お久しぶりです…めっちゃ絵ばかり描いてました。
秋名山麓、温泉街。
私はシンボリルドルフさんよりも先に、ゴール地点を跨いだ。
膝に手をつき、肩で息をする。自慢だったはずのスタミナは完全に底を尽いていて、喉の奥が異常に乾く。
大勢の観客が見せる表情は十色で、私の勝利に喜び泣く者もいれば、ルドルフさんの敗北に泣き崩れる者もいた。単位を取るために走る模擬レースには無い感情が、目の前には広がっていた。
遠くには、車のドアにもたれかかる母さんの姿もあった。真っ直ぐにそこに向かおうか……その前に、やることがある。私は、後ろでスポーツドリンクを呷るルドルフさんと向かい合った。
「……ルドルフさん」
「ん?どうしたパンダ君?」
一回りほど身長の高いルドルフさんを見上げて、数秒の沈黙。私は、重たい空気を振り払って、聞いた。
「あの……私、どうしても聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい。どうして私を抜いた後、ペースを落としたのかなって……」
「ペースを落とした……?」
「はい。待っていてくれたワケではないと思いますけど……でも、どうしてですか? 抜いたなら、そのまま振り切って行けばいいのにって……思って」
ルドルフさんは私の言葉に「あぁ」と嘆息し、苦笑いを浮かべた。
「参ったな……そう思われるほどペースが落ちていたとは」
ルドルフさんは耳を畳み落ち込みを見せて、自身のシューズの底を見せてきた。そこにあったのは、ドロドロに溶け始めているゴム蹄鉄。熱ダレを起こした証拠だ。
ゴム蹄鉄の熱ダレは、峠バトルではよくあることだ。特に、白熱するようなバトルでは、両者とも発生してしまうことがあるほどに、よくあることだ。だけど、私のゴム蹄鉄は熱ダレが起きていない。この差は、一体何なのか。私には、わからない。
「私とて手を抜いたつもりはないよ。ただ、君の走りをコピーする過程で、ゴム蹄鉄を追い込んでしまったようだ。ペースダウンは最小限に留まらせたつもりだったんだが……はは、面目ない」
「そ、そうだったんですね……」
「それだけじゃない。君が自らペースを上げたんだ。ある程度ペースが落ちても逃げ切れる自信はあった。だが、君のペースが私に追いつくほどだった。それだけさ」
ルドルフさんは私の肩に手を置き、小さくウインクし、言う。
「ウイニングライブ、今度こそダンスが入っていることを祈っているよ」
自分が乗って来たであろう、白い車に向かうルドルフさん。ドアを開けて今にも乗車しようとしているタイミングで、私は「あの!」とルドルフさんを引き留める。さっきの会話で終わりだと思っていたのか、きょとんとする彼女に、私は叫ぶ。
「私……その。……私の方が速かったとは……思ってませんから」
「…………ふ、ふふっ」
慰められたと思われたのか、ルドルフさんは怒りで肩を震わせて笑い始めた。表情が見えない程屈んで笑う彼女が顔を上げた時、そこにあったのは心底面白がって笑っている顔だった。目尻に涙すら浮かべるほどだったのか、腹を抱えている。
「全く、君は変わったウマ娘だ。今まで様々なウマ娘を見てきたつもりだが……君のようなウマ娘は初めてだよ」
今度こそと車に乗り込み、エンジンをかけた。ゆっくりと私の前まで来ると、窓を開けて顔だけを見せる。
「小さな世界で満足せずに、広い世界に目を向けて行くんだ。君の才能は、ここだけに留めるには惜しいからね」
「広い世界……」
「また会おう。次は、その広い世界で」
ルドルフさんはそう言うと窓を閉めて、車を走らせていく。温泉街を真っ直ぐ走って行き、その姿はあっという間に見えなくなっていった。
結果で言えば敗北したと言うのに、その車はどこか楽しそうに走って行く。これから楽しい場所へ行くときのような、そんな感情の高ぶりを、消えていった車から感じた。
「……やっぱり、凄い人だ」
何が私と違うのか、正直全くと言っていいほど、わからない。だけど一つだけ、わかることがある。それは走りに対するモチベーションだろう。
今回のバトルは、私は必至に走っていたと言うのに、ルドルフさんは楽しみながら走っていた。モチベーションの差は、顕著だった。
「……私も強くならないと」
無意識のうちに握られていた拳を解き、私は母さんの下へ向かった。
* * *
