4月3日から正社員として社会復帰…できる気がしないんだよなぁ(絶賛体調不良)
ルドルフさんとのバトルの前日、私は秋名山でトレーニングを行っていた。
バトル一週間前から秋名山でのトレーニングに移ったが、二週間平地で磨いてきたはずの技術は峠ではそこまで輝くことは無く、してきた努力はなかなかタイムに表れてくれない。
「(体力は十分持つ……だけど、直線のスピードが全く足りない!)」
先輩たちとハチの三人はスタート地点でドローンを操り、私の走りを客観的に観測している。
走りを映像として残し、後にそれを見て走りを修正していくというトレーニング方法を取っているが、タイムは少ししか縮まっていない。
気持ちは焦る一方……という程でもなく、実のところ案外落ち着いている。
私が倒れた後日、学校の皆からは「ここまで来れただけでも私たちの誇り」、「これ以上は望まない」、「勝てなくても、皇帝と同じ土俵に立てただけでもう十分」、そんな言葉を何度も貰った。
最初はわかりきっている結果に対しての単なる慰めかと思ったが、違うと知ったのはその放課後。
シル先輩から聞けば、サクラバクシンオーさんに勝ったあたりからこういった声は存在したらしい。
だがバトルを重ねる度に私への期待は膨らみ、いつしか私に勝ってほしいと思うようになったそうだ。
そんなタイミングで私が倒れたと聞いた彼女たちは、自分たちの期待が重荷になってしまったと感じたようで、それを取り払うために直接私に言いに来たと、シル先輩が言っていた。
その言葉たちのおかげもあり、今の私は憑き物が取れたような軽い走りができている。
良く言えば気軽に、悪く言えば諦めだが、良い走りさえできればどちらであろうと構いやしない。
……そんなことを言っているものの、タイムはほぼ縮まっていないが。
「(立ち上がり重視の溝走り……もう前日なのにまだ習得できてない。普通の溝走りの精度はかなり上がったけど……たぶん、これじゃ立ち上がりで負ける)」
ルドルフさんの現役時のレースの映像を繰り返し見たが、全てのレースが圧倒的の一言でまとめられてしまうような走りだった。
ほぼ全てのレースが先団か中団からの差し切り……驚異的な末脚で見事に他を差し切っている。
しかも徐々にスピードが上がっていくのではなく一気に加速していく姿は、峠でも脅威以外の何物でもない。
だが、それは走らない理由にはならない。
勝っても負けても、私はこのバトルを最後まで走り切る覚悟は既に持っている。
「(入るタイミング……脱出するタイミング……たぶんココって言うのはわかるけど、確実じゃない。正直、危険だから確実な走り以外はしたくないし……どうしよう)」
怪我無く走り切ることがバトルにおいての最優先事項だ。
いくら勝ちに執着していたとしても、それ以降の走りに影響するような走りはあまり好ましくない。
現状、通常の溝走りとドリフト走法しか戦える武器は無い。
それがバトルの決定的な差になるかと言われれば、相手がルドルフさんな以上NOである。
彼女の基礎的なステータスが高すぎるため、私はこの武器を持ってようやく彼女と同等以下になれるのだ。
「(やっぱ難しいな……どうせ相手は先行だろうし、そうなれば簡単に逃げられるだろうなぁ……)」
今までの相手の傾向を見て入れれば、おそらくルドルフさんの作戦も先行だろう。
先に出て千切る、それが相手にとって一番簡単に決着をつける方法だから。
ゼロスタートからの加速でルドルフさんには百パーセント勝てない、つまり、ルドルフさんが自ら後追いを選ばない限り、私に勝機は無い。
「……やっぱ、きっつい……」
ゴール地点を通り過ぎ徐々に減速、歩くペースまで心肺が落ち着いたところで、頭上を飛び回るドローンに声をかける。
「タイム、どうでした?」
『お疲れパンダ。自己ベストもコンマ五秒くらい更新できた』
「……たったのコンマ五秒、ですか」
自然とため息がこぼれる。
おそらくコーナリングの精度が上がったからだろうが、直線のスピードが上がればもっとタイムを縮められるはずだ。
そこを重点的に伸ばしたいところだが、もう時間が無い。
それに、立ち上がり重視の溝走りが出来ない限り、それは叶わないことだろう。
「……戻ります」
『了解。クールダウンの準備して待ってるよ』
「お願いしますシル先輩」
シル先輩の下に飛んでいくドローンを見送り、私は下って来た道を登り始めた。
軽いジョギングのように足をしっかり上げて腕を振って、下りで温まった体を冷やさないように歩く。
心臓と肺の動きが段々落ち着いてきて、呼吸も平常時のリズムに戻る。
下りの倍以上の時間をかけて、私はシル先輩たちの待つ山頂のパーキングに辿り着いた。
「お疲れパンダ。ほい、タオルと水分」
「あぁ……ありがとハチ」
真っ先に駆け寄って来たハチの手からタオルとボトルを受け取り、額の汗を拭う。
ジャージの下に手を突っ込み汗を拭いてから、スポーツドリンクを飲みながらPCを操作しているシル先輩の下へ向かう。
「お疲れ様ですシル先輩。動画の編集、どうです?」
「おお、お疲れパンダ。丁度できたところだ。見てってくれ」
シル先輩が作っていたのは、今撮影した動画と、一つ前に撮影した動画を重ねた編集動画だ。
