VS.FC戦の幕開けでございます。
一件のメールが、トレーニング休憩中に届いた。
携帯会社からのメールか何かだと思ってスマホをロック画面のまま見ると、明らかに違う通知。
送信元は「シンボリルドルフ」と書かれており、件名は「バトルの申し込み」。
私は声にならない悲鳴を上げて口に含んでいたスポーツドリンクを盛大に吹き出してしまう。
更に気管支にでも入り込んでしまったのか、急に呼吸が苦しくなり噎せる。
「! どうしたパンダ!?」
一番近くにいたハチがタオルを持って真っ先に駆け付けてくれて、シル先輩たちはその後だった。
ハチは濡れた服を拭ってくれて、背中をさすってくれた。
「ゲホッゲホッ……ふぅ……ようやく落ち着いた。ありがとねハチ」
「いいけど……それより一体どうしたんだよ。いきなり噎せて」
「信じられないけど……驚いちゃって」
「驚いた……? というと?」
「……これ見て」
私はルドルフさんから送られてきたメールを開いた状態でハチたちにスマホを渡す。
ハチが受け取り、その後ろからシル先輩たちが覗き込む。
数秒後、三人の悲鳴が群馬トレセンのグラウンドに響き渡る。
「ちょ……ぱ、パンダ!?」
「なんですかシル先輩?」
「なんですか、じゃないだろ! ルドルフさんから……え? ちょっと待って、私の読み間違えじゃないよな?」
「間違えてねーぞシル」
「えっ……じゃあ……え?」
「お、落ち着きましょうシル先輩!」
「そ、そうだなハチ……」
シル先輩は一旦離れて頭を冷やすと、すぐにまた戻って来た。
「……ルドルフさんからバトルの申し込み、か。正直、信じられないな」
「ルドルフさんを騙った悪質メールとかじゃねェのか?」
「そりゃ無いっスよシル先輩、エイティ先輩。だって私の持ってるルドルフさんのアドレスとパンダに届いたメールのアドレスが一緒ですから」
「じゃあ本物か……え、なんで?」
私ですら思っている疑問に答えられる者は、今ここにはいない。
兎にも角にも、私はその真偽を確かめるべくルドルフさんに連絡……は連絡先を持っていない為できないので、代わりに中央トレセンに連絡を掛ける。
数コールのうちに出た事務員に要件を伝えると、ルドルフさんのいる部屋に繋いでくれると言ってくれた。
それから数秒の保留音の後、電話が繋がる。
「あのっ、ルドルフさん。パンダトレノです」
『待っていたぞパンダトレノ』
「えっ……あの、あれ?」
帰ってきた言葉はルドルフさんの声ではなかった。
一体誰だろう、そう思ったのも束の間、その知らぬ声に返事をしたのはハチだ。
「お久しぶりですエアグルーヴさん、ハチゴーっス」
『……なんだ、お前も一緒なのか』
「そりゃ一緒の学校っスから。それよりエアグルーヴさん、ルドルフさんがパンダに挑戦するっていう話、何か聞いてないっスか?」
『勿論聞いている。だが、お前たちに教えていい情報は場所と日付と時間だけだと、会長から釘を打たれていてな』
全くあの人は、と呆れかえっている様子のエアグルーヴさんに、私は違和感を覚える。
そんなことはルドルフさんが直接言ってくればいいではないか、と。
「あの……エアグルーヴさん」
『どうしたパンダトレノ』
「えっと……ルドルフさんは、いらっしゃらないのですか?」
『……ああ、いない。お前とのバトルに備える必要があると言い残し、姿を消してしまってな』
ため息をつくエアグルーヴさん。
スピーカー越しだというのに彼女の頭を抱える様子が鮮明にイメージできるあたり、本当に呆れているのだろう。
だが少し間を開けて、少し笑っているような声で彼女が言った。
『……パンダトレノ。今回のバトル、私も観させて貰うぞ』
「えっ……ほ、ホントですか? ていうか、トレセンの重役さんがこんなことに加担しちゃマズいんじゃ……?」
『会長が貴様に挑むんだぞ? 副会長の私が見届けねば名が廃るだろう。それに……今回は少々面倒な状況になっていてな』
「面倒……?」
