次回予告を作るべきか否か、悩みながら書いてたら投稿するのを忘れていました()
大雨の中、バトルは終わりを迎えた。
最終直線で何とか逃げ切ることに成功して、正確な差はわからないけど、僅差で私が勝利した。
そして今、走って来た道をカフェさんと並んで引き返している最中。
ドローンはバッテリー不足で先に帰ってしまったため、カフェさんと二人きり、少し気まずい。
そんな中、ずっと黙っていたカフェさんが口を開いた。
「……ドリフト走法……よく使いましたね。こんな……大雨なのに」
「あ、はい。使わなきゃ勝てませんでしたから」
「……恐怖は、無かったんですか?」
「うーん……ちょっとくらい、ですね」
私の言葉にカフェさんは隠そうともせずにため息を吐いた。
え、なんで? と、私は困惑をそのまま顔に出してしまうが、カフェさんは冷静だ。
「あれだけの限界ギリギリの走りをしておいて……ちょっとくらいですか。呆れますね……その異次元さ」
「えっと……どうも?」
褒めるのであればため息吐かなくたっていいじゃないか、そう思わずにはいられなかったが黙っておくことにした。
かつて群馬トレセンで単位が懸かった模擬レースをして負けた時に、今のカフェさんが抱いているであろう感情と同じものを抱いたから。
成績トップのウマ娘がその模擬レースの相手で、完敗したのは今でも苦い思い出として記憶に残っている。
あの時は最初からぶっちぎられて、「おー、はえー」と呆れてしまい追いかける気すらも湧かなかった。
「カフェさんも速かったです。最終直線、ホントに肝を冷やしましたよ」
「……慰められてます?」
「えっ……えと……」
眉根を寄せてこちらを睨むカフェさんにもう何を喋ればいいかわからず、少し涙目になりかけていると、カフェさんは口に手を当ててクスリと笑った。
「冗談ですよ……すみません、ちょっとした……八つ当たりです」
「じょ、冗談……」
「悔しかったんです……今までこんな気持ちになったことは……ありませんから」
聞けばカフェさんはまだデビュー前で、模擬レースも悪い成績は取ったことが無かったらしい。
よくわからないが、お友達に追いつきたいという目標が先行しているらしく、目先の勝敗にはそこまで拘りは無いと言う。
今回はそのお友達というのが若干絡んでいたそうで、負けるわけにはいかなかったそうだ。
「……秋名山でお友達が負けて帰ってきて、ものすごく落ち込んでいました」
「えっ、その娘、秋名に来たことあるんですか。負けたってことは……私とバトルしたんですか?」
「……いえ、アナタとは勝負していません」
「え? でも今負けたって……」
「……秋名山を走る車に、負けたそうです」
「……?」
思わず首を傾げた。
秋名山の温泉街側の道は前面に芝を敷かれているはずで、車は裏の方しか通れないはずだ。
勝負は温泉街側でいつも行われているはずで、車と勝負などありえない。
「えっと……車と勝負って……裏の道は車が圧倒的に有利だから、ウマ娘は勝てないですよ? そもそも芝が敷かれてないですし……」
「……そちらではなく、温泉街側です」
「……??」
ますます言っていることがわからなくなってきた。
温泉街側に芝が敷かれたのは、母さんが高校を卒業してしばらくした頃だ。
カフェさんの言うお友達というのは、秋名山の道がコンクリートだった時代に車に勝負を挑んだ方ということだろうか。
「んと……大昔の因縁を代わりに晴らす……的な?」
「……大昔? いえ……結構最近です」
「???」
もうわからない、何がなんだか全く。
お手上げだとカフェさんに言うと、カフェさんは静かにそのお友達について話し始めた。
「お友達は……私が幼い頃からずっと追いかけてきた……憧れのウマ娘です。私以外には……見えないようですが」
「えっ」
カフェさんは架空のお友達のことを話しているのか、それならば私が理解できないのも頷ける。
一拍置いて、いやそうはならんやろとカフェさんにツッコむが、当の本人はノーリアクションだった。
おそらく彼女は本当に架空のお友達が見えていて、私の知らないところでそのお友達が私に絡んできていた、ということだろう。
わけがわからない。
「えっ……と?」
「……変な人だと思うのが……普通ですよ」
「い、いえ……そういう方もいるって、テレビで聞いたことありますし……」
「……パンダトレノさんのライトに似た車が、秋名山にいるそうです」
突拍子もないカフェさんの言葉に、私は思わず足を止めた。
私のライトに似た車を秋名で見たと言うカフェさんの顔に、冗談を言っている様子はない。
「……パカパカするライトで、白と黒の車……ご存じですか?」
