TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
カイツールは滅びた。
聖獣と人間、二つの世界を混乱に陥れた此度の騒動の元凶とも言える存在を討ち果たしたことは、サフィラス十大天使にとって人間たちへの認識を大きく改める転機となった。
それは、カイツールだけではない。アビスの進撃に対して力を合わせ、お互いに助け合いながら懸命に抵抗する人々の姿もそうだ。
セイバーズを始め勇気ある人間たちの存在は天使たちにとって喜ばしいものであり、遂には聖龍アイン・ソフが予見した真のフェアリーバースト──インフィニティーバーストを目の当たりにした。
奇しくも人間の可能性をその目で見ることができたことで、彼ら自身もその力に助けられたことも影響し、イェソドとティファレトは既に人間への敵対心を薄れさせていた。
人間は一概に悪と断定できるものではないと……伝え聞いた知識と照らし合わせて、今一度認識を改めるべきだと感じたのだ。
王ではなく、彼ら自身の意思で。
『我々もまた、変わるべき時が来たのかもしれないな……』
『……そうね』
少なくともあの二人の行く末を見守ってやりたいと思うぐらいには、人間に対して情が湧いてしまったのは確かだった。
戦いが終わり、生還を喜びながら抱き合う若者たちの姿を見てイェソドが目を細めると、そんな彼の態度にティファレトが嘆息する。
『まさか、貴方が真っ先に絆されていたとは思わなかったわ』
『……何のことだ?』
死闘の爪痕が痛々しく刻まれた町の中、空を見上げればそこにはカイツールが散り間際に遺していった得体の知れない大穴が空いており、未だ両世界には不穏な影が絶えない。
だがそれでも、今ならどんな未来も乗り越えていけるような気がした。
その希望を抱かせてくれたのが王が失望しているこの世界の人間たちだったというのは、何とも報告し難い事実であったが。
そんな複雑な胸中で移した二人の大天使の視線の先では、カイツール討伐の最大の功労者である暁月炎が覚悟の眼差しを浮かべていた。
彼が今その腕に抱き締めているのは、最愛の女性である光井灯の姿だ。
かつてない怪物に挑んだ今回の戦いでは、いつにも増して心配を掛けてしまったようだ。普段気丈な彼女が、泣き腫らした顔で胸に飛び込んできたのがその証拠である。
……そんな彼女の姿は、炎が告げようとした言葉を言い淀んでしまうほどに、酷く罪悪感を抱かせた。
思えば戦うことに慣れすぎて、知らず知らずの内に残される側の気持ちを軽視していたのかもしれない。
彼女の背中を不器用な手で慎重に撫でながら、炎は自らの軽率さを猛省する。
だがそれでも、伝えなくてはならないのだ。
自分が為すべきことを、果たす為に。
「また、行くんでしょ?」
「……ああ」
長い付き合いだ。彼女には、全てお見通しだったようだ。
自分が言いにくい言葉を代わりに言ってもらったようで、余計に申し訳なくなる。
炎は心の中で自らを叱責しながら、自分自身を奮い立たせるように告げた。
「俺たちの戦いはまだ何も、終わっていないからな」
カイツールを倒したのも、あくまで通過点に過ぎない。
暁月炎の戦いはまだ終わっていないのだ。
全ての問題を解決してメアたちを、仲間を連れてこの世界に帰ってくるまで──セイバーズの物語は終わりではない。
だから……
「お前やみんなに何度も助けられて、俺はここにいられるんだとわかった……だから俺は、みんなを守る。それが俺の、戦う理由だ」
フェアリーワールドに舞い戻り、決着をつけに行く。その決意に揺らぎは無かった。
自分自身の気持ちを理解した暁月炎は、名残惜しくも彼女の元から手を離す。そしてお互いにその目を見つめ合い、しばしの間を置いて微笑み合う。
余計な言葉はもう、要らなかった。
「行ってらっしゃい……私のヒーロー」
彼の想いを受け取った灯が、気丈な笑みを浮かべながらコツンと炎の胸に握り拳を突き付ける。
そんな彼女の激励を受けて、救世主は再び舞い戻った。
炎の意思に呼応するように、彼の身体を淡い光が包み込んだのである。
それが誰による力なのか……炎には何となく、わかる気がした。
──そっちは任せたよ、エン!
