「これが……」
「中央……」
「すげぇ……」
「デケェー……」
上からパンダ、シルビア、ハチ、ワンエイティの順で言ったのは、4人の目の前に広がる中央トレセン学園を校門前から見た感想だ。
パンダが中央トレセンに招待された際に、他にも何人か連れてきても良いとも言われたため、パンダはシルビアとワンエイティ、自ら行きたいと申し出たハチを一緒に連れてきた。
パンダらの地方トレセンが
見える人影というと校舎より向こうのグラウンドにいる30前後の数の、米粒ほどの小ささの人影だけだ。
「広いな……雰囲気も違う。流石中央って感じだ」
「正にエリート学校だな。土地も設備も授業スケジュールも、俺たち地方と比べりゃ天と地の差だぜェ」
「何よりも違うのは、きっと意欲だろうな。ここにいるのは私らみたいにウマ娘だからって理由だけでトレセン入るんじゃなくて、目指して入った連中ばっか」
「授業終わったら遊びに行ったりバイトしたりしてるなんて言ったらどうなることやら……」
「私たちは本気でやってるのに!って言われるのがオチだよ」
シルビアとワンエイティが格の違いに現実を感じ、自らを卑下している横で、パンダとハチは感心していた。
「これが本場のトレセン……」
「規模もウチとは大違いだ。これなら世に名だたる競走バを毎年多く輩出してるのも不思議じゃないな」
事あるごとにTVなどのメディアにその名を轟かせる中央トレセンとその出身のウマ娘。
その理由を目の当たりにし納得で二人が頷いていると、突如背後から「しかし」という声が掛かる。
パンダとハチゴーの興味とシルビアとワンエイティの気鬱はそちらに向いた。
そこにいたのはハチが持ってくる雑誌やTVにも頻繁にその姿を見せている「皇帝」の異名を持つ七冠ウマ娘、シンボリルドルフだった。
「頂点に立つ者のみが壇上に立つことが許される。それは逆も然り。頂点かそれ以外。勝者は進み、敗者は去るのみ。それが、トゥインクルシリーズだ」
ハチが言った事は所詮、日向のみを映した偏った報道が人々に植え付けたイメージだと言うルドルフは、パンダの前に立った。
「君がパンダトレノ君だな。もう知っているだろうが、私はシンボリルドルフだ。よろしく頼むよ」
差し出された手とルドルフの顔を交互に何度か見ると、パンダは現実以上に大きく見えたその手を取る。
「パンダトレノです……よろしくお願いします」
同じ女性とは思えないほどごつく逞しい手は、パンダにとっては久しぶりだった。
それはまるで、昔、父と手を繋いでいた時と同じような感覚で、「もう少しこのままでいたい」とパンダは思ったが、ルドルフがハチ達にも自己紹介をしようと手を離したことでそれは終わってしまう。
「ハチゴーです、よろしくお願いします!」
「シルビアです、よろしく」
「ワンエイティです、ヨロシク」
「シンボリルドルフだ。呼び方はルドルフで構わない。こちらこそ、よろしく頼む」
3人もルドルフと握手し、そして3人ともその手のごつさに驚いていた。
その反応に気付いていたのか、ルドルフは自らの手を見て嗤った。
「随分と硬いだろう?私みたいになると、華奢ではいられなくなる。だが、こんなのでも女子だからな、君らみたいに可愛い手が羨ましいよ」
もっと柔らかければあの人が甘えてくれることもあったかもしれない、そうパンダたちが首を傾げるような独り言を、余計な話だったと話を切り上げ、4人の視線を集めるように校門の前に立った。
「ようこそ、中央トレセンへ。我々は君たちを歓迎する」
* * *
ルドルフに連れられ学園の設備などの説明を受けていた時に、急用でルドルフが席を外した。
行く前に「昼食には戻るから、それまで好きなように見てくれ」と言われ、その通りに学園内を散策していたが、他の生徒からの視線はルドルフのような好意的なものではなく、むしろ排斥してくるような気色で、それから逃げるように4人は食堂へと入った。
一番端の机を4人で囲み、一斉にため息をつく。
「……全然歓迎されてないじゃんかよ」
「当たり前だろシル。私らみたいな地方ウマ娘がそう易々と歓迎されるわけ無いよ」
「だからと言ってよ、あんな目でみるこたーねぇだろ。ったく、血の気の多い奴らばっかで疲れちまうぜ」