エアグルーヴさんの言葉に、私達全員が首を傾げる。
なんだ知らないのかと彼女が言うのと同時に、一通のメールが届いた。
またルドルフさんからだ。
「ルドルフさんからメール……?」
『見てみろ、答えはそのメールの中にあるはずだ』
「……わかりました」
『ではな。今月の最終土曜日、二十一時に秋名山の山頂のパーキングで会おう。期待しているぞパンダトレノ』
プツリと電話が切れて通話終了の文字がスマホの画面に残る。
私はその画面を消して、すぐにメールアプリを開いてルドルフさんからのメールを開く。
そこにあったのは、確認してくれという旨の文章と何かのIDとパスワード、最後にURLが張られていた。
一体なんだろう、そう思いつつURLをタップすると、飛ばされた先は中央トレセンの生徒専用ポータルサイトの画面。
まさかと思いつつメールにあったIDとパスワードを入力すると、「ようこそゲスト様!」という文字に歓迎されながら、私はゲスト枠としてログインすることが出来た。
「……えっ、なんで?」
「お、おいパンダ……まさかお前、中央に行くんじゃないだろうな!?」
「そんなわけないでしょシル先輩! そもそも家の手伝いがあるんですし、スカウトされたって行きませんよ!」
「スカウトされたら行けよ!」
「無茶言わないでくださいよエイティ先輩! 母さんに配達任せたら次の日には免停ですよ!」
「……そういや、お前の母ちゃん走り屋だったな」
憐れむような目でこちらを見るエイティ先輩を「そんな目で見ないでください!」と睨み、視線をスマホへと落とす。
何を見ればいいのかわからず画面をスクロールしながら流し見ていると、ふと目に留まった物があった。
すぐに手を止めてそれをタップすると、開いたのは生徒会によるお知らせ。
私は後ろのシル先輩たちにも聞こえるように、内容を読み上げる。
「……今月最終土曜日、二十一時。群馬県渋川市の秋名山で峠バトルを実施。シンボリルドルフと群馬トレセン所属のパンダトレノが勝負します。興味があったら是非お越しください……ですって」
「……め、めっちゃ大事になってるじゃん」
「おおお落ち着いてくださいシル先輩。まだ慌てる時じゃないっス……」
「お前こそ落ち着けハチ。てか、こんなことしていいのかよ。仮にも生徒会長だろあの人」
エイティ先輩の言葉に確かにと思ったが、以前にも似たようなことがあったような……と、バクシンオーさんとのバトルを思い出す。
あのバトルはルドルフさんが主宰であり、峠バトル禁止令を無視して行った集会だった。
つまり、今回も似たようなものということだ。
「……この前も同じようなことやってんじゃねェか」
「やってたっスね」
「……大丈夫なのかルドルフさん。立場的に」
「なんとかなるんじゃないですかシル先輩。ルドルフさんですし」
「……それもそうか」
私はスケジュール帳をカバンから出して、バトルの日時を書き込み、スマホを閉じる。
今は八月の頭で、残り三週間近く残っている。
しかし、あの七冠ウマ娘を前に三週間など、あまりに短すぎる。
「……やるしか、ないですよね」
私はスケジュール帳を閉じて、新しいタオルを首に巻き付ける。
トレーニングに戻るために。
「……お手伝い、お願いします。ハチ、シル先輩、エイティ先輩」
私は目の前の全員に頭を下げる。
すると三人は少し笑って、私の肩を叩いた。
「サポートは任せとけパンダ! 必要なら別のチームにも並走のお願いするよ。スピードスターズのリーダーとして、全力でサポートするからな!」
「俺ら先輩にはガンガン頼って来いよな。俺もできる限りのことはするぜ」
「並走ならいくらでも付き合うぞパンダ! ……千メートルまでだけど」
「……先輩……ハチ……」
私は改めて頭を下げる。
これから決戦までの間にお世話になりっぱなしになることへの謝罪と、それを進んでしてくれる三人への感謝を込めて。
頭を上げると三人は既にトレーニングの準備に入っていた。
