毎日ひたすら纏と練   作:風馬

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ちょっと時間かかってしまいました(汗)


奪還とマッサージ

あれから私達は一般客の入れないスタッフ用の裏の通路を案内されていた。質素とまではいかないが、それでも表の通路と比べると天地の差だ。端的に表すならば普通である

 

やっぱり客の目に触れない部分まで無駄に豪華仕様なんて事は無いよね

 

さて・・・なんでも真珠はオークションを執り行った大ホールからこの裏の通路を使って受け渡しの為の小ホールに運ぶ途中で賊に奪われたとの事だ。勿論当事者と言えども普通の富豪とか貴人なら入れない場所だろうけど、そこは信用と信頼のプロハンター

 

ビスケはくじら島で見たジンさんのと同じ深い赤色のカードだったしキューティー・ビューティーのライセンスは普通の緑で私のノーマルのライセンスは水色が基礎となっている・・・ランクが上がる毎に色合いが濃くなっていくのかな?

 

・・・この場に三ツ星(トリプル)のカードが揃ってれば壮観だったのに

 

レツとポンズはライセンスを持っていないけど私の弟子って事で押し通した。スタッフの人達から見たら一番格上のビスケが「まっ、その子達なら邪魔にはならないでしょ」と肯定してくれたのも大きい

 

「ふ~ん。それでこの辺りで襲われたって事でいいんだわさ?」

 

「はい。小ホールに『女神の涙』を運ぶ為に台車を押しているところ、突然背後から不審な物音がしたので何かと思って立ち止まって振り向いたその時に、二人の顔を隠した者達が私の両脇をすり抜けつつ真珠を奪って行きました」

 

そのまま真珠を運んでいたスタッフさんが通路の奥に案内してくれると角を曲がった場所に在る通路の奥の行き止まりに辿り着いた

 

倉庫のような扉以外は何も無い場所だ

 

「真珠を奪われた私は直ぐに賊を追いかけつつ応援を呼び、偶々通路に居た数人を伴ってこのドン詰まりに追い込んだのです。倉庫は普段鍵が掛かっていますし、窓などの抜け穴も無い部屋でしたので問題無いと内心思いつつ私達も角を曲がるとそこには既に誰も居ませんでした―――勿論倉庫には鍵が掛かっていましたし、直ぐに鍵を持ってきて中の確認もしましたが結果は白。何処かが壊されたような痕跡も当然有りませんでした・・・」

 

成程。それはミステリアスな脱出劇だ。説明してくれたボーイの人が自信無さ気なのも頷ける

 

「・・・鍵を持って来たと言ったわね。当時のこの倉庫の鍵の所在は?」

 

「はい。持って来た鍵を含めてスペアキーからマスターキーまで持ち出された形跡は見受けられませんでした」

 

ポンズの質問にボーイさんも答える。サザンピース自体も裏で素早く調査し始めてるみたいだ

 

「う~ん。他に抜けられないならピッキングとかで倉庫の中に入ったところで意味は無いよね」

 

「そうね。それにピッキングでドアを開けるのって(プロ)でも数秒は掛かるし、追われながらとなると難易度も跳ね上がるわね。角を曲がった時には既に居なかったみたいだし」

 

馬鹿デカい真珠を抱えながらとなれば猶更だ

 

「ねぇ、ちょっと待って。ちょぉぉぉっと待ってよビアー・・・なにサラッとピッキングなんてアングラな技術をプロレベルで扱える発言してるのさ?」

 

「え?そりゃあハンターとして活動するなら解錠技術は持ってた方が良いでしょ?トレジャーハンターとかで宝箱発見した時とか犯罪者のアジトにコッソリ侵入したい時とかに便利じゃんか―――念能力者(プロハンター)なら少し練習すれば覚えられる程度のものだからね」

 

何故と訊かれたらプロだからと答えるしかないんだけどなぁ

 

そう言いつつ小道具を入れてあるポーチから長めの針金を取り出すとドアノブの中の構造が解る程度の範囲の『円』を展開する

 

念能力者じゃない人も居るのでカモフラージュの為に一度針金を鍵穴に突っ込んで中の感触を確かめるような仕草をすると抜き出した針金を曲げて凹凸(おうとつ)を作っていく

 

「鍵穴をロックしているピンを全部適切な高さまで押し上げてロックを外して最後にグリっと回してやれば・・・」

 

”ガチャッ!”

 

「はい出来上がり!―――使う針金は硬度の高いやつを使う必要が有るから注意してね☆」

 

鍵穴の構造さえ把握出来てるなら針金一本でも可能な手順だ

 

『周』で硬度を補えばアルミ製でも普通に鍵穴を回すところまで漕ぎ着けられる。これで本格的なピッキングツールとかが有ればもう少し素早く解錠も出来るんだけど荷物として嵩張るから持ち歩く事はしていない

 

「(バッカじゃないの!ピンの高さを正確に見極めるとかどんだけの精度の『円』が求められると思ってんだわさ!?)」

 

「(ワタクシ、ピッキングなんて美しくない真似は遠慮するデスネ)」

 

「・・・職員通路も電子錠を広く普及させるよう上に掛け合う必要が有りそうですね」

 

なんか先輩ハンター二人は憤っててボーイさんは遠い目をしてるけど肩を揺さぶって正気に戻って貰い、そのまま倉庫の中も一応確認したが言われたように他に人間の通れそうな箇所は存在していなかった

 

ここまでだとまだ情報が足りてないわね・・・何らかのトリックなのか念能力なのか、なんだったら単純な体術でも上位者なら一般人を煙に巻く事は十分可能だ

 

「身体能力だけって線は消しても良いかも知れないわね。この狭い通路で完全に行方を眩ませられるとしたらプロのハンターでも末端レベルじゃ無理だし、第一それだけ動けるなら態々こんな行き止まりに逃げ込む必要も無いからね。加えてそれだけの体術のプロフェッショナルが逃走経路を下調べもしてないとか、そっちの方が不自然だわさ」

 

確かにそんな準ゾルディックの執事並の身体技能持ちなら常人じゃ追いかけようと思う事すら許さないレベルでとんずら出来るもんね

 