ドローンの撮影ブレも修正しつつ重ねた物で非常に観やすく、初めてこれを見た時はシル先輩にこんな特技があったのかと驚きを隠せなかった。
再生ボタンを押して再生された動画を一通り見て、理解したことは一つ。
「体力消耗で直線は遅くなってますけど、コーナリングのキレが良くなってますね」
「編集しながら私も思った。溝走りも精度がかなり上がってるように見えるし、万全の状態なら今より一秒以上タイム縮められそうだな」
「ですね……まあ、そんな時間はもう無いんですけど」
実際、もう今日の午前中は終わっている。
明日に備えるためにも遅くまでトレーニングはできないし、当日である明日はそもそもトレーニング無しだ。
つまり、残ったトレーニング期間はあと数時間のみ。
今以上にタイムを縮めるには、この短時間で技術を磨くこと以外方法は無い。
私は一気にボトルを呷って中身を胃に流し込み、タオルと一緒にハチに渡す。
「……もう一本、行ってきます」
「オッケー。エイティ、カウント役頼む」
「あいよ。やるぞパンダ、いいか?」
「お願いします」
スタート地点に立ち、軽くジャンプして膝を慣らす。
冷え始めた身体に再び激しく血液が巡りはじめて、徐々に体が温かくなってきた。
細く長い深呼吸をし、スタンディングスタートの姿勢を取る。
「カウント行くぞォ! 3……2……1……ゴォーッ!」
掲げられていた腕が振り下ろされ、私は同時にスタートラインから飛び出す。
瞬時的な加速に視界の端が線となり歪むが、それはすぐに直る。
直線から緩いコーナー、更に直線からヘアピンへ。
また直線、コーナー、直線、コーナー……疲労で身体が悲鳴を上げているが、視界はクリーンだ。
どこでブレーキをかけて、どこで加速し始めるか。
何年間も毎日走り続けて身体で覚えてしまったそれを、理論をもとに最適な場所に置き換える。
感覚を理論に、私が秋名で今まで以上のタイムを目指すために必要なのは、主にこれだ。
立ち上がり重視の溝走りができれば話は違うが、今はこれしかない。
「……行けッ!」
立ち上がりでスピードを稼ぐためにいつもより早くブレーキングを止めて、いち早く加速体勢に入る。
ゴム蹄鉄が捩れて限界を訴えるが、スリップしない限りは問題ない。
芝を蹴飛ばし前へ前へと身体を押していくが、横の景色が流れていく速度はちっとも変わらない。
「まだ……? なら、ここッ!」
次のコーナーも、その次のコーナーも配達時とは違った走りをしたが、最後まで大した変化は無かった。
そしてこの練習走行で、私の体力は尽きた。
* * *
シル先輩たちが明日に備えて解散したころ、既に日は傾き風が涼しくなっている。
空が茜色になり沈み始めいている中、私は小屋の横から降りていける丘で一人寝そべっていた。
この丘は秋名山に芝が敷かれるのと同時に作られたもので、車が走っていた時はまだ存在していない場所だ。
秋名山だけでなく、芝が敷かれた峠は全てコンクリートを剥がしてから土を敷いて、その上に芝が敷かれている。
事の発端は名のあるウマ娘が峠でトレーニングしていたことだそうだ。
次々に迫るコーナーにどう対応するか、つまるところ応用力をかなり鍛えられると全国のトレセンに噂が広まり、数多くのウマ娘がそれを実践した。
その結果、コンクリート上を走ることに慣れていないウマ娘の怪我が続出したのだ。
トレセン、そして各自治体はウマ娘たちに峠トレーニングの禁止を言い渡したが、平地より多くの成果の得られる峠トレーニングをすぐに辞める者は少なく、却って反発を喰らうこととなった。
どうしたら怪我を少なくできるかを考えた末、コンクリートを芝にすることと、エアバッグ機能の付いたライトの装着を義務化するに至った。
そしてこの丘は峠道をコンクリートから芝に変える際に、あらかじめ用意されていた芝が余ったために作られた場所。
元々何があった訳でもなかったため、ただスペースを埋めるという意味で完成した丘だが、今では立派な昼寝スペースだ。
もっとも、最近は悩んだ時にしか来ていないが。
「……明日、かぁ」
刻々と迫るその時間を、沈む太陽が示す。
明日のこの時間になれば、既に秋名はウマ娘たちで溢れ返っているだろう。
そんな中、私は皇帝であるルドルフさんと走らねばならない。
「勝てるかな……ううん」
起き上がり、遠くの温泉街の光を眺める。
いつもの日常がそこにはあって、いつもの景色がここから見えて……今までにないバトルが、明日ここで行われる。
地方ウマ娘が中央から全国に名を馳せた七冠バに挑む……字面にすると凄い事になっている。
誰もが口を揃えてルドルフさんが勝つと言うだろう。
誰もが私が手も足も出ずに負けると言うだろう。
もしそうだとしても、そうなってしまったとしても……私はタダで負けるわけにはいかない。
私は、約束したのだから。
「……お父さん。私、勝つよ」
立ち上がり、お尻に着いた砂を払う。
狭い階段を上がり小屋の横からいつものパーキングに出ると、そこには明日使うであろう錆びたゲートが二つ並んでいた。
今にも朽ち果てそうなそのゲートを撫でて、茶色くなった指先をジャージに擦る。
「明日は頼んだよ」
ゲートを背にして、私は秋名山を下り始める。
いつもと変わらぬ走りで、私は駆けた。
とりま明日も投稿します。
仕事は最低でも3ヶ月は頑張ると決めたので…頑張ります()