創作ウマ娘:パンダトレノ   作:ふゆうさぎ

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明けましておめでとうございます。
今年も引き続き、この二次小説をよろしくお願いします。




9話.VSサクラバクシンオー、後編

 展望台からの歓声は聞こえず、あるのは流れる風に揺られる木々の音。

 そして、私とパンダさんの芝を抉るほど大きな連続する足音だけ。

 

 ダウンヒルでの全力走行は視界を狭め、端は集中線のようなものボヤけて見えなくなっている。

 そんな状況だが、負ける気はしない。

 若干ゴム蹄鉄がタレてきてはいるものの、今走っているこの4連ヘアピンをブロックしきれば勝ちなのだから。

 バクシンロードに反するかもしれないが、私はもう可愛い子供ではない。

 1200mを三回で3600mレースと騙されるほどおつむはもう弱くない。

 

 

「(一番ヘアピン通過!パンダさんは予想通りインを狙ってきてますね。ですが私が前を走ってる限りインからは差させませんよ!)」

 

 

 スピードと遠心力に悲鳴を上げるゴム蹄鉄に鞭を入れ、立ち上がりでの加速を上げる。

 熱を持ったゴム蹄鉄は芝を噛む力が低下していて、足を回す度に覚える若干の滑る感覚が足をもたつかせるが、私のヘヴィ級の重量がその滑りをカバーしてくれる。

 

 安全が残っているように感じる走りはできているはずだが、限界領域での高速コーナリングは私に冷や汗をかかせ、いつ転ぶのかという不安が頭を過り続ける。

 

 

「(あとヘアピンは3つ!最後までパンダさんを抑えて走り続けられるでしょうか…いや、その前にスタミナは持つ?でもまず、そもそもこんな走りでゴム蹄鉄のグリップは最終ヘアピンまで残せる?……ああ、くっ!思考が追い付きません!)」

 

 

 頭の中で行われる思考のお陰で、自分が今掛かっていることを理解する。

 死への恐怖が緩くなりかけるこのレースで、今さらそれを正そうとすればすぐにパンダさんに差される、だから今は狂ったままじゃなければいけない。

 自分にそう言い聞かせ、現実を、そして今走っている自分を信じきれずに抱いてしまう『滑って転倒する幻覚』を頭から振り払う。

 

 

「(ここを走るウマ娘は全員リスクを背負ってます!私自身が怯えてどうするのですか!?)」

 

 

 立ち上がりから数秒、すぐに第2ヘアピンを私のライトが照らした。

 私は先と同じように内側を塞ぐ形でコーナーへと進入する。

 減速時に発生したゴムの焦げるような臭いが鼻を突き、その刺激は脳のセーフティを発動させようと足の回転を押さえようとしてくる。

 

 

「(ッ!?あ、アンダーが!)」

 

 

 どれだけ力強く足を回しても、理想通りのラインに乗らない。

 足元が滑って外側に膨らみ、安定していた姿勢が崩れる。

 ゴム蹄鉄に高負荷が掛かる無茶をさせたせいで、アンダーが出始めたのだ。

 パンダさんはそんな不安定な私を内側から抜くのは危険だと考えたのか、外側からの攻めに手法を変えパンダさんのライトが私の背中を照らした。

 

 

「(な、ッ!?外からですと!?)」

 

 

 目の前に広がる私自身の影を見て、背中にドッと冷や汗が溢れた。

 こんな命のやり取りレベルのレースで、安全を考慮した上で私を抜く方法を考える冷静さを保っていて、更にコーナリング中のライン変更を難なくやり遂げてしまうパンダさんの異様さを身をもって理解したからだ。

 峠に特化した体と常人には理解不能な精神に舐められているのか、それともそもそも相手にされていないのか。

 私はつい、声を荒げてしまう。

 

 

「外からだろうと!抜かせはしませんッ!」

 

 

 外側から迫るパンダさんに私はわざと幅寄せしてその進路を塞ぐが、パンダさんは塞がれた進路に対し冷静に身を引き、安全にこのコーナーを抜けるために私に譲った。

 しかしその譲るという行為が私に強大なプレッシャーを掛け、まるでお前なんていつでも抜けると言われた気がして震駭した。

 こんな生死感の狂ったレースで、強気でいなければ正気を保てない、そう意識的に思った私は内心で叫ぶ。

 

