「素敵な少年よ、私と一緒においで。
私の娘が君の面倒を見よう。歌や踊りも披露させよう」
お父さん、お父さん! あれが見えないの?
暗がりにいる魔王の娘たちが!
息子よ、確かに見えるよ。あれは灰色の古い柳だ。
私は何を見ている?
これは現実か?
立ち尽くすヴェルナー。
広いホールにて、2匹のアラガミ同士が死闘を繰り広げている。
1匹は、黄金に輝く巨軀のヴァジュラ。
もう1匹は、蒼黒の結晶鱗を纏う少女。
互いに雷撃を繰り出しすべてを破壊する。
周囲には戦いに巻き込まれ死んだと思われる多数の人間たちの死体。
「一体これは…………っ! 情報にあったアラガミとは別にもう一体だと? あれは神機使い? いや、人間、ではない…………アラガミ、なのか…………っ!?」
私の背後で、ゴウ・バランが二対のアラガミの戦闘を凝視する。
戦いは金色のヴァジュラが優勢だ。変幻自在に立体軌道を描き、少女の形をしたアラガミを追い詰める。
戦っているのはベル。だが、雰囲気がまるで違う。禍々しい殺気を放つそれは別人だ。手を貸すべきか? いや、彼女は嗤っている。
闘いを愉しんでいる。
誰だ? "アレ"は?
ベル
頭が、腕が、手が、体が、足が、瞬く間に膨張し悍ましい姿の人龍と様変わりしていく。
「馬鹿な…………人がアラガミに?何だあれは…………カリギュラ?いやハンニバルなのか………しかしあれは灰煉種…………何故こんなところに…………ッッッ」
ゴウが顔を顰めつつ息を飲み、呟く。
私は身体が動げずにいた。
少女は蒼黒の巨体を誇るハンニバルへと姿を変えた。
そして互いの優劣が逆転した。
蒼黒のハンニバルが圧倒的な力で金色のヴァジュラを嬲り始めた。
金色のヴァジュラはなす術も無く、放たれた雷龍の波に呑まれて倒れ伏す。
蒼黒のハンニバルは勝ち誇った咆哮を上げると、ヴァジュラの胸部目掛けてを巨大な鎌で振り下ろす。
その姿はまさに死神。
生命を刈り取る死の狩人。
虚無の刃を突き刺し、アラガミの核を抉り出し─────
喰らった。
満足そうに低い唸りを上げると、そのまま背中からゆっくりと倒れていく。
倒れながら、身体が少しずつ小さくなり元の少女の体へと変わる。
「ベルッ!」
私は金縛りから解放されたように、ようやく自由になった身体を動かし、倒れた少女へと向かう。
仰向けに倒れた異形の少女は年相応な寝顔と寝息を立てていた。
猛獣が腹を一杯に満たして、餌を捕食し眠るように。
身体中を血にべったりと染めて。
濃厚な人間の血臭に口元を押さえる。間違いない。彼女は人を喰らった。私は理解した。この少女は人とアラガミの境界線を超えてしまった。
なんということだ。
その時、背後から何人もの人間たちの気配を感じた。同時に一際鋭い殺気が襲いかかって来た。
私に。
ではなく、眠る血だらけの少女に。
ヴェルナーのバイティングエッジの双剣が、ゴウのショートソードを弾き返した。
逆手に神機を構え、睨み据えるゴウ。
「何故止める? その少女はアラガミが化けたのだ。それも恐ろしく危険な。貴様も見ただろう」
「彼女は私の連れだ。勝手な真似をしないでもらいたい」
ヴェルナーは眠る少女に自身のローブを被せ、胸元に抱き上げる。
「正気か? アラガミが連れだと…………貴様…………その顔は…………」
ゴウが素顔を晒したヴェルナーに気付いた。
「…………」
「こんな所でとんだ大物と出会すとはな…………まさか、生きていたとは…………赤の女王、首魁。ヴェルナー・ガドリン」
控えていた兵士たちが騒つく。無理もない。グレイプニルに反抗するテログループのリーダー。死んだと思われていた人物が目の前にいるのだから。
「…………その名はもはや意味を為さない。私はただの死に損じた神機使いにしか過ぎない」
「なるほど。今ここにいるのは亡霊というわけか。ならば最初から存在しないな。また大層な夢物語を掲げられては面倒だ。総員、戦闘配置に着けッッッ」
ゴウの指示に兵士たちが銃器を一斉に構える。多少の躊躇はあっても兵士。よく訓練されている。
多勢に無勢。片手の神機。もう片手は眠る少女を抱いている。戦うには圧倒的不利。
「…………妙な真似はするな。抵抗するならば容赦は一切せん」
「…………ふっ。今更、抵抗などと…………今の私には君たちと争う理由など─────」
ヴェルナーは自嘲する。瞬間。
超跳躍。
ホールの天井に空いた穴から一瞬で姿を晦ました。
呆気に取られた一同。
ゴッドイーターの身体能力でも今のは規格外であり、予想外だった。
「…………チッ…………もう間に合わんか。各自、生存者を救出だ」
破壊されたホールの天井を見上げるゴウ。
大灰嵐事変より数ヶ月。未だAGEたちの処遇はままならない状況下に於いて、AGEの適正率の低い子供たちが人身売買されている情報をリークした。
傭兵団を伴い、アラガミを信奉するカルト教団を強襲。売買されたAGEの子供たち救出。
情報通り、アラガミを信奉していたようだが、予定外のトラブルも在った。
死んだとされていたエイブラハム・ガドリンの子息、ヴェルナー。
………それに討伐対象のアラガミを屠った謎の人型アラガミ。
共に行動をしていた。偶然か?
世紀末然とした世界に付き物のカルト教団。情報では複数存在している。キナ臭い企業も幾つか関わっている。事後処理を済ませたら、次の現場に向かわなければならない。
何かが動き出している。
騒つくのは己の勘か。はたまたアラガミの因子か。
******
降り頻る雨。
掻き抱くように、濡れぬように懐に抱く幼子のように微睡む少女。
瓦礫の真下に腰掛け、雨宿りをするヴェルナー。
ここまで来れば、追ってこれまい。
複雑な想いが胸中を過ぎる。
今の彼女はヒトか、アラガミか。
どちらなのだろうか。
目覚めた時、私はどうすればいいのか。
彼女を人側へと導く。そう決意したのに。
もし、彼女がアラガミとして目覚めたらならば、自分は──────
瓦礫の塀から光が差していた。
雨粒の滴がポタリと落ちる。
「…………ん、んん……ヴェル、ナー?」
腕の中の少女が目蓋を擦り、その紫紅の瞳を開く。
「…………おはよう。よく眠れたかな? お姫様」
「…………? おはよ、ヴェルナー?」
無垢な眼差しで不思議そうに見上げるベル。
自分は誓った。迷う必要はない。
この少女と共に歩もう。
例え、どんな結末でも。
最期まで。
雨は止んでいた。