光に包まれながら一瞬、少女の声が頭に響く。
フッと小さな笑みを溢しながら、炎は静かに目を閉じてその光に身を委ねた。
「ああ……俺に任せろ!」
光井灯ともう一人、心優しき大天使の声に力強く応じ、救世主は目を開く。
──そこは、戦闘の真っ只中。
目を開けると彼の姿は再びフェアリーワールド──仲間たちのいる、世界樹サフィラの中にあった。
おう、任せたぜ。強敵との連戦でしんどいだろうけど、マジで頼むよ主人公。ここが正念場だ。
しかしカイツール戦で傷ついた身体は気を利かせたティファレトが聖術で癒してくれたようで、何より灯ちゃんの応援が効きまくっているのか今の彼はすこぶる調子が良さそうである。
ステータスが精神状態に大きく左右される異能使いにとって、身体の健康以上に心の健康は重要だからね。そういう意味でも灯ちゃんの存在はまさにメインヒロインの風格と呼ぶべきか、彼にとって最強のバフと言えた。
そんな炎君は今、無事にメアちゃんたちのところへ転送された。
即座に状況を把握した彼は、早速ラスボスたるケテルと頼もしい背中で対峙している。
来たのか、遅ぇんだよと、翼たちはお喜びだ。
……そんな彼を陰ながら助力し、親切に転送までしてくれたカロン姉さんに向かって、一方的に攻撃を仕掛けているオリ主がいるらしい。
僕だ!
はい。こちらはこちらで最終決戦のエイトちゃんである。
カロン姉さんと違って僕に未来は見えないし、本当にこれが僕のラストバトルになのかはわからないけど。
しかしその辺りも、カロン姉さんには全部わかったりしちゃうのだろうか?
だとしたら、尚更やり甲斐があるよね。未来を変えたいこちらとしては。
『…………』
カロン姉さんからしてみれば今のやりとりの結果は、言えない話になるのかな?
それならそれで、僕も心置きなくキミをラスボス認定させてもらうことにする。
ダァト印の得意技、闇の剣を真っ直ぐに振り下ろす。しかし手応えは空を掻いた感触しかなく、気づいた頃には既に彼女の姿は僕の後方10mぐらいの位置に移動していた。
テレポーテーションか。流石だね姉さん、僕やビナー様以上の精度である。彼女に近接技を当てるのは非常に難しそうだ。
なら、これならどうだい?
鳥の姿を模した闇の弾幕を展開し、雨のように次々と射出していく。
僕の攻撃でこのサフィラの領域に咲き乱れる綺麗な花畑を荒らしてしまうのを申し訳なく思う気持ちはあるが、それだけ今の僕が本気なのだということが伝わってくれたら嬉しい。
これぐらいのことをしなければ、温厚な彼女は僕の喧嘩を買ってくれないからね。
『…………』
そんな僕の渾身の弾幕に対して、カロン姉さんは正面からパッと右手をかざしただけで全ての不死鳥をマジックのように掻き消してしまった。むー……
『わからない……』
こともなげにこちらの攻撃をあしらいながら、カロン姉さんが僕の目を見つめながら呟く。
彼女の美しい黄金の瞳には、困惑の感情がありありと浮かんでいた。
綺麗に整いすぎたその顔は一見無表情に見えるが、実際のところ誰よりも感情豊かな性格をしているのがカロン姉さんである。そういうところも見比べると、やっぱりメアちゃんとよく似ているよね。
そんなカロン姉さんは、彼女本来の性格を自分自身の意思で押し殺してまで、ずっと世界の為に頑張っていた。
そういうところはきっと、彼女が世界樹の意思になってから一番長い付き合いをしてきた弟分的存在──ケテルから受けた影響もあるのかもしれない。
或いは、妹のダァトに対する罪悪感か。
二人とも真面目すぎるんだよなぁ……ダァトもそうだけど。
二人とも神様になろうとしている割には神様らしい身勝手さとか、「ワガハイがルールだ!」って感じの傲慢さが足りないって言うか……聖龍様に似たのかねー。
結局みんな、純粋すぎるのである。
