から異世界へと続く異次元の扉、ゲートである。
カイツールが残していったそれはフェアリーワールドにつながっているものなのかと疑ったが、確認の為に入ろうとした結果弾き出されたイェソドがそれを否定する。
これは今まで両世界に発生したゲートとは根本的に違い、フェアリーワールドとも人間世界とも異なる、全く未知の領域につながっているものだと……彼は語った。
王ケテルなら何か知っているかもしれないが、サフィラス十大天使である彼らにとっても未知の事象だった。
……はい、僕も何が起きているのかよくわからないので解説お願いします、姉さん!
アイコンタクトでそう訊ねてみると、久しぶりに妹に頼られたのが嬉しかったのかちょっとだけ声を弾ませながらカロン姉さんが答えた。
『アレは、次元の彼方に続く入り口だ。かつて聖龍により放逐されたアビス・ゼロは、あの先にいる……』
なるほど……要するに、裏ボスが眠る裏ダンジョンという奴だね。
カイツールは消滅する最後っ屁に、自らを生け贄にアビス・ゼロへの道を拓いたというわけか。
一秒でも早く、彼がこの世界に帰ってこれるように……最後の最後まで、迷惑な奴だったわ。僕が直接ビンタしてやりたかったぐらいに。
『今、シェリダーも同様の動きをしている』
えっ、マジ?
うわっ、本当だ。確認の為フェアリーワールドのもう一つの戦いの様子を三元中継でビジョンに映し出してみると、そこではなんとも予想外な光景が広がっていた。
長太たちから逃走していた深淵のクリファ「シェリダー」が、カイツールの消滅から程なくして爆発したのである!
それはもう、何の脈絡も無く。盛大に。突然の死っ!
確かに彼を追っていたのはサフィラス十大天使最強クラスのコクマーに、彼の天敵となりうるフェアリーバーストの力動長太だ。そこにゲブラーとマルクトもいて、おまけに異変に気づいて空から飛来してきたネツァク様まで合流してきた。
久しぶりの再登場となったネツァク様だが、逃げるシェリダーの先に颯爽と回り込み、これまた久しぶりのハニエルさんを伴って駆けつけると先陣を切ってライダーキックをかまし参上してきた。
その勇姿には思わず「ヒュー!」と歓声を上げてしまったものである。やっぱあの人だけ画風が違うぜ!
そんな頼もしい援軍を始め巨大な戦力が一ヶ所に集まったものだから、僕は炎たちやメアちゃんたちほど彼らのことは心配していなかった。
戦いは数だよというのもあるけど、シェリダーは既に手負いでバリアーを失っていたからね。もちろんそれでも安心はできなかったが、彼らが負ける可能性は低いと思っていた。
だからこそ、ケテルも世界樹にいるのだろうしね。
そんな展開での、シェリダーの自爆である。
確かに形勢は彼にとって不利ではあったが、まだ余力のある状態でいきなり自爆を決行してくるのは彼の性格から考えても不可解な展開であり、異様な光景だった。予測していた死闘が起こることはなく、ネツァク様も『そりゃないぜHAHAHA……』とおったまげだ。
その際、戦闘スタイル故にシェリダーと一番近い位置にいたマルクトが爆発に巻き込まれそうになったのには一瞬ヒヤッとしたが、寸でのところで長太のアイスシールドが間に合い事なきを得た。
そうしてマルクトを守った長太は「これで借りは返したぜ!」とイケメンなセリフを吐き、マルクトの方はと言うといつも通り強気な態度を返すかと思いきや、意外にも『……あ、ありがと……』と、感謝の言葉をしおらしく返していた。これには長太も「お、おう……」とたじろぐ。その時のマルクト様ちゃん、控えめに言ってくっそ可愛いかったから仕方ないね。
しかし君ら、僕がいない間に随分仲良くなったねと……第一印象最悪の出会い方をした二人が中々いいコンビになっている様子にほっこりする。
贅沢を言えば助け出す際にはお姫様抱っこでもやってみればいい感じの絵面になったのではないかと思ったが、二人はそういうタイプとはちょっと違う気もするのでこれもヨシとしよう。
だけど、いいよね……大柄筋肉男子と小柄ツンデレ女子の組み合わせって。
なんかこう、お互いにビジュアルの良さが引き立つと言うか!
