随分時間がかかってしまった…中編です()
後半の低速セクションに入って第一コーナーを抜ける。
変わらず走りは不安定だが、得意なセクションということもあり多少の平静は取り戻すことができた。
しかしそれで勝負ができるかと言われれば、もちろん答えはNO。全力も出せていない走りでルドルフさんから逃げ切るなど、到底不可能だ。
「(もう勝負を仕掛けないと……このままじゃ本当に負ける! どうする……どうする私!?)」
時間はもう無い。ここで勝負を仕掛けなければ、最後に千切られて負けるのは目に見えている。
そんな中、真っ先に考え付いたのは溝走り。今までのバトルでも初見殺し……そして、必殺の技として活躍してきた私の代表と言える、誰も真似できない高難易度の技。
私は第一コーナーにいつも通り、溝走りができる最高速度で突っ込んだ。
「(タイミングを合わせて……落とす!)」
私は側溝に両足を落とし、芝との間に存在する段差にシューズの側面を引っかけて、遠心力を無視して描かれているラインの上を走り抜けていく。芝からコンクリート製の溝にステージが変わったことで、ゴム蹄鉄の鳴らす音は変わる。低く重いその足音は、私だけが鳴らすことのできる物だ……今まで、そう思ってやまなかった。
「(……この音。私のだけじゃない……?)」
後ろから私の足音と重なる同じ音。それが何を意味するかなど、理解したくなくとも、一つしか無い。
「(ルドルフさんが……溝走りをしているのか!?)」
振り向きたくとも振り向けない状況に、私はただ自分の背中を照らすライトの光から目を離せずにいる。
この技を習得するのにはこのコースの走り込みがかなりの年数を要する……そう、母さんからは教えられていた。だけどすぐ後ろにいるウマ娘はどうだ、初めてのコースだというのに一発で私の溝走りをコピーしてしまったではないか。
「(ど、どうすれば……溝走りも通用しない……そんなの、どうすれば勝てるの!?)」
思いついた方法は二つ。
一つはいつもよりもコーナーに飛び込む速度を速くし、ブレーキングを遅らせる事。そしてもう一つは……できるかどうかわからない、第二の溝走り。この状況を打破するほどの決定打がどちらにあるかは不明だが、可能か不可能かで言えば、消去法で前者になってしまう。
残りのコーナー数も半分以下になって、ルドルフさんもそろそろ勝負を仕掛けてくるはず。不意にやられるくらいなら、こちらから仕掛けてやる! そう意気込み、私はコーナーに飛び込んだ。
「(行ける……? いや、行くッ!)」
無茶な行為だということは百も承知、だけど仕掛けなければ敗北は必至。
ブレーキングを遅らせることでコーナー進入スピードを無理に上げて、カーブの始まるギリギリで踵ブレーキをする。ルドルフさんとの距離が一時的に離れた。
好手だったか? と思うのも束の間、シューズのゴム蹄鉄は、スピードに負けて滑り始める。
「(ヤバ……やっぱオーバースピードだった……っ!)」
肝心なコーナーなのにインを思い切り開けてしまい、傍から見れば今のコーナリングはルドルフさんに「どうぞお通りください」と道を譲るようなコーナリングだったろう。レースも後半に入ったタイミングでの致命的なミスをルドルフさんが見逃してくれる訳も無く、ぽっかりと空いたインをルドルフさんは通過していった。
私の脚は未だ滑り続けていて、このままではガードレールとランデブーしてしまう。どうするか……悩んだ末に出た答えは、咄嗟に思いついたものだった。
「(ブレーキングで滑るなら……脚を回して方向転換して……前へ!)」
停止するために止めていた脚を急速に回して、私は滑りながら前に進む。ガードレールスレスレでようやくグリップが効くスピード域になったのか、私の身体は放たれた弾丸のようにコーナーから飛び出して行く。
直線に出た時、既にルドルフさんの背中は少し離れた場所にあった。
「(後ろからのプレッシャーは無くなった……でも、追いつかなきゃバトルには勝てない!)」