シル先輩はストップウォッチを片手にスマホで並走相手探しを。
エイティ先輩は水分補給用の飲み物とタオルの準備、怪我等の万が一に備えて救急箱の中身を確認を。
ハチはストレッチをして、私との並走準備を進めている。
皆、私に早くやろうぜという視線を送ってきている。
「……うん、頑張らなきゃ。みんなの期待に……応えられるように!」
私もハチの待つターフに向かって駆け出す。
全てはシンボリルドルフさんに勝つと言う、無謀にも等しい目標に向かって。
全員が、それに向かって駆けだし始めた。
* * *
土曜日、二十三時。
夏でも涼しさが一層強くなる時間帯に、赤城山を走る一人のウマ娘がいた。
三年近く姿を現していなかったそのウマ娘は、それだけのブランクを抱えているにも関わらず圧倒的な走りをギャラリーに見せつけていた。
「……赤城を走るのも、久しぶりだな」
そのウマ娘は鹿毛色の長い髪を後ろで一束に纏めていて、走る姿は前髪にある流星のように美しく、速い。
かつて赤城を走っていた時と変わりない姿に、ギャラリーはこう言う。
「赤城の白い流星……帰って来たんだ。凄い、生で見るのは初めてだ」
「三年も離れていたのにあの走り……流石だ。やっぱ、トゥインクル・シリーズでも峠でも最強の名を冠するだけあるよ」
「でも、なんでこんな突然帰って来たんだ? 何か理由でもあるのかな……?」
「さあ……峠バトルでも申し込まれたんじゃないのか? ほら、最近有名なあの……」
「ああ、秋名のウマ娘。でもそいつって群馬トレセンのウマ娘だろ? 流石に……相手が悪いだろ。だって赤城の白い流星は……」
走り終わったウマ娘は一息つく素振りを一瞬見せて、またすぐに走り始める。
下りの次は登り、そしてまた下りまた登る。
それを、ずっと繰り返している。
だがそれだけで、人々は魅了されてしまう。
「うわ……すご。三年も走ってなかったのにこれってマ? ありえんっしょ」
「てかなにあのライト。黄ばみすぎじゃね? なんのモデルなん?」
「アレはFCよ。マツダのRX-7 FC3Sの可動式リトラの限定モデル。良いの持ってるなぁー」
「さっすが真面目ちゃん。よー知ってるわ」
そんな会話を他所に、そのウマ娘は走り続ける。
何本も何本も。
そして零時を回る頃、麓の近くにある姫百合駐車場で足を止めた。
「……千荊万棘、ブランクの分を取り戻すにはかなり時間がかかりそうだな」
ふぅと一息ついていると、少し離れた所から背の一回り小さいウマ娘が近づいてくる。
同じような鹿毛色のポニーテールに、前髪に流星を持つウマ娘。
トウカイテイオーだ。
「カイチョーはやっぱすごいや! こんな速いだなんて……本当に三年ぶりなの?」
「ああ。久しぶりでな、感覚を取り戻すので精一杯さ。躍起になってしまいそうだよ」
「会長ならすぐに現役時代ぐらいに戻れそうだよね! もう今から楽しみだよ、月末のバトル!」
「ふふっ、そうだな。私も楽しみだ。一意専心に秋名を走り続けている彼女に挑むのは」
彼女はリトラクタブルのライトを腰のツマミを捻ることで消して、展開していたライトを格納する。
腰からライトを外し、そのライトを正面から見つめる。
「……トレーナー君。君の夢は、私が継ぐと決めた。だから彼女に素質があるかどうか……私が見てくるよ。君の夢の達成に足り得る人物かどうか……」
彼女はライトをカバンに仕舞い、駐車場を後にする。
後ろにトウカイテイオーを連れて、彼女は赤城山を下っていく。
誰も想像できないような力を秘めた脚を、まるで能ある鷹が爪を隠すように、ゆっくり歩いて下っていく。
「このシンボリルドルフが……パンダトレノ君が君の夢に相応しいか……見極めてみせよう」
峠バトル禁止令的なのはありますが、そのうち消えると思っていてください…そのあたりはちゃんと書きますんで。
そろそろ就職するので、就職した後はペースダウンするかもしれませんが、その前にできるだけ投稿します。
がんばります!
えい、えい、むんっ!