夏休みも終盤を迎えたと言うのに、一向に暑さが引く気配の無い猛暑日のある日。いつも通りエアコンの効いた生徒会室で書類整理を行っていると、私のスマホが震えた。
バトルを終えてから三日。スマホが震える度に画面を見ている私は、あのバトルの勝者であるパンダ君のウイニングライブを心待ちにしていた。前回はハチ君がメールに添付していた動画で見たが、今回も同じだろうと思い、仕事の傍ら、定期的にメールアプリを確認している。
前回メールが送られてきたのも、バトルから三日後だった。そろそろだと思えば、心躍ってしまうのも無理はない。だからと言って、仕事をおろそかにする言い訳にはならないが。
「……まだか」
午前中だけで確認した回数は20を超えているだろう。今回もハチ君からのメールではなかった。
少し離れた机で同じように作業しているエアグルーヴが、繰り返ししている私の行動にため息を吐いた。
「……会長。そんなに気になるのであれば、直接彼女に聞けばよろしいのでは?」
「い、いや、それは……」
「浮足立っている様子を見せられる我々の気持ちにもなってください。こちらも落ち着きません」
「ず、随分言い立てるな」
「ラモーヌ先輩に教えていただきましたから」
「……」
あまり乗り気ではないが、エアグルーヴの言うことも一理あるため、私はハチ君に電話をかけることにした。通話料のかからないLANEというアプリで、彼女に電話を掛ける。数コールの後、彼女は電話に出た。
『ルドルフさんこんにちはっス。どうかしましたか?』
「ああ、こんにちはハチ君。……その、だな……うぅ」
「会長。素直に聞いてください」
「え、エアグルーヴ……う、うむ」
『? どうしました?』
「……単刀直入に聞こう。ウイニングライブの進捗はどうだい?」
やっと言えた。そのことで胸を撫でおろしたのも束の間、帰って来た返事は予想だにしていなかった物だった。
『そのことで丁度、連絡をしようと思っていた所っス。今中央トレセンにいます』
「……な、に!?」
思わず立ち上がってしまう。大きな音を立てて椅子が転げ、エアグルーヴが驚いた様子で耳を畳んだ。ジェスチャーで謝り、すぐに窓の外を見る。そこには、見慣れないライムグリーンの車が校門をくぐって来ていた。
「もしや、あのグリーンの車が君たちか?」
『はい。シル先輩……えっと、シルビア先輩の車です。でも駐車場がわからなくって……』
「はは……流石に泰然自若とはいかないな。道に沿って走って、校舎裏が駐車場だ。FC……白い車の隣が空いているはずだ。そこに停めてくれたまえ」
『わかりました。後で生徒会室に伺いますね』
「あ、ああ。待っているぞ」
通話終了のボタンを押し、ゆっくり携帯を持った腕を下ろす。エアグルーヴが席に座り、先ほどと変わらぬ様子で書類を片していく。あまりにあっけらかんとした彼女に、私は無意識のうちに謝意を述べていた。
「……すまないエアグルーヴ。面倒を掛けてしまったようだ」
「問題ありません。それより、彼女たちが来る前に書類を片付けましょう」
「む、そうだな。早急に取り掛かるとしよう」
倒れた椅子を元に戻し、急いで書類の山を削っていく。ハチ君たちが来るまで15分程、私たちの机は、人を迎えるに相応しい状態になった。
「こんにちはルドルフさん。エアグルーヴさんも、お邪魔します」
「先日のバトルぶりだなハチ君。そして、パンダ君」
ハチ君が先頭に立ち、残りの三人が後ろに控えている。この中で一番中央との繋がりがあるのがハチ君だからだろう。パンダ君に掛けた私の言葉は、会釈で返された。
「聞いていなかったが、どうして中央へ? 事前連絡も無かった気がするのだが……」
「あれ、一応告知はしたんですけど……中央のポータルサイト、見ましたか?」
「ポータルサイト? そういえば見ていないが……ちょっと待っていてくれ」
畳んだPCを再び開き、ポータルサイトの管理画面を見る。そこには一件の、ゲストアカウントによる投稿が一つあった。クリックして投稿を開くと、そこにはパンダ君の名前を筆頭に、ハチ君と彼女たちの二人の先輩によるウイニングライブを行うと書かれているではないか。
こういった生徒主催の案件は生徒会を通して行われるはずだと言うのに、私達生徒会にはこのような話は一切上がっていない。どういうことか。
「学園側には連絡を入れていて、許可は既に貰ってるんスけど……」
「何? となると……事務員の連絡漏れか?」
