高橋涼介のDの頭文字に込めた思いをウマ娘風に言ったらこれしかないので、そのためのお話です。
正直微妙ですね、ハイ。(オイ)
バクシンオーの宣戦布告を受けた後、パンダたちは一部の生徒たちと談笑しながら昼食を終えた。
午後の授業の予鈴が鳴り、食事を一緒にしていた生徒たちはアッという間にいなくなり、パンダたちだけが食堂に残された。
「ルドルフさん、来ないっすねー」
頬杖をつきながら言うハチは、どこか飽きた様子で、どうしたとシルビアが聞く。
「なんかですねー、お話についていけないんですよ」
「話についていけない?」
「ほら、私って競バ場のターフ、1200mしか走りきれないじゃないですか」
「あ、あぁ」
ハチは生来、体が弱かった。
スタミナやペース配分から適正距離は長距離、中距離と診断されていたが、その弱さゆえに1000mを越えた辺りから脚に痛みが表れるという、ハチは類を見ない恵まれない身体を授かったウマ娘なのだ。
「皆、走りたいだけ走れて羨ましいなって思いまして。自分の適正がどんな距離だろうと、それを越えて走ろうとする。なのに私は1000mの壁も越えられない…たまに惨めになるんですよ」
グラスから突き出るストローの頭を指で弄りながら、いじけるように顎を机に乗せた。
耳は完全に伏せられている。
「でもそんなこと言えないじゃないですか。私は走れないんだからそんなお話するなー、なんて」
ハチは息を吐きながらゆっくり目を閉じる。
シルビアたちは何を言えばいいのかわからず、声を掛けれずにいた。
この事実をコンプレックスに感じていることをシルビアたちはもちろん知っていた。
だから遊びで走っていた峠というスピードに乗れるコースで、競バ場では味わえない疾走感を味わいながら一緒に走っていたのに、競バ場をメインコースにしている中央での会話は嫌でもハチにその事実を押し付けた。
「……私、ここにいます。終わったら迎え来てください」
「ハチ…」
隣に座るパンダがハチゴーを慰めようと肩に手を置こうとしたが、シルビアが首を横に振ったためそれを引っ込めた。
シルビアがパンダとワンエイティにアイコンタクトを送り、立ち上がった。
「疲れただろ。ゆっくりしてていいからな」
「…」
「……私たちは少し行ってくるよ。なにかあったら連絡くれよ」
パンダとワンエイティも席を立ち、ハチを残し食堂を後にする。
目を開けると誰もいなくなっていて、いよいよ食堂にはハチ一人だけが残された。
「……お前が羨ましいよ、パンダ」
ハチは目尻に涙を浮かべながら、再び目を閉じた。
* * *
「対応が遅くなってしまった…応接不暇も大概にせねばならないな」
ルドルフは誰もいない廊下を駆けて食堂へと向かっていた。
昼には戻ると言いつつも先方との対応に時間がかかってしまい、昼食の時間帯からは既に一時間が過ぎてしまっていた。
食堂の入り口に着いたとき、焦りからか少し息を乱してしまっていたが、それをすぐに整えると入り口の扉を開けた。
「……やはり…ん?」
やはり誰もいないか、そう思って踵を返そうとした時、食堂の端の机に誰かが突っ伏しているのが見えた。
「あれは…ハチゴー君か?」
ルドルフは踵を返すのを止めて、ハチの方へ向かった。
ハチはどうやら眠ってしまっているようで、パンダたちがハチをそっとしておくために席を離れたのだと、一人でいる理由を理解した。
このまま放っておくわけにはいかないと、ルドルフはハチの前の席に座った。
「ハチゴー君、起きてくれ」
「……んぅ?…………あれ?るどるふ、さん?」
「おはようハチゴー君。よく眠っていたな、少し疲れてしまったのか?」
「ぁ……すみません。ちょっと…」
眠っていたから、というわけではない目の腫れに、ルドルフは目を細めた。
ハチ本人はそんなことを気にせず目を擦り、少し眠たげな目をルドルフに向けた。
「ちょっと疲れちゃいまして。せっかく招待してもらったのに…」
「いや、構わないよ。ここは君たちのトレセンに比べて大きすぎるぐらいだ。知らないところをずっと歩いてれば、疲れてしまうのも道理だよ」
「……ありがとうございます。パンダたちは固まって別のところに行ってますから、探せば会えると思います」
ハチはルドルフの用事はパンダにあると思い、パンダたちがどう動いているかを伝えたが、ルドルフは首を振った。
「私は君と話がしたい」
「わ、私と?」
「ああ。構わないかな?」
「いい、ですけど」
「それなら良かった」
ルドルフは頬杖をつきハチを見つめた。
じっと無言で見つめられ続け、何か顔についているのかと自分の顔を焦ってペタペタ触るハチを、ルドルフはふっと笑った。
「な、なんですか…?」
ルドルフは手を伸ばし、ハチの瞼を指でなぞった。
「泣き腫らした目だ、何かあったのか?」
ルドルフの言葉に、ハチは肩を跳ねさせた。
「いや何も」そう言いかけ、飲み込む。
うつむいて、パンダたちに向かっていつも思っていて、それでも一度も漏らさなかった嫉妬をぽつりと漏らした。
「…走りたいんです、私」
ルドルフは聞き役に回った。
黙って、流れ出る感情を受け止めるために。
「トレセンに入る前から…いえ、小さい頃からずっと。ある距離までしか走れないんです。1000mを越えた途端に足が痛くなって、失速して…離脱していく」
ハチは誰もが「しょうがない」と慰めた、初めてのレースを思い出した。
短距離から中距離までを走るウマ娘を無差別に集めた1500mの野良レース。
小さいウマ娘が自分の適正距離を自分で把握するための、現実を見るためのレース。
ハチはそれのレースにおいて、ゴール板を越えることができなかった。
その次に行った1200mの野良レースでも、根性でゴール板を越えたものの、一つ前にゴールしたウマ娘との差は大差だった。
「みんな慰めてくれるんですよ。でもそれがかえって惨めで…もう走るの辞めようかなって思ったこともありました。でもそんな時、シル先輩たちが誘ってくれたんです。『峠ならゴールまでを私たちで設定できる。一緒に走ろうぜ』って」
少し嬉しそうに綻ばせた顔は、一瞬で影に隠れる。
「もちろん楽しかったですよ。でもそれでもみんなは長く走るのを見る方が好きで、盛り上がるんですよ。それを見るとどうしても『ああ、結局か』って。他の娘を妬むように見せかけて、結局一番嫉妬を向けてたのはあの三人。恩を仇で返すようで、本当に自分が嫌になるんです」
また溢れそうになる涙を袖で拭った。
今まで偽ってきた本音を、また偽らないように、誤魔化さないように。
「ここに来て…中央に来て、いろんなウマ娘と話をしました。皆輝いてました。皆自分の限界を越えるためにトレーニングして、競バ場を駆けて…それを見たら嫌でも私の脚のことが頭に浮かぶんです。『どうして私は』って」
そこまで言ったところでハチはハッとした。
こんなことを話す相手ではないと、親身すぎる対応のせいで気づかなかったことを後悔した。
「すみません、ルドルフさんに聞いてもらう程のことではありませんでしたね」
まるで「お前にもどうせわからない」と言わんばかりの言葉をルドルフに投げて言葉を切った。
ハチはすっかり温くなった水を飲み干し、立ち上がる。
「湿っぽくしちゃってすみません。私は先に帰りますから、パンダたちの所に行ってあげてください」
鞄を持って立ち去ろうとしたが、ルドルフが腕を掴んでそれを引き留めた。
「……なんですか、ルドルフさん」
「辞めてしまうのか」
「…私みたいなヤツなんて…嫉妬心を誰かに向け続けるヤツなんて、辞めた方が良いです」
「それは違うぞ、ハチゴー君」
ハチは再び動かそうとしていた脚を止める。
ルドルフは席を立ち、ハチの背中を見つめた。
「私たちウマ娘が負けて悔しがるのは当然のこと。他のウマ娘の才能に羨むのも然り。そして……走れない君が走れるウマ娘を嫉妬するのも」
ハチの耳は左右で向きが揃っていない。
鞄を握る手もそうでない手も震えていて、今にも崩れてしまいそうに見える体は、不思議とその脚で立ち続けている。
自分が不出来だとなぶり、その度に自分を傷つけた、自分自身の脚で。
「だが君はまだ諦めるというマスに進める場所には立っていない」
「…どういう意味ですか」
「君は今ここで、諦めることができる場所…限界に挑むかどうかを決める、ということだ」
ルドルフはハチの前に立った。
そして今にも零れてしまいそうなほど目に溜まった涙を指ですくい、そして手を差し伸べる。
まるでそれは、スカウトのようだった。
「ハチゴー君…君の1000mの限界の先を、さらに向こうにある可能性の先を…私に、このシンボリルドルフに見させてはくれないか?」
人生の分岐点と言っても過言ではないシチュエーションで、差し伸べられた大きな手はハチにとって未知のものだった。
ルドルフが走って勝ち取った可能性と栄光は、自分が見たことの無い誉れで埋め尽くされている景色と過去。
ハチはその大きさに触れることを躊躇い……取った。
「……走ります、私」
絶対に離すもんかと、握り潰す勢いでルドルフの手を握った。
「走って、1000mの壁の向こうに必ず辿り着いて見せます」
ハチは袖で目を強く擦り、今までの涙をすべて拭った。
「その向こうまで行って、嫉妬されるようなウマ娘になってみせます!」
これは落ちこぼれウマ娘とトレーナーの意志を継ぐ者のお話。
峠で走る主人公を支える者も、また主人公であることを証明するお話。
ハチゴーとシンボリルドルフ。
平行線が交わった先に、何メートルの未来があるのか。
なんとも短い…全く、語彙力が無いやつはこれだから()
それとなんかネタバレ要素がたくさん入ってた気が…まぁいいでしょう
それと書き忘れてましたが、ネタ元の頭文字Dはアニメ版です、流石にルドルフに「カスぞろいだ!」とは言わせられないので。