「じゃあ貴方の聞いた”不審な音”って具体的にはどんな音でした?他のスタッフも使ってる廊下なら足音が聞こえた程度で一々立ち止まろうとまではしないですよね?歩きながら軽く後ろを見るくらいはすると思うけど・・・」

 

「それが当時はハッキリ聞いたつもりなのですが、今思い返すと何か別の音と聞き違えたのではないかと自分で自分を疑ってる次第でして・・・聞いたと思ったのはドアの開閉音のようなものでした。ですが真珠が奪われた付近には他にドアの類は在りませんので如何にも自信が持てず・・・大ホールと小ホールの裏口の中間地点くらいでしたし、音も真後ろから聞こえたので・・・」

 

レツの質問に今度はボーイさんが首を捻りつつイマイチ要領の得ない返答をしていく。場所的に”在り得ない音”を訊いたせいで自分の記憶の方を疑ってしまってるみたいだ

 

「(壁に扉を具現化する能力?)」

 

「(悪くは無いけど一手足りないわね。あの大きな真珠を抱えてたら幾ら壁を無視して動けても何処かで目撃情報が上がってても可笑しくないわ)」

 

確かにこれだけ大きな施設なら当然監視カメラも随所に設置してあるでしょうし、人目とカメラの両方を避けて移動するのはキツイかな?それにそんな能力持ちなら単独で奪う事も可能だったはずだし、二人居た意味が分からない

 

皆で『あーでも無い、こーでも無い』と話している中ですぐ近くから手鏡片手にポンポンで頬っぺたに化粧を塗り直している音が聞こえて来る

 

「・・・って!アンタも真珠を取り戻したいなら少しは一緒になって意見を出すんだわさ!さっきから真面に喋ってないじゃないのよ!」

 

「あら?何を仰ってますカ?悩むと云う行為は眉間に皺を作るデス。頭脳労働なんてそんな醜い行為はあなた達にお任せするデスネ」

 

頭脳労働を醜いなんて言う人初めて見たわ。人間の持つ最大の特性をナチュラルに否定して来たんですけど?・・・流石に脳死で着飾ってるだけはある

 

「・・・そもそも犯人は既にこの建物の外へ逃げた後なのかしら?あの真珠を盗む為なら建物内の何処かに一日~二日くらい潜伏していても可笑しくは無いんじゃない?」

 

キューティー・ビューティーの事は意識しない事にしたらしいポンズの言葉に私は『円』を最大展開(半径700メートル)して真珠の在り処を探る。ドラゴンとの一戦から『円』の伸びも良くなった気がする

 

「犯人たちはとっくに逃げてると思うよ。サザンピース程の規模の会社なら警備の厳重化をそれなりの期間継続する事も出来るでしょうし、潜伏のデメリットの方が大きいからね」

 

憶測っぽい感じで話したけど私が『円』を展開した事にはボーイさん以外全員気付いたのでこの付近には犯人たちが居ない事は確定情報として共有される

 

・・・・少なくとも『今この瞬間』に『円で解る範囲』では居ないって程度だけどね

 

念能力奥が深すぎイイイイイイ!!制約と誓約で特化型の能力を創ろうと思えば基本誰でも創れるから考察しだすと可能性が無限大に広がるからね!(半ギレ)

 

仕方ない。向こうが(恐らく)念能力(チート)を使ってくると云うなら此方も念能力(チート)で対抗するまで

 

ここで下手にこの件を長引かせて来年9月のオークションに変な影響が出ても面白くないからね

 

近場の個室に案内して貰った上でボーイさんに一時外れてもらい、ビスケとキューティー・ビューティーに切り出す

 

「さてお二人とも、今から捜索・情報収集系の能力を使いたいんですけど、一度席を外すか、能力を公開するのに見合う対価を払うか選んで頂けますか?」

 

ビスケなら信頼できるだろう事は私は『識』ってるけど、一応私達は今日が初対面なのだ。キューティー・ビューティーは知らんけどビスケは平然と能力を他の能力者の前で使い始めたらお叱りを受けると思う・・・容量(メモリ)や制約とかの軽い能力ならまだしもね

 

「ワタクシ、他人の能力などに興味はありませんネ。”家族”である女神ちゃんの居場所さえ見つけられるならそれで構いませんヨ」

 

そう言って部屋から出ていく彼女・・・誰が”家族”だ。誰が!!

 

「私は知りたいわさ。優秀なサポート系の能力者はそれなりに希少だし、どれだけの情報収集能力が有るのか見極めるには実際この眼で観るのが一番!応用の利く良い能力なら将来的に依頼を出したりするかも知れないからね」

 

「ボクはそれで良いよ。これからプロハンターに為るに当たって人脈が大切なのは理解出来るし、それが二つ星(ダブル)の人が相手なら不満は無いよ・・・さっきの一つ星(シングル)の人は人柄が信用出来ないから却下だけどさ」

 

レツが一歩前へ出る。これだけで情報収集系の能力持ちがレツなのがビスケに伝わった訳だ

 

「中々解ってるようじゃないのよさ。それじゃ、早速見せてくれるかしら?」

 

「うん。でもその前にポンズ。ボクの人形を出して貰って良い?」

 

「ええ、良いわよ」

 

ポンズがドレスに合わせたポーチから何時も被っている大きな帽子を取り出す

 

今までポンズの被る帽子はその中に痺れ槍蜂(シビレヤリバチ)達を飼っていたから帽子を折りたたんで仕舞っておくような真似は出来なかった。しかし今の彼女の持つ帽子は一味違うのだ

 

「それじゃ、3番をお願いね」

 

帽子から出て来た蜂の一匹に指示を出すとその蜂は帽子の中に再び入って行き、ほどなくして『3』と書かれた紙が先端に付いた紐を運んできた

 

それを掴んだポンズが紐を引っ張ればレツの造った人形が姿を現す。レツの人形はそこそこの大きさなのでポーチとかには入らなかったからね

 

これがポンズの新たな能力―――【帽子の中のワンルーム(マジカルハット)】だ

 

元が操作系のポンズだと少し制約のある他人では直ぐに使いこなせない能力に仕上がってるけど、具現化系をベースにした収納系の能力は人里から離れた場所で長期間活動する幻獣ハンター系の人達としては喉から手が出るレベルで欲しい能力(人材)でしょう

 

ポンズから人形を受け取ったレツは人形を床の上に置くと距離を取る

 