姿勢を先ほどよりも低くして、私は直線を駆け抜けるが、ルドルフさんは既にコーナリングを始めている。
「(追いつくんだ……あの背中に。皇帝の背中に……追いつくんだ!)」
前傾姿勢のままコーナーに突入して、一気にイン側のラインを踏んでいく。もちろん溝の中にあるそのラインを通していくが、前傾姿勢ではしたことが無い。
しかし、経験が無いからなど言っていればこの勝負には勝てない。やったことの無いことでも、速く走れるならばやるだけだ。
溝を走り始めると肩に木の枝が擦る。葉が顔に当たるけど、そんなことでラインは見えなくはならない。視界以上に、この身体自身が覚えているから。熟練度が、予想外の場所で吠える。
「(……あれ?)」
コーナーを脱出すると、目の前にあったのはまだコーナーに突入していないルドルフさんの背中。直線の真ん中あたりにいる。私が速くなったのか……それとも、ルドルフさんのスピードが落ちたのか。いずれにせよ、またとないチャンスだ。
私は姿勢を維持して空気抵抗を減らし、直線でのスピードを少しでも稼ぐ。しかし、ルドルフさんは次のコーナーに差し掛かっている。4連ヘアピンもあと二つ。残りのコーナーでルドルフさんの背中にピッタリくっ付けなければ、私の負けが確定する。追いつければ、最後の広いコーナーで勝負を仕掛けられる……いや、もうそこしか勝負ポイントが残っていない。だがそこで勝負を仕掛けるには、まずはその舞台に立たなければならない。
「(やるしかない……第二の溝走り……立ち上がり重視の溝走りを!)」
ルドルフさんはもうコーナリングを始めている。負けじとその背中について行き、私もコーナーへと突っ込む。
いつもならコーナー序盤で溝を走り始めているが、今回のラインはコーナー中盤から溝の上を描いている。加速しながら溝に入りに行く……おそらく、足首と膝への負担は想像を絶する物だろう。
だけど……
「(麓までちょっとしか距離が無い……だけど、まだバトルは終わったわけじゃない! 1メートルでも2メートルでもいいから……この差を縮めるんだ! 前を走るルドルフさんに……近づくんだッ!)」
溝に落とすポイントはもうすぐに来る。数秒も無い時間が錯覚によってスローモーションになり、私の眼球は確実に溝を走り始めるポイントを捉えた。
横Gに耐えるゴム蹄鉄に鞭を入れて、インの更にインにラインを移す。悲鳴を上げるゴム蹄鉄は、コンクリートの上で静かになる。
「(いっけぇっ……!)」
側溝の小さな壁は私に掛かる強大な横Gを無視させ、私の身体を前へ前へと押し出す。自然と回る脚はどんどん加速していき、コーナーは終盤を迎える。
タイミングを合わせて側溝から芝へと上がったとき、流れる周囲の景色はいつもよりも速い。視界の端は線で埋め尽くされていて、正面にはルドルフさんの背中だけがあった。
「(もっと……もっと脚を回せッ!)」
脚の回転を維持しつつ、ストライドを関節の可動域の限界まで広げてトップスピードを限界まで伸ばす。股関節からつま先まで、下半身の全てが悲鳴を上げている。だけどここで根を上げてしまえば、敗北は必至。ルドルフさんに勝つには、己を壊す覚悟がいる。
ストライドを広げた効果か、ルドルフさんの背中がグンと近づいた。私のライトがルドルフさんの背中を照らして、ルドルフさんの前には彼女自身の影が生まれた。
ほんの一瞬、自分の影ができたことに驚いたのか、ルドルフさんは振り向く。やっと驚いた顔が見れる……そう思ったのだが。
「(ルドルフさん……笑ってた!?)」
まるで面白くなってきたと言っているような不敵な笑み。ルドルフさんは隠そうともせずに、その上がった口角を私に見せつけ、一気に加速して私を突き放しにかかる。
追い付いたと思ったのに……そう思う暇すらも与えられずに訪れるルドルフさんの本気モードに、私も遅れずに加速する。
「(まだ終わってない……勝負は、ここからだっ!)」
四連ヘアピンは終わった。コーナーの数はあと少し。勝負は、ゴールから二つ前の広いコーナーだ。
* * *