そう思いながら二人のやりとりにうんうんと頷いていた僕に向かって、カロン姉さんが今しがたシェリダーがとった奇行の意味を説明する。
『カイツールは自らの力を捧げ、人間世界にアビス・ゼロを繋ぐ道を拓いた。シェリダーもまた、同様のゲートをフェアリーワールドに開いたのだ』
……ふむ、なるほど。
その言葉通り、シェリダー爆散の後には確かにカイツールが消滅間際に残していったのと同じ漆黒の穴が──異界に続くゲートの姿があった。
まだまだ暴れ回る余力があったにも拘わらず早々に自爆していったシェリダーの行動に一同は困惑していたが、カロン姉さんの話によれば、彼ら深淵のクリファはこちらが思っていた以上に狡猾で合理的な考えをしていたようだ。
アビスの性質上、聖獣の力では何度倒そうとも時間を掛ければ転生という形で蘇ってしまう。
そんなシェリダーだが、おそらく「暁月炎」という天敵の存在をカイツール経由か何かで知ったことで方針を転換し、今ここで自分が大天使たちを相手にするよりも第一に、アビスの祖たるアビス・ゼロの早期帰還を優先したのだろう。
アビス・ゼロさえこの世界に戻ってくれば、自分を含むクリファたちもすぐに蘇ることができるから。
人間の力で完全に滅ぼされてしまったアディシェスやカイツールの復活は無理だが、深淵の世界で今も転生の時を待っている同胞たちは一斉に力を取り戻す。
何故なら彼ら深淵のクリファにとって、アビス・ゼロは魔王。
アビスが狼男だとすれば、アビス・ゼロは満月のようなものだ。存在するだけで、彼らに無限の力を与えてくれる。
原初の闇たるアビス・ゼロのことを、知性派のクリファは神として信奉しているのかもしれない。
長年積み重なった憎しみという激情を抱えているシェリダーだが、カイツールの死を受けた現状の最善手を理解する程度には冷静だったようだ。
しかし……彼らの性質的に、自爆ってどうなんだろうね?
アディシェスやカイツールのように異能使い特有の力で殺されたわけじゃないからいずれ復活するとは思うのだが、何となく前よりパワーアップすることはできないような気はする。
それができたら、彼らも自分たちが無敵になるまで自爆による転生のループしていただろうからね。
まあそれを抜きにしても今後炎と鉢合わせたクリファたちが彼に倒される前に自爆で逃げるような手を使ってきたらと思うとげんなりするが、カイツールが完全に滅ぼされているところを見るに瀕死の状態で自爆しても転生はできなさそうなのは安心材料だった。
相手の除去効果を自爆で逃げる……まるで不死鳥みたいな気持ち悪い動きである。
「クリファのみんなが、アディシェスぐらい素直な子なら良かったんだけどね……」
『……素直なのか……』
倒される時は素直に倒されてくれたし、分類的には素直な子という扱いでいいだろう。何かの間違いで擬人化幼女としてでも生まれ変わってくれたら僕だって過去のことは水に流して可愛がりたいと思うぐらいには、彼の末路にはなんか切ない感情を抱いていた。
多分その気持ちはダァトによる部分が多いのだろうけど……それでもね。
逆を言うとカイツールみたいに、変に頭の回る子は苦手なのだよ。だって怖いじゃん。
『……汝が幼子に優しい理由を、知れて良かった』
……そうなの? そうかなぁ……? それはどうなんだろうか。いや確かに素直で小さい子は好きだけど。
まあ、そんなことよりあのゲートだ。
カイツールが開いたゲートとシェリダーが開いたゲート。「O」のサーキットを描いた二つのゲートは次元の海から見ると丁度背中合わせの位置に浮かんでおり、まるで両世界を「∞」の字で結んでいるような形をしていた。
それは二つで一つのゲートであることを意味しており、二人のクリファが生み出した∞字のゲートは次元の彼方で眠っているアビス・ゼロを二つの世界に招き入れる為の玄関口となっていた。
最後の最後まで、くっそ迷惑な連中だったね。
特にカイツールは荒らし、嫌がらせ、混乱の元である。
そして彼らのゲートが完成した瞬間、カロン姉さんが動いた。
まるで、この時が訪れるのを最初から知っていて、ずっと待ち構えていたように僕のもとから踵を返したのである。
僕はその背中を呼び止める為に、一呼吸置いて声を掛けた。
「行くの?」
カロン姉さんは答える。