「早速始めるね。さっきのボーイさんの記憶から真珠を奪った方の犯人の記録を読み込んで再現!―――【佛人(ソウルドール)】!」

 

レツの造った人形を核として部屋の中に覆面で顔を隠した体格から男性と思われる人物が現れた

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

レツの尋問用に再現した人形は聞かれた事に答える機能しかないから覆面越しでも解る虚ろな表情のままボーっと突っ立ってるわね

 

「キミが『女神の涙』を奪った犯人の一人だね?」

 

「・・・はい」

 

「誰かに盗むのを頼まれたの?それともキミ達自身が首謀者?」

 

「・・・俺のところのボスに頼まれた」

 

「キミの所属とボスの名前は?」

 

「・・・パールファミリー所属でボスの名前はビッグ・パール」

 

「念能力は使える?」

 

「・・・はい」

 

「キミとキミの相方の念能力はどんなの?」

 

「・・・俺の能力は【どこにもドア】―――壁や床や天井にドアを具現化する能力」

 

ああ、そこの考察は合ってたんだ。建物内での自由度がかなり引き上がる能力ね

 

「・・・アイツの能力は【俺には帰る家が在る(ゴートゥーホーム)】―――自分の所持物件の神字でマーキングした玄関ドアと他のドアを繋げる事が出来る放出系の能力。ただし他のドアは一度使うと2度とそのドアは使えない」

 

おう、マジ帰宅する為の能力だけどかなり使い勝手が良い能力。その上【どこにもドア】と合わせたら制約もほぼゼロに近い・・・あえて欠点を上げるなら神字入りのドアとやらがかなり悪趣味なデザインに変貌してる事かな?

 

「随分とエゲツナイ能力ね。予想の10倍は情報を好きに搾り取れるトンデモ能力でちょっと引くわさ・・・にしてもワープ出来る奴が相手側に居るなら建物からの脱出も容易って訳ね」

 

「それも分かってしまえばそれまでですよ。後はマーキング箇所とか真珠を持ち込んだアジトの場所とかを訊けば十分でしょ」

 

そうしてとってもお手軽な尋問を終えたら犯人の人形の能力をレツが破棄する事で部屋の中は再び私達とビスケの4人だけとなる

 

「さぁて!それじゃあ早速私の『女神の涙』を奪った奴らに引導を渡しに行くわよ~!」

 

ビスケはそう言って部屋の窓を開けると窓枠に足を掛ける

 

「(アンタ達もサッサと来るんだわさ!それともあの厚化粧女とまだ一緒に行動したいの?振り切るなら今がチャンスなんだわさ!)」

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

ビスケの提案を訊いた私達は一度顔を見合わせると素早く静かに窓からの脱出を図るのだった

 

 

 

 

 

ところ変わってヨークシンシティから三つほど離れた場所に存在する街にビアー達は辿り着いていた。深夜を過ぎて街全体がまだ姿を見せていない朝日の陽光で白んできた辺りでパールファミリーの本拠地に小柄な少女達(なお一名見た目のみ)が真正面から近づいて行く

 

「今更だけど拠点制圧するにあたって何か作戦は?」

 

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)見敵必殺(サーチアンドデストロイ)だわさ!私達の邪魔をする奴らも命乞いする奴らも関係なく全員叩き潰すわよ!逃げも隠れも必要無し!正面玄関から打ち砕く!全ての障害へと進み、圧し潰し、粉砕するんだわさっっっ!!!」

 

ここ一ヵ月何度も夢にまで見た世界一の真珠を落札直後に奪われたビスケの感情の高ぶりはマフィアの邸宅を前にしてピークに近づいていた。今の彼女ならば例え民間人相手でも微塵の躊躇(ちゅうちょ)も無く鏖殺(おうさつ)(皆殺し)出来そうである・・・しないと思うが

 

建物の周囲を囲う壁の恐らくは他のマフィアなどからの銃撃を防ぐ為の鉄門に辿り着くとドアノッカーを鳴らす代わりとばかりに金髪ツインテールなゴスロリ少女のパンチとスズランの髪飾りを付けた茶髪少女のキックを扉に放ち、鋼鉄の鍵を引き千切って無理やりにその役目を果たさせる

 

特大のお宝をゲットしたばかりで構成員の多くが屋敷に集まっており、それらが特大の轟音によって完全武装で集まりだしている

 

「さぁて・・・死にたい奴から掛かって来なさいな。来ないならこっちから近づいてぶっ飛ばしてやるからそのつもりで歯を食いしばる事だけは忘れないようにするんだわさ!!」

 

言うが早いかビスケが常人の目では到底追えないスピードで一番近くに来ていたマフィアを宣言通りぶっ飛ばし、そのまま只管近くの敵に捻じり込むようなパンチを繰り出していく

 

一撃で戦闘不能にしつつ相手の意識を奪わずに破壊された肉体が激痛を訴える。そんな無駄に凝った繊細な攻撃を的確に加えていく様子からは理性と怒りの狭間が垣間見えるようだ

 

―――なお比率は怒りと理性が9:1である

 

ビアーとレツも体術で敵を蹴散らしていく。レツのピー助は少しの操作ミスで屋敷と一緒に真珠も丸焼けになってしまい兼ねないので却下だ

 

「う~ん。なんでボクってまだ前線から離れられないのかなぁ?」

 

人形を操作する具現化系なのに人形師が人形も使わず最前線で拳を振るってるのは確かに可笑しい。早く手持ちの人形(カード)を揃えたいところではある

 

最後にポンズはまだ銃弾を喰らっても大丈夫なレベルに達してない事もあってビアーとレツが射線を遮る場所を意識した立ち回りをしている

 

加えて彼女の被っている帽子からは痺れ槍蜂(シビレヤリバチ)が飛び出してマフィアたちに襲い掛かる。当然銃を乱射して応戦するマフィア達だが小さくも縦横無尽に飛び回る蜂に小さな弾丸を中てるのは至難な上に蜂達の体を覆うオーラによって一撃死したりはしていない―――そのまま懐に入り込まれて毒針を一刺しされた者たちはその場で崩れ落ちていく

 

アリスタの毒針は確殺してしまう上に銃弾はまだ危険なので今回は見送りである

 