ワンエイティが足を広げるように椅子に座るが、誰もそれを咎めない。
全員が同じ理由で疲れているからだ。
誰も眼前の水に手を付けず、グロッキー状態に陥っていた。
「……正直、レベル違うなって思いました」
ボソリと呟いたパンダにシルビアが目を向ける。
「というと?」
「皆、勝ちに必死になってるんです」
「そりゃ、勝たなきゃここ去らなきゃいけないし、必死なのは当たり前なんじゃないのか?」
シルビアの回答に、パンダは首を振った。
「ここの人たちは本当に、さっきルドルフさんが言ってた通り『一着かそれ以外』なんだと思うんです。そういう意味で、私たちとは違うなって」
「……つまり、着順よりも勝つか負けるか、そういうことへの執着心が私らよりも強いってことか?」
「うまく言えませんけど、だいたいそんな感じです」
シルビアは腕を組み直して、自分らのトレセンのトレーニング風景や模擬レース風景を思い出す。
「確かに、私らのトレセンじゃ成績上位と当たっただけで諦める奴とか、相手が悪ければ負けて当然とか言う奴もいるもんな。確かにそういう面じゃ意識が違うな」
こんなんじゃ私らを見る目があれでも納得だな、とシルビアが椅子に背中を預けて仰いだ。
各々が疲れを隠せていない表情をしながらため息じみた声を上げていると、午前授業の終了の鐘が鳴った。
「やべっ、生徒が集まっちまう」
さっさと退散しようぜと立ち上がるワンエイティをシルビアが止める。
「ルドルフさんのことを考えろエイティ。昼食には戻るって言ってたんだ、一番見つけやすい場所はここだろ」
「だけどよシル、またあの目を向けられるんだぜ?しかも今回は逃げ場がねェじゃねーか」
「我慢するしか無い。そりゃ私だってあれは嫌だけど、せっかくルドルフさんに招待してもらったんだ、迷惑は掛けれないだろ」
「……わかったよシル」
渋々といった様子で再びワンエイティは着席し、同じタイミングで生徒たちが入ってきた。
暫くは気付かなかったが、席を取り始めたあたりである一人がパンダ達の存在に気づき、隣のウマ娘と密語を始めた。
それはすぐに伝播し、食堂は小さな声で埋め尽くされる。
パンダたちには何を言っているのかが聞こえないため、ただ自分達のよからぬ事を話しているに違いない、そう思わずにはいられず、不快感を覚えるしかなかった。
「おや!?見知らぬ方がいらっしゃいますね!」
そんな中、突如元気なウマ娘が現れた。
パンダたちの疑心が吹き飛ぶほどの元気の良さに周囲も圧倒されたのか、食堂はしん……と静まり返った。
隣には友人らしきウマ娘もおり、必死に「バクちゃん静かにしなきゃだめだよ!」と制止しようとしているが、本人は気にせずパンダたちの方へ歩いてきた。
「見たこと無い制服ですね!どこの方ですか!?」
ビシッと手を向けられたパンダは「え、私?」と戸惑いつつも応答する。
「えっと……群馬トレセンから来ました」
「おや!?見学者さんということですか!?」
「あ、はい」
「そうでしたか!皆さんのお名前は!?」
「パンダトレノです。隣は同級生のハチゴーと、向かいは一個上のシルビア先輩とワンエイティ先輩です」
「パンダトレノさんですか!ハチゴーさんにシルビアさんにワンエイティさん!聞いたことがありませんね!」
もちろん嫌味ではないことはわかる。
デビューはもちろん、中央に通ってるわけでもないのだから知るわけがないのに、わざわざ言われれば腹も立つ。
「そういう貴女は誰なんです。聞く前に名乗るのが礼儀でしょう」
「オヤ!これは失礼!」
オホンと大きく咳払いして、不思議な瞳を見開き高らかに自己紹介をした。
「私はサクラバクシンオーと言います!生徒たちの模範となるべく学級委員長を勤めています!どうぞよろしくお願いします!」
サクラバクシンオー、そう聞いた瞬間にハチが椅子ごとひっくり返った。
ガシャンと大きな音を立てて椅子から投げ出された華奢な体躯は、心配そうに見つめてくるバクシンオーに指を指して震える口で言った。
「さっ、サクラバクシンオーって!最強スプリンターウマ娘のっ……」
「オヤ!?私をご存知なんですね!流石私!地方の皆様にとってもヒーローなんですね!」
高笑いをするバクシンオーの「地方の皆様」という言葉に周囲が反応した。