パンダ君が派手なアンダーを出して、四連ヘアピンの二つ目で私が前に出た。プレッシャーをかけ続けたことで走りを乱すことに成功していたのは後ろから見ていてわかっていた。しかし前に出るのはゴール手前だと決めていたため、予想外のことに作戦の変更が余儀なくされる。
「(まさに猪突猛進だな。だが……それで隙を生んでしまえば本末転倒。切羽詰まった状態で起こした行動ならば、まだ青いな)」
正面を塞ぐ者がいなくなり、私は一気に加速してパンダ君を突き放す。あまりにあっけなく抜けてしまったのに拍子抜けした……いや、むしろ良くここまで耐えたというべきか。
加速して狭まる視界は慣れている。既に勝利を確信している思考は勝手にパンダ君の評価を始める。だがそれは、一瞬滑った脚に注意を持っていかれた。
「(しまった……っ、アンダー気味か)」
今はまだ症状は軽いが、このままの速度を維持して先と同じようなコーナリングをすれば、間違いなく今以上に酷いアンダーが出るだろう。足裏から感じる若干の熱が、ゴム蹄鉄の限界を私に訴えてきている。
思ったようなコーナリングが出来ない、加速が出来ないから直線に出た時のスピードが稼げない。ならば、コーナリングで稼げなかった分のスピードは直線で補えばいい。
直線に飛び出した瞬間に踏み込みを強くして、タレたゴム蹄鉄をパワーで芝に食い込ませる。通常のレースでも使わない程の脚力に、私は思わず口角が上がる。下品だと自覚はしているが……抑えられない。
トゥインクルシリーズの引退を宣言してから、無我夢中になれたレースは片手で数えるほどしかない。しかしそれはどれも模擬レースだった。公式戦から離れてから、観客がいて、ライバルや新進気鋭な後輩などがいるレースに身を投じたことは一度たりとも無かった。だが今のこの胸の高まりは、かつてトゥインクルシリーズを走っていた頃を思い出させる。
「(パンダ君……君はこんなところで終わるようなウマ娘ではないだろう? 見せてくれ……君の本気を!)」
額から汗が流れた。それが単なる汗なのか……冷や汗なのか。後ろから突如現れたライトの光に、少しだけ無振り向く。パンダ君だ。
超前傾姿勢のままコーナーを突破してきたのか、彼女は私の知識だけでは説明のつかないスピードでコーナーを飛び出してきた。いつものように溝を使ってのコーナリングだろうが、今までのデータでは直線であそこまでのスピードを出すことは不可能のはずだ。
「(彼女……一体何を!?)」
私がトップスピードに到達するより先に、立ち上がりで異常なスピードを見せたパンダ君が私の背中にピッタリと付いてきた。スリップストリーム圏外から一気に圏内に入ってきたことで、彼女のトップスピードは私と同等になっただろう。直線で突き放すことはもうできない。
残るコーナーは数えるしかない。タイトコーナーがいくつかあるが、そこはパッシングポイントになるほどの広さは無い。無理に追い越そうとすればガードレールに直撃する可能性が非常に高い。彼女とて、その危険性は無視できないだろう。
「(となると、彼女が勝負を仕掛けてくるのは……ゴール直前の広いコーナー!)」
ゴールから二つ手前にあるコーナーは、このコースの中で一番広いコーナーだ。収集したデータではそこで仕掛けるウマ娘も多くいると聞くが、追い抜くにはインを差す以外方法は無い。もしパンダ君がそこで仕掛けるとしても、私がインを開けない限り彼女の勝率はゼロパーセント。一応アウトからも責めることができるが、インが絶対有利なのは不変だ。
「(ゴム蹄鉄は既にタレ始めているが……その程度で私の走りが揺るぐことは無い!)」
パンダ君ほどではないが、少しだけ姿勢を低くして加速体勢を作る。彼女の加速力は私のそれより段違いと考えるべきだろう。これは追いつかれないための前傾姿勢だ。
テンションはもう上が振り切れている。後は、最後まで走り切るだけだ。
「(さあ……勝負だ、パンダ君ッ!)」
ごめんなさい…最近お絵描きの練習とかもしてるせいで執筆に時間を割いてないの…あとお仕事で疲れて…(ウルトラ言い訳)