「今までこの子達は戦闘じゃ万一の時の防衛手段としての側面が強かったけど、これからは一般人相手なら積極的に使っていっても大丈夫そうね」

 

毒ガスなどのトラップを張り巡らせるのが本来のスタイルである彼女にとって今回のような乱戦は一番苦手とするところだった。味方が居る状態でガスや爆弾を投げる訳にもいかない上に敵が多ければ帽子の中で飼う事が出来るだけの数の蜂では対処出来ず、仮に出来たとしても居なくなってしまった蜂達をまた一から補充・調教する必要が有るからだ

 

しかしそれも過去の話。放出系を使った新たな能力である【装甲蜂(アーマー・ビー)】が有ればポンズの戦術の幅を一気に広げる事が可能だ

 

「クソったれが!おい、敷地内だからって遠慮するな!バズーカとかミニガンとか持ってこい!あいつ等をぶっ殺すのが先だ!小銃(チャカ)よりも遥かに強力なのをぶち込んでやれ!」

 

ビアーたちの圧倒的な戦闘力を見たその場で一番偉かったマフィアが背後の部下たちに指示を出す。俺たちで時間を稼いでいる(と勘違いしている)間に化け物だって木っ端微塵に出来る(と思い込んでいる)兵器を持ってこいと

 

残念ながら此処に居るメンバーでバズーカ砲を正面から喰らった程度で素直に死ねるのはポンズくらいである・・・尤もそのポンズも半年も経てば大怪我程度に抑えられるだろうが、それでも十分に人間を辞めていると言える

 

バズーカ一発で死ねる内は人間卒業試験はパス出来ないのである

 

この乱戦の中でポンズ本人は兎も角蜂達はバズーカの範囲攻撃を撃ち込まれたら逃げる間もなくやられてしまうのでビアーが屋敷の武器庫に高火力武器を取りに行こうとした者達を優先的に処理しようと彼らの頭の上を飛び越えて逃げ道を塞ぐように着地するとそこに濃厚な匂いが漂ってきた

 

「う゛っ、このキツイ臭いは!・・・それに何これ?ちょっと頭がクラクラする」

 

香りのキツさから来るものとはまた少し違う酩酊感のようなものを感じてビアーが顔をしかめると同時にビアーの前に居たマフィア達が気を失うようにその場で倒れて寝息を立て始めてしまった

 

「ちょっとちょっと!なんでアンタが此処に居るんだわさ!それにアンタの能力を事前の予告も無しに使うんじゃないわよ!―――ビアー!息止めてこっち来なさいな!」

 

思わず鼻と口を手で覆っていたビアーがビスケの言葉に頷いてキツイ香りの漂う空間から脱出する

 

「ぷはっ!うえ~、なにあの臭い?あの人が近づいて来てたのは感知してたけど、別にあそこ風下でも無かったのに~!」

 

香水の原液を至近距離で嗅がされたような心境に陥っていたビアーが若干涙目になりながら愚痴を零す。どんなに元が良い匂いでも、過ぎたるは猶及ばざるが如しと云う事だ

 

「フフ~フ♪ワタクシと同じく協会をかわ美~に導く同志たちの中にはハッカーハンターも居るんデスネ。サザンピース周辺のカメラをハッキングして貴女達の乗ったタクシーから行先を割り出す程度は簡単だったデスネ。それとワタクシ、貴女達のように暴力を振るうような野蛮な戦いは願い下げなのでワタクシの芳香(パフューム)で優しく眠らせて上げようとしただけデスネ」

 

無駄にやっと昇って来た朝日をバックに屋敷の外壁の上に立つキューティー・ビューティーは戦場のド真ん中で仮にも味方のビアーも能力圏内に巻き込んだ事はまるで気にしてないようだ

 

「アンタ等も気を付けなさい。アイツは強化系能力者で世界中で採取(ハント)した様々な効果の在る香水の効能を高めて放出・拡散してるのよ。操作系も使ってるからある程度は香りの充満する空間を選べるけど、本当に『ある程度』の域を出ないわね。今アイツが使ったのは催眠効果の有る鱗粉を撒くサイミンチョウの香水だわさ・・・ビアーが無事なのはそのバカみたいなオーラのお蔭かしら?」

 

「その通りデスネ。サイミンチョウの鱗粉はほのかに甘い香りがして寝付きの良くない人がベッドの脇に置く香炉の材料としても使われてマス。尤もサイミンチョウは危険地帯であるヌメーレ湿原に生息する固有種なので貴人向けの商品ですケド」

 

「くぁ、眠・・・ねぇビスケさん」

 

「ビスケで良いわさ・・・で、何?」

 

「あの人凄く邪魔なんだけど・・・」

 

フレンドリーファイアも気にせず広範囲に毒ガスを撒き散らす味方など味方とは呼ばない。本来あの能力は初手で勝負を決するタイプの力で決して乱戦している所に捻じ込む能力では無いのだ

 

「それには全面的に同意するわさ。でもアイツに何を言っても無駄よ。さっさとこの件を終わらせて物理的に距離を取るのが一番の対処法って言えるくらいにはね」

 

「・・・そうですか。ならさっさと終らせましょう」

 

莫大なオーラで催眠作用の有る鱗粉の効果もある程度は体の免疫で抵抗する事は出来ているビアーだが、流石に対毒の訓練を積んだ訳でも無い彼女は大の大人を数秒で眠らせるサイミンチョウの鱗粉をオーラで強化したソレを完全に無効化する事は出来なかったようだ

 

今のビアーの頭の中は睡眠欲で支配されている。気合で起きている事は出来るが、手早く全てを片付けて眠りにつきたいと云うのが今の彼女の心情である。元々必要も無い仕事な上に夜の間も街中を動き回っていて今は徹夜明けだったりもする

 

要するに何か言いたいかと云うと今のビアーから『自重』の二文字を消し去るには十分な効果を持っていたと云う事だ

 

「ちょっと待ちなさいよアンタ。その頭の可笑しいオーラで何をするつもりなんだわさ!!?」

 

ビスケの言葉を無視して本気のオーラを大地にも流したビアーは全力で地面を踏みつける

 

地隆降陣(ちりゅうこうじん)応用編・・・壁地陣(へきちじん)!!」

 

 

”ドズンッ!!”