「その疑問、私が説明しようッ!」
事務員に問うために受話器を手に取ったタイミングで、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。そこにいたのは、頭に猫を乗せた理事長。そしてその横には、理事長秘書のたづなさんがいた。
終始にこやかに笑う理事長に対し、呆れ困り果てた顔をするたづなさん。連絡漏れはもしや、理事長の仕業かと聞けば、理事長は扇子を開いた。
「肯定ッ! 夏休みももうすぐ終わる! 合宿に向かった者、帰省した者と様々だが、学園に残った者も少なくない!」
「え、ええ。二クラスと少しくらいの人数はおりますが……」
「先日のバトルの件、私の耳にも入ってきている! 聞き込みをしたところ、観戦をしたのは学園に残っていた生徒が過半数を占めていた!」
「そ、そうなのですか……?」
「そこで、考案! 学園に残った者たちの夏休み最後の思い出とするため、彼女たちのウイニングライブを行うことを、私が早急に許可を出した!」
「……なるほど」
隣のたづなさんが私たちに向けて何度も頭を下げているあたり、秘書として東奔西走していたであろう苦労がうかがえる。確かに、この手の案件を生徒会だけで請け負えば、許可を出す間に夏休みが終わってしまう可能性がある。学園に残った者たちは事情を抱えている者が多い。そういった生徒たちに、一つでも多くの思い出を与えてあげたいという理事長の意志を、無下にすることはできない。
私達生徒会に話を通してくれなかったことに対して、少しの不満はあるものの、このことは生徒にとっていい刺激になるだろう。
「……わかりました。ハチ君、ウイニングライブはすぐに行えるのかな?」
「あ、はい! 理事長さんが楽器を体育館に手配してくれているので」
「わかった。では、これから校内放送で君たちの事を伝える。いいかな?」
「はい! パンダ、先輩、行きましょう!」
ハチ君たちはドタバタと生徒会室を後にしていく。それに続くように理事長とたづなさんも出て行こうとするが、たづなさんは何かを伝え忘れていたのか、脚を止める。
「そういえば、伝え忘れていました」
「どうしましたかたづなさん」
「群馬トレセン在籍の生徒も、このウイニングライブに招待していると、理事長は仰っていましたので……」
「……えっ」
「すみません、もう体力が限界なので失礼しますね……」
「……ゆっくり休んでください」
既に限界を迎えているたづなさんの瞼は痙攣しており、今にも倒れそうな足取りで生徒会室を後にしていった。
そんな二人の姿を見送っていると、外から何やら大きな音が聞こえてきた。窓から外を見れば、数台のバスが校内に入って来ている。バスの側面には「群馬トレーニングセンター学園」と大きく書かれていて、先ほどたづなさんが言っていたのはこういうことかと理解した。
寮の方からも、学園に残っていた生徒たちが続々と出てきており、ファルコン君がよくミニライブを行っている小さな体育館へと向かっている。
「……どうします、会長」
「無論だとも。さあ、私たちも行こう」
たづなさん達に続き、私たちも生徒会室を後にする。
彼女たちのウイニングライブを、実際にこの目で見るのは初めてだ。だからこそ、期待せずにはいられない。あの声で、あの伴奏で行われる生のウイニングライブ……思わず口角が上がってしまう。
下品だと分かっていながらも抑えることが出来ないそれを、最後まで咎める者はいなかった。
* * *
体育館に着くと、そこには私服だったり制服だったり、様々な格好のウマ娘や教師らしき大人の姿があった。私服のウマ娘については判断できないが、制服は中央の物と群馬トレセンの物と二種類があり、それなりの数が来校していることがうかがえる。
「(ざっと百人程度か……ウイニングライブにしては数は少ないが、こういう小規模ライブも悪くない)」
壇上の上には、普段置かれているはずの演台が無く、代わりに楽器が置かれている。ギター、キーボード、そしてミュージックシーケンサーであろう、あまり目にしたことの無い楽器もあった。
人の入りがほぼ無くなり、ざわつきが収まりつつある中、ウイニングライブの時間が来た。壇上横の控室からパンダトレノを含めて四人が現れ、その登場を観客全員が拍手で迎える。
