TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 作:GT(EW版)
虹色の粒子が混ざった爆煙が熱を上げて舞い上がり、世界樹サフィラの最下層である祠全体を包み込んでいく。
そこには、衝撃的な光景が広がっていた。
突き刺さっていたのだ。
暁月炎の繰り出した焔の剣が。
ケテルの左肩に。
『……何……だと……?』
それは、戦闘中のケテルが初めて顔色を変えた瞬間だった。
焔の剣を突き刺した体勢から、暁月炎がその名の通り、紅蓮の炎のような双眸で彼の顔を睨みつけた。
「これが俺たちがたどり着いた……想いの力だ!」
『……ッ!?』
これまで一撃も喰らわなかったケテルが、初めて動揺を表す。
しかし、サフィラスの王は幾億もの時の間フェアリーワールドを守り続けてきた守護者である。硬直は長くはなく、程なくして立ち直ったケテルは十枚の羽から閃光の弾丸を放出し、密着した炎を強引に弾き飛ばすと突き刺さった焔の剣を振り解いていった。
それでも人間が得体の知れない力を纏っている事実は彼にとって衝撃的であり、その胸中は穏やかではなかった。
『その力は……!?』
「これが本当のフェアリーバーストだ。あんたが失望した人間の力だ!」
エイトに……仲間のみんなに導かれて、暁月炎はここにいる。
それは決して自分一人ではたどり着けなかったと、真のフェアリーバーストたるインフィニティーバーストを体得した彼自身がそう語る。
そんな彼のどこか自嘲が混じった熱い言葉を受けて、ケテルの瞳に激情の色が宿った。
『想いの力……人間の心とダァトの力が重なり合い、新たな力となったと言うのか……? これが、フェアリーバースト……!』
「ケテル、あんたもわかっている筈だ。彼女が託したこの力は決して、俺たちが傷つけ合う為のものではないと!」
『ほざくな。本質を理解せず力を無益に扱ってきたのは、お前たち自身が選択したことだ』
異能使いのルーツを知った今の炎がケテルに対して抱いているのは、怒りよりも憐れみに近い感情だった。
自分たちの住む不安定な世界が何故、今の今まで成り立ってこられたのか──その犠牲者である原初の大天使、ダァトのことを間近で見続けてきたからこそ、誰よりも深く人間たちに失望している彼の気持ちも。
「歯痒くて仕方ないんだろう? 何も知らずに力を振るい、力に翻弄されている俺たちのことが。憎いんだろう? ダァトの罪悪感につけ込むように、いつまでも力に甘えている人間のことが……」
『黙れ!』
炎の問い掛けに初めて声を荒らげたケテルが、自らの得物である
繰り出した斬撃は二色の焔の剣を交差させた炎のガードごと打ち抜き、彼の身体を弾き飛ばして地面へと叩きつけていく。
息つく隙も無く、続け様に無数の光の弾丸を生成し嵐のように浴びせ掛かった。
『一人では生きられない弱き者が、知った口を利く!』
即座に体勢を立て直した炎は一瞬にしてその場から飛び立つと、空中で弧を描くような軌道でその射撃から逃げ回っていく。
しかしその先に回り込んだケテルが、再び十字杖を打ち付けてきた。
『今更……余が、大天使一人の犠牲に感傷を抱いているとでも思っているのか?』
「くっ……!」
暁月炎が会得したインフィニティーバーストは、サフィラスの王ケテルに届きうる力だった。
しかしそれでも、ケテルは翼たちを圧倒していた時から手に入れた攻勢を未だ手放してはいない。
十字杖を思い切り叩きつけ、吹っ飛ばされた炎を追っていく。
炎は∞字を描く焔の羽から虹色の火の粉を撒き散らせると、聳え立つ世界樹の表面を滑るように背面で飛びながら焔の弾丸を連射してくるが、敵の火力を把握した今のケテルはそれに当たる愚を犯さなかった。
鋭角的に熱線をかわし、脇をすり抜けていく焔を置き去りにして戦意を昂らせていく。
炎を追い、聖龍の眠る世界樹の芯に接触するスレスレの位置を飛んでいたケテルが、十字杖を高々と掲げ砲撃の発射態勢に入る。
杖の先端部に光のエネルギーが集中し、ケテルの頭上に小恒星のような火球が形成されると、すかさず発射された。