 

 

ビアーが『周』で固めた地面にストンプを繰り出すと周囲に重低音が響き渡り、ビアーの前に在った屋敷の前三分の一程が地面ごと90度に四角くひっくり返って文字通り壁へと変貌した

 

一瞬の内に力を掛けられた事で屋敷は見事に割れ、その片割れはビアーの頭の上に横向きに生えているような恰好だ

 

そんな一種ファンタジーのような現実感の無い光景に庭先に出て戦っていたマフィア達は現実を直視出来ずに笑い出すか気絶するか・・・なんであれ戦意喪失してしまった

 

ビアーが『周』を解除すると土台である地面が崩れて千切れた建物がその場に落下する・・・その場にいた既に倒したマフィアも理不尽な光景に動けなくなっていたマフィアもビアーの剛腕から放たれる横薙ぎの衝撃波で潰されない位置に避難させてある

 

10メートル以上はゴロゴロと転がるような衝撃波を喰らえば全身骨折程度はしてるだろうが、屋敷の残骸に潰されるよりはマシであろう

 

「ビアー・・・流石にそれはやり過ぎだよ・・・」

 

「そう?鉄骨3階建ての一軒家で大体50トン程度だし、地面とか諸々含めても100トンくらいでしょ?凄い人ならオーラ無しでもイケるイケる。問題無し!」

 

※ゾルディック家の試しの門の7の門を開くのに必要な力は片腕128トン

 

「一軒どころか四軒分くらいひっくり返してるじゃないの・・・」

 

「それでも300~400トンじゃん。足の筋力は腕の数倍!更に私のオーラの強化率が合わされば出来ない方が可笑しいでしょ?」

 

確かに圧倒的なオーラ量と強化率を誇り、素の状態でも100トン近い蹴りの威力を叩き出せるビアーならば巨大な屋敷でも無ければその前面を抉り取る程度は普通に可能な計算だが、視覚の暴力が酷過ぎである

 

「今回は屋敷の奥に盗まれた真珠も有ったから出来なかったけど、何時か敵陣ごとひっくり返す『盤面返し!』みたいな技も使えるようになりたいな~・・・う~ん。規模にもよるけどオーラが足りない・・・100万オーラも在れば大抵の拠点はひっくり返せるかな?」

 

寧ろ現状でも街中に建てられるサイズの屋敷程度なら一発でひっくり返せそうな時点でイカレテいるまで有る

 

「そんなもんひっくり返して如何するのよ?使う機会なんて無いでしょうが・・・」

 

「需要の有る無しじゃないよ!実際にそんな嘘みたいな事が『出来る』って言うのが『ロマン』なんじゃない!」

 

頭が痛そうにするポンズにビアーは両手で握りこぶしを作って力説する

 

馬鹿には馬鹿の理屈(ゆめ)が有るのだ。ビアーの探求(『纏』と『練』)に終わりは無いのかも知れない

 

「はぁ・・・これはまた常識知らずな後輩が出来たもんだわさ。それであの丁度見晴らしと風通しが最高に良くなった部屋の奥の椅子で仰け反ってるのが私の真珠を盗むのを命じたとかって言うこの世にも天国にも興味の無い地獄愛好家のド腐れ野郎(ビッグ・パール)ね?」

 

ビアーが削り取った屋敷の三階部分。未だに金魚のように口をパクパクさせている男がそこに鎮座していた

 

ビアー達は1度か2度の跳躍で壁ごとドアの無くなったその部屋に入室(?)する

 

流石にボスの部屋には警護役の者達が幾人か残っているようだが今しがた何が起きたのか理解出来てないようだ。ビアー達という侵入者が目の前にやって来たにもかかわらず、咄嗟に銃を構える事が出来たのは半分にも満たなかった

 

「な・・・何者だお前たちは?いや!それ以前に一体何が起こったと云うのだ!?何故屋敷が抉られているのだ。国が秘密裏に開発した新兵器でも試射したとでも云うのか!?」

 

ミサイルなどの爆発とはまた違った破壊痕に混乱冷めやらぬまま思いついた事を口にする事で、何とか目の前に広がる現実を自身の持ちうる常識に落とし込んで冷静になろうとなけなしの努力をする様は滑稽なものであった。少なくとも国の秘密兵器をマフィアの拠点に試射する事など無い

 

これがただの一般人ならば同情も出来たであろうが、そもそもの元凶である彼を擁護する者などこの場には一人も居ない

 

「く、クソ!兎に角今は逃げるぞ。おい、お前たちはとっとと『扉』とやらの力を使え!それ以外は俺たちを死んでも守れ。間違っても付いて来るなよ。そいつ等が付いて来ては意味がない!もしも殺せたら一生幹部待遇にしてやる!」

 

組織内での地位を成功報酬としてチラつかせると部屋の中に居たマフィア達の何割かの表情にやる気が浮かぶ。屋敷を抉り取ったモノが何であるかはまだ分からないが、まさかそれが目の前の女子供が腕力で成し遂げた事であるとは思わなかったからだ

 

この者たちが屋敷を半壊させた兵器と関わりが有るのは予想出来るが、まさかそんな超兵器を味方の居るこの場所に撃ち込む真似はしないはずだと―――ならば丸腰の大半は年端も行かぬ少女達程度(一人はよく判らないが)この手に持つ銃を相手の眉間に照準を合わせて引き金を引いてやるだけで幹部の地位が保証される。ボスが妙な力で逃げた後は自分たちも逃げれば良い

 

屋敷一つは確かに痛いがマフィアは基本各所に様々な拠点と構成員をバラ撒いているので再起は十分に可能なのだ

 

そんな在りもしない幻想を抱く中でボスが直接雇い入れた妙な力を使う二人組の内の片方が叫ぶ

 

「だ、ダメです!俺の『力』は扉が無いと発動しません!この部屋の扉が崩れてしまってる現状だと何処か別の部屋に移動しないと。そ、そうだ!窓から階下に移れば無事な扉が有るかも!!」

 

「何をバカな事を言っている!その為に貴様の相方とやらが居るのだろうが!」

 

まったくもってその通りなのだがワープ能力を持っていた男はそんな当たり前にも頭が働かない。何故なら念を使える彼らの目の前にはこの世の者とは到底思えないバケモノがこちらを見つめていたからだ

 