 

「(外からこう何度も照らされては、眩しくて堪りませんよッ!)」

 

 

 滑る足元に意識を取られないように加速し、第2ヘアピンを抜ける。

 私はピッチ走法で走っているため立ち上がり後でもすぐにトップスピードに到達するのに、後ろを走るパンダさんは何故か私のトップスピードに着いてこれている。

 原因は何かと考えたとき、すぐに頭を過ったのは「ストライド走法とピッチ走法の二つを使いこなす」というパンダさんの特徴だった。

 だがそれが違うとすぐ気づけたのは、コーナーを抜ける度に縮まる差を思い出したからだ。

 パンダさんが追い付いてこられる理由は間違いなく、ヘアピンでの減速を少なくしているという事だろう。

 そうすれば立ち上がり後の加速が少なくても、すぐにトップスピードに到れる。

 

 もう後が無い。

 額には単純な汗以外にも冷や汗が混ざっている。

 どうすれば抑えきれるのか、私の頭の中には既に先行して逃げ切るという選択肢は残っていない。

 こんな最悪の「負けるヴィジョン」が現実になり、もう勝機は残っていないのかと半ば諦めていたとき、ふとパンダさんの行動が映像として脳裏に甦る。

 

 

「(最初は空いていたから内側を、そして内側をブロックされてる今は外から私を差そうとしている。つまり、私がインに寄ることでパンダさんはインに来ないのは確実!)」

 

 

 私は足の回転を上げ、ヘアピンへの進入速度を上げようと加速を始める。

 その意図がわからないのか、それとも別に必要が無いのか、パンダさんはペースを崩さない。

 この瞬間にわずかに広がった1バ身の差は私に冷静さを授け、その恩恵を余すこと無く使う私の思考は、針の穴の向こうにある勝利の糸を掴もうとフル回転する。

 

 

「(ほんの少し……ほんの少しでいいんです!コーナー進入時にウマ娘が一人通れない程度の幅寄せをすれば、パンダさんは間違いなくアウトから攻めてくる!

 無理にインに寄るより、ある程度の余裕を持たせた幅寄せの方が、コーナーへの進入スピードを上げられる!)」

 

 

 すぐ目の前にライトで照らされて姿を表した第3ヘアピン。

 進入するスピードは第2ヘアピンの時よりも速く、曲がろうとするときにゴムヘアピンが「ギュギュッ」と芝を滑りながら音を立てるが、体勢をなんとか維持して、イン側からコーナーへ進入する。

 そしてそのすぐ後ろには私が予想した通り、アウト側から攻めるパンダさんの姿が目の端に映った。

 

 

「(さっきの差が一瞬で……なんてブレーキングなんでしょう。ですが、これは予測通り!そして、アウトから攻めてくるのも!)」

 

 

 コーナリング中にインからアウトへラインを変更するのはそう難しいことじゃないが、その逆、アウトからインへのライン変更はそうはいかない。

 グリップ力をかなり使用するためゴム蹄鉄に大きな負担を与えてしまうだけでなく、コーナリング中にかなりの加速を無理な体勢でしなければならないため、足首にも負担が掛かってしまう。

 怪我を恐れる者なら勿論、危険を考慮すれば誰もやろうとはしない行為だ。

 これらを加味して考えれば、パンダさんが途中からライン変更をして攻めてくることは無い。

 これを最終コーナーでもやれば、勝利は確実だ。

 

 

「(これでパンダさんは、インからは攻めてきませんね!)」

 

 

 パンダさんがインから攻めてこないこと、そして、確実にアウトから攻めてくる事を確認した所で、私はこれ以上ゴム蹄鉄に負担をかけまいと、わざと少しずつアンダーを出していく。

 これでこの勝負は貰った、そう思った瞬間だった。

 

 すうっと、私のライトの光と重なっていたパンダさんのライトの光が消えた。

 

 

「………え?」

 

 

 パンダさんのライトの光は私の背中を照らし、コーナーの内側に私の影を作る。

 そして、ライトの光は私から更に動き、コーナーの内側を強く照らす。

 芝を踏む音ではなく、硬い場所を踏む音と共に。

 

 ゆっくり、スローモーションで進む世界の中で、目だけをコーナーの内側に向ける。

 そこには……

 

 

「(なっ、なんですとぉーッ!?)」

 

 

 パンダさんは芝の敷かれているコースの端、コンクリート製の側溝を走っていたのだ。

 アウトからインにラインを変更して、芝からコンクリートに移動して。

 

 一瞬見せた隙、そこを突いて差す。

 そんなことはレースでもよくあることだが、そんなレベルではない。

 コンクリートは芝ではない。

 ノットイコールが当たり前なそんなこと、目の前で起こっていることを視認している頭は理解してくれない。

 

 可笑しな夢でも見ているのだろうか?