高速で一直線に空間を貫く球体をインフィニティーバーストの炎は飛び退るようにかわしてみせたが、そこに生じた僅かな隙をケテルは見逃さなかった。
『散れ!』
「……!」
回り込むように飛翔し、先端部にブレード状の光を形成した十字杖を振り下ろす。
やられる──反応が遅れ、一閃を避けられないと悟った炎の真横を疾風の弾丸が横切り、振りかぶったケテルの腕を撃ち抜いたのはその時だった。
『……!?』
「……一人では生きられないから、助け合うんだ。俺たちは」
着弾により僅かに動きが鈍ったことで、炎は必殺の一撃を紙一重でかわすことができた。
そう、彼には頼もしい仲間たちがいる。
振り向くまでもなく、炎はそれが誰による援護射撃なのかを理解していた。
「助かった、翼」
「礼は要らねぇ……コイツを倒すぞ」
「ああ!」
そして翼に続いて、騎士のような槍を手にした橙色の天使が踊り掛かっていく。厳密には天使の力を宿した人間であったが、今の彼女──傷つきながらも八枚の羽を広げたメアの姿は、誰がどう見ても立派な大天使そのものだった。
『……まだ逆らうか、メア』
栄光の大天使ホドが扱っていた聖槍の一突きをバリアで受け止めるケテルに向かって、大天使の力を受け継いだメアが尚も怯まず相対し続けていく。
どこか悲しげな口調で、彼女は王に言った。
「信じて……向き合って、メアたちと」
『向き合っているからこそ、戦っているのだろう』
「違う……違うよケテル。貴方は逃げてる……ずっと、目を逸らしている」
『何を言う……?』
果てしない時を生き続け、数多の文明の始まりと終わりを見届けてきたフェアリーワールドの王が、人間世界に対してどのような絶望を抱いているのかは計り知れない。
それを完全に理解するにはきっと、人間はもちろん他の大天使たちでさえも経験不足なのだろう。
その事実を察したからこそメアも炎も、彼に対して同じ感情を抱いていた。
「メアたちを見て。今ここにあるものを、拒まないで」
『……僅かな人間がダァトの力を扱えるようになったところで、それが何だと言う? その程度で正しき未来が拓けるものか』
「ッ!?」
インフィニティーバーストを発動した炎のもとに続々と仲間たちが復帰してきたことで、形勢は僅かに傾いたかに見えた。
しかし、ケテルが内なる力をさらに解放した瞬間──戦況は再び一変した。
彼の身体から漆黒のオーラが瞬くと、その力を受けた一同が激しい突風に煽られるように吹き飛ばされたのである。
彼がこれまで見せてきた力以上に、発動したその力は凄まじかった。
吹き飛ばされた炎たちは受け身を取ることもできず、一直線に地面へと叩きつけられていく。
その衝撃で、炎の肺からカハッと空気が絞り出された。
「……ッ……なに……?」
それでも一同の中では最も立ち直るのが早かった炎は、脳震盪を起こしたボクサーのように軽く頭を振ると、追撃を警戒しながら上空に視線を戻す。
しかし、そこに広がっていた光景を目に、炎は思わず言葉を失った。
「あれは……エイトの……!?」
ケテルの片羽が、漆黒に変色していたのである。
サフィラス十大天使全員に共通していた純白の羽が、右側の六枚が禍々しい闇を纏った漆黒の色に染まり、身に纏うオーラまでも同様に変質している。
変化したのは色だけではない。元々携えていた十枚の羽に加えてもう一対羽の枚数が増えており──その姿はまるでフェアリーバーストを発動した時のT.P.エイト・オリーシュア……ダァトのようだった。
そんな彼の姿を見て、最悪の予感が一同の脳裏に過ぎる。
まさか、ケテルは既に……
「喰ったのか、エイトを!」
まさにその瞬間、炎と同じことを考えた風岡翼が、怒りの形相で叫ぶ。
エイトとよく似たその力は、彼がメアに対して使おうとしていた「王の剥奪」によって彼女から奪ったものなのではないかと──そう察したのである。
しかしその推理を意外にも、ケテル本人とは別の方向から否定する声が響いた。
『ケテルはそんなことできないッ!』
「えっ……」
サフィラス十大天使の一人、理解の大天使ビナーである。一同が思わず呆気に取られるほど、力の入った否定の言葉だった。