『……何故だ……?』
そう考えている今も、僕は絶え間なく黒い稲妻やらエイトちゃんビームなど多彩な技を撃ち放ち、攻撃を続けている。
しかしカロン姉さんはその全てを受け止めるまでもなく、不思議な力で掻き消していった。強い。
それは彼女が、そげぶ的な抹消能力を持っているというわけではない。僕の攻撃が何故か掻き消されているこの現象は、ひとえにこの空間──サフィラの領域が彼女の精神によって作られているものだからであろう。
僕はそれを承知の上で彼女に喧嘩を売った。その行為が、彼女にとって理解し難いものだったのだろう。酷く困惑した様子で、カロン姉さんが言った。
『ここはサフィラの領域だ。サフィラの意思そのものである私が念じれば、ここで発生する事象は私の意のまま……』
……そういうことだ。
この場所では、僕の攻撃は彼女の意思一つで消失させられてしまう。
つまりそれは、このサフィラの領域では彼女が許可しない限りそもそも戦いにすらならないということである。
『この行為は無意味だ。何故、汝は攻撃する? 汝は私に……敵意を抱いているのか……?』
……戦意が落ちるからそんな、捨てられた大型犬みたいな目で見ないでほしい。
ごめんね、カロン姉さん。
だけど誤解しないでほしい。僕はキミに敵意なんて抱いていない。
僕の心にカロン姉さんへの敵意や悪意は全く無い。だけど、戦う理由はあった。
『……何故……?』
時にはぶつかり合ってでも、伝えたい気持ちがあるってことさ。
それはきっと、心を読むだけじゃダメなんだと思う。
『……わからない』
そっか。まあ、今はそれでいいさ。
それならそれで、こちらも俄然やる気が出てくると言うもの!
美人なお姉ちゃんをわからせるエイトちゃんである。
『わからない。汝が私を倒したところで、全てはサフィラの領域で起こったこと……私が現実に帰還すれば、無意味なことだ』
彼女の言うことは尤もだ。仮にこの場で僕がカロン姉さんを倒せたとしても、精神世界である以上現実の世界に影響は無い。
カロン姉さんからしてみれば、その気になれば今からでも自分だけ外に出て受肉した現実の身体に戻り、僕に干渉する隙も与えず直ちにアビス・ゼロの元へ行くことだってできるのだ。
今ここで僕たちが戦う意味がわからないのは、客観的に見ても正論だった。
「なら、なんでさっさとそうしない?」
『…………』
「キミだって迷っているんだろう? キミが犠牲になったらボクが泣くから」
『それは……』
言ってみればこれは、一方的な僕の癇癪だ。
彼女が選んだ未来に対して、僕一人でイヤだイヤだと喚いている。ダァトだったらしなかったであろう、子供みたいな意地だ。
……でも、癇癪だってそれでいい。
僕はカロン姉さんが選んだ自己犠牲の未来を、受け入れたくないだけなのだ。
「ボクはボクの癇癪にこうして付き合ってくれる優しいキミを、失う未来なんてイヤだよ」
『……!』
そう言ってはっきりとこの気持ちを伝えてあげると、カロン姉さんがびっくりしたように目を大きく見開く。
心は読めても、こうして言葉で伝えると違うものだ。
カロン姉さんだって、迷っている筈である。
ほら、今も悲しい顔をした。
カロン姉さんの犠牲で世界が救われた未来では、僕がとても悲しい思いをすることがわかっているから。
自分が死ぬことではなく、遺された僕のことを想って感傷を抱き、迷っているのである。
カロン姉さんはそういう人だ。
そういう人だから、彼女は神様になるの向いていないと思っている。ぶっちゃけ、「やめた方がいいよ」とSEKKYOUしたい。
合理的に後々のことを考えてみても、世界で一番エラい神様が率先して犠牲になるのはどうかと思うし。聖龍様は寿命だから仕方ないとしてもさ。
だから、僕はキミの安易な自己犠牲を否定する!