センターを務めるパンダトレノはもちろん勝負服だが、驚いたのは他の三人。中央トレセンが用意しているステージ衣装、スターティングフューチャーを着ている。それを見た会長も驚いているのか、もう笑うしかなかったようだ。
パンダトレノは楽器たちの前に置かれたスタンド付きマイクの前に立ち、その電源を入れる。
『あー、あー……えっと、群馬トレセンから来ました、パンダトレノです』
知ってるよ、誰もがそう思ったことだろうが、彼女にとって人前でやるウイニングライブはこれが初。レース場の無い群馬において、経験者は既に群馬トレセンにはいないことだろう。アドバイス一つ得られずにここに来た彼女の、泳ぐ視線と言葉に野次を入れる者はいなかった。
『今回、ここでウイニングライブをさせてもらうということなのですが……その、自分はあまり……ウイニングライブの練習とかもしてこなかったウマ娘でして』
少し照れながら頭を掻くパンダトレノ。中央のウマ娘どころか、群馬トレセンの者たちまで忍び笑いをしてる。
『でも、先日のバトルのあと、休まずにウイニングライブの練習をしてきました。付け焼刃ですが、精一杯頑張ります……ので……えと』
言葉が詰まる。精一杯頑張ります、そこで言葉を切っておけばよかったという後悔が目に見える。だけど、きっとパンダトレノはそれだけでは足りないと思ったから、言葉を繋いだはずだ。
数秒の沈黙。マイクが、パンダトレノの息を吸う音を拾った。
『……私の初めてのウイニングライブは、カメラ越しでした。初めてのことに戸惑って、どうやっていいのか分からず、趣味でやってるバンドの発表会みたいな感じでやって……その、ダンスの一つも取り入れてない、ただのライブになってしまっていました』
サクラバクシンオーとのバトルの後に送られてきた動画の事だろう。確かに、我々の知っているウイニングライブとは、程遠い物だったと記憶している。
『シンボリルドルフさんが言っていました。ウイニングライブは勝者のみが立つことのできる場所……勝者は、そこに立つ義務があるって』
サクラバクシンオーとのバトルの直後、会長がパンダトレノに向けた言葉。あの時は時間が遅かったため、動画撮影でのウイニングライブを了承したが、彼女にとってあれは逃げだったに違いない。
パンダトレノはあのウイニングライブの事を引きずっていた。だからこそ……今、彼女はステージに立つことを自ら選んだのだろう。
『私は! あの日、あの時間……あの峠で、シンボリルドルフさんに勝ちました! だから私は、歌います! ここに立って、歌って踊る……その義務が、私にはあるから!』
彼女の言葉で、体育館の窓の暗幕が一気に閉じられ、天井の照明が消される。スポットライトがセンターにいるパンダトレノを照らし、キーボードとシーケンサーによるイントロが流れ始めた。
私たちの知っているウイニングライブの曲ではない。全く初めての曲に戸惑う中央のウマ娘たちに対して、群馬トレセンのウマ娘たちは口笛などを吹くほどに盛り上がりを見せた。
『Get ready yo! now we blow up horn!』
ハチ君のラップ調のような声と共に、ステージ手前のクラッカーが弾ける。そしてステージ全体が照らされ、そこで演奏する全員の輪郭が露わになった。
ドラム、ギターの音が混じり、一段と派手になる演奏の中、パンダトレノが叫ぶ。
『聴いてください! 秋名スピードスターズより、BREAK IN2 THE NITE!』
僅か数分のウイニングライブ、それは私たちが普段行うものとは違わない。だが、余りに違いすぎるそれに拒否反応を起こすものは……誰もいなかった。
気品の足りないヘドバンをする者、上着をタオル代わりにして振り回す者もいた。会長ですら、つま先でリズムを取っている。
確かにダンスや歌にはまだ改善の余地が見える。しかし、それを言わせぬ何かが、彼女たちのウイニングライブにはあった。
熱止まぬ体育館の中、気づけば私は、拳を作っていた。
「……フッ。楽しみにしているぞ、パンダトレノ……私のチーム『エンプレス』と戦う日をな」
私は小さな拍手を、彼女たちに送る。
賛辞であり、宣戦布告でもあるそれに、気づく者は誰もいない。
First stage、これにてようやく終了です。
最近はほぼ絵を描くことに時間を掛けていて、こっちを全くと言っていいほどやっていないのが現状です。
でもたまに帰ってきて描くかもしれないので…一応、次のお話に繋がるのを残して…一区切りということで。