「ナニ?やっぱあの娘たち昼間の見学者たち?」
「なんで
「図々しいのよね。さっさと帰らないかしら」
パンダとシルビア、ワンエイティは、先程の無言の視線がただ言葉になっただけだと、悪態をつかれても聞き流していたが、ハチだけは違った。
ハチはすぐに立ち上がると、バクシンオーの後ろにいるウマ娘たちに指を指す。
「なんですか後ろのウマ娘たちは!私たち地方ウマ娘が皆、トレーニングしてないとでも思ってるんですか!?」
ハチの怒声に、パンダたちを遠目に見ていたウマ娘たちはまるで藪から棒でつつかれた様な反応をしていた。
「聞いてりゃ好き勝手なことばかり言って!私やシル先輩たちにだけならまだしも、トウカイテイオーに勝った
ハチが言い終えた刹那、食堂には静寂が訪れた。
台詞を最後までしっかり聞いていたパンダら3人はとっくにハチの失言に気付いており、ハチ自身がそれに気付くのにもそう時間は掛からなかった。
そして意外にも最初に反応を示したのはバクシンオーだった。
「ほうほう!ハチゴーさん!今パンダトレノさんがトウカイテイオーさんに勝ったと仰いましたか!?」
「エッ……あ、はい」
「ほうほうほうほう!ちょっと失礼しますね!」
バクシンオーは急に大人しくなるハチを横切り、パンダの目の前まで来た。
そして顎に手を当てて舐め回すようにパンダを隅々まで見て、そして不思議な顔で首を傾げた。
「うーん?これは一体どうなっているのでしょう?パンダトレノさん、ちょっとお足を失礼しますね」
「あ、はい。どうぞ」
バクシンオーが差し出されたパンダの足を、ニーソ越しにペタペタ触る。
その度に左右に首を傾げるバクシンオーに、パンダは自分が何かおかしいのではないかと心配になり、声を掛けようとしたタイミングで逆に質問された。
「パンダトレノさん、あなたの脚質と得意な距離は何ですか?」
パンダはその質問に首をかしげた。
「脚質はたぶん差しか追い込みだと思います、先生がそう言っていたので。得意な距離は……えっと、あのパーキングから麓のお店までだと……だいたい8000mだから……?レース場に8000mなんてありましたっけシル先輩?」
「8000mなんてあるわけねーだろ、最長でも3600mだよ」
「となると……私の得意距離って無くないですか?」
ウマ娘たる者、知っておかなければならない自身の情報が、世間と合うものではないお陰でパンダは頭を抱えた。
あまり競バ場のターフ上に立たないパンダは、普段の模擬レースもあまり真面目には走っていなかった。
パンダにとっての競バ場は、毎朝走る峠だからだ。
8000m、規格を遥かに越えたその数字はパンダたちをバ鹿にしたウマ娘たちにもしっかり聞こえており、ざわめきは悪い方向から驚きの方向へ変わった。
しかしバクシンオーはその数字に、どこか納得したように頷いている。
「なるほど!8000mという距離に、少し納得がいきました!」
バクシンオーはパンダたちにビシッと手を向けた。
何が納得いったのかわからないハチは、バクシンオーの背後からそれを聞いた。
「納得いったって、何をです?」
「ハチゴーさん、貴女も同じですよ!」
「え?何がです?」
「足の細さが、です!」
バクシンオーは手をハチの足に向けた。
何のことかさっぱりわからないハチは、丈の長いスカートの裾を持ち上げ自分の中の足を覗き込む。
しかしそこにあるのは別にいつもと何ら変わらない、何も思うところが無い自分の足だけがあり、ハチは疑問符を浮かべるだけだ。
「ハチゴーさん。スプリンターとステイヤーの、定義以外の違いはご存じですか!?」
「スプリンターとステイヤーの定義以外……えっと、体重の違い?」
「ハイッ、正解です!私が求めていた答えにドンピシャです!ハナマルですっ!」
「ど、どうも……」
バクシンオーは「失礼しますハチゴーさん!」と言い自分の足をハチの横に並べてその差を見せた。
筋肉質で太い屈強なバクシンオーの足に比べ、ハチの足はかなり細く、最低限の筋肉しか付いていないせいで貧弱に見えた。
「スプリンターはステイヤーに比べて瞬発力が求められる分、どうしてもパワー、つまり筋肉が求められます!なのでスプリンター向けに鍛えられた筋肉は肥大してしまうため重量増加に繋がります!