そんな彼女は常に飄々とした印象はどこへやら、今にも泣き出しそうな悲痛な顔で王の姿を見上げて呟いた。
『そう……あの姿は、あの人を喰ったことで手に入れたんじゃない……』
この場において誰よりも王の事情を深く知っているサフィラス十大天使の長女が、まるで自分自身の無力さを嘆くように悲しげな目を浮かべて語る。
変貌し、闇の力を纏った彼の姿の──その意味を。
『あれは、ケテルが深淵の世界に行く為に……ダァトを迎えに行く為に会得した姿なんだ』
炎風に言うならば、それは彼の、彼にとっての「想いの力」だった。
あえて名を付けるとすれば、深淵の世界で戦うことを前提とした「アビスフォーム」と言ったところか。
その姿はエイトのカロンフォームとよく似ていて……しかし決定的に異なる禍々しい力の発動を受けて、聖龍の眠る世界樹の祠が軋む音を立てた。
その場に膝を突き、蹲ったカロン様を前にして──気づけば僕は、彼女の傍に駆け寄っていた。頭の中は真っ白である。
勢い余ってやり過ぎてしまったのかと焦った僕は、両手に携えていた光と闇の剣をそれぞれ手放した手で今にも倒れそうな彼女の身を抱き留める。
しかし、ここは彼女自身の精神世界だ。直撃とは言え、たかが一発攻撃を受けただけで彼女が苦しむとは思っていなかった。
実際、ダメージはほとんど皆無だったのだろう。
間近で確認してみると彼女の白い身体には傷一つ無く、寧ろ会心の一撃だと思っていた僕としては軽くショックを受けたぐらいだった。
ただ……
『……っ、……ッ』
両手の指で目元を擦り、溢れだした大粒の涙を拭う彼女の姿を見て──僕の中で昂ぶりきっていた筈の戦意は、空気を抜いた風船のように急速に萎んでいった。
同時に、今までとんだ思い違いをしていたのだということに気づく。
世の中には、ぶつかり合うことでしかわかり合えないこともあると思っていたが……だとしても、そうしたくないと思う相手がいるほどに、世の中には優しい女性がいたということだ。
「姉さん……」
子供のように、心の中の何かが決壊したように泣きじゃくるその姿は、いつぞやのメアちゃんとそっくりだった。
しかし僕もなんだかんだでこの二度目の生で色んな経験をしてきた身である。あの時ほど慌てることはなく、寄り添いながらその背中を労るように擦り、彼女が紡ぐ言葉を静かに待った。
彼女は数秒の間を空けて、依然涙を流しながら告げた。
消えゆくような、小さな声で。
『……今、再び未来が変わった……』
……そうか。
ということは思った通り、僕がここで彼女に刃向かったことで、変わる未来はあったんだね。
しかし今の彼女の様子を見るに、どうやらそれは僕が望んだような完璧なトゥルーエンドというわけではなかったようだ。
涙の滲んだ震える声で、カロン姉さんは今しがた自分が視た未来の内容をポツポツと語る。
『私の代わりに……汝と……ケテルが消え去る未来だった……っ』
…………
マジか。
そっか……僕に加えてケテルも消えるのかー……それは確かに、動揺するわけである。
いや、実を言うと最悪メアリー・スーの役割は僕が背負って、彼女の代わりにアビス・ゼロを何とかしようかなーとは漠然と考えていたんだけども。それはそれで、オリ主の最期として理想的な選択の一つかなって。
だけどそれは、彼女に「自分や誰かを犠牲にするのはやめよう」と啖呵を切った手前厚かましく実行するのはちょっと、完璧なチートオリ主としてはマイナスポイントかなと思っていたわけである。
しかし……そうか。
そうでもしなければアビス・ゼロは抑えられないほどに、現実は厳しいと言うことか。悪い、やっぱつれぇわ。
僕とケテルが消える未来──当事者である僕としては、その一文だけでも大体の察しはついたが、あえて確認しておいた。
「それでも最後には、世界は平和になるんだろう?」
『…………』
涙を溢れさせるカロン姉さんに言葉は無く、しかし僕の確認を肯定するように小さく頷いた。
オーケー。把握した。
大雑把に言えば、結末的にはその未来もハッピーエンドの一つらしい。
尤も犠牲になるのがカロン姉さんではなく僕とケテルの二人になってしまった辺り、それは彼女としてはとても受け入れ難い結末であろう。
