後半あたりから変えたため書き方や地の文が以前とは違うと感じる方がいると思いますが、仕様です。
「いてて……はぁ、やっぱりだめだ」
夜11時、榛名山のパーキングから街のある方へ少し降りた位置で、私は両足を抑えていた。
別に怪我をしたとかそういうことじゃない、単純に自分の体の特性……というか、障害だ。
「いつものペースで走って1000mギリギリ、ハイペースでもっと短い……っと」
私の足は幼い頃から変わらず、1000mの壁を超えられずにいた。
足の痛みは突然訪れる、そして今すぐ走るのを辞めろと言わんばかりに痛みは動きは鈍くして、私は走るのを止めざるを得なくなる。
これがずっとだ。
どこを走ろうともおよそ1000m、私の足は暖まらない。
足を大きく広げて座り、ポケットから取り出したメモ帳に言葉に出した事を書き込む。
これはシンボリルドルフさんから言われたもので、私が再び走り出すのに必要だと課せられた課題だ。
パンダ達と中央トレセンを訪れたあの日から一日も欠かさずやっているため、このメモの日付も少しは増えてきたが、進歩は自分でもわかるほど無かった。
「……はぁ」
不甲斐なさから出た2回目のため息は目の前の木々に吸われ、夜特有の不気味な静寂が訪れた。
だがこの静けさにはもう慣れているため、このままぼーっとしていたら寝てしまうと、私は腰を上げてお尻の汚れを払う。
今日も
こんな時間に一体誰だろう、そう思って声のした方に向かってみると、そこには知っている顔があった。
一方的に知っているだけではあるが。
小柄な体に大きな耳、片目を隠す黒い髪に青い薔薇の装飾のあるダービーハットを被る彼女は、間違いなくあのウマ娘だ。
「ら、ライスシャワーさん!?なんでこんな場所に!?」
「ふぇっ!?だだだだだれ!?おばけ!?」
両耳を伏せて涙目で震える目の前のウマ娘はライスシャワーさん。
現在中央で絶賛活躍中のビッグネームウマ娘だ。
そんな彼女がなんでこんな時間にここにいるのだろうかと、驚き半分謎半分で声を掛けたものの驚かれてしまったようで、ライスシャワーさんの震えは余計に早くなっていた。
「おっ、落ち着いてください!私、幽霊じゃありませんから」
「お、おばけじゃないの……?ちゃんと足ある……?」
「ありますよ。というか無かったら今立ってませんよ」
「そ、それもそうだね……よかったぁ、私の他にも走ってる人いたんだぁ」
ライスシャワーさんは私を見つけたことで安心したのか、伏せていた耳をゆっくり立てて、抱いていた膝を開放した。
そして、その間に隠れていた青い外装のライトが、ライスシャワーさんがここに何をしに来たのかを物語っていた。
「シルビア……いや、シルエイティ?」
「う、うん……すごいね、すぐわかっちゃうんだ。みんな最初は間違えるのに」
「まぁ、親父がこういうの好きでして。それはそうと、ライスシャワーさんはなんでここで走ってたんですか?」
「ライスでいいよ。えっと……」
「私はハチゴー、ハチでいいっすよ」
「ハチさん……うん、わかった」
ライスさんは大きな耳を動かしながら「ハチさん……ハチさん……ふふっ」と笑っているが、もしかしたら虫の蜂が頭に浮かんでいるのかもしれない。
そんな雑念を振り払ったところで再度同じ質問をしたところ、少し照れくさそうに言った。
「あのね、最近ここでテイオーさんとバクシンオーさんに勝った子がいるでしょ?それでね、どんな走りで勝ったのかなって、そう思ってね?」
その言葉に「ああ、パンダのことか」と言おうとしたが、その前にライスさんが「でも」と私の言葉を遮った。
そして小さく呟いたのを、私の耳は逃さなかった。
「ここはコーナーも少ないし安全に走れるくらい広いし、きっと勝因は安全マージンの確保と熟練度だよね。碓氷なら、絶対ライスの方が……」
碓氷、群馬県と長野県の堺に存在する旧国道。
しかし私が知っている情報では、あそこはコーナーがあまりに多く、かつ急勾配で危険なため芝は敷かれていなかったはず。
なのに今目の前にいるライスさんは、確かに碓氷と言った。
「あっ、もうこんな時間!ごめんねハチさん!もう遅いからライス帰るね!」