ダァトではなく、元ダァトのT.P.エイト・オリーシュア様が教えてしんぜよう。
「ここでボクたちが戦うことは、無意味なんかじゃない……これはボクとキミが、お互いを導き合う為の戦いなんだ!」
『……お互いを……導き合う……?』
いい感じの名言っぽく言い放った僕の言葉に、カロン姉さんの瞳が僅かに揺れる。
そうとも。ここでの経験は、決して無意味なものにはならない。
根拠はある。サフィラの領域という精神世界でぶつかり合ったからこそ、自分自身の本心を理解し覚醒のきっかけを掴んだ暁月炎が良い例である。
誰よりも変化を恐れていた彼は、その恐怖を大事な人たちと共に乗り越える為に「インフィニティーバースト」という力を得た。僕も知らない未知の力を。
だから僕はそれと同じように、彼女の心を動かしたいと思ったのである。
「諦めるな。キミにだって、大切な未来がある」
『……っ』
「それは誰も知らないところで、消していい未来なんかじゃない」
かつてダァトを見殺しにしてしまった過去の罪滅ぼしのつもりなら、見当違いだからやめてほしい。
そう伝えると、カロン姉さんは自分のことを大切に想っているからこそ僕が怒っているのだということを理解してくれたようで、黄金の瞳に戸惑いの色を浮かべた。
そんな彼女に、僕は言う。
「ボクたちのやり方もきっと、あの子たちのように変わる時が来たんだよ。自分や誰かを犠牲にして終わりにするのは、もうやめよう」
『…………』
最善の未来の為に自らが犠牲を選ぶ。そんな自己犠牲精神を良いことだと受け止めてしまったら、この先辛い未来が待っていた時も、みんながそれを真似してしまうからね。
ダァトがやった時はそれしか無かったのだとしても、頼もしい仲間がたくさんいるこの時代でまで、彼女が全部一人で背負う必要は無い。
そうとも……感動的だからこそ、テンプレにしてはいけない物語があるのだ。
儚くも美しい自己犠牲エンドだって、みんなが真似をしたらどんどん陳腐になって、最初にやった人までなんか薄っぺらく見えてしまう。僕は、そんなのイヤだ。
ダァトの献身を……そんな扱いにしないでくれよ、姉さん。
「姉さん……キミが影響を受けるべきなのは、ボクでもダァトでもなく──あの子たちだ」
『セイバーズ……』
彼女は僕に、僕の存在によって発生するバタフライエフェクトを期待していた。
僕の存在が蝶の羽ばたきとして本来の流れを破壊し、未来を導くことを望んでいたのだ。
だったら僕は、僕の行動でそんな彼女の心さえ動かしてみせよう。
具体的なプランは何も無いけど、こうして僕たちが喧嘩してぶつかり合うことで、何かが変わる未来はある筈だ。
カロン姉さんが考える最善の未来よりももっと完璧で、ケチのつけようのない未来だってあり得る。
『エイトは……欲張りすぎる』
「それはそうさ」
だって僕、怪盗だし。怪盗に物欲の是非を問うとはナンセンスである!
それに……オリ主とは元来わがままな生き物なのだよ。謙虚堅実をモットーに頑張るオリ主もそりゃあ世の中にはいるけど、僕はそういうタイプのオリ主ではない。
欲望に忠実で、自重もしない。そういうオリ主に僕はなりたい。エイト。
「ハッピーエンドはトゥルーエンドに。トゥルーエンドはもっと幸せな結末に導くのが、ボクたちの役割だ。そうだろう? 姉さん」
『…………』
脳裏に浮かぶのは、かつての僕を感動に打ち震わせてくれた数々のオリ主たちの勇姿である。
僕自身がこうしてオリ主になった以上は、僕もまたそう在りたいと思っている。
ご都合主義でも、メアリー・スーでも良いのだ。
──何故ならボクは、完璧なチートオリ主だから。
爆音に紛れ込ませるようにそう呟きながら、僕が放った闇の弾丸はカロン姉さんの胸を捉えた。