ケテルのように淡々と、感情を押し殺したような声で。
『……アビス・ゼロの帰還を阻止する為には、先んじてこちらから接触する必要がある。しかし、彼の居場所に至る道を拓くことができるのは深淵のクリファをおいて他にいなかった。故に、彼らがゲートを完成させるまで静観する必要があったのだ』
「ゲートを完成させなければアビス・ゼロの帰還は阻止できたじゃん……ってことは、ないんだよね?」
『……そうだ。彼らが入り口を開かずとも、いずれアビス・ゼロは帰還する。自らの力で、次元の海を破壊し尽くしながら』
「そして世界は破滅するっていうシナリオか……」
クソみたいなシナリオである。
しかし、納得する。
僕が怪盗ノート──知識の書を返した時点でカロン姉さんはいつでも受肉してここから出ていくことができたのに、ここまでこのサフィラの領域に待機していたのはそれが理由だったんだね。
まっ、おかげ様でこうして彼女とまた話すことができたのだから、その点は感謝である。
彼らがゲートを開いたことでアビス・ゼロの帰還は早まったが、同時に破滅の未来が訪れるよりも早く彼と接触するチャンスを得ることができた。
それをカロン姉さんは、ずっと待っていたのだ。
彼女の目的は一つ──次元の彼方で眠るアビス・ゼロを、帰還前に再封印することなのだから。
それをしたら自分も、二度と帰ってこれないことをわかっていてね。
彼女が望む最高のシナリオとは誰にも知られることなく終結するたった一人の最終決戦という奴だった。
『かつては汝が……ダァトがしてきたことだ。この役目は、ケテルに任せることはできない。無論、汝にも』
受肉した自分ならアビス・ゼロを帰還前に止められると、彼女は未来を視て知っているのだろう。
彼女の狙い通りT.P.エイト・オリーシュアというカッコいいオリ主の完璧な活躍によって、本来定まっていた筈の未来はしっちゃかめっちゃかになり、おかげで彼女にとってのトゥルーエンドが見つかったのである。
自分一人の犠牲で全ての人が助かる──そんな未来を。
そんな未来を理解して、僕は率直な意見を言った。
「ボクはそれ、イヤだな」
『…………』
今、わかったような気がする。
ケテルが彼女のことを嫌っている理由は、多分ダァトのことはあまり関係ない。
ここまで来てようやく彼女の目的と、それにたどり着く為の手段を知った僕は、彼の心情を理解して思わず溜め息を吐いた。
僕の言葉に彼女は目を丸くするが……いかんでしょ、姉さん。
メアリー・スーをやっていいのはオリ主である僕だけだ。
作者さん自身が邪魔するんじゃないよ。
「ボクはキミのこと大好きだけど、その行動は許さない」
嫌な予感はずっとしていたけど、こうして答え合わせして案の定な結果になるとやっぱりショックだ。
自分だけを犠牲に世界を救って、誰にもその事実が知られることもなく大団円。そういう展開って物語としては儚くも美しいところがあるけど……大切な人にやられると、流石の僕もムッと来る。
みんなもこんな気持ちだったのかな? そう思うと今の僕に言えた話ではない。
言えた話ではないんだけど、やっぱり言わずにはいられなかった。
『エイト……』
「ごめんね、姉さん。ダァトなら止めなかったんだろうけど、ボクはキミを止めるよ。だから……最初で最後の、姉妹喧嘩をしよう」
そう言って僕は、右手に闇の剣を展開する。
ダァトと会って真実を知ってからずっと、こうなることを予想していた。
だから僕は、炎との戦いが終わった後もフェアリーバーストの状態を解除しなかったのだ。
戦う意思を鎮めない為にね。
『汝は……私を止める気か?』
「うん。だってボクは天使のダァトではなく、怪盗のT.P.エイト・オリーシュアだからね。キミの描いた未来は、ボクが頂戴する!」
表の物語の裏で、一番の功労者が誰にも知られることもなく裏ボスと差し違えて死んでいく……カロン姉さんがやろうとしているその展開は僕からしてみれば解釈違いもいいところなので、力尽くでも止めさせてもらう。嫌とは言わせないよ、だって好きに動いていいって言ってくれたのはキミだし。
『……そうだな』
だから……そっちは任せたよ、
ラスボス戦の二元展開である。
僕は再びカロン姉さんの力で転移し、ケテルの前に姿を現すことになった主人公の姿をビジョンに一瞥し、クールに笑った。