毎日ひたすら纏と練   作:風馬

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幻影旅団編も次回あたりで終わりかな?


本物と偽物

幻影旅団を全員捕まえた翌日。レツたちが朝食を食べ終えてしばらく経った頃に同室に居た全員がとある気配を感じて顔を見合わせた後に一律に視線を窓の方に向ける

 

「ビアーが来たみたいだね。向こうの件が片付いてから直ぐに飛行船を飛ばしたのかな」

 

「軽く訊いた状況だけでもかなり酷かったみたいだから引き留められはしたんでしょうけどね。無視して帰ってきたんでしょ。元々“脅威が去るまで”って契約だったんだしね」

 

ビアーの『円』の圏内となってからこの僅かな会話の間にビアーとの距離がゼロとなる

 

ポンズがビルの部屋(5F)の窓を開け放つと同時に窓の縁にビアーが着地した

 

因みにジャポンという訳でも無いのでベッドの有る部屋でも土足が基本の場所は多く、ここもその一つだ。というか無力化したといっても幻影旅団と同じビルに居るのに一々スリッパと履き替えるなどのロスは省きたいのだ

 

そうしてレツたちと合流したビアーが心配そうな顔をしており、そのまま第一声を発した

 

「ポンズ姉!おっぱいは無事!!?」

 

「ふん!」

 

ポンズの『硬』撃がビアーの顔面を穿ち、ビルの外へと落ちていった。それから数秒後に再びビアーが窓枠に着地する

 

「痛たたた。いきなり女の子の顔面にグーパン入れるとか酷いよポンズ姉~」

 

見ればビアーの鼻が赤く染まっている。彼女ならば本来ポンズの『硬』撃程度は直撃しても微動だにせずに受け止められるはずだが、ポンズの拳を傷めない為にオーラの出力を絞ったのだ。より正確に言えば『円』に廻すオーラを増やして『堅』の出力を下げた形だ。修行は1秒だって手を抜かないのである

 

そもそも避ける事も出来たはず?ビアーはレツとポンズのツッコミ(スキンシップ)は全力で受け止める誓約を己に(前のめりに)課している

 

それによって彼女のオーラの強化率はもしかしたら10万分の1%程度は上昇している『かも』知れないが、多分ない

 

「それで?第一声が私の胸の心配っていうのはどういう了見から出た言葉かしら?」

 

「それはだって私も向こうの仕事がひと段落してこっちに来る途中で気が付いたんだけど、私があの子の立場(小人サイズ)になったなら最初は絶対にポンズ姉のおっぱいを全身全力で堪能するに決まってるからね!!」

 

ポンズは“ビシッ!”と親指を立てたグッドサインで爽やかで快活な笑みを浮かべるビアーの親指をへし折ってやりたい衝動に駆られて蟀谷(こめかみ)に怒りマークを浮かべながらもギリギリ保持した笑み(本来は威嚇行為)で自分を抑える

 

「そう・・・でもなんで私限定なのかしら?あんたと云うかあんた達なら私だけじゃなくてレツも一緒に狙いそうなもんだけど?」

 

「勿論レツも狙うけどやっぱり最初にターゲットに選ぶのは絨毯(ぺったん)よりもクッションベッド(もふもふ)かな。質はどっちも極上で甲乙付けられないけど包容力というか豊満力じゃかなりの戦力差があるからね」

 

「「ふん!!」」

 

レツとポンズの『硬』撃という名の顔面ダブルパンチでビアーが宙を舞い、再度戻って来た時には朱く染まった鼻から血が垂れていた

 

レツとポンズそれぞれの拳が己に当たる刹那の時間差に合わせてオーラの強弱を調整するという無駄に洗練された離れ業を披露してまで殴られた(不)名誉の勲章だ

 

『纏』と『練』の扱いに関してはエキスパートというレベルを遥かに上回っているのにこんな残念な使い方をする事に躊躇(ちゅうちょ)がない。やはり馬鹿(ビアー)である

 

「今更だけどこんなバカと敵対してやられた旅団(クモ)の連中が不憫(ふびん)に思えて来たぜ」 

 

「よぉクラピカ。お前ハンター試験ん時にプロハンターが高潔だとか気高いだとか言ってたけど、アレを見た上でもまだ同じ印象抱けてるか?」

 

「・・・ビアーの功績は称賛に値するものだ」

 

レオリオがハンター試験の1次試験会場の入り口ともなっていたエレベーター内でクラピカが語っていた理想に対し鼻血少女(ビアー)を指差して揶揄(からか)うような薄笑いを浮かべつつ問うとクラピカは露骨に目を逸らしながら絞り出すように肯定できる所は肯定した

 

「うん!ビアーも凄いし、リースも凄いよね!あ、リースの場合はレツが凄いって言った方が良いのかな?そうそう!ビアーの人形だけど名前はリースに決まったよ」

 

純真(ゴン)純心(ゴン)

 

修行期間中に理想は所詮理想でしかないと、とっくに気付けそうなものだが彼らに修行を付けていた憧れ(のはず)の先達たる一つ星(ビアー)二つ星(ビスケ)は極限の疲労と毒キノコのコンボに常に晒されていた事で彼女らの奇行にまで目が行かなかったのだ

 

クラピカ達が息も絶え絶えとなっているのをBGMにBL本やマッチョ雑誌を見てニヤついてるストーンハンターや、美肌温泉でスキンシップという名のセクハラをしようとしたり寝ている女の子二人を 盗撮 写真に収めたり奇襲という名のルパンダイブをしてあくまでも修行だと言い張るも折檻される軽犯罪を積み重ねる犯罪(クライム)ハンターなど知らない。もしくは無意識に目を逸らしていたのだ

 

だが最大の仇であった幻影旅団を捕らえるという仲間の眼の奪還に匹敵する目標を達成した事で現実を正しく認識する程度に心に余裕が出来てしまったのだ

 

これまでにも世の中の汚い部分はそれなりに見て来たクラピカはたとえ警察などの正義を掲げる統治機構であっても綺麗なばかりじゃない事は十分理解している。しかし幼い頃に親友と共に夢見たプロハンターにはどうしても色眼鏡を通してしまっていたが、それももう終わりだ。鼻血少女(げんじつ)と向き合う時は今なのだ!!

 

「クラピカ。あなたの理想のプロハンターならこっち(テレビ)に居るわよ」

 

冬の荒波の如き現実に向き合おうとしたクラピカにポンズから春風のような甘い誘惑(ことば)が掛けられ、クラピカだけでなくその場の全員がテレビに目を向ける

 

そこには倒壊したビルや陥没した地面などの破壊の痕跡を映されており、テレビのリポーターが実況の真っ最中だった

 

≪昨夜にヨークシンシティを襲った未曾有の大災害から一夜明け、ようやく被害の全貌が見えてまいりました。先程開かれたヨークシン市長による記者会見によればヨークシンの一区画が完全に崩壊する程の爪痕を残したこれらは悪名高きA級賞金首集団、幻影旅団による大規模テロであったとの事です。御覧下さい。昨日の夕方までは何時も通りであったはずのこの場所が今ではもう紛争地帯にでも踏み込んだかのような様相を呈しております≫

 

映し出されたその場所は何処に目を向けても瓦礫の山といった有様であった。ただこれだけの破壊痕が有るにも関わらず何かが燃えたような痕はあまり見受けられなかったが、一般人目線では強力な爆弾でもしこたま使用したのだと思うだろう

 

これが生身の人間同士のドつき合いの結果だとは表向き最強の人間たちの集いである天空闘技場のフロアマスターたちの人外っぷりを目の当たりにしている人々でも否定から入るはずだ。それくらい人の枠を外れ過ぎた戦闘規模だったのだ

 

≪ですが驚くべき事にこの大規模テロにおける死亡者は今現在確認されておりません(・・・・・・・・・・・・・)。重軽傷者は昨夜多数病院に運び込まれたようですが、テロの規模に比べれば極めて軽微と云えるでしょう≫

 

「まぁ死んだ人達は軒並み一塊にされた上にボクが蒸発させちゃったからね。病院に担ぎ込まれた死体は確かにゼロだったのかも」

 

「多数の死者が居たと証言する救急隊の人達も居たでしょうけど、血痕すらほとんど残ってない状況じゃあ狂言にしかならないしね。少しその人達に同情するわ」

 

その気は無くとも証拠隠滅に手を貸してしまったレツが微妙な表情となる。亡くなった者たちを無かったものとして扱われるのは弔いの火を放った彼女にしては面白くはない話だ

 

「でもよぉ、実際沢山人は死んでんだぜ。それがゼロだったなんて、ちょっと突っ込めばすぐ嘘だってバレるだろ?」

 

「馬鹿リオはもっと頭使えよ。それが普通の街のただのお祭り期間ならな」

 

「キルア、それってどういう事?」

 

「ゴンも前に聞いてんだろ。ヨークシンの市長はマフィアンコミュニティとズブズブの関係なんだ。つまり10日で公式だけでも数十兆ジェニーなんて巨額が動くドリームオークションをこんな序盤で中止にしたくないって訳。マフィアたちの仕事(シノギ)にとっても重要だし地下競売以外のオークションに出品されるお宝の方にご執心なマフィアの幹部やらマフィアとの繋がりの深い政治家やら大手の社長やらも居るだろうからな。そいつらの愉しみの為元々潰しの利くマフィアの下っ端の事をちょっと伏せておいて脅威は去ったってのをいち早く、それも出来ればセンセーショナルにアピールしたいんだよ。分かったか?」

 

「ウン。ワカッタヨ、キルア」

 

ゴンハ スベテヲ リカイ シタ

 

油も注してない最初期のロボットのような動きで頭から煙を出しているゴンが再起動するまでにはもう少し掛かりそうだ

 

レオリオとゴンへの扱いの差?レオリオはちゃんと考えればそれなりの答えが出せるのに対してゴンはまだまだ世間知らずなだけだからだ

 

レオリオ=馬鹿ディナイトとゴン=無知-クスの差である。もっともゴンの無知ぶりがある程度解消された後で新たにゴン=馬鹿-クスの称号を手に入れそうという懸念は有るが、ゴンの将来に期待しよう

 

≪ヨークシン市長の発表によれば、かの幻影旅団が今年のオークションを狙っているとの情報が流れており、ヨークシンの〇〇地区でプレミア中のプレミアの品を扱う秘密のオークションが開催されると嘘の情報を流す事で市民や観光客に直接の被害が出ないよう網を張ったとの事です≫

 

街の様子を映していった後にヨークシン市長の記者会見へと場面が移り変わる

 

≪私はこの街を預かる者として今回の措置は間違っていなかったと確信しております。かの悪名高き盗賊集団である幻影旅団が今年のオークションを狙うというのはある有力な筋から得られた情報でした。しかし、オークションの為に世界中から人々が集まるこの時期に一人一人の身元を精査するのは現実的とは云えないでしょう。そこで我々は若いながらも一つ星(シングル)の称号を持つプロの犯罪(クライム)ハンターであるビアー=ホイヘンス氏にコンタクトを取り、幻影旅団の捕縛にご助力いただく事としたのです≫

 

市長の話を聞いていた記者の一人が質問の為に席を立つ

 

≪プロとはいえ、まだ少女と呼べる者に犯罪者の相手をさせたのですか?事前に幻影旅団が襲って来る線が濃厚だと分かっていたなら警察や特殊部隊を多数動員してあれだけの被害が出る前に彼らを捕縛できたのではありませんか?≫

 

≪それは認識が甘いと言わざるを得ませんな。あの惨状を見れば判るように相手は我々の常識では測れない非常に危険な存在でした。少し訓練を積んだ程度の警官や傭兵があの場に居たところでホイヘンス嬢の足手まといにしかならなかったのは明白でしょう。故に警察には周辺地域の封鎖に人員を割り振りました。それにその場に居たのは彼女だけではありません。彼女の弟子である数人のプロハンターも肩を並べて戦い、この街を襲った悪漢どもを制圧してくれました。彼女たちの活躍が有ってこそ、この街の平和・・・いえ、世界各地で爪痕を残している幻影旅団を捕まえたとなればそれはもう世界の平和にすら貢献したと云っても過言ではないはずです。それ以外にもホイヘンス嬢は世界最大の真珠である女神の涙の発見及び出品。様々な新薬の原材料の発見。大手貿易商の会長を狙ったゾルディック家の暗殺阻止。フロアマスターとしての栄光などなど、既に最高峰のハンターである事に疑いのないホイヘンス嬢の力有ればこそ解決できた問題でしたでしょう。富、名声、実力、なにより崇高な精神。その全てをあの若さで兼ね備えた彼女はハンター協会のエースではなく、何時しかトップにも立てる器でしょう。そんな彼女と友好な関係を結べた事は望外の幸運でありました≫

 

テレビの向こうで只管(ひたすら)熱く語るヨークシン市長は完全にイッちゃってる目をしていた

 

「・・・なんか気持ち悪い位に私の事ヨイショしてくるんだけどこのオジサン。友好な関係もなにも一度も会った事すらないのに」

 

「まぁこの街の市長はマフィアンコミュニティひいては十老頭の部下(どれい)みたいなものだから上から圧が掛かったんでしょ。一応彼らなりの感謝のアピールなんじゃない?」

 

「うん。この市長さんの目だけど、これ単にヤケクソになってる人の目だよ。そりゃ出会った事もない小娘(ビアー)を褒め千切れって命令されたらこうもなるよね」

 

裏のコネと権力と小汚い手段でのし上がって来た他人を下に見る事だけが得意な市長は終始イライラしていたが、それを見ぬけたのはレツくらいであった。流石の腹芸レベルである

 

「素晴らしい!素晴らしいよ!私の望むプロハンターが目の前(テレビの向こう)に居る!!」

 

今も小休止と称して画面の向こう側でCM枠に組み込まれた“清廉なプロハンターかくあるべし”的なビアーのPVを見ながら感動の涙を浮かべているクラピカに一同は一歩距離を取った

 

(どうしよう?クラピカが壊れちゃったよ)

 

(テレビ)を振った私が言うのもなんだけど、そっとしといたら?)

 

(いや、むしろ殴ってでも正気に戻すべきなんじゃねぇか?)

 

レツとポンズとキルアが視線でやり取りする中、彼らの間に降りた短い沈黙を裂くようにしてビアーのスマホに着信音が鳴り響き、スマホを手に取ったビアーが顔をしかめる

 

「うぇ、十老頭からなんだけど」

 

「・・・なに普通に連絡先まで交換してんのよ」

 

「ビアーってナチュラルに変な人脈拡げるよね」

 

「まぁ十老頭全員の連絡先なんて要らないから“十老頭チャンネル”的なのは作らせたんだけどね。十老頭って一つの回線に絞れば煩わしさも減るしさ」

 

言いつつ電話に出たビアーの耳に十老頭の誰か(誰でも良い)の声が入る

 

≪暁、それは光と闇が混じり合う始まりの混沌(おはようございます)。我が同胞よ(ビアーくん)。時を超え、万物を見通すその権能でもって汝の威光を(テレビでキミのPVを)≫

 

「チェンジで♪」

 

ビアーは笑顔で電話相手の交代を要請した。誰だ一老(中二病)(コイツ)に代表をやらせたのは

 

≪あ~、電話を替わったぞビアー君。それで早速だが我々のサプライズは気に入って頂けたかな?≫

 

「ありがた迷惑って書かれたメモ用紙をあんたらの胃袋が破裂するまで何枚でもその口に詰め込んであげたくなる程度にはね★」

 

天空闘技場時代の使い廻しが殆どとは云え勝手に画像や映像を使われているのだ。肖像権も何もあったものではない

 

≪安心したまえ。ギャラはキチンと払うとも。ドリームオークションを(つつが)なく進行させる為にも生け贄(アイドル)はとても有効だったのだよ。愚かな民衆はシンプルな話を好むからな。複雑な話を理解できないとも言うがね。それで報酬だがヨークシンの市長が我々の傘下に有ることは知っているだろう?彼にはビアー君のお願いは今後、可能な限り叶えるように言っておいた。つまりキミは実質的にヨークシンの市長と同等の権限を扱える訳だ。警察機構でも都市開発を弄ったテリトリーの確保でも、パーティーの出席でも好きなようにすれば良い。ヨークシンは世界中から表裏問わず富豪や権力者が集まる。たかが市長ではあるが、その影響力は小国の国家元首に並ぶ。決して悪い話ではないと思うがね≫

 

「ふぅん。もしそれで良しとしたら明日にでもその『彼』が辞任なり急病に掛かったりしそうね」

 

≪ははは、まさかそんな小賢しい真似はしないさ。ヨークシンの市長は何時だってキミの奴隷(みかた)だ。あくまで常識的で健全なお願いの範疇ならばな≫

 

どの口が言うとビアーは内心呆れながらもお互いにネチネチとした会話は続く

 

「へぇ~。あなた達だけじゃなく私みたいな小娘の足まで舐める役職になるなんて、今後市長が代替わりする時に立候補者なんて出るのかしら?」

 

≪問題あるまい。なにせキミは人気者だからな。それでなくともキミは私欲で無茶な権力を振りかざすタイプじゃないだろう?でなければこんな報酬は提示せんよ≫

 

「無茶な要求するようになったら『ネオ・ヨークシンシティ』とでも街(及び市長)の名前が変わったりするのかしら?それ以外でも幾らでも穴は突けるでしょう?」

 

今のところ(・・・・・)そんな予定は無いさ。ただ出来ればキミとは細くて長い付き合いをしたいとは思っている。太い付き合いなどすればいずれ我らの飲んでいるワインが水道水に、パンが砂利飯に変わるキリストに匹敵する奇跡が起こってしまいそうだからな。馬小屋のような場所で人生を終えるのは出来ればごめん被りたいところだ≫

 

お互いに笑ってない嗤い声で『ハハハ♪』『うふふ♥』とやり取りをするビアーも十老頭もお互いに向けた感情は絶対零度だ。たかがボディーガードをして命を助けたり命の恩人になったりした程度で好感度を上げたりはしない

 

「PVの出演料はそれで良しとしてあげる。ただし、それが正規の依頼だったらね。特別出演料としては一体なにをくれるのかしら?」

 

ビアーは本来がめつい性格ではないが、マフィアや犯罪者相手ならば身ぐるみ剥いでも良しと考えるタイプだ。寧ろ限界まで搾り取らないと相手を悪い意味で調子に乗らせてしまうだろう

 

次はどんな報酬を提示するのかと軽い気持ちで続きを(うなが)すが、返って来た答えは彼女の予想外のものだった

 

≪そうだな。『緋の眼』・・・なんてどうかね?≫

 

「――随分とまた豪勢な代物だけど、年頃の女の子への贈り物には似つかわしくないんじゃない?それとも裏の業界じゃそれが今の流行りだったりするのかしら?」

 

ビアーも軽口で返すが返事の直前に僅かに唇を結んだことを長年の腹芸による経験で見抜いた彼はほくそ笑む。マフィア界のトップは決してただの愚か者や小心者には務まらないのだ

 

≪確かに私の知っている娘にも肉体美を愛でる者も居るがな。なに、単純にキミも興味が有ると思ったのさ。我々の情報網をあまり甘く見てもらっては困るのだよ≫

 

(ハンターサイト・・・いえ、有能なハッカーや権力の強いマフィアなら私が『緋の眼』とゲーム(G・I)以外を出品したオークションの時の原典となる押収品リストを覗き見る事も出来るわね。まったく、今更ながら情報管理ガバガバ過ぎでしょ・・・てか肉体美を愛でるって絶対にマッチョ好き(ビスケ)とは別ベクトルよね、推定占い師のその(ネオン)

 

腐女子(ビスケ)と性根ド腐れ女子(ネオン)の間には大きな差が存在して・・・

 

※ 原作でゴンとキルアの友情を滅茶苦茶にしたくて近づいた性根ド腐れ女子(ビスケ)

 

・・・本質はまだしも性質的にはかなり近いのかも知れない

 

≪くっくっく。なに、人に言えない隠し事など誰しも一つくらいは有るものだ。それに『緋の眼』の所持は別段違法でもあるまい≫

 

「それは世界七大美色を欲しがった人達が違法じゃなくしただけでしょ?一体どれだけの裏金が当時、世界で流れたのやら」

 

≪それでも合法は合法なのだよ。キミはその辺りは弁えているだろう?≫

 

(さてと、どうするべきかな。多少勘違いしてるようだけど、別に私自身は『緋の眼』を欲しいとは思って無いし、特に私がなにかしなくてもクラピカなら全ての『緋の眼』の在り処を見つけ出せるでしょ。カキンの第4クズ王子(ツェリードニヒ)の情報だけは提供してあげる必要は有るかもだけど、あれだってクラピカなら数年以内には自力で辿り着けると思うしさ。だからぶっちゃけこの報酬(はなし)は私にメリットは無い・・・んだけど、受け取らない選択肢は無いのよねぇ)

 

ビアーがスマホを耳に当てつつ()えて下げていた視線を上げて前を見るとただいま話題沸騰中の世界七大美色が餓血殺威(ガ・チ・コ・イ)距離でビアーの瞳を覗き込んでいるところだった

 

電話というのは結構音漏れするのだ。知り合いが電話中だとマナーとして自然と声量を下げたりする分余計にその傾向が強くなる

 

十老頭が『緋の眼』のワードを口にしたコンマ1秒後には血に餓えた獣がゼロ距離に迫って眼光を飛ばして来てたのだ。少なくともここから新しい恋の予感とかは生まれそうにはない

 

ビアーは深く溜息をつきたい気持ちを何とか堪えて目の前の面倒くさいのにターゲットを移す事にした。自分にメリットが無い?無いなら他所から引っ張って来たら良いだけだ

 

ビアーはスマホを少し離してクラピカに小声で語りかける

 

「(クラピカ『緋の眼』に関する事なんだから貸しにしておくわよ)」

 

「(無論だとも。私に出来る事であれば何でもしよう)」

 

(ん?今何でもするって言った?言ったわね。逝っちゃったね!!)

 

交渉における禁句とも云えるワードを口にした己の迂闊さと未来に待ち受ける絶望に気付かぬまま肯首(こうしゅ)してしまったクラピカにビアーも満足そうに頷くとクラピカと十老頭の双方に向けて了承の意を伝える

 

「良いわ。それで手を打ってあげる―――それで具体的にどういった形で貰えるのかしら?現物?それとも情報?」

 

≪後者だな。だが教えるのは誰が所持しているのかまでだ。『緋の眼』ほどのコレクションをタダで手放せとは我らとて言えんよ。欲しければ『好きに』交渉するといい≫

 

(はは~ん。あんたらマフィアが紹介する相手に犯罪(クライム)ハンターの私が手段を選ばず(好きに)お話ししても良いという訳ね)

 

「OK~。ならもしも(・・・)今後も『緋の眼』の情報が手に入るようなら教えてよ。ただし次からは価格交渉を先に挟まないと親切心(むりょう)として受け取っちゃうから注意する事ね」

 

≪ああ、留意しておこう。新鮮な情報をお耳に入れようとも≫

 

「あら、情報は(クラピカの)足が早いわよ。精々賞味期限切れ(クラピカハント済)には気を付けることね。それと言っとくけどもし缶詰にして保管(情報の秘匿)なんてしようとしたら保管庫ごとこじ開けるわよ(クラピカが)」

 

そうしてとっても愉快なお喋りを終えたところでビアーがやっとリースに向き直る。十老頭との会話など二人の本格的な会合の前では些事もいい所だ

 

人間と人形。オリジナルとコピーとの間に得も言われぬ威圧感が漂う

 

やはり合意の上で生み出し、生み出された存在だとしても実際に相対すればアイデンティティが揺らぐのだろう。故にここで上下関係というものをハッキリと露わにせねばならないのだ

 

ビアーがテーブルの上に居たリースの胴体を両手で鷲掴み、クワっと眼光を光らせるとそのまま床にダイビングする。こと戦闘力という点において、リースは決してビアーには勝てないのだ!

 

「神様。仏様。リース様ぁああああ!羨ましいから立場代わってプリィイイイイズ!!」

 

「やだ」

 

ビアーがやったのは腕だけ祈りのポーズ(リース付き)でのジャンピング土下座&懇願(こんがん)

 

何処かの世界の地上最強の生物は言った

 

決着の時、頭がより高い方が勝者なのだと。故にここに格付けは決したのだ

 

「いやなんで人形(リース)じゃなくて本人(ビアー)の方のアイデンティティが崩壊してるのさ!?普通逆じゃないの!!?リースも勝ち誇ったドヤ顔止めてよ」

 

レツのツッコミにビアーが涙目のままレツを見上げる。まるで雨の日に捨てられた子犬のようだとレツは思った

 

「だって~。私はレツのお姉ちゃんでポンズ姉の妹なんだよ?それは本当に嬉しい!でもよく考えてみればリースには何があると思う?今挙げた二つ以外で」

 

ビアーの問いにそれぞれが腕を組んだり蟀谷(こめかみ)に指先を当てたり天を仰いだりして思考を回し、思いついた事を口にする

 

「まぁレツの能力で生み出されてるんだからレツが創造主(マスター)よね」

 

「呼び方で違いを付けるならご主人様とかも有りかもな。実家(うち)とか親父がそう呼ばれてたりもするしさ」

 

「リースの名前を考えたのもレツなんだし、名付け親でもあるよね!」

 

「良い発想だぜゴン。そっかレツは早くもお母さんってやつなんだな」

 

「よく分からない気持ち悪さを感じるぞレオリオ。当人たちは姉妹という形に当て嵌めて行動を(少なくともビアーは)しているのだ。ならばそれに沿えばリースは彼女らの末妹に当たる。読めたぞ!それでリースはレツを(はばか)りなく姉と呼べる訳だ!!」

 

全員が思考の海から浮上して改めてビアーを見やる

 

「あばばばばばばば・・・・」

 

人としての返事が無い。ただの壊れた人形のようだ

 

「なんで自分から振った話題でダメージ受けてるのさ?」

 

「実際に声に出されたせいで心の奥底までより響いたんでしょ」

 

白目を剥いて痙攣(けいれん)しているビアーを取り敢えず部屋の隅にでも片付けるかとポンズが一歩踏み出そうとしたところで再びビアーのスマホに着信音が鳴り響いた

 

「ビアー?携帯鳴ってるよ?」

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ・・・・・」

 

人としての返事が無い。ただの壊れた人形のようだ

 

「無駄だぜゴン。この様子じゃ当分起きやしねぇよ。一応一発電撃喰らわせてみるか?」

 

まさか他人の電話に勝手に出る訳にもいかないだろうとビアーを正気に戻そうとする動きもある中、ビアーの手の中から這い出たリースが普通にスマホの画面をタップした

 

「はい、もしも~し」

 

こいつナチュラルにオリジナルと入れ替わりやがった

 

≪お~、ビアー嬢ちゃんか。儂ネテロ≫

 

「ま~た会長自ら電話ですか。ハンター協会も暇なんですか?それとも若くて愛らしい女の子の生声で耳の保養がしたいと?セクハラで訴えますよ」

 

≪そんな訳ないじゃろう。儂はもっとムチムチでバインな方が好みじゃよ。あと30年は経ってから出直してくるんじゃな。生命力の塊(お前さん)ならそれでやっと20代後半といったところじゃろ≫

 

20年くらい前から約100歳と自称している彼だが、何事もなければ本当に後30年くらいは長生きしそうではある。やはり仙人(バケモノ)

 

≪それで用件じゃが幻影旅団のような一定以上に念を使える輩は普通の檻には入れられんからの。特殊な収容施設に送る必要があるんじゃよ。しかしお主は随分と人目を引いてくれたみたいだからの。今ヨークシンには様々な思惑を持った輩が集結しとるのじゃよ。そこでヨークシンからは多少離れた場所に儂の手配した船を廻すからそのポイントで引き渡しを行うぞい。全く、あのPVのせいで後で取り逃がしたなどとなったら協会に苦情の電話が殺到するわい。折角捕らえた犯罪者の縄を噛み千切る『ネズミ』はどこに湧くか判らんからの≫

 

どうやら(ネズミ)というよりは(ねずみ)とのパワーゲームが起こりそうだからネテロが自ら動いているようだ。もっともそんな厄介さも愉しむ為に彼を副会長に指名している以上は本当の意味で面倒だとは思っていないのであろうが

 

≪詳しい日時や場所は『星座』に送っとくぞい。パスワードはその場に居る面子なら解るじゃろ≫

 

そうとだけ言い残すとネテロは電話を切った。リースがスマホをビアーのポケットに押し込む姿を見つめながらレツは疑問に思った事を訊ねる

 

「ねぇリース。『星座』って云うのは何を指した言葉なの?」

 

「『星座』は星持ちハンター専用のメールボックスね。星のライセンスがないとアクセスも自動的に暗号化される文章の解読も出来ないからただの電話よりは情報を抜かれる心配は低いわよ」

 

「へぇ、流石星持ち。ちゃんと多少は優遇されてるのね」

 

ポンズが感心するが当のリースは肩を竦めるばかりだ

 

「まぁ、同じ分野だったり仲が良かったりする星持ちハンターがどれだけ居るのかって話だからあんまり実用性は高くないんだけどね」

 

「ダメじゃん!」

 

「・・・一応使う人は使うから」

 

あんまりフォローになってないフォローを義務的に入れたリースは改めてその場の皆に向き直る。ネテロの言うパスワードを割り出さないといけないからだ

 

「それで皆はパスワードになにか心当たりってある?『その場に居る面子』って言ってるから何人かに共通する認識だと思うんだけど、ぶっちゃけそれで云うと私は知らない事だと思うのよね」

 

この中ではビアーだけは他のメンバーより一期分先達に当たるのにネテロも含めた『共通』の項目からは外れてしまうのだ。本人には分からないパスワードを設定するあたりクソじじい(ネテロ)のお茶目な部分が垣間見えている

 

「分かった!俺たち皆が持ってる物。答えはハンターライセンス!!」

 

ゴンが自信満々に予想を語るが皆は無反応で引き続き頭を捻る。流石にそんな安直な答えではないだろう。そもそもビアーは知らない事という予想が何も考慮されてない

 

「ひょっとしてアレなんじゃね?俺たちが最初にあの爺さんと出会ったのって二次試験の時だったよな。そうなると―――」

 

「そうか!つまりは『スシ』もしくは『クモワシの卵』って事だな!!」

 

「そう?あの最終試験みたいな意地悪な課題を出す会長があの場に居た全員が思い付けるようなパスワードを設定するかしら?」

 

「ふむ。ならば最終試験・・・いや、それも他の受験者が居たからな。となればその手前の個人面談で訊かれた事か?」

 

クラピカの言によって面談で聞かれた内容である『一番注目している者』と『一番戦いたくない者』でどう答えたかを擦り合わせてみるが、全員の答えが重なる人物は出てこなかった

 

ただゴンと答えた比率がやたらと高かった事で最終試験までの成績でゴンに負けていたキルアが納得したような、それでも納得したくないような微妙な表情を浮かべる事にはなったが

 

「ああ~!じゃあ他に何があるってんだ~??」

 

「だよな。そもそも俺たちにあの爺さんとの接点なんて・・・ってそうだよ、アレだよ!ビアーを外して考えるなら俺たち全員である必要も無いって事だよな!」

 

「キルア。如何いう事?」

 

「あ、そういう事?」

 

「そうそう!俺たち三人だけが知ってる事があったよな!」

 

「あ!俺にも分かったよキルア!!」

 

急にテンションを上げてはしゃぐ年少三人組が顔を突き合わせて答えを紡ぐ

 

「「「ハンティングボール!!」」」

 

当然周囲は答えを聴いてもピンと来なかったのでクラピカが訊ねる

 

「ゴン。なんだそれは?」

 

「実は三次試験のトリックタワーに向かう飛行船でネテロさんとゲームをしたんだ。ネテロさんが持ってるボールを奪えたらその時点でハンター試験は合格だって言ってさ」

 

「成程。だからハンティングボールね」

 

「つかお前らだけ別にチャンスが与えられてたって事かよ」

 

「えへへへ、なんかゴメンね。レオリオ」

 

「いや、別に謝る程の事じゃねぇよ。会長はあのロリババ・・うぉ!悪寒が!?―――あのビスケさんよりも強ええんだろ?難易度設定バグってやがるじゃねぇか」

 

哀れレオリオは次にビスケと出会った時に何となくムカついたとパイルドライバーで犬神家の一族(首から地面に埋まる)となる未来が決定した

 

「なら後で適当なネット喫茶でアクセスしてみるわね。それとそろそろ起きろ(ビアー)!」

 

「ぷわっ!!?」

 

リースのぬいぐるみパンチが『円』に力を多く割り振っていたビアーの防御を貫通し、壁際まで吹き飛ばした

 

起き上がったビアーは周囲を不思議そうにキョロキョロと見渡す

 

「ここはどこ?私はリース???」

 

「都合よく自分の認識(なまえ)を捻じ曲げてんじゃないわよ!」

 

「流石にそんなノリで改名したらビアーの両親にも悪いと思うよ」

 

「うぐぅぅ!!」

 

結構好き勝手してきた自分をちゃんと育ててくれた両親の事を出されれば冗談と云えども良心が咎めたのかビアーの口から呻き声が漏れる

 

「うん。私は間違いなくビアーだよ。ごめんね。でも!出来れば一回だけ呼ばせて!!―――レツママ~♪ポンズおばさ~ん♥」

 

甘えた声でレツの事を呼んだ時にはレツの顔が引きつり、ポンズの事を呼びながら二人に抱き着かんとジャンプした時には身の危険を感じた者たち(ビアーとポンズ以外)は窓から無限の彼方にダイブしていた

 

彼らが地面に降り立つ前に強烈な爆発がビルを大きく(えぐ)ったのだった

 

数瞬遅れてポンズが彼らの隣に降り立つと煙を上げるビルを見上げる

 

「敵襲ね」

 

「うん。敵襲だね。さっきネテロ会長が言ってた旅団(クモ)を狙った相手だね。間違いないよ」

 

「ねぇビアーは?」

 

「もうここを察知して来やがったのか」

 

「やべぇな、騒ぎになるぞ。すぐに場所を移した方が良いな。ちょっくら車廻してくるぜ」

 

「ねぇねぇビアーは???」

 

「ゴン・・・ビアーは尊い犠牲となったのだ。今、我々がやるべきなのは各々の役割を全うする事だ。決して旅団(クモ)を奴らに渡してはならないんだよ」

 

すべての責任と事後処理を謎(?)の襲撃者とビアーに押し付けて捕らえていた旅団(クモ)のメンバーを護送用に用意されていた見た目は普通の箱トラである偽装装甲車で新しい潜伏先に移動するレツたちであった

 

「・・・それはそうとポンズもよくビアーから逃げられたね?それになんでビアーは態々爆弾喰らったのかな?」

 

「や、やり方は色々有るからね」

 

(言えない。爆弾を詰め込んだレツの等身大抱き枕を囮にしたなんて言えない。ゴメン、使っといてアレだけど罪悪感が半端ないから次の(デザイン)は私にしておくわ。まだそっちの方がマシよ)

 

レツはポンズが冷や汗を流しながら後悔と苦渋の決意を混ぜ合わせて悶々としている様子を不思議そうに見つめるのだった

 

 




次回か次々回の終わりで一度ステータス情報でも書こうと思います
『星座』の設定や『ハンティングボール』は適当に名付けました

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