僕の行動はあまりにも無情に、彼女の目論見を粉砕してしまったようだ。
──本当に……姉さんは優しすぎる。
僕の中にあるダァトの心が、そんな彼女の想いに苦笑を浮かべていた。
全く以てその通りである。カロン姉さんは女神様っぽい立場なのだから、オリ主一人を相手にそこまで気を病む必要は無いのだ。
何故ならキミは、キミの為ならいつ消えてもいいと思ってしまうぐらい、僕に幸せな時間をくれた人なのだから。
そう言って僕は、彼女の身体をそっと抱き締めた。
こうして触れるとか細いなぁ、姉さんは。僕も華奢だけど、彼女はそれ以上に儚い存在に感じた。
「ボクに、もう一度生きる命をくれてありがとう」
『っ』
抱き締めながら僕は、改めて彼女に礼の言葉を掛けた。
転生当時のことを思い出したことで、この胸に再び溢れ出した感謝の気持ちを精一杯表現してあげる。
それは僕にとって何の誤魔化しも無いありのままの感情であったが、彼女はその言葉に目を見開いて驚いている様子だった。
……僕も、失敗したなぁ。
彼女のことは優しすぎるところも含めて理解しているつもりだったが、何より僕が理解しなければならなかったのは──彼女が今までずっと抱いてきた孤独感だったのだと、ようやく気づいた気がする。
孤独だから鬱にもなるし、優しいから世のため人のため率先して犠牲になりたがる。
そして孤独な上に誰よりも優しいからこそ、彼女は僕と違って致命的に欠けているものがあった。
──そう、自己肯定感である。僕が常に抱いている奴だ。
ナルシズムと言うとマイナスイメージがあるかもしれないが、要は自分の存在そのものを認め、ありのままの自分を肯定的に受け止めることができる感覚のことである。
世界樹サフィラの意思という立場ではなく、彼女自身には自分が大切な存在であるという認識が致命的に欠けて見える。
だから僕は、そんな彼女に多大な恩を感じている一人として言っておこう。カロン姉さんマジ尊い、と。尊い彼女は決して、世界の為にいなくなってはならないのである。
もちろん、今彼女を泣かせたような僕が犠牲になる結末も無しだ。
自分の死を推しの心に永遠に刻む系の曇らせオリ主もそれはそれで人気はあるが、僕にも人の心はあるので、これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。
それに、そちらの結末だと、ケテルまで巻き添え食らってるみたいだしね……彼の思惑もダァトと一つになった今となっては何となくわかる気はするが、僕自身としても彼を消したくはなかった。
彼はフェアリーセイバーズのラスボスだけど、ダァトにとって大切な、唯一無二の弟みたいな存在だからね。推しを全て守り抜いてこそのチートオリ主である。
だから……
「ボク
『……! だが、そんな方法は……あ……』
理想の未来の拓き方がわかったぜ……やっとな。
僕はドヤ顔を浮かべながら彼女の頬に手を添えると、お互いの額をくっつけ合う。常にイメージするのは、オリ主がヒロインを堕とす時のイケメンムーブである。
もちろん僕たちは姉妹だし、その行動に俗っぽい意図は無い。ただ単にそれは僕の──彼女がくれた僕の「能力」を行使する為に、必要な手順だったというだけだ。
これをやるのも久しぶりだな……ノートはもう無いけど、できるかな? いや、できなくては困る!
僕はT.P.エイト・オリーシュア、完璧なチートオリ主だ!
「一緒に行こう、姉さん。ボクはこの世界樹から、キミ自身を頂戴する!」
彼女の孤独さも、自己肯定感の無さも、僕が全部解決してやろう。
前世から
いや、今の僕は実際カッコいいからそれでいいのである。オリ主のカッコ良さは大体のことにおいて優先される……!
感傷を抱きながら、思わずふふっと笑みが溢れていく。
我ながら無茶なことをすると思ったが、オリ主たる者、ここ一番では誰よりも身体を張らなければいけないものよ。
そんな僕の身体を優しい光と激しい闇が包み込み──ボクたちは今、一つになった。
タイトル回収回でお送りしました。
フェアリーセイバーズ∞はそろそろ最終回のようです