念能力者の強さはオーラ量だけで決まるものではない。しかし何事にも限度というモノは存在する。ビアーのオーラは彼らに”なにをやっても勝てない”と悟らせるには十分過ぎる威圧感を内包していた。彼らにとって幸いだったのはビアーが彼らを誰一人として『敵』として見ていなかった事だろう。そうであれば廃人一直線コースも在り得たはずだ

 

幾ら自分に歯向かってきているとしても彼らを倒す事はビアーにとって赤子の手をひねるよりも簡単な事だ。そんな相手に初対面で敵意を持つ方が難しい

 

それでも念が使える彼らにとっては目の前で火山が噴火している様を安全策ゼロで見ているようなものだ。冷静さを失っても仕方ないのかもしれない

 

目の前で圧倒的なオーラを放っている少女の形をしたナニカは人の手には余る自然災害そのものだ

 

「おい!『扉』を創ったぞ!早く繋げてくれ!!」

 

ボスたちと違い目の前の女子供が全員自分たちでは及びもつかないオーラの持ち主だと理解してしまったもう一人が【どこにもドア】に【俺には帰る家が在る(ゴートゥーホーム)】の能力を使えと急かす。少なくとも自分の持つ【どこにもドア】だけでは目の前の怪物に対して何の有利も取れはしないからだ

 

相方のワープの能力をこれ程までに頼みの綱と感じた事は嘗て無かった・・・だが―――

 

「ど、どうなってるんだ!?繋がらない!繋がらないぞ!!?」

 

最早涙を流しながら口から泡を吐くと同時に絞りだされた声が彼の耳を打つ

 

「そんな訳があるか!マーキングしてる場所を順番に全部試せ!!」

 

「試した!試したに決まってるだろう!ダメなんだ!うんともすんとも言いやしねぇ!!」

 

「何をやっている。早く俺を逃がせ!さっきといい、今といい、山に埋められたいのか貴様は!」

 

温度差は在れど焦燥に駆られている三人の足元に三つの金属の塊が投げ捨てられた。よく見るとソレはどれもドアノブを力任せに剥ぎ取ったような痕が見受けられる

 

「お生憎様だけど、マーキングの施してある『扉』は全部ここに来る前に破壊済みだわさ・・・それに時間を盗られたせいで厚化粧女(コイツ)が追いつくだけの猶予を与えちゃったのは腹が立つけどね。お分かり?もうアンタ等に希望は無いって事だわさ」

 

『扉』の転移先はその物件が能力者本人の名義でなければいけない。ハンターサイトで調べればヨークシンシティ近郊に在ったマーキング先を割り出すのは一瞬で済む話だったのだ

 

「っく!お、お前ら!・・・なっ!?」

 

イイ笑顔を浮かべて拳をバキバキと鳴らしながら近づくビスケに周囲の部下に射撃命令を下そうとしたビッグ・パールだが、全員彼らがドアノブに気を取られている間にビアーの瞬間移動染みた動きで呻き声を上げる事も無いままに倒れ伏していた

 

それから約1分間。残った彼らはビスケの無駄に流麗な体術によってお手玉のように空中を跳ね回りつつフルボッコにされる私刑という名の死刑を味わった。絶妙に手加減された意識を失う事すら許されない拳や蹴りを使った人間お手玉は彼らの肉体を軟体動物のソレへと変貌させていく

 

「これで・・・ラストォオオオオ!!」

 

最後に三段重ねに床に落ちるように調整された拳の一撃(三撃)で彼らは漸く意識を手放す事が出来たのである・・・尤も目を覚ました時には様々な苦痛が再度彼らに襲い掛かるであろうが、一番の難所を乗り越えた彼らにはこれ以上の地獄は存在しないであろう事がせめてもの救いだ

 

「ふぅ・・・さてビアー、私の『女神の涙』は何所に在るのかしら?乗り込む前に『円』で感知したって言ってたわよね?」

 

「そっちの壁に掛けてある絵画の裏に隠し金庫が在るからその中だね。ただ多分電子ロックみたいだから『円』での解錠は無理。あの大きさの真珠を入れる事を想定して無かったからかギチギチに詰まってるから無理やりこじ開けるのは少しリスキーかもね」

 

「バカじゃないのよさ!自分のアジトでさえ狭い金庫に放り込むなんて愛でる気すら無いっての!?―――ああもう!早く真珠をこの腕に抱きたいってのにチマチマ金庫を開けるような真似はしたくないってのよ!・・・おいゴラァッ!そんなところで呑気に寝てないであの金庫のパスワードをさっさと教えるんだわさああああああ!!」

 

”スパパパパパパパパパパンっ!!”

 

ビスケがビッグ・パールの胸倉を引っ掴んで片手で鬼のような往復ビンタを繰り出す。しかし元々死にかけていた彼はその衝撃で寧ろ更に深い眠りに堕ちようとしていた・・・具体的には永眠するタイプの深い深い眠りに・・・

 

「待って待ってソレ完全に止めを刺しに逝ってるからダメだってば!落ち着いてよビスケ!」

 

「そうよ!死なせたらパスワードを訊き出すどころじゃ無くなるわよ!?」

 

レツとポンズがビスケの両腕をそれぞれ後ろから掴んでビッグ・パールから引きはがす。レツの能力が有ればパスワード程度普通に入手出来るが、この場にはキューティー・ビューティーも居る為色々と面倒なのだ・・・なおビアーは欠伸をしていて眠そうにしていて役に立ちそうにない。睡眠薬の効果はもう完全に抵抗(レジスト)し終わったがそれでも一度来た眠気は徹夜明けの子供の体には効くのだ

 

我慢する理由が特にないなら猶更である。やろうと思えば数日間起きたまま活動も出来るが進んでやりたい事ではない

 

「まったく、そんな野蛮なゴリラのような起こし方しか出来ないなんて相変わらず品が無いですネ。ここはワタクシが刺激に溢れた大人の魅力で彼らをパッチリお目目にして上げマスネ」

 

レツとポンズがビスケを引き離した事で空いたビッグ・パールの眼前に近づいたキューティー・ビューティーは部下二人の上で仰向けに白目を剥いている彼にまた新たに取り出した香水の香りをプレゼントする

 