「え、あ、はい。サヨナラっす」
「ばいばい、おやすみなさい!」
ライスさんは腕時計見て驚くと跳ねるように立ち上がり、シルエイティのライトを点けて一気に峠を下り始める。
あっという間に消えてしまった背中に手を振る暇もなく、私は中途半端に上げた手を下げた。
知らぬ間にステージと化した碓氷、そしておそらくそこを主戦場としているライスさんの来訪。
何かが起こる、そう私は無意識に感じ取っていた。
* * *
パンダとサクラバクシンオーさんの対決が終わってから1週間が経った今日、私は長野にいる親戚の家へ向かうため車を走らせていた。
免許は持っているが、初心者マーク付きのドライバー1年生の私の運転は覚束ないもので、長野に入る前に体力が尽きる。
集中力も限界な私の顔はターフで全力疾走する時よりも険しく、休める場所は無いかと眼球だけを動かしていると、少し走った先で釜飯屋を見つけた。
私は道路から逃げるようにそこの駐車場に車を停め、早々に外の空気を吸うために車から降りた。
「ハァ……。やっぱこんな車、借りるんじゃ無かった」
父ちゃんから借りた車はシルビアS13というらしいが、時代錯誤も良いところだと初心者マークの貼ってあるボンネットを叩いた。
インチアップに車高下げ、スプリングとダンパーをスポーツ用に硬くして、まるで檻のようなロールケージを装備している。
マフラーからの音も当然うるさくて、現役女子高生に乗せるものでは無いと、50代に突入して尚走り屋気分の抜けない父ちゃんを恨んだ。
「とにかくお昼にしよう……あんな車、ちゃんと休まなきゃ乗れないわ」
私は差しっ放しになっていた鍵をキーシリンダーから抜き、ドアを閉めて施錠する。
疲れ切ってフラフラな体をなんとか前進させ、釜飯屋に入店した。
「おお……賑わってるなぁ。って、昼時か」
時間の確認すらできないほど疲れ切っているのを自覚して苦笑いするが、その表情を維持できないほどに体力は無かった。
早く何かを頼もう、そう思い券売機に近づくと、いかにも困ったという仕草をする見たことのあるジャージを着た小柄なウマ娘が券売機の前を陣取っていた。
「ふぇぇ〜……」
なんて情けない声を上げているんだ、胸の内に本音を隠してそのウマ娘に近づき、声を掛ける。
「あの〜、大丈夫ですか?」
「えっ……?あっ、ごご、ごめんなさい……ライス、邪魔だったよね……」
耳を伏せて暗い雰囲気を醸し出しながら券売機から退こうとする彼女には、どこか見覚えがあった。
私の横を通り過ぎて行こうとするのを横目で見送り、視線を券売機に戻すと、そこには彼女が頼もうとしていたであろう品の請求金額が提示されたままだった。
諭吉一枚分ほどの金額に目を剥きそうになるが、同時にどうして情けない声を出していたのかを理解した。
私は店の出口へと向かっているウマ娘を追い、腕を掴んだ。
「ひっ!?……あ、あれ?さっきの……」
「あの、もしかしてですけど、お金足りなかったんですか?」
「あ……う、うん……お姉さまからお金は貰ってたんだけど、足りなくなっちゃって……」
やっぱりそうかと予想通りだったことに喜ぶより心配の方が私の中では大きく、自分の性格を再認識してしまうほどのお節介すぎる提案をした。
「お金、貸しますよ」
「え……えぇっ!?だ、だめだよ!お金は大事に使わなきゃ……ライスになんて……」
そこまで言って拒否しようとしたところで、彼女のお腹から可愛い虫の音……ではなく、猛獣の雄叫びの様な空腹音が炸裂した。
この音が自分の腹の音であることを自覚した彼女は、赤面しながら上目遣いで
「……借りても、いいかな?」
なんて言うものだから、私はサムズアップ付きで二つ返事をする。
なんだこの可愛い生き物は、本当に同じウマ娘なのかと思いながら。
「もちろん!私も食べようと思ってるんだけど、一緒にいいかな?」
「……!うん!」
食券機に向かい、彼女は例の諭吉の飛ぶメニューを、私はここの名物の釜飯を頼み、一緒のテーブルについた。
ここで私は、ふと彼女の着ているジャージがどこの学校の物かを思い出し、それを話題とすべく話を振った。
