香辛石と訊いて少しだけ視線が鋭くなった私とポンズ姉の反応を見たパーシナモンさんが少し乾いたような苦笑を浮かべる
「キミ達は知っているみたいだね。流石はハンターと云うべきだろうか?」
「どういう事?父さん?」
「アニタ・・・そうだね。船上での荷運びや賊の撃退ばかりで交渉の席などには同行させた事は無かったから知らないのも無理はない。けれども、いずれ何処かで噂が耳に入る事も有るか・・・・これも良い機会なのかも知れないね」
パーシナモンさんは一度天井を仰ぎ見て気持ちを整えると再び前を向いた
「実はね、精製した香辛石を摂取すると止めたくても止められなくなってしまうものなんだよ。酒や煙草よりもよっぽど依存性が強い・・・そう、まるで麻薬みたいにね」
「そんな嘘よ!だって香辛石は世界中の港に正規に卸されてる製品じゃない!非合法なモノを扱ってたなら幾ら私でも周囲の反応から変だと気付くはずよ!」
「そこが香辛石の怖いところなんだ。香辛石はお酒や煙草、麻薬などと違って”依存性しかない”んだよ―――お酒のように肝臓が悪くなる訳でも煙草のように肺が悪くなる訳でも麻薬のように幻覚が見えたり脳が収縮する訳でもない。”欲しい”という感情以外は医学的にも一切体に悪影響が診られないから
そう。香辛石が完全に認められていない国の方が少ないのが今の世界情勢だ
香辛石は基本的に所持も使用も売買も違法では無く、脱法でも無い。ただちょっと香辛石を摂取する為なら私財まで投げうって破滅する人達が居るだけだ
そんな何とも”因果な商売”がこの人の貿易だと云う事だ
「ねぇビアー。
「香辛石は世界で唯一のスパイス鉱山からしか採れない天然素材でそこを中心に世界各地に輸出しているの。だからスパイス鉱石なんて呼ばれたりもするわね。その希少性故に当然値段は吊り上がるから自然と香辛石の購入者は富裕層や権力者が多くなるのよ―――即ち
「まだ子供だと云うのに怖いねキミは・・・アニタにもこういった処は見習って欲しいものだよ」
これでもやろうと思えば飛び級で大学生くらいには為れてたと思うんでね。スタートダッシュを決められるのが転生者の一番の強みだから・・・まぁ知力アドバンテージは知識チート能力などと違ってガチでその道にのめり込まないと大人になる頃には凡人扱いになるのが辛いところだけど
「でもそれって勝手じゃない?そりゃ権力も財力もある人なら破産する事も無く香辛石を買い付けられるだろうけど、それ以下のちょっとした富裕層の人達辺りが”試しの一回”を皮切りに破産に追い込まれてるんでしょ?」
レツは各国の権力者の『自分さえ良ければいい』と云うスタンスに不満顔だ
「そうね。香辛石がもっと大量に出回ってたとしたら麻薬と同じように町中のチンピラにまで横流しして、お金のない人達のなけなしの財産まで空にしてたはずよ。元締めは上層から下層に至るまでの全ての人達に強い影響力を持てるようになるわ・・・マフィアンコミュニティーのトップの十老頭2~3人分の権力を持つことも夢じゃないでしょうね」
「ハハハ・・・幸いスパイス鉱山は一つしか見つかってない上に一度に採れる量はそんなに多くないからそこまでの事は出来ないんだけどね」
ポンズ姉の軽く探りを入れた質問にパーシナモンさんは苦笑しつつもホッとしたような心情を目の奥に忍ばせているのが見えた。目の動きや息遣い、体の硬直などのバイタルからして嘘は言って無さそうかな?・・・心理学の本とか齧った程度の嘘発見器モドキでしかないけどさ
何処かのミュージックハンターみたいに心拍音まで聞き取れたら精度も上がるんだけど、アレは”五大厄災級じゃね?”とされている『闇のソナタ』の影響がデカイからなぁ
「・・・何してるのかしらビアー?」
私は今座った状態から上半身を傾けてポンズ姉の胸に常備してあるクッションの手前で固まっている。ほんのり感じる体温もOっぺぇの温かみだと思うと全てを忘れてこの僅かな距離をゼロにしたくなる
「いやぁ、ポンズ姉の心臓の音が聴こえないかなぁって・・・う~ん。胸元に数センチの距離まで近づけば微かに感じ取れるんだけどねぇ」
このレベルだと戦闘はまだしも嘘を見抜くのにはあんまり役に立たないかなぁ?・・・あっ、少し鼓動が早くなった
「突然脈絡のない(と周囲には見える)行動ぶち込んでるんじゃないわよ!」
「と云うか流しそうになったけど、密着もしないで心臓の音が聴こえるとかそれも十分に可笑しいからね?」
え?なんで今回はレツじゃなくてポンズ姉の心音を聴きに行ったかって?それは勿論ポンズ姉の心音が聴けるなら大方の他人の心音は聞き取れるけど、逆にレツの心音が聴きとれても他の人の心音が同じ距離で聞き取れるかは判らないじゃない?
「それはボクの胸では
「う゛ぐふっ!」
レツの両手が私の襟元を掴んで首を絞めながら前後にガクガクと揺さぶって来る!
「ボクだって・・・ボクだって男の子の恰好するのに『胸元をサラシでキツく巻かないとダメなんだよね~』くらい言えるようにはなりたいよ!最近成長期だか知らないけどビアーとボクの間の(胸囲の)格差が広がりつつあるのも分かってるんだからね!」
ま、まぁ寝る時とかに偶にレツを抱き枕代わりにしたりとかやってたからね。今の私って見た目の成長が遅くて小柄なジャポニーズボディじゃないし、多分次の誕生日までにはCにはなってると思う・・・何処とは言わないけど
「いい加減にして頂戴っ!!」
椅子を蹴倒しかねない勢いで立ち上がったアニタさんが怒気を含んだ声を吐き出す。当事者な彼女を前にしてちょっと話を脱線させ過ぎちゃったかな
「父さん!私は今まで父さんの仕事は皆を笑顔にしてるものなんだって思ってた!父さんも船団の皆も何時も優しくて明るかった!アレは嘘だったの!?」
「―――嘘ではないさ。さっき聞いただろう?香辛石の取引は裏の効果が知れ渡ってなお合法的に取引されている物だ。我が商会の上げている利益も莫大で小さな国程度なら数年も溜め込めば丸ごと買い取れるレベルだから自然と従業員の給金も高い。そこに嘘は一つも無いさ」
「だからって―――っ!!」
「ただ、嘘は無い代わりに後ろめたさは確かに在った。酒や煙草と違い身体への害が認められない事など慰めにもならない程に香辛石が精神を患わせるモノだと理解していたからだ」
「だったらなんで今もまだ香辛石の貿易を続けてるのよ!嫌なら止めれば良いし、不本意でも稼いだ今の商会のお金なら新しい商品を扱う販路だって築けるはずでしょう!?」
「そうだね。商会の皆が食うに困らないだけの仕事を始めて軌道に乗せる事は出来ると思うよ。それくらいの伝手もノウハウも持っているという自負は有るさ。でもアニタ、私がスパイス鉱山から手を引いたとして、それで全てが解決するのかい?―――何よりも私はスパイス鉱山を・・・プリシラを荒らされたくは無いのだよ」
プリシラ?
突然の人名らしきものに私達が頭の上にハテナマークを浮かべる中でアニタさんは喉まで出掛かった激情を唇をキツく嚙む様にして飲み込むと乱暴に小部屋から出て行ってしまった
「・・・すまないね。こちらから誘った上でこのように雰囲気を悪くしてしまって」
「全くですよ。娘さんと仕事のアレコレを共有出来てない以上は話題を振られる可能性は十分過ぎたでしょうに」
「・・・いや、その・・・娘が似たような年頃の女の子たちと話している様子を見たら色んな事が頭から抜け落ちてしまってそのまま・・・ね・・・」
おうコラ。思いっきり目を泳がせてるんじゃないわよ。確かにアニタさんもそんな事言ってたけど、マジで二人とも視野が狭くなりがちでしょう
仕方ない。このまま別れるのもアレだし、一つ世話を焼いてあげますか
出されたご飯もまだ腹八分目って感じだけど、それだけ食べたら十分でしょ
「今のアニタさんはパーシナモンさんの言葉は全部耳を塞いじゃいそうだし、私が様子を見て来ますよ―――この貸しは高くツケといて良いですね?」
ゆっくりと立ち上がりながらそう確認を取る。突発クエストの『親子間の仲裁』、報酬は大商会のトップへの貸し1つだ
「そう・・・だね。後であの子が落ち着いた頃に改めて話をするつもりだったが、早く解決するに越したことは無いからね」
「最終的に解決できるかはお二人次第ですよ・・・ああ、でも一つだけ忠告しておきますね。貴方が法ではなく倫理の境界線を越えてアニタさんを悲しませるような商売をしたなら、その時は私がすぐに狩って上げますよ」
彼の仕事は白黒はっきりしない灰色の道
だけどもしも彼が限りなく黒に寄った道を歩み始めたなら片手間に潰してあげましょう
一般人でも肌にビリビリと響く程度の戦意を叩きつけて宣言すると彼は真っ直ぐにこちらを見つめて頷き返してきた
「なら問題ないよ。私はこれ以上の外道に堕ちるつもりは無いからね」
その言葉を受け取った私達は小部屋を後にしたのだった
▽
「・・・レツもポンズ姉も今回は別に付き合わなくても良いんだよ?」
ホテルから出た辺りで付いてきた二人に声を掛ける。私の思い付きに一から十まで付き合う必要は無いからね・・・と思って振り返ると呆れた顔で返された
「観光に来てるのに態々一人を欠いた状態で思い出作りに奔走したって仕方ないでしょ?バカ言ってないで、さっさとあの娘の居る場所まで案内しなさいな」
「そうそう、今更水臭い事言わなくて良いよ。それにボク達だってこのままじゃ気になっちゃうからね・・・それにビアーとパーシナモンさんの会話は今一良く解らない部分も有ったからそっちも気になるしね」
色々端折って話してたからね。でも私も香辛石の情報なんて表面上の事くらいしか知らないから憶測も交えてたし、アニタさんと話すにしたって裏どりは必要になるわね
さっき私が『狩る』と言った時にも動揺は見られなかったから大丈夫だとは思うけど
先にホテルから出ていったアニタさんだけど流石に街中を走るような真似はしてないみたいなので私の『円』の範囲からは外れてはおらず、私達は彼女の後を追いかける
アニタさんはトボトボと歩いていたからこちらも早歩きすらする必要もなく追いつく事が出来た
「・・・なによ?今は誰とも話したく無いのよ。ほっといてくれる?」
私達に気付いたアニタさんは覇気のない声で拒絶するけど此方も『はいそうですか』と引き下がるようなら態々追いかけたりしていない
「ならそっちのネットカフェに行きましょうか。ほら行きますよ~」
「ちょっ!手ぇ掴まないでよ!ってナニコレ?ビクともしないんだけど、どんな馬鹿力!?」
はいはい、さっさと諦めちゃってね
「アニタさん。貴女が今一番必要なのは何だと思いますか?先に答えを言っちゃうと客観的視点ってやつですよ」
今の彼女には多少強引に事を進めて上げないといけないので軽くハンターライセンスを見せながら店の中に引きずり込んでいく
そんなこんなで席を確保して接続したハンターサイトでパーシナモンさんの会社や香辛石の世界情勢や流通経路などの情報を拾い上げていく
「そう言えばアニタさん。さっきパーシナモンさんが言ってたプリシラさんって何を示した名前なんですか?」
キーボードをカタカタ入力しつつ後ろで不貞腐れてるアニタさんに問い掛ける―――尤もアニタさんとパーシナモンさんが父と娘の二人で家族旅行に来ている時点で予測は付くんだけど
「プリシラは私の母さんの名前よ。私がまだ小さかった頃にスパイス鉱山で亡くなったの・・・険しい山だから天気が変わり易くてね。新しい鉱脈を探して山を登った時に・・・それ以来ずっと父さんに育てられてきたわ」
「そっか。パーシナモンさんにとってスパイス鉱山は亡くなった奥さんの墓標でも有るって事ね」
成程、それは手放したくはない気持ちもある程度理解は出来る
「そうよ!だからこそ赦せない!母さんの死んだ場所を使って汚い金を稼ごうなんて!!」
「そうかしら?ネットに上がってる情報を読んでる分だとそんな感じはあまり伝わってこないわよ・・・ほらココとか購入者が月々に一度に入荷出来る数に制限を設けてるし、新規の申し込みには最低でもブラックカードの所持が審査項目に入ってる。本当にお金儲けだけが目的なら富裕層ギリギリの人達が『一度だけ』って気持ちで手が伸ばせるような期間限定のキャンペーンとかで顧客を確保できるはずよ」
「え、でもポンズ。パーシナモンさんは今以上に輸出量は増やせないとか言ってなかったっけ?」
レツがパーシナモンさんの言ってたセリフからそういった阿漕な商売をしないのは採取量的に流通量を増やせないから仕方ないのが理由ではないかと疑問を口にするけど、ポンズ姉は開いてるパソコンのページの何か所かに指をさしつつ説明してくれる
「よく見なさい。スパイス鉱山で使われている坑道は一つだけで過去の記録を比較しても人数の増員や調査隊の派遣に力を入れてないでしょう?要は香辛石を今以上に世界にばら撒く気は無いって事よ。量が増えれば横流しのリスクが飛躍的に高まるわ。それでも一部の裏のルートで流れた香辛石を入手した人なんかは高い確率で破産してるみたいだけど、貴女の父親が流通の元栓を締め付けているお蔭で最悪の事態には至ってないって感じね」
「でも・・・それでも私は・・・っ!」
「別に仕事に納得出来ないのは問題無いんじゃない?親子だからって貴女が後継者として育てられてきた訳でも無いんでしょう?あの父親なら別の仕事をしたいと言えば反対はしないはずよ。ただ、必要悪としての在り方を理解した上で仕事を投げ出す事をしなかった貴女の父親を感情論だけで全否定するには、貴女はもう大人に寄り過ぎていると思うわね―――第一彼も言っていたけど彼が今の仕事を降りたとしてもっと欲深い人がトップに立ったら如何するのよ?国際法上合法ならプロハンターや警察機構も動きにくいし、流通そのものをストップさせたら各国の上層部の買収合戦で国同士の信頼すら揺らぎかねないわよ・・・香辛石の依存度はそれだけ高いんだから」
「っ・・・・・・・・・・・・」
ポンズ姉の怒涛の正論パンチにアニタさんも俯いてしまった
パーシナモンさんの扱う香辛石は個人的には認められないけど国際的には認められている。しかしその認められている経緯はやはり認めがたいもの
今のアニタさんは答えの出ない葛藤が頭の中でグルグル廻ってるような状態でしょうね
まっ、父親全否定アニタさんをどっちつかずアニタさんにまで引き戻せたんだから上出来かな?ここから先は当人同士でしか進められる話でも無いでしょう・・・それでも多少間を置いた方が良いかな?
「アニタさん。ホテルに戻る前に私達と一緒にこの街の様子を見て回りませんか?」
「・・・そうね。きっと今の私じゃ父さんと話し合いをしても途中でまた感情的に怒鳴ってしまうかも知れないし、それも良いかしら?」
アニタさんからの了承も得られたので早速私達は四人でこの街の観光を楽しむ事にした
▽
「う~ん。雪国なら旅館に温泉に温泉卵にフルーツ牛乳に卓球台が有ったらそれだけで完璧って感じがするんだけど、観光ガイドにも載ってないか~・・・残念!」
※ 牛乳 or コーヒー牛乳でも可
「それはどこの世界の常識なのさ?あっ、でもボク達が泊まってるホテルにはビリヤードとかダーツとか賭博も出来る階が有ったよね―――卓球台は無かったと思うけど・・・」
「違~う!卓球は温泉上がりに浴衣着てポロリへの期待値(美少女限定)も楽しむ遊戯なんだから、あんな一々キッチリ着替えなきゃいけないような遊技場はまた別なの!汗を流した風呂上りにすぐさま運動してまた汗をかいて温泉に入る無限ループで精魂尽き果てるまで遊び倒すのがデフォなんだよ!!」
「卓球の事をよく知ってる訳じゃないけど、それは絶対にやり過ぎだってのは解るよ!第一ビアーの体力に卓球台もラケットもボールも耐えられる訳ないじゃん!と云うか浴衣って何!?」
浴衣じゃ分からないか~。着物と言えば伝わるかな?ジャポン文化は前世程海外で浸透してないっぽいんだよね。まだまだ発展途上的な世界だから仕方ないのかも知れないけどさ
「貴女達は定期的に騒がないと気が済まない感じなのかしら?」
「否定したいけど
ワイワイガヤガヤとしながら暫く歩くと目的地である大きな公園に辿り着いた
公園と云うよりはどちらかと言えばグラウンドがメインで至る所で街中から搔き集められたであろう雪の塊が規則正しく積まれていて、それら一つ一つを数人の人間が囲って削り出しを行っている。そう、今此処は雪像イベントの真っ最中なのだ
前世でもMAXで二段重ねの雪だるましか作ったことは無かったけど、ここから見える分だけでもどれもハイクオリティなモノばかりで人間の凝り性な部分がよく出ている
偉人や有名人の姿だったりアニメキャラだったり船やスポーツカーみたいな乗り物系だったりと多種多様な雪像が少しずつその全容を現している
「ねぇビアー。この眼鏡を掛けた犬はなんのキャラなのかな?」
「・・・とある世界の創造神かな?」
「絶対適当言ってるでしょ?」
「はははは・・・・」
トガ神、私がこの世界に来てから結局働いたのかなぁ?サザ〇さん時空でもないのに時が止まったままだったけど
「レツは雪像作りに参加する気は無いの?少し出遅れてるけど一般参加の枠はまだ空いてると思うわよ?―――ルルとアリスタが遊んでる感じにしてタイトルは『
「・・・他人から見たら『捕食行動』か『弱肉強食』にしか見えないと思うから却下だよ。第一人形作りとは色々勝手が違うはずだから、いきなりそんな高難易度な雪像は作れないってば」
ありゃりゃ、流石に芸術はそんな簡単には手が伸びるものじゃないか
作られてる雪像たちはまさに職人芸!といったものからある意味味のあるヘタうまレベルと様々で色々な人が滅多に降らない雪を存分に楽しんでいるのが伝わってきた
「あら?アレは何を作ろうとしているのかしら?」
「大きな雪玉が二つ・・・兄弟か恋人の雪だるまをベースに家庭的な何かを表現しようとしているとかかしら?」
ポンズ姉とアニタさんのセリフに釣られてそちらを向くと台座の上に直径で1メートル近くある二つの雪玉が間隔を開けて鎮座していた
「まだ作り始めたばかりみたいだね。流石に今の時点では完成形は見えてこないなぁ」
レツも二人の声からその作品を見てまだまだ未完成だと推察するけれど、私はなんだかとっても脳の端っこで前世の記憶が警鐘を鳴らしているんですけど!?
私が固まっていると台座の後ろで作業していた人達が最後のパーツと思われる長くて太い棒を抱えてやって来た
「よ~し、コイツを玉の間にぶっ刺しておっ建てれば完成だ。お前ら!玉と同じくらいこの棒もデリケートだからな。深窓の令嬢が優しく包み込むくらいの心持ちで丁重に扱えよ!」
「「「うぃ~っす!!」」」
私以外の三人もソレを見て同じく固まってしまったみたいだ
「ね、ねぇ・・・ボク前に人はあまりにも体温が低くなったりみたいに体調が悪くなると幻覚を見たりするって聞いたことが有るんだけど、この位の寒さでも幻覚って見るものなのかなぁ?寒い地方は初めてだからもしかしたら思ってる以上にボクの体が限界を迎えてるのかも知れないや・・・なんか公衆のイベントで存在しちゃいけないナニかが建造されてる様に見えるんだよね」
「落ち着きなさいレツ。アレはそのアレよ。丸くて大きい二つの玉の間に棒を挟むって事は出来上がるのは鉄アレイよ。間違いないわ!」
「いやポンズ姉。どうみても鉄アレイとするには棒と玉の縮尺が間違ってるから。あの棒を玉の間に横向きに置くの物理的に不可能だから」
二人が混乱している中、無情にも長くて太い棒が二つの玉の間に天を突くように
「ヨッシャー!完成だお前らアアアアア!!こいつでグランプリは頂きだぜ!」
「凄いッスよ兄貴!他の参加者がコレを見たらあまりのレベルの差に雪の中でも裸足で逃げ出すに違いねぇッス!」
なんかとっても無邪気な笑顔でやりきった感を出して肩を組んでる野郎どもを素早く作品ごと粉砕してやろうかと思ったところでそれよりも早くアニタさんが完成した玉と棒を見て呟く
「ネオアームスト〇ングサイクロンジェットアームストロング砲ね。完成度高けぇな、おい」
「言うと思ったよ!誰かはソレを言うと思ったけど、まさかアニタさんが言うとは思わなかったよ!同じ『ジャ〇プ』だからって作品の垣根をそう簡単に跳び超えて来て良いと思ってんの!?ジャンプだけに?うるせぇわ!!」
「ど、如何したのビアー!?お、落ち着いてよ!ていうかネ〇アームストロングサイクロンジェットアームストロング砲ってビアーも知ってるって事は正式名称なの!?実在するの!?アームストロング2回言ってるんだけど!?」
頭をブンブン振り回す私をレツが
「・・・ネオアームストロングサ〇クロンジェットアームストロング砲。太古の人類が持っていたとされるオーバーテクノロジーで造られた超兵器よ。左右の玉に貯蔵されたエネルギーを弾丸として一発ずつ撃ち切る方式で嘗て一度だけ使用された時はこの世界に二つの大穴を穿ったと伝えられている伝説上の兵器よ。その耀きでもって人類を安息の地に導いたとも言われているわ・・・まぁただのおとぎ話よ」
ゴメンちょっと待って。私達の居る人間界の浮かぶメビウス湖って大きな穴が二つ連なってるようにも見えたりしない?ただの創作なんだよね?私の勘違いだよね?そうだと言ってよジョニー
なんだか何処かのドンなフリークスが書き記した事実よりも壮大なナニカが発掘されそうになってるんだけど?
「皆!寒くなってきたからあっちのお店でちょっと休まない?ほら、島国ジャポンのお汁粉販売してるんだってさ。行こ行こ!!」
皆の背後に回って両手を広げ、遠くに見かけたお店に向かって背中を押していく。1秒でも早くこの場を離れないといけないと私の使命感が唸り声を上げているのだ
「ちょっ、ビアーもそんなにグイグイ押さないでよね。なに?ジャポン料理のお店?お汁粉なんて食べた事ないけどどんな料理なのよ?」
おやポンズ姉。ジャポン料理に興味が出てきたかな?宜しい、私が教えてしんぜよう
「ジャポンの人達が毎年多数の死者を出しながらも決して食べるのを止めないお餅っていうお米の練り物を甘い豆スープに浸した食べ物だよ。ダイレクトに死の危険を目の前にしても食べ続けるその習慣性はある意味で香辛石よりもよっぽど危険な一品かな?」
「なんでそんな料理をお勧めしようとしてるのよ!?貴女もジャポンの人達も心中願望でも有るの!?どうしたらただの穀物と豆を殺人料理に昇華出来るのよ!?」
如何したらって言われると簡単には圧し潰されない弾力性と噛み切り難い破断強度、なにより水気で満たされた口内や喉奥ですら容赦なく引っ付く驚異の粘性の夢のコラボレーション?
「悪夢だよ!なにその人の喉を詰まらせる事を至上命題としたかのような食べ物は!!?」
恐れるレツたちを逃がさないようにしてそのお店の入り口を潜る
「すみませ~ん!お汁粉4人分お願いしま~す♪」
「あいよ~!」
結局皆は注文して出てきたお汁粉を(特に餅を)恐る恐るながら食べてくれたけど、三人揃ってリスみたいにちまちまとお餅を端から噛み千切っている姿は微笑ましかったかなぁ・・・(REC)
▽
お汁粉で体を温めた後も雪像イベントをやってるグランドは避けて凍った川の様子や小さな公園で子供たちが雪合戦とかしている様子を眺めたり、この地方特有の動物達や雪をモチーフにしたアクセサリーなどを見て回ったりストレスが溜まってるなら
そうしてホテルの夕食の時間が近づいてきた辺りで私達も戻る事にした。流石にこの寒い中で夜も外でぶらぶらし続けるのはしんどいからね
「おおアニタ!よく帰って来てくれたね」
ホテルの玄関ホールを潜るとそこにはパーシナモンさんがロビーの高級ソファーから立ち上がって出迎えてくれた。きっとあの後ずっと此処でソワソワしてたんでしょうね
アニタさんもそんな父親が落ち着きのない様子を今日一日ロビーで晒していた事に思い至ったのか寒さとはまた別の理由で頬が赤く染まっている
「全く、父さんは私の事となると何時も過剰に反応するんだから―――」
「・・・と言いつつ満更でも無い表情を浮かべるアニタさんなのであっ・・・ゴメンゴメンゴメン、勝手にナレーション付けようとしたのは謝るからそのアイアンクローは止めてくれない?」
「ッチ!欠片も堪えてないみたいなのが余計に気に障るわね」
今結構本気の舌打ちしなかった!?
アニタさんが私に攻撃が効かない事で諦めたようにアイアンクローから解放してくれた辺りでロビーにねっとりとした声音が響いてきた
「やぁやぁやぁ!このような場所で出会うとは奇遇ですなぁパーシナモン殿。相変わらず儲かっているようで何よりですなぁ」
「・・・ペー・ガンジャ・アッパーハーツか。貴様のような輩と話す事など何も無い」
「またまた、相変わらず嫌われているものだ。同じ穴の
「アニタさん。アレ誰?」
パーシナモンさんと同様にアニタさんも嫌悪感を現していたから突然出てきた人物について訊ねる
「よく父さんに絡んでる麻薬商船のボスよ。表向きは普通に食料品を運んでる事になってるわね・・・成程、そういう事だったのね」
イヤらしい笑みを浮かべて此方を見下す男の登場にまた少し面倒な事になりそうだと思うのだった
ペー → ヘロイン
ガンジャ → 大麻
アッパーハーツ → 覚せい剤