―――瓶から放たれた匂いが彼の鼻腔をくすぐるとものの数秒で全身を痙攣させ始めた

 

「アガガガガガガガガガガガガガッ!!?」

 

「お目覚めのようですネ。今嗅いでもらったのは神経を鋭敏にする芳香(パフューム)ですネ。脳が痛みを遮断していても神経そのものを覚醒させる効果の有るこの香水ならダメージを負わせる事無くモーニングさせられマス。これが世界一のかわ美ハンターの暴力を用いないキューティーでビューティーな起こし方なのデスヨ」

 

※かわ美ハンターの人口=1人

 

「イ゛ギひぃいいいいい!!―――う゛ォエ!!お゛えっぷ!あぐぅうううううう!!」

 

キューティーでビューティーな起こされ方とやらをされた彼はあまりの激痛に喋る事も出来ず胃袋の中をひっくり返し、吐瀉物(としゃぶつ)を醜く撒き散らしながらその()えた臭いに顔面を擦り付け、その事にすら気付かないままに掠れた絶叫を上げ続ける・・・どう解釈しても可愛くも美しくも無い光景だ

 

地獄の底に落とされたと思ったら更に深い穴が有ったと云うだけの、よく在る話である

 

「起こしたんなら能力を止めなさいな。これじゃ意思の疎通が出来ないじゃないのよさ」

 

「ワタクシ、今回は香りを届ける事にしか力を使ってませんケド?ワタクシの能力は芳香(パフューム)を更に素晴らしい効能へと引き上げる事ですネ。ですが当然元々の効能(スメル)も強力な逸品を揃えてますネ」

 

「じゃあ何?その薬の効果が抜けるまではそのままだって事だわさ?この様子だと真面に喋れるようになるのに後半日は掛かるわよ。アンタ話の趣旨をちゃんと理解した上で動きなさいってのよ!起こして終わりじゃ無いんだわさあああああああ!!」

 

先程その彼を来世に旅立たせようとしていたビスケはその事を棚に上げて突っかかるが当のキューティー・ビューティーは自分の仕事は終わったとばかりに爪先にマニキュアを塗る作業に移っていた。単に色を塗るだけでなく細い線で絵を描いているようだ

 

「ああもう、仕方ないわね。私が訊き出すわ。幸い私のは当人の意識さえ戻ってれば何とかなるはずだから」

 

ポンズがそう言いつつ指を一つ鳴らすと一匹の痺れ槍蜂が飛び出し、ポンズ自身も懐から使い捨ての注射器を取り出すと男の腕の静脈に刺す。神経が未だに過敏になっている男は”ビクン”と反応するがポンズの常人では決して敵わない怪力で無理やり抑え込まれた

 

次に彼女の帽子から飛び出した蜂がビッグ・パールのまだ汚れて無かった額の辺りにへばり付くと容赦なくその毒針を彼の顔面に叩き込むのだった

 

まさに泣きっ面に蜂―――注射針と合わせて死に体へのダブルニードルを喰らった彼は最後にホラー映画にでも出て来そうな危ない全身痙攣を一瞬披露すると虚ろな目のまま呻き声を上げるだけの状態となった

 

「『女神の涙』を隠した金庫の電子ロックの解錠コードは?」

 

「ぅぅ・・・あ゛あ゛あ゛・・・・〇×△□◎◇#××▽・・・」

 

ポンズが男の答えたパスワードを金庫に入力するとあっさりとその扉は開かれてその奥に白い輝きを放つ『女神の涙』がその姿を現した

 

「今使ったのは操作系の能力ね?よくやったわさ~♪―――あーっ!やっとこさ女神ちゃんが私の手に~っ!もう誰にも渡さないわさ。家に帰ったら私の秘蔵の可愛子ちゃん(コレクション)達に挨拶しまちょうね~♪そうして皆を愛でながら最新のイケメンマッスル雑誌を一読み・・・でゅふ♪でゅふふふふふふふふ♪♪」

 

『女神の涙』を素早く且つ丁寧に金庫から取り出したビスケは真珠を天に掲げながらその場でクルクルと廻り、最後に胸元に持ってくると真珠の輝きを至近距離で目に焼き付けながら妄想の世界に飛び立っていった

 

 

 

真珠の無事を見届けたキューティー・ビューティーとはマフィアの屋敷で別れる事になって今の私達はビスケと一緒にサザンピースにまで戻って来ていた。別れ際にキューティー・ビューティーのお店のクーポン券を渡されたけど使う予定も無いので彼女が去った後でゴミ箱に直行したのはご愛敬だ―――ビスケに渡そうとも提案したけど彼女も化粧品そのものに罪は無くともキューティー・ビューティーのお店の物を使う気は無いみたいで嫌な顔されながら却下された

 

「いやぁ~!我々では何一つ手掛かりすらも掴めなかった窃盗犯たちからお宝を取り戻すどころかマフィアグループを一つ丸ごと潰してしまわれるとは、プロのハンターはやはり一味違いますな。お蔭様でサザンピースへの叱責の声もそこそこに抑えられるでしょう。批難をゼロとする事は出来ませんが、今後の私共の誠意と対応で世間の声に向き合っていく所存に御座います」

 

今は宝石関係の部門の統括であるジュエール・ナリキーンさんにVIP専用の応接室で感謝の言葉を貰っているところだ

 

「アンタ等の風当たりの事なんて如何でも良いわさ。今回の落とし前をどうするのかってのを訊きたいんだけど?まさか感謝の意を示すだけなんてホザいたら遺憾の『威』を示す必要が有るわさ」

 

ビスケは体の前面で組んだ腕で先程から苛立たし気に指をトントンと叩いてる。大人としてちゃんとサザンピースまで報告に来たけど一刻も早く誰の邪魔も入らない所で世界一の真珠を思う存分愛でていたいんでしょうね

 

ビスケの急かす気配を感じ取ったジュエールさんも負い目も借りも作ってしまった二つ星(ダブル)ハンターの機嫌を損ねないように早速本題に入ってくれた

 

「勿論で御座いますとも。今は御一人居らっしゃらないようですが、今回の件で骨を折って頂いた皆様にはこれより先のサザンピースで行われるオークションのカタログを恒久的に無料進呈させて頂きたく存じます。加えて事前にお声がけ頂ければ世界中の大小様々なオークションへのVIP宛ての推薦状もご用意致します・・・お気に召されますでしょうか?」