 回る目が映す現実に混乱している内に、パンダさんは私をインから差し、コンクリートの側溝から脱出して芝へと戻る。

 あっという間にポジションチェンジしたパンダさんを目で追いかけるのも束の間、足の回転が自然と上がる。

 

 

「(あんなデタラメッ…!で、ですが私は最速のスプリンター!コーナーからの立ち上がりですぐに差しきって)……ッ!?」

 

 

 意地でもパンダさんを差す、その掛かった思考には周囲の情報を拾うアンテナと自分の状態を考察する余地はない。

 だから、こんな呆気ない結末を迎えることになった。

 ほんの僅かに残っていた冷静が『自業自得だ』と私を責める。

 そんな事はわかっている、だからもう勝てない。

 それを敢えて頭の中でもう一度言うことで、熱くなりすぎた頭は冷静になる。

 そして、衝撃。

 

 

「ぢょわ"っ!」

 

 

 コーナーを抜ける時に行った無理な高速コーナリングが祟り、ゴム蹄鉄のグリップ力の限界を越えてしまったのだ。

 呆気ないほど簡単に滑った足元は浮遊感だけを残し、高速で回していた足は宙を蹴る。

 私はこんなスピードで転ぶという恐怖感を覚えながら、ライトに備えられたエアバッグで吹き飛ぶ衝撃を受けた。

 

 峠で走るために作られたライトには車に備えられている物と、起動条件は違うものの同じ物を搭載している。

 傾斜センサーと360°センサーで地面が迫るのを確実に感知し、起動するとライトのデザインを象る外装を吹き飛ばしエアバッグが膨らむ。

 エアバッグはかなり巨大に膨らむ上に頑丈で柔軟性のある素材で作られているため、どれだけ高速で転ぼうともエアバッグに包まれて転がるため、本人は無傷で済むのだ。

 そして回転が停止したことをセンサーが感知すると、エアバッグは萎むのだ。

 

 ボンッと大きな音を立てて膨らんだエアバッグは迫る地面から私を突き放し、そのまま体全体を包み込んだ。

 まるでだるまのようになった私は数メートル転がったところで止まり、プシューと空気が抜けてエアバッグから解放される。

 

 大の字で芝生の上で転がる私は、不思議と悔しさは感じなかった。

 

 

「(……全力でやって、負けた。完全敗北ですね…)」

 

 

 最初から最後まで、一切手を抜かず挑んだ勝負に負けた。

 実際のレースも同じだが、そこで感じるような敗北感はここにはない。

 

 

「(あんな走りをするウマ娘がいたなんて……)」

 

 

 世界は広い、切にそう思い知らされたような気がした。

 空気の抜けたエアバッグを垂らして光ったままのGT-Rのライトを腰から外し、ゆっくり立ち上がる。

 もうパンダさんは走り去ってしまったが、最終コーナーを見ながら私は深呼吸した。

 

 

「(負けたことは確かにショックですが、不思議と爽やかな気分ですよ。……全力を出しきって、負けたんですから…)」

 

 

 私は外装が吹き飛んだGT-Rのライトを持ち上げ、ライトの電源を切る。

 パッと消えたライトに自分がやってしまった失態を教えられたようで、はぁとため息をついた。

 

 

「…修理代7万円コースですかね。……腕を磨いて、もう一度チャレンジしましょう」

 

 

 GT-Rのライトと顔を合わせ、またこのライトを付けてリベンジすることを誓い、ゴールである自然公園の駐車場を目指して歩き始めた。




普段からゆっくり執筆しているのに、今年の4月からは自由時間が少ない研修寮生活になるので、おそらく更に更新が遅くなります。
もしくは不自由の反動で更新が速くなるかの2択ですが、とりあえず首を長くして待っていただけると嬉しいです。
それでは、また次回お会いしましょう。
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