「もしかして、だけどさ。君って中央の子?」
「うん。ライスシャワーって言うの。よろしくね」
「ライスシャワーさん……ああ!この前芙蓉ステークスで勝ってたあのライスシャワーさん!」
掌にポンと拳を置いて、見たことのある容姿とジャージに納得すると、ライスシャワーさんは呼び方はライスでいいよと言ってくれた。
「まさかこんな所で会えるとは。ところでこんな所で一体何を?こんな場所、釜飯屋くらいしか無いと思うけど」
私がそう言うとライスさんは何を言おうかと悩んだのか目を瞑ってかわいいおでこにシワを寄せた。
何故にそんなに悩むのだろうかと探ろうともするが、今は必要ないと頭をから思考を振り払う。
「そんなに考えなくていいよライスさん。言いたくないことなら言わなくてもいいし」
「う……ご、ごめんなさい。言って良いのかわからなくて」
あからさまにションボリするライスさんに「気にしなくていいって」と手を振るが、どうやらライスさんは一度落ち込み始めるとなかなか立ち直れない質なようで、発声する「ごめんなさい」の数はどんどん増え、どんどん声は小さくなり、顔に影ができ始める。
この姿への若干の困惑もあるが、それ以上に私は翳るライスさんの顔を見たくなくて、食事中なのも忘れて立ち上がって慰める。
「そこまで落ち込まなくても……ライスさん、大丈夫ですから」
「だめだよぉ……あなたのお金だって、本当はライスになんか使っちゃいけなかったのに……」
「そんなの、ライスさんが可愛かったからつい……あっ」
ふと、本音が漏れる。
しまったと思うも手遅れで、翳っていたライスさんの顔は一瞬にして紅くなり、それを見た私も自分の顔が熱くなるのを感じた。
互いに沈黙し、立っていた私は座って、黙々と釜飯を腹に掻き込む。
こんな状態では味などわからないが、恨むべき相手を考えても自分以外浮かばず、それを誤魔化すようにお茶を胃へ流し込む。
ふと我に帰ると、これ以上行動で言動を誤魔化せるももが無いと気づき、この後どうすればいいのかを考えあぐねる。
何かいい案は無いだろうかとオーバーヒート寸前の脳みそをフル回転させてると、さっきの私と同じように紅くなる顔を誤魔化すように食べていたライスさんの箸が止まった。
どうやら食べ終えてしまったようで、私たちは互いに話さざるを得ない状況になる。
何を話せばいいのかわからず再び頭を抱えていると、ライスさんが会話の蓋を切った。
「えっと……ライス、かわいくないよ?」
「天使レベルで可愛いですよ?」
「かわっ……もう、からかわないでよぉ」
「からかってたら私の顔はこんなに熱くなってないですよ」
「えっとぉ……えっとぉ……」
再び私とライスさんは顔を真っ赤にして、互いに同じ動きでうつむいてしまう。
正直顔を真っ赤にしてるライスさんの顔も見たいけど、今はそれ以上に私の顔を隠してしまいたいのだ。
だがこんなことをいつまでも続ける訳にはいかない。
私は軽井沢の向こうにいる親戚の家に行くという使命を果たさなければならないからだ。
「え、エーット……ライスさん。私、軽井沢の向こうの親戚の家に行かなくちゃいけないんです」
「ら、ライスもそろそろ帰って明日の授業の準備をしなくちゃいけなくって、軽井沢の駅まで行かなきゃいけないの」
「……同じ方向、ですね」
「だ、だね……」
この空気どうするんだよとまた頭を抱えようとしたが、その寸前であることを思いつく。
今頭に浮かんでいるのはいわゆるナンパだが、であればもう少し一緒に過ごそうと言うのが通ではないだろうか。
互いにいつまでもここに留まる訳にはいかないようだが、幸いなことに私は今日車で来ている。
最初こそボロクソに言っていたが、乗り心地無視のとびきりカッコいい車で。
こうなればやることは一つしかない。
「あの、ライスさん!」
「ひゃっ、ひゃい!」
「あのっ……私とドライブ、しませんか!?」
この日だけ、私は珍しく父ちゃんに心から感謝した。
池谷先輩→シル先輩
真子ちゃん→ライス
必ず幸せにします(アニメを見た者の使命感)
来月から埼玉行きなので精神が安定してれば早めの投稿になります()