それに比べてステイヤーは長距離を走る分、どちらかと言うと走りがランニングに近い形になり、筋力よりも持久力の方が求められるので、ステイヤーはスプリンターよりも細い体躯になりがちなのです!まぁ個人差は大いにありますがね!」
バクシンオーは自分の足をペチペチと叩き、その太さと筋肉をフフンと鼻を鳴らしながら自慢げに見せつける。
満足したのか、ハチの足を触りながら、先ほど自分が言った「少しの納得」を確実にすべく、パンダに質問を投げ掛けた。
「ハチゴーさんやパンダトレノさんの足が異常に細いのには、その距離に理由があります!パンダトレノさん、普段はどこを走っていますか?」
「峠ですけど……」
「オヤ、走り屋ウマ娘さんでしたか!ちなみに登りと下り、どちらが得意ですか?」
「下りです」
「フムフム、なるほど!これで人に教えるには十分な情報揃いました!」
これは私史上最高のバクシン的名推理の予感ですよ!と豪語して話し始めたのは、パンダの普段の配達中の、峠を駆けている最中の体のコンディションの事だった。
誰にも教えてもいないはずなのに、それは一寸違わず的中していた。
「下りはスピードが乗りやすい上に体力の消耗がかなり軽減されますよね!おそらくですがパンダトレノさん、8000mというのは全力で走っていない場合の数字ではありませんか!?」
「そ、その通りです」
「やはりそうでしたか!でもその走りが体に表れるということは、日常的に8000mを走っているのだと私は思うのですが!」
「ま、毎日配達で走ってます」
「コーナーとストレートで、それぞれストライド走法とピッチ走法を使い分けていますね!?」
「……何でわかるんですか?」
「これぞまさにバクシン的名推理ですっ!パンダトレノさんの足の筋肉の付き方を見ればアッという間に丸わかりです!流石私です!エッヘン!」
バクシンとは一体何だろうと思ったが、誰も突っ込まないから気にしないのが正解だろうと、疑問を心に仕舞い込んだ。
しかしバクシンオーは「ですが」と言いパンダのそんな思考を中断させた。
「……トウカイテイオーさんの体は仕上がっていました。たとえそれが、峠に特化したパンダさんの体であっても、負けないほどに」
純粋な疑問だった。
トレーニングの質も量もパンダの比でないほどこなしてきたはずのテイオーが、峠に合った身体というだけのウマ娘に抜かれるなど、万が一、億が一にもありえないと思ったからだ。
バクシンオーはカッと目を見開き、振り上げた手をパンダに振り下ろす。
「パンダトレノさんがトウカイテイオーさんに勝利したことを証明する術が無いのならば、それを証明する術を作ればいい!私は閃きましたっ!」
「えっと……何をです?」
嫌な予感がすると第六感が告げるのを見ぬふりして聞いたが、パンダはやはり自分の勘に従っておけばよかったと後悔した。
「私たちウマ娘は走ればその強さがわかります!パンダトレノさん、あなたに峠バトルを申し込みますっ!」
高らかな宣戦布告が、食堂に響いた。