ご存じですかと言われれば、もちろん知っている。
秋名を走っていて、私のライトに似たパカパカするライトの車で、色が白黒……該当する車なんて、一台しかいない。
お父さんが乗っていた「スプリンタートレノ AE86」……カフェさんがなぜその車を知っているのかはわからないが、それで間違いないだろう。
まさかカフェさんにはオバケでも見えているのか……そこまで考えて、全力で頭を振った。
「し、知ってますけど、走ってるわけないですよ! 車が芝を走るためのタイヤが存在するとは言え、ウマ娘が走ってる時間帯で車が走るなんて……ありえませんって!」
「……ええ、ありえませんね……普通ならば」
「ふ、普通ならって……」
「……案外、大切な人は近くにいます……いつでも、アナタたちを見てますよ」
カフェさんは少し口角を上げてそう言い、視線を前に向ける。
このお話は終わり、そう言わんばかりの行動に、私は思わず鳥肌が立った。
彼女には一体何が見えているのか、全く理解できなかったから。
* * *
あれ以降会話は一切無く、私はカフェさんよりも一歩下がった場所で歩き続けた。
気付けば妙義第一駐車場についていて、真っ先に駆け寄って来たハチからタオルを受け取る。
「流石だよパンダァ! また勝ったじゃんか!」
「ありがとハチ。今回もキツかったよ。今までの中で一番ギリギリだった」
タオルで体中の濡れた所を拭き、エイティ先輩の車の助手席に腰かける。
今までのバトルを思い出してみれば、ゴールまで勝負ができたのは今回が初な気がした。
テイオーさんは途中でリタイアして、バクシンオーさんとライスさんはスリップによってリタイア。
最後まで勝負ができたのは、カフェさんが初だ。
「……やっぱり、直線じゃ負けるよ。こっちがどれだけ走り方を工夫しようと、そもそも脚力が負けてんだもん……勝てっこない」
ドリンクホルダーに置きっぱなしのスポーツドリンクを呷る。
雨の中を歩き続けたせいで冷え切った体には冷たかったのか、お腹が温かい物を求めてきて、それを痛みで訴えてくる。
「……流石に、ちょっと寒い」
「こんな雨だもんね。ちょっと待ってて、あったかい飲み物買ってくるから」
「うん。お願いハチ」
財布を持って駐車場の奥にある小屋に走って行くハチを見送り、私は車の中で濡れた体の隅々を拭く。
少しシートが濡れてしまったが、エイティ先輩には後で謝るとしよう。
水分を含んだ服が冷たく、着ているだけでも体温が奪われていくのがわかる。
「(さむ……脱がなきゃホントに風邪引いちゃう……)」
靴を脱いで、上着を脱いで、下着を脱いで……車の中で生まれたままの姿になる。
誰も見ていないとはいえ、簡単に見られてしまうような場所で裸になるのは羞恥心が湧くものだ。
脱いだ服を足元に無造作に置き、私は後部座席から着替えの入ったカバンを取るとすぐにチャックを開けて、着替えの下着とジャージを出す。
湿った肌とは違うサラサラに乾いている服は着心地が良くて、思わず手で擦ってしまう。
ゴミ袋として使う予定だった袋に脱いだ勝負服を入れて、口を縛ってバッグにポイだ。
これでハチが来るまでゆっくりできると若干湿ってしまったシートに背を預けていると、窓が誰かにノックされた。
エイティ先輩の車はエンジンが掛かっていて外の音が聞こえない上に、ヒーターも点いているため窓が曇っている、誰が外にいるか判別できない。
窓を開けると、目の前にいたのはタキオンさんだった。
「タキオンさん? どうしたんですか?」
「君に聞きたいことがあってねぇ。いいかい?」
「は、はい。構いませんけど……」
私はバッグから折り畳み傘を出し、それを差して車から降りる。
「着替えたんだね。どうだったんだい、バトルは」
「どうだった……って。そうですね……かなりの辛勝だった、でしょうか」
「ふぅン? その割にはコーナーであっさりカフェを抜いていったようだが?」
「まぁ……はい。あの時、カフェさんがインを開けてくれなかったので、ドリフト走法を使って先にコーナーに飛びこんでブロックしただけです」
「ブロックしただけ……か」
タキオンさんは片手に持っていたタブレットに何かを打ち込み、顎に手を添えた。
会話が途切れてしまいただ棒立ちしていると、タキオンさんの後ろからハチが現れる。
その手にはココアが握られていて、お願いした通りに買って私に来てくれたようだ。
「えっと……タキオンさん?」
「この雨の中、あのコーナーをドリフト走法で、しかもアウト側から先にコーナーに飛び込んでイン側をブロックする……? 理論上は不可能な話ではないが……いや、制動距離とゴム蹄鉄のグリップ力の兼ね合いは……待てよ、それよりも先に体重か? パワーウェイトレシオ的にアンダーを無理やり曲げるのも可能と聞いたことはあるが……だがしかし……」
「……あのー」
瞳にタブレットの画面しか映り込んでいないらしく、私が声をかけてもタキオンさんは返事をしない。
そろそろお腹の痛みもきつくなってきたため、私はゆっくりタキオンさんの正面から抜け出して、後ろに立っているハチからココアを受け取る。
「……ごめんねハチ。待たせちゃって。ココアありがと」
「いいけど……タキオンさん、放置でいいの?」
「わかんないけど……なんかブツブツ言って自分の世界に入ってるみたいだし」
車の前で未だ独り言を続けるタキオンさんを置いてシル先輩たちのいる小屋に行くと、どこで着替えたかわからないが、制服姿になったカフェさんが先輩二人と話していた。
詳しい内容はわからないが、どうやら群馬のカフェについてカフェさんが聞いているようだ。
「……それで、そこは美味しいのですか?」
「んー、前にダチと行ったけどコーヒーは微妙だったぜ。パフェは美味かったけどなぁ……」
「美味しいコーヒーかぁ……ここらで個人経営のカフェなんてあったっけ?」
「ガッコーとガソスタの近くには無いよな。あるとしたら……やっぱ前橋とかあっちの方だな」
「……そうですか。少し、残念です」
美食についての会話らしく、普段から売れ残りの青果ばかり口にしている私には遠い話だ。
そんな私に対してシル先輩とエイティ先輩はそれなりのギャル枠であるため、普段から色々なお店を食べ歩きしている。
ハチも当然私側ではあるが、私よりも舌は肥えているだろう。
近づいてきた私に気づいたシル先輩が、私を呼んだ。
「お、パンダ。着替え終わったか」
「はい。お待たせしました」
ベンチに腰かけていたエイティ先輩は全員が揃ったのを見ると、重そうな腰を上げてあくびを一つ。
「ん~……揃ったし、そろそろ帰るかァ」
その言葉にカフェさんも含めて全員が頷く。
カフェさんに「じゃあまた」とだけ言い、車に向かって歩いて行くシル先輩の背中を追いかけようとした、その時。
「……パンダトレノさん」
「? なんですか?」
「……次は、私が勝ちます」
カフェさんの黄金の瞳が、私を射抜く。
何かが私を通過していったかのような錯覚と共に寒気が襲ってきて、鳥肌が全身を覆う。
これが彼女の本当の姿なのではないかとも感じたが、私は負けじと反撃した。
「……次も、勝つのは私です」
「……楽しみにしています。またアナタと勝負できる日を……」
改めて頭を下げて、私は離れてしまったシル先輩たちの背中を追いかける。
車までの距離はそう長くは無いが、途中でタキオンさんとすれ違う。
タキオンさんにも何か一言言おうと思ったが、彼女はまだ独り言を続けていた。
私は会釈だけして通り過ぎようとしたが、引き留められる。
「パンダ君」
「あっ、はい。なんですか?」
不思議な模様の瞳が私を見つめる。
どこを見つめているかわからない……私を見ているようで、私を見ていない。
彼女は一体、どこを見ているのか。
「今の君の走りではいつか脚を壊すだろう……次のバトルか、その次なのか……いつかはわからない。だが、確実に壊れる」
「は、はぁ……? よくわかりませんけど……壊れるって……骨折、ですよね?」
「……とにかく、少し労わった方が良い。連戦は脚に悪いからねぇ。……まあ、次のバトルは脚を労わりながら勝てる相手ではないが」
よくわからないことを次々に言うタキオンさんに、私は首を傾げてしまう。
次のバトルなど、特に誰から宣言されたなどもないはずなのに、もう次が決まっているかのような物言いに、私はクエスチョンマークを浮かべるしかない。
「次って……タキオンさん、あなたは一体……?」
「明日にでもなればわかるさ。……期待しているよ、秋名のウマ娘……パンダトレノ君」
不敵な笑みを浮かべてカフェさんの方に歩いて行くタキオンさんの背中を、私はただ見送ることしかできなかった。
何も聞けず、何もかもがわからないまま迎えた次の日。
私に待っていたのは、絶望にも等しい衝撃だった。
別にパンダの父ちゃんについては深堀しなくてもいいかなって思ってます。
読んでる人の大半は想像ついてるでしょうし…
何はともあれ、これにてVSカフェ編は終了です。
そしてついに辿り着きました…VS高橋涼介に相当するバトルに。
今までの私だったら書くの飽きて失踪していたかもしれませんが、二年も続けていれば書くことが日課であり、日々の生きがいとなっています。
とはいえ…fast stageを書き終えるのに二年以上は…時間がかかりすぎですね。
セカンドステージからはもっとテンポよく物語を進めていければと思っています。