夜の風をきり、馬で駆け行くのは誰だ?
それは父親と子供。
父親は子供を腕にかかえ、
しっかりと抱いて温めている。
シューベルト 戯曲「魔王」
「灰域を抜けたか。あの武装踏破船はこの先に向かったようだ」
空は淀む暗雲が立ち込める。曇天。
僅かに燻る雷雲。ひと雨来るだろう。
「船、あっち行た。 追いかける?ヴェルナー」
薄汚れたボロ布をローブのように纏い、布を包帯のように顔半分巻いたアラガミの少女ベル。
「ああ。行こう」
同じようにローブを頭から被り、素顔を隠すヴェルナー。
彼女の姿が人の目に晒されるのは少々面倒なことになる。
ならば、とりあえずはこれでなんとかなるだろう。傍目には不遇な少女にしか見えない。気休めだが、無いよりはマシだ。角は布を取らなけられば大丈夫。尻尾は丸めて背中側に隠してもらっている。膨らんだ背中は背嚢をローブ越しに背負っているように見えるだろう。
「う〜、何か、ヤな感じする、ザワザワ………チリチリ………」
ベルが船が航行した先を眼を細め、眺める。
「…………確かに。暗澹とした気配を感じるな」
灰域は抜けたのに、肌がピリピリと騒つく。ゴッドイーターとしての感と、アラガミ細胞の本能的なものか。
ヴェルナーとベルは踏破船の行方を追った。
オレとヴェルナーは武装した灰域踏破船を追跡している。
最初は興味本位だったが、目的の対象に近づくごとにザワザワと自分の中でイヤな感じがさっきから騒めく。
自分の中で"行くな"と言っている自分がいる。
だけど、違う自分が"行け"と言っている。
暗がりから垣間見える曖昧な朧げな自身。
まるで誘うように。導くように。
どうしよう。もうここまで来たし、何より大きな船には興味がある。
大丈夫。ヴェルナーがいるし。不穏な心の騒めきを無理矢理に押さえ込み、オレは羽織ったローブを握りしめてヴェルナーの後ろを付いていく。
暫くして激しい雨が降り出し、稲光が明滅する。
カモフラージュには丁度いいとばかり、雷雨が隠れ蓑になる。
身体機能が軒並み向上しているため、苦もなく踏破船を追える。
「…………あれだな」
やがて武装踏破船が停船しているのを発見。近くの瓦礫から様子を伺う。
「…………人、いっぱい…………」
ベルがローブで包まり、ヴェルナーに身を寄せる。
踏破船から自動小銃を所持した完全武装の兵士たちが支持を受けて、隊列を組み各々、ある場所にキビキビと規則正しい足取りで向かう。
その先には廃虚となって久しいであろう教会跡を改修し、増築したような異様な建築物が聳え立つ。
兵士たちは武器を構え、静かに建物を包囲していく。
その様子を逐一、確認して支持を与えている男。
バンダナを巻き、厳つい顔に幾つも傷がある壮年の男。
両腕に腕輪があることと、ショートソードの神機を装備していることからAGEだと思われる。
「…………あの男は…………バランのAGE…………何故、ここに……?」
ヴェルナーが顔を顰める。
するとまるでこちらが見えているかののようにチラリと視線を向けてくる。
「!? まさか…………気付かれている…………っ?」
何人かの兵士がバンダナの男の前に走って来て敬礼する。
「ゴウ隊長。各員、突入準備整いました」
ゴウと呼ばれたAGEの男は兵士に向き直る。
ゴウ・バラン。ミナト「バラン」に所属する対抗適応型ゴッドイーター「AGE」である。
バランはかつて赤の女王に試験的な様々な技術提供を行なっていたミナトだ。いや、あれは実験と言ってもいい非情の行いだった…………特に灰嵐誘発プログラムは悪魔の所業に等しかったと今更ながら悔やまれる。理想を胸に散った同胞たちにいつの日か詫びねばならない。
「うむ。総員戦闘態勢に移行。各自作戦目標の保護対象奪還を優先しつつ、速やかに敵を排除せよ。抵抗する者に容赦はするな。突入開始だ」
「了解ッ!」
隊長の合図に武装した兵士たちが次々と建物内に侵入していく。
一体何が起きているのか。尋常ではない事態なのは確かだ。
「…………気になるか? それで隠れているつもりなら、まだまだだな。出てこい。来ないならば、俺から挨拶するか?」
鋭い眼光で神機の切っ先を向けるゴウ。
「やはり気付かれていたか。仕方ない。ベルはここにいろ」
「…………うん」
ヴェルナーが物陰から姿を表す。
「何者だ? 貴様ら教団関係者か…………?」
「教団? 何のことだ? 私たちは偶然、通り掛かった旅の流浪者だ。キャラバン船ならば、アラガミの素材と物資を交換してくれるだろうと思っただけだっだが…………」
ヴェルナーは深くローブを被り顔を出さずに、両手を見せてゴッドイーターである腕輪と、担いだ神機を見せる。
「…………AGEか。なるほど。船に釣られて偶々居合わせたというわけか」
ゴウは納得したように、頷く。
─────瞬間。
逆手に握られたショートソードが閃いた。
弾ける火花。響く金属音、刃鳴り。
ヴェルナーのバイティングエッジがショートソードの刀身を受け止める。
「…………見え透いた戯言を。怪しいな。ゴッドイーターが旅などと、自殺行為も甚だしい。偏食因子の投与は限られた施設でしか受けられん。貴様ら、どこの回し者だ? バランか? 他のミナトか? 企業か?」
ギリギリと神機同士を鍔迫り合いながら、剣呑な眼差しで問うゴウ。
剣尖が重なり、刃の応酬が舞う。
逆手に握られたショートソードから繰り出される変幻自在の軌道。
強い。すべて致死の一撃。実戦で磨き抜かれた必殺剣。
「…………私は何ら嘘は言っていない。怪しいのは君たちの方だ。一体ここで何が行われている? あの武装した兵士たちは? 教団とは何だ?」
それらを巧みな双刃が斬り返し、迫り来るも悉く防ぎ切る。
神機を互いに引かず押し合いながら、返答するヴェルナーにゴウが眉を顰める。
「…………本当に何も知らないのか? ふむ。この迷いの無い剣の太刀筋…………どうやら嘘では無いな…………」
その時、建物内から激しい銃撃音が木霊する。
同時に悲鳴。怒声、怒号。
「…………むッッッ!!?」
「始まったか」
ギャリンと鬩ぎ合っていた刀身を弾き返し、素早く後方に後退し神機を構えるゴウ。
そして逆手に構えたショートソードを静かに降ろした。
「…………信じよう。貴様たちは敵ではないらしい。今の所はだが…………いいだろう、偶然にも居合わせたAGEよ。ここで何が行われているか、教えてやろう…………」
これ以上戦う気配が無いゴウ。
「だが、ひとついいか? 貴様の連れらしき者が先程、建物内に入って行ったのを見かけたが?」
ゴウは何でもない風に、顎を銃撃音が止まない建物に差し示す。
「…………何だとっ!? ベルッ!?」
慌てて振り返って少女が隠れていた場所を確認するヴェルナー。
しかし、そこには少女の姿は無かった。