 

成程。サザンピースの超高級品を取り扱うオークションは入場料代わりの超絶お高いカタログを買う必要が有る。サザンピースの資金源の一つであると同時に冷やかしの参加者を(ふるい)にかける意味合いもある・・・カタログ一つで付き添い二人までは入れるけどね

 

私達がオークションに積極的に参加するタイプの人間だったなら未来の収入には地味にダメージが入るけど、今この場で多額の支出をするよりはマシと考えたのかな?会計上では痛手もなにも無い訳だし・・・基本歳をとらないレツが将来オークションが趣味になったりしたら別だけどさ

 

二つ目の色んなオークション会場へのコネ有り招待券は中々良い。今は使い道が有る訳じゃないけど、オークションのトップであるサザンピースとの繋がりは有って困るものじゃない

 

報酬に納得した私達はビスケのお蔭でジュエールさんの世間話とかに捉まる事も無くサザンピースを後にしてここ一ヵ月ほど拠点にしていたヨークシンのそこそこ良いホテルに戻って来た

 

ただし今回はビスケも一緒に付いて来ていた

 

「さてと、最後にアンタ達に私の能力をお見せして上げるわさ。レツのエゲツない人形(のうりょく)を見せられたらこっちもそれなりのモノを提示しないとダメだしね。最初はホームコードとかだけでお茶を濁そうとか思ってたんだけど、アンタ達揃って優秀なんだもの・・・まだ下地(オーラ量)を整えてる段階みたいだからホントなら今すぐ私の手で細部まで磨いてやりたいんだけどね―――喜びなさい。この私にそれだけの”価値は有る”って思わせたんだからね」

 

ビスケはそう言いつつオーラを高めると自分の隣に一人の髪の長いお姉さんを具現化した

 

「紹介するわ。この子は私の念能力、【魔法美容師(まじかるエステ)】のクッキィちゃん。オーラを様々な効果を持つローションに変化させてオイル、整体、瞑想、ロール、足つぼ、その他多様なマッサージで美容健康、疲労回復などなど極上の癒しをプレゼント!小じわも肌荒れもシミ・ソバカスともオサラバ出来る正に女の夢を体現した能力なんだわさ~っ!!」

 

・・・いや、うん。確かに凄い能力だ。惜しむらくは個人の固有能力であってその恩恵を受ける人間がとっても少ないってところかな?

 

クッキィちゃんがビスケの死後に現世に留まったなら・・・目に付く人々を片っ端から癒しまくる妖怪『エステ殺し』が爆誕しちゃうかな?

 

一度でも最高の癒し(エステ)を体験した人々が焚火に集まる蛾の如く再びクッキィちゃんを追い廻す無限ループが完成だ・・・ヤバイわね。下手したら一国程度は崩壊しそう。傾国の美姫ならぬ傾国の美容師(エステシャン)

 

「・・・と、言う訳でアンタ達も一度至福のひと時を味わってみない?今なら初回限定で初級コース一人100万ジェニーのところを半額の50万ジェニーに負けておいて上げるわさ。今を逃すと次からは普通料金に戻ってるからね!」

 

「お金取るの!?ボクの能力を見学した代わりとして教えてくれてるんだよね!?」

 

「だから私の能力はちゃんと説明したってのよ。実際にエステを体験するか如何かはまた別でしょ?女神ちゃんの購入で結構財布が軽くなったから少しでも補填しておきたいんだわさ」

 

私達がリピーターになるのを期待してるんですね。判ります

 

「で、やるの?やらないの?」

 

「やります!」

 

三人分の代金を叩きつけた(ビスケの口座に入金した)私達はそれから天国へ誘われるかの如き最高の時間を過ごしたのだった

 

アレで初級とか・・・次はフルコースをお願いしてみようかな?

 

 

 

 

※将来ビスケのマッサージに沼りかけたビアーをレツが拳で正気に戻す一幕が有ったらしい

 




今回出て来た能力

マフィアA 【どこにもドア】
具現化系

壁や天井などにドアを創れる能力
ドアの覗き窓だけを具現化して隠密に隣の部屋の様子を探ったりも可能

制約

崖とか地面とか『壁』と認識出来ないモノにドアを創れない


マフィアB 【俺には帰る家が在る(ゴートゥーホーム)
放出系

制約 

・一度使用した『入り口』のドアは二度と使えない
・帰る先である『出口』は自分の名義での所持物件である必要が有る
・『出口』のドアはマーキングとして神字を全体に書き込まなければならない


キューティー・ビューティー 【楽園の芳香(ヘブンズ・パフューム)
強化系(メイン)放出系・操作系(サブ)

制約?

香水の香り自体も『強化』してしまう為漏れなく全てがキツイ臭い


ポンズ 【帽子の中のワンルーム(マジカルハット)
具現化系

帽子の中に念の空間を具現化する能力
これによりアリスタを狭いリュックに入れる必要が無くなり、シビレヤリバチの数も増やす事が出来る。ポンズとしては具現化系は少し離れているので広さとしては12畳くらい

制約

・帽子が出入り口なので大きなモノは出入り出来ない
・広い空間にポンズの手が入るだけなので生物・非生物の出入りは彼ら自身の意思で出るか、道具などは彼らに運んでもらう必要がある
・念空間の維持にポンズの現時点での潜在オーラ量の上限2割を削っているが、これは今後のポンズのオーラ量が増える事で割合の比率は下がっていく

ポンズ 【ゾン・ビー】
操作系

ポンズの飼う蜂の毒を喰らった相手の心を操る尋問用の能力

※ポンズがビッグ・パールに使用した時は万一にも死なれては困るので解毒剤を事前注射した

制約

・毒が効いている間しか効果はない
・毒でまともに体を動かす事が出来ないから兵隊代わりには使えない
・蜂の毒である必要が有る

ポンズ 【装甲蜂(アーマー・ビー)
放出系

ポンズの飼っている蜂達にオーラを纏わせて攻防力を引き上げる能力
オーラの貫通と耐久値に比重を置いているので攻撃力の値はそこまで上昇しない

ポンズの能力は幻蟲ハンターとして森の中での活動や密猟者とのやり取りを前提に